ヨハ子から現実を突きつけられ、自分がいかに身勝手で周りを傷つけて迷惑をかけていたか思い知らされた次の日、僕たちはヨハ子を駅まで送った。別れ際に、裸を見てしまった罰と激励を兼ねたとても重いボディブローと、
『昨日はきつい事を言って悪かったわね。あんたも色々あるだろうけど、これからは頑張んなさいよ。』
という激励と共に、出会ってから初めて僕に見せた笑顔とウインクを残して帰っていった。
そして時は流れ、季節が冬から春に移り変わり、僕は高校2年になっていた。
僕の心のありようが変わったからと言って何かが大きく変わる事はなく、僕と曜の関係も前よりは話すようになった程度で、これまでとあまり変わらない生活を送っている。
変わったとすれば、僕はバイクの中型免許をとりバイクを買った事だろうか。
別にバイクが好きだとかバイクに乗りたかったと言うわけではなく、ただ単に樹に誘われたからだ。
樹自身は『バイクに乗っている男ってカッコイイじゃん』という実にくだらない理由でとっていたが、僕自身はとりあえず何でもいいから楽しいと思える事を探しているところだったから、その誘いに乗っただけだった。これがバイクでなく楽器や、何かのスポーツだったとしても僕はとりあえずやっていただろう。とは言え、結果的にはバイクでよかったのかもしれない。移動手段にもなるし、なによりバイクで走る事は楽しいと思えたからだ。今では休みの日に少し遠出をするのが楽しみになりつつあった。
そうやって少しづつ前を向けるようになった僕は、今日勇気を出して今まで避けていたことに立ち向かおうとしていた。
「え?彩希君今何て言ったの?」
「今日は姉さんの月命日だろ?」
「じゃなくてその後。」
「だから、僕も一緒に行くって言ったんだ。」
朝食を終えて僕は曜に話を切り出した。僕の話を聞いた曜は、思いもよらない僕の発言に目をパチクリとさせ、持っていたコーヒーカップを落としそうになるくらい驚いていた。そんな光景を梨子は愛犬のプレリュードを抱きながら黙って見守っていてくれた。何故か千歌は不満そうな顔をしていたけどどうしたんだろう?・・・まぁどうせ大したことじゃないだろうから今は放っておこう。
「え?急にどうして?」
「どうしてって・・・。僕が一緒に行ったらダメか?」
「ダメじゃないよっ!!・・・だけど、その・・・大丈夫なの?」
「いつまでもこのままって訳にはいかないし、いつまでも曜にまかせっきりにも出来ないだろ?」
「そんな事は気にしなくてもいいんだよ?わたしがやらないといけない事なんだから・・・。それに・・・」
「とにかく!一緒に行くって決めたから。」
「う・うん。わかった・・・。」
何とか僕が辛い思いをしない様にしようと色々言う曜の言葉を遮り、僕は強引に話を終わらせた。ただ、僕の事を心配してくれているのが分かるだけに、もの凄く申し訳なくなる。
少し前の僕なら、この過保護とも思える心配っぷりに苛立ちを感じてあたり散らしていたと思う。でも、僕が曜をこんな風にしてしまったんだ。僕がしっかりしていないから、ちゃんと両足で立って前を向いていなかったから、だから曜はこうなってしまったんだ。
あの時はいまいちピンと来てなかったヨハ子の言う『僕が曜を殺している』と言う言葉の意味が、今なら痛いほど分かる。だからこそ、僕は頑張らないといけない。もし、今日姉さんの前に立てたなら、本当の意味で今の現状の全てを受け入れられるような気がする。そしたら曜に聞きたい事がいっぱいある。姉さんの事や曜の事。他にもたくさん。
そして曜に言わなくちゃいけない。『今までありがとう』と。そして『もう僕は大丈夫だから自分の幸せを考えてほしい。姉さんや僕に縛られることなく生きてほしい。その権利が曜にはあるのだから』と。
準備を終えた僕たちは、何故か慈愛に満ちた笑顔の梨子と不満そうな顔の千歌に見送られながら家を出た。途中で墓参り用の花を買いバスに乗った。
しかし、バスに乗ったまではよかったのだが、バスが目的地に近付くにつれ僕は自分の血の気が引いて行くのを感じていた。そして墓のあるお寺の最寄りのバス停に着いた頃には今にも吐きそうなり、まともに歩けなくなるほど具合が悪くなっていた。
「やっぱり無理しないで帰ろう彩希君・・・。ここは私に任せてくれていいから。」
曜は今にも泣きそうな声でバス停のベンチでうずくまる僕の背中をさすりながらそう言った。
大丈夫だと思ったのに本当に情けない。曜に心配かけないように、僕はもう大丈夫だってところを見せようとしていたのに、余計に心配させるなんて・・・。自分があまりにも情けなさ過ぎて泣きそうだ・・・。
だけど、どんなに辛くてもここで逃げるわけにはいかない。曜だって辛い事が沢山あったのに、逃げ出しても誰も咎めたりしないのに、それでも僕の事を投げ出したりしないでいてくれたんだ。だから今度は僕が頑張る番だ。
「大丈夫・・・。大丈夫だから・・・。」
僕はそう言うと大きく深呼吸をして、震える足に力を入れて立ちあがった。
「でも・・・。」
「大丈夫だから・・・だから頼む。今は僕の我が儘に付き合ってほしい。」
「我が儘って・・・?」
「僕があの日の事を・・・。姉さんの死を受け入れて、過去を乗り越えるところを・・・他の誰でもない、曜に見届けてほしいんだ。」
「え?それってどういう・・・」
「ほら行くぞ。」
「・・・・。」
僕は今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうなほど潤む曜の目を真直ぐに見つめてそう言うと、曜の返答を聞く前に曜の手をとって墓に向かって歩き出した。曜はと言うと、今朝と同様、おおよそ僕の口からは出ないと思っていた事を言われフリーズしてしまったようで、なされるがままとなっていた。
さっきまでまともに歩けないほど体調を崩していた僕は曜の手を引きながらおぼつかない足で歩いていると、自分の足に引っ掛かり転びそうになってしまった。その衝撃によりさっきまでフリーズしていた曜が正気に戻り慌てて僕を支えてくれた。
「わっと・・・。だ・大丈夫?」
「ごめん曜。」
「うんん。気にしないで。それよりも本当に行くの?」
「うん。曜がなんと言おうと行くし、僕をここに置いて曜一人で行ったとしても、僕は這ってでも行くからな。」
僕の返事を聞いて諦めたのか、曜は小さく溜め息をつくと、『しょうがないなぁ』と言った顔して僕の事を支え直してくれた。
「ごめん、我が儘ばかり言って・・・。」
「いいよ。それに、我が儘に付き合ってほしいって言ったのは彩希君だよ?」
「そうだな。」
こうして僕は曜に支えられながら両親と姉さんが眠る墓の前になんとかたどり着く事が出来た。
墓の前に立つと不思議なもので、今まであった恐怖やどうしようのない不安な気持ちなどははなくなり、そのかわり『本当に姉さんはここに眠っているんだ』という現実がすっと、受け入れられたような気がした。
「・・・姉さん、来るのが遅くなってごめん。それと父さんと母さんも久し振り。」
「・・・。」
僕は何も言わない家族に軽く挨拶をすると、曜と一緒に墓の掃除を始めた。
僕と曜は会話をすることなく黙々と掃除をしていたが、掃除を始めて気がついた事があった。それは約3年ぶりに訪れたというのに、墓は長い間主が訪れていなかったのがウソかの様にとても綺麗だった。
これも曜がずっと綺麗にしていてくれたのか・・・。
「・・・ありがとうな。」
「え?何か言った?」
「いや、何でもない。」
「そう・・・?」
掃除は曜が綺麗に保っていてくれたおかげで、あまり時間がかかることなく終わった。お供え物や線香を上げて、僕たちは手を合わせ目を閉じた。
ずっと曜にまかせっきりにしていたからか、瞼の裏に浮かんだ姉さんの顔はどこか悲しそうな、でも少し怒っているような顔をしている気がした。
そんな姉さんに謝りつつ、久し振りにここに来たので、姉さんたちに言う事が沢山ありかなり長い事目を閉じていたと思う。一通り報告を終え、目を開けると『長くてごめん』と言おうと曜の方を見て言葉を失った。曜はまだ手を合わせて目を閉じたままで、その頬には一筋の光る雫が流れていたのだ。
その涙を見て、僕は今まで以上に自分の愚かさにショックを受けた。僕は曜の事を・・・曜が背負っている物がどんなものなのか、分かっている様で何も分かっていなかった。
僕が一人前になれば、曜は自分の人生を生きる事が出来るなんて簡単に考えていた自分を殴りたい。
「曜・・・」
『どうしてそこまで・・・』そう言いかけて、僕はその言葉を寸前のところ飲み込んだ。この言葉は言ってはいけない、そんな気がしたから。
もしその言葉を口にしたら、ギリギリのところにいる曜を奈落に突き落とすような気がしたんだ。もしそうなったときに、僕は曜を支える事が出来るのだろうか?
「・・・あ、ご・ごめんね。待たせちゃったよね?」
「・・・いや、そんなことないよ。」
少なくとも今の僕には無理だ・・・。曜の事をなにも知らなさすぎる。
だから僕は姉さんと曜の間に何があったのか知らなくちゃいけないだと思う・・・。いくら自分のせいで友人が死んだからと言っても、今の曜の献身は異常だ。
「なぁ、曜。」
「ん?なぁに?」
「お前この暇か?」
「え?う・うん。特に用事はないけど・・・。」
「なら、もう少し僕に付き合ってくれ。」
「別にかまわないけど、どこに行くの?」
「そうだな・・・とりあえず落ち着いて話が出来るところかな。」
俺はそう言って出口へと歩き出した。
「え?ちょ・ちょっと彩希君!?」
曜は出口に向かう僕を見て、墓にもう一度手を合わせてから追ってきた。僕は少し先で曜が追い付くのを待って、曜が隣に来てから又歩き出した。