墓を後にした僕たちは30分ほど辺りをうろつき、やっと見つけた落ち着いた雰囲気喫茶店に入った。まさか落ち着いて話せる場所を探すのにこんなに時間がかかるとは思わなかったが、とりあえずいい感じの店を見つける事が出来てよかった。
休日の昼間なのに客が僕達しかいないのが気にはなるが、まぁ、隠れた名店みたいなものなのかな?なんにせよ、込み入った話をするのには都合がいい。
僕達はカウンターの中に居るマスターにコーヒーを注文してから窓際の席に座り一息ついたが、お互い何をしゃべっていいのか分からず、暫く沈黙が続いた。
さてと、どう話を切り出したものか・・・。これから話す内容が内容なだけにどうしたらいいか分からん。いきなり本題ってのは唐突すぎるような・・・、かといって『僕に付き合え』とか言っておきながら空々しく世間話をして、ってのもなんか違う気がする・・・。
どう話を始めるか悩んでいると、僕と曜の前にコーヒーカップが差し出された。
全然気配が読めなかったが、コーヒーを運んできた初老のダンディなマスターは優しい笑みを浮かべて『ごゆっくり』といいまたカウンターに戻って行った。
そんなマスターを見送りながら、上手く話を切り出せなかった僕は一旦コーヒーでも飲んで落ち着こうと、運ばれてきたコーヒーを一口口にした。
「何これ!?めちゃくちゃ美味いんだけど!!」
「本当だ!凄く美味しいね♪」
「まさか、たまたま入った店がこんな大当たりだとは思わなかった。」
「そうだね♪」
コーヒーを飲んだ僕達はそのあまりの美味しさに驚いた。程よい苦みの中になかに確かな旨みがあり、鼻からスッと抜ける香りがまた素晴らしい。こんな美味いコーヒーは初めて飲んだ。まさか本当に隠れた名店だったとは・・・。
「・・・ねぇ彩希君?」
「なんだ?」
「・・・彩希君はわたしになにか聞きたい事があるんだよね?」
「え?・・・あ・あぁ、そうだった!!」
あまりのコーヒーの美味さに、つい先ほどまでどうやって話を切り出そうか悩んでいた事を忘れていた。
「あのさ・・・」
「うん・・・」
「曜と姉さんがどうやって知り合ったか聞きたいなぁって思ったんだけど・・・。」
「どうして?」
「どうしって、って言われると困るんだけど・・・。しいて言うなら、聞いたことなかったと思って・・・。」
「くすっ、なぁにそれ?変なの。」
「わ・わるかったな!!」
「ううん、別にかまわないよ。でも、未希ちゃんとの出会いが聴きたくてわざわざお店を探したの?」
「いや・・・出来れば、あの事件までの事が知りたいんだ。もちろん、曜が話したくないなら構わない。ただ・・・」
「ただ?」
「いつまでもこのままって訳にはいかないかなって・・・」
「・・・」
やっぱり、あの時の事を口にするのは曜だってまだ辛いよな。正直言えば、あの事件の事を話題に出すだけだって僕も息が苦しくなるほど辛い。でも、僕も曜もいい加減現実と向き合わないといけない。
確かに現実と向き合わずに逃げ続けると言うのも選択肢としてあっていいと思う。でも、それは人を・・・自分すら何もなかったとだまし通す事が出来るのなら、と言う話だ。それが出来ないのなら、その代償は必ず自分に帰ってくる。しかも、それは絶対に不幸と言う形でだ。
しかしながら、そんな器用な生き方なんてそうそう出来るもんじゃない。だから、きっかけが欲しいんだ。ヨハ子が僕に気付くきっかけをくれて、千歌が変われるってことを教えてくれたみたいに、曜の事をちゃんと知って気付かせてあげたいんだ。
「曜にとっても辛いことだってのはわかってる。それでも・・・。」
「・・・ねぇ彩希君。一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「どうして急にそんな事言いだしたの?」
「え?」
「最近彩希君の雰囲気が変わったのと何か関係があるの?」
曜は何かを探る様に、真直ぐ僕の事を見つめて聞いてきた。僕はその瞳から逃げす、その視線をしっかりと受け止めながらこれまでの事を曜に話して聞かせる事にした。
「そうだな・・・、なら先に僕が曜にその辺を話した方がいいかな。」
「・・・」
「曜が感じた、僕が変わったってのは、僕がいかにバカだったかって気付かせてくれた人たちがいたからなんだ。」
「その人たちって?」
「曜のよく知ってる人たちだよ。」
「わたしの?」
「千歌と梨子。それにヨハ・・・じゃなくて善子だ。」
「え?」
千歌と梨子はともかく、ヨハ子の名前が出てきて曜は少し驚いた顔をしていた。だから僕はあの夜にあった事を曜に話した。
ヨハ子がいかに自分の不幸に酔っていたか気付かせてくれた事、千歌が生きる意味を教えてくれた事、そしてあの夜の後、梨子に今まで心配と迷惑をかけた事を謝ったら、泣いて喜んでくれた事を。
「そっか・・・。そんな事があったんだね・・・。」
「うん。まぁ、だからと言って何かがいきなり変わった訳じゃないけどな。・・・でも、おかげで少しは周りが見えるようになったと思うし、色々考えられるようになった・・・と思う。」
「そう・・・。なら、もう私は必要ないんだね・・・?」
曜は少し嬉しそうに、だけど絶望を感じたような表情で窓の外を見ていた。
「違う!!そんなことないっ!曜にはこれからも僕の事を見ていてほしいんだ!」
「え?」
「1人きりになった僕を救ってくれた曜には、感謝してもしきれないくらい感謝してるんだ!その恩を返したいって思ってるんだからさ。」
「でも、それはわたしがしないといけない事をしていただけで、感謝されるような事なんて何も・・・。」
「そんなことない!!あのとき、曜が曜に抱きしめられて、『大丈夫だから今度はわたしが君を守るからって』って言われてどれだけ嬉しかったか・・・。」
「・・・」
「もしあの時、曜が居なかったら僕はどうなっていたか分からない。曜が今まで僕を守っていてくれたから今こうしてここにいる事が出来るだ。」
「・・・」
「あの頃・・・ってか、最近までの僕は本当に自分の事ばかりで、曜に酷い事したり、物凄く傷つけるような事言ったりしたのに、それでも曜は僕の事を見捨てずにいてくれた。」
「だってそれは当然の報いで・・・。」
曜は今にも溢れでしそうなほど涙を浮かべ、声を絞り出すようにそう呟いた。
「それは違うぞ曜。お前は何も悪い事なんかない。それが分かっていながら、今まで犯人に対する憎悪を曜にぶつけていたんだ。本当に報いを受けるべきなのは僕の方なんだ。」
「そんなことないよ!!だって憎悪を向けられて当然じゃない。たった一人の肉親である未希ちゃんは、わたしの・・・わたしの所為で死んじゃったんだよっ!!しかも彩希君の目の前でっ!!なのに・・・何でそんな事言うの?そんなこと言われたらわたしはどうしたらいいのっ!?」
とうとう曜は涙をぼろぼろと流しながら吐き出すように叫んだ。きっと今までそうやって自分を責めて、追いこんで、僕に尽くす事で贖罪をしていたのだろう。辛くても誰にも相談できず泣くことさえできないまま、いつも心の中で今みたいに泣いていたのだろう・・・。そうさせてしまったのは僕の弱さだ。
「曜・・・」
僕は立ちあがり曜の隣に移動し、両手で顔を覆い声を上げて泣きじゃくる曜を僕は抱きしめた。
抱きしめた曜は僕が思っていた以上に小さくて細くて、思いっきり抱きしめたら折れてしまうんじゃないかと思うほどだった。
この小さな体に僕は一体どれだけの重荷を背負わせていたんだろう?そう思うと僕まで泣きそうになった。
「離してよっ!!そんな事される資格なんてわたしには無いんだからっ!!」
「ごめん・・・。ごめんな曜。僕はもう大丈夫だから。だから、もう自分をそんなに追い詰めなくていいんだ。」
「っ・・・・な・・んで・・・何で・・きゅ・急に・・そんな事・・・」
僕の腕の中で暴れる曜を今まで以上に力を込めて抱きしめた。少しでも曜の心に近づける様に・・・あの日、曜が僕にそうしてくれたみたいに力強く抱きしめた。
「曜・・・。今までありがとう。ずっとこんな僕のそばにいてくれて・・・。僕の事を見捨てないでいてくれて、ありがとう。」
「うぅ・・・うわぁぁぁぁぁ」
感謝の言葉を聞いて今まで張りつめていた糸が切れたのか、周りを気にすることなく曜は大きな声をあげて僕にしがみつく様にして泣いた。そんな曜を僕は優しく頭を撫でながらしっかりと抱きしめ、泣きたいだけ曜を泣かせてあげた。
それから30分ほどだろうか?曜は落ち着きを取り戻したようで、真っ赤に腫らした目で僕の事を見上げてきた。
「急に泣いたりしてごめんね・・・。」
「気にしなくていい。そもそも僕が原因なんだし。」
「だけど・・・。」
「いいから気にすんなって。」
「うん・・・。」
「なぁ曜。僕さ、もっと曜の事が知りたい。」
「え!?そ・それってどういう・・・///」
なんだか分からないが急に曜の顔が茹蛸みたいに真っ赤になった。・・・あっ!!曜の事抱きしめたまんまだった!!この状態であんなこと言ったら勘違いさせるに決まってるよな///。
「わ・悪いっ!!そう言う事じゃないんだ!!」
僕は慌てて曜を抱きしめていた腕を解き、曜から離れた。
「う・うん・・・///だ・大丈夫。ちゃんと分かってるから///」
「あ・あぁ。・・・その、さ。さっきも言ったけど本当に曜には感謝してるんだ。」
「・・・うん。」
「だけど、どうして曜はそこまでしてくれるんだろ?姉さんが曜の変わりに犠牲になったからってのは分かるけど、僕が同じ立場だったら曜みたいに自分の全てをなげうって誰かに尽くすって出来ないなぁって思ったんだ。」
「・・・」
「そしたら、僕はなにも曜の事を・・・姉さんと曜の間に何があったのか知らないって気が付いたんだ。」
「・・・だから、わたしの事を知りたいの?」
「それだけじゃないけどな・・・。」
「他に何かあるの?」
曜はコーヒーカップを弄りながら、今度は何を言われるのかと不安な顔をしながら聞いてきた。
「姉さんの死と向き合う為・・・かな。」
「・・・どういうこと?」
今までパニックを起こして墓の前にすらいけなかった僕が、今日やっと墓の前に立つ事が出来た。だけど、本当の意味で姉さんの死を受け入れるには足りない物があった。それは・・・
「どうして姉さんがあの事件に巻き込まれたかってことを僕は知らないんだ。」
「それはわたしが・・・。」
「悪い、言い方が悪かった。曜を責めてるとかそうじゃなくて、ただ姉さんは何を考えて曜を庇ったんだろうって思って。」
「・・・」
「普通に考えればいくら友達が危ないからって、身を呈して庇ったりなんてなかなか出来ないだろ?恋人や自分の子供がってんなら分かる話なんだけどさ。」
僕だったら例えば樹が危ないと分かっいても身を呈して庇うなんて出来ない。てか、事の成り行きを見守ってしまうかもしてない。
まぁ、樹はあんな奴だから、この例えにはふさわしくなかったが、仮に千歌や梨子が危なかったとしてもやはり出来ないと思う。とは言えこれは想像でしかなくて、実際にそういった場面では体が勝手に動いたとかもあるんだろうが、その時にならないと何とも言えない事なんだと思う・・・。
「だから、僕が知らないところで姉さんと曜がどんな話をして、どう過ごしたのか・・・。それが知りたいんだ。」
「そう・・・。彩希君は凄いね・・・。」
「そうか?」
「うん、凄いよ・・・。」
曜はコーヒーカップから手を離し、覚悟を決めた表情で僕の目を真直ぐ見つめてきた。
「・・・わかった。彩希君が頑張ってるんだもん。わたしも頑張らないとね?・・・少し長くなるけどいいかな?」
「あぁ。僕は大丈夫だ。」
「うん。・・・それじゃ、未希ちゃんと出会ったのは、今の彩希君と同じ年の高校2年生の夏だったの・・・。」
「てことは僕が小6の時か・・・。結構前だったんだな。僕はてっきり曜が東京の大学に来てからだと思ってた。」
「・・・やっぱり覚えてないんだね?」
「ん?」
曜がどこか寂しそうな、でもしかないか、といった表情をしていた。覚えてないって何をだろうか?
「わたしが未希ちゃんと友達になれたのは彩希君のおかげなんだよ?」
「は?僕!?」
「うん。わたしがスクールアイドルをしていた事は知ってるよね?」
「あぁ。たしか千歌と梨子もそうなんだよな?」
「うん。それで、たまたま東京のイベントに呼ばれて東京に来ていたとき初めてわたしは彩希君と未希ちゃんに出会ったの・・・。」