出雲本殿、その中心部では人間と人外の対立軸が三つほど出来上がっており、それぞれの戦いはゲオルグのもつ神滅具により結界内に隔離される事となった。
一つは魔王サーゼクスと『革命家』曹操。
次に堕天使総督アザゼルと絶霧所有者ゲオルグ。
そして天使長ミカエルと転生体のジャンヌだ。
「君達の目的は、意思はなんだ?」
一つ目の結界内部、紅髪の魔王は怒りに滾りながらも聖槍と青龍偃月刀を持つ曹操という男にただ純粋な疑問で問うた。
なぜ自分達が敵意を向けられるのか。なぜ冥界をあの様な目に合わせたのか。なぜ三大勢力を攻撃するのか、その理由が分からなかった。
「ただの家屋守りさ。ただ俺は随分と影響されやすくてな。
その『
悪魔に怯える事もなく、彼女は己の幸福を掴めただろう。だが現在となってはもう遅い事だ。取り返しはつかないのだから。
そんな事を思いつつ男は二槍を構え直し、静かな声色と共に告げる。
「さて、このままでは話が長くなる。簡単に此方の目的を述べよう魔王ルシファー。三大勢力の断絶及び君達の被害者の保護だ」
「それはどういう───」
「必要なら治療も行う。メンタルケアは苦手だが、やらざるを得なくなった事が最近の悩みか」
遮りながら。魔王な言葉には耳も貸さないまま。人間は肩を竦めて戯けるように笑う。曹操は聖槍と青龍偃月刀を地に突き立て、亜空間に収納している『それ』を取り出す為に左腕を亜空内に突っ込んだ。
警戒する魔王をよそに、なんとも言えない、というよりは何も言えないだろうか、ともかくそう言った苦笑を浮かべる曹操は亜空より一つの兵装が取り出す。そして瞬時にそれは装着された。
「…しかしゲオルグはとんでもないものを作ってくれたものだ」
人間の右腕に数多かつ多種多様の機械で組まれた円筒が装着されており、背中には流線型の装甲が展開される。その装甲には幾つかの棘の様な噴出口が存在しており、時折動いては白煙を噴出している。
サーゼクスは唖然としたままに曹操を見据えており、その驚愕の表情は隠されず露わにされている。
「ヒュージ・ブレード。いや、実力差を無視出来る兵装が欲しくてね、無理を言って作ってもらったんだが、こうなるとはな」
「…確かに強大だ。だが私は、悪魔の幸福のために負けるわけにはいかない」
「お前達の幸福なんてどうでも良い。俺たち人間は、ただ外敵を排他するという選択を取るだけだ」
誕生から現在に至るまで繰り返されて来た作用。『害』の削除と根絶。そのプロセスは変わりない。その番は巡り等々悪魔達にもやって来ただけのこと。
莫大な力の衝突が起こるまで、後五分。
■
「で、どうするんです?ロキの旦那」
「準備はしておけ、備える事に越した事はない」
「へーへー、俺様ちゃん早いとこお外に行ってご用を済ませちゃいたんだけどナー、用心なカミサマだコト」
「私はお前を『護衛として』連れて来てやったのだ。そこを理解しておけ。そして忘れるなよ、エインヘリャル」
「ほいほいっと…
悪神とその護衛は、その場に残る僅かな神々と変わらず霧の結界の外にいた。霧の中を見通しているのか、それともただ争いが終わる時を待っているのか、神々は黙したまま座している。
鴉羽の様な外套を纏うそのエインヘリャルは退屈そうに悪神が持ち出し、己に持たせたその魔剣を眺めている。
「…バルムンク、ねぇ」
───北欧の悪神と最も新しい戦士の語り1/2
■
二つ目の結界の中、ガラの悪い風貌の男アザゼルと黒一色の制服に眼鏡といった出で立ちの男ゲオルグはサーゼクスと曹操が交わした物と変わらない問答を起こしていた。
「はっ、保護ときたか。聞こえはいいが、その裏で何しでかしてるかは想像には難くねぇぞ、テメェら一体何人の人間を犠牲にしてきた?」
「まるで自分達は今まで犠牲を出さなかったかの様に聞こえたぞ、白痴の長。『人間』として言っておこう。貴様等はもう少し、自らの行動を省みるべきだったな」
堕天使の身を包む人工の神器は『
「では逆に問おうか。お前達は人間を相手に『世界の為』という薄く脆く陳腐な言葉を盾に何人おもちゃにした? ああいや、『おもちゃにしている』という自覚すら恐らくは無いのだろうが」
二人の戦況は停滞していた。その原因は言わずもがなゲオルグの持つ神器によるものだ。
神滅具『絶霧』その力は結界系神器では最強を誇る。対象を霧で包み込むことでの防御、霧に触れた者を任意の場所への強制転移が可能とされている。
尚、彼等を隔離しているのはその禁手である『
これは霧の中へ望む結界装置を創造する。これによって現実そっくりの結界疑似空間を作り上げることが可能なのだ。
「なんだと?」
「怒るなよ、事実を言っただけじゃないか」
ゲオルグのすぐ側に大規模な霧が収束し、その平坦な呟きと完全に同時だった。
巨大な拳が勢い良く現れ、まるでコメディ映画やアクション映画のワンシーンかの様にアザゼルを遥か遠くへ殴り飛ばした。
何度も転げながら地に身を擦り付けたアザゼルはその顔を驚愕に染めたままだ。
「何を惚けている。
ゴグマゴグ、古の神が戦闘用に作ったゴーレム。しかし聖書においてゴグマゴグは『
実態は聖書に記述される『ゴグとマゴグ』が基になったと考えられる英国の伝承に、内容は様々だが記されている。
英国の伝承に共通するのは『ゴグとマゴグは巨人』だという事。そして数ある黙示録に於いてゴグとマゴグは神に戦いを挑み破滅を辿る。ここまで来れば一つの考察が出来上がる。
このゴーレムは恐らくは聖書の神が己の手で産み出した『神の敵』。言ってしまえば『引き立て役』であり、その戦いもマッチポンプなのでは、と。
「……テメェにいう義理はねぇよ。しかし何でテメェがそれを持ってんだ?」
「…『絶霧』の限界を知りたくてな、色々とやって死にかけたところでこいつを見つけて持ち込んだ。修復機能のせいでオーバーホールに長い時間を費やしたが苦労に見合う程の出来だ。凄いぞ、見るか?」
恐らくは事前にゴーレムへ霧を纏わせていたのだろう。転移が発動しその場に十メートル程の機械人形が出現する。
基本色は赤と黒。余計な武装や装甲は取り払ったのか大分細身なフォルムとなっている。肩には改修の回数か、『⑨』と刻まれており、その背には巨大な金属の板と見紛う程のブースターが。
「ナインボール=セラフとでも呼んでくれ」
「はっ…
『ターゲット確認、排除開始』
機械仕掛けの天使と堕天使の衝突が開始する。此度の争いに停滞は訪れず、ただ相手が死ぬまで終わる事はないだろう。はてさて骸を晒すのはどちらであろうか。
そんな事など露知らず、最後の三つめの結界の中では過去実在した聖女の転生体である『ジャンヌ』と天使長ミカエルが斬り結びを続ける。
「アンタは!アンタだけは此処で!」
「っ…! 怒りに任せた剣で此処までとは!」
それさ感情に任せた乱撃だった。
金髪の女がその手に握るのは一振りの聖剣。それを何度も力任せに、されども的確に乱れなく刃を叩きつける。女の眼光は凄まじく、まるで絵巻の中の悪鬼羅刹かの様だ。
それを受け流すミカエルに次第に頬や膝に剣を掠めていくが、未だ決定打とは成り得ていない。
「アンタは『あの子』を裏切った、敬虔に一途にずっとずっと信じ続けて、死ぬその時まで信じ抜いた『あの子』を利用した」
「誰の事を指しているのか分かりませんが、私は天界の為に先を急がなければならない。故に道を譲っていただきます」
何故こうも怒っているのか、その理由は天使には理解不能だろう。理解出来ないだろう。だからこそ冷静にその光槍を振るうし、そこに乱れは一切ない。それが人間との違い。
神の被造という短縮コースで産まれた人形か、独自の進化という長い道のりの果てに生まれた人間か。その違いは明確だろう。
真っ当な感情と機械的な感情。神や信仰の為に利用出来るから利用しただけであり、それが許せないからこそ憤怒をたぎらせその感情を刃に乗せて振り回している。
「神も天使も人を利用した、その事実があれば良いのよ、私は」
「神の愛を理解出来ないとは…愚かな」
女は過去に在りし救国の聖女の為に剣を振るう。
だが、天使は神のみの為にその剣を振るう。
■
冥界の某所、其処には一人の大男と彼の率いる騎兵の大軍がいた。大男は怒りにその双眸を猛らせ、その肉体からは己が忿怒を体現するかの様に極熱の炎を放ち、その盛りは治る事を知らず、寧ろ勢いを増していく。
ルシファー眷属、メイザースは既に死亡した。
悪魔に堕ちたベオウルフの子孫も死亡した。
大男はその手にある錆と血に塗れた大剣を横に振るう。それだけでルシファーの眷属は地に転がった。繰り出したのはただの剣圧。だがその担い手が異常なのだ。だからこそこの結果を叩き出せる。
「なぜ姿を見せない。我が贋作、我が兄弟、我が息子よ。 ここに来て日和ったか。終末の巨人の名を悪魔に堕ちても尚臆面無く騙る蛮勇は何処へと消えたのだ?」
その男はムスペルヘイムの守り手であり、全てを焼き尽くす筈だった巨人の王。終われなかった炎、その名の意味は『黒き者』
ともなれば、彼が率いるものが何か、答えは『ムスペルの子ら』以外にあり得ない。
そう、彼は『スルト』では無く『世界を終わらせる者』即ち『黒き者』として此処にいる。冥界を焼き尽くさんと彼とムスペルの子らはこの地に参上した。
「ここだ。俺は、此処にいる。来てやったぜ、この野郎」
その発言と到着は深海の光魚がムスペルの子らにより押し潰され、その身を引き裂かれたと同時だった。
己のオリジナルと相対した複製品はその宣言の後に瞬時にその身を炎の巨人へと変え、そのままオリジナルとムスペルの子らに向けてその拳を叩きつけ、終わらせた。
「……愚か」
筈だった。その拳は一振りの大剣に堰き止められている。
ムスペルの子らは何の不備も不調もなく健在であり、『黒き者』もまたしかりだ。
『黒き者』が、あろう事か炎の巨人の拳を蹴り飛ばし、その大剣を構えながらただ厳かな声色でありながら、怒気を孕ませてその言葉を吐いた。
「愚か、余りにも愚か。悪魔となったのであれば何故、その名を棄てなかった?何故、北欧の神に廃された過去を持ちながら未練がましくその名を名乗った? お前はお前の名を得ればよかっただろうに。何故過去を捨てれなんだ」
その目はどうしようもない程にセカンドを憐れんでいる。だが内側にはどうしようもない程の怒りが滾っている事には変わりない。『終末要素』である自らの名を、悪魔に堕ちた兄弟が騙る。こんなにも腹立たしく、虚しい事はない。
錆に塗れた大剣が炎を纏う。それは『レーヴァテイン』。終末の日、『黒き者』が北欧神話世界の全ての終わりの日に振るわれる筈だった一振りである。
紛失した?行方不明?そんな訳がある筈ないだろう。伝承に記されていた筈だ。かの炎剣は女巨人シンモラが保管しているという事が。
大剣が炎の巨躯をもつスルト・セカンドを頭頂部から股下までただ一直線に斬り裂き、焼き尽くし、飲み込み、搔き消した。
「『さようなら』だ。我が贋作、哀れな兄弟、哀れな息子よ。せめて最後は安らかに逝くといい。それがこの『黒き者』のくれてやる最大の情けだ」
真の炎が偽の炎を終わらせた。これはただそれだけの話。炎の巨人は断末魔すらも、最後の言葉すら語れないままに消えて逝く。その炎は誰にも看取られず消え去った。
そうして世界を終わらせる大火達は待つ。人間の決着が終えるその時を。冥界に座す全ての魔王が崩御した時、それが今も尚燻る最後の大火が放たれる時だ。
Q.元英雄派達は『黙示録』を知ってるの?
A.知らされていません。というか知らせる必要がなくなりました。イレギュラーの群れとか何それ怖い。
はい、そんなこんなでスルト・セカンドさんボッシュートです。正直スルトさんは北欧の神々にもブチ切れていい。
そしてジャンヌは『誰』の為に怒ったか。おそらく皆さんなら既に理解しているかと思われます。うん、そうだね、『生前の聖女』だね。神の死の隠蔽とか教徒じゃ無くてもキレるよこんなの。聞いてるかメガテン4じゃパッとしなかったミカエル。
ゲオルグは過労枠へと無事昇段。ゴーレムのオーバーホール、片手間に偽装書類作成(30話)、武装開発(28話,今回)…レオナルドと並んじゃうなこれ。
次回は視点をトライヘキサとソロモン一派へ。獣が神を阻むが先か、王が赤「竜」を殺すのが先か。それとも神は再臨を果たすのか、帝王は王を殺すのか、物語はまた一つ進みます。
それでは今回はここあたりで。読んでくださった方々、感想をくれた方々に止まない感謝を。時間も取れたので長々とあとがきを書いてみたけど難しいと再実感した「書庫」でした。ノシ。
■
このままでは足りない。
このままでは不足だ。
このままでは
何が足りない?
何を成すべきだ?
何が必要だ?
錆びた運命の罅割れに杭を打て。
致命的な誤りに気づけ。時間は無い。
なぜ王は未来が見えなくなった?
そもそも、なぜ王は数多の未来が見えた?
未来とは無限の可能性の塊のはずだろう?