父親から受け継いだ立派な名、けれど異国語故に意味は知る者が少ないらしいが、しかし学のあるものはそれを学んでいるらしい──名前の意味を聞き、白々白はその自分の名についてを好ましく思えなくなった。なんせ白々白だ。白々しく嘘を吐くような響きではないか──故に、彼は自分のその名が嫌いだった。
名前にまつわる話について白々白はそれほど興味があるわけがないが、しかし初見の人に好ましく伝わる響きであってほしかった。しかし白々白と言う人間の性根、特徴、所謂長所、或いはその性質について、ばっちりと言い当てられているのだから、名は体を表すとはなるほど確かに、と思うものがある。
とは言えそれはいつもいつでもの戯言である。彼自身どうでもいいことはわかっているが、一度考え出したら止まらない──飽くなき欲求に似ているものを、彼はその身に所有していた。
けれど決して几帳面と言うわけではなく、そして全てをどうでもいいことだと割り切ることも非常に多い彼からすれば、その欲求と言うのもたかが知れている、と言う感じであり、そして白々白はそこまで考えて見た上で、どうでもいいやと全ての思考を打ち切った。それは正しく彼の長所で、そして同時に彼の性質でもあり、ついでに最後に彼の異常性でもあった。
英雄の子は英雄。
異常者の子はならば、そしてその異常者が面倒な方向性に振り切れていたら、或いは物語についてを左右できるほどの稀有な才能を持っていれば──その子供も、同様に、物語を左右できる存在、唯一に近く物語を進展させられる存在、
──即ち主人公となるのだろう。
◇
「無意識に人は人を選り分けているらしいね。自分の好みかどうかと言うのを一瞬で判別して、それだから人が『この人が嫌い、好き』と考えることに特に意味はなく──好悪について一瞬で悟っているわけだから、それの感性に敏感になれば地雷を一瞬で悟れるわけだ。だから私達人間が一斉に嫌悪を示すだろう人間はそれが人類の敵だ、と言うように思うね。まぁそんな存在はいないだろうけど」
「……スケールが大きいのか、よくわからない話ですね」
「小さいよ。小さ過ぎて、小さく小さくて面白みもない」
そう言って、白ににんまりとした笑顔を向ける女性がいた。彼女は自らをメルトと名乗り、そして白についてよく目に掛けてくれる女性でもあった。
「……でもですね。人類の敵、と言う存在──そんなのがいれば、の話ですけど。その場合、何というか……僕がそれの場合なんですけど……あっさりと滅ぼすのは楽しくないじゃないですか? だから、僕の場合人間を試して遊びそうですね……その間に、誰かがその敵を殺すんじゃないですかね」
「あっはっは、人類の敵、と言えばそう言えばモンスターもいるじゃないか。いや、あれは敵と言うわけではないけど……鎬を削っている、と言う意味では同義ではないかな? だからこう言おうか、その存在のことを。──人類の天敵、と」
「……天敵、ねぇ」
白は、その言葉であることを思い出す。ほんとにいるのか、存在しているのか、幻想の類ではないか、とは思ったりしている存在についてだ。
漠然と、いるかもわからない人間を思い浮かべて、どうしようもなく嫌悪感がわき思考を破棄する。
……僕が、嫌悪か。
その事実に一瞬いつ振りかを考え。
そもそもそんな感情はこれで初めてだと知る。
何故その感情の名称を自分がわかったかはわからなあ。謎だ。しかしわかったのだから、わかったのだ。それ以外に理由はないだろう。
「──で、どうしてその話を、今?」
「さぁね。……さぁ。さぁ? なんか、言わなきゃと思っただけさ。まるで物語の導入を告げる語り部の語りのように」
その例えはよくわからなかった。その為何を言えばいいのかわからず、軽く窓の外に視線を泳がせる。雨が降っていた。「えー……えー、僕に何を言えと?」
彼女は頭を振り、「別に、なんでも」と言った。
何を言えばいいのかわからなかった。
「えと……そう言えば、今日は特に何か言うこともないようで」
「そうだね。でも私は君の係だから、一つは言っておいた方がいいのかな? だから言うね。今日は雨だし仕事はないよ」
「……いえ、ないんですか? 普通あると思いますが」
「この仕事はそもそもない方がいい仕事だからね。世界の全てが開示されてないから、私たちには仕事がある。違反する人間がいるから、私たちには仕事がある。けどこの仕事はない方がいいのは──白々君はわかっているかな?」
「ええ、当然」
とまぁしれっと返してみたが、白には何故仕事がない方がいいのかがわからない。それは白がだいたい
「わかってないくせに。じゃあなんでか説明するよ?」
吐息を吐き出し、そして喉が渇いたのか水を腰に取り付けた瓶を飲み、彼女はあまりにいろいろなことに関心と実感のない少年にどう説明するかを何パターンか頭で作り上げ、
「んー……じゃあ説明すると、」
と、彼に一番わかり易いだろうと言う説明を編み出して述べることにする。
「白々君も私もギルドナイトなわけだ。で、ギルドナイトは対人のプロ集団、と言うか戦闘力を重視した機関──主な仕事は粛清と、それと未開地域の調査。そんなのは、当然ないほうがいいわけだ。これは人死にに関わってくるからね。人が死ぬ世界なんてないほうがいいんだよ、そうでしょ?」
そうだね、と白は、その発想はわからないが、とりあえず賛同しておく。
「人が死ぬ世界は、人が安い世界なんだよ。完全に人死がなくなれとは私は言わないよ? それでも、少なくても理不尽な死がない世界が来るようになってほしい。……私の意見だから、賛同はできない人も多いかもしれないけどね」
「ですよね。僕は賛同しますよ」
白々しい、と自分も思った。思っただけで、自分の性根を変えるようなつもりはない。思った。ただ、それだけだった。それでも、白々の賛同は本当である。
「命が軽い世界がなければ、僕の父親は英雄になんてならなかったんでしょうから」
「あ……そうだね、ごめん。思い出させちゃった?」
「いえ、全然。気にしてません」
それは本当だった。父親について、死んだことには何も思えなかった。
父親は英雄として、守るべき人に殺された。英雄の道を阻むのはいつも裏切り者、白の父親も、それに違わなかっただけだろう。
「……そういえば、座学のほうはどう?」
「捗捗しくないです」
白は応えた。白は勉強が苦手だ。言葉については人一倍秀でているとは思うが、しかし実際頭に詰め込んでいる知識は大した量ではない。ただ、それを咄嗟に引き出すのが得意なので、数学は、それと言語は白は得意だった。
「そっか。暗記とか、そこらへん?」
「そうですね。苦手な分野ですから」
「じゃあ、私が教えてあげよっか。どこがわからない?」
そう言ってメルトは白の前に教科書を開き、そうして見やすさを求めてか白の後ろから体を預けるようにして覗き込む。背部に感じる、彼女の胸部の柔らかさは、そういえば、いつかに体を重ねた、不思議な女性を思い出した。思い出して、黒く、飽きない体付きをした女性──偽名と前置いてミラと名乗ったその女性を、白は思い出して、彼女との不思議な性経験まで連想してしまった。
「なんで勃ってるの?」
「ちょっと昔セックスした経験を思い出して」
「ふーん、童貞じゃないんだ」
苦しい? と彼女は聞いた。それを聞いて、白は次に昔父が読んでいた本を思い出した。父が純文学、と呼んでいたその本の系列は、想像以上に性的な出来事を描写しており、しかし淡々と行われる性的表現は、どこか美しく感じたような気がした。
「抜いちゃう?」
「いえ、勉強に差し支えるんで。あと僕は意外に一途な
「嘘つき」
白の股間にメルトの指が這う。白はそれで、次に官能小説を思い出して、自分が所謂文学少年と呼ばれるものだと、初めて知った。
白は何も反応しない。メルトの責苦が終わった。勉強は身に付かなかった。白は、ベッドに誘われれば、性交するのもありだと考えていた。考えるだけでするとは限らないが。そうも思いつつ。
性に奔放なくらいが書いてて楽しいですけど、白々君はよくわからない少年ですね。