打ちのめされ、涙を流そうとも。
前へにしか進めない。血に塗れるしかない。
警告は既に昔に、だが賽は投げられた。
差し伸べられた手に縋り付いやるものか。
その手に喰らい付き噛み砕いてやる。
飛び込まずにはいられない。
俺の魂は戦場にしか無い。
なぁ、分かるか?
俺にはそれしかないんだ。
乱入。二人の悪魔祓いはガラス窓を叩き割り、アーシアとリアス達を二分するように間へ立つ。
何かを言おうとして口を開いたリアスを歯牙にも掛けず、黒衣隻腕の神父フリードは懐から二枚の紙片を取り出し床へと貼り付ける。
その紙片に記されているのは魔法陣。それもソロモン王の魔法円と言われるもの、今回フリードが使用したのは魔除けや護符を意味とする『土星第四の魔法円』と『土星第五の魔法円』。
障壁が完成する。
悪魔と人間は隔てられた。
■ ■
「いやー、にしてもとうとうばれちったかぁ」
「無理もないさ、…無事か?アーシア」
「私は、大丈夫です…」
めんどくさそうに溜息を吐くフリード。この事態を予測していたのか幾分落ち着きのあるゼノヴィア。恐怖から解放されたばかりが故か息の荒いアーシア。
「で、分担はどーしちゃいます?」
「意味無いだろう。どうせ混戦だ」
「…逃げない、んですか?」
「「当たり前だろ」」
息を揃えた返答。好戦的な笑みを見せながら振り返る。障壁を叩く音がする。恐らくは長く持たないだろう。
「あー、やっぱ見様見真似じゃダメダメっすわ」
「見様見真似だけでそこまで出来るお前は何なんだ…」
「大英雄シグルズさまのなり損ないちゃん」
いぇい、と。心の底から巫山戯ている様な、己を嗤い嘲り否定する様な、そんな笑みをピースサインとともに。そんな男は銃を持ち直し、それを見た女は呆れた様に笑い剣の柄を握りしめる。
「じゃ、さっさと逃げちゃってアーシアちゃん」
「まぁ、三十分ぐらいは稼げるだろうさ」
ここが死に場所。二人はそう悟った。だから足止めの鎖となる。生きて帰ることなど考えない。如何に奴等を腹立たせ、遅らせ、間に合わなくさせるのか、それしか考えていない。
だから、こそ───
「……フリードさんに勝ちたいと言う男の子がいました。…ゼノヴィアさんと話してみたいという女の子がいました」
「あん?」
「……」
この言葉には、多少なりとも。
意味があったのかもしれない。
「だから、どうか、子供達の為に…死なないで」
「無茶な注文しやがる」
「…全くだ。本当に、全くだ」
破顔と共にガラスの砕けた音がする。
それこそが開戦の狼煙である。
戦え、己の為に。
■ ■
その一方、思わぬ乱入者に悪魔達は驚きを多少なりとも持っていた。悪魔達は彼等を知っている。彼等と刃を交えた事がある。言葉を交えた事がある。
「あなたが其方にいるとはね、ゼノヴィア」
戸惑いと驚き。そして落胆。しかしそれはほんの僅か。リアス・グレモリーは二人の乱入者の一人の名前を呼ぶ。青い髪を揺らす女の名前を呼ぶ。
「久しぶり、か。…会いたくはなかったがな」
その手に持つ剣を振るう。横に走る大雑把だが豪速の一閃。それはあまりにも暴力的な剣の振るい方。それを避ける小猫、朱野、リアス。
「フリード、てめぇ、なんで…⁉︎」
もう一人の乱入者に木場祐斗は驚愕を隠せる筈もない。そして兵藤一誠は表情に違わぬ声色でその男の名前を呼ぶ。はぐれの悪魔祓いフリード・セルゼン。彼等の中での彼の認識は悪魔ならば容赦はなく殺す少年、悪魔に頼る者すらも殺す狂気の産物。
「えぇ?もしや俺の事覚えてた?何それ全ッ然嬉しくねぇんだけどですけどぉー。心に重大で深刻で致命的な傷負ったんで死んで詫びてくれませーん?」
支離滅裂な言動。その最中にその手に待つ銃の引き金を何度も引く。乱れ打ち。命が密集するこの部屋の中においてそれは言葉通りに猛威を振るう。
そして悪魔にとって光とは言わずもがな弱点となるもの。故にその場からの撤退は当然のことである。リアスは壁を消し飛ばし、一同は少しでも開けた所に出る。そこは、孤児達の遊び場だった。
「……最悪、だな」
「…いくら請求されんだ?これ?」
ガシガシと銃口で己の髪を掻き毟る隻腕の神父。その顔はどこかばつが悪そうだ。苦笑いを零すのはゼノヴィア。やれやれと言った色が顔にありありと。
「場所移さねぇ?無駄な出費したくね───」
「喋っている余裕があるのかい?」
言葉が止まる。フリードの懐に両刃剣の切っ先が、聖魔剣が走っていた。しかしそれをその場で旋回し、何事もなかったかのような顔。その場で後方へステップを踏み、距離を取る。
「な…」
「そういうお前がお口にチャックしてなきゃダメだよなぁ、なぁ聖魔剣とか言っちゃう中二病重篤患者の木場ちゃん?喋ってる余裕があるのかにゃーん?」
「がぁっ⁉︎」
タァン! 困惑の顔色を見せる木場の足元へ光の弾丸が直撃する。思わず体勢を崩す騎士の元に、剣戟が走る。これもまた、悪魔にとって弱点となる奇跡の産物『聖剣』、その銘こそデュランダル。
「先ず、一人だ」
「ッ させるかよ!」
『Boost』
走る剣戟を阻もうと赤龍帝が襲いかかる。その手に顕現するのは力の象徴たる『赤龍帝の籠手』。そこから放たれんとするは倍加されたドラゴンショット。
「はいはーい、ぼさっとしなさんなー」
「うおあ⁉︎」
だが当たらない。フリードは足技で塔城小猫の体術をいなしながらゼノヴィアの襟首を掴んで己の方へと引っ張っていたからだ。赤い光線は頭をスレスレに過ぎ去っていく。
「はいドーン」
「ぐうッ…!」
銃声、それは塔城小猫の足で着弾し、響く。
だが少女は止まらない。
「えー…何それ、木場っちより根性あるじゃん…」
『Transfer』
「今だ!」
赤龍帝より塔城小猫へ『倍加の力』が付与される。そしてその拳が黒い神父の元へと走る。
「あ、間に合わねー」
拳はたしかに黒い神父に突き刺さり、少年と言うに相応しいそれなりの体躯を遥か後方へと吹っ飛ばし、壁を叩き割り別の部屋へと押し出す。
姿は見えない。戻ってくることはない。…リタイアだ。
「フリード! …このっ!」
聖剣を振るい、塔城小猫を下がらせる。まだだ、まだ皆が逃げ切るまで時間を稼がねばなるまい。倒されてなどやるものか。その一念で剣を振るい続ける。攻撃をいなし続ける。だが間に合わない。
「ふんッ!」
「ッ───!」
聖魔剣がゼノヴィアの背に傷を作る。苦痛に顔を歪める。だが倒れない。剣をただ乱雑に、払うように振るう。そんな剣が当たるわけも無い。雷光が降り、負担は蓄積する。
「は、ぁ……っ」
拳がゼノヴィアの腹に叩き込まれる。体がくの字に曲がる。比喩では無い誇張もない。だがそれでも、剣を杖にして倒れる事は無い。口から血を吐きながらも、骨が何本と折れようとも倒れない。
だが───現実は残酷である。
リアスの放った滅びの魔力が眼前へと迫っていた。
「…終り、ね」
さて、もういいだろう。結果を語ってしまうと、フリード・セルゼンとゼノヴィア・クァルタは、どの道を辿ろうともグレモリー眷属に勝つ事は出来なかった。
「…そうか」
数として不利だった。膂力として不利だった。何から何に至るまで全てから不利だった。まるで出来レース。最初から勝ち負けの決まっているふざけたギャンブル。
「……ここまで、なんだな」
このまま死ぬのが定石だ。ここで死ぬのが当たり前の結末だ。そういう舞台なのだから仕方がない。そういう筋書きなのだから仕方がない。そういう運命なのだから仕方がない。
「ははッ……」
そう、仕方ない。
君達は良くやった。君達は逃げなかった。
君達は諦めなかった。君達はちゃんと挑んだ。
だから、君達には席がある。
「すまないな、アーシア」
敗北を知りながらも勇気を持って立ち向かい、挑み、然しながら末に敗北してしまったという、慰められるべき『敗北者』としての席が用意されている。
「結局、駄目だったよ」
相手が悪かった。君達には運がなかった。だから、仕方ない。誰も君達を責めない。君達は良くやった。頑張った。そう、仕方ない。仕方ないんだから───『
「下らねぇ…」
壁を吹き飛ばし、ゼノヴィアの滅びの魔力の塊の間に一人の男が躍り出る。その男のシルエットははっきり言って奇妙な物だ。その影を見ただけでは人間とは思われないだろう。
そして、その影は吠えた。
「つまんねぇんだよクソッタレがァッ!!!」
ギュイイイイイイィ! と、幾多もの重厚な金属が規格外の速さで回転し、擦れた様な重たい金切り声が滅びの魔力を食い尽くした。そこに比喩など無い。誇張も無い。鴉の
「…あいつ、まだ立てるのかよ…!」
『いや、それ以前に何だあの武器は…⁉︎』
「フリー…ド?」
血まみれの男は立っている。フリード・セルゼンという人の手により作られし一匹の化物が、息絶え絶えで血を大量に吐き出しながらそれでも尚、立っている。
彼は片腕を欠損している。している筈だ。だが、今その彼の腕に新たに、規格外兵装という腕が装着されている。
「何、なのですか、アレは…⁉︎」
豪速で業火を散らしながら回転する円状に並んだ六本のチェーンソー。その風に煽られて、彼の羽織る黒いカソックが、まるで大空を羽ばたく鴉の翼の様に
「……なら、」
「…木場?」
「裕斗…?」
フリードの眼前へと立つ悪魔。その手に収まる聖魔剣の柄を、木場祐斗は、握り締める。過去にフリードとぶつかり合い、勝利を収めた悪魔は、その瞳に殺気を纏わせる。
「もう一度、僕の聖魔剣で斬り伏せてやる」
さぁ、今ここにカードが揃った。勝負は一度きり。そこに運は一切絡むことはない。ただ己の実力のみが賽を投げる。一世一代の大勝負。互いの灯火を掛けた最悪の賭博の始まりだ。
「───あぁ? やってみやがれ」
暴食の嘴を携え、鴉は獰猛に笑う。
■ ■
夜だ。真黒な森の夜。星明かりすら枝葉に遮られる暗闇の中で、その男は長いこと微動だにしなかった。
苔むした岩に腰掛けて目を閉じ、血に染まる大振りの大剣を大地へと突き立て、その柄に両手を置いている。その無骨な手は数々の戦をくぐり抜けてきた傷が刻まれ、黒々とした一つ結びに結われた髪は、未だ彼が力に満ち溢れている証に他ならない。
その男の前に、一人の人間が血の海に沈んでいた。その人間の名は幾瀬 鳶雄。『神滅具』が一つ『黒刃の狗神』の保有者である男。堕天使の勢力に席を置く男。
「…なぜ、だ…」
「何度も言った。父君の愛剣を返して貰うと」
大敗。言うならばこの二文字こそ相応しい。これ以上に相応しい言葉が見つからない程の負けだった。歯すらも立たなかった。抵抗なんてさせてくれなかった。たったの一閃で終わった。
勝者である男は岩の席を立ち、鳶雄のすぐそばに横たわる黒い犬の首を切り落とす。パキン、とガラスの枝が折れた様なか細い音が暗闇の中で響く。するとどういうことか、一振りの剣が男の手の平に収まった。
「…確かに、この手に」
感慨深い声色で男は囁き、剣を胸に抱く。
其の剣の銘こそは『天之尾羽張』。
日本神話に於いて最強の十束剣。伊邪那美大神より生まれし火之迦具土神を斬った伊邪那岐大神が持つ、神殺しの剣。
それは「聖書の神」によって神器に封印され神滅具「黒刃の狗神」となっていた。
「……」
男は意識を失った鳶雄を肩に担ぐ。そしてそのまま森の奥深くへとゆっくりと、ゆっくりと、少しずつ消えていく。
「……あまり、良い気分ではないな」
男と鳶雄が消えた先には小さな社があった。それと不釣り合いなぐらいに石畳の広場は広かった。
そしてそこには幾多もの神々が座していた。それこそまさに八百万。数え切るのが馬鹿馬鹿しいと思えるぐらいに。
まるで一寸法師の様に小さな者から大海や青空を埋め尽くす程に強大な者まで。だがその姿は人の目に移ることはない。
皆が浮かべる嘆きと憂いの眼差しも、人間へ柔らかに差し伸べられた慈愛の手の平も、人の身に刻まれたその傷を癒す新緑の風も、脆く崩れそうな命を守る暖かな山吹色の光も、人の目には決して映ることはないのだ。
「……この剣が、もう二度と使われぬ事を祈る」
『天之尾羽張』をその手に握りながら月を眺めてそう零す男の名は、須佐之男命。神界一の荒れすさぶ蒼き貴神である。
Q&A
Q.規格外兵装は何処にあったの?
A.フリードが吹っ飛ばされた先にありました
Q.あの武器によりかかる身体への負担は?
A.下手すりゃ一生寝たきりとかあり得ます
Q.他にも種類があったり?
A.します。誰が持ってるのかはそのうち
Q.なんで日本神話は天之尾羽張を回収したの?
A.ヒント『黄昏の聖槍』には聖書の神の意志が在る
それ以前にまともな日本神話の所有物だし。
まぁ、つまり文字通り返しに貰いに来た。