黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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崩れ去った脆い希望

 聖書の神はこの世に再び蘇った。

 天界の第七天にて存在する者。それこそが神聖四文字であり、数多の信徒から現在も尚一心の信仰を得ている神性存在。

 

「私はこの時を待っていた」

 

 彼の存在の目的は、『新天新地』の創造に他ならない。それはこの星に築かれた文明、歴史、文化そのものを作り直す大偉業だ。

 世界を上書きし、新たに『楽園』を作り直す。今度は彼の愛する人間が逃れられないようにと。

 

「ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと待っていた! 我が子らに何も出来ぬ無力さを悔いながら、私を阻んだ獣に憎悪を抱きながらも、私は待った」

 

 ようやくだ、響くその声は酷く、粘ついている。

 

『だが長過ぎた…、あまりにも長過ぎた。我が子らは私以外の異神を崇拝し、私を否定する文明を築き、その結果として歪んでしまった』

 

 あまりにも傲慢、あまりにも身勝手。

 一方的に人間を『歪んだ』と評価する。それでも、救いようがない事にこの神性存在は、人間を愛しているつもりなのだ。それがどんなに狂った形であれ、どんなに醜いものであれ、そこだけは変わらなかった。

 

 神はその両手を広げ、こう命じた。

 “参集せよ,,それだけで神の元、或いは父の元へと新たなる御使いが参集する。七人の天使、それぞれが禍々しくも神々しいラッパをその手に持つ。

 彼等こそが新約聖書の最後に配されたヨハネの黙示録に記された世界の終わりにラッパを吹く天使達その人だ。

 

「『選定』を開始する。此度の楽園創造に失敗は許されない。愛しき我が子らにこれ以上苦痛を味わせるつもりはない。故に私と我が子らの『楽園』に於いて歪みは不要である。異端もまた然りだ」

 

 神の掲げる手から血の様に光が流れ出る。零れ落ちたそれは人間界へと雨となって降り注ぐ。それは凡ゆる国、凡ゆる地に落ちた。

 例えば、聖書を信仰する家族の父に。教会の礼拝に参加した老人に。例えば、一冊の教典を大事に抱える幼子に。例えば、牢獄中にて罰を持つ罪人に。額に刻まれたそれは、神の刻印そのもの。

 

「次にこの地を原初へと還さねばならない。この地は血に穢れ過ぎた、この地に文明は蔓過ぎた、この地は我が子にとって劣悪な環境に他ならない。故に還さねばならぬ、創り直さねばならぬ」

 

 七名の奏者は黙して主人からの命令を待つ。当然といえば当然か。そも彼等はこの役割の為だけに作られた天使、最後の音を鳴らすだけの者。

 そして彼等に命令を下すのは誰なのか、それは問うまでもなく聖書の神以外はあり得ない。

 

「航路設定、目標固定」

 

 かくして全ての準備は整った。これにて始まるのは聖書の最後に記された唯一の予言書に記された通りの黙示録。全てが終わり、全てがなくなり、全てが死に絶える時。

 

「『最終航路=黙示録』発動」

 

 訪れるのは世界の終わり。 救われる命は多く無く、その犠牲の果てに創られるのは『新天新地』という類を見ない『楽園』だ。

 この星そのものを『楽園』としてやり直す。人類はその籠の中から出る事は叶わず、ただ盲目に唯一神のみを信じ、安息の中で死ぬ事なく永遠に平穏に暮らすことが出来る。そこに悲劇も絶望も無い。

‪ ああ、それはなんて───残酷な、ほの甘い夢。

 

「第一段階、実行不可。

 手順1より7を短縮、手順6を代理実行

 現時刻を持って『選定』を終了する」

 

 『システム』、それは救いを謳う機構だった。

 それはもう、この世界のどこにも存在しない。その機構が世から消え事を代償に成されたのが聖書の神の再臨だ。

 とどのつまり、もういらないのだ。造り主である神が、全てを救うと豪語する神がこの世に再び帰って来たのだから。

 

「第一段階終了、第二段階実行開始。

 『七人のラッパ吹き』召喚終了。

 手順8を開始、範囲設定『全域』」

 

 七人の天使のうち一人目がその口にラッパを咥える。黙示録の一節が今ここに再現される時が来てしまった。

 

「『焼却』、開始」

 

 第一の御使いが、そのラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とが何処からともなくあらわれて、地上全土に降り注ぐ。

 それはこの世に遍く存在する大地のみならず、森林や青草の三分の一を焼く大災害。地球を振り出しに戻す工程の内の一つ。

 

 どごんっ!!! と轟音が幾多にも幾重にも重ねて鳴り響く。

 

 落ちた。落ちてしまったのだ。救いのない、ただ殺す為の流れ星が地に落ちた。そこに誰が居ようと関係なかった。

 ただ紅蓮の爆発が幾つも起きた。そこに規則性などない。その雨は何でもないかのようにデタラメに振りまかれたのだ。

 焼ける。三分の一の大地が死に絶え、三分の一の木々は脆い炭と化し、三分の一の青草はその姿を消した。その巻き添えにあった人類の数は決して少なくはないだろう。ただ特筆すべき事がある。神の烙印を持つ人間は、巻き込まれなかったという事だ。

 

「『海死』、実行」

 

 第二の御使いが、そのラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、空より投げ込まれた。

 その山の様な物の行き先は地球に広がる大海原だった。

 それは海の三分の一を血に染め上げ、海の中に造られた生き物の三分の一を殺し、舟の三分の一を粉砕する大災害。

 

 ただ、落ちる。先の雹と火の雨のように誰にも邪魔されないまま静かにその山は恐らくは太平洋辺りに落ちて来た。

 先と同じように、落ちると思っていた。そして黙示録のページが進むと聖書の神は確信していた。だが外れた。

 

 その山を受け止める男と、()使()()()()がいる。その男の人差し指にはソロモン王から託された指輪が飾られていた。

 ソロモン王の指輪は、悪魔のみならず天使すら使役する。下位の天使ともなれば、操るには一つだけでも十分だろう。

 燃え盛る山を両手の平を焦がしながらも受け止める男は、邪龍は、クロウ・クルワッハは笑って、その山を天使と共に蹴り飛ばす。

 

『ふむ、偶にはヒロイックに走るのも悪くない。お前の想定する本来の用途とは違うが確かに備えて正解だったな、ソロモン』

 

 海に落ち、動物と舟を殺す筈の山が砕け、黙示録が否定された。業火を伴う質量弾は神の御座の元へと返却された。

 

『我々は失敗した。だが手遅れではない』

 

 黙示録の獣はやがて到達する。異分子はまだ生きている。『超越者』は残すところ一名のみとなった。魔王の眷属はほとんどが死に絶え、冥界の崩壊は間近にある。

 手遅れなところなど、どこにも無い。ただ神が復活した『だけ』だ。そんなものでそう簡単に世界は揺るがない。

 

『さぁ、早く次のラッパを吹くがいい。でなければ、死に場所を奪われた北欧の神々が猛り出すぞ?』

 

 迫り来る上位の天使達と使役する下位の天使と殺し合わせながらその龍は静かに極東を、悪神の赴いた出雲の地を眺めていた。

 

 

『そういう事だ。だからお前もさっさと立て。もう子供でもないだろう?たかが一度くらいの想定外が何なのだ、そんなもの、踏み砕いていつもみたいに神を見下して傲岸に嗤ってやれ、ソロモン』

 

 

 

 

 

 ■

 

 出雲、某所。

 

 赤い竜の手に腹を貫かれ、かすみ始めるソロモンの視界は眼前の赤龍帝を見据える。捻れた二対の角と、有機的な鎧。広がる竜の翼は歪ながらも力強く広がる。その姿はさながら『竜人(ドラゴ・ニュート)』。

 もはやファンタジーの怪物に他ならない。

 

「…っ、ど、して…」

 

 意識を必死に繋ぎ止め、穴の開いた腹部を手のひらで抑えながら 横たわるソロモン。理解が出来ない、しようがない。困惑の檻の中、その声は異形とかした元人間の口から溢れでた。

 地べたに這い蹲りながらも立とうとその手を地につき、力を入れるが抜けていく。出血もあるが、元より身体の限界だった。

 

「なん…で…っ…!」

 

 でも、それでも、彼は足掻こうとした。せめて最後に何か残そうと、もうヤケクソのまま『黙示録』を破壊しようとした。

 それすらも叶わない事を身体で理解した。もうまともな術式すら組めない。血が流れすぎた。魔力残りも枯渇した。息は遠のき意識は更に沼の底へと落ちていく。

 

「ちく、しょう…っ!なん、で…!」

「…お前には一生わからねぇよ」

 

 ソロモンは悔しさと怒りに顔を拗らせながら、歯を砕かんばかりに食いしばる。だがそれに対して、新たな力を得た事により勝利を収めた赤龍帝はその返り血にまみれた拳を握り締め、王の前に立つ。

 勝利者と敗北者の構図がそこにはあった。

 地を這う王と、地に立つ帝。それは覆らない。

 ソロモンの体が宙に浮く。兵藤一誠は彼の胸ぐらを片手で掴み、そのまま持ち上げていた。

 

「…俺は、俺達はお前に負けたりなんかしないんだ。人の大切なものを踏みにじって平気な顔をしてられるお前なんかに負けない!

 仲間もいない、利用する事しか考えない、他人の事なんか気にも留めない、ただ一人孤独のお前なんかには、絶対に!!」

 

 勝利宣言。敗者への手向けがそれだった。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 彼にとってはその言葉だけでよかった。それだけで良かった。それはこの上ない王の共犯者に対しての侮辱に他ならなかった。

 刹那、無数の氷柱がソロモンと悪魔を分断するように降り注ぐ。空より来たるその男の名は、サタナエル───今となってはサタンだが、ともかく彼は雷光を手繰る堕天使を殺し、此処に来たのだ。

 

「俺はもう見たくないんだ、お前達の存在が。俺が見たいのは、人間の可能性の結末だ」

 

 赤龍帝が思わずソロモンを離し、距離をとった時と同時にサタナエルは彼ら2人の間に入り込んだ。

 ()()()()()()()()()。彼はただ主人である悪神の護衛を抜け出して来ただけだが、それは恐らく彼にとっても、ゼノヴィアにとっても、赤龍帝にとっても幸運だっただろう。

 そのエインヘリャルは鴉羽の様な外套を広げた。その手に持つのは一振りの竜殺しの為の魔剣。その銘こそ『バルムンク』。

 

「わぁお、こりゃ懐かしい顔でございますコト!中々良い格好になったじゃねぇの、これでお前は正真正銘の化物の仲間入りってね」

 

 彼はただ一度、その剣を虚空に突いた。刀身に螺旋状に形成されたオーラが放出される。その斬撃は恐らく空間を削り取っているのか、周囲の景色を歪めながら赤い竜人に向かっていく。

 

 知っている。今ただ傍観するリアス・グレモリーは、腹部を聖剣で裂かれた姫島朱乃は、堕天使と悪魔の混ざり物と相対していたゼノヴィア・クァルタは、そして何より赤龍帝『兵藤一誠』は、その男の名を知っている。

 

「フリードォオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 兵藤一誠はソロモンにもサタナエルにもゼノヴィアにもギャスパーにも、ましてや傷ついた仲間にすら目もくれず、ただその男の元へ突進する。

 友人の命を奪った男を、仲間を殺した男を、過去のみならず現在も尚燃えたぎるこの怒りを、どうして忘れることができようか。

 

 螺旋の斬撃が砕かれる。赤き竜の帝王はその爪を振り下ろす。当然それを許すエインヘリャルでは無い。鴉羽の外套を捨て、隻腕の身が、その白髪が露わになる。

 竜の爪を受け止めるのは一振りの魔剣。ただ一本の腕。浮かべるは極めて獰猛に過ぎる笑み。

 

「ギャハハ!そうそうそれで良いんだ!お前も、俺も!互いに互いが気に入らねぇんだよな!殺してえ程になぁ!さぁ、これにて俺達の殺し合いの式はめでたく整った!殺したり殺されたりしましょうや!俺は、俺達は、化物は結局そうでしか生きられねぇ!」

 

 エインヘリャルである男の名は、サイラオーグを除き誰もが知っていた。

 『竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)』が一人であり、その偉業達成と同時にこの世を去った筈の『英雄(ヒーロー)』であるその男の事を、ゼノヴィア・クァルタは恐らくは誰よりも知っている。

 

「此処が!この戦場が!俺の魂の場所だ!!」

 

 異分子(イレギュラー)、フリード・セルゼン乱入。

 

 

 ————叛逆の楔は再び世に落ちた。

 

 我々人類は、『黙示録』に『敗北』した。

 人類の時代の到来は訪れず、人類に勝利など許されない。我々はただ黙したまま進退も贖罪も赦されず楽園へ投獄されるのを待つのみ。

 だが、それを今も尚、否定するつもりなら。神の敷いたレールから外れるどころか、完膚なきまで破壊すると決意するならば。

 進化の果てに得たその二本の足で立て、そして戦え。神を傲岸に見下し不遜に笑って、失う物は何一つないと叫んで見せろ。

 

 最期の希望は天に背く獣。

  逆転の星は聖槍に選ばれた人間と、

   ソロモン王が過去に抱いた愛の中に————

 




神のお言葉要約
四文字「私を崇拝しない奴は済まないが楽園のために犠牲になってもらうよ!でも私の手で死ねるから許してね!今の地球も一回全部壊すね!これも全部君達人間の為だからね!喜んでいいんだよ!」




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