黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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王は未だ以って王でしかない。
それを嘆く女がいた。
王は未だ責任と勤めの牢獄の中。
それを悲しむ女がいた。
王は未だ人へと至れず。



魔と人の殺意は限り無く

 人界、出雲。

 そこでは人類と聖書の戦争が繰り広げられていた。尚、この惨状を見ても日本神話の伊邪那岐大神はこう語る。『なんかめっちゃ壊れてるけどうちの子達が仕返ししてるだけなんでしょ? なら良いよ、形あるものはいずれ壊れるけど、治せるんだ。君達三大勢力が奪った『命』とかは戻せないけど』と。

 

 そして赤龍帝たる兵藤一誠は絶望の中にいた。止まない戦禍をその身で体験しながら、彼は失意に打ちのめされ立ち尽くすことしか出来なかった。

 さっきまで隣にいた初対面の悪魔が神器に貫かれ、或いは切り裂かれ、辺り一面に散らばっている。

 

 それに絶望してる。だがそれは放心に至らせる程の物では無い。彼が放心する理由は別にある。

 

 その魔王からの報せは唐突に外に待機していたリアスやその眷属と、彼らから離れた地に居たバアルとその眷属にも耳に入った。

 各神話に結束の意思は無く、皆すべからく平和では無く破滅を望んでいる。

 

 ───ふざけるな。

 

 憤怒のスイッチが入り、その身を再び『赤龍帝の鎧』に包み、迫り来る『敵』を壊しながら彼は前へ前へと進む。

 

「誰かが苦しんでるのに、助けてって大声で叫んでるのに、なんで神様は誰も助けようとしないんだよ!!」

 

 神々は理不尽だ。身勝手だ。我儘だ。それでいて無慈悲だ。彼の中ではそう決定された。彼の中ではそう再定義された。だが肝心の神からしたら知ったことではない。彼等は等に世界を人間に明け渡しているのだから。

 そも、日本における八百万の神々が過去に人の子へ齎していたのは豊穣、雨天、悲しみの肩代わりなどであり、神話を知らぬ現代人が考えている様な『願いを叶える存在』ではない

 

 閑話休題(はなしはそれたが)

 

「当然だろう? 今までが今までだったんだから。しかし思いの外事態が好転してくれた。ここまでも計画通りだ」

 

 そこに兵藤一誠のみならず、三大勢力全てに怒りを滾らせる男が来る。この状況を生んだ者。仲間を惑わし奪った者。人類を破滅に向かわせた大罪人にして太古に在った人の王、ソロモン。

 白い髪に、腰に携えた一振りの剣。頭に付けられたシクラメンの冠と、灰色の外套。

 

「お前…!お前がギャスパーを、小猫ちゃんを…!」

「君、何か見当違いに怒ってないかい?ギャスパーに心当たりはあるけど最後の奴は知らないよ。 それにこの状況も。全てなるべくしてなった事であって、僕には何の謂れはないと思うんだけど?」

「うるせえよ! 皆を返せよ!皆が何をしたって言うんだ⁉︎何の自由があって、何の権利があってお前はこんな事をするんだ⁉︎」

 

 赤い「竜」は激高する。仲間を奪われ、仲間を殺され、悪魔の平穏は崩れ去りもはや見る影すらも無くなった。故に彼は怒り、自らの正当性を掲げる。

 王はそれを見て、ただただ笑っただけだ。大声を上げて、ゲラゲラケタケタと喉を震わせ笑う。だがそこにあるのは、決して喜びなどではない。その場に居合わせた誰もが《それ》を本能的に察知した。この場に於いて王の抱く感情は『憎悪』以外にあり得ない。

 

「いやいやいや。まさか君が、ましてや悪魔がそれを問うなんて思いもしなかった。 しかしそうか、なんの自由があって、何の権利があって僕が君達を滅ぼすのか、か」

 

 すらり、とその王剣は鞘から抜かれた。翠玉を散りばめるという美麗ながらも何処か単調さを感じさせる装飾を施された、僅かな弧を描く片刃刀の切っ先は静かに大地に突き立てられる。

 次に王はその懐から一冊の古ぼけた書物を解放する。それは自律的に動き、バラバラと勝手ながらも規則的に(ページ)が巡って行く。

 

「『仕返し』だよ赤龍帝。奪われた物は、戻って来ない。だから今度は僕が君達から根こそぎ奪う事にした。希望も、未来も、生命も、何もかも全部、一滴も残ら無いほどに全てを奪うことにしたんだ」

 

 子守唄を歌う様な柔らかな声があった。だがそこに込められた感情は決して子を慈しむ様なものでは無い。

 頁をめくる音が止む。白い髪の男を72の各々の紋章が取り囲み、真水の中に混じる砂糖水の様にゆらゆらと揺れる何かを王に提供する。それは現在のソロモンにとっての生命線である『魔力』。

 

「…なんだよ、それ、どういう事だよ」

「僕は奪われ続けた。三千年前は全てを奪われて終わった。だからこその仕返しだ」

「ッ何だよそれ! その話じゃ今の悪魔達は関係ないだろ!お前のやってる事はただの子供がする八つ当たりと一緒だ!」

「昔の事だから水に流せと? いや残念、それは無理だ。三大勢力は消去するって昔に決めてるんだ。そこだけは捻じ曲げられないよ」

 

 その一言を皮切りに帝王の拳と王の剣が衝突する。赤い装甲に覆われた拳に翠玉(エメラルド)のビーズが散りばめられた豪奢ながらも単調な刃が食い込む様に、装甲を切り裂きめり込んだ。

 其の剣の銘はシャムシール・エ・ゾモロドネガル。恐ろしい角を持つ『鉄鎧(フラッゼレイ)』という悪魔を傷つけられる唯一の一振り。

 要はそれほどの切れ味を持ち、不治の傷を与える名剣。この傷を癒すには『鉄鎧(フラッゼレイ)』の脳を含む多数の薬剤を調合した特殊なポーションでなければならない。

 

「この日の為だけに生きて来た!僕ら人間から君達三大勢力に対する、因果の応報。僕達はずっと奪われていた!何もかも奪われた!()からシバの女王(アイツ)さえもお前達は奪ったんだ!」

「今の皆が何をしたって言うんだよ!皆普通に生きてたんだぞ!子供だっていたんだぞ、明日を楽しみにしてる奴がたくさんいた!なのにお前はどうして平然とそれを踏みにじれるんだ!」

 

 怒号のみがその地に響く。2人の男の感情と感情がぶつかり合うだけで、その言葉には繋がりがない。白い髪が暴風の中に揺れ、赤い拳が何度も軌跡を残す。

 それは側から見れば子供の喧嘩と変わらない程の生合成の取れない暴力のぶつかり合いの様でもあり、ただの重機同士のぶつかり合いの様でもある。言ってしまえば己の感情を互いに叩きつけている。

 赤い拳が王の腕をへし折る。だからどうした、その程度で『人間』は止まらない。使い物にならなくなった腕を盾と扱い、王は帝の肩口を切り裂く。

 

 兵藤一誠を援護しようと悪魔と堕天使の混ざり物が雷光を降らさんとする。それを青い髪の女が、その右手に握られた聖剣で阻んだ。

 己の下僕に手を伸ばすべく駆け出そうとした紅髪の女悪魔の前に、非緋色の双眸を持つ少年が迷い無く立ちはだかった。

 

「…ギャスパー……」

「………………」

 

 かつての『僧侶』は無言のまま微笑みかけるが、その瞳は底冷えする程に冷たく、冷ややかに元主人を眺めるばかりだ。

 上等なガラス細工と見紛える程少年の瞳は透き通っており、鏡の様に悪魔を写す。

 元主人であるリアス・グレモリーは少年と向き合い、懐から一つのブレスレットを取り出しては手首に掛けた。

 

「…貴方をきっとソロモンの手の中から助けてあげる。だから、負けないで、私は絶対に貴方を見捨てたりしないわ」

 

 決意を抱き王は走る。少年は顔を伏せた。

 リアスは影の魔物に足止めを喰らいながらも必死にその手を伸ばす。アザゼルから託された魔法解除の効力を施されたブレスレットが起動する。赤色のプラズマが大気の中に踊る。

 女悪魔の手が少年の額に届いた。幾多もの魔法陣がギャスパーを囲み、何処までも強い光を放つ。これで全てが元どおりになる。彼女の中ではその確信があった。しかし、

 

「なんだ、結局貴女は最初から、最後まで、

 ───僕の選択を認めてくれなかったのか」

 

 この瞬間、リアス・グレモリーは理解を放棄した。

 

 リアスの元へ帰ってきたのは眷属からの暖かな言葉でも、抱擁でも、謝罪でも無かった。

 無数の冷たい牙が迫った。闇に形成された獣の頭蓋が目の前の存在を食い散らかしにその歯を鳴らして悪魔を引き裂こうと走る。そこには一切のためらいが無い。

 

「ふんッ!!!!!」

 

 だがそれを砕く者がいる。都合よく現れたヒーローがいる。都合よく手に入れた力で王を目指す悪魔が一人、君臨し少年の目的を阻む。

 それはネメアの獅子を封じ込めた戦斧、その『禁手』である鎧、『獅子王の剛皮』。

 

「サイラオーグ…」

「…ソロモンが出現したと聞いて駆けつけたのだがな。リアス、()()はお前の『僧侶』ではなかったか?」

 

 サイラオーグ・バアル。大王家の『滅びの魔力』どころか魔力すら持たずに生まれた一人の悪魔。故にその心身を自己修練で鍛え抜くという結論を導き出し、鍛錬の結果により若手悪魔最強の座へと至った異質な実力者。

 

「もう違うよ、僕は自分の意思でこの道を選んだ」

「……そうか、残念だ」

「待って!違うのサイラオーグ!きっと、恐らくギャスパーは誰かを人質に…!」

 

 少年の中の天秤では、仮初めの恩人(リアス・グレモリー)より本当の恩人(ヴァレリー・ツェペシュ)が傾くの当然の帰結であり、変わる事の無い摂理ともなった。

 その小さな手を伸ばす。誰一人とて救えなかった無力な証。だがもう違う。彼は確かに一人の少女を救った。

 

 故にこそ王は言った。”───無理に参加する必要はない。君はもう自分の幸福を掴んだんだ。勝ち取ったんだ、だから、君は死んじゃだめだろ?”

 

 確かにそうだ、死んだら元も子もない。

 でも、それでも、『前』に出たかった。

 自分の意思で離れて、裏切って、見限った。

 だからこそ最後まで向き合わなくてはならない。

 

「その心配は無いです。ヴァレリーなら今頃ダヌーさんと一緒にいると思いますし、……何度も言います。これは僕の意思だ、僕の決断だ、僕の選択だ、最初から何も間違いなんてないんですよ」

 

 少年の持つ瞳の右が、太陽の如く輝きが宿り始める。そんな彼の背を支える歪な影がある。その影は顎門を広く開けて笑っている。

 魔神バロール。復活とは至らずともその断片は未だに世に現在であり、 力もまた然りである。

 

 その魔神の邪眼を見るべからず。

  それは凡そ全てを殺し得る力であるが故。

   如何な破片と言えど、侮る事無かれ。

 

 

 

 




キレ芸回ですね(真顔)
次回は曹操のターン。でもその前に閑話はさみますねん。

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