黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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信頼が崩れるのは一瞬だ。








おせわになりました!

「───さぁ、大詰めだぜユーグリット君。最初で最後の大仕事だ。勝てば死に、負ければ生きる。敗率はまさかの90%越え、そんな法外極まりないギャンブルだ」

 

 誰もが知り得ぬ、そして知る事も無いであろう地。その地に潜む金星の血を継ぐ男、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーはまるで舞台役者のように両手を広げ、陶酔するかの様に目を閉じている。

 

「アポプスによりあの自動人形の足止めは成功した。グレンデルによる大破壊の再現も完全に、完璧に完了した。そして予想通りのカードは切られた、実に予定通りに事は運んだ。ソロモンは、あの野郎は俺を殺したい気持ちでいっぱいだ。抹消したい気持ちでいっぱいだしね!」

 

 目を見開く。覗く瞳より無常の歓喜が溢れている。ようやくだ。何とかここまであの男以外に気取られず辿り着けた。これだけでも快挙だろう。勿論満足はしないが。

 

「だからこそ、己の切り札が取られる可能性があろうとも、賭けに出ると俺は踏んだぜ?感情の爆発はいつの時代も賢者から冷静な思考を奪う。例えそれが、その状況に対する最善手しか編み出すことのできない化け物じみた奴であってもだ。いやー、やっぱ感情ってすげーよな」

 

 一頻(ひとしき)り語り終えたのか、男は満足そうに、思い残す事は無いと言うように笑顔を見せた。

 その笑顔が向けられた銀の髪を持つ悪魔、ユーグリット・ルキフグスは流れるように一礼を捧げる。

 

「…()()()()、ですか」

「ああ、()()()()()。俺達はようやく俺達のスタートラインに立っている。ご丁寧に失敗したら即死亡コース付きのね」

 

 リゼヴィムは立つ。それと同時に彼の背に無数の眼光が煌々と輝きを伴っていく。その鋭い輝きの全てが、滅ぼされたはずの邪龍。

 それを背に広げる男は両手を広げた。

 

 

「さぁ、獣の勝利を祝いに行こう!」

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 

 

 ───ただの災害の衝突だった。

 

 『時間がない、用件だけ言おうか。依頼はごく単純、今フランスでグレンデルが暴れてる。それを片付けて欲しいだけ。止められる人材は君以外戦闘不能だ。現地でもね。なんで最悪もう皆死んでるかもしれないから、そのつもりで』

 

 王が獣へ告げた言葉は、半分が正しく半分が誤りだった。グレンデルを止められる人材はいなかった。だが王の語る最悪の状況は起こっていなかった。

 

 獣と邪龍がぶつかり合うまでは。

 

「████───!!!」

『面白え! これだから戦いは辞められねぇ!』

 

 獣が仏蘭西の片田舎へ到着した時、そこに街並みなどという文明的なものは一切存在せず、ただ瓦礫の山だけが広がっていた。

 

 岩に潰れた幼子の手が見えた。鉄骨に突き刺さった男がいた。半身が潰れ消えた女がいた。そんなのはまだいい方で、男なのか、女なのか。幼子なのか?大人なのか?老人なのか?それすらも分からない、身体の一部や『かけら』が転がっていたりもしていた。

 

 狂わない訳がなかった。思い出したくない過去が再燃を起こすのは当然だった。少年がただの暴力の塊になるのは当然だった。

 

 かくして、未だ微かながら人の命がある地に大質量と業火が、災害の雨が降りしきる。

 

『オラァッ!』

 

 黒鱗の塊が、鎖に縛られた翼を持つ少年に叩き込まれる。その拳は瓦礫の大地に深く深く、食い込んでいる。次の瞬間にはそこから極太の火柱が顕現し、龍の巨碗を焼いた。

 

 堪らず拳を引き抜くグレンデル。大地にぽっかりと空いた穴から少年の体躯が飛び出しては龍の腹へと喰い込み、廃材の地に落とす。何度も起きる小さな地震。

 

 そしてその惨状を、呆然と眺める事しか出来なかった青髪の女がいた。傍に横たわる白髪が特徴的な少年神父は、目を閉じたまま、腹に深く剣を突き立てたまま何も言わない。

 

「…なぁ、お前は、あんなお前が、どうして孤児達のために、ここまで体を張ってくれたんだ?どうせ最後だ、聞かせてくれてもいいだろう?」

 

 青髪の女ゼノヴィアは、白髪の神父フリードに問うた。だが勿論のこと返答はない。

 フリード・セルゼンの心拍は止まっていた。彼の命は最後まで燃え尽きこの世から完全に消えていた。

 腹に突き立てられた剣、そして彼の腕に装着された規格外の兵装によりかかる負荷、彼は死に向かう以外、道はなかった。彼の死は確定されたものだった。

 

「…私も直ぐに逝く、だから待っていろ、絶対に問い詰めてやる」

 

 それは悲観や絶望から来たものではない。ただ目の前におこる災害同士の衝突を目の当たりにして、本能と理性両方が認めた。自分は必ずここで死ぬと。だから、せめてにも笑った。ニッカリと。

 

「…アーシア、皆、どうか息災にな」

 

 そう零せば、どさりと荒廃した地に身を預け、ゆっくりと目を閉じる。ともなれば、あとはただ寝ながらに滅びの時をゆっくりと待つ事にした。

 緩やかな時間が流れていく。ほんとうにゆっくりで、これ程までに無いぐらい緩やかな時間が。場違いな寝息が、静かに響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あー…くっだらねぇ…」

 

 

 

 まだ、飛べる。

 

 

「いつから俺様ちゃんは…ッと、

 こんなに壊れちまったんでしょねー」

 

 

 まだ、飛べるから。

 神父の眼光は、黒い巨人へと。

 

 

 

 

 

 

 ■ ■

 

 

 

 ゆっくりと己の死を認め、それを待つ事にした青髪の女がいるところより離れた場所、其処に悪魔達はいた。

 

 紅髪の女はその顔を悲しみと絶望に、赤龍の男はその双眸を悔しさと憤怒に、猫又の女はその顔を諦めと悲観に、黒羽の女はその双眸を嘆きと動揺に染め上げていた。

 

「くそッ…!クソぉ…!」

 

 ギチギチと歯をくいしばる。廃虚の壁に手をつきながらも逃げに徹する。そうする他なかった。それだけしか出来なかった。

 

「何で木場が死ななきゃなんねぇんだよ!あいつが殺されていい理由なんてなかったはずだろ!」

 

 そう吠えるのは赤龍帝。ぼろぼろと落涙ながらに膝をつきそうになるも止まらない。今ここを生き延びなければならない。そうしなければ、散った仲間の仇が討てなくなってしまうから。

 

「…佑斗ッ…佑斗…ッ!」

 

 紅髪の悪魔は流れる涙を隠そうとも、堪えようともしない。ただ信じがたい事実を受け入れるしか無いし、絶望の中に沈み込む以外に、道はない。

 

 骨も、肉の一片も、服の切れ端も、聖魔剣の破片すらも、とどのつまり何も残らなかった。別れを惜しむ時間すらも無かった。ただの一瞬で何もかもが終了していた。

 

 赤龍は一時怒りに支配された。だがそれは中断された。空から迫って来た黒い巨人『グレンデル』に。彼はそれでも場に残ろうとしたが、部長の叱咤によりようやく引いた。

 

 そして、そんな悲しみと喪失感に浸された彼女達の前に、たった一人の人影が立ちふさがった。知っている。リアス・グレモリーは、兵藤一誠は、塔城小猫は、姫島朱野は、その人影の正体を知っている。

 

「やっぱりここに来ましたね。『誰か』が近くにいると怖くて堪らなくなりますから、直ぐに分かりました」

 

 その人影の名前を知っている。『僧侶』である彼の事を知っている。吸血鬼である彼の事を、知っている。()()()()()()()()()という少年を知っている。

 

「ギャスパー⁉︎あなた、なぜ此処に⁉︎」

 

 彼が見に纏うのは何の変哲も無いただ黒い無地のシャツとズボンだけ。以前の様な服装の面影は其処にはない。ただ特筆することと言えば、シャツの一部に小さく『13』と書かれている。

 

「部長、僕気付いたんですよ。大事な人を確実に助ける方法ってヤツです。未熟ですから時間がかかりましたけどね。」

「何を…言っているの?ねぇ、どうしたっていうの?ギャスパー」

 

 不安のつぼみが、ゆっくりと膨らんでいく。最悪の可能性が彼女達の中で共通して芽生えていく。頭では否定出来る。だが理性と本能が警鐘を何度も鳴らすのだ。

 

「助ける為には誰かが負ければいい。

 ───そう、僕達以外の誰かが!」

 

 日緋色の双眸が輝くと同時だった。

 小さな肉体を闇の塊が取り巻き、其処より領域を形成する。そして、その中より出でるのは狗、猫といった獣の類。つまりは闇の魔物であり、それは皆、赤龍帝へと襲いかかった。

 

 

 此処に、一つの裏切りが成立した。

 

 

 『───赤い龍の始末。ああ、情が邪魔して無理なら足止めで構わない。僕が来るまではその仕事に専念していてくれ。せっかく乱した『台本』なんだ。軌道を元に戻されたら溜まったものじゃない』

 『全てが終われば、契約を果たすさ。僕は聖杯さえ抑えられれば良いからね。再開までの道のりは長いけど、見返りは確実だ。だから、その時まで働いてもらうよ?』

 

 王の手は、気づかぬ内に伸びていたのだ。

 

 

 

 ■ ■

 

 

 最初は嘘だ、と少年は思った。

 だが事実だと王は告げる。見せつける。

 聖杯をその身に宿す少女は連れ去られていた。

 故郷は滅んでいた。生き残りはいないだろう。

 

 少年は助けなければと吠えた。

 ではどうやって? と、王は問う。

 頼りになる人が居ると少年は言った。

 

「無理だ、不可能だ」

 

 あの紅髪の女とその眷属が動いても意味はない。

 それは事実だ。揺るぎのない真実だ。

 彼女は非力で、愚かで、無知で、無能だ、無力だ。

 そして彼女の持つ情愛は彼女にのみ与えられる。

 君は、君達は彼女の下に付くべきではない。

 

「そんなこと…ない、です…」

 

 なら一例としてこの事実を知ると良い。

 領地の管理は杜撰(ずさん)で稚拙で幼稚でお遊びだ。

 君の尊敬する男は、彼女のせいで死んだのだ。

 彼は見捨てられた。だが利用された。再利用された。

 

 見せ付けられる。見せ付けられる。

 見たくもない事実が頭を蹂躙する。

 否定が許されない。拒絶が許されない。

 

 王の言葉が続く。

 

 面白そうだから、ただそんな理由で、

 最後の安息である『死』すらも踏み躙られた。

 これを知っても君は彼女に頼ろうと、思うかい?

 

「ねぇ、知ってるかい?彼女、彼が死んだ時なんて言ったと思う?知りたくないかな?いや、知らなければいけないよ。君に限らず彼女、リアス・グレモリーを慕うものは知る『権利』と《義務》がある」

 

 嫌だ、と。泣き言の様に言葉が出た。それだけは聞いては駄目だ。それを聞いたら最後、きっと自分を縛る最後の鎖が解けてしまう。それだけは駄目だ。きっと駄目だ。何もかもが終わる。終わってしまう。夢が覚めてしまう。

 

 だが、囁く。

 王の唇は確かにうごめく。

 

「『どうせ死ぬなら、私が拾ってあげるわ。あなたの命。私のために生きなさい』…いやぁ、慈悲深くて、良い言葉だね。いかに彼女の人格が優れているのかとても良く分かるよ」

 

 覚めた。

 醒めた。

 そして、『冷めた』。

 

 

 お前のせいで『人間』は死んだのに。

 お前のせいで『誰か』は死んだのに。

 お前のせいで、お前のせいで死んだのに。

 何を宣っているんだ、この女は。

 巫山戯るな、冗談じゃない、馬鹿にするな。

 僕もそうなのか?ただ面白そうだったから?

 

「彼女の愛は、彼女にのみ注がれる。それは彼女の兄と同じだ。もう分かるだろう?無理なんだよ、助けられない。可能性はゼロだ。…だが、此処に一つ例外が居る。僕と、契約を結ばないか?」

 

 そうだとしたら。

 いや、そうでなくとも。

 

 僕は貴女に心を許すべきじゃ無かったんだ。

 僕は貴女に信頼を置くべきじゃ無かった。

 

 その理念は結局は傲慢の塊で偽りでしかなく。

 その理想は浅はかな見栄でしかなかった。

 

 もう僕を縛る鎖も恩情もない。

 僕は僕のしたい事をする。

 手段なんて選ばない。

 全ては彼女の為に。

 彼女が助かればそれでいい。

 

 さようなら、『いのちのおんじん』

 

 

 

 

 

 




〜Q&A〜


Q.なぜ神の復活手段があるのに直ぐにしないし(なぜ実行しなかったし)
A.先日急遽メタトロンに降りて来たので(※全話参照)加えて今は悪魔、堕天使と同盟を組んでる手前ですから、神の復活を確固たるものにする為にも天界は揉め事は避けたい。その点で言えばトライヘキサの存在は都合が良かったのかも?

Q.ソロモンさぁ、も少しまともな兵器作らない?
A.ソ「兵器にまともな物なんてないよ」
 フ「まともじゃねぇ中でもまともじゃねぇんだ
 よ、てめーの作る兵装は」(被害者一号)





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