合間合間を縫ってなんとか出来ましたぜ。
次回もこんな感じで一週間とちょっと後かなぁ。
時刻は正午に近く、いつも通りの太陽が今日を生きる人間達を照らし、活力を与える代わりとして微睡みを奪っていく。
ただ少し、いつもと違って人間達は慌ただしい。その理由は脈絡なく落ちた氷塊とか燃えた山とか灰の雨とか突然立ち入り禁止になった出雲大社だとか赤い流星とか空を覆った文字とかいろいろだ。
それでも、彼等の日常は変わらない。
学者達が首を傾げて討論を重ねて、ちょっとニュース番組が多くなって、何処かの団体が騒ぎ出して、記者が装飾した噂話をばら撒いて、それを誰かが面白半分で眺めるだけ。
結局はその程度。神が復活した事も、聖書の存在を人間とその協力者が皆殺しにしてる事も獣と神が殺しあってることも、普通な人間は知ることも関わることもないだろう。
それを体現するかの様に、かつて獣の名を冠する少年に地獄の底から助けられた少女、エアンナは寝ぼけ眼のままで『裏京都』の街並みをぐるりと見渡した。彼女の出身地のモノとはかけ離れた和装建築の群れは、変わらず見るものに雅を届ける。
朝の散歩、その途中の事だ。
彼女は道端に金の杯を見つけた。
普通ならありえない。警戒だってする。
「…?」
ふらふらと吸い寄せられるように金の杯へと近づく少女。それを不審に思って散歩仲間として、そして何よりトライヘキサを知ってる者として友とも言える仲の妖狐の娘、九重が止めた。
「どうしたのじゃ、エア? まだ寝たりないのか?」
「…ううん、眠たいけど、平気…」
エアンナを始めとする孤児達は本来ならばかつてアーシアやゼノヴィア、フリードが経営していた孤児院に入る予定だった。
しかしリアス一派の襲撃、グレンデルの襲来の事もあり、その予定は頓挫。
『大いなる都の徒』の一人曹操は裏京都の元締めの九尾である八坂に保護を懇願。獣の少年の事もあり、それは無事受理されたのだ。
閑話休題。
二人の少女はそのまま散歩を続け、街道を南へ南へと進んでいく。不自然に転がる金の杯など怪しいにも程があると無視して。
『これ』が分岐点であり、聖書の神の誤算だった。過去に獣と関わった女性に『穢れに満ちた杯』を手に取らせ、『大淫婦バビロン』の役割を
それによって、トライヘキサを完全に『黙示録の獣』そのものとする。そうすれば、神の勝利は確固たるものとなる。金の杯は聖書の神がそのために作り出した理不尽な契約の塊と鎖だからだ。
ゲームでいう強制デバフの雨あられ。一方的なワンサイドゲームに持ち込む悪辣なチート。
だがそうはならなかった。当たり前だ、聖書にとって都合の良い運命は終了しており、今まで体験できなかった理不尽を、彼らは享受しなければならないのだから。
今日も理不尽に空は青い。
人が死のうが生きようが、青いのだ。
例え、今日全ての人類が死に絶えても。
きっと、空は変わらずに青いのだ。
それが、ソロモンの選択した未来だ。
「…? 流れ、星?」
「…妙な方向に落ちる星じゃの…」
その青空の中で黒い流星が真っ逆さまに向かって落つる。こてん、と小首を傾げる二人の少女を後ろから眺める九尾の大妖怪は、その状態に気づけば目を剥いた。そして一言、うわごとの様に。
「………何がどうしたらああなるのかの?」
そう、呟いた。
■
出雲に落ちる黒い流星の正体は冥界より帰還を果たした三人の人間、つまりはレオナルド、ヘラクレス、ジークフリート、ペルセウスだ。
乗り物は変わらずに黒き飛竜だが、その速度はとんでもなく早い。そしてそのまま真っ直ぐ地面に向けて飛翔している。
「出る方向見事に間違えたやばいやばいやばい!! ブレーキしたら全員吹っ飛んじゃうじゃん、これ詰みじゃん! チクショーメ!」
「寝起きドッキリにしても壮大すぎんだろ! どうすんだよレオナルド⁉︎このままじゃ俺たち粗挽き肉だぞ⁉︎」
ギャーギャーとお祭り騒ぎの中だが、現在進行形で彼等は大ピンチである。地面に突っ込めば死ぬ。減速したら慣性の法則でパラシュートの存在しないスカイダイビング。そして彼等は現在竜の背にでは無く、
「腕のやつがめっちゃ跳ねてて気持ち悪りぃぃい! ちくしょおおお! 最後に味わう感触がこんな不快なやつなのかよぉおおお⁉︎」
「それ言ったら俺もだぞヘラクレス、ははは。…最後くらいは恋人の頬を撫でてから逝きたかったな。いや俺に恋人などいないが、うん。いないが」
本来ならこの竜は彼等を背に乗せたまま大空を飛んでいた。だがレオナルドが叫んだ通り、転移に成功したのはいいものを、その『出口の方向を間違えた』、その結果がこの通りの有様だった。
「…ッ!ジーク! 僕のことキャッチして!お願い!」
意を決した少年が叫ぶ。その眼は恐怖と勇気が相席しており、浮かべる笑みもまた同じだ。幼子の決意、それを無駄にするほど年上達は腐ってはいない。だからこそ屈託の無い笑みで返す。その笑みは『任せておけ』と暗に語った。
ジークフリートは己の神器『龍の手』を発動させ、そのまま禁手まで解放させる。その名も『阿修羅と魔龍の宴』。背から龍の腕を生やし、合計六本の腕を操るというもの。
「安心しろ、レオナルド」
「……信じたよ!」
レオナルドは恐怖を噛み締めながらも竜の尾から手を離す。勢いのまま吹き飛ばされる寸前の少年は四本の龍の腕で固定された。
ここまでは順調。そして着地点が見える。和装の建築物、恐らくは神社だろう。少年はこれから己が起こすことを思えば、心の中で謝罪する。そして彼は魔獣を新たに作り始める。
その体躯は極めて巨大で、豊かな体毛もある事で肥えた羊を連想させる。はっきり言えば生み出されたものはもはや巨大な毛玉だ。
毛玉と竜が衝突する。そしてそのまま落ちて行く。少年が目を固く瞑り、他の者はしがみついたままだが前を見据えた。
そして落ちた。恐らくは材木やら何やらが何度も折れて砕ける音がする。大騒ぎの声も聞こえる。一応は生きている事を悟った男達。状況の確認を取りたくても今は安堵の中に沈んでいる。
だが確認しなければ。そう思いペルセウスは目を開き、豊かな羊毛から顔を外し、辺りを身構えながら確認する。魔王やその眷属を『不死隊』と共に相手取ったばかりで体力はジリ貧だが、それでも立たねばならない。
「…俺は運が悪いのか、いいのか…」
「……僕よりはいいと思うよ、うん」
そんな彼の前にいたのは、片足を失った同胞である『曹操』と、その傍で’’もうどうにでもなれよ的な笑顔,,を浮かべる伊邪那岐大神。
出雲に落ちた黒い流れ星が運んで来たのは『仲間』と『馬鹿騒ぎ』だった。
■
はっきり言って、吹き出した。
サマエルからの依頼の後、逡巡してしまった最中に毛玉が落ちて来るなど。更にそこに皆が乗っているなど、サマエルですら予測できないはずだ。
『えぇ…何ですか、これ…』
サタナエルがこの場にいたらどうしていただろう。抱腹絶倒は間違いないとして───皆の無事を喜んでくれたりしただろうか。
いや、無いか。どうも俺は彼のことを『父のような者』として重ねがちだ。自覚がある分、どうにかできる範囲だろう。
「おお、曹操。勝ったのか…っと、…やっぱただじゃ勝たせてくれなかったみてえだな、魔王様も」
「…ヘラクレス。その腕のやつは…」
「言うな、皆まで言うな、頼むから」
腕をグロテスクなナマコに食わせたままのヘラクレス。…うん、どう考えてもレオナルドだな。あんな罪深い治療獣を創り出すのはクトゥルフの挿絵をグロかっこいいと言う血迷った彼しかいない。
「ゔぇぇ…ぎぼぢわるい…」
「安心しろ、俺もそうだよ…ぉえ…」
瓦礫に足を取られながらも何とかこちら側に来たジークフリートが小脇に抱えているのは顔色が見事に蒼白なレオナルド。
彼を確認したゲオルグが咄嗟に口を開く。どうやら彼と同じ考えだったらしく、俺の聞きたかった事を先んじて聞いてくれた。
「…そうだ、レオナルド。治療用の魔獣で欠損部位は治す事は可能か? 曹操が右足をやられてしまった。この後にもう一戦控えている」
「うぷ…無くなっちゃった所は…流石に無理。いや、僕がもっと神器を使いこなせていれば何とかできたかも…」
やはり、無理か。となれば片足のみで聖書の神のに喰らいつかねばならない。しかしそうともなると当然の話だがトライヘキサ の足を引っ張りかねない。どうしたものか…。
「でも、変わりなら作れる」
「……義足か、頼んでいいか?」
「大丈夫、それも僕のやりたい事だから」
……これ程までに頼もしい子どもがいるだろうか? 全部終わったらお礼も込めて何処か連れて行こう。
ジークフリートの小脇から器用に抜け出しシュタッと着地する。てこてこと歩み寄って来るが、未だ急降下のせいか朧げに千鳥足だ。
膝を折り、無くなった己の右足を見る。当然俺の右足は膝から下が存在しない。レオナルドはそんな俺の足を見つつ一つ頷く。
「んーっと、ねね、ジャンヌ。治癒の聖剣って作れるかな? …あ、できれば僕でも使えるように彫刻刀サイズのやつ。」
「…今の体力じゃそのサイズは無理ね。ジーク、あんた代わりに振ってやりなさい」
「危ないから投げないで欲しいんだけどな……」
回転して飛んできた聖剣をキャッチしたジークに同感だ。治癒の力がある聖剣とはいえ刃はあるし、質量だって相応だろう。
「さて、どう降ればいい? レオナルド」
「えーっと…断面の周りと、中心をお願い」
ジークフリートがこくりと頷けば言われた通りに刃が俺の足を滑れば微かに翠色の軌跡が残る。工程が終わったのか、レオナルドは静かに断面に手を当ててから静かに息を吐く。
生み出されていく足。それは翠光の線と合わさり始める。不意に走る激痛。神経全てが裂かれていく感覚。
「ッ───!!??」
声すら出ない痛みとはこの事か。喉が勝手に閉まる。身体すらまともに動かせない。霞む視界に申し訳なさそうな顔をする子どもが見える。…そんな顔をするなと叫んでやりたいが、無理だ。
しかしそれも一瞬のこと、視界が戻る。右膝より先には新たな足が存在している。それも随分とヒロイックなデザインの。
「…ごめん、痛いってこと言うの忘れてた」
「気にするな、耐えられない訳じゃない…ありがとうな」
二本の足で立てた。取り付けた後なのに直ぐに動けることが先ず驚きだ。小さな恩人の髪を撫でる。子どもの髪の撫で方なんて分からないが、多分こんな感じだろう。
二、三回の後に手を払われた。…子ども扱いは嫌いか。どう接したものか、家族との距離感とはどういったものだったか。
…そういうのは全部終わってからでいいか。
「さ、て……行くか」
気を取り直して聖槍を持ち直す。生まれ付きの因縁の証。…『英雄派』なんてものを立ち上げた頃が少し懐かしい。今思えば恥の海だ。…過去の俺に合ったものなら殴り飛ばすだろう。
この時まで待っていてくれていたのか、サマエルの声が今になって聞こえた。
『……準備はよろしいですか?』
「ああ、今なら行けるさ」
ゲオルグが『絶霧』で俺を包む。本音を言えばあのゴーレムに乗せて欲しかったが、やはりダメか。
『では、サタナエルより伝言を。…第一天にいるクロウ・クルワッハよりソロモンの指輪を受け取ること、そして一つだけ。「あんなクソ野郎に殺されて死ぬな」との事です。…ふふっ、あの方らしい』
「…了解とだけ返しておいてくれ」
保証ができないというのが悔しいところだが。…だから皆してそんな信頼に満ち満ちた眼差しで見ないでほしい。ただでさえ高いプレッシャーを上げてくれるな。
「ま、なんだ…いってらっしゃいだな」
「そうね、いってらっしゃい」
「ははっ、いってらっしゃい」
「いってきやがれ、そんで勝て」
「…い、いってらっしゃい」
……そんな気楽なものでいいのか? いや、下手に緊張するよりかは遥かに良いか。
「ああ、行ってくる」
俺は『ただいま』と返せるだろうか?
九重、八坂、エアンナ数十話ぶりの登場。エアンナの方はトライヘキサと再開は多分しないんじゃないかなぁ。
次回は当然『神殺し』。その偉業は成就し得るものなのか。獣と人の共闘は何げにこれが初めてですかねぇ。
・曹操(義足ver.)
完成した槍の英雄。ようやく辿り着いた到達点。されどこれからも彼の成長は続く。彼の中では己はまだ完成していないのだ。
イメージに使った曲・『英雄』、SURPRISE-DRIVE