Steins;Gate アフターストーリー 作:第22SAS連隊隊員
Steins;Gate アフターストーリー
(天音)橋田鈴羽編
「お願いオカリンおじさん、明日の参観日の日だけ私のお父さんになって!!」
とある喫茶店の店内で少女の声が響き渡る。その声に何事かと店内の客が一斉に発信源へと顔を向けた。
その先には髪をお下げに結い左右に垂らし、学生服を着た高校生の少女が。そんな少女が前のめりになり両手を合わせ、目の前の白衣を着た四十代後半と思われる男にお願いをしていた。
男は周りの客が自分たちを見ていることに気が付くと、慌てて少女を座らせ新聞で顔を隠す。
興味を無くした客たちは視線を元に戻し、中断した会話や食事を再開する。男は自分達に向けられる視線が消えたことを確認すると、新聞紙を畳み溜め息を一つ付いた。
「鈴羽、お前にはダルという血の繋がった実の父が居るではないか」
「だって……父さん、アレじゃん?」
「アレって……まぁ、確かに」
鈴羽と呼ばれた少女はどこか苦い表情を浮かべ、それと同じように男も苦い表情になる。
彼の名は岡部倫太郎。目の前の少女、橋田鈴羽の父親の親友である。父親との仲もあって岡部と鈴羽は昔から付き合いがあり、たまに彼女から何かお願いされることもあった。
鈴羽が小さい頃は玩具やお菓子を買って欲しいとせがまれ、大抵は根負けして買ってしまうのが何時もの事であった。
しかし、彼女が成長するにつれそんなお願いも少なくなり、ここ数年は何もお願いを聞いていない。
そんな彼女から『重要なお願いがある』とのメールを受け取り、何事かと指定された喫茶店に向かえば冒頭の『お願い』を頼まれたのだ。
「そもそも、なんで俺に父親役を頼む? 参観日にダルが来るのが嫌なら黙っていれば良いではないか」
「それが……、実はね」
「実は?」
「友達にお父さんはどんな人? って聞かれた際につい『私のお父さんは背が高くて、白衣が似合う人』って言っちゃって……」
その言葉を聞いて岡部は目を閉じ天を仰いだ。数秒間そうした後に顔を前に向け、今度は頭痛を抑えるかのように額に手を当てる。
そんな岡部を鈴羽は申し訳なさそうに見ていた。
「なぜそこで俺を出したのだ、鈴羽よ……」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい! でも、一日だけ、参観日の日だけで良いからどうか父親役を!!」
再び両手を合わせ、頭を深々と下げて懇願する鈴羽。頼まれた男は両肘をテーブルに付け手を組み、そこに額を押し当てる。
しばらくブツブツと何かを呟き、なんとも困ったような表情を浮かべて顔を上げる。
「わかった、今回だけだぞ」
「え……、じゃ、じゃあ……」
「ああ、参観日の日だけ父親になってやる。ただし、今回だけだからな?」
その言葉を聞いた瞬間に、少女の顔は一瞬で花が咲く様な明るい笑顔になった。目を見開き、感謝の言葉を叫ぶ。
「ありがとう!! オカリンおじさん大好き!!」
そして、人目を憚らず目の前の男性に抱き付いた。
◆
「と、言う訳なんだ」
『はぁー、あんたってあの子にはとことん甘いわね』
その日の夜。岡部は自宅に戻り、夕飯と風呂を終えてからある人物に電話をかけていた。
愛用している赤い携帯からは呆れたような女性の声が流れてくる。
「悪かったな、紅莉栖」
『このロリコンめ』
「鈴羽は高校生だからロリに当て嵌まらないだろうが」
どこか拗ねたような返事を返す電話の相手は牧瀬紅莉栖。アメリカのサイエンス誌で論文が掲載されるほどの天才である。
彼女はかつて日本を訪れ、ひょんなことから岡部達との付き合いがあった。現在はアメリカで研究や実験漬けの毎日を送っているが、たまに岡部達と連絡を取り合っている。
『うっさい、自分との歳の差を考えなさいよ。まったく』
携帯の向こう側から拗ねたような声が聞こえる。それを聞いている岡部の脳裏には、携帯を耳に当てながら頬を膨らませている紅莉栖の姿が容易に想像できた。
いとも簡単にそんなことを想像できる自分に苦笑しつつも、本題を切り出す。
「なぁ、紅莉栖。父親ってどんなものなんだ?」
『はい?』
「だから、父親とはどういうものなんだ?」
余にも漠然とした質問。そんな質問をされても、紅莉栖はどう答えたら良いかが分からず戸惑う。
うーんと唸り声を上げて明晰な頭脳をフル回転させるが、答えは一向に出てこない。
終いには様々な学者や偉人達が生み出した数式や理論までも展開させ、答えを導き出そうとするが当然ながら回答は出てこなかった。
溜め息を一つ付くと、若干呆れたような口調で岡部に愚痴を垂れる。
『質問が漠然とし過ぎているわ、もっと具体的に言えないの?』
「と、言われてもな……」
今度は逆に岡部が唸り声を上げることになった。
暫くの間唸り声を上げながら「父親」という存在に解を見出そうとするも、答えは出てこない。
紅莉栖にギブアップを伝えると、彼女はその間に何かを閃いたのかアドバイスを伝える。
『逆に考えるのよ、自分が父親だったらどんな風に振る舞うかって』
「自分が父親だったら……」
岡部は自分の脳内にその姿を思い描く、その手には産まれたばかりの小さな命。
岡部は頬笑みを浮かべ、隣に立つ紅莉栖も同じように微笑んでいる。二人は自分たちの愛の結晶を愛おしげに――
そこまで考えた所で岡部は頭を振り、その光景を打ち消した。次いで自分の左手で顔を覆い、握り潰さんばかりに力を籠める。
『岡部、どうしたの?』
「いや……、何でも無い」
電話で話していて良かった。顔が真っ赤に染まった岡部はこの状況に心の底から感謝した。
わざとらしく咳払いして呼吸を整え、アドバイスをくれた紅莉栖に感謝を告げると、明日に備えて早めに寝ることを伝える。
どこか名残惜しげな色を声に混ぜながら紅莉栖は、「健闘を祈る」と短く告げて電話を切った。
携帯の向こうから一定のリズムで電子音が鳴り、電話が切れたことを確認。起床時間に携帯のアラームをセットし、寝床に付こうとして――
――逆に考えるのよ、自分が父親だったらどんな風に振る舞うかって
先程の紅莉栖の言葉が胸中に蘇る。果たして、自分が父親ならばどうするのだろうか? 手に持った携帯をじっと見詰め、「父親」として思考する。
時計の針が一分、二分と進み、やがて岡部は携帯に電話番号を打ち込んだ。数回のコール音の後に眠そうな声が電話に出る。
「ああ、もしもし? 夜中にすまない――」
明日はいよいよ決戦の日。
◆
次の日、鈴羽が通う高校。今日は授業参観日という一大イベント、そのせいか妙な緊張感が学校内を満たし、張り詰めた空気を作り出していた。
教師も生徒もどこか表情が強張り、歩き方が何処かぎこちない。そして、昼休みを終えて遂に決戦の時は来た。授業参観の始まりである。
始めはポツポツと、次第にゾロゾロと、最後はワラワラと生徒たちの親が学校に集まってくる。
親同士が出会うという極めて稀なこともあってか、それぞれが如何にも高級そうなスーツや衣服、装飾品等も一目見ただけでブランド物と分かる品。
父親は髪を見事なまでにセットし髭を剃り、完璧な紳士を。母親は大金をかけた化粧品で化粧を施しブランド品を見に付け、完璧な淑女を演じる。
授業を受ける生徒たちの後ろでは、親同士の静かな戦争が繰り広げられていた。
ふと、教師が黒板に板書をするために生徒たちに背を向けた。チャンスと言わんばかりに鈴羽の隣に座るクラスメイトが話しかける。
「ねぇねぇ、鈴。鈴のお父さんって来てる?」
「えっと、お父さんは……」
こっそりと後ろを振り返り、自分たちの授業風景を眺める親御達の列を端から見渡す。そして、列の中央付近で白衣を着た背の高い男を見つけた。
「ああ、ほら。あそこの白衣を着た――」
白衣を着た男の隣、一目で肥満体形と分かるメガネをかけた鈴羽の実の父親が居た。
彼のトレードマークとも言えるオレンジの帽子は今日は被っておらず。だらしない私服の代わりに、あまり似合っていない紺のスーツを着ている。
父親と父親の役を頼まれた男は、鈴羽の視線に気が付くと軽く手を振った。鈴羽の顔が引きつる。
「えっと、あの白衣を着た人? なんか隣の人も手を振ってるけど?」
「え、いや、あの」
なんとも形容しがたい表情を浮かべ、返答に詰まる鈴羽。曖昧な笑みを浮かべると先生がこっちを向きそうだ、と言って前に向き直る。
その顔は耳まで真っ赤に染まっており、頭の中はグルグルと掻き混ぜられパニックを起こしている。
自分が当初予定していた計画が崩れ去り、放課後に友人にどうやって誤魔化すか。思うように回らない頭で必死に考えていた。
授業が終わるまでの間、鈴羽はまるで針の筵の上に正座し、オマケに膝の上に重しを乗せられているかの様な、拷問にも等しい時間を味わう羽目になった。
◆
放課後、ようやく拷問から解放された鈴羽の顔は全く明るくない。肩を落とし、項垂れ、目からは生気が抜け落ち、足取りは鉛のように重い。
そんな鈴羽を友人達が励ましているが、鈴羽はまるで反応しない。ふと、友人が正門に顔を向ける。何事かと緩慢な動作で鈴羽も正門に顔を向けると。
「「おーい」」
そこには白衣を着た男と肥満体形のスーツを着た男が手を振っていた。鈴羽の目に生気が戻る。
途端に鈴羽は駆け出した。自慢の脚力を存分に奮い、自身が出せる最大の速度で正門に駆け込む。
友人が驚く間もなく素早く白衣の男の手を取り、どこか引き攣った笑みを浮かべ、
「紹介するね!! これが私のお父さんの――」
「友人の岡部倫太郎です。初めまして」
「やぁやぁ、初めまして。娘が何時もお世話になっています、父親の橋田至です。どうぞよろしく」
一か八かに賭けた鈴羽の作戦は見事に不発となった。
その時の鈴羽の頭の中では「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した」と、延々とその言葉が繰り返されていたという。
◆
ここは喫茶店。きのう鈴羽が岡部に父親役をお願いした店である。窓際のボックス席には鈴羽と橋田に岡部、そして鈴羽の友人達が座っている。
各々楽しく談笑しているが、その中で鈴羽だけが不満げな顔でケーキを頬張っていた。
「鈴羽、いい加減に機嫌を直したらどうだ?」
「ふん、オカリンおじさんの裏切り者」
「だから、その事についてはキチンと謝るから……」
自分の計画を見事に台無しにしてくれた人物に、鈴羽は頬を膨らませてそっぽを向く。彼女の現在の機嫌は非常に悪い。
そんなことも気にせず、その隣では鈴羽の父親である橋田至こと、ダルが彼女の友人たちと談笑していた。
「へぇー、おじさんって、システムエンジニアをしているんですか」
「そうだお。昔からパソコンはよく弄っていたんだけど、それがいつの間にか仕事になっていたというか」
「あ、じゃあ。もちろんパソコン関連のプロなんですよね?」
「もちのろん、大抵のトラブルはお任せあれ」
何とも自慢げにダルは自身の胸を叩く。その光景が余程気に食わないのか、鈴羽の眉間に皺が寄り始めた。
目付きも徐々に険しい物になり、終いにはフォークを握る手が震えだした。
更には歯をむき出しにして歯噛みし、少女の顔が野獣の様な物へと変貌を遂げる。口端に見える犬歯がやけに鋭く見えた。
そんな鈴羽の形相に友人達が気が付き、どこか呆れたように口を開く。
「もー鈴ったら、何そんなに怒ってるの?」
「だ、だって、父さんが!!」
「私の父さんなんかもっと酷いよ? 加齢臭はキツイし、頭は薄いし、何時も母さんの尻に敷かれてるし」
友人達は笑いながら自分の父親のダメっぷりを話す物の、鈴羽の機嫌は一向に元に戻らない。
それどころか、その友人たちの笑い声にすら怒りを感じていた。遂に彼女の堪忍袋の緒が切れる。
「ごちそうさまでした!!」
フォークを勢いよくテーブルに叩き付け、鞄を持ち、荒々しい足取りで喫茶店を出て行く。
――父さんもオカリンおじさんもバカ!! 大っ嫌い!!
胸の内で悪態を吐き、彼女は家路へ。
◆
「ただいま!!」
勢いよく自宅の扉を開け、そのまま乱暴に閉める。娘が帰ってきたことに気が付くと、鈴羽の母親はキッチンから顔を出した。
「おかえりなさい、鈴羽。さっき電話があったんだけど、父さんは今日――」
「知らない!!」
父、という単語を聞くのも嫌だった。その単語が耳に届くだけで、胸の内に秘めた怒りの炎が燃え上がる。
二階の自室に入ると鞄を机に向かって乱暴に投げ、服も着替えずにベッドに飛び込む。そして、枕を顔に押し当てていると、喫茶店での光景が蘇ってきた。
何とも楽しそうに談笑する父親と父親の親友に、友人たち。自分の父親が恥ずかしくて、情けなくて堪らなかった。
背も高く、白衣を見事に着こなし、薄い無精髭が貫禄を醸す父親の友人。それに対し、背も低く、肥満体形、オマケに良い歳にもなって未だにサブカルチャーに熱を上げる父親。
どちらかを実の父親として選ぶ事が出来たら、鈴羽は迷うこと無く前者を選んだであろう。そんな自分の理想とする人物に今回の父親役を頼んだのに、結果はこの有様である。
枕に顔を埋めたまま、流石に涙を流すことは無かったが、母親が夕飯が出来たことを鈴羽に知らせるまで、鈴羽はくぐもった呻き声を上げていた。
◆
翌日、鈴羽の高校。
鈴羽の調子は最悪だった。昨日、家に帰ってからというもの、考えるのは父親の事ばかり。お陰で、今朝の寝起きは今までの人生の中で最悪の物である。
自宅から高校へ、高校の正門から自分の教室へ。そこに至るまでの鈴羽はまさに生ける屍の様な状態であり。足取りは引き摺るように重く、背筋は枯れた植物のように垂れ下り、目には虚ろな色が映っていた。
何時もよりも酷く長く感じられる道のりを歩き終え、鈴羽は緩慢な動作で着席する。そして、鞄から荷物を取りださない内に友人達がやってきた。
「鈴、昨日はありがとう!!」
「本当に助かったよ、ありがとー」
突然、感謝の言葉を述べられる。鈴羽は昨日の記憶を辿ってみるが、特に感謝されるようなことをした覚えは無い。それどころか、喫茶店でいきなり怒鳴ってそのまま帰ってしまった記憶しかない。
思い当たらないことを感謝され、鈴羽の頭は混乱する。
「えっと、私、何か感謝されるようなことしたっけ?」
「違う違う、鈴のお父さんだよ」
「父さんが?」
ここでいきなり父親が出てきた。あのだらしない父親が何をしたのか? 混乱に渦巻く鈴羽の脳内は、更にパニックを起こす。
「ほら、鈴のお父さんパソコンに詳しいでしょ? 実はあれから、私たちのパソコンを見てもらってたのよ」
「しかも、夜遅くまで付き合ってくれたし。本当に助かったよー」
しかも、夜遅くまで。その言葉を聞いた途端に、鈴羽は昨日の夜の事を思い出した。
そういえば昨日は父の帰りがやけに遅かった、どうせアキバでも巡っているのだろう。と、その時の鈴羽は考えていた。
父が家に帰って来てから、一度だけ廊下ですれ違ったが。思い出してみればあの時、父は何も持っていなかったではないか。アキバを巡っていたのなら、両手には萌えグッズ等で溢れたいた筈である。
あの時は父の事で怒り心頭だった為、碌に顔も見ずに寝床に着き、そのまま就寝して今に至る。
「良いなー鈴。あんなカッコよくて、頼りになる人がお父さんなんて」
「私の家族なんて揃いも揃って機械音痴だし、本当に羨ましいよ」
口々に自分の父を称える友人たち。その賛辞を聞いていた鈴羽の胸には、何かモヤモヤとしたものが生まれていた。
その日、鈴羽は一日中モヤモヤとした感覚を抱えたまま、学校を終えた。夕陽に照らされる帰り道、鈴羽はどこか釈然としないとしない足取りで家路に着き、その時も胸に違和感を感じていた。
やがて、自宅に到着し玄関の扉を開けると、帰宅の挨拶もせずにリビングに向かう。そこでは母親が夕飯の準備をし、父親はテーブルの上でノートパソコンを広げている。。
「あら、おかえりなさい鈴羽」
「おかえり、鈴羽」
「ただいま」
夕陽が赤く染めるリビング。そこには鈴羽が今まで何度も見てきた光景があった。夕飯の支度をする母親に、パソコンでネットサーフィンをする父親が。
鈴羽はテーブルに着くと鞄を隣の椅子に置き、リモコンでテレビの電源を入れる。画面には夕方のニュースが流れており、アナウンサーが原稿を読み上げていた。
鈴羽は特に聞き入ることも無く、画面に映るアナウンサーを眺める。テレビを眺める娘が加わり、ここで、この家のリビングで何度も描かれた日常の一コマが出来上がった。
しばらくテレビを眺め、ふと、鈴羽は自分の向いに座る父親に顔を向ける。眼鏡のレンズにディスプレイの光を映し、その奥にはいつもの様に優しげな、そして穏やかな目をした父親がいた。
と、鈴羽の視線に気が付いたか、父が顔を上げる。父と娘の視線がぶつかった。
「鈴羽、どうかした?」
「う、ううん。何でも無い、何でも無いよ」
そう、と父は短く言うと顔は再びパソコンのディスプレイに向けられる。鈴羽の目には、今まで何度も見てきた父親の顔が映っている。
大きくて、暖かくて、柔らかくて、そして優しい顔。
その日、娘の目に映る父親の顔は、何時もより少しだけカッコよく見えた。