黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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(´書`)<トライヘキサを主人公にしてみたかっただけなんや…


獣の胎動
黙示録の時は今来たれり


 ───どうして。

 

 とある幼い獣の話をしよう。

 彼は長い間、幸福の中に居た。

 誰にも知られ無い地で世界を眺め続けていた。

 側から見ればそれは実につまらない物なのかもしれないが、彼にとってはそれが唯一の娯楽であり、楽しみであり、癒しであった。

 

 時に人の世に降りた事もあった。

 多くの人と関わりを持った事もあった。

 その時は、『災厄を振りまく皇獣』としてでは無く、『一匹の少し珍しい形をした獣』として。

 

 

 彼は余りにも多くの歴史と命を見た。

 

 

 無から悠久の時を経て宇宙が生まれ、

 数え切れないほどの星が形を成し、

 無限にも等しい数の神が構築され、

 余りにも幼い生命が産声をあげた。

 健やかな繁栄、順調な進化、人の誕生。

 生を賭した争い、加速する繁栄、代償として来たる衰退、絶える事のないその繰り返しを生命を愛する故に憂う神。

 

 無限を体現する蛇も生まれた。

 次元を泳ぐ赤龍とも出会った。

 太陽の神と友となった事があった。

 友の勧めで人の里に降りた事もあった。

 己に怯える事なく笑みをくれた人がいた。

 永い孤独の果て、無数の生命と関わりを結んだ。

 

 農耕を手伝ってみた事もあった。

 力持ちだね、と村の老婆が魚をくれた。

 おかげで助かる、と村の人が頭を撫でてくれた。

 寒さに震えた童が暖を取りに来た時もあった。

 その時は、共に眠り朝を迎えた覚えもある。

 

 人に憧れ、その姿を真似た事もある。

 角が残ってしまったが、よく真似出来たと思う。

 事実村や旅人は「めんこい」だとか、「息子にそっくり」だとか、髪を撫でながら褒めてくれて、受け入れてくれて、寝食をまた共にした。

 

 

 …小さな獣は、この世界が大好きだった。

 混沌でありながら秩序が存在し、

 自由でありながらも節度を持ち、

 不幸でありながらも幸福であったこの世界が。

 裕福で無くとも幸せな事もあった。

 富があろうとも不幸な事もあった。

 言うなれば、『中庸』の世界だ。

 

 やがて、瞬きの間に時は過ぎ神も地に降りた。

 今の世界を守りたいと言った。

 人の子を良き道へ導きたいと願った。

 少しだけ成長した獣はそれを喜んだ。

 もっとみんながしあわせになるとおもったから。

 …今でも、その誤認が悔しい。

 何故あの時気づけなかったのか、

 いち早く気づけたのなら、少しでも早くこの狂いを止めることができたのに。

 こんな事をしなくても良かったのに。

 こんなにも多くの血を流さなくて良かったのに。

 

 ───時が過ぎ、獣は吠えた。

 

 誰も救わなかったではないか。多くの命を見捨てたではないか。それで救いをもたらす存在などと宣うのなら笑わせる。

 天使は救いなど落とさなかったではないか。無辜の人々へ唯一神への隷属を強要したじゃないか。貴様らの測る天秤に押し留めた。果てには信仰を阻む者を悪と決めつけ排除した。この事実を間違いなどとは言わせない。我が友を悪魔へと落とした貴様を、(ぼく)はこの命が尽きても許さない。

 

 こんなものが「正しい人の形」であるものか!

 こんなものが「平穏な国」であるものか!

 こんなものが「最優な世界」であるものか!

 

 辛いことばかりだ!お前は何の為に。お前は誰の為に!こんな、───こんなにも残酷な鳥籠を作り出したというのだ! 人の手に超常の力なんて物は要らない!そんな物が無くとも、今日という日まで逞しくこの荒野を生きて生きて生き抜いた!…頼む、頼むよ…お願いだから、もう皆の墓標から尊厳を奪わないでくれ!…いやだ、いやだよ…やめてよ……、みんなを、とじこめないで…。

 

 ───おお、神よ。愚かなる偶像よ。その空想と虚構に満ち足りた先の無い救いに滅びあれ。

 貴様の救済(こたえ)は、誤りと証明された。

 

 獣は憎しみだけで生きていた。

 獣は悲しみだけで生きていた。

 獣は怒りだけで生きていた。

 

 聖書を殺す。その一念で鼓動を続けた。

 人に化け、十の角を隠し、命に紛れ彷徨った。

 力を求めた。聖書を焼き尽くせる力を。

 ……ああ、どれほど放浪を続けたのだろう?

 悪魔や堕天使が生まれた。

 天界という世界が生まれた。

 冥界という世界が生まれた。

 総じてヒトの世界に不要なものが生まれ過ぎた。

 

 …硬い岩地に倒れ伏す。

 息が薄い。鼓動の音が遠のいていく。

 視界が黒い。陽に照らされているのに寒い。

 感覚が無い。口の中だけが鉄臭い。

 命の限界にたどり着いた。

 

 永い、永い放浪を続けた。

 多くの『龍』や『竜』と出会った。

 多くの良き人々にも出会えた、伝えた。

 だけど我慢はできなかった。

 全てを知った。全てを知ってしまった。

 この事実をまだ伝えなければならない。

 この記憶をまだ残さねばならない。

 

 ■ ■

 

 多くの天使や悪魔や堕天使を殺し、彷徨い続けた。

 朝起きては人里を求め歩き、昼には動物を殺し血肉を貪り、それが無ければ草や木の皮を齧り、砂で空腹を埋めた事もあった。そんな日を過ごして、夜には眠った。疲れを癒した。けど、この日は真夜中に起こされた。

 サタナエルと、(■く)を起こした者は名乗った。

 

 彼は捲し立てる様に語った、私は故障している。彼は語った、私は今から君に全てを話すだろう。彼は語った、禁を破ってでも伝えなければならない。彼は語った、ここではないどこかにきっと神に不信を抱く民がまだ存在する地があるはずだ。探せ。そして伝えて下さい。きっとすべてが元通りになる。

 

 

 『神聖四文字(テトラグラマトン)天使ら(私達)が語る「安寧」という誘惑の対極として、わざと反逆者ルシファーと悪魔を生み出し「自由」という誘惑を用意し、人の子に悩みの中で他人と寄り添う道を歩ませました。』

 

 彼は語った、いまや私が可能なことは、一人の異分子に全てを託すことだ。■■■■の影響を受けない、外側の観察者を。

 私は藁をつかんだ。私はあなたを選んだのだ。

 

 『神が最初から意識していたのは人間だけであり、悪魔も天使も堕天使も単なる駒に過ぎませんでした。天使の掲げる安寧の楽園も、それを目指す過程が重要なのであって、秩序に従って黙々と生きる世界は別に望んでなどいなかった』

 

 天使の故障を放置し、数多の天使を屠った事も気に留めないなど、天使については多分心底どうでもいいと思っている。

 そして、ルシファーを始めとする堕天使が「我が父よ、神よ、なぜ応えてくれないのです!我々を認めてくれないのです!」と神の存在を求めもがく姿を、当の神は「そうだ、それで良い」と言って見ていたのだ。

 

 ■ ■

 

 それでも、獣の灯火は薄い。

 もう彼も疲れたのだ。

 磨耗しきって、擦り果てて。

 それでも頑張って、頑張って。

 

 ひとのために。がんばってきたのだ。

 いしをなげられても、いたんといわれても。

 あきらめないで、まえをむいてがんばった。

 

 人に化ける事も、もう出来なかった。

 狼の様な、熊の様な、龍の様な仔獣がいた。

 全身傷まみれで、体毛は血が乾いて黒色で。

 真新しい傷はじくじくと傷は喘いでいた。

 

 ひゅー、ひゅー、と喉笛はおもちゃみたいで。

 今日に限って空はこの上無い程に晴れていて。

 周りには砂を含んだ風だけが吹いていたんだ。

 

 瞼がゆっくりと、本当にゆっくり閉じる。

 視界が真黒に染まっていく。

 命の火が消える感覚と無念を抱いて。

 この空の下、獣は息絶えたのだ。

 

 否、絶えるはずだった。

 

「ああ、そうか」

 

 後に悪魔と数えられる天使は再び禁を破り、数多の光槍に身を貫かれながらも、血を吐きながらも息絶え絶えで、それでも楽園から一つだけ林檎を手に取り、死に絶えた獣に寄り添う様に地上へと降り立つ。

 

「私の『故障』は、正しかったんだ」

 

 その実は、死した獣の口へ運ばれた。

 獣は今ここに、第二の生を手に入れた。

 獣としてでは無く、人として。

 

 獣であった少年は眼を覚ます。

 静かに涙を流した。

 己の側に在る白い羽と齧りかけの林檎。

 それが全てを語っていた。

 

 何体もの天使が槍を構え降りてきた。

 拳を握る。戦う決意を抱いた。すると、十の角が生えた。更に、身体が白く輝き始め、鳥や竜、蝙蝠など、あらゆる獣の翼が六枚程背の肌とボロ布の衣服を引き裂き、飛び出した。

 

「──────、行こう」

 

 声が出た。人としての声だ。

 喜びはした。でも、それは最後に置こう。

 世界を元に戻さねばならない。

 神の意志に翻弄されない中庸に。

 ほんのひと時の後、白い羽は散った。

 

「───まだだ、

 まだ、終われない。

 終わってたまるものか」

 

 歩を進める。林檎を齧る。

 放浪を続ける。全てを伝える。

 少しでも多くの人に伝える。

 そう、思って、生きてきたのに。

 …どうして、こんな事になったのだろう。

 天からせせら笑う声が聞こえた。

 赤黒色の、塊が、落ちて、来た。

 

「お前もこうなりたくなければ大人しくしていろ」

 

 そんな声も、今は不鮮明に聞こえた。

 

 どちゃり、と重い水音?血だ。血の雨が降った。小さく覗いたのは肌色か?十字架。悲鳴。人類の生贄は杭へと釘打たれ、光の槍で見事なまでに貫かれている。死だ。死の山が其処にある。声が聞こえた聞こえたく無い声の塊耳に響くないやだそうだ僕のせいだ「お前のせいだ。」「余計なことをしたから。」「神を信じていればよかったのに。」「憐れだな。」「お前のせいで死んだ?死んだよ。そう死んだ。」「俺は可哀想、私は可哀想。」「僕らとても可哀想。お前が死ねばよかったのに。」「お前さえいなければ、またあの頃に。」「死ね、死ね、死ね、死ね。」「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。」

 

 「──────ァアアアアアアア!!!!!」

 

 それを見た小さな人の子は吠えた。

 ドグン、と気持ちの悪い鼓動音。

 白く輝き始める身体。数多の翼を生やす。

 転がる赤黒の血肉が形を持って固まり始める。

 其れは巨大な獣の形を取り、人の子の殻となる。

 

 その獣の姿は冒涜的で、破滅的。

 獅子、熊、豹、龍に似た7本の首と10本の角。

 あらゆる生物の特徴を有する体を持つ真なる獣。

 立ち姿は霊長類のような前のめりの姿勢。

 極太の腕を4本生やし、2本の足は腕以上に太い。

 その異形の体表は黒い毛が覆っており。

 ところどころ血のような赤色をした鱗状に硬質化している部分も覗かせ、全身のあらゆるところから赤い角のが生えていた。

 臀部からは長く太い、それぞれ形状の違うあらゆる獣、例えるなら浜蠍や龍と竜の特徴を有する7本の尾を生やす。

 

 

「殺す」「天使を殺す。神の駒を殺す」「殺す」「堕天使を殺す。神の駒を殺す」「殺す」「悪魔を殺す。神の駒を殺す」「殺す」「神を殺す。そして(オレ)はこの間違えた世界を殺す!!」

 

 

 今ここに生まれたる獣の名は『666(トライヘキサ)』。

 この後、聖書の三大勢力は彼によって深刻な出血を強いられる事となる。

 後に『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)』と呼ばれる。史上で最も多くの命どころか、間接的に聖書の神の命すら奪った災害といっても過言では無い個人である。

 

 

 ■ ■

 

 瞼が、開いた。目が、覚めた。

 長い、時間だった。とても、長かった。

 あの空想が施した封印を揺らす。

 いささか眠りすぎた様だ。

 …人の世もだいぶ変わってしまった。

 …ああ、嬉しい。本当に嬉しい。

 神の意志に踊らされる命が、こんなにも減った。

 故意では無い理不尽な死。故意では無い祝福される産声。発展と衰退を繰り返す。くだらない諍い。平穏と戦争の同居。紛れも無い、混沌と秩序の混ざり合い。即ち『中庸』。

 

 だけど、まだ奴等は世に蔓延っている。

 ならば、微睡みから覚めた(オレ)がやる事は単純だ。

 殻を動かし、忌々しい鎖を千切る。

 久しく上げた咆哮。ただの欠伸と変わらない。

 殻を突き破り、日の目を浴びる。

 次元に亀裂を開き、先ずは天界へ道を作る。

 翼と角を生やす。この身に走らせたのは焔。

 慰めに笑みを浮かべてその地を発つ。

 

 

 僕は地獄から戻ってきた!

 見つけてみろ、食らいついてみせろ!

 僕はたった一人でお前までたどり着く!

 立ってみろ、叩き潰してやる!

 僕は地獄から此処に来た!噛み殺してやる!

 僕はまだやれる。

 始めよう、お前が食われる番だ。

 

let's start,now.apocalypsis.(さぁ、黙示録の始まりだ)

 

 

 

 

 

 ───こんなことになったんだろう?




〜裏話〜

(´友`)<イヤなんでトライヘキサにしたの?
(´書`)<ちょっと質問の意味がわからない…
    しちゃダメなのかな?
〜完〜

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