少しだけ、月日が経った。
時間はあまり残されていないだろう。なんせ、竜機兵の作成者が一人消えたのだ──製造品の一つと一緒に。シュレイドはそんなに無能ではない。すぐに自分は連れ戻され、
戦いに。
戦いに行くのだろう──だから、束の間、ほんとに緩やかに、後に思えば刹那にも等しい時間を──最後の余暇を、楽しんでおこうと思った。
思っただけだが。
◇
科学技術の発達は目まぐるしく、シュレイドに存在する文献は非常に豊富で、例をあげるならばここ新都が未だ起って間もないことを考えると、技術と言うのは凄まじい。
だから、しっかりと運行の技術も進歩しており、それは竜車と言う車どころか飛行船が作成されていることから明らかだ。
さて、自分はそんなことを考えながら、大きい塔の上で、落ちるギリギリで座っている。だいたい二十メートル幾ら自分が体が強靭だからと言えこの高さから落ちると複雑骨折はするので危ないが、しかしこう言うギリギリのところに立つと思うことがある。
何を思うのか──それは陰鬱な、鬱蒼とした感情では全くない。なんなのか? と聞かれると答えるのは恥ずかしいが、まぁあれだ、
死人の気持ちがわかる気分になる。
幽明境と言うのか──こう言うギリギリの場所は、それを感じられる気分になる。
「人形は人形、人は人、死骸は死骸──けどまぁ、こう言う『なんとなく』もいいよな」
といい、下を見て軽く怖くなったので引き上げる。丁度そこに市長が現れた。
「よー」
「こんにちは」
こんにちは、と言うからには今は昼だ。明るい。しかしその明るさが照らす市長の顔はどうにも優れていない。徹夜続きなのだ、当然だろう。むしろ元気溌剌なやつがいれば過労死するだろうから休ませることを推奨する。
「どうも綺麗な陽ですね……とはいえ、ルフティさんみたいに直視はできませんが」
「んー、まぁ、俺は眼球も強化されてるからな。閃光で視界騙しを喰らうようなら戦場じゃ死ぬだろうし、虹彩の部分は完全にオートでなんとかなるようになってるよ。不具合はあるかもだけど」
そもそも人竜計画自体が自分が唯一の成功例だ。データが少ないのは当然で、データがないことの方が当たり前なので、寧ろデータがあったらそれマジか? となるような話である。
とは言えその話は今はいいのだ。門外漢の市長に──いや、ひょっとしたら多少心得があるかもしれないが市長が詳しくわかるわけでもないだろうし、市長が疲れているのに脳を更に疲弊させるわけにもいかないし、そしてこうして述べているが最大の理由は自分もよくわかっていないからだ。
この、人を竜にする悪魔の技術の詳細。
と言うか、それに限らず竜の製造技術全般。
竜機兵の作成者は一人ではないらしいが、人竜計画は手探りである為、そして予算削減のために予算を使うのもバカらしいので精査な製造技術を知る者はジャスパー一人である。
ジャスパー、あれで結構有能なのだ。
性には奔放だが。
そして一番被害を受けているだろうのは恐らく自分だった。
南無三。
「便利ですねぇ……僕も三ヶ月くらい断食徹夜しても死なない能力がほしいですよ」
「仙人にでもなるつもりかよ……そんなに新都って切羽詰まってんの?」
「結構マジに。ヤバイです。どんなにヤバイかって女に飢えたジャスパーさんくらいヤバイです」
「ああ、それはヤバイ」
そう返しつつ、あれはほんとにヤバかったなー、と思い返す。確かジャスパーが新都の防衛機構作成の為に理論を作成していた時だったと思う。
一ヶ月ほど期間が空いたからか溜まってる、ってやつで、それを一身に請け負うこととなった自分の惨状たるや。
いや、それはどうでもいい。
「なんか用か?」
「それ、はじめに聞くことですよね……いや、用はありません。ちょっと疲れてるんで休憩してるだけです」
「ふーん」
市長はそれだけ言って、そして黙った。だからこっちから話かけることにする。
「例えば俺が死んだとする。その場合、悲しんでくれる人はいるのかな」
「……悲しんでほしいんですか?」
「うん。と言うか、だれかに覚えててもらいたい」
それが弱さだと、自分でも思う。
それがしかし正しさでもあると、それは自分では思えなかった。
「──僕は、悲しみません。言ってはあれですが、僕からすればこの街以外は、この理念以外はどうでもいいですから。だけどこの街が悲しむなら──僕も悲しみます」
「ふーん。悲しんでくれるんだな」
死体は死体。
死骸は死骸。
それ以上でも以下でもないと、彼は知ってるだろうに。そう思って自分は、水平にある空を見る。そらの色は、思った以上に青く、そして、なぜか暗かった。
「それならよかった」
「ジャスパーさんなら、きっと悲しんで一緒に死んでくれますよ」
「あのキチガイがそんなロマンチックなことをするかなぁ」
「あなたも彼と言う人が存外わかってない、彼はリアリストに見えてロマンチストですよ。クビシメロマンチスト」
「それはなんか違うと思うぜ?」
締めるとしたら自分のだろう。
彼は意外に、そういう男らしい。
「……」
「何を思ってるかは僕が知ったことではありませんが、悩みがあるなら叫んでみたらいいんですよ。人に聞こえない場所で。誰もいない海岸とかは青春みがあります。僕の青春時代は英才教育で消えましたが」
「それもそうだが……やったことあんの?」
「クソ親のバカ野郎って叫んでました。すっきりするんですよ。もしくは歌うか。どちらにせよ、馬鹿になるくらいからっぽで叫べばいいんです。それができるのが人間ですよ。立派な足で、娯楽を見出して、感情を発散する。自我、意思、知性、文化がある人間だからこそできることなんです」
「はっはー、そりゃいいや。人間ってのは素晴らしい。人間讃歌だ人間讃歌。人間っていいな、ってやつだ」
「でしょう? 人間は素晴らしい。知恵があるから過ちを犯しますが、知恵があるからこそどんちゃん騒ぎができるのも、また事実です。祭りもなんでも馬鹿騒ぎ。人間に生まれた所以なんて楽しむ為に決まってるんです。苦しいことをするのは、それを耐えられるのは後に娯楽があるからです。だから人間というのは奇跡的なバランスで成り立っていて、だからこそ人間と言うのは愉快なんです。あなたは改造人間だ。しかしそれでも人間だ。だったら楽しむことがいいんです。悩むことがあっても、辛いことがあっても、人間の生涯が充実していると言える理由は娯楽なんです。楽しむことが人生だ。人生を為すことは悪くない。あなたも僕も誰も彼も、ひょっとしたら国王だって人生は愉快に満ちているんです。許されないのは、その人生を為すことができない人間がいることです。人生を為せずに朽ち果てる……そんなのは悲しいでしょう? 同情はしませんが、理念に誓って僕は彼らを、或いは竜と共存することができる世界を作っていきたい。人生を為せる世界に変えます。国王に全てを強いられる世界を、国が全てを定める世界を、僕が誰もが笑って生きれる世界に変えてやります。──過ぎた願いでも、それでも、緩く、楽しく、美しく。それが人間ってもんでしょう?」
「……そうだな」
確かにそれが、人間だ。
◇
始まりの鐘と言えば格好が付くかもしれないが、しかしそう言うわけではなく、これは確実に始まりを告げているわけではない鐘だ。
このやりとりを最後に、或いは最初に、物語の終わりは始まる。
世界の終焉が来る。
◇
その日は、何かけたたましい音で目が覚めた。何かと起きれば、珍しくジャスパーが外着に着替え、完全に体制を整えて、目覚めたこちらを見ている。
「えーと……なんかあったか?」
「あったぜ」
そう言って、外に向かって行くそいつを追いかけ、寝間着のままに玄関から外に出る。
そして──見た、
城壁の倒壊を。
「──うっそだろ?」
「残念ながら現実なんだよなぁ……つーわけで、出番だ。幸い犠牲は出ちゃいない。それは確認してきた。だからお前がこれやった犯人を殺してくれりゃぁいい。ただ──相性が悪いか。飛行竜だ。赤……赤黒い? ……多分、赤の二つ名だ。殺せるか?」
「シュレイド男児を舐めんなよ、そんくらい余裕だ」
そういい、着替える手間も惜しいので装備をさっさと展開する。変身、と言った感覚に近い。鱗が現れ、体がそれに覆われる。防御力も充分だ……しかし二つ名、それは厄介だ。
自分のベースも二つ名なのだから。
「──数は」
「一。多分、山に大量生息してる内の一匹が暴走した。あっという間に距離を詰められてこのザマだ。ただ犠牲者がいないのが一つ、マシな状況だな。避難の指示を出してくる。なるべく城壁の内に入れないようにしといてくれ」
「了解。言ってくる」
「ああ待て、これだけは忠告する。──逃げるな、死ぬまで戦え。それがお前の存在理由だ」
「知ってるよ。とうの昔に。生まれた時から」
それだけ言葉を交わして、市街地を走る。ジャスパーを巻き込まないようにそれで少し距離を取り、そして視点は高い方がいい、と考えて跳躍し、向かうのは塔だ。
階段を登る手間も惜しい。塔の壁の、僅かな窪みに足を掛け、無い場所には指を食い込ませてそれを作成し、そして、
塔の上に、一分もせずに登り終える──そこから、全方位を見渡せるように、その場で回りつつ、少し遠くに赤の竜がいることに気付いた。
ただ、本来のものより確かに色が暗い。翼に斑点も見える。なるほど、二つ名だ。
翼をはためかせて中空に浮いているそいつを見て、そこならば背中に飛び乗れることを悟る。気づかれてもいないだろう。丁度横合いから出ていく形になるためだ。
「よし、やるか」
そこまで理解し、真上から落下するようになるように、跳躍し、足に──脹脛辺りにある、刃のような鱗を、勢いよく突き刺せるように意識を向ける。
風が耳を殴りつけるように、ごうごうと耳が唸りを聞き遂げる。落下している内に頭から落ちるような形になった。これは、体の重さの問題だったか──しかしこのまま落ちると首が折れるだろうので、それを防ぐ為に回転する必要がある。
それを利用する。
「──────!」
あと少しで乗れる、と言う場所で気付かれた。しかし既に遅い──間に合う、故に前方に回転しつつ、踵落としの要領で、その竜の背中に、深く刃を突き刺した。
「──────!!」
出来れば叩き落としたかったが、自分の体重ならそれは不可能だ。しかし高度を下げることができた。それでいい。刃を体の中に収納しつつ、薄い翼を掴む──振る力は尋常ではない。上へ下へ引っ張られるのがうざったくて、自分が落とされないように、自分が掴んでいる場所より外側を腕の刃で引裂き、翼が上に上がった隙に体を左手で放り投げ、背中に立つことに成功する。
「体痛え……」
特に負担の掛かった足が痛い。それを回復力任せにして抑え付けながら、戦う際に厄介になる翼を引き抜こうとする。しかし不可能だった。硬すぎる。翼膜を裂いていくことはそこまで難しくないのだが、と思い、そうするか、と決定するが、竜は既に混乱から立ち直っていた。
縦方向に回転することで振り落とされ、一回転して戻ってきた尻尾が迫ってくる。お前それ嫁の専売特許だろ!? と完全に意識していなかった攻撃に焦りつつ、今まで通り対処することにする。体を、足で空気を蹴りつつ、何とか範囲外にはじきだす。
「あっぶね……死ぬ死ぬ」
流石にそれを喰らうと内蔵飛び出る。
だから、今のは結構際どかった。
「さては頭いいだろ、こいつ」
地面に背中から落ち、体制を立て直しつつそう呟く。そもそもこの種はそういう攻撃をしないはずだった。それを、嫁が使っているのを見て学習したのだろう。
もしくは、二つ名個体全般がこれほど頭がいいのか。
「だとしたらすげえな……」
自分の素材には二つ名の竜のものが使われている。つまり、それを仕留めたということなのだろう。
竜機兵と、それを操る竜操術はほんとにどれだけ異常なのだろうか。
「──確か、俺の攻撃は
攻撃は綺麗に決まる、と言うか、意識を集中している際の攻撃は、導かれるように、会心の一撃が入る。
「なら、それで、首を一撃でぶち抜くか」
人に許されるものは、技術。それは改造人間である自分も例外ではない。
自分のような反則人なら、しかし技量が至らなくとも、力で突き抜けられる。故に──ここで技量ニ目覚めなくてもいい。なんとなくの導きに合わせてぶち抜けばいい。
「レッツゴー、ぶらり殺害の旅」
考えをまとめ、飛んできた火球──否、溶岩塊を回避する。近くにいるだけで体すら蒸発しそうな熱。実際、弱い生命ならそれで蒸発するだろう。それだけ馬鹿げた温度がそれにはある。
それを、大きく円を描くように走り、空中から降りてくる気のないそいつの尻尾を目指す。まずどう叩き落とすか、それが問題になる──故に、尻尾からそいつに登ることにする。
そして翼膜を引き裂く。
軽く裂くだけならば落ちないだろう。どころか、直ぐに再生する。ならば一気に引き裂くべきだ。
そう算段を立て、尻尾を蹴り、
回転して右腕の刃を、竜の右翼膜に突き立てる。
「破れんなよ破れんなよ……!」
中間辺りに刺した為セーフだっただろうか、何とか破れずに助かった。そして、次には左腕を突き刺す。そのまま、横に手を広げることで、翼膜を大きく引き裂いた。
「──────!?」
それで体制を、竜は崩す。当然だ。身体を支えていた部分が大きく……とは言えないが、まあまあ欠損したのだ。直ぐに再生するだろうが、しかし体制を崩すのは避けられない。
そして墜落した。
「おおおおお──!? ちょっと待て! それは予想外だ!」
しかし嬉しい誤算だ。より正確に首が狙えるのだから。
千切れていない翼膜を掴み、そしてそれを利用し、飛ぶ。竜の頭の方向まで走り、そこまで辿り着き、
「これで、お前は死んどけ──!」
その腕の刃を、首へと通す。
綺麗に、まるで柔らかい肉だったように腕が入る。まず、それに驚き、そしてそれだけでは
殺せていないと考える──直感でもなんでもなく、導きが教えるように、告げた。そして腕が始動した。
引き返すように、腕を戻す。体を勝手に動かされているような感覚。しかし、悪くない。
これで殺せるのだから。
「──ああああああぁ!!」
何故か、昔を思い出した。
最初の殺人を。
それを思い出して──完全に、首を切断した。
◇
城壁を立て直す。
自分もそれに協力しようかと思ったが、しかしそれは必要ないと市長に言われた。そしてそれは事実だった──今、自分の眼前でジャスパーが指示を取りながら、あっという間に再建されていく。
「あいつほんと多芸だな……」
「物事には通じることも多いって言ってましたけど、それでもほんとに多芸ですよね。彼」
市長の言葉に頷き、そしてジャスパーを見る。その顔は真剣そのものだ。
普段からは想像もできなかった。
「意外だ意外──おっと?」
竜との戦闘以降、どうも体が更に馴染んだ。上手く動く。五感も強化された。今なら料理人になれるくらいだ。
その五感が、微かな音を捉えた。
「来客か? ちょっと見てくる」
「ん? なんか聞こえたかい?」
「改造人間だからな」
そう言って、軽く跳躍し、現在ならば飛び越えられる高さの壁を飛び越え、そして見た。
──シュレイドの軍の、その車を。
次回は戦闘ないよー、文字数埋めに僕が死ぬよー