Steins;Gate アフターストーリー   作:第22SAS連隊隊員

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フェイリス・ニャンニャン編

Steins;Gateアフターストーリー

 

(フェイリス・ニャンニャン)秋葉留未穂編

 

ここは日本、季節は夏。熱線が容赦無く地上へと降り注ぎ、地表の気温を上昇させる。

この時期、人々は日陰に入ったり、薄着になったり、冷たい飲み物を飲んだりと思い思いの方法で涼を取っていた。

そんな灼熱の世界と化している日本の首都、東京。その東京の数ある区の中で世界中に電機街、そして萌えの街として知られる秋葉原の中に一軒のメイド喫茶があった。

店の名前はメイクイーン+ニャン2。店内は昼時もあって人で賑わっており、あちこちで頭に猫耳を付けたメイド服姿の店員達が注文を取ったり品物をテーブルに運んだりと忙しなく働いている。

そんな騒がしい店内の一角、窓際に設置され真夏の太陽がさんさんと降り注ぐテーブルに二人の男が座っていた。

一人は白衣を着た痩せ形で、顎に少量の無精髭を生やした男。もう一人は対照的にかなりの肥満体で緑色のTシャツを着ており、メガネを掛けオレンジ色の帽子を被っている男だ。

二人が座るテーブルの上には水滴が浮かぶ冷えたグラスに氷入りのオレンジジュースが二つ。肥満体形の男の方には半分ほど食べられたオムライスが、白衣の男の方には二つのサンドイッチが置いてある。

肥満体形の男はどこか楽しげに、白衣の男はどこかうんざりしたような表情で手元の料理を口に運んでいた。

 

「いやー、やっぱり持つべきは友だお。オカリンが居てくれて本当に助かった」

 

「お前があれほど真剣な表情で頼み込むから、何かと思って付いて来てみれば……」

 

そう言うと、オカリンと呼ばれた白衣の男は手に持ったサンドイッチを口に頬張り、良く咀嚼して飲み込んでからオレンジジュースを一口飲んだ。

飲み終えてから両手を組み、テーブルに肘を付いて、組んだ両手に額を押し付け溜め息を吐いた。彼の名は岡部倫太郎、目の前の肥満体形の男、親しい者からはダルと呼ばれている橋田至の親友である。

一時間前、この二人は自分達が未来ガジェット研究所と呼ぶテナントビルの二階に居た。昼前の時間帯で室内では岡部が勧誘したラボラトリーメンバー、通称ラボメン達が思い思いに過ごしていた時。

 

「あーーーーー!!!」

 

突然、ダルが叫び声を上げ。岡部に向かって両手を合わせて腰を低くし、真剣な表情で頼みごとがあると言ってきたのだ。

ダルのいきなりの行動に、室内に居た岡部と彼の幼馴染である椎名まゆりは目を丸くして固まった。岡部は驚きつつもダルの言う頼みごとの内容を聞こうとした。

しかし、ダルは込み入った話だからと言うと。付いて来て欲しいと言って岡部を引き連れて外へ出た。

それからしばらく歩き、真夏の太陽を浴びて岡部の我慢も不快感も限界に達し、岡部がダルに頼みごとの内容を問い質そうとした所で彼は立ち止った。

立ち止まった場所はダルが足繁く通っているメイド喫茶、メイクイーン+ニャン2。ダルは普段は滅多に見せない真剣な表情で一度振り返ってから店に入ると、その表情に気圧された岡部も黙って後に続く。

程良く冷房が効いた店内に入ると、滝の様に噴き出していた汗があっという間に収まり、心地の良い冷気が全身を駆け巡る。二人は猫耳メイド姿の店員に案内され窓際のテーブルに着くと、飲み物と昼食を注文した。

店員が注文を承り、店の奥に消えた所で改めて岡部がダルに問い質した。その質問にダルはどこまでも真剣な眼差しと表情でたっぷりと間を置いてから口を開いた。

 

「今日、ここで開かれるビンゴ大会。その優勝賞品の獲得を手伝って欲しいんだお」

 

 

 

 

二人が入店してから数十分後、店の奥に設けられたステージに一人のメイドが現れた。他の店員と同じようにフリルのついた白黒のメイド服を着ており。頭にも同じく黒い猫耳を付けている。髪は鮮やかな桃色であり、左右に結った髪は先端が螺旋を描いていた。

ステージに立つメイドは手に持ったマイクを数回叩き、キチンと作動しているかチェックする。マイクが叩かれる度にくぐもった音が店内に響き渡り、正常に作動していることをメイドに伝える。

メイドは口端に笑みを浮かべると息を大きく吸い込み、マイクに向かって一気に叫んだ。

 

「みんな!! 今日は来てくれてありがとニャ!! メイクイーン+ニャン2で開かれる一世一代の大イベントのビンゴ大会、いよいよ開催ニャ!!」

 

その声に呼応するように店内の客達が一斉に拍手と歓声を壇上のメイドに送る。店の中は一瞬にして大騒ぎになり、岡部は両耳を押さえる羽目になった。

そんな親友を完全に無視して、ダルは眼を輝かせて叫び声を上げる。

 

「フェイリスたんキターーーーーーーーー!!!」

 

壇上のメイドは頬笑みながら手を振り、客の歓声に応える。彼女の名はフェイリス・ニャンニャン。メイクイーン+ニャン2のチーフでもあり、この店の人気No.1メイドである。

フェイリスが右手を横に薙ぐと、同時に店内は一瞬にして静まり返った。先程までの騒ぎが嘘のように静まり、店の中は空調の音だけが響く。

岡部はその様子に戸惑いながら両手を耳から離し、隣に立つダルに話しかける。

 

「ダルよ、これがお前の言っていたビンゴ大会か?」

 

「そうだお、いよいよ始まる……! 優勝賞品は、フェイリスたんとのデート権!!」

 

岡部はどこまでもうんざりとした、反対にダルはどこまでも真剣な表情を浮かべていた。平和な日本の穏やかな午後。秋葉原の一つのメイド喫茶の店内で戦争が始まる。

戦争の下準備とも言うべきか、店員達が手に持った厚紙のカードを客達に一枚ずつ配っている。岡部とダルもそれを受け取り、絵柄が描かれている表を見てみると、そこには誰しもが一度は見たことがあろう縦横五列に並んだ数字が書かれている。

整列した数字の中で、中央だけはFREEと英語で書かれており岡部とダルはそこを指で押して穴を開けた。これで準備完了。

フェイリスは参加者である客達にカードが行き渡った事を確認すると、改めてマイクを構えて『開戦』を告げる。

 

「それでは、ビンゴ大会の始まりニャ!!」

 

 

 

 

「5番ニャ!!」

 

フェイリスが手に持ったビー玉程の大きさのボールに書かれた数字を読み上げる。その声を聞いた客の何人かは嬉しそうに自分のカードに穴を開け、何人かは焦った表情で自分のカードを見詰めている。

岡部は面倒臭そうに5番の場所に穴を開けると、隣に立つ親友を横目で見た。ダルの額には汗が浮かんでおり、目は手元のカードから片時も視線を外さない。

ダルのカードには幾つか穴が開いてはいるがリーチには至っておらず。先程から何度も開け忘れた箇所が無いか、フェイリスが立つステージに掛けられた小さな黒板に書かれている数字を確認している。

ダルが確認をしている間にもフェイリスが新たにボールを手に取り、数字を高らかに読み上げた。

 

「12番ニャ!!」

 

読み上げられた数字を聞いた客たちは自分のカードを凝視して12の数字を探す。目を皿のようにし、カードの端から端を舐めるように見回す。

岡部は自分のカードを流すように、隣のダルは他の客と同じように舐めるように見回した。そして、岡部はカード左下の隅に書かれた12の数字を見つけると穴を開ける。

開け終えてからカード全体を見ると、岡部は自分のカードに右上から左下までラインが出来ていることに気が付いた。

 

「あ……ビンゴだ」

 

岡部はやや控えめな声でカードを持った右手を上げながら列が揃ったことを主張する。

そのタイミングは丁度フェイリスが次の数字を読み上げる直前だったらしく、静まり返っていた店内に良く響いた。

岡部は少し戸惑いながら辺りを見渡す。客も、店員も、隣に立つダルも、ステージの上のフェイリスも誰しもが岡部に注目していた。

客やダルは信じられない物を見るような目で岡部を凝視しており、岡部は自分に集中する視線に思わずたじろぐ。

 

「おめでとう!! 優勝賞品をプレゼントニャ!!」

 

店内に悲鳴と歓声が木霊した。

 

 

 

 

その日の夕方、岡部は夕暮れを眺めながら昼間の出来事を思い返していた。

メイクイーン+ニャン2で開催されたビンゴ大会に優勝し、優勝賞品であるフェイリスとのデート権を獲得。フェイリスが岡部の優勝を告げると同時に、岡部に突き刺さる数々の視線は殺意の籠った視線へと変貌した。

まるで針の筵に包まれているような岡部にとっては拷問にも等しい空気の中、フェイリスはそんな空気を気にするような素振りを全く見せず笑顔を浮かべながら岡部に近付いてくる。

手に持った花輪を岡部の首に掛けると、拍手をしながら改めて彼の優勝を告げた。

 

「凶魔、おめでとうニャ!! 今日、メイクイーン+ニャン2が終わったらフェイリスとデートが出来るニャ!!」

 

「あ、ああ。そうなのか……」

 

岡部に突き刺さる殺意の視線がより一層どす黒くなる。辺りからは「凶魔って、あいつの名前か?」「絶対に許さない、絶対にだ」「フェイリスたんとのデートが……」と優勝を逃した客達の怨嗟の声が岡部の耳に届く。

命の危機を感じた岡部は、一刻も早くここから逃げ出す為に早々に会話を打ち切ることにした。

 

「す、すまないが、そろそろ行かないと」

 

「分かったニャ、終わったら連絡するニャ! それと、デート権の破棄や譲渡、売却は一切認めないから気を付けて欲しいニャ!」

 

「あ、ああ。わかった、忘れないでおく、それでは!!」

 

岡部は白衣を翻すと、自身が出せる最大の脚力で拷問場と化す店を後にし、数分間は走り続けた。

運動神経や体力は全くダメな岡部だが、この時は本能が命の危機を感じ取ってか。岡部自身も信じられない程の速さとスタミナを発揮し、駅前まで休むことなく走り続けた。

駅前に到達してからは疲労が一気に押し寄せて岡部の身体に重く圧し掛かる。貪るように呼吸し、上がり切った息を整えてから岡部は日陰へと移動。手近なベンチに腰掛けて暫くの間、身体を休める。

ひんやりとした空気が心地良い日陰でこれからどうしようかと思案していると、懐に仕舞った携帯からメールの受信音が鳴り響く。

携帯を取り出してみれば画面には受信したメールの情報が映し出されている。先程のメールの送信者はダルであった。

背筋に走る悪寒を気にしないようにしながら、岡部はゆっくりと携帯のボタンを押してメールを開いた。そこに書かれていた文章は、

 

From:ダル 件名:絶対に許さない

 

オカリン爆発しろ

 

たった一行だけ書かれていた文章。しかし、そこには送信者であるダルの全ての感情が込められているような錯覚を岡部は感じた。

眩暈にも似た感覚を何とか堪えながら、岡部は日陰で体調が落ち着くまで休む。休んでいる間は道行く人々を眺めたり、この後はどうやって時間を潰そうか等と思案。

そうこうしている内に身体から疲れが抜け、岡部はベンチから立ち上がると真夏の太陽が降り注ぐ世界へと歩き出していった。

 

 

 

時間は夕暮れ。岡部は昼間、休憩する時に座っていたベンチに再び腰掛けていた。

少し前に、時間を潰していた岡部の元に再びメールが届いた。確認してみれば送信者はフェイリス、バイトが終わったので駅前で合流しようとのこと。

岡部は短い返信のメールを送ると早歩きで駅前に向かい、フェイリスの到着を待つ。見知った相手であるフェイリス。何時もは何とも思わないのだが、これから彼女と優勝商品であるとは言え、デートをするのだ。

デート。たったこの三文字を意識しただけで妙に心が落ち着かない。岡部は柄にもなくガラスに映った自分の顔をチェックし、髪が跳ねてない無いか。身嗜みはキチンとしているか確認する。

傍から見れば何とも間抜けな姿を公衆の面前に晒していると、岡部の背後から声が掛かる。

 

「お待たせニャン!」

 

岡部は聞きなれた声に慌てて振り向けば、そこには見慣れた人物が夕焼けをバックに立っていた。フェイリスは何時ものメイド服では無くオレンジ色の私服を着てはいるが、頭には相変わらず黒い猫耳を着用している。夕闇に浮かぶフェイリスは何時もとはまた違った雰囲気を醸し出していた。

その姿に岡部は思わず見惚れてしまい数秒の間、口を半開きにしたまま何とも間抜けな表情をフェイリスに見せつけることになる。

フェイリスは岡部の様子がおかしい事に気が付き、疑問符を頭に浮かべると顔を近付ける。突然、接近してきたフェイリスに岡部は仰け反った。

 

「うわ! いきなり顔を近付けるな!」

 

「ニャハハ、ごめんニャ。ところで凶魔、これからどこに行く?」

 

その言葉を聞いて、岡部はまたも数秒間停止。それからしばらく唸ったあと「お前の好きな所に付き合う」といって項垂れた。

 

「だったら、どうしても凶魔を連れて行きたい場所があるニャ!」

 

フェイリスは岡部の手を取ると、そのまま強引に引っ張って何処かへと連れて行く。いきなり引っ張られた岡部は転びそうになりながらもフェイリスに引っ張られるがまま、何処かへと連れて行かれる。

二人は夕暮れの秋葉原の街を駆け、狭い路地に入り。岡部は普段ならば決して踏み込む事が無い場所に辿り着いた。辿り着いた場所は、湿った路地にその身を隠すように店を構えるレトロPCショップ。

フェイリスは意気揚々と店に入り、岡部は周囲を窺いながら慎重に店に入る。

店内あまり掃除されていないのか、空気はどこか埃っぽく。目に付く棚やショーウィンドウには埃が積もっていた。岡部は胡散臭そうな顔で店内を見渡していると、フェイリスは堂々と店の奥に進み棚に置かれているレトロPCの数々を眺める。

と、何かを見つけたのか。一瞬、目を大きく見開き、岡部を呼ぶ。

 

「凶魔、これ見て!!」

 

何か理由を付けてフェイリスとここを早く出るべきか。そんなことを考えていた岡部は、フェイリスに呼びかけられ取り合えず彼女の元に歩みを進める。

フェイリスが見ていた場所に岡部が視線を向けると、彼もまた眼を見開いた。

 

「おお! まさかこんな所にお宝が!」

 

「こっちも見て! フェイリスでも手に入れるのに苦労したモデルが2台も!」

 

「こんな物まで置いてあるとは……ここの主人、相当なやり手だな……」

 

先程の考えは何処へやら。岡部はこの店に置かれているレトロPCの数々に夢中になった。

二人は店に置かれているありとあらゆるレトロPCを見て回り、珍しいモデルや希少なモデルを見つけては大騒ぎしていた。

店内を一通り見終わって、岡部が携帯で今の時刻を確認しようとした時だった。

 

「きょ、凶魔!! これ! これ見てニャ!!」

 

突然、フェイリスが本日一番の大声を出して岡部を呼んだ。岡部はその声に驚いて携帯を落としそうになる。辛うじて携帯を手に納めると、何事かと訝しがりながらフェイリスの元へと向かう。

店の一番奥に居たフェイリスは顔を輝かせ全身を震わせながら岡部を待っていた。岡部がフェイリスの元に到着すると、彼女は目の前のショーウィンドウを指差す。

 

「これ!! すっごいお宝ニャ!!」

 

レトロPCマニアの彼女がここまで興奮するほどのお宝。さぞかし凄いものだろうと、岡部も期待に胸を膨らませながらショーウィンドウを覗きこんだ。

煤けたガラスの向こう側に、それはあった。整然と陳列されるレトロPCの中の一つに紛れ込むように、フェイリスが指差す「お宝」が鎮座していた。

 

「あ……」

 

岡部はそれを見た瞬間に、口から乾いた声が出た。

かなりの巨体を誇る四角い白い本体、その内の側面の一つにキーボードと申し訳程度の小さなディスプレイ。ディスプレイの脇には当時使われていた記録媒体を挿入するための差し込み口が。

岡部にとっては見間違えない、見間違いようの無いモノがそこにはあった。

 

「IBN5100……」

 

「凄いニャ!! 物凄いお宝ニャ!!」

 

岡部は呆然と、フェイリスは大はしゃぎしていると、この店の主人であろう初老の男性が二人の元にやってくる。

 

「あーお客さん、すまないね。それは売り物じゃないんだよ」

 

「ニャニャ? どういうことニャ?」

 

男性は申し訳なさそうな表情を浮かべると、頭を掻きながら言葉の意味を説明する。

 

「そのPC、電源も付かないし完全に壊れているんだ。中身を調べたけど回路から基盤、何から何までダメになっていてね。置物くらいしか価値が無いんだよ」

 

「ニャー、それは残念ニャ。まだ動くならフェイリスが買おうと思ったのに」

 

「あっはっは、お嬢さん。言っとくけど、そのレトロPC凄く高いよ?」

 

フェイリスと店主はIBN5100について楽しげに会話しているが、その間、岡部は身動きせずに目の前のレトロPCを何時までも凝視していた。

 

 

 

 

太陽が完全に顔を隠し、代わりに空に月が昇る。太陽の力強い光とはまた違った優しい光を振り撒き、地上を柔らかく照らす。

月明かりと街灯が照らす夜道を岡部とフェイリスは歩いていた。岡部は項垂れながら覚束ない足取りでフラフラと歩き、塀や標識、電柱にぶつかりそうになる度に、慌てたフェイリスが軌道修正をしている。

どこか目的地がある訳でもなく、ひたすら歩き続けているとフェイリスが岡部の腕を取った。何事かと岡部が顔を上げると、フェイリスは人のいなくなった闇夜に紛れる公園を指差している。

 

「凶魔、ちょっとそこで休憩するニャ」

 

多少、強引にフェイリスは岡部を公園へと引っ張り込み、隅に設置されたベンチに座らせる。「ちょっと待ってて」とフェイリスは言うと、駆け足で何処かへと向かった。

岡部はベンチに力なく座り、視線は足元に固定されたまま動かない。と、地面を見つめていた岡部の視界に赤いラベルが入ってくる。赤いラベルに白い英字が書かれた、岡部が何時も目にしている物が視界に映る。

 

「はい、これ」

 

岡部は蚊の鳴く様な声で礼を言うと、フェイリスの差し出したペットボトルのドクターペッパーを受け取り。キャップを開け中身をゆっくりと口に運ぶと、乾いていた岡部の身体の隅々に炭酸が行き渡る。

それから暫く、岡部は一息ついてはドクターペッパーを飲み、一息ついてはまた飲むという行動を繰り返した。その間、フェイリスは何も言わず黙って岡部の隣に座っていた。

やがてペットボトルの中身が半分になった所で、フェイリスは岡部に問い掛ける。

 

「凶魔、どうかしたのかニャ? レトロPCショップを出てから様子が変だニャ」

 

「……何でも無い」

 

岡部はゆっくりと首を左右に振る。

それを見たフェイリスはそっと、自分の頭に装着している黒い猫耳に手を掛けた。そのままゆっくりと猫耳を外し、目を閉じて深呼吸を一つしてから目を開いた。

目を開いた彼女は同じ人物である筈なのに、まるで別人のような雰囲気を纏っており。先程とは違って、どこか落ち着きのある口調で改めて倫太郎に問い掛ける。

 

「倫太郎、どうかしたの? 様子がおかしいよ?」

 

「……」

 

今度の岡部の返答は沈黙。ドクターペッパーを右手に持ち、項垂れて地面を見つめている。フェイリスは岡部の顔を横から覗き込み、じっと見つめる。

しばらく見つめたあと、息を一つ吐くと呆れたように口を開いた。

 

「嘘、レトロPCショップでしょ?」

 

「……流石だな、フェイリス。いや、今は秋葉留未穂か」

 

岡部は彼女「秋葉留未穂」の名を口にした。

猫耳を外した状態の彼女はメイドのフェイリス・ニャンニャンではなく。秋葉原一帯の土地を持つ地主の少女、秋葉留未穂となる。

留未穂は呆れた表情から心配げな表情に変わり、岡部の肩にそっと手を置く。

 

「ねぇ、倫太郎。お願いだから教えて、何かあるんでしょ?」

 

岡部は留未穂の言葉に直ぐ答えなかった。やや間を置いてからゆっくりと、呟くように語り始める。

 

「……俺はな、過去に自分の身勝手で幾つも大切な物を失ってしまったんだ」

 

「……」

 

「失う前の俺は浮かれていて、その先に血反吐を吐く様な事があるのにまるで気が付いていなかった」

 

「うん、それで?」

 

岡部の言葉の一つ一つに留未穂は相槌を打つ。

まるで我が子に寄り添う母親の様に、優しく、岡部の背中を撫でながら彼の言葉の聞いていた。

やがて岡部は語り終えると、ペットボトルのキャップを開け中身を一気に飲み干した。喉を鳴らしながら残り半分のドクターペッパーを飲み終え、荒く呼吸しながら再び項垂れる。

丸まった岡部の背中を留未穂はそっと、優しく抱き締めた。

 

「辛いことがあったんだね」

 

「……」

 

「でも、もう大丈夫。倫太郎は頑張ってここまで来たんだよ? だから、もう大丈夫」

 

留未穂は岡部の背を撫でながら、彼に言い聞かせるように柔らかい声で語りかける。

 

「過去に辛い事が沢山あったなら、これからそれと同じくらい幸せな事が沢山あるに違いないよ」

 

「……なぁ、留未穂」

 

「なに?」

 

「俺には、幸せになる権利はあるのか?」

 

留未穂は背中を撫でる手を止め、少しだけ間を置いてから岡部に語りかけた。

 

「あるに決まってるよ、倫太郎はキチンと償ったんだから」

 

岡部は何も語らず、留未穂も何も語らず時間だけが過ぎて行く。辺りには遠くの喧騒や、公園の草むらに隠れている虫たちの合唱だけが響き。二人を包んでいた。

公園の時計の秒針が三周した所で、岡部はゆっくりと立ち上がる。しばらく遠くを見てから、どこか穏やかな顔を留未穂に向けた。

 

「ありがとう、留未穂。おかげで気持ちが軽くなった」

 

「どういたしまして」

 

留未穂もベンチから立ち上がり、尻を手で払い砂を落とす。二人は公園を出ると、月明かりと街灯が照らす夜道を歩き始めた。

少しだけ歩いてから留未穂が右手を差し出すと、やや戸惑いながらも岡部は差し出された右手を左手で繋ぐ。

繋がる二つの影は夜の街に静かに消えて行った。

 

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