黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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私「アカンこのままじゃハーデスの胃が死ぬぅ!」
友「神に胃が死ぬとか無いだろう」

ご も っ と も で す




無限と虚無

 ───ルイ・パスツール、微生物と病原の関係性を考案。医学に大変革を起こし、現代でも使用される低温殺菌法を提示。1895年没。

 

 ───フローレンス・ナイチンゲール、医学治療女性参加の先駆け。衛生・栄養状態の不備改善により患者の死亡率減衰を実現させた。1910年没。

 

 ───エミール・クレペリン、精神疾患に関する新医学分野を導入。精神医学という分野を生成した。1926年没。

 

『……』

 

 声も何も響かない冥府の闇夜と氷の中で、私は一人過去に見た、人間達の名と行動を思い出す。

 ある者は人のために医学の発展を図り、ある者は飽くなき探究心の赴くままに、ある者は未来に希望を託そうと晩年まで研鑽を積んだ。

 

 だが所詮は綺麗事。どうせ動機も理念も上部だけで、誰も自らの内側とも向き合っていないのだろう。

 ああ、そうだ。過去にそうだったじゃないか。発展を喜んで、その理念や思想や原動力が綺麗なものだと誤認して、絶望した。

 

 どうせ、人間は共食いを繰り返す。

 どうせ、人間は自滅すると知っても争う。

 なのに、なぜ彼は人類を信じるのだろう?

 なのに、なぜ彼は私に今も説得に来る?

 

『……またですか、今生の別れとは嘘のようですね、サタナエル』

「いやいや、ちょっとあいつらのせいで死ねなくなっちゃってさ。にしてもサマエルさ、ちょくちょく俺達の事見てたよね?」

 

 ……彼はいつもこうだ。初めて会った時もこうだった。何があっても軽薄に笑っていて、いつも嘘つきで、思考だって荒唐無稽が過ぎていて。

 

「でもさ、お前も分かったんじゃない?」

『……何を、ですか?』

「あーあ、しらばっくれちゃってーもー」

 

 そのくせ見透かしだけは一級品だった。

 

「人間に限界は無いって事だ。()()()()()()()()にも関わらず、邪龍殺しを成した奴、魔王に等しい実力を持った悪魔を討った奴、ああこれは曹操っつー俺のお気に入りがやったんだけどね?」

『…それは聞いていません』

 

 楽しそうに語る。未来を知りながらもこの人は何故笑えるのだろう?今生の別れになると彼は言った。…私の予想が間違っていなければ、それは必ず実現される。

 

 否、彼は実現されなければ許せないだろう。己自身が、己の存在そのものが。だから、どうあがいても彼はその『お気に入り』に自分を───。

 

「あらら、酷いなぁ。おじさん泣いちゃうよ?…ともかくさ、少しでも分かってもらえたんなら、最低一回だけでいいんだ。…お前の『眼』が、力が必要なんだよ」

『……前々から思っていましたが……なぜ貴方は人類のためともなれば、躊躇いなく()()()()()()()ことが出来るのですか?。その為なら、幾らでも地に堕ちると?その為なら、矜持を投げ捨てると?』

 

 私はそれを何度も見て来た。彼が頭を地に付ける様は、決まって人類のためにしか見られなかった。どうしてここまでするのか?どうして自らを顧みられずにいれるのか?

 

「……残念だけど……」

 

 鳥肌が、実に三千と五百四十三年ぶりに立った。

 

「……俺にはそんなものは無いんだ……」

 

 この男が元来持つ狂気が如実に表へでる。それ自体が極めて稀だ。地につけられた頭がゆっくりと上がり始める。その顔は陰りに隠れて分からない。

 

「そう、無いんだよ。矜持も…そして、落ちる由も…」

 

 ……ああ、忘れていた。この男に、そんなもの無い。彼は私と同じように機械なんだ、あくまで『人間の為に作られた』自動人形なんだ。…それが壊れた結果。

 

 

「愛してるんだ。あいつらを」

 

 

 屈託がまるで無い狂い笑い、限界まで釣り上がる口の端。誰よりも人類を愛した人形は笑う。私とは全く逆の道を歩んだ存在。

 

 彼はこの在り方を曲げる事はないだろう。

 この思想を変える術を知らないだろう。

 

 私と同じで天使(私達)に必要ない(もの)を、持ってしまっているから。

 

『……いいでしょう。一度だけ、貴方方の「眼」となります。その結果がどうなろうと、私のあずかり知らぬ事』

 

 氷の椅子から立ち上がる。伸びた赤い髪が少々目障りだけれど、仕方がない。…光のハサミを作って今か今かと楽しそうに笑う彼は見なかったことにする。

 

「うぅーん、楽しみだ。サマりんと共闘なんて何年振りかなぁ?神聖四文字(テトラグラマン)の奴を嵌めた時以来?」

『さぁ?そんな遠い昔のこと、もう忘れてしまいました』

 

 思えば、あれも無駄なあがきだった。

 

 父は我々の想像をはるかに超えた愚か者だった。我儘な子供だった。気に入らなければやり直すという駄々をこねる子供だったのだ。

 

 だがそれでも、目の前の男は諦めなかった。どんな仕打ちを受けても、一度硫黄の池に落とされても、人間が醜いものと知りながらも、この男は心底諦めなかった。

 

「さて……これが吉と出れば良いけど」

『ご安心を、私は貴方のようにヘマはしませんので』

「ハッ⁉︎ 言うようになったねぇ……」

 

 『竜殺し』フリード・セルゼン

 『革命家』曹操【本名不詳】

 『放浪者』ゼノヴィア・クァルタ

 

 生まれた純正のイレギュラーは三人。短期間でこれほどの人数がいれば『台本』も狂うと言うもの。

 だが足りない。そう言わんばかりに、彼は私を連れ出しに来た。

 

 ……嫌な予感、この胸騒ぎを、人はそう定義していたか。

 

 

 ■

 

 

「オイオイオイ、笑えねぇぞ⁉︎」

「良いから黙って走りなさい!」

「皆無事か⁉︎」

「今の所はな……!」

 

 とある日の朝の事だ。英雄派である彼らの前に、突如として『ソレ』は現れた。

 

 其れは無限であり混沌であり、虚無。

 0という概念の体現者。紛れも無い最強。

 夢幻と対をなす無限の蛇。

 

 つまりは『オーフィス』。

 

 その真名こそウロボロス。

 秘められた意味は『世界』と『完全』

 そしてウロボロスはキリスト教や一部のグノーシス主義では、物質世界の限界を象徴するものとされた。

 

 其れほどの存在がなぜ彼等の前に現れたのか?その理由は彼等、では無くその周辺にいた『トライヘキサ』にこそある。

 そう、英雄派の面々はあくまで巻き込まれただけであり、オーフィスとはなんら関わりはないのだ。

 

「なぁ、曹操!トライヘキサ置いて来てよかったのか⁉︎」

「彼がその役を買った!そして彼以外の適任はいない!だから黙って走れヘラクレス!」

「ちょっとレオナルド、何ひとりだけ竜で逃げてんのよ⁉︎」

「皆の分ちゃんとあるから剣飛ばさないで⁉︎」

 

 オーフィスには目的がある。

 音も物も何も無い真の静寂、だがその為には『次元の狭間』の覇権を手に入れる必要があった。

 だがそれは『グレートレッド』という存在がいる以上、容易ではないし、それどころか不可能と言っても過言では無い。

 

「トライヘキサ、我に協力、して…!」

「だ…っ!から僕は嫌だって…!」

 

 十の角を持つ少年と取っ組み合うゴスロリの少女。その光景は彼等二人の名前を知っているものからしたら悪夢だ。

 今此処にジョーカー同士の争いが展開されている。方や最強の魔獣、方や最強の龍神の一角、下手をすれば世界はものの数日で滅亡だ。

 

 そうならないのは、トライヘキサが防戦に回っているからこそ。

 

 少女の細腕が振るわれる。少年はそれをあどけない手の平で受け止めた。

 その微笑ましい見た目とは違い、威力は白目を剥くほどにえげつない。周辺の木々は薙ぎ倒されるどころか衝撃波で消し飛んでいる。

 

 その小さな唇から竜の吐息が吐き出された。少年もまたその口から業火を吐き飛ばし、相殺する。

 だが渦巻く炎は暴発の寸前まで膨れ上がろうとする。それに気づいたトライヘキサは自らの頭から外殻の一部を生成する。

 

「■■■■■■───!!!」

 

 それは巨大な獅子の頭。巨大な顎門は膨れ上がる炎を飲み込み、口の中で爆発を起こす。獅子の頭は爆散し、目玉や歯茎、それに付随した牙が飛び散った。

 

「うぬぁッ!!!!」

 

 消しとばされた頭を再生しながら迫る。十の角まで再生が終えると同時、確かに少年の手が少女の手首を掴む。蛇の口が再び開こうとする。それを咄嗟の頭突きで防いだ。

 少女の足が腹へと突き刺さる。少年の下半身が飛んだ。長いピンク色の皮で出来たブヨっとしたものが糸を引く。

 

「っつ!……」

 

 伸ばしたゴムから手が引かれた様に腸が引き戻され、勢いよく下半身と上半身が接合された。その勢いを利用した蹴りが容赦なく少女の喉に突き刺さる。

 骨の軋む音、此処まで来てようやく有効打。だが止まらない、この程度で泊まるなら苦労はしない。何度も吐き出される吐息、それらを違わず喰らい、爆散し続ける獅子や龍の頭。

 

「…周りが……」

 

 周辺地域は荒地と成り果てている。木々は消し飛び、大地は焼き焦げ亀裂が走り、川は干上がっている。

 それでも無限の蛇は追撃をやめない。だが此処に来てトライヘキサは躊躇した。このまま続けばマズイと今更ながらに理解した。

 

 どうする?どうするべきだ?どうすればいい⁉︎

 

 半ばヤケクソ気味にその背に持つ六枚の翼を広げる。その先端を尖らせてはオーフィスの心臓へと目掛けられる。

 しかして相手の追撃は打突ではなく吐息。先の躊躇いがトライヘキサの読みを外した。

 

「あ、やば───」

「はい!ちょっと頭下げてね!」

 

 がくん、と視界が下がる。膝が不意に後ろから押された、そのままがくりと体が地面に倒れると同時、吐息が吐かれる寸前だったオーフィスの口に黒色の触手が捻じ込まれる。

 

「よーし、ギリセーフかな?」

「……た、助かった……」

「ま、お疲れ様だな、トライヘキサ」

 

 トライヘキサの膝を押したのはサタナエル。オーフィスに黒い触手を接続しているのは堕天使の上半身に、蛇のような下半を待つ存在、サマエルだった。

 

『…起き抜け早々、困ったものです。サタナエル、これは貴方の言う一回にカウントしても?』

「いやいや!これじゃ無いからね⁉︎どんだけ帰りたいのかなぁ⁉︎おじさんちょっとウルって来ちゃうよ⁉︎」

 

 艶やかなため息。やっぱり来なければよかったと言う意思がありありと伝わる顔色のまま。

 オーフィスは動かない。本能で蛇は感じ取っていた。この触手の持ち主の意思次第で自らの今後が変わると。

 

『…貸し一ですからね? …聞こえていますか?オーフィス。聞こえているのなら一度だけ手を振ってください』

 

 細い腕が振られた。

 

『頼みは単純です。今直ぐこの場を引いてください。勿論、ただでとは言いません。其方の要求を此方は出来る限り飲むつもりです』

 

 ずるり、と口から触手が抜かれた。しかしながらそれは即座にオーフィスへ巻きつき、下手な動きを決して許さない。

 

「…真の静寂。だけど、グレートレッド、邪魔。力が、トライヘキサが、欲しい」

 

 やはりか、とサマエルは内心冷や汗をかく。トライヘキサを引き渡そうにもサタナエルが許さないだろうし、そもそもグレートレッドは失うわけにはいかない。あの龍は消してはならない『楔』のだ。

 

 だから───。

 

『……トライヘキサの提供はかないませんが、あなたの言う静寂の類似品なら今すぐにでも渡せます。それを飲んでは頂けないでしょうか。そちらにとっても、悪い話では無いと思いますが?』

 

 蛇の持つ目的に近いものを渡す。静寂など探せばいくらでもある。東洋にある地獄の一種、 ギリシャのラビリンス、サマエル自身がいたコキュートス、綱渡りで仏門に送るのも可能性の一つとして頭に留める。

 

「……………本当?」

 

 思わずガッツポーズを「ッシャオラァ!」と取る天使二人組。それを「えぇ……」というドン引きと困惑の眼差しを送るトライヘキサ。

 

『ええ、ええ。私、嘘は嫌いな性分なもので。では、サタナエル』

「あー!あー!ええっと⁉︎ハーデスのおじいちゃん聞こえてるかなぁ⁉︎いやね、ちょっと大っきなお土産が出来ちゃってさぁ!」

 

 問題解決の糸口は思いのよらない所に転がっていた。しかし、それに巻き込まれる者は、デカ過ぎる爆弾を抱え込むことになるのだが、後にその神物とその妻が再び子煩悩に染まるのはまた別の話。

 

「……そういや、出頭前に暴れちゃったな……どうしよ…え、これ曹操達に責任いかないよね⁉︎大丈夫だよね⁉︎」

 

 神の気まぐれさを知るトライヘキサの焦る声が、荒れ果てた大地と白み始めた空によく響いた。

 

 

 

 




ハーデス「パスがデカすぎる」
ペルセポネ「…やっぱり兄弟ですね!」
ハーデス「浮気ではないからな⁉︎」


Q.なんでオーフィスと喧嘩してたの?
A.二人とも精神が幼いので簡単に喧嘩になりました
オ「グレートレッド倒そう」
ト「え、やだ」
オ「倒そう」
ト「いやだ」
以下、繰り返し。
   ↓
クロスカウンターから始まる戦い。


Q.なぜ伊邪那美は前々から動かなかったの?
A.白龍皇が『出雲で死ぬ』事を待ってました。黄泉の国から力が届くのは伊邪那美でも『神が集まる出雲』だけという設定です。あと普通にこれ書き忘れてました。すまない。

Q.今回雑…雑じゃない?
A.こればっかりは本当に申し訳ないと思っている。


次回、『青色宛のタネ明かし』

「どこから話したら良いかなぁ?」
「僕らの知ることは、僅かだ」
「だがそれを貴様は欲しているのだろう?」

聖書陥落実行まで、あと一頁。


「───白音、私と一緒に、逃げるよ」






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