三日に一度じゃなくて四日に一度にしようかな…。
空気がひりついている。濃密な二つの殺気が衝突している。誰も言葉など口にすることなどできない。誰も間に入ることなど出来ない。
「……」
「……」
灼熱を、業火を纏った暴風が吹き荒れる。重厚な金属の刃が幾度も擦れ金切り声を上げている。その起点となる少年神父フリードの腕に装着されている兵装『グラインドブレード』は、はっきり行って異質なものだ。
円状に並ぶ六本のチェーンソー。それが高速で回転している。何もかもを喰らい尽くし、焼き尽くす理不尽な力の集合体。言ってしまえばどうしようもないほどの力の本流と塊。
それに相対するグレモリー眷属の『騎士』木場祐斗が持つのは『双覇の聖魔剣』により生み出された一振りの聖魔剣のみ。はっきり行って無謀だと見たものは思うだろう。が、案外そうでもないのだ。
「ッ…ぅ」
「⁉︎ フリード!今すぐその武器を捨てろ!それは…」
「うっせぇよ脳筋女ぁ!ちっとはだあーってろ!」
若白髪の少年の口から赤色の粘液が塊で吐き出される。…無茶をしていない訳がなかったのだ。これ程の兵装を使用していて、体に全く負担がないなんて事は無い。故に、この対決の先手者はフリードである事は必然である。
そう、フリードは『待ち』という手を使えない。そして攻めは威力は絶大でありながらも大振り、隙も大きい一撃。対して木場は『待ち』を使える。攻めは剣が一振り。小回りも利く。優位であると言えば優位であろうとも。だが、それは───フリードを、一撃で仕留められればの話。
「…なぁ。一つ聞いときたいんだけどー、オタクらさぁ、自分達が今までやってる事が正しいって声を大にして言えるか?」
「…何を言いだすかと思ったら…当たり前だろう。そうじゃなきゃ、僕はここに立っていない。皆だってそうだ…聞きたかったのは、それだけかい?」
唐突な語らい。その質疑応答にある者は頭に疑問符を浮かべ、または意識を取り戻したのか援護の準備をする者もいた。だがそれを、満身創痍でありながらも聖剣を振るうゼノヴィアが許さない。
「……あの馬鹿ッ…!」
やりきれない。そんな顔で必死に援護に加わろうとする悪魔たちを止める。骨を折られようとも、雷光に身を焼かれようとも、それでもゼノヴィア・クァルタという女は立ち塞がる。
だが止められない。『滅びの魔力』と赤い極光がフリードの元へと向かう。逃げろと叫ぶ。だが間に合わない。このままでは着弾は避けられ無い。着弾までおよそ五秒。
だがそれに我関さずと言わんばかりの凄絶な笑みを浮かべるは鴉が如く黒衣を靡かせる神父。構えを取る。この間僅か一秒。
「そうだな、それだけだわ」
「…そうかい、それだけか」
突撃。轟音を鳴り響かせながら眼に留まる事ない速さで、大質量と高威力を伴った炎と鋼の塊が、橙色の一閃を描きながらただ一人の悪魔の元へと向かう。この間三秒。つまり、援護射撃は当たらずに終わる。
「な⁉︎」
「木場!」
万物を噛み砕かんとする暴食の嘴が迫る。木場は意識を研ぎ澄ます。死が迫るまでの時間は極限的に短い。運命が賽を振るう。勝負は一瞬。そして相手は
死が、迫る。眼前に迫る刃の塊。木場祐斗は、それを───左腕と左耳を犠牲にし、紙一重で避けてみせた。言うまでもなく奇跡だ。本当に本当に小さな可能性を、木場祐斗は掴んだ。
「終わりだ…!」
グラインドブレードの駆動が止まる。
その瞬間、剣が、聖魔剣が、フリード・セルゼンの腹の腑の奥深くへと、命へと突き刺さる。
大量吐き出された血、勝者はここに決まった。
───
「なんだ、良い夢でも…っ、見れたか?」
血を吐きながらも、撒き散らしながらも、フリードは嗤う。化物じみた速さで腕が伸びる。それは確実に木場祐斗の手を掴み、抑えた。文字通り捕まえたのだ。
グラインドブレードが再び駆動する。鳴り響きだす留めない轟音が死の到来を告げる。逃げられない、それは確定してしまった。
「あばよ、勘違いの英雄気取り」
回転する六の刃を伴った大質量が叩きつけられた。轟音と慟哭が辺りに撒き散らされていく。生命にとっての絶望が到来する。避けられない死、諦めることしかできない。
「あ、───」
ただ一瞬で終わった。
肉体も、その内に詰まった臓腑も、それを支え守る骨格も、何もかもが一瞬のうちに擦り切られ潰され刃の持つ熱で焼け灰と化す。
とどのつまり、残る物はなかった。服の端切れすらも残らなかった。それが木場祐斗という悪魔の死だった。
「うそ、だろ」
それを言ったのが、誰であったか。
ただ分かることは一つである。
怒りによる覚醒は、起こる事はない。
それよりも早く太古の暴力が、君臨する。
「───え?」
ヘアルフ・デネの次男、ロースガールがシルディング族の長となり、物語の舞台となる牡鹿館を建造するが、沼地の怪物グレンデルがあらわれ、館を占領するようになる。
グレンデルは夜毎あらわれて、ヘオロットの館からシルディング族の者たちを攫い惨殺する。誰もこの怪物を止めることが出来ないまま、12年の月日が流れた。
───英雄叙事詩『ベオウルフ』より。
空より振るのは黒の巨人。
その身は黒鉄の鱗に覆われており、
その相貌は禍々しく鈍く輝く銀である。
其の龍の名こそ『グレンデル』。
『グハハハ! 嬉しいねぇ!久しぶりの殺しだ!』
その巨躯に相応しい程の質量が天から地に降りればどうなるか。答えは単純明快であり、莫大過ぎる衝撃が地に走る。それは最早大地震と言っても過言ではない。
その場に居た全ての者と物が吹き飛ばされた。ある者は壁に埋まり、ある者は瓦礫の海へと消えた。
遥かな太古によりその命を絶たれた筈の邪龍は再びこの世に暴力という名の災害を振るう。殺戮という災害を振り撒く。だがそれを止める龍殺しの英雄は、もうこの世には居ない。何処にも居ない。
『英雄』はもう、どこにも居ないのだ。
居なくなってしまった。もう、居ないのだ。
■ ■
空、魔獣創造により生み出された飛龍の背上。
其処には三人の男が同乗していた。
一人は大人、一人は青年、一人は少年である。
「あらら、ねぇこれちょっとマズイんじゃない?」
「本気で不味いですよ、…行けるか?レオナルド」
「無理、向かわせた『
悪魔の駒を摘出し、人へと戻した孤児たちを送り届ける前にサタナエル達は先行し空路を確認していた。そこで飛龍の目に留まったのは二つの災禍。一転、龍は怯えを見せる。
飛龍の異変を感じ取ったレオナルドは鳥型の魔獣を生み出しその腹に携帯を貼り付けて近辺を撮影し、それを見た。
彼等の直ぐ下、銀の瞳を持つ暗黒の大蛇による侵食。はっきり言って大災害だ。
「……だとしたらジークフリートは出せないな…そもそも竜殺しが通じるのか?…いや、どのみち今の俺達では瞬殺か…」
顎に手をやり冷や汗をかきながらも思考を止めることは無い。どうするどうすれば良いと焦りを見せる青年、曹操は次第に親指の爪を噛み始める。
今己達が待っている戦力とその状態を確認する。
曹操、レオナルド、ジークフリート 、ヘラクレス、以上四名のみが実力派の中では出撃可能。だが誰もあの邪龍の前では実力不足だろう。残る戦力は……。
「……トライヘキサ」
「それは悪手だ」
食い気味でサタナエルから制止の声が入る。声色は何時もの様にふざけた物ではない。至って真面目で有無を言わせない物。
「奴がこの惨状を見てみろ。暴走は必至だ。
…これ以上の損害は免れん」
「ッ! ではどうしろと⁉︎このまま黙って蹂躙される都を眺めているだけが最善か⁉︎このまま指を加えて収まるのが最善なのか⁉︎」
声を荒げる曹操。その形相は焦燥から大きく歪んでいる。打って変わりサタナエルの表情には笑みがなく、真面目なもの。
「俺が出よう、撃退にまでは追い込める」
いつの間にか彼の周囲には無数の光槍が展開されていた。以前使用した黒塗りのマスケット銃の姿は見られない。つまりはそれだけ本気だという事。
その言葉に少年と青年は何も言えなかった。そして己の実力不足を何処までも深く悔いた。目の前の男は、あの竜を、目の前の男は一人で相手取ろうと言うのだ。
「ホントはガラじゃないんだ。こういうマジな勝負ってのは」
ガシガシと頭を掻き毟る。ニヒルに笑う。それは仕方ねぇと言わんばかりに。男は白と黒、そして蝙蝠の翼を背から広げる。
「んじゃ、ちょーっと行って来ちゃうからさぁ!
少しの間、留守番よろしくね?」
有無を言う暇などなく、その男は龍の背から飛び降りた。取り残された者達はただ見る事しか出来なかった。
ただその間でも、自らに出来る事を彼等は探す。腐ってなどやるものか、妥協などしてやるものか、その気概でしがみつく。
「…『
「…悪くはないと思う、でもストックが後12だ」
「一人作るのに大体どれくらいだ?」
「粗製なら二週間、完璧に仕上げるなら一ヶ月」
「…使うのは多くても2体だな、俺の合図と同時に落とせ。タイミングを逃すな」
「了解」
彼等は彼等に出来る援護をする。ただそれだけだ。しかしそれでも、やはり心にはしこりが残る。
「…ゲオルグの開発しているあの兵装が有れば…俺でもなんとかなりそうなんだが…」
「ゲオルグが言ってる事が本当ならね。…でもあんなもの、人が使っていい代物じゃないよ、あんな馬鹿でかいガスバーナーみたいなやつ…」
■ ■
日本、廃れた神社。
「…………」
晴れて人間へと戻った獣に助けられた少女は縁側で眠る獣の少年『
「…
興味本位からか、角に手を伸ばす。角の先端に触れたのか、ぷつり、と指先から糸が切れたような音がした。
指先を見ればぷくりと赤い液の球が浮かび上がる。血だ。少女からしたら何度も見て来た、見慣れてしまった己の血。
それを舌で舐めとりながら、やはり少女は少年を見る。その視線に気づいたのか、トライヘキサは目を開いた。
「………あれ、まだあの三人、帰って来てないの?」
「ん、」
「……そっか」
少年はとっくに目の前の少女が孤児院に移されたと思っていた。少しの驚き、ちょっとだけ目を見開いている。少女は少女でどこか上の空だ。返答もどこか曖昧ではっきりしない。
「…眠れない?」
「……」
こくこくと少女は肯定する。それは不安故か、それともまだこの現実を実感出来ずにいるからか。それとも不吉な警鐘を鳴らす胸騒ぎからか、何方にせよ、少女の眠りは深くはならなかった。
「……ー」
沈黙。何を話せばいいのか、お互いにわからない。少女からしたら少年は恩人だ。だが獣から少女を見れば自らが犯した『罪の象徴』でもあり、口が上手く回らない。
少年の中では後悔の念ばかりが溢れ出す。聖書の存続を紀元前から許してしまった。それが今の世の結果を招いた。それが横にいる少女の背負う悲劇を作り出してしまった。
「……名前、教えて…」
「…じゃあ、君の名前を先に」
そんな事などつゆ知らず、少女は勇気を出して一歩を心の中で踏み出し、沈黙を破る。
「わたしは、…『エアンナ』」
「…良い名前だね」
ただ獣の名前が知りたいと、少女は請うた。それが何故かは分からない。だが一つ言えることは、
「…僕は…トライヘキサ、皆そう呼んでる」
「…みんなが、そう呼んでるだけなの?」
「そう、だけど…?」
「じゃあ───」
この少女の出した、たった一つの問いが何よりも重要となる。神の敷いたレールから外れる一手を、獣の眼前にいる少女は、無自覚のうちに打ったのだ。
「あなたの、ほんとうのなまえじゃないんだ」
ぐっさりと、ガラスの破片が胸に突き立てられたかのような痛みを少年は錯覚する。
そして怒涛に疑問符が雪崩れ込む。今まで無意識に避けていた思考が再起動し、展開されていく。
お前は本当は何なのだ、お前は何者なのかと。
その問いに少年は答えない。否、答えられない。
自分が何であったか、本来の在り方は?
それすらも遠い、記憶は霧の中で霞んでいる。
「あ、れ?」
喉を掻き切りたい衝動が身を支配する。焦燥と不安が背骨を伝い駆り立てる。ああ、寒い、寒い。血が冷えていく。管の中を通るそれがひどく痛い。そんな不安定な時に限って。
唐突に、何の前触れもなく彼の前に『王』が光と共に現れる。黒い髪、不釣り合いな程に場にそぐわないシクラメンの花冠。人差し指に嵌められた指輪。そんな姿を持つ古代イスラエルの王、ソロモンが。
「初めまして、トライヘキサ。君に依頼があって来た。人間の危機だ。君は必ず引き受けてくれると思って僕は此処に来た」
第二の騒乱が始まる。邪なる伝説が再臨し、この世に再び命の根を下ろし、災禍を振りまく。それは獣を狙う、金星の血を継ぐ男の手の上で。運命が捻れ出す。これはきっと夜明け前。
最も暗い、夜明け前だ。
さらっと名前が明らかになる系少女エアンナ。彼女を転生悪魔にした者の思考はディオドラと同じ感覚です。単に自らが悦に浸りたいが為に他者の尊厳をあっさりと踏み砕く、それ以上にドス黒く、汚れに満ちた何か。
次回はサタナエル回かなぁ。