黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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ここに化物と成り果てた元人間がいる。
彼は人間を捨てさせられ、悪魔と化した。
ここに化物と成り果てた悪魔がいる。
彼は悪魔の為に多くを失い力を得た。

ここに何もかも取りこぼした化物がいる。
彼を殺す事が救いとなるかもしれない。
だが、彼を元の席に戻し、悔いを与える事もできる。

どちらが正しいかなんてのは聞かない。
それを決められるほど、皆、高尚な存在ではない。




Vendetta

 悪魔の竜人と戦神の戦士が斬り結ぶ。その余波で形成された暴風は戦場にいる殆どの者達の足をよろめかせた。だが互いに互いを殺さんとする二人からすればそんな者は気にも留めないどころか、眼中にすら入れてはなかった。

 

「ヒャァハハハ!!良いね良いね最ッ高だなぁ!」

「お前はぁあ!!お前だけはぁあ!!」

 

 歓喜と憤怒が爪と刃の舞踏を踊る。観客は茫然と眺めるほかなかったが、ただ一人、サタナエルだけはソロモン王の元へと駆け寄る。

 王は虫の息に等しかった。腹部を貫かれた事は勿論、元々リゼヴィムとの戦闘で削れた命を魔力で無理やり繋いでいた身だ。まだ死んでないのが不思議だった。

 

「えーっと、聞こえてるかな?」

「…し、ぱい、した…、どこが、ちがう…?」

「俺も大概だけど…お前もしぶといねぇ…」

 

 それでも生きてる。折れかけてはいるが、その呼吸は続いている。この事実が絶対に覆らない事が、サタナエルに驚きを与えるには十分過ぎた。

 とは言え、当然放置はできない。その手をかざせば歪な文様が大気に描かれ、ソロモンの持つ傷口は血の氷で塞がれた。止血程度でしか無いし、この対処が正しいかどうかは分からないが、これが彼のできる最大の事だった。

 

「待ちなさい、彼の身柄をこちらに渡してもらうわ。これ以上そいつの思い通りにはさせるわけにはいかないの」

 

 リアス・グレモリーはサタナエルの背に立ち、その手の照準を頭に合わせている。彼女の持つ『滅びの魔力』はいつでも放てる状態にある。サタナエルとしては喰らうのは御免被りたかった。

 

「…あー、理由を聞いても?」

「ッ…! …説明する必要があるかしら?ソロモンは多くの悪魔を傷つけるどころか、三大勢力を滅ぼそうとしてる張本人よ。これ以上犠牲者を出すわけには…いかないのよ…!」

「…ハ、…ッハハハハ!犠牲者か!犠牲者か!」

 

 笑った。堪えていた物が弾けた。そんな笑い声だった。そして次の瞬間、サタナエルのいた周辺の地面一帯が瞬時にして凍りついていたのだ。

 驚くリアスを無視し、堕天した王の共謀者である男は感情の宿らぬ面持ちで、女悪魔の真正面に立った。

 

「いい言葉だな。だが、無意味だ。なぁ、グレモリー。ならなんでお前達を誰も助けてくれねぇんだ?そんな口振りなら、ヒーローが居たっていいだろう?」

「ソロモンが裏で画策したんでしょう⁉︎どんな手段をとったのかは分からないけれど、彼ならやる!私の眷属を意のままに操れる彼なら!」

 

 ギャスパー・ヴラディは本気でリアスを終わらせようとした。その時の冷たい瞳は未だ彼女の心と頭に嫌という程に刻みつけらている。

 そして彼は今サイラオーグと交戦を再開した。ただその顔はあくまで無感情だった。まるで、早く終わらせたいと願ってる様だ。

 

「まだ分かってないみたいだな。

 そもそも、おかしいと思わなかったのか?

 推測の一つや二つ、お前でも出来るだろ?

 していなかったんなら能天気にも程がある」

 

 それを尻目に嗤う。モッズコートのポケットに手を入れて赤い竜とも、最も美しき天使とも書に記された混沌たる男は口を止めない。

 

「なぁ、リアス・グレモリー」

 

 悪魔でも堕天使でも天使でもある。

 記される書物によってその姿どころか名前も種族を変えられた男は女悪魔の名を呼ぶ。 

 

「何故、お前が裏切られたのか。何故、ソロモンがわざわざお前の眷属を選んで引き抜いたのか。何故、奴はお前を殺しにかかるのか。

 その答えで、ただ一つ、俺でも分かる事がある」

 

 ギャスパー・ヴラディ。彼の裏切りは決して必然では無く、ソロモン王の言葉によって引き起こされた偶然だった。だが同時に、彼にリアスを見限らせるにはそれだけで良かったという事。

 もしもの話、王と邂逅したのが兵藤一誠だとしたら彼は今頃此方側に来ていたかもしれない。

 そして彼等に限らず、塔城小猫にだってその可能性は十二分な程に有り得た。その答えはただ一つ。

 

「お前が、全てを放棄して、見捨てて、

 何もかも見殺しにしたたからだ」

 

 貴族としての務めも。領地管理者としての責任も。するべきだった精神の成長も。駒王街にすむ者達も。犠牲となった人間に対する謝罪も。何もかも、お前は全て打ち捨てて、望んだのは『愛しい眷属』という、あまりにも都合のいい存在だった。

 

「…何を言っているの?」

 

 彼女はそう言った。理解していなかった。その言葉に込められている意味も、己が歩んできたあまりにも甘い水に溢れすぎてしまった道のりも。

 空間が突如として裂け、そこから一本の腕が憤怒に駆られた人間の様に伸びる。白く細い腕だ。恐らくその手の持ち主は女性だろう。だがサタナエルのはその腕を掴み、ゆっくりと納めさせた。

 

「へいへい、落ち着きな、サマエル。……なぁ、リアス・グレモリー。お前が惚れ込んだ男を殺したのは、その人生を見事に狂わせたのは、誰だ?」

 

 どうしようもない程に。手の付くしようがない憐れな存在を生み出した。その原因があるとしたら、間違いなくそれは、

 

「お前達だよ、三大勢力の馬鹿どもが、

 欲張りすぎて、手遅れに追い込んだんだ」

 

 彼を取り囲む大人達と、聖書の三大勢力に他ならない。そして、それを止められる筈なのに、それをし無かった者もまた、同じだ。

 人類の未来と獣との邂逅。ただ一人の男の人間としての命と計画の狂い。その二つを天秤の皿にのせ、彼が選んだのは前者だ。

 

「だからと言って、兵藤一誠をかばうつもりも擁護するつもりも救うつもりも一切ない。あれもう一種の手遅れって奴だからさ」

 

 ただ一人、その中でサタナエルに雷光を走らせる女がいた。無駄だったことは言わずもがなだろう。

 彼は静かに顔見知りの堕天使の娘の顎を掴み、持ち上げる。リアスはそれを見て力を振るう。だが無意味だ。場数も年季も違う。

 

「……お前、バラキエルの娘か」

「だから何だと言うんです…!」

「アイツ、死んだよ」

 

 無感情な声で告げられた真実。

 その瞬間、明確に姫島朱乃の時は止まった。

 

 

 ■

 

 雄叫びと雄叫びが青空に高々と響き渡る。その声の持ち主はどちらも男ではあるが、どちらも人間ではない。一人は悪魔の男であり、もう一人はエインヘリャルの男だった。

 

「うぉああああ!!」

「っらァアアああ!!」

 

 爪と刃がせめぎ合う。その時間の中で彼等に膠着は無く、手が使えなければ足で、足が使えなければ歯で、と休み無く殺し合う。

 互いの体は全て相手を殺す為に使われていた。

 

「響かねぇぞヒョードーくんよぉ!」

「ぎ、ぐ、ぁあぁああ⁉︎」

 

 膝蹴りが悪魔の顎に刺さり、脳を揺さぶる。蹌踉めくその一瞬を生前より殺しに生きてきた人間は見逃さず、バルムンクを構え、螺旋の光刃を形成し即座にがら空きとなった悪魔の腹を刺突する。

 だが通らない。その鱗の様な装甲は光刃を塞きとめる。

 

「っ、だぁあ!めんどくせぇ事しやがんなあのメンヘラサイコ野郎!依怙贔屓も大概にしやがれっての!くそったれ!」

 

 即座に剣を腰元の鞘に戻したかと思えば両足で赤龍帝の首と鎖骨を蹴り、そのまま後方に飛ぶ。

 蹴りに仰け反った筈の悪魔は高速で距離を詰め、その両手から極光を放つもエインヘリャルは空中で身を捻り無傷という結果を得る。

 兵藤一誠はその双爪を出鱈目ながらも逃さぬようにと何度も振るう。フリードは再び手に白刃を取り攻撃を捌いていく。

 

「悲しいよなぁ、ようやく再開してこのザマってのは。最後に残ってた人間の形も捨てちゃったんですかぁ⁉︎」

「うるせぇよ…!俺はお前を絶対に許さねぇ!木場を殺しやがったお前だけは絶対になぁ!」

「はっはは! こりゃ酷いな!最高に愉快で笑えるぜ!お前は悪魔らしくなったよヒョードーォ!」

 

 あの祈りの家を壊したのは誰か。あの時子供達を怖がらせたのは誰か、そんな問いでも投げかけてやろうかとフリードは思っていたが、辞めた。この悪魔にはそれを問うても意味が無いと理解したのだ。

 

 ソロモンに負わされた傷の残る赤龍帝の肩にバルムンクの刃が乗る。人の身で非ずとも激痛が走る。だがそれだけで終わりではない。

 浮かべるのは凄絶に過ぎた笑み。ぶちり、と口の橋が裂けてもおかしくは無い程の。

 

「だから殺してやるよ…!悪魔祓い時代よろしくなぁ…!」

 

 鍔に踵を掛ける。警戒心を最大にまで高めた赤い竜人は再び極光を放とうとその手の平を突き出す。だが僅かに遅い。その隙を見逃すことなくチャンスをものにしたフリードはそのまま一気に魔剣を引き切った。

 

「が、ぁ、ぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁああァァアアアアアアあおおおォオぁあ!!??」

 

 痛みに悶えるその慟哭もまた、人の声帯から出るものではない。多分、もう、おとぎ話のドラゴンと変わらないだろう。そして、それと共に全範囲にオーラが吹き上げる。

 

「オイなんだよそりゃ…⁉︎」

 

 吹き荒れた赤いオーラは有無を言わせずにフリード・セルゼンを吹き飛ばす。致命傷は避けたがダメージはそれなりに大きい。だが敗北の決め手となる程ではない。問題は、今現在の彼の体制。

 吹き飛ばされたことにより空中で無防備だ。最悪な事にバルムンクは赤龍帝の足元にある。そして今なお兵藤一誠はこちらに迫る。追いつくのも時間の問題だ。

 

 ───こりゃどデカイの一発貰うか。

 

 そう思考を投げ出し、せめてものとカウンターの体制を取ろうとした時だった。

 

「フリード!これを使え!!」

 

 声だ、女の声。いやってくらいに聞きなれた女の声。知っている。彼女がフリード・セルゼンをよく知る様に。

 彼もまた彼女を、ゼノヴィア・クァルタを知っている。

 

 投げられた「ソレ」を手に掴む。感触で理解する。使い慣れたあの獲物、協会にいた頃から使っていた光銃だ。

 

「ナイスだぜぇ、ゼノヴィアちゃん!」

 

 ゴリ、と咄嗟に突きつけた銃口が、人の形さえも捨ててしまった者の眉間にめり込んだ。祈る様に、引き金を引く。ただ一度の銃声。

 その余韻はカンパネラの様に。だがそれでも、竜人の頭は仰け反っただけで、眉間に微かな弾痕が残っただけだ。

 

「ぉ”お”お”お”お”お”!!!」

 

 赤龍帝の顎門から極光が吐き出される。だがそれはフリード・セルゼンを殺す一撃とはならず、一条の赤い光は遥か空の彼方へと飛ぶ。

 その理由は一つ。ゼノヴィアが兵藤一誠の顎をデュランダルで切り上げた。装甲の硬さ故に切断は叶わなかった。だが十分だ。

 

 その間、二人は即座に距離を大幅に取る。白髪の男の隻腕には一丁の銃。青い髪の女の両手には青い刀身の聖剣。互いに体制を整え、横並びになりながら互いに不敵な笑いを浮かべる。

 

「何があったのか。なぜここにいるのか。後で説教も込みできっちり全部話して貰うかな、フリード」

「うげ、ひっでぇ。こんな事になるなら出て来なけりゃ良かった。ま、それはそれで後悔するんだがね」

 

 竜が吠える。相対する戦士は二人。

 

「一先ず、おかえり」

「場違いだが、ただいま」

 

 戦地にそぐわぬ語らいの果て、彼等は激突する。

 

 




人名:フリード・セルゼン
種族:人間→エインヘリャル
備考:北欧の大神の気紛、その出自と偉業により登録。今回はロキの護衛として館から出陣したが役割を放棄し赤龍帝と交戦中。
ロキ「あの野郎どこ行きやがった」
伊邪那岐「ウケる」
イメージ曲:Black Bird






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