黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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 十月、それを出雲では神在月と言う。





宣戦布告

 十月某日、三大勢力の必死な呼びかけの元『世界神話会談』が開かれる事となる。

 開催地は日本神話の出席者である、伊邪那岐大神の要望により出雲と決定。三大勢力は白龍皇の一件や領地の事もあり、これを飲まざるを得なかった。

 

 会談開催時刻は早朝五時。

 

 現時刻は午前三時。だというのに、すでに多くの神々が出雲へと集いつつある。

 

 例えば、ダーナ神族の長老であるダグザ

 例えば、メソポタミアの冥府神エレシュキガル

 例えば、ゾロアスターの最悪神アンラ・マンユ

 例えば、インド神話の破壊神シヴァ

 例えば、北欧神話の悪神ロキ

 

 その光景に会場護衛を務めるサイラオーグ・バアルは気圧されたのか、瞳孔を開き微動だにしないまま冷や汗を流すのみ、

 そしてこれは彼だけに限らず、塔城小猫の失踪に心をすり減らしていたグレモリーやその眷属達もまた、同じだった。

 

「…なぜ、こんなにも早いのでしょうか…?」

 

 境内、早すぎる神々の集まりに天使長であるミカエルは首をかしげる。その声は疑問や腑に落ちないと言った色を隠さずにいられない。

 通りかかった黒髪に碧眼を持つ男神、伊邪那岐大神はその腕を妻に抱かれながらも平気そうに先程から悪魔や天使に限らず神などとも話まくっていた。

 

「世界中の神々が集まる事態なんて、紀元前以来だからねー。そりゃあ皆何事かと思ってくるよー。実際それほど大変なんでしょ?」

「え、ええ。急を要する事態です。ですので、早く集まっていただけたのは非常にありがたいのですが…」

「にしても早すぎるーって?あはは、考え過ぎだよ。も少し肩の力を抜こうぜ?

 神々(ぼくたち)は、別に()()()()()()()んだからさ」

 

 含みのある言葉と微笑み。其処にあるのは決して善意などではない。もっと形容し難く複雑な何か、例えるならば楽しみを待つ幼子の様であり、答えを得た厳格な仏僧の様に見える。

 

「それはどういう───」

「それじゃ僕ら二人はこの辺で」

 

 追求しようとする天使を煙に巻く。妻を横抱きにして男はそのまま社の奥へと消えようとする。何も教えず、何も知らせず。

 

「っ、何処へ⁉︎」

 

 だが呼び止める。放置してはいけないと、天使の頭の中で警鐘が何度も何度も鳴り響く。

 『どちらでもいい』その言葉の真意を聞こうとする。知らなければならない、無知のままでは恐ろしい事になる。

 

「おいおい禁欲的だな、別に妻と一緒に寝るぐらいどうって事ないでしょ?久々に会えたんだ。一夜くらい邪魔しないでおくれよ」

 

 だが神はもう一度煙に巻く。お前に教える気は無い、言外にそう告げていた。

 からん、ころん、と下駄を鳴らして伊邪那美とともに伊邪那岐は鳥居の奥へ奥へと消えてゆく。二人だけの世界へ消えてゆく。

 

「……」

 

 いつの間にやら境内では宴が起きている。酒を知己の仲と共に喰らい飲む者、互いの武芸を図る者、ただただ騒ぎ笑う者。

 ミカエルはそこに違和感を待っている。目に見えない、自分も知らないなにかがうねり、動いている様な錯覚。

 そして今朝より止まない胸騒ぎ。

 

「? どうしたんだ、ミカエル」

 

 様子のおかしい天使長の身を案じてサーゼクスがそう呟いた同時だった。魔王と天使長は自らの喉元が鎌にすらりと撫でられた感覚を覚え、咄嗟に喉元に手を当てる。

 だがそこには何も無い。彼ら二人の手は綺麗に大気を掴むだけで、そこには本当に何も無い。

 

《ああ、すまんな、蝙蝠に白羽よ。今日の私はどうやら、年甲斐も無く浮かれているようだ》

「っ、貴方でしたかハーデス」

「…ハーデス殿…」

 

 鳥居から現れた神、それは紛れもなく冥府神。

 黒色の司祭服に、被るのはミトラ。

 その顎骨カタカタと鳴らし魔王と天使を嗤う。

 

《しかし到着が早過ぎたな、まだ二時間ほどあるか。…どうせならもう少し長くペルセポネと話しておくべきだった…おのれデメテル……》

 

 額に手を当てるハーデス。その声色からは心からの悔いを感じさせる。彼は未だ驚きの中にいる天使や魔王にはもう目もくれず、そのまま社へと歩きを進めていく。

 

 そうして、予定より早く全ての神々が集う。

 やがて定刻となり、会談が始まった。

 

 ■

 

 

 黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)『トライヘキサ』。

 その存在そのものが罪である命。破壊しか知らず、見境なき破壊しかもたらすことのできない終末の獣。その実力と恐ろしさは、オーフィスやグレートレッドと並ぶ程と言えば伝わるだろう。

 

 この獣は遥か太古に『聖書の神』の手により封じられていた筈だったが、急遽復活を果たし、恐らくはソロモンの率いる勢力と共に冥界へ破壊をもたらした。

 

 その復活を手引きしたものは誰か?

 

 それは人類を裏切った王『ソロモン』。

 かつてのイスラエルの王にして神の叡智を手にした男。誰よりも人間を憎み嫌った者。人類を破滅へと導いた弩級の危険人物。彼はその大罪の償いとして聖書の神にその身を焼かれ、バビロンの穴へと遺体を落とされた筈だった。

 

 だが彼は数年前ディハウザー ・ベリアルの手により復活し、暗躍を開始していた。禍の団は彼と、彼の率いる勢力の手によって滅ぼされたと見て良いだろう。

 

 彼らを野放しにすればどうなるか、それは想像に難く無い。だからこそ、我々は手を取り合い、彼等と戦うべきだ。

 魔王サーゼクス・ルシファーはそう嘯いた。

 

「………ふっ」

 

 だが帰ってきたのは同意の喝采でもなければ、決意の言葉でも無い。ただの沈黙。同意か、拒絶か、三大勢力はそれすらも分からない。

 

「…何かと思えば、下らん。『世界を守るヒーローごっこ』がやりたいなら、今までと変わらず勝手に貴様らだけでやっていれば良い」

 

 欠伸とともに北欧の悪神は沈黙を破り告げた。その発言を皮切りに、彼に同調するかの様な空気が神々の間だけで流れる。

 それに対して三大勢力の頭角達には困惑と驚愕のみが広がっている。

 

「どういうつもりなのか、お教えいただきますか?」

 

 堪らずにミカエルは声を絞り出す。だが当のトリックスターはその発言に耳すらも貸すことはない。

 ロキと同じ意思なのか、冥府神ハーデスは興味すらも見せず淡々と事務的に答える。

 

《貴様らと手を組む理由が、我々には無いという事だ。今までの身の振り方をよく考えるのだな、それでも分からないのであれば貴様らは生粋の愚か者というに相応しいだろうよ》

 

 もはや侮蔑の声色も意思もない。ただ事実を述べるだけであり、その言葉にも感情がない。関心は完全に無くなっている。

 ロキとハーデス。彼等二人は他の神話体系との協調、同盟に対して否定的と言っていい。それも聖書に関しては特に。

 

 ギリシャ神話と北欧神話は、彼等をこの場に何の拘束もなく送った。それだけで彼等の意思は伝わるだろう。

 

「…言ってくれるじゃねぇか、ハーデス、ロキ。だが俺達の話を聞いていたのか?世界が滅びる瀬戸際なんだ、なのにアンタらの下らねぇ我儘を押し通すつもりか?」

 

 だがアザゼルは噛み付く。お前達と俺達では背負っている物が違うとでも言うかのように糾弾の眼差しを神々に当てる。

 その様相に堪らずにくつくつと全ての神々は嗤う。知恵者が無様を晒し続ける者を嘲笑するかの様に。

 

《ここまで綺麗にブーメランを投げるとはな、恐れ入ったぞ鴉頭。世界が滅びる瀬戸際?馬鹿を言うな、()()()()()()()()()()だろう?》

 

 呆れと見限り混じりのため息。馬鹿馬鹿しいという態度を隠そうともせず、ただただ率直に告げて行く。

 我慢の限界か、それともただの気まぐれか、沈黙のままだった悪神もまた率直に告げた。

 

「そもそもの話だ。黙示録の獣は無差別な破壊しかもたらせないと言っただろう?では何故、件の獣が復活しているというのに、私達は無事で、お前達だけは痛手を負っている?」

 

 その発言で決まった。

 

「───結論は出た。全ての神々に代わり、伊邪那岐大神が決を述べる。我々はこの先、どんな事があろうとも汝らと手を取る事は無い。それが我等神々の決定であり、意志とする。構わんな?」

 

 否定の声も、拒否の声も、改正を求める声もなかった。それが全てを物語った。

 『どうして』そんな声に対する返答も最早ない。

 構わずに伊邪那岐大神は続ける。

 

「そして今ここで黙示録の獣にも決を下そう。本意ではないと言え、多くの命を奪った。それに耐えきれず、自らその命を絶とうとした。

 自害してでも逃げたかった己の罪と、人間達と向き合い、星が滅びるその日まで永久にその鼓動を続けろ」

 

 唖然とした。まるでトライヘキサのが真っ当な感情と知性を持つ命であるかのように言葉を続ける神と、それに何らかの苦言すら呈さない他の神々に、三大勢力のトップ達は放心する他なかった。

 

【……ありがとう、ございます】

 

 唐突に、声が響いた。それと同時に会場の中心、三代勢力代表達の前の空間に亀裂が走り、やがて砕け散り、穴が開く。

 そうして会談場に彼は現れた。六枚の異種の翼、天に背くが如く十の角、少年と遜色変わりのない、白く輝く肉体を持つ者。

 666という数字を背負う者、トライヘキサ。

 

 彼に続き、穴から三人の人間がその場に姿をあらわす。

 

 例えば、青龍偃月刀と聖槍を背負う男。

 例えば、濃霧をその身に纏わせた男。

 例えば、無数の聖剣を腰に携えた女。

 

 不意に二槍を背負う人間が何かを二つ程投げた。それは空中で綺麗に弧を描き、サーゼクスの足元へゴトリと落ちる。

 それは首だった。霧散する事を許されずこの世に残された、討ち取られた確かな証。

 

「リュディガー・ローゼンクイツ…!

 ロイガン・ベルフェゴール……!」

 

 サーゼクスは呻くようにその首の名前を呼ぶ。だが当然、返事が返ってくる事はない。

 アザゼルは驚愕に身を目を剥き、ミカエルは冷静に勤めて光槍を構え、そしてサーゼクスは怒りに歯を鳴らす。

 

「…その二人は強かった。だがそれまでだ。肩慣らしにさえ、成りはしない」

 

 二槍をその手に持った『革命家』曹操が『紅髪の魔王』サーゼクス・グレモリーへとその穂先を向けると同時だった。

 濃霧を見に纏った男はアザゼルと、無数の聖剣を携えた女はミカエルと対峙する。

 

「───ねぇミカエル、(おれ)は今度こそ、あの日焼け無かった天を燃やし尽くすよ」

 

 数多の聖剣に足を進ませる事を阻まれた天使長に、薄く開いた少年の唇は、そう告げた。

 

 

 

 ■

 

 

 

 十月、多くにとって突然に、それは起こった。

 規模不明組織による、聖書勢力への奇襲。

 その全ては成功し、多くの手練れが落ちた。

 

 そして、大いなる都の徒(バビロニア)と、首魁の一角であろう曹操の名で。ごく短い声明が、世界に発信される。

 

To Bibles welcome to the abyss. (聖書に記されし者達よ、奈落へようこそ)

 

 それは、全ての聖書の存在に対する、明確な宣戦だった。

 

 三大勢力は、リリス陥落、アグレアス大破の前例もある事で、この狂気の勢力との対峙を余儀なくされ。

 冥界に住む悪魔達は、断頭台への道を歩んでいる事に今更気づいたかのように、それに恐怖するしかなかった。

 

 




〜会談に行きたかったけど来れなかった方々〜
閻魔大王「人口爆発とか仕事増えるから勘弁」
帝釈天「万一の留守番とか必要かい仏様ァ⁉︎」
天照「お母様暴れてないよな…?」
ポセイドン「なぜ駄目なのだ兄弟よ⁉︎」
■■■「冥界の下にいる」
オーディン「【悲報】新しいエインヘリャルが早速ロキの奴に連れてかれたんじゃが【早くね?】っと…」

次回更新ですが、旅行に行くので一、二週間後くらいになると思いますので、どうか気長にお待ちください!

次回「聖書殲滅戦線」



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