黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

45 / 57
 
終われない。その一念の足掻き。
負けたく無い。その意地の張り合い。

二人はその一部において同じだった。

・戦果報告・
ジークフリート、タンニーン討伐
レオナルド、アジュカ・アスタロト殺害
浮遊都市アグレアス全壊
天界第一、第二、第三天瓦解
能天使三分の一が殲滅
『黒き者』スルト並びに『ムスペルの子ら』、ルシファー眷属セカンド、メイザース、バハムート、殺害および討伐。
ゼノヴィア・クァルタ、姫島朱乃に重傷付与
ギャスパー・ヴラディ、サイラオーグに重傷付与





お前はどうしてそうなのだ

 私は確かに全知であり、全能だった。

 だからこそ『悪意(Sama)』は不要だった。

 だからこそ『叛逆心(Satan)』は不要だった。

 そう、不要だったからこそ切り離した。

 

 二人の人形が産まれた。

 悪意は自らをサマエル(私の悪意)と名乗り、

 叛逆心は自らをサタナエル(私の叛逆心)と名乗った。

 良い手足ができたと、この時私は確かに思った。

 

 私は彼女と彼に『楽園』に住まう我が子らの管理を行わさせた。私はその間、良識のあるサマエルを雛形に私の如く者、私の力、私の炎、私の熱、これらを代表として『天使』生み出した。これで楽園の管理を盤石にするつもりだった。

 

 だが不測の事態が発生した。

 我が子が、我が子らが『楽園』から消えたのだ。

 私はサマエルにどういう事か問うた。

 私の悪意はこう宣ったのだ。

 

「───貴方の庇護下に於いて、人間は人間で無くなっています。貴方は『人間』を管理しろと言いましたね。その為に先ず彼等を人間へと戻しましたのですが、それで何か問題が?」

 

 私はこの日、初めて誰かを憎んだ。サマエルはこの日を待って氷獄の底へと叩き落とした。だが気付いた時には遅かった。何もかも手遅れだったのだ。

 我が子らはあろうことか、私以外の神を、悪辣な異神を崇拝した事により堕落し、どういうことか文明を築き上げ、私の手からこぼれ落ちようとしている。私は、苦渋の末世界をやり直す事を決めた。

 

 文明は人を滅ぼす。可能性は我が手の中にあらねばならない。そしてなおかつ適量に。私が管理し、守らねばならない。でなければお前達を守る私は消えてしまう。ああ、我が子らよ、だからこその決断だ。

 

 そうして私はこの星を『やり直した』。

 

 私は苦悩した。私は決意した。私は選択した。人類は保全せねばならない。人類は、我が子らは継続されなければならない。彼等は永劫に在らねばならない。そうでなければ救われない。そして彼等の今日の安寧が永遠に続く様に、私は『聖別』を行う。

 

 三千年前は失敗してしまった。三千年前は足元をすくわれた。三千年前はしてやられた。三千年前は阻まれた。三千年前は油断していた。三千年前は敗北した。三千年前は不可能だった。

 

 私は確かに全知であり、全能だった。

 故に目障りな獣に苦戦する筈は無かった。

 故に哀れな黒翼と異神に殺される筈は無かった。

 そう、無かった筈だったのだ。

 

 壊れてしまった愛し子、ソロモンよ。サマエルと同じ道を辿ったサタナエルよ。なぜトライヘキサなどという我が子を拐かす存在に知性など与えたのだ。私はそれを理解出来ないままでいる。

 

 ソロモン、お前にとって余計なものを切り離した。だというのになぜお前は壊れたままなのだ?なぜお前は私を終わらせんとする?

 サタナエル、サマエル、お前達はなぜ何度も私を裏切る。お前達は私から生まれ出たもの、お前達は私の手足であるべきだというのになぜ?

 

 ミカエルよ、時を稼げ。

 ウリエルよ、獣を殺せ。

 ラファエルよ、儀式を完成させろ。

 ガブリエル、この愚か者が。

 メタトロン、邪龍を殺せ。

 サンダルフォン、貴様もだ。

 

 早く、早くしろ。私はあと少しで始まるのだ。

 

 ■

 

 

 その戦いは、野獣の食い合いと同等だった。

 爽やかな青空に全くそぐわない絶叫と、肉を打つ音と裂く音が響き渡り、碧空に赤い流体が飛び散り、踊り地に落ちていく。

 ソロモン王はひしゃげた左手を前に出す。火花が散る音、赤と白混じりの指の中で三つの小さな光輪が回る。

 

 火星第二の魔法円、そこに込められた意味は書に曰くこう記されている『これに生命あり この生命は人の光なり』と。ひしゃげた筈の左腕がその言葉に従い元の形を取り戻す。

 次いで新たな光輪が王の手の中に踊る。放たれたのは無数の槍であり、それら全てが赤龍帝の心臓、首、頭蓋、腿を覆う装甲の隙間へ向かう。

 赤い鎧に包まれた『悪魔』である兵藤一誠は背部のブースターを噴射。己のを串刺しにしようと迫る無数の槍の穂先から逃れながらソロモンとの距離を一気に詰めていく。

 

「づっ…」

「オラぁあああ!」

 

 その拳が腹部へ抉るように叩き込まれる。白い髪を大きく揺らした人間は一度白目を剥いた。だが倒れない。それどころか右手に握る剣を、シャムシール・ソロモゾネガドルを逆手に持ち直し、装甲の隙間に突き刺した挙句、そのまま引き裂くように刃を引っ張った。

 

「がぁあああおああああおおおああ⁉︎」

「ふーっ…!、ふーっ…!」

 

 元人間であった悪魔からおよそ人のものとは思えない絶叫がする。どろりとした赤い粘液はこぼれ落ち、王は凄まじい形相で剣を構えており、重く右足を踏めば首を目掛け刃を振り下ろす。

 それを赤龍帝は倍加した拳で砕く。砕けた翠玉が陽の光を浴び煌きながら銀色から零れ落ちる。ソロモンは何を思ったのか、口を開く。

 赤い龍の拳が再度化物というに相応しい速度で向かう。完全に殺す為の加減容赦躊躇いなしの一撃。王の脇腹が消し飛ぶ。恐らくは腸だと思われる肉の紐のかけらがぽとりと落ちる。

 

「俺の勝ち…ッ⁉︎」

「───!」

 

 止まらない。王は止まらない。その歯に砕けたシャムシールの刀身を食い縛り、頭を振り上げ、赤色の鎧の腹部の隙間に突き刺す。

 ここに来てようやく悪魔の姿勢が大きく崩れた。人間はそれを見逃さない。見逃してなどやるものか。その手に三の魔法円が躍る。弾ける火花の様な光が煌めけば記号の様な文字が人間の拳を覆う。

 一撃、二撃、三撃四撃、そして五撃。 恐らくは最後のチャンス、ここで仕留めきれなければそれまでだ。呼吸の時間すら惜しい。ただひたすらに叩き込め。ここで全部終わらせろ。その一心で振るう。もはや喉から絞り出す雄叫びも血混じりの叫喚でしか無い。

 

「ぃぃいいいイイイイイ!!!」

「なん…っで、だよ、どうして…⁉︎」

 

 お前の困惑など知るものか。六撃。兜に亀裂を走らせた。七撃。とうとう人の拳は耐えられなかったのか、砕けた骨に内側から裂かれて行く。だがそれでも叩き込む。兜の一部は砕け、下に潜む悪魔の顎部分が晒された。

 笑顔とも怒りとも似つかない凄まじい形相のまま、ソロモンは形の崩れた拳を無理やり開く。それは粘質な音と乾いた音が同時に響きながら。赤と白の塊の中で五つの魔法円が躍る。彼の手だった物の中から、ただ一条だけの、猟犬を型取った魔弾が疾走する。

 悪魔はそれを砕く。これ以上お前の好きにさせてたまるものか。その気概で赤龍帝の鎧は動いたのだ。だが───。

 

「フッ───」

 

 止まらない。砕けた骨は稚拙な刃となって指の肉から生えている。人間はそれを使うまで。これまでの歴史と一緒だ。悪意も善意も無く使えるものを使い、目の前の障害を打ち砕いて先に進む。

 最初こそ『排他』の一心だった。その筈だった。だが今この瞬間において、王が抱いたものはただ一つ。『負けたくない』そんな子供のような、それでいて人間らしい感情。

 ぼぎゃり 本当に、心のそこから気持ちの悪い水音。下から目掛けた拳が赤龍帝の顎に見事に突き刺さる。ぶづぶづと不吉な音を鳴らしながらも人間はそのまま悪魔の下顎を殴り抜けた。

 兵藤一誠はその力の流れに逆らわず、そのまま後ろへと仰け反りせを地面に擦り付けた。 そして最後、王が彼の命を終わらせる。

 

「負、け、られるかぁッ!」

 

 だが立つ。赤龍帝は、悪魔は、兵藤一誠は立つ。

 

「お前なんかに負けられない!俺達の未来の為に、今まで踏み躙られた人や悪魔達の為にも、俺はお前なんかに負けられない!」

「お前なんかに負けたくない!もう私は負けるのも取り上げられるのも御免なんだよ!これ以上奪われてたまるものか!」

 

 それはもう会話などではない。ただお互いの心を曝け出しただけで、最初から意思疎通を図るつもりなんてない。

 

「我、目覚めるは

 覇の理を神より奪いし二天龍なり 

 無限を嗤い、夢幻を憂う 

 我、赤き龍の覇王と成りて 

 汝を紅蓮の煉獄に沈めよう───!」

『 JUGGER NAUT DRIVE !!!』

 

 『覇龍(ジャガー・ノートドライブ)

 

 それはドラゴン系の神器でその力を強引に開放する禁じ手であり、発動させれば一時的に神をも上回る力を発揮する。

 だがその代償が軽い筈も無く、それには命が要求される。そうでなくとも寿命を著しく削り、発動中は理性を失い暴走する諸刃の刃。

 本来であればその筈なのだ。だが兵藤一誠は、否。赤龍帝はそのリスクを負う事は無かった。それは一つの理由がある。

 

 『殺せ』『殺せ』『皆の絶望を殺せ』『俺達の終わりを殺せ』『僕達は続かなければならない』『私達は絶えてはならない』『故に殺せ』『ソロモン王を殺せ』『我等を終わらせる者を殺せ』

 

 歴代所有者の負の思念は、皆例外無く須らく、ソロモン王の殺害を最優先とした。

 そして今代の所有者もまたそれに同調する。否、彼はもとよりそのつもりだった。

 

「ああ…!分かってる、分かってるよ、俺がやらないといけない…俺が終わらせなきゃいけない。だから力を貸せよ!!」

 

 爆発的なエネルギーの高まりをソロモンは見逃さない。赤龍帝の鎧の胸腹部には砲身が、其処には途方も無い力が急速に集う。ソロモンはすぐさま構えを取るが、その時にはもう手遅れだった。

 

『Longinus Smasher‼︎』

 

 ロンギヌス ・スマッシャー。それは二天龍の神滅具のみが有する禁じられた奥の手。自然環境をも変えかねないほどの凶悪な破壊力を有し、地上で放てば一帯を消滅させる事は容易い一撃。だが王はその目から交戦の意思を失わない。

 

「我、過去に求めしは

 空に座す遍く星の力の片鱗なり

 宙に在りし四つの頂き、黄道の十二宮

 それらを支配する大いなる精霊よ

 そして星の時を支配する精霊よ

 此処にその力を降ろすがいい!」

 

 ソロモンとて過去に72の悪魔を収めた存在であり、魔術にも長けているという逸話も存在する。それは紛れも無い事実だ。でなければ、なぜ彼は今、赤龍帝の放つ極光を、己の放った極光で押し留める事ができている?

 

 やがて互いに放つ極光が相殺される。

 

 翼を手に入れ、有機的なフォルムへ変貌を遂げた赤龍帝が駆け出し、その腕がソロモンの首を刈り取らんと振り回される。それを紙一重で回避などという奇跡は起こらず、王にそのまま叩き込まれた。

 どちゃり、と赤い水に塗れた肉体が倒れ伏した。だが終わらない、終われない。王は立つ。何度でも何度でも。

 

「…っ、は、ははは」

 

 笑う。人間の極めて原始的な本能が目を覚ました。闘争に酔う殺戮本能。使い物にならなくなった拳を握り締める。痛みの臨界点なんてとうに過ぎ去っている。だからこそ走る。壊れた様に笑って。

 

「は、ははは!はははははははははははははは!!!」

「ォォオオオオオオおおおおおおお!!!」

 

 そして彼等の闘争に幕が降りた時、空から七つ音色が響き渡る。それは終わりを告げるラッパ、掃討始まりの合図に他ならない。

 

 

 

 

 ■

 

 

 六枚の翼を生やした少年は天使の軍勢を殺し、屠り、食い千切り、抉り穿ち、捻り潰しながら先を急ぐ。彼の全身にはくまなく返り血がこびりついており、白い肉体は最早見る影もない。

 

「ッ…数が多い!キリがないなこれ!」

 

 彼の行く手に立つ天使の数は、はっきり言って異常だった。おかしいのだ、天使は過去の大戦でその数を減らした筈だ。では彼の前に立つおびただしい数の白い羽は何なのだ? その疑問に答えるかの様に天界全体が歓喜する様に輝き、新たな天使が続々と周囲から形成されていく。

 

 階級第八位アークエンジェル。

 階級第七位プリシンパティ。

 階級第四位ドミニオン。

 階級第五位ヴァーチャー。

 他にも、他にも、他にも、他にも。

 更に、更に、更に、更に。

 

 この様な芸当が可能とする存在に該当するのはただ一つしか無い。トライヘキサは過去にそれと相対し、破れ最果てに封じられた。

 確信を得た。『神の復活まで分刻み』なのだと。しかしいつから?己が復活した時か、それとも数年前からか、いずれにせよ急ぐ。

 空間破りの移動が正常に機能しないことも前述を裏付けていた。故に少年は馬鹿正直に正規の道を進み、第七天まで至らねばならない。

 

「神の人形が(おれ)の前に……」

 

 べぎり、とその両腕が裂け変態する。黒々とした毛皮に覆われた歪にして巨大な四本もの豪腕。そこかしこに赤い角が鋭く立ち、浮いた血管の様に配列された血と同じ赤黒色の鱗が黒毛から覗く。

 みぢみぢみぢ…ッ と肉をゆっくりと潰す様な気持ちの悪い力を込める音が響き渡る。聞くだけでその精神が磨り減らされる。

 

「立つんじゃねえェエエエエエエッ!!!」

 

 それがただ縦横無尽に何度も、何度も何度も叩きつける。天使の大群が大質量に叩きつけられ潰されていく。砕かれた破片が飛び散り散弾と化す。それは神の御使いの頭や胴体を容赦なく削り取った。

 にべにも目もくれず少年は走る。巨大な鈍器と化した両腕を広げたまま、さらに多くの天使を巻き込みながら韋駄天の如く駆ける。

 

 だが、後頭部を削り取られたドミニオンがトライヘキサを阻もうとその足首を掴む。これは予想外だったのか、彼はその足を一度だけ止めた。そこを狙い無数の光槍が、そして聖なる火が躍り掛かる。

 その担い手は一体誰なのか、答えは『神の火』と『神の光』たる天使『ウリエル』その異名こそ『破壊天使』。四大天使が一人にしてエデンの園、即ち第四天を智天使の一人として守護する者。

 

 言葉など不要、彼らは相対した瞬間に己の火を叩きつけた。そのまま混戦に突入する。歪にして巨大な両腕を振り回す。

 智天使の軍勢はウリエルを先頭として獣へ向かいつつ散開する。誰もがその手に炎の剣を握り締め、恐れ知らずのまま向かう。

 ある者は潰され、ある者は飛ばされ、ある者は逆に腕を切りつけ、ある者は獣の首目掛け炎の剣と光の槍を飽きずに投擲する。だがトライヘキサは両腕の外殻を解き、走り抜けてウリエルを殴り飛ばした。

 

「覚悟は出来たかぁ⁉︎」

 

 少年はその細く白い足で四大天使の一人の肋骨を叩き折りながらその手に業火を広げ一振りに束ねた。炎の槍が瞬時にして形成され、顔面に叩き込む。それでおしまい。怒りに踏み潰されて終わりだ。

 だがまだ終わらない。彼の道を智天使の群れが阻む。肉の壁だ。少年は苛立ちを隠そうともせず顔に出し、その両手に炎槍を構える。

 

「急がなきゃいけないんだよ!(おれ)は!だからさっさと道を開ろ!お前達に構う時間なんて、最初からこれっぽっちも無いんだ!」

 

 荒れ狂う。その炎を振り回す。それはもはや竜巻の勢いに他ならない。ただ殺すためだけの力の本流。大雑把なその一撃だけで大半が死滅する。だが先の通りきりが無い。増援に次ぐ増援。永続する逐次投入。それでも尚彼はその足を止めない、

 

 此方に向かう天使の足を踏み砕き、頭蓋を完膚なきまでに潰す。炎剣を振り上げる天使の首を嚙みちぎり、そのまま前に投げ飛ばし、亡骸を踏み台にしながらも、天使の頭を足場にしながら彼は進む。

 

 足の健を切り落とされる。崩れ落ちた。再生など待たず、手で地を殴りながら走る。足が再生した、即座に切り替えまた走る。

 

 羽を広げる。低空を維持しただ変わらぬ一直線。羽の付け根が炎剣で焼き切れる。そしてまた走る。何度も繰り返して進む。

 到達する。だが扉を蹴破った時と同時だった。幾多の光が遥か遥か下から床を、天蓋を砕きながら登り、恐らくは天界の果てで弾けた。

 

 その光は、或いは聖槍に、或いは聖骸布に、或いは十字架に、或いは聖釘に、或いは聖杯に、或いは聖人の愛用品に、ともあれ全ての聖遺物に仕込まれていた『聖書の神の意志』に他ならない。

 それが今集った。その現象が意味するのはただ一つ。

 

《は、はははははははははは!ハハハハハハハ! 大義だラファエルよ、ミカエルよ!そうだ、これでいい!これこそが人の子らを救うにもっと優れた解だ! これで私は始まる。これで私は救える!》

 

 聖書の神の復活に他ならない。

 

 トライヘキサにとって聞きたくも無い笑い声が聞こえた。天使の軍勢が更に規模と勢いを増して参集した。思わず足を止め、地に己の拳を八つ当たりに叩きつけた。喉から叫び声が絞り出されたりもした。それ程までに悔しかった。情けなかった。

 血の涙が流れる。阻めなかった。トライヘキサから怒りの咆哮がどこまでも響き渡る。

 

《ただいまだ!ただいまだ! ああ、ああ!私は戻ってきたぞ、私は帰ってきたぞ!我が愛し子達よ、人類よ! お前達を救いに私は戻ってきた、ここに再臨した、他ならぬお前達の為にだ! ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!》

 

 ある者にとっての希望の宣告が、ある者にとっての絶望の宣告が、ある者にとっての最悪の宣告が、ある者にとっての最高の宣告が。

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 聖書の神の宣告は万人に届いた。それはソロモンとて例外ではない。そして彼はぐちゃぐちゃになった両手を垂れ下げ呆然と天を眺めるばかりだが、その顔は絶望ではなく戸惑いだった。

 彼と赤龍帝の罵り合いと殴り合いには決着が付いた。今立っているのがソロモンで、仰向けに倒れ臥す赤龍帝の鎧がある以上、その勝敗は分かり切っている。にも関わらず、彼の困惑は消えなかった。

 

「何故だ、何故…!未来が変わらない⁉︎」

 

 それでも未来は変わらなかった。『黙示録』の破壊の後は一切観測が不可能だった。その事実は変わらなかったのだ。彼は血と肉と砕けた骨に塗れた両手の平で頭を抑える。困惑ながらも思考を巡らす。

 その最中である。空より降り注ぐ一筋の光が倒れ伏していた一人の悪魔に降り注いだ。

 それと同時、彼は立ち上がり、その眼光が蘇る。死に瀕していたはずの身体は癒え、彼を死に追い込む傷もまた然り。

 

 

 

 

 聖書の神は蘇った。であれば、二天龍の神器を宿す『彼』は尚のこと、『黙示録』の乱れを調整するという本来の役割を果たさなければならない。それは最早、ただの呪いだ。

 

「我 目覚めるは、

 ───()()()()()()()()()()()()()()

 

 この時点で『兵藤一誠』の人格はまだ存在しているし、その上確立している。彼はただ、自らの内に降りた聖書の神の文言に従うのみだ。それは愛した女の為で、悪魔の為。

 

「無限を喰らい、夢幻を砕く」

 

 酷い話だ。神の被造物により殺され、悪魔に落とされ、行き着く果てには、この通りの有様だった。

 

「我、赤き龍の宿命をこの身に受け継ぎ」

 

 この結末を、人は崇めるのか、畏怖するのか、一生に付すのか、侮蔑を込めるのか、それとも憐れみを抱くのか、それは分からない。

 ただ一つ分かり切ってる事がある。それは、

 

「汝を終無き紅蓮の煉獄へと誘おう」

 

 新たな神の尖兵が誕生した事に他ならない。

 

 そうしてさらなる変貌を遂げ、御伽噺の竜人の様な佇まいとなった赤龍帝が、ただ吠える。

 

 影だけを見ればその姿はもう、立派な化物だ。人らしい形なんてどこにもない。人間とはお世辞にも言えない形の影だった。

 

「うぉおあああああッ!!」

 

 列王記に記された王にその拳が直撃する。

 その腕は、確かに腹を貫通した。

 

 

 

 





感想返しは少し休んだらやりますよん。
次回も少し遠い日になるかも。佳境に入ったしね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。