Steins;Gate アフターストーリー 作:第22SAS連隊隊員
漆原るか編
かつては日出国と呼ばれた国、日本。そして国の中枢を集めた首都、東京。その中の一つ、秋葉原にその神社はあった。
真夏の暑い秋葉原の電気街から離れ。その光景に似合った静かで、それでいて神秘的な雰囲気を醸し出す神社がある。神社の名前は柳林神社。
その神社に白衣を着た男が近付いていた。男はこの真夏日にも関わらず袖の長い白衣を着ており、その額には玉の様な汗が幾つも浮かんでいる。男は少しでも早く木陰に入ろうと早足で神社の境内を目指す。
ふと、男が突然足を止めた。同時に視線もある一点に固定される。男の視線の先、そこには一人の巫女が居た。
その巫女は手に竹箒を持ち、慣れた動作で境内を掃除していた。何度も竹箒を往復させ境内の砂埃を一箇所に集めている。
男はしばらくその様子を眺め。ふと、巫女が視線に気が付いたのか顔を男に向ける。
「あ、岡部さん。こんにちは」
「精が出るな、ルカ子」
ルカ子と呼ばれた巫女は、自分が岡部と呼んだ男に一礼する。巫女の名は漆原るか。ここ、柳林神社の神主の――『息子』である
もう一度言おう、神主の『息子』である。XY染色体を持ち、成長すれば喉仏が出来たり髭が生えてくる『男』である。
巫女服を着ている――だが男だ。
声が男とは思えないほどか細い――だが男だ。
女装してもなんら違和感はないであろう――だが男だ。
最近、暑くなってきた――だが男だ。
もうすぐ夏コミだな――だが男だ。
ロボティクス・ノーツの発売は何時だろうか――だが男だ。
助手、可愛いよ。助手――だが男だ。
閑話休題。そろそろ話を進めよう。
岡部とるかは一旦、日陰になっている境内に移動し、そこに腰を落ち着ける。互いに袖で額に浮かんだ汗を拭って一息ついた。
それからしばらくは特に話す事もなく、二人はセミの合唱を聞きながら目の前の景色を眺め続けた。
ふと、るかが岡部に顔を向け、少しだけ考えるような素振りを見せたあと岡部に話しかける。
「あ、あの、岡部さん。もうすぐ夏コミがありますよね?」
「ん? そういえばもう、そんな時期か」
岡部は懐から携帯を取り出し、今日の日付を見てそう呟いた。コミケ、正式名称コミックギガマーケット。毎年夏になると開催される世界最大の同人誌即売会である。
「その……実はボク。コミケに参加しようと思うんです」
「ほぉ、そうか。まゆりが聞いたら喜ぶだろうな」
岡部は若干驚きつつも、どこか嬉しそうにしていた。岡部の幼馴染であり、るかの友人でもある椎名まゆりは以前からるかにコスプレを、といっても女性キャラのコスプレをするようにお願いをしていた。
引っ込み思案な上に、注目を集めることが苦手なるかは当然ながら毎度の如く拒否していた。それに合わせてコミケに行くことも拒否しており、まゆりはそのことを何時も残念そうにしていた。
そんなるかが、どういう風の吹きまわしかは分からない物の、コミケに参加するというのだ。岡部の脳裏には嬉しそうにしているまゆりの顔が浮かぶ。
と、るかが更に何かを言いたそうにしていた。先程とは打って変わって顔を赤らめ、呼吸も荒くなっている。数回深呼吸し息を整えると、意を決して岡部に話しかけた。
「そ、そ、それで!! ぼ、ボク、コスプレしようと思うんです!!」
「ふむ、そうかそうか。コスプレか……なんだって?」
「こ、コスプレ……しようと思うんです……」
消え入りそうな声であったが、岡部の耳にはるかの言葉はハッキリと聞こえていた。今まで悉く拒否していたコスプレを、こともあろうに戦場とも比喩されるコミケでしようと言うのだ。
岡部は顔を真っ赤にして俯くるかを凝視したまま固まっていた。目を幾度も瞬かせ、口を半開きにし、何とも情けない顔を晒したまま。
一陣の風が神社を駆け抜け、二人の髪を揺らしていった。
◆
「えー!? オカリン、それ本当!?」
「あ、ああ。間違いない。確かにこの耳で聞いたし、確認もした。」
「るか氏がコミマでコスプレだなんて……一体どういう風の吹きまわしだお?」
神社を後にした岡部は、その後に未来ガジェット研究所にまっすぐ向かった。そして、何時ものように自由に過ごしていたまゆりとダルの二人に、神社での出来事を聞かせたのであった。
るかの事を良く知る二人は最初は呆気に取られ、岡部の言ったことを理解した時は二人揃って驚きの声を上げた。
「やったー! 遂にるかくんもその気になってくれたんだね!」
「オカリン、コミマ当日はきっとドーンハンマーが雨霰と降ってくるに違いないお」
「プランBは無いぞ……というか、お前は例えどんな状況でもコミケに行くだろうが」
「当たり前だろjk、コミマに行かないなんてヲタなんて、ヲタの風上にも置けないお」
ダルはそう言うと胸と膨れ上がった腹を誇らしげに張った。そんなダルを岡部は冷ややかな目で見詰めたあと、まゆりに話しかける。
「ところでまゆり。ルカ子がコスプレすると言っても、今からじゃルカ子用のコスプレは間に合わないだろ? そこはどうするんだ?」
岡部の言うとおり、コミマは目前まで迫っていた。まゆりはコスプレをラボか家で殆ど毎日のように縫っており、それでやっと1着程のコスプレが完成するのだ。
それだけの労力を必要とするコス作り、当日が迫っており時間が無い今の状況ではとても新しいコス衣装を作れる筈がない。
頭上に疑問符を浮かべる岡部に対し、まゆりは何やら含みのある笑みを見せていた。
「そこは大丈夫! 実は以前、るかくんに着てもらおうと、作っておいた取っておきのコスがあるんだ。遂に出番が来たんだね♪」
「なる程、切り札があるのか」
まゆりは嬉しさの余り、手や足を忙しなく動かす。そんなまゆりを岡部も嬉しそうに眺めていた。
と、突然ダルが小さく手を上げてまゆりに質問をしてきた。
「ところでまゆ氏、その取っておきのコスってどんなん? 凄く興味があります」
「ふっふっふ~、それは当日のお楽しみ!」
「なるなる、ここでは余りにエロすぎて出すには勿体ないと……」
岡部がスリッパでダルの頭を勢いよく叩いた。快音がラボに響き渡る。
◆
そしてコミマ当日。炎天下の下、東京国際展示場で世界最大の同人誌即売会が開かれていた。イベントが開催される3日間のみで数十万単位の人々が押し掛ける一大イベント。
ネットではコピペやコミケに関する動画が幾つも作られるほどの有名なイベントでもあり。動画投稿サイトでは洋画の1シーンに嘘字幕を載せて、その凄まじさを物語る動画が作られるほどの激しさを持つ『戦場』でもあった。
そんなイベント会場本館の脇にあるコスプレ広場。ここでは文字通りコスプレがメインの場所となっており、多種多様、様々なコスプレイヤーたちがいた。
人気のアニメやゲーム、ラノベや漫画。更には奇抜なコスプレまで。文字通りありとあらゆるキャラクターが所狭しと広場を歩いていた。
そのコスプレ広場の唯一の日影となっている高架橋の下で、岡部とダルは道行く人々を眺めている。
「お、オカリンあれ見て。スプリング・オブ・ウォーのデルタ部隊のコス。ランサーアサルトライフルも凄い気合い入ってる」
「今年から長物は規制が緩くなったからな、にしても凄いな……。ん? あれは電磁波女と青春男のコスか?」
「おお、こんな灼熱の中、布団巻きをやるとは……かなりの猛者だお」
二人は着替えに向かったまゆりとるかと別れ、コスプレ広場で合流する予定であった。着替えに行った二人がやってくるまで暇つぶしに様々なコスプレを眺めていると。
「トゥットゥルー♪ 二人ともお待たせー♪」
後ろから聞きなれた陽気な声が聞こえてきた。岡部とダルはそろって後ろを振り返ると、そこにいたのは、
「おお! 俺の妹がこんなにかわいいわけねぇだろの黒猫ktkr!!」
「えへへ~、可愛いでしょ?」
そこにはフリルの付いた黒いゴスロリ衣装を身に纏い、頭にはピンと立った黒い猫耳を付けたまゆりがいた。
嬉しそうにそのまま1回転すると、それに合わせてスカートがふわりと舞い上がる。その姿を見たダルは更に興奮し、岡部はどこか気恥ずかしげに笑みを浮かべる。
と、まゆりが自分の隣を見ると不思議そうな顔になる。次いで後ろを振り返ると突然、手を上げて声を張り上げた。
「るかくーん、そんな所に隠れてないで出ておいでよー」
「……っ! ……!」
まゆりが手を振った先には、高架橋の柱に隠れるるかの姿があった。顔にはコスプレの小道具か紅い縁の眼鏡を掛けており、先程から忙しなく視線を右往左往させている。
誰かが近くを通りかかると慌てて柱に身を隠し、通り過ぎるとまた視線を右往左往。そしてまた人が通りかかると隠れるといった行動を繰り返している。
岡部とダルは疑問符を頭に浮かべ、まゆりは呆れたような顔になり、彼女は遂に実力行使に出た。
まゆりはつかつかとるかの元へと歩みより、軽く力を入れればあっさりと折れてしまいそうな。るかの白い腕を取る。そして強引にグイグイと引っ張り、柱から引き摺り出そうとるかを引っ張る。
「ほらほら、折角コスプレしたんだからお披露目しないとダメだよ」
「え、あ。ま、まゆりちゃん。そ、そんなに強くヒャア!」
いとも簡単にるかは柱から引き摺り出された。その際に男とは思えない何とも可愛らしい悲鳴を上げる。
そして、今回が初めてとなる彼のコスプレ姿を見た岡部とダルは、
「ほぉ、似合っているではないか」
「おお! 銅魂のさっちゃんのコスプレとは!」
るかは紅い縁の眼鏡をかけ、その身には忍び装束――といっても黒ずくめの装束ではなく、白の装束に紅い帯。左胸にはこれまた紅い胸当てを付け、首には紫のスカーフを巻いていた。
無理矢理に引き摺り出されたるかは慌てて元の柱に隠れようとするも、まゆりに進路を塞がれて素早く踵を返す。と、今度は岡部とダルの二人と視線がかち合ってしまい恥ずかしさから一気に顔が紅潮する。
あわあわと行き場を失ったるかは、顔を両手で覆いその場にへたり込んでしまった。そんなるかにまゆりが近寄り、しゃがんで優しげに声をかける。
「大丈夫だよ、今日はコミマだし。みんなコスプレしてるから」
「ま、まゆりちゃん。そういう意味じゃなくて……」
るかは少しだけ顔を覗かせるが、視界に岡部とダルが映るとまたも顔を隠す。
隠れていない耳などは先端まで真っ赤に染まっており、まるで茹で上げられたタコのようだった。
「にしても、本当に良く似合ってるじゃないか」
「でしょでしょ? 着替えている時でも注目の的だったんだよ~」
「ほう、そう……まゆり? 今、着替えている時もと言ったな。それはまるでまゆりとルカ子が同じ更衣室で着替えたように聞こえるのだが……」
「そうだよ? 何か変なこと言ったかな?」
その言葉を聞いた途端に岡部は口を半開きにし、ダルも同じように口をあんぐりと開けた。
次いで座り込んでいるるかに視線を向けたあとに、改めて二人はまゆりを見る。まゆりは何時もと変わらぬ笑顔を見せていた。
「いや、変とかじゃなくて、ルカ子は男だ。まゆりだって知っているだろ!?」
「そこは大丈夫だよ~」
何とも間延びした、されど自信に満ちた声でまゆりは言い切る。
腰に左手を当て、右手でVサインを作ると堂々と右手を前に突き出した。そして、高らかに声を上げる。
「可愛いは正義! 可愛いるかくんは何の問題も無いのです!」
◆
その後、なんとか立てるようになったるかの手を引いて、まゆりは二人でコスプレ広場を回っていた。
共に同じ作品のレイヤーと仲良くなったり、写真を頼まれてポーズを取ったりとまゆりは存分に楽しんでいる。
一方、先程からまゆりに引っ張られているるかは、始めは気恥ずかしさの余り碌に喋ることも出来なかったが、次第に広場の雰囲気に慣れ始めたか徐々に口数も多くなり、どこかぎこちない物の笑顔で撮影に応じるようになった。
そんな二人を岡部とダルは遠くから見守り、同時にコスプレを楽しんでいるるかに驚いていた。
今までは親友の頼みとあってもコスプレを悉く断り、ふとしたことから傷ついてしまうるか。そんな繊細な彼女が嫌がっていたコスプレを満喫している姿はとても新鮮であった。
と、二人が揃って似合わない頬笑みを浮かべていると、まゆりとるかの二人が何やら困ったような表情になっている。
異変を感じた岡部とダルはすぐさま二人の元へと駆けより、何事かと問い質した。
「あ、オカリン。えっとね、実はこの人がどうしてもこの台詞をるかくんに喋って欲しいって……」
まゆりは手に持った紙、恐らく目の前に居る男が渡したであろう紙を岡部とダルに見せた。
そこに書かれている文字を見た瞬間に二人は頬が引き攣り、何とも形容しがたい表情を浮かべながらこれまた困った表情のるかに顔を向ける。
岡部は何を言ったらいいかと少しだけ思巡したあと、口を開く。
「あー、ルカ子。嫌なら断っても良いのだぞ? あっちは飽くまでお願いをしている立場なんだ、お前には拒否権がある」
るかは岡部に困った顔を向け、次に下を向く。まゆりとダルも揃って嫌なら断っても大丈夫と言うが、その時るかはぶつぶつと何かを呟き、顔を上げた時には何処か吹っ切れた表情に変わっていた。
「いえ、ボク。やります!」
その眼には決意を、心には覚悟を秘め。るかは言い切る。岡部やまゆり達はそんなるかを止めようと様々な言葉をかけるが、るかの耳には届いていなかった。
すぅっと、息を静かに深く吸い込み、肺に空気を満たす。るかの薄い胸が大きく膨れ上がり、忍び装束の内側を盛り上げる。
そして、依頼された台詞と共に一気に口から吐き出した。
「もっと罵りなさいよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
コスプレ広場一帯にその台詞が響き渡り、まるで時間が停止したかのようにそこに居た全ての人々の動きが止まった。
しばらくは遠くで走る車の音だけが辺りに響き、数秒、数十秒してからやっと時が動き出した。
始めに聞こえたのは、拍手。ぱちぱちと一人がるかに向かって拍手を送ると、近くにいた人も同じように拍手を送る。
拍手の輪は広がり続け、やがては広場に居る全員がるかに拍手を送っていた。
肝心のるかはその場にへたり込み、手で胸を押さえながら荒く呼吸している。顔には幾つもの汗が浮かび、顔は耳の先まで紅潮していた。
傍に居た岡部達はこの状況に困惑し、拍手を送る人たちに苦笑いを見せている。暫くの間、拍手の嵐は止まなかった。
◆
「こっち、笑顔をおねがいしまーす!」
「こっちもお願いします!!」
それから数分後、何時も通りに戻ったコスプレ広場では一つの人だかりが出来ていた。
カメラを持った多くの人々が一箇所に集まり、誰かを撮影している。人だかりの中心に居たのは黒猫とくノ一だった。
黒猫はまゆり、クノ一はるか。二人揃ってカメラを構える人々に笑顔を振り撒いている。
まゆりは極々自然な動作でポーズを交えつつ人々のリクエストに答えている。そしてるかは、先程までの緊張した面持ちが嘘のように無くなっていた。
自然な笑顔を、花が咲く様な可憐で、それでいて人を安心させるような素敵な笑顔を振り撒いていた。
「……」
「どしたのオカリン?」
岡部は隣に立つ親友に「何でもない」と言って、改めて視線を人だかりの中央に向ける。
二人は広場を見下ろせる会場前の高架橋に立っており。手摺に寄りかかりながらまゆりとるかを見ていた。
そして岡部は、どこか寂しげな、悔むような表情を一瞬だけ見せた。岡部の脳裏にはα世界線の出来事、るかとのコミマでのデートを思い出していた。
あの時は大失敗に終わってしまったが、数々の苦難を乗り越え、幾つもの想いを犠牲にし、やっと辿り着いたこの世界線。
神の気まぐれか、はたまた偶然か、それとも運命石の扉の選択か。るかはあの時と同じようにコミマにやってきた。
相違点を上げれば、あの時は楽しむことなど全く出来なかったが、今はこの時。るかは大いにコミマを楽しんでいる。
人々の輪の中心では親友と共に満面の笑みを浮かべる、るかの姿があった。