黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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次回更新ですが作者たる私が無謀にもJグリントとWグリントを買ってしまった為遅れます。別の趣味で息抜きも大事よ皆。




僕は一人じゃ無い・下

「ぁぁぁああああああああ!!!」

 

 叫ぶ。

 

 ちっぽけな拳を握り締め、レオナルドは、は魔王の元へ、超越者の元へ、恐怖を抱きながらも怒りで捩伏せ、ただただ愚直に駆けて行く。

 

 緑髪の魔王、アジュカ。何処までも煮詰められた『呪い』にその魂を侵されても尚、その力は微塵程度の衰えしか見せない。迫る少年を殺すには十分を優に過ぎた力だ。

 

「づ、っ…、来る、なぁ!」

 

 幾多もの魔法陣が起動する。その全てが少年を殺しに暴力的に、精密性も総合性も無く、ただ滅茶苦茶に無造作に振るわれる。

 それは少年を、決意を抱いた人間を殺し得る物か?

 

 狼の風貌を持つ兜、御空色の外套、黒鉄色の大剣、朽ちる事無き鋼の大盾、少年の理想の体現。

 たかが空想の投影物だとて侮る事無かれ、その想いは紛れも無く本物であり、そこに込められた意思もまた同義。

 またしても大盾が少年を守り通す。

 

「…何だと言うんだ、何なんだ、その騎士は⁉︎」

 

 先ほどの疑問に回答を示そう。答えは否。その様な道理がまかり通る事は、少年の騎士にして誇りである『深淵歩き(アルトリウス)』が許さない。

 狼騎士は一枚の盾を少年の手に預けると同時に、少年と同じ様に憤怒の限りに駆けて行く。その姿はまるで飢えた狼だ。

 騎士の身の丈を越す黒鉄の刃が魔王の首を狙う。だがその身は恐るべき速さで魔術により拘束される。

 

「構造の理解自体はっ…ぁ”、難しく…無い。な”ら、此方側から術式を叩き込めば…いい!」

 

 破顔する魔王。対して盾を持ちながら走る少年は蟷螂(かまきり)の魔獣を生み出す。

 そしてその魔獣に開戦以前に己が腰掛けていた薄板を包む何重もの白布を切らせた。そうして露わになるのは、まるで墓標の様な板。転移術式が刻まれた一枚の石板。

 

約束の大狼(シフ)!」

 

 少年が名を呼ぶ。それと同時、大狼の魔獣が現れ一陣の風と共に『深淵歩き』の元へ駆け付ける。

 その牙は容易くも騎士の拘束を噛みちぎり、その背に騎士を乗せてはアジュカとの距離を迅速に稼いで見せた。

 

「なっ…」

人間(ぼくたち)がやっててお前たちがやってない事だよ!対策取るぐらい当たり前だろ!」

 

 息を切らしながら走る。それでも少年は叫ぶ。その矮小な腕に余る重量の大盾を手に走る。

 そして大狼は背に騎士を乗せたまま魔王へと迫る。その俊敏さは騎士なぞ比になら無い。野生の真髄、生まれながらの狩人、その俊足は他の追随を一切許さない。

 

「… Ahhhhhhhhhhhhh!!!!」

 

 だが大狼の瞬足に合わせて『深淵歩き』は磨き抜かれた技巧による剣技を惜しみも無く振るう。繰り替えされる剣の舞踏。

 斬り結ぶ事を示す鋼の音。方や狂気に飲まれ始め乱れた数式、方や無念を背負いし黒鉄の大剣。

 

「…これ程の物を産み出す…っ、やはり、危険だな…ぁ”ぐ⁉︎」

「ohhhhhhhhhhhh!!!!」

 

 狼騎士の咆哮に合わせ、大狼もまた咆哮を上げる。それは戦士としての礼儀から来るものか、それとも滾る己の血から来る者なのか。それを知る者は本人を除き誰も居ない。

 ただアジュカには目の前の存在が、ここに来て恐ろしいと感じた。本能が彼に告げるのだ。『怖れよ、さもなくば死ぬぞ』と。

 

 魔王と騎士の間に拮抗が続く。油断許さぬ攻めに対して、通す事を知らぬ堅牢な守り。

 躍る数式、返される剣戟。その拮抗状態に終わりは見えない。ただただ金属の擦れる音のみが冥界に聞こえる。

 

 もしアジュカ・ベルゼブブが万全な状態ならば苦戦こそすれど、『深淵歩き』には、なんとか勝利を収めていただろう。だが現状として、彼は片腕を斬られ、濃密な呪いに蝕まれた。このような有様では到底、お世辞にも万全とは言い難い。

 だからこそ『深淵歩き』は攻め手に立つ。ただ一度の成功した一撃と、ただ一度の加えられた助け。それが彼に絶対の攻め手を約束する。

 

「くっ! 覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)・業の…」

「さぁあぁぁあせるかぁぁあぁあああ!!!」

 

 少年の細腕から罅の走る鋼の大盾が精一杯の力で投じられる。子供の悪足掻きだ。それは魔王の技を阻む一手とは成り得ない。成り得るはずも無いのだ。

 だから、アジュカは少年の投じた『銀の弾丸(はがねのおおたて)』を黙殺した。気にすら留めずに式を構築する。今この場に置いてアジュカの敵は『深淵歩き』に他ならない。そう、彼は認識している。

 

「…hehehe…」

「……?」

 

 どういう事か狼騎士は笑った。

 彼は跳躍し、回り、その剣を振るう。ここでアジュカは怪訝を持つ。何故この場に置いてそのカードを選んだのか。彼の疑問などいざ知らず、業の式もまた発動する。決まった、そう思った。

 

 だが騎士の手の中には一枚の、

 少年の、投げた、鋼の大盾が。

 

 盾は最後に本来の持ち主を守り通し砕け散った。その返礼と言わんばかりに空より剣技が魔王を殺さんと降る。だが矢張り守りは堅く、その剣撃は己に帰る。 跳ね返る斬撃を砕きながら騎士は再び大狼の背に跨る。両者の均衡は崩れない。

 

「…が、ぎ…ぃ、!…五月蝿い!!!」

「……」

 

 錯乱する超越者に向けて遠慮知らずに刃が走る。

 一撃、式に取り込まれる。

 二撃、己に跳ね返る。

 三撃、己に返る撃を砕く。

 そして砕き終えた瞬間、一撃目に取り込まれた斬撃が騎士の首を目掛けて走る。騎士をその背に乗せる大狼は瞬時に危険と判断していたのか、既に半歩引いていた。だが避けられない。剣で砕く事も間に合わない。

 

「…っ!」

「取った…!」

 

 咄嗟に騎士は右手を前に出した。剣閃がめり込み、勢いは衰えずのままにその腕は裂かれ、使い物にならなくなった。これを起点に盤が交代する。攻め手は騎士より魔王へと移る。

 

「 …… Thou are strong,human.」

 

 されど騎士はその言葉を紡ぐ。ノイズに塗れた言葉だが、アジュカはその意味を正しく理解している。だが心の内では首を傾げている。なぜ今となってその言葉を吐いたのか。それが彼には理解することができなかった。

 

 だからこそアジュカは、悪魔は敗北するのだ。

 

 アジュカ・ベルゼブブの敗因はただ一つ。それは最初に『深淵歩き』から腕を切り飛ばされた事でも、怨嗟に飲まれながらの戦闘を強いられた事でも、『約束の大狼』の参戦を予期出来なかった事でも無い。

 

 『深淵歩き(アルトリウス)』は剣を握る拳より人差し指を立て、正面を指差し、その存在を示す。示されたのは緑髪の魔王などでは無く、漸く追い付いた英雄譚の担い手。

 

「追い付いたぞ」

 

 ザザッ! と、魔王の後ろで靴の裏を地面で擦る音が聞こえる。汗にまみれた身体、疲労困憊を隠せないその顔。しかしその双眸には燃え滾る感情が曇る事など無いままに宿っている。

 振り返りざまにアジュカは魔法陣を起動させようとした。つまり彼の背後に存在する少年こそ、この一戦に於いての主人公。

 

「どんなに遅くっても、情けなくても、それでも僕はお前に追い付いたぞ!アジュカ ・アスタロト!」

「ぐっ、ぎっぃ、がぁぁあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 感情の全てを込めた、たった一撃の小さな、されど恐らくはこの世界において最も強い拳が、一筋の涙の軌跡を残して振るわれた。

 凄まじい殴打の音が木霊する。少年の全体重を乗せた小さな拳に頬骨を殴り抜かれた魔王は地にその身を倒された。

 

 アジュカ・ベルゼブブの敗因。それは本当の敵を見誤った事に他ならない。彼の天敵は『深淵歩き』や『約束の大狼』などでは無い。彼の天敵は最初から其処にいた。

 始まる前から勝負は付いていたのだ。要素も理由も運も研鑽も想いも、何もかもが揃っていた。

 小さな少年が負ける理由など、最初からこの世界にはどこにも存在する由が無かった。

 

「ゔっ、ぁ”⁉︎」

 

 少年の一撃を皮切りに、『深淵歩き(アルトリウス)』の横殴りに振るう剣戟が魔王の脇腹を絶つ。その傷口を起点に、アジュカ・ベルゼブブの魂へありったけの『呪い』が侵食する。浮かばれる事の無い無数の慟哭という猛毒が『超越者』の精神を貪り喰らい、染め上げ穢し続ける。

 

「ぁ”ぎぃ”ぁな、いいななぁ”⁉︎」

 

 アジュカの視界にはドス黒い人型の影が無数に見えた。その全て例外無く呪詛の様に恨みの文言を吐きながら己に迫る。ゆらゆらとその身を揺らして、無音のまま、ただただ静かに魔王の元へと迫る。

 

「来るな!来るな来るな来るな来るな!」

 

 対話など不可能。そう告げるかの様に影は迫る。やがてある影は魔王の頬を、その両手のひらで優しく包み込む。

 ある影は魔王に抱き着き、ある影は縋り付く。ある影は首を締め、ある影は目玉を抉ろうとする。

 無数の人型が彼をびっしりと包み込む。おびただしい程の恨みの声が、怨念の囁きが、晴れる事の無い怨恨の言霊が魂を風化させる。

 

「ぁ、─────」

 

 逃げられ無い。逃げられ無い。逃げられ無い。

 

 精神が、魂が、正気が、風化の限りを極めて己の存在が削り取られていく実感がする。無数の歯に咀嚼されて、臓腑も脳髄も神経も何もかもズタズタにされて、挙句吐き出される。それを延々と繰り返している感覚がする。

 

「誰か…助けて…くれ…!」

 

 それが最後の声だった。今此処にアジュカ・ベルゼブブは己の持つ肉体では無く、魂と精神と矜持が完膚無きまでに死んだ。

 今レオナルド、『深淵歩き』、『約束の大狼』が目にしているのは、己の誤りと非に気付けなかった、ただ一人の哀れな男の末路に他ならない。

 

『───……がとう』

 

 やがて、『深淵歩き』の持つ大剣から『何か』が声と共に霧散を始める。それが何なのかは記す必要も恐らくは無いだろう。

 復讐は今此処に成就され、無念は今此処に晴らされた。世に残る道理も、楔も無い怨嗟はゆっくりと溶ける様に消えて行く。

 

『───ありがとう』

 

 その言葉を最後に、少年達は己の戦いを終えた。

 四大魔王が一人、偽りのベルゼブブ。

 その真名をアスタロト、罪に気付かぬ者。

 『超越者』アジュカ・アスタロト、崩御。

 それに殉ずるかの様に、アグレアスは全壊する。

 

「…なんだか、眠いや……」

 

 全力を出し切った少年の体を大狼のふくよかな体毛が迎え入れる。騎士は既に大狼の背から降りていたのか、ただ浮遊する瓦礫の山を眺めていた。

 やがてその瓦礫の山から大鉈を手にし、肩に玉葱の様な鎧を着込んだ騎士を乗せた傷だらけの巨人が雄叫びと共に現れたかと思えば、肩の騎士と共にゆっくりと消えて行った。

 

「……wow」

 

 狼騎士の小さな驚きは大狼しか見えていないだろう。ただ今は、場違いな程に微笑ましい少年の寝息が聞こえるだけだった。

 

 

 

 




作成物と創る者としての自分を否定されまくった上に人間の子供に殴り倒されたアジュカくんおっすおっす(挨拶)

さて、本編で解説出来なかった魔獣の解説おば。
約束の大狼(シフ)
レオナルドが灰色の大狼を再現した魔獣。魔力を噛み砕く事が可能とする。要するに魔術に対するアンチモンスター。
薪の巨人(ヨーム)
アグレアス破壊を行なっていた騎士。レオナルドが物理攻撃と物理防御に全振りして投影した。肩に乗ってる騎士は補助を担当するとかどうとか。アグレアス防衛を行なっていた悪魔は無論いたが、止めきれなかった模様。サイズ違うから無理もないね。


Q.英雄派(人外魔境)に使ってるイメージソングとかありますか?
A.一応有りますね。
全員共通してIMAGINARY LIKE THE JUSTICE それと個別にもう一曲だけ。戦闘を終えた方のみお答えしましょう。
ジークフリート→蘇る神話
レオナルド→REVERSI

次回はトライヘキサの天界単騎攻めです。

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