Doki Doki Literature Club! ~お前をセーブするために~ 作:zelkova
ならば、そんな事は無いんだと嘘をつき続ければ、どうなるだろう?
『もしあなたが十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう』
【いいえ】
―――っ……!
【彼を傷つけさせはしないわ】
□□、□……!? お前、どうしてっ……。
【……】
―――なんでだよ……なんでこの期に及んで俺はお前の事を……どうして……! 例えほんの少しであっても、お前を忘れるなんて俺は……!
【ごめんなさい】
―――!?
【私が間違ってた】
―――なんだ……お前、何言ってるんだよ!? 今度は、何を言い出す気なんだよッ!
【ここに幸せなんて、ないのね……】
―――動け、動けってんだよ、俺の口っ……! この先の人生一切喋れなくなろうがどうでも良い‼ 今ここでアイツに何か言ってやれなくて、いったいいつ……!
【さようなら、サヨリ】
―――ふざけるなふざけんなふざっけんな!その口を今すぐ閉じろ‼ でないとお前、本当に……!?
【さようなら、○○○君】
―――やめろやめろやめろやめろやめろ‼ 言うのならせめてまたねだろうがよ‼ そんな事、絶対にッ……!
【さようなら、文芸部】
どこかで誰かが崩れ落ちて、強く膝を打ったような。
床に強く硬いものを打ちつける音がして。
じくじくと膝が痛み出した事で崩れ落ちていたのは自分自身だった事に気がつく事ができたのは、いったいどれだけの時間が経ってからの事だったか。
もうなんだか、よくわかんねえや。
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眠るという行為の目的を休息と定義づけるのなら、まっったく眠った気がしなかった。
そりゃこんな最低の夢を見せられちゃ、体はともかく心が休まる訳が無いわな。
……『健全な肉体は健全な精神に宿る』だとかどっかで聞いたし、結局体も十分には休まっちゃいねえのか?
……何が一番酷いって、女子高生がせいいっぱい別れを惜しむような声で、しかし別れるしかないんだ、って流れに向かっていったあの悪夢は、妄想でもなんでもなく、つい最近実際に経験した事そっくりそのままな事だ。
どれだけ思い出したくないエピソードであろうが、人間はあんなトラウマになるような出来事をすっぱり忘れられるようにできていない。
そして俺が『頭のネジが外れてます系』主人公ではなく、『異常な鋼メンタルを持ち合わせてるんだぜ系』主人公でもない以上、その精神的なダメージは極めて全うに心に突き刺さってくる訳で。そんでもってこうして朝っぱらから最悪の気分になるのは当たり前の事だった。
起き出してきて朝食を食べ、学校に行くまでのルーチンワーク。記憶に残すほど密度のある時間でもない。
……そのはずだったんだが。いろいろと
「最近はスキップしたらすーぐに
部員が消滅した『文芸部』で『部長』と成り果てた俺は、自分の頭の悪い行動を笑いながら『二人の部屋』へと足を運んでいた。
はたしてその行動にどんな意味があったのか。もしかすると彼女がそこで待っていてくれるんじゃないのか、みたいな、淡い希望を抱いての行動だったのか、それとも結局最後には誰に言われるでもなく自分の意思であの場を立ち去っておきながら、そんな部屋が今どういった状態にあるのかを知りたかったがために、そういう好奇心のままに動いたが故の行動であったのかは……正直、俺にも良く分からない。まあ、うん、よくあるよな、自分でも何やってんだかわかんない的なアレ。
そんな調子で、はやる気持ちを押さえつつ手をかけたドアの向こう側。
見えた景色の中に。
「……」
彼女の姿は無かった。
「……まあ、そりゃ、そうだろうよ」
彼女と俺の二人だけのモノだった世界に、もう一度彼女が足を踏み入れる事はない。
分かっていた事だったというのに、口は勝手に舌打ちをしながら、俺は彼女がいない現実を改めて目の当たりにしていた。
そのまま椅子に座って、背もたれに体を預けて脱力しながら考える。
ただ、考える。
―――なんとも陳腐で未練がましく、みっともない言葉となってしまう事は承知の上だ。
そしてそれを承知しているからと、これから吐き出す言葉の醜悪さが薄まるような事も無い事も、分かっている。
そう、だからこれは、ただ、臆病な自分が、そうしておかないと思考をめぐらす途中で調子が狂いかねないだろうと確信しているが故の、極めて自分勝手な前置きにすぎない。
そうして聞き手不在の部屋で口をついて出るのは。
「こんなはずじゃなかったんだ」
……そうだ。こんなはずじゃなかった。俺は、こんな結末を望んじゃいなかった。
[サヨリ]は、これからだった。これからだったんだよ。あいつの命は、魂は、断じて病気なんかにくれてやって良いモノじゃなかった。これから幸せになるはずだったんだ。俺が、これまでの不幸せをまるごと吹き飛ばして、あの花のような笑顔をもう一度咲かせてやるはずだったんだ。
[ナツキ]も、これからだった。あの状況変化の度合いときたら、薄っぺらい俺の人生ごときのイベントの中じゃ一二を争う余地も無く、ブッチギリのトップで劇的極まっていたように思えるあの一週間を過ごしてもなお、あいつの作るカップケーキの味まで吹き飛んで忘れ去ってしまうような事はなかった。またいっしょに作りたい、いっしょに食べたいと、そう心から願ったもんだ。
[ユリ]だってこれからだった。ああ、そういやあの小説、まだ一章までしか読めてないんだよな。あの続きが気になって気になってしょうがねえ。またいっしょに読む約束をしたお前が隣にいなきゃ、続きを読める訳がねえだろうがよ。もはやタイトルがすぐに出てこないくらい過去の事に思えるけれど、それだけは忘れないようにと心に刻みつけていた。その甲斐あってか、どうやらきちんと覚えていたようで一安心。
そして、[モニカ]。
「ふざけた話だよな」
手元に唯一残された手紙は、モニカが遺した手紙。……遺していきやがったもの。
「言いたい事を言うだけ言って、後は永遠にさようならってか。ッハハ、悲劇のヒロインらしくてたいへん結構ってな……」
体感では一瞬だった意識の空白の後、気づけば感情がバグったのかと一瞬勘違いするほどに、俺は手紙を開いたまま腹を抱えて笑っていた。笑うしか、なかった。
ふと訳も無く脳裏をよぎったのは、前にテレビで聞いただけの本当だか嘘だか分からない、笑いってのは意外と結構体力を使うってんで、あんまり笑いすぎるとジョークじゃなく笑い死にしてしまうとかいう話。
普通そんな話が頭よぎってるんなら早く笑うの辞めろよと、笑ってる最中でも頭に浮かんでくるんだが、笑いは止まってくれない。
どれだけそうしていたのかはやっぱりわからない。ただ数えていなかったからかもしれないけれど。強いて言えば、笑う事に飽きた頃とでも言えば良いのだろうか。
それだけの期間を笑ってすごした事に、ああ、こりゃ時間を無駄にしたわなあと自嘲しながら。
瞬間、手元の手紙を握り潰した。
間髪入れずに紙を真ん中から引き千切って、バラバラにして、バラまいて。一呼吸置いてからかき集めて、『あの時』よりもさらに形容し難い景色へと姿を変えた窓の外に、欠片のひとつも残さず捨ててしまった。
特に手紙を破り捨てる時の無慈悲さといったら親の仇を前にしてもここまでやるほどか疑問に思えるレベルだ。怒り狂った俺の頭はそれほどまでに、二度とこの手紙という存在を見ないように、意識しないように引き裂いてしまうように、体に命令を下していた。
「……まあここまでやりゃあ、二度と読めないよな」
そう呟いて、溜息をひとつ。思考の海に沈んでゆく。
……たった今俺は、モニカの遺志を踏みにじるような真似をする事、否、踏みにじる事を決意した。
その事になんら後悔は無いと言い切ってしまえばどんなにか楽だっただろうと思うってのに、アイツの最期を焼きつけたこの目は、そんな安易な思考をひたすら阻害するのだ。
今この瞬間に、モニカと自分を繫ぐもの全てが、手紙とともに粉々に砕け散り、二度と思い返す事ができなくなってしまったかのような錯覚が、俺の胃を締め付け、脳を侵し、心を抉ってくる。
―――何もここまでしなくても良かったじゃないか、これから始める事の成功確率なんて未知数なんだぞ、もしも失敗して本当の本当に彼女達を取り戻す事ができなくなってしまったら……―――
―――そんな甘ったれた考えは今すぐに
余計な思考に奔りかけた頭を床に強く打ちつける事に、今度は躊躇いも後悔もありはしなかった。
そうやってしたい事をしようとする自分の事を、自ら変な考えで邪魔をする俺自身には、
「っ……ンッ、ガァッ‼」
ほとほと、愛想が尽きたんだよ。
そんな予防線を張るのは、嫌われる事を恐れていたユリと、別に貴方のためじゃないだのとツンデレのお手本をなぞっていたナツキ。これで十分だわ。この上さらに俺までうじうじし出すとか、え、何? 誰が得するんだよ?
「……ッッ‼ ッテテ……」
……分かってるんだ。本当にモニカの意思を尊重して行動するなら、俺は『文芸部』の事をすっかり忘れて、『ギャルゲーム』の呪縛から解放された上で幸せを掴み取るべきなんだろうよ。
今なら実感を持って理解できるのだ。『[主人公]を愛する』プログラムに支配されたというアイツらと同じように、どうやら俺も『
他の部員の存在が無かった事になり、学校における部の定義から外れすぎてゲームが成立しなくなるという形で、ようやっとそのプログラムから、文芸部と言う名の牢獄から解放された俺は、そのまま変な事をしなければ、プレイヤーに意識をのっとられるような事も無く、普通に幸せになれるのだろうな。
世界の管理者権限もそのまま残っている事だし、この先の人生で困る事も無いだろう。
あのプログラムだって実際、今となってはもうどうしようもない存在ってわけじゃないんだ。キャラクターの存在そのものにすら干渉がきく権限を手にした存在となった以上、『ヒロインは主人公を愛するもの』という、プレイヤーによる強力な固定観念が存在理由の根底に存在しているプログラムを書き換えるよりは、別に個性の塊であろうが全然許される『ゲームの主人公』の人格に関するプログラムを改変する程度、赤子の手をひねるようなもんだった。
……ただしこれから始める事は、この
まあ、だからといってそれが、俺が俺の幸せの追及を諦める理由にゃならねえけどな。
干渉するのは、\Steam\steamapps\common\Doki Doki Literature Club¥gameの中で『リセット』を阻む存在、『firstrun』。
こいつをゴミ箱にぶち込めば、ゲームは初期化される。サヨリも、ユリも、ナツキも、モニカですらも。ゲームは全てを巻き戻してくれるだろう。
そしてそのままの一週間をなぞれば、ハッピーやバッドの区別をつける対象が存在しない、唯一無二のトゥルーエンドに向けて、一直線に突き進むのだろう。
絶対に割り込んで見せる。アイツらの結末を変えてやる。
結局のところ全てを成功させたところで、あのゲームの結末を本当の意味で『変えた』事にはならない。絶対にそうはならない。創造主があの形ですでに完成させてしまっている以上、そんな真似はこのゲームの制作の最中の時点にまで時間を巻き戻して、直接ハッピーエンドを提案し、押し通してしまうくらいの離れ業をしない限りは無理だ。当然そんな真似が不可能である以上、ゲーム媒体で新たなエンディングを作成するなど天地がひっくり返ってもあり得ない。せいぜいインターネット上の二次創作小説サイトだとか、その辺りに俺の行動の記録が載せられる程度になるんだろうな。十分だ。
何度も言っている事だが、主人公たる俺が求めていたのは
……おい、何を他人事みたいな目で見てんの? 今の俺の一人称視点を今パソコンだかスマホの画面の向こう側で眺めているお前らプレイヤーだってそうなんだろう? なあ? ……いや、今となっては読者と呼ぶのが正しいのかねえ。
……だからさっきから何ドン引きしてんだ。なんだ、メタ発言にも限度があるだろってか。今更だろ。悪いけどこちとら原作からして第四の壁を叩き壊していくスタイルで突っ走ったビジュアルノベル作品の出身なんでね、それくらいは想定した上で読み進めようか、と遅ればせながら推奨させてもらうぜ。なに、今時メタい物語なんかまあまあ珍しい程度で、結構ありふれてるしおっけおっけ。
―――だからそれでもなおこんな俺の行く末が気になるような奇特な奴が、もしもいるのなら。
画面の向こう側から応援でもしていてほしい。
俺はアイツらの幸福が欲しくて欲しくてたまらないんだよ。そのためならなんでもする。ああそうだ、なんでも。『部長』の全能なんざ投げ捨てて過去に戻ってやるし、仮に『[主人公]が消滅すればゲームも成立しなくなり、アイツらも当たり前の日常に戻る事ができるんだ展開』みたいなテンプレ悲劇とかが万が一来たとしても、そんならそれで躊躇なく死んでやるさ。ああ死んでやるよ。
自分で言うのもなんだが原作ゲーム中の俺はともかくとして今の俺は、ラノベの主人公なんかをはるには及第点をやれるぐらいの分かりやすい目標と、モブとは一線を画す執念を持ち合わせていると自負してるんだが。実際俺はそういうキャラが登場するラノベとかアニメとか大好きだし、どーせお前らもそういう主人公好きだろ? なあ。
それともこうやってこれ見よがしにお前らこういうのが好きなんだろっていう態度取るのもあれか、気に入らないか? どうでも良いわな。
さてと。
第四の壁破りはほどほどにして、そろそろすべき事を始めよう。不快に思われる頃だ。
……手紙を破り捨てた影響からか、真っ暗なまま何も映らなくなったゲーム画面を眺めるのも飽きた。
いつか、お前は詩に書いていたよな。私をセーブして、と。
バカな俺には、あの詩の意味をよく理解できていなかった。俺も男だし、素直にそんな事を言うのも嫌だったからな、抽象的だのなんだのと分かったようなふりして軽くかっこつけたもんだ。まあバレていただろうけど。で、その結果が今俺の前からお前が姿を消すっていう今の状況な訳だ。
その願いを叶えるために、今から俺はこのゲームをリセットする。……どっかの地下世界の物語の受け得りだけど、セーブってのはゲームデータを保存する意味とは別に、『救う』って意味があるんだってな。
ああ分かった。ようく分かったよ、今更ながらで本当に申し訳ない所だけど。
そのSOSに応えよう。例えお前がもうそんな事を望んでいなかったとしても構いやしない、絶対にお前を俺のそばに引きずり戻してやる。今がどうだったにしてもたしかにあの時のお前は、詩という形で求めていた、望んでいたんだ。聞く耳を持ってやるほど優しくはねえ事ぐらいわかってるだろ。それが、散々やるだけやって逃げてったお前に示せる、俺の考える
―――黙って救われちまえ。
次の瞬間、俺―――[○○○]は世界を巻き戻した。
この作品における主人公は、ヒロインがクリエイターによって主人公を愛するようデザインされているように、あたかもどのヒロインともくっつく可能性があるような振る舞いをするよう、ゲームとしてクローズアップされる以前の、幼少期、小学校、中学校時代、高校に入学したころまでに培ってきた自我とか個性といった物を、プログラムによって抑圧されています。そういう独自解釈だと認識していただければ。原作準拠でいくために名前も空白です。ゲームをプレイした時のように好きな名前を入れてみましょう。
また、『部長』の権限を手にしたものはあのゲーム内において全能にも等しい力を手にする事ができるのは、原作の描写を見ての通りです。
主人公以外の全ての部員がモニカによって存在を消去されてしまったため、部としての体も保てなくなった文芸部は崩壊しており、権限のみ主人公に宿っている状態です。
しかしはたしてあの結末こそが唯一無二であるはずのゲームのアフターを妄想しただけの二次創作など需要があるのだろうか。あったとして勢いで見切り発車したこの物語を完結までもっていく事ができるのだろうか。不安だけど頑張らねえとなあ。