黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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私「課題の存在を忘れていた私が通りますよ」
教「死にたいらしいな([∩∩])」

皆さんも、ちゃんと課題、やってます?



ああ、それでいい。
早く壊せ、壊すのだ。
全てが手遅れになる前に。
舞台は整った。
あとは劇場の幕を開けるだけ。




王の眼

 曹操から三大勢力に対する宣戦より数時間前。魔法使い協会「灰色の魔術師」最奥の書斎では漸くソロモンが意識を取り戻したと同時だった。ギャスパー・ヴラディが鍛錬を終え合流した。

 

 ソロモン達は準備の後出発を決定。その場に居たデュリオ・ジェズアルドとゼノヴィア・クァルタとは別れる事となる。

 

 しかし此処でゼノヴィアはソロモン一派に頼み込んだ。『一緒に連れてってくれないか』と。

 彼女は確かに世界の殆どを知った。だからこそ行動をしなければならなくなった。知った者が故の責任、そしてソロモンはこれを了承した。

 

 戦力は多い方が良い。

 

 ■

 

 ゼノヴィアは静かに装備を纏めていた。ソロモンから受け取った魔術的な加護を受けた黒いコートを羽織り、デュランダルを腰に携える。

 

「……」

 

 机上に置かれたメンテナンス明けの銃を静かに眺める。これは紛れもなくフリード・セルゼンの使っていた光銃だ。

 自らが無力だった故に死なせてしまった存在。あの時もし私が強ければ今も変わらず私達は一緒に働けていたのだろうか?

 そんな事を考えては自嘲した。

 

「…今更感傷に浸っても、な」

 

 コートの内ポケットに光銃を入れれば、静かにそれなりの重さがのし掛かる。それが何となくだが、何処と無くゼノヴィアの心を暗くする。

 そんな彼女見かねてか、それともどこか思う事があったのか。ギャスパーはコトリ、と近場の机に炭酸飲料の缶を置く。

 

「…………」

 

 だが彼は何も言えずにその場を去ってしまう。何と言ったらいいのか、分からなかったのだ。

 

 それをソロモンは黙って眺めているが、その表情は読み取れない。憐れみなのか、無関心なのか。

 

「…後悔してるのかい?」

「───ッ…」

 

 この男にしては意外な事に踏み込んだ。

 少女はその身体と顔を強張らせ、肩を一度震わせては静かに王の方へと振り返る。

 王の顔はようやく露わになった。その双眸はある種の力強さを感じさせ、気圧されたゼノヴィアは微かに震える己の腕を抑えながら、目の前にいるのは正しく王なのだと実感させられる。

 

「…フリードは役目を果たした。だからこそ僕は進めてる。あの男が託したバトンは計り知れなく大きいものだ」

「───……」

 

 仲間を失った者なら必ず辿り着く珍しくもない後悔。だから王はそれを咎めたりせず、ただ己の話をマイペースに続けるばかりだ。

 

「丁度いい。僕の計画について話して置こっか」

 

 ソロモンは自らの目の下を指で軽やかにトントンと叩きながら席に座るよう顎で促した。

 ゼノヴィアは、特に何も言わず席に着くが、それまでの足取りはまるで荒野をさまよう羊飼いの様にふらふらとしている。

 

「 第一の目標は『黙示録』の破壊。それの下準備として、最低でも三人の『楔』が欲しかった。その『楔』っていうのはフリードや曹操、そして、君の様なイレギュラー」

 

 『黙示録』、それは全てが聖書にとって都合良く進み、背く者には最悪の道筋へ誘導されるという、神から世界へと刻まれた忌々しいルール。

 

「本来ならあり得ない事、不可能でしかない事を成し遂げる者。それが敷かれた台本を何よりも乱すのさ。『予定調和なんて糞食らえ』って感じでね。事実今の三大勢力はジリ貧と言ってもいい。そしてその歪みを修正する役割だった兵藤一誠の覚醒は起こらず、故に木場佑斗は死んだ」

 

 だがそれは決して恒久的な物では無い。

 世に死なずのまま存在し続けるものなど無い。

 世に綻びの無いものなど存在してはならない。

 

「だけど駄目だ。『楔』を打ってヒビを入れた程度じゃ駄目なんだ。プログラミングに不備があれば必ず修正される様に、『歪み』は必ず誰いつか誰かに修正されてしまう。そういう風に『黙示録』は出来てるから、完膚無きまで壊さなきゃ駄目なんだ」

 

 だというのに綻びは直されてしまう。いくら乱そうが揺らそうが意味はない。故にこの世から消し去らねばならない。その綻びに刃を入れ引き裂かねばならないのだ。

 

「壊すのは僕の最後の花火さ。そして今や『黙示録』は壊せる程にまで脆くなっている」

「じゃあ、なんで今すぐにでも壊さないんだ?」

 

 綻びから裂くナイフは既に手の中にある。

 ギロチンを落とす紐はその手にある。

 なのになぜ手を下さない?

 

 ソロモンはただ苦く笑った。額に手を置けば大仰な溜息を吐きながらそのまま背もたれへと全体重をかける。

 

「…『見えない』んだ」

「『見えない』とは?」

「『未来視』ってあるだろう?僕は自分の目に占術を何十にも重ねてそれを擬似的に可能にしてるんだけど…特徴があってね、見える未来は一つじゃなくて複数なんだよ」

 

 これがソロモンの強みにして弱みでもあった。彼の持つ未来視で観測可能なのは一つの道筋では無く、数多の道筋。

 それはいくつかの"あり得る未来"。実現の可能性が高い未来ならば年単位で。逆に不確定な未来は近い将来までが見える。

 

「なるほど…それで、見えないというのは?」

「言葉通りの意味だよ。因みに僕が黙示録を壊さないままだと、三大勢力が全部解決大団円って未来しか残ってない」

「それは……」

 

 語られた未来でゼノヴィアの中に怖気が走る。

 悪魔を殺したフリードの名は穢されるのだろうか?

 アーシアは私達を幇助したから捕らえられるのだろうか?

 私はやはり殺されるのだろうか?

 

 その未来において人間(わたしたち)は、人間らしく生きているのか?

 

「… 話を戻すよ、僕は『黙示録が破壊された場合』の未来を探して、見た。するとその破壊後の未来が全て観測できない。全領域が真っ暗闇で見えないんだよね」

 

 だから動けなかった。過去においてもこんな事例はなかったのだ。それ故においそれと実行に踏み出せない。

 未来領域観測不可。その理由は未だ不明だ。その未来では世界そのものが消失しまったのだろうか?それとも神がなんらかの細工を施したのか、どちらかだ。

 

「けどまぁ、手が無いわけじゃない。これから僕は二天龍の片割れ、赤龍帝を殺しに行く」

「…兵藤一誠を、か。だがなぜ赤龍帝なんだ?奴よりサーゼクス・ルシファーを抑えた方が良い気がするが」

「へ? 誰それ?」

 

 少女の思考が一度止まった。最強の魔王、超越者の一人、悪魔にとっても重要な存在を『誰それ?』と目前の男は素で言い放った。だが数秒の沈黙の後、手を叩いては納得したような声で。

 

「あ、あの自分の事を悪魔だと思い込んでる異物ね。彼は放置放置。面倒だし無能だし馬鹿だし周り見えずだし自惚れだし独り善がりのワンマンプレイ野郎だし。それにサタナエルお気に入りのイレギュラーである曹操が彼と戦うらしいし、構わなくて良いよ、時間と体力と運動と視力の無駄無駄」

「えぇ…なんだその罵詈雑言のオンパレードは……いや、しかしその曹操も人間だろう?それこそトライヘキサやクロウ・クルワッハを当てた方が…」

 

 それを聞いた瞬間だった。

 灰色の魔術師理事は額を手で押さえ、三日月と血濡れを意味する名を持つ邪龍は破顔し、その身に魔神の断片を宿す少年は苦笑する。

 その光景にゼノヴィアは困惑する。なぜ皆一様にこのような反応を示すのだろうか?

 答えは早期に現れた。叫び声といっても差し支えないほどの笑い声が小さな部屋の中で響き渡る。耳を割かれそうになる叫び笑い。そこに正気など存在する理由も摂理も無く、在るのは三千年と言う永くい時を得ても尚癒されない狂気だ。

 

「化物程度が人類に勝さると思っているのかい?

 人類は始まって以来多大な犠牲を払ってでも、矜持をへし折ってでも、卑怯だの正当ではないだのと言われても、何食わぬ顔で不可能を可能へと変貌させた正真正銘のイカれにイカれた集団だよ?

 悪魔が悠久の寿命と高度な身体能力、異能の力を持っているからといって、人間が負けると思ったのならば大間違いにも誤算にも読み違いにも見当違いにも謙虚にもほどがある。

 何度でも言うよ、世界を破滅させるのは、人間自身だ」

 

 だがその口から吐かれたのは王が今までに見据えた人類の評価だ。そこに誇張もなければ奢りも無い。何処まで行っても救いようの無いほどの正統に過ぎた評価。

 過程にある美も光も認めよう。だが忘れては無い。僕は光の前に先んじて醜と闇を見た。その矛盾の内包があってこそ、世界を終わらせる知性体、最弱にして最悪の霊長、空想の最高養分にして特級猛毒、即ち───『人類種』

 

「…何を見たんだ、何を知ったんだ?」

「全ての一部、一生をかけても、悠久の時を生きても、あらゆる禁書を納めても尚、たどり着けないであろう人類種の本質、その末端」

 

 彼を構成する要素、聡明と愚を持つ父、数多の兄妹、唯一真心から愛した妻、彼の真意を知らずも彼を慕った民達、王の目論見にのった人を愛した悪魔と快楽主義者。

 彼等が、彼女等がいなければこの王はどのような道を歩んでいたのだろう───。

 

「……なるほど、たしかに、王だ」

「平凡な、ありきたりな、が前につくけどね」

 

 ケロリと笑ってソロモンはパンパンと手拍子を鳴らしては場の空気を僅かであるが整えた。

 

「赤龍帝を狙う理由に於いても話しておこう。先程言った通り、黙示録の破壊が達成されなかった場合の未来では三大勢力の大団円で終わりだ。ではその物語の主役は人類から誰へすり替わったのか。答えはいたって単純、二天龍だ」

 

 だからソロモンは恐らくは分岐点である赤龍帝の殺害を決定した。彼をこの世から葬れば観測できる未来に何等かの変化があると見込んだのだ。未来なんてものは、ほんの些細な事で変わるのだから。

 

「そもそも二天龍はその為に聖書の神が『本来の赤い竜と白い竜を真似て』作った。『黙示録』の乱れを調整する事が彼等の存在意義、だけどあの二匹はどういう事か神の元を離れ、本物よろしく争って暴れるようになった。だからこそ討たれ、その役割は二天龍の神器を持つ者へ託される事となってしまった」

 

 語りながらソロモンは一振りの剣と、真鍮で出来た一個の壺を何処からとも無く取り出した。それを見たメフィストは露骨にその顔をしかめ、そそくさと椅子の後ろに隠れる。

 

「本来の二竜はスィッズとスェヴェリスの物語にも記されている通り、今も尚安らかにヴォーティガンの砦の下に眠ってる。お疲れだったから無理もないね」

 

 パチン、と刀身に緑の石が散りばめられた剣を鞘に収め腰に携えては懐に真鍮の壺を入れ込み、本棚から一冊の書物を取り出し、そのままポケットに詰め込んだ。

 語り終えた時の中、ゼノヴィアはただただ放心していた。今日一日で得た衝撃は多すぎた。故に頭が痛むし、未だ困惑の中にいる。

 それと過去に会った赤龍に微かな哀れみを。

 

「だから殺す。今代の調整役をね」

「白龍皇は放置していいのか?」

「いやなんか、あいつは勝手に死んだ」

「嘘ォ!?」

 

 ゼノヴィアの反応が余程可笑しいのか、童の様に王は笑う。

 そんな彼の身に纏われているのは、もう権威を示す王衣などでは無い。彼はもう王である必要は無くなった。彼は漸くただの人間としてその鼓動を刹那であろうとも続けられる。

 だが自由では無い。王であった責任を彼は伴わねばならない。一度導いたからこそ全うせねばならない。

 

「とまぁ、長々と話したけれども、結局の所言ってしまえば僕がここまで来れたのは、曹操やフリード、その他大勢が自分の役割を成し遂げてくれたからさ。だからこそ僕は進める、戦える。あいつ等の作ったチャンスを無駄にしたくは無いから」

 

 だからこうかいなんてしてやるもんか。

 おうさまはそういいました。

 それをきいたおんなのこは、うつむきます。

 でも、ないてなんかいません。

 ひかんにもくれていません。

 

「…ああ」

 

 あげたかおには、はれやかなえがおがあります。

 すこしおちこんだけど、もうだいじょうぶ。

 だって、かのじょは、

 

「私も、同じだ」

 

 もくてきを、みうしなわなかったから

 

 

 

 

 ■

 

 

 

「行くのかい?ソロモン」

「ああ、匿ってくれて助かったよ、メフィスト。そう言えば君の眷属はどうする?なんならここに連れてきて事情を説明してもいいけど」

「あ、いいよいいよ。そのままで。最初は面白そうって思ってたけど、思いの外つまんなかったし、眷属ごっこ」

「了解、なら連れて来ないよ。そうだ、クルワッハ。君に一つだけ頼んでおきたいことがある」

「? 改まってどうし───⁉︎」

「説明は移動中に。念には念を入れるさ」

 

 

 

「じゃ、僕の指輪を頼んだよ」

 

 

 

 

 

 




Q.ロキの連れてきた護衛はだれなの?
A.エインヘリャルなんだから英雄だよ
Q.名前を教えろよデコ助野郎!
A.伏せさせて頂きます。
Q.ソロモンの持ってた剣って?
A.ソロモン剣で検索検索ゥ!





ああ、獣が来る。
私を喰らいにやって来る。
私を殺しにやって来る。
分かり合えぬか。
共に愛を抱きながらも、
なぜ理解しない?なぜ認めない?
お前も美しいと思った筈だ。
お前も素晴らしいと認めた筈だ。
人が試練を乗り越える様を。
…私はお前から子らを救うぞ。
絶対に、必ずに、きっと、だ。


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