黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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新たな龍殺しの『■■』は誕生した。
彼の名が皆に知られる事は無いだろう。
だが知っているものは確かにいる。
此処に居る。皆が知らずとも。
確かに彼を知る私は生きている。




大物喰らい

 暖かい。寝についていたはずのゼノヴィアが感じた感覚はそれだ。火の玉でも降ってきたのだろうか、朧げに目を開く。

 その目に収まったのは太く、短くギュリギュリと廻る橙色の円柱。それを構成するのは六枚のチェーンソー。『グラインドブレード』を腕に取り付けた男。

 

「…フリード?」

 

 ぼろぼろのカソックをはためかせる男は答えない。ごしゃり、と廃材の山を踏み砕きながらゆっくりと進んで歩く。

 青髪の女は追おうとした。だが足が動かない。先の戦いでのダメージが大きすぎたのだ。

 

「なにやってるんだよ、なぁ」

 

 男は歩く。腕に取り付けた機械を唸らせながら、高みへと登る。なにも語らない。ただ歩いた。

 体はボロボロのはずだ、血液だって不足しているはずなのだ。だのに、男はその目を龍へと向ける。

 

「…仕方ねぇよってねー」

 

 此処にきて男はようやく口を開いた。笑っているのか、声は喜色に震えている。

 姿勢を低くする。グラインドブレードの回転がさらに増していく。オーバーヒートを起こしているのか、炎熱がさらに増幅し、一種の火柱の形が形成された。

 

「まぁ、俺様ちゃんも殺してますし、

 殺されもしますよねって話」

 

 空に突きつけるかのように掲げる。さらに回転が増していく。火柱など生温い。言ってしまえば火災旋風。それが人の身より巻き上がり、熱風と強風を混ぜこぜにし、辺りに散らしていく。

 

「…アーシアとの約束を守れるのは、私だけか」

「そうだねぇ、でもさ、これでいいと思うぜ?」

 

「俺はあくまで化け物で、オタクらは人間だ。化物ってのは人間様に殺されちまうのがオチなんだけどねーん、けどさぁ、まさかさぁ」

 

憧れたもの(にんげん)守っておっ死ぬとか、

 俺様ちゃん中々に滑稽じゃない?」

 

 屈託のない笑顔と、火の竜巻が大地に叩きつけられたのは同時、黒い鳥は再び飛翔した。余波が巻き起こり、当然ゼノヴィアは吹き飛ばされ、廃墟に突っ込むが、其の目だけはずっとフリードを捉えていた。

 

 

「……良かったよ、お前とは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛したものを眼前で壊され生まれる感情は何か。

 答えは勿論憎悪と憤怒、そして絶望。

 殆どのケースは個々に収まる。

 

 そしてそれら三つに染まったらどうなるか。

 答えはやはり単純で、暴走へと走る。

 

「■■■■■■■───!」

 

 ……現在のトライヘキサのように。

 

 少年のものというに相応しい細く白い腕と、黒鉄の如く鱗で包まれた巨碗が激突する。爆音が巻き起こる。巨碗には亀裂が入り、細い腕の肘からは骨が突き出した。

 

 ぱきゅり、骨を無理やり元の位置へ渡す。

 

 小さな手の平から焱火が迸り、それは大蛇のように畝る型を伴い、黒い巨人の姿を持つ邪龍グレンデルに巻きつく。じゅうじゅうと肉の焼ける音、鱗の溶ける音、身体が焼き切れる音がする。だが足りない。トドメを刺すには不足だ。

 

 彼は現在聖書の神により残された『置き土産』により、幾つかの能力と膂力の大半が封じられている。だがそれでも邪龍と相対できるほどの実力は失われていなかった。

 

 封じられた物に一例を挙げるとしたら【外殻】だろう。

 

 現在の彼は白い光を放つ少年の姿を取っているが、これはあくまでトライヘキサの意識が集合した形、言ってしまえば(コア)である。彼を包む外殻は存在する。現在使用不可。

 その他にもある。地形を変えるほどの炎、世界を汚染する瘴気、そして土台となる膂力。決定打が封じられているが故に、決着が未だにつかない。

 

 そんな硬直状態を崩したのは、人間『フリード・セルゼン』である。

 

『ん? お、あがぁ⁉︎』

「…にん、げん……⁉︎」

 

 急遽、グレンデルは苦悶の叫びをあげながら屈強な体躯がその重心を崩す。後ろから見ればわかるだろうが、彼の足の腱は削りとられたように焼失していた。

 

戦場(ここ)が!!この、戦場がぁあ!!!」

 

 下敷きにならぬよう、その地から後ろに飛んだトライヘキサは確かに目にしていた。腕に焔色に燃え盛る規格外なナニかを取り付けた人間。それが異常な速さで巨人の足を奪った。

 

『なんだぁ⁉︎誰がいやがんだ⁉︎』

 

 腕で身を起こし、膝で立ち上がる。縦横無尽に己の下を乱打し続ける。だが二撃目が登りあがる。巨人の腿を削り、腹を削ぎ、そのまま右目を潰しそのまま空へと抜ける。

 

「俺の魂の場所だってなぁ!!!」

 

 重力と質量に従い黒い布をはためかせながら高速に速やかに急降下するのはやはり人間であり、新たなる『龍殺しの■■』フリード・セルゼン。

 彼の姿をやっとのこと捉えたのか龍の手が伸びる。その身を握り砕き散らさんとする。だがその手は阻まれた。グレンデルの肘にめり込むのはトライヘキサの拳。

 

 重心が揺れる。巨人の脳天が人間の真下へと。

 

 落ちる。全てを焼き尽くす暴力が確かに頭蓋の天へと落ちた。削られて行く、抉られて行く。血の焼ける匂いがする。肉の焼ける匂いがする。絶叫が長く広く澄み渡るかのように響き渡る。

 

『がぁ、あああァァァァア!?!?」

 

 頭蓋に刺さる物を抜こうと手を必死に動かそうとするも叶わない。そのたくましい両腕は見当違いのところへ投げ出され、次第に動かなくなって行く。

 

 邪龍グレンデルは2度目の死を迎えた。

 

 脳髄を掻き回され、焼き尽くされ、壊され尽くしたのだから当然のことだ……『ソロモンが作った武器』というのも一枚噛んでいるのだろうが。

 

 ぶづり、と肩口と兵装の接続部がちぎれた。そしてフリードの身体はそのまま落ちて行く。それをトライヘキサがとっさに受け止める。その顔は、満足そうな笑顔で、まるで楽しい夢を見た後の子供のようなもの。

 

 そして手に持ったことでわかった。彼はもう2度と目を開くことはないのだと、もう2度と息をする事も、心の臓を動かす事もないのだと。

 

「……ごめん、間に合わなかった」

 

 トライヘキサは確かに悲しんだ。これもまた己のせいなのだと。間に合わなかった。来るのも遅れてしまったし、邪龍を相手に時間をかけ過ぎて、その結果がこれだ。これなのだ。

 美しい街並みはもうない。命の気配ももう微かにしかない。多くの命が死に絶えてしまった。自分は間に合わなかった。ただ、それだけの話。

 

「君は……きっと、凄い人だ」

 

 彼の心の中にあったのは『敬意』と『畏怖』そして───

 

 そっと、『英雄』の遺体を少しでも綺麗な地に安置する。花の一つでも送りたい。しかしこんな荒地となってしまった以上、どこにも花が咲いていないことは当たり前だ。

 

 ───『憧れ』だった。

 

 

 彼は、どこまでも深くに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この場に存在し、人類に仇を成す暴力は、決して一つではなく、()()あった。グレンデルだけではない。我を、理性を保っていられなくなった獣もまた、微かに残っていた命を完全に踏み潰していた。

 

 付近に転がる焼け焦げた骸が、それを証明した。

 

 パン パン パン

 

 ゆっくりとした拍手。

 胡散臭い愛想を振りまく笑み。

 

「お疲れ様! トライヘキサくん!」

 

 金星の手は伸びた。

 彼の生涯最大の博打が今始まる。

 そして獣は新たな己の罪と向き合う時だ。

 

 

 

 

 

 

 ◾️ ◾️

 

 

 一人の少女を救うため、現在の主人の元を去りソロモン王へ隷属した吸血鬼ギャスパー・ヴラディはリアス一行と相対していた。ただ、特筆することと言えば、彼の攻撃全てがかつての主人の元へ向かって居る。

 

 彼は怒っていた。この稚拙な状況を産んだ女に。

 彼は怒っていた。その原因が己だと気付こうともせず、己の欲しい事実だけを貪る強欲で愚鈍な女に。

 

「ギャスパー!どうしてこんなことを⁉︎」

「貴女のせいだ!貴女が、貴女がせめてほんの少しだけでも大人だったら良かったのに!ほんの少しだけでも我儘でなければ良かったんだ!」

 

 日緋色の瞳を怒りにたぎらせ、燃やしながら幼子の吸血鬼は闇の魔物を放ち続ける。果てには己の腕を獣の顎門へと変異させ、紅髪の女悪魔リアスを飲み込まんとする。だがそれを眷属達は許さない。

 

「どうしちまったんだよギャー助⁉︎目を覚ませ!お前さっきから何言ってんだよ⁉︎」

「…そこをどいてくださいイッセー先輩…その女が殺せない…!」

 

 悪寒が、走った。

 

 そこに居る悪魔全員に悪寒がくまなく、背筋から全身へ満遍なく走り上がる。

 瞳が本気だと語っていた、瞳がその動機たる怒りを物語っていた。

 

「あなたに…あなたに何があったというの⁉︎」

 

 かつての吸血鬼の主人が悲痛な声を漏らす。まるで、目の前の眷属がこうなったのは自分は関係無いと宣言する様に。

 そして彼女は一つの真実では無く、誤りに至る。

 

「…! まさか、あなた、ソロモンに⁉︎」

()()()()()()()()()()()()

 

 咆哮にも似た叫び声。余程強く顎に力を入れたのか、ぶちり、と口の端が歯に微かに挟まり千切れた。怒号が怨嗟とも似つかぬ色に染まり、空気に染み渡る。

 

「欲しいものしか受け入れようとしない、嫌なものは全てはねのける。自分の都合の良いことしか受け止めない!都合の悪いことは全部受け流そうとする…! 最低限の義務すら果たさない!いいや!そもそも果たした覚えが貴女にはありますか⁉︎」

 

 糾弾だった。

 

「貴女の我儘にどれだけ皆が振り回されてきたと思ってるんですか!貴女の我儘にどれだけ犠牲が出てきたと思ってるんですか⁉︎貴女のせいで何人死んだと思ってるんですか⁉︎それすらも理解できてないんだったら!貴女は貴族であるべきじゃなかった!貴女は世に出るべきじゃなかったんだ!」

 

 それは本来ならば、彼女の両親や兄が行うべきであった叱責だった。だがあまりにも遅すぎた。しっかりと諌めるものが居なかった。止めるものが居なかった。その結果がこれだ。肥大しすぎた無自覚の自己愛。それを内包する、あまりにも醜く肥え過ぎた女の悪魔。

 

「てめぇ、今のは幾ら何でも許せねぇぞギャスパー!取り消せよ今の言葉!まるで全部が全部、部長のせいみたいに言いやがって!」

「だからそう言ってるんですよイッセー先輩!あなただって本来は死ぬはずはなかったのに!リアス・グレモリーの未熟どころか幼稚に過ぎた管理のおかげで、あなたは死んだんだ!」

 

 赤龍帝の拳と獣の顎門が衝突する。獣へと変生した腕は崩れ、籠手に包まれたはずの腕から血が噴出する。

 吸血鬼の赤龍帝との対立は続く。取っ組みあっては互いに頭突きを食らわせる。二人の額から血が滲み、そのまま混ざり地に堕ちる。

 

「違う!部長は悪くねぇ!悪いのはレイナーレって堕天使だ!」

「じゃあその堕天使の侵入をむざむざ許したのは誰ですか⁉︎堕天使が領地内で好き勝手するのを許したのは誰ですか⁉︎そもそもの原因は誰なんですか⁉︎───考えることから逃げるな!」

 

 面白そうだからという理由で死を踏みにじったのは誰か。そして堕天使が自由に動き回れたのは誰のおかげだったのか。『そもそも』一体誰のせいなのか。本来糾弾すべきなのは堕天使と、それを束ねる者と、領土を守るべき女。

 

「違う!違う違う違う違う!そんなこと……!」

「逃げて何になるんですか! …受け入れないといけない、信じていたいのもわかります。大好きなままで居たい気持ちだってわかります。でも、でも受け入れないと!」

 

 その場にいた全ての魔物が一斉に吠えた。それはまるで嘆くかのように、泣き叫ぶかのように。

 不協和音はじわじわと悪魔達の脳を侵していく。狂いそうになる。頭が割れそうだ。しかしそれは、ギャスパーも例外ではない。

 

 彼もまた苦しんでいた。日緋色の瞳は激しく揺れ動き、血が滴り頬を伝い、小さな顎先から赤い雫が落ちる。ビキビキと痛みの走る頭蓋を手の平で抑えながらもギャスパーは叫ぶ。

 

「貴方の死は踏み躙られたままじゃないか!」

 

 

 

 

 

 




まぁソロモンの元に付いてる以上バロールという特大のネタがナニカサレないわけないよねって。(愉悦顔でダブルピースをするケルト神軍とソロモンの図)次回更新は二週間後かなぁ。チョッチ色々と予定が立て込んでいるので、スマソ。

ところで次々回初登場にして退場予定のクルゼレイくん。その背中に背負ってる歪な武器はなんなのかな?え?それ全部[削除済み]なの?ばーか!(浪漫による歓喜)


『彼』は確かに英雄(ヒーロー)になれた。
私は、そう信じたいなぁ。







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