黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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モチベが下がりつつある…難産だぜちくせう。


ならば、答えは一つだ

 

 天界の第一天をクロウ・クルワッハが残り、トライヘキサはガブリエルの最後の言葉を留め、怪訝な顔のままに先を急いだ。

 白く輝く無作法なまでに広大な天蓋に穴を開け、二天へ至る。

 

 天界、第二天。それは星の観測所にして忌むべき牢獄。収容されたものは須らく罪人であり、裁きを受けた天使である。

 

 例えば、バベルの塔を築いた人類。

 例えば、罪を犯してしまった天使。

 

 黙示録の獣の名を冠された少年はその牢を見ては壊す事を決定する。五指の骨が静かに鳴り、その手が牢に触れようとする瞬間、彼の嗅覚に忌むべき匂いが紛れ込む。

 

「その牢を壊す事は許されぬ。神に背きし愚か者。神の座に至ろうとした不遜者、消して外に出してはならぬ」

 

 最初に生み出された天使たち、力天使と共に宇宙の秩序や均衡を保つ役割を持つと宣う白い羽。

 その存在はどうやら、記された所によると最も調和的らしく、神へ従属するという『善意』によってさらなる高みへと至るというもの。

 

「高慢にも神と同じ高みへの到達を目指した者。愚かにも罪を犯した忌むべき同胞。その解放は即ち世に新たな混沌を生み出すと同義である。そして汝もまた罪深い。世に破壊をもたらす野蛮な獣よ、人の子の尊き信仰を打ち砕かんとする獣よ、その命、今ここで散らしそれを罪の償いとせよ」

 

 ああ、聞きたくなかった。見たくもなかった。そうだろうとも、天使(お前達)は皆そうだろうとも、そうであろうとも。

 

 何故変わらない?何故認めない?何故逃げようとする?お前達の価値は、僕と同様人類史が二十世紀に突入した時から終了している。

 

「…誰が愚かとか、人間にとって何が罪とか、それが許されるとか、許されないとか、償いとかさ…」

 

 科学と技術の跋扈する世の何処に神秘の価値がある?お前達の勝手に決めた古いしきたりにどんな価値がある?

 ああ、ある者にとってそれは心の救いともなるし、拠り所にだってなっている。それは認める。これはお前達が人間達と産んだ一つの『文化』だ。

 

 でももう、最早駄目だ。改善する余地が掃いて捨てるほど有るというのに何もせずに怠惰であり、傲慢にも『救ってやろう』と出来もしない事を成そうと躍起になり、信仰すべき対象すら居ないというのに強欲にも信徒を求めた。

 

 それでもお前達は自らを正義としか見れず、世界の中心と廻し手だと思い込み、無為に無意義なまま犠牲を出し続けるのだろう?

 

「…それを決めるのはお前達じゃ無いんだよ」

 

 昔、ある悲劇があった。

 

「それを決めていいのはお前達じゃないんだよ」

 

 人は叫んだ、なんで、どうしてと泣いた。

 天使は嘆いた、この悲劇を嘆くだけだった。

 それどころか、その悲劇を利用した。

 そして悲劇はこの一言で締め括られる。

 『これも世界のためだ、仕方ない』。

 

「お前達は変わらなかった。結局のところ、お前達は誰も救えなかったんじゃ無い。救わなかったんだ。お前達にとって人間はどうでもよかったんだろう?だってお前達は神の私兵で人形なんだから、神を、父を第一にするに決まってる」

 

 例えどんな悲劇があろうとも、そこにどんな犠牲があろうとも、どんなに多大な不幸を生み出しても、ただその一言で全てが片付けられて来た。

 たったそれだけの、余りにも説得力の無い言葉で涙を飲んで見守る事を強制された。どんな憎悪があろうとも、どんな絶望があろうとも、ただ『仕方ない』の一言で歴史の裏側へ押し込められた。

 

「いつの…まに…?」

 

 時間にして言えば恐らくは秒を切っているだろう。怒りを再燃させた少年の五指が、一人の能天使の心臓に抉り込まれていた。

 みぢり、と水の詰まった肉袋を握り潰した様な音がくぐもったままに静かに響くと、能天使の一人は死んだ。

 

「喜べよ自称バランサー共、お前達が修正するべき『歪み』は此処にいる」

 

 静かに脚が天使の首を薙ぐ。横に並ぶ首が合わせて飛んだ。光の槍が少年の喉仏、腎臓付近、腿、鎖骨のそれぞれに走る。

 だが無意味だ。いくら貫かれようが、穿たれようが、抉られようが、少年の身に刻まれた傷は瞬く間に癒えてはこの世から消え去って行く。

 ぼづん、と今度は骨を肉ごと無理矢理外した様な音だ。それは間違ってない。事実一人の天使の頭がつい先程引っこ抜かれた。

 

「ッ…怯むなァ!」

 

 天使の激励が入る。白羽の群れはその手に武器を取り、ただ一つの敵に向かって殺到する。何度も振り下ろされる狂気、溢れる臓物と血、それは確かに本来清廉でならなければならない天を穢す。

 肉片が一欠片でも残れば蘇る。それがトライヘキサの生命と再生力だ。彼をこの世から抹消したければ、肉片一つ残らずに消滅させなければならない。

 

「…温存は駄目、か」

 

 トライヘキサは密やかに目を閉じる。変化が起こるのはほんの数秒だった。全方位に巻かれた熱気が放たれ、瞬きとも取れる一瞬のうちに能天使の灰が辺り一面に広がる事となる。

 『掃除』を終えたトライヘキサは罪人達を解放を望む。

 

「…ねぇ、皆はそこにいるのかな?」

 

 一縷の微かな希望(のぞみ)。遠い過去に己を受け入れてくれた人間。もしかしたら、そう思わずにいられなかった。

 可能性がない事なんて、もう分かってる。けど望まずにはいられない己もまた存在している。

 

 牢を壊す。其処には誰もいなかった。在るのはほの甘い僅かな幻想だけ、それを見せる鮮やかな毒は床に落ちている。

 九つの指輪、その全てが真鍮と鉄により作られた物であり、かつてソロモン王が神に返却した権能の証。ただ一つだけは贋作であったが故に現状の通りということだ。

 

 少年は拳を握り締め、唇の端を強く噛み締める。血がながれようと痛みが走ろうと構わない。

 今だけは、大声を上げて泣き叫びたかった。だがそれは出来なかった。

 

【ひとときの戯れ 泡沫の飛沫 叶わぬ夢

 それでも尚 貴様は望むか 愚かな獣よ】

 

 九つの指輪が光と声を届ける。

 少年の眼光が変わる。それは刃よりも遥かに鋭く、最早そこに僅かな緩みすら無い。

 ただ『殺す』。その一念のみを瞳に宿らせて、その光を睨む。

 

 光は次第に朧げではあるが形を得る。その姿はただの光の球体でしか無い。その球体を、否。その姿に潜む存在をトライヘキサは恐らくはこの世界の誰よりも知っている。

 

Y()H()V()H()ッ…!」

 

 それは唯一の神、神聖四文字。

 数多の名を持つ神性存在。

 トライヘキサが最も憎んだ存在。

 ソロモンが唾棄すべきと決定した神格。

 サタナエルが裁くべきと判断した御座。

 サマエルが最も失望した奇跡。

 死に絶えた筈の神。

 

「何故ここにいる、何故声を上げる、何故世に戻る。

 お前は死んだ、お前は消えた、お前は霧散した筈だ」

【我が大願の成就は叶わなかった 貴様の罪だ だが私は諦めなかった だからこそ『聖遺物』に我が存在の欠片を残した】

「ならその指輪を依代としている理由はなんだ。

 それは『聖遺物』じゃ無い筈だ。それを踏まえてお前に聞く。ここに居た筈の人間達はどうした?」

 

 『聖遺物(レリック)』とは聖書において“聖人と認定された人物の遺品”とされるもの。 その種類は多岐にわたり、生前の愛用品から当人の遺骨や遺髪、果ては処刑に用いられた器物などが数えられる。

 有名なところで言えば、『最後の晩餐』に用いられた聖杯、『救世主』の血を浴びた聖槍、その救世主を磔にした聖十字架と聖釘、その遺体を包んだ聖骸布だ。

 

 故に今の神聖四文字が依代としている九つの指輪は聖遺物に数えられ無い筈だ。

 少年はそう考える。だからこそ牢の中に存在していた筈の人間達が居ない事に憤怒と憎悪をその胸に永遠に抱く。

 

【ひと時の依代を作る償いを その命を以って罪を祓う機会を与えた ただそれだけの話だ 貴様が憤っていい話ではない】

 

 瞬間、全ての指輪が渾身の力で砕かれる。

 依代を失った神の断片はその身を光の粒子へと解かれ、それは皆一切の漏れなく天へ登っていく。

 

【やはりこうなったか しかし再認識した 

 貴様と私の道は交わらない

 ともなれば 回答は得られた

 貴様は私が成就する人類救済の妨げだ】

「その救済の裏に何人の人間が犠牲になる?

 幾つの幸せをお前は壊してきた。

 笑わせないでくれよ、YHVH

 お前が救うのは自分だけだろ?」

 

 水と油。共通した物がありながらも、その道が交わることはきっと永遠に無い。一言に語るならば同じだ。だが其処に込められた意味は全くもって違う。

 だからこそ彼等がわかり合う必要は無いし、その日が来ることは永遠に来ない。

 

【何故私の救済を理解しようとしない このままでは人類が破滅の道筋を完遂してしまうのだぞ? それは貴様も望む所では無い筈だ】

「ああ、腹立たしいけど其処は同じだ。でもそれは(おれ)達が関わって良い話じゃない。それを決めるのは人間で、その結果を受け止めるのも人間だ」

 

 その愛は独りよがりであり、ただ縋るだけ。変化と果てを受け入れる事が出来ず永遠と安寧を望み、今もなお其処を目指す。

 その愛は届かない憧れであり、ただ見守るだけ。変化と果てを受け入れる覚悟は等に出来ており、その全てを記憶する決意を抱く。

 

【所詮は獣にも人にも成れぬ哀れな存在か】

「結局は理想の箱庭が見たいだけの存在か」

 

 互いに互いを知っている。救いようが無い事も哀れ極まりない事も、相手が何よりも、どうしようもない程に『嫌い』だからこそ知り尽くしている。

 

「いいよ、お前がそんなに理想に拘るんなら」

【よかろう 貴様がそれ程に破滅を望むなら】

 

 だからこそ開戦の言葉は単純で良い。嫌いあうもの同士、同じ言葉で最後の宣戦を告げる

 

「次に会った時には、お前を、」

【我が再臨の暁には 貴様を 】

 

 

 今度こそ完全に殺してやる。

 

 神の再臨はすぐ其処に。

 獣の方向もまた然り。

 

 




感想返信はちょっと休んだらやります。

聖書の神(断片)登場&退場。
本体が出るのはも少し先

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