黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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どうしてくれるんだ?
どう責任をとるんだ?
どう償うんだ?

なぁ、おい。

教えてくれよ。


祈りは消え、恐怖だけが残った
責任追及


 冥界に帰還したサーゼクス達が目の当たりにしたのは文字通りの地獄だった。

 かつての冥界の姿なんてものはどこにもなかった。あるのは、ただの廃墟の群れと燃え盛る炎だけ。浮遊都市アグアレスにはいくつもの火の手が今も尚上がっていた。

 何人もの悪魔が殺された。何人もの転生悪魔が連れ去られた。大王達は皆死に果て骸を晒し、元72の頭首達も多くが死に、それを継ぐ若手の多くも死んだ。

 

 リリス陥落の報せの後、堕天使総督は勿論の事リアス・グレモリーやその眷属達も冥界に赴いた。もし陥落の報せが真実だとしたら、戦力はいくつあっても足りないからだ。

 

 そして目の当たりにする光景に誰もが絶望する。

 

 そして彼等は出会ったのだ。出会ってしまったのだ。人を愛するあまり、人に仇なす存在の生存を許せなくなってしまった獣『666(トライヘキサ)』。

 

 魔王すらも足が竦む、その圧力。

 

 

 それを宿す肉体の姿は異質にして歪。天に叛くが如く十の角。背から突き出す六枚の異種の翼。それは心臓から生えた杭から伸びる鎖に絡めたられており、足に嵌められた枷に繋がっていた。

 

 その背に庇うのは転生悪魔の少女。

 燃え盛る大地、地に散る灰、手に取られた刀。

 サーゼクスと木場祐斗の発した、あの掠れた声が、今でもリアス達の耳に残っている。

 

「何故…君が、その刀を持っているんだ…?」

「師匠の剣が…どうして…」

 

 ルシファーの『騎士』は常に刀を履いていた。だから、それを手放す時は湯船に浸かる時か寝に着く時ぐらい。そうで無ければ…それは、彼が死んだ時のみだろう。

 

「…死んだよ。貴様の騎士は、貴様が貶めたあの哀れな悪魔(にんげん)は漸く解放された。だが───その魂は救われない。お前のせいだよ、グレモリーの末裔」

 

 激情に駆られ二人の悪魔が飛び出す。しかしそれは突如として走る炎の柵に絡め取られ阻まれる。

 

 

「死ねよ元凶」

 

 

 恐ろしい程淡々とした言葉。手に取られた篝火。それは放たれるだろう。二人の悪魔を灰とするのだろう。だがそれを。

 

「ドラゴンショットォッ!!」

 

 一条の光線が阻む。少年の体に傷はない。だが、動きは止まった。光線を発した悪魔から漂う匂いに覚えがあったからだ。その竜のことを知っているからだ。

 

「今代は赤龍帝も白龍皇も悪魔…か」

 

 少年の瞳は無関心という言葉を形にして、溶かして、人の目玉のように丸めて固めたかのようだった。

 かぶりを振る。一つのため息。魔王とその実妹の騎士を炎のうちに留まらせたまま少年はゆっくりと赤龍を宿す帝王に歩み寄る。

 

「…オキタしかり、さっきの奴しかり、君しかり。何故そこまで悪魔に親身に成れる?悪魔はいつの世も人間を冒し、侵し、犯すというのに。いつも人から奪い殺し続ける存在だと言うのに」

 

 兵藤一誠は、怯えに震えながらも逃げない。それは無謀と言うべきか。蛮勇と言うべきか。…勇気とでも言うのか。彼にとって譲れない何かなのか。それとも───。

 

「何、言ってやがる。…俺はお前に何があったのか知らない。でも今奪ってるのはお前だろ。殺してるのもお前だろ。何も知らねぇくせに、一部だけ見て全部を決めつけて!一方的に全部を悪にして!碌に分かり合おうともしないで壊したのはお前だろ!」

 

 単に、知らないだけなのか。

 

「その子を離せ…!」

 

 赤龍帝の証である籠手を向ける。その瞳は本気で言っている。

 

「ああ、イッセー君の言う通り、その子を離してもらおうか。総司の仇も、討たせてもらうぞ」

 

 そして、滅びの魔力をまとった拳がトライヘキサの頬に突き刺さる。その勢いに逆らわず少年の体躯は吹っ飛び、廃墟に突っ込んだ。瓦礫の山が、少年に向けて落ちる。

 

「あ…っ…!」

「怖かったでしょう?もう大丈夫よ」

 

 少年に向けて駆け出そうとした転生悪魔の少女を咄嗟にリアス・グレモリーが抱きとめる。そして一つの誤認がまた一つ。

 

 少女の身に刻まれた傷跡に、女はその双眸を憤怒へと歪ませる。

 

「っ、リーア!その子から離れるんだ!」

 

 警告は既に遅く。瓦礫の山を吹き飛ばし獣が滑空する。そして少年はいとも簡単に少女をリアスの腕中から攫い、横に抱えてはそのまま駆けていく。

 

「…やっぱり今の身じゃまだ『超越者』相手は分が悪いか…特にあいつ相手じゃ…不味いな…」

「っ、待ちなさい!」

 

 放たれる滅びの魔力。しかし当然と言うべきか、獣は健在であった。誰もが後を追おうとするが時は既に遅く。

 

 ガラスの砕ける音。宙に開いた暗く昏い穴。

 獣は自らが虚空に作り出した穴へと消えた。

 

 

「…大き過ぎる。修正が必要だ」

 

 

 ■ ■

 

 

 ルシファー眷属『騎士』沖田総司の死亡。同眷属『戦車』スルト・セカンドは重症を負い意識不明。

 『皇帝』ディハウザー ・ベリアルの裏切りと、『悪魔の駒』原材料である結晶体の大損失。

 

 

 それは現四大魔王の権威を失落させるには十分過ぎた。特にバッシングが酷いのはアジュカ・ベルゼブブとサーゼクス・ルシファーだ。

 

 

 冥界にアジュカを召喚しなかった事。

 魔王一人に任せ『ゲーム』の運営をしていた事。

 

 『超越者』の信頼は大いに落ちた。

 

 四大魔王は謝罪会見を開始。

 冥界の一早い復興と、連れ去られた悪魔の奪還を絶対とし、冥界襲撃を行った組織の粛清を宣言した。

 

 

 しかし、それでも不満は治る事はなかった。

 

 

 さて、駒王学園オカルト研究部部室は重苦しい空気に満ちていた。そしてそこにいる全ての悪魔が苦悩や絶望などの表情を顔に浮かべている。

 終始無言。普段の和気藹々とした空気は無い。

 

 

「どうしてこんなことに…」

 

 顔を手の平で覆い、沈痛な声を漏らす赤髪の悪魔。リアス・グレモリー。

 

「なんだって部長や魔王様達がこんな目に合わないといけないんだよ…!」

 

 壁を殴る赤龍帝。部室にいる殆どのメンバーの目は彼を写す。彼等の浮かべる瞳は同じ物。義憤だ。彼等には彼等の怒りがある。だがそれと同時に、人間には人間の怒りがあるのだ。

 

 暫しの沈黙。数度のノック。誰もが警戒し、開けるのを躊躇する。しかし扉は開かれた。

 扉の奥から姿を見せたのは矯正な顔立ちの男。金の髪と顎鬚が特徴といえば特徴だろう。

 

 グレモリー達はその男を知っている。三大勢力会談に顔を合わせているからだ。兵藤一誠に至っては、それ以前に何度か顔を合わせていた。

 

「アザゼル…なぜ、貴方が此処に?」

 

 疑問の声を発したのは『女王』である姫島朱野。彼女の疑問はもっともだ。アザゼルがその身を置く地位は堕天使のトップ。だからこそ、このような事態にこんな所に来るのはおかしいのだ。

 

「お前達の修行監督を務める事になった。正直言って、戦力が不足してるんだよ。つーか、『魔獣創造』と『絶霧』が相手にいる以上、俺達は本気に詰みだからな」

 

 神器の補足は出来た。その正体も分かった。だからこそ打つ手が限られている事を知ってしまった。敵の大部分は『質と量を兼ね備えた魔獣』に加え、という余りにもシンプルで絶望的な解。

 だから、出来る事は本当に限られてしまった。戦力を少しでも増やし、底上げを図る。現状それくらいしか出来ないのだ。

 

「お兄様達が負けるというの⁉︎」

「当たり前だろうが。数の力を甘く見るな。日本のことわざにもあるだろ?質より量って」

「ッ…でも所詮は数じゃない」

「その数の質もデカ過ぎるんだよ。……加えてソロモンとあの正体不明のガキまでいやがる」

 

 ソロモン。その名を口にした途端にアザゼルの顔は苦い色に染まる。この現実が夢であってくれたらどんなに最高だったか。それは口にするまでもなく顔に刻まれている。

 

「あの…少し、宜しいでしょうか」

 

 手が挙がる。その白く細い手の持ち主は『戦車』である塔城小猫。

 

「ソロモン、という名前は聞いた事があります。何をした人かというのも知ってます」

 

 古代イスラエルの王ソロモン。神より知恵と十の指輪を授けられた者。イスラエル神殿の建設者。そして72柱の悪魔を収める魔術に長けた者。そんな彼には真鍮の壺に72柱の悪魔を封印し、「バビロンの穴」がある深い湖に沈めたという逸話が存在する。

 

「何故、彼はそんなにも恐れられているのですか?彼は、それほどのことをしたのですか?」

 

 彼には実力は無い。初見でもそれはすぐに分かった。そして何より、今の彼には権能たる十の指輪も無い。だからあの場で魔王や天使長は動けた筈だ。やろうと思えば消せた筈だ。やろうと思えば止められた筈だ。なのに、何故?

 

「…昔話をしてやろう。神の予測した人間の未来は『破滅』だった。『聖書の神』は人間を救いたかった。だから神は、手を差し伸べる事にした。

 神は未来に『幸福』を置いた。それに繋がる道筋も置いた。あとは人間がそれを辿るだけだった」

 

「神は人間を救いたかった。だから、人間が確りとその道を歩けるように、王に知恵を与えた。使命を与えた」

 

「…それが、あの野郎」

 

「ああ、…そして野郎は『理想の王』となった。人間を『幸福』へと導いた。その証拠にイスラエルの発展は栄華を極めた。誰もがそう思っていた。だがそれは間違いだった」

 

「あの野郎は、ソロモンは、いつからかは知らねえが、人類を裏切っていた。野郎は人類の未来を、『破滅』へと導こうとしていたんだ」

 

 

 

 人類を裏切った者。神の愛に仇で報いた者。彼は人類を航路の無い海へと投げ出そうとしたのだ。目的地なぞ無い。何処までも自由な海に。

 ───人類を破滅に陥れようと神をも欺いた。

    それこそが、あの王の罪と手腕である。

 

 

「だから、容易に手出しが出来なかった」

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

「やぁ、おはよう。お目覚めのようだね。

 クロウクルワッハ。調子はどうかな?」

「良好だ。紀元前より変わりない」

「それは良かった。僕が目の前にいるって事は、分かっているよね?契約を、履行してもらうよ」

「理解している。契約を違えるつもりはない。私の望む闘争の場を用意してくれるというならば、言う事は無い。ソロモン」

「うん、いつもの調子で安心だ。じゃあ、行こうか…先ず抑えるべきは、リゼヴィムだ。彼が最も危険だからね。それに今の三大勢力程度、『大いなる都の徒(バビロニア)』でなんとかなる」

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 第一案『楽園投獄』を実行

 ───『蛇』により失敗。

 

 修正案『████、世界再構』を実行。

 ───成功、『航路』を再設定。

 

 第二案『最短起点/航路固定』を実行。

 ───『告発者』及び『王』の共謀により破棄。

    『航路』を再編、起点を再設定。

 

 第三案『救世主再臨』実行不可。

 

 最終案、実行段階へ移ります。

 『最終航路=黙示録』を実行します。

 

 さぁ、『私』が始まる。

 槍を持て、杯を掲げ、十字架を立てよ。

 羽を広げ、ラッパを吹け。

 それを七度、果てに私は再臨せり。

 

 今代の赤龍よ、悪を穿つ牙となれ。

 




次回『人間側の事情』
ほのぼのと状況整理。
裏側の物語と表舞台。
交わる時は、もう直ぐに。


トライヘキサが助けた少女がいなかったら?サーゼクスを始めとする何名かの悪魔の墓標と銅像が建てられて、英雄として祀られてるでしょう。

〜アンケートについて〜

皆様、アンケートのご協力に誠に感謝致します。矢張りというべきか。[反対]のお声が多かったので、その通りとさせて頂きます。俺はエタるのは御免ですから…マジで。ですが読んでみたいというお声もありましたので、今作が完結すれば執筆に取り掛かろうと思います。とは言っても、まだ折り返しなんですよね、今作は。


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