黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

54 / 57

お ま た せ 

いやー、色々忙しかったですが何とか投稿です。
今作ももう終わりが間近ですなぁ。




強くなれるよ、愛は負けない

 火の海が見える。かつては神々しいとでも言ったその場所はもう見る影も消え果てていて、煉獄と大差のない有様だった。

 人の形をとった光の様なもの。つまりは唯一神なる者が、光の杭と夥しいほどの光の文字で拘束された異形の少年───トライヘキサと名付けられた者を睨む。

 確かな足取りで無理矢理に地へと伏せられた獣の前に神が立つ。そして迷い無く、寧ろ渾身の力を込めて神は少年の頭を踏みつけた。

 

「お前など最初からいなければ良かったんだ。

 お前など誕生してなければ良かったんだ」

 

 その口から吐かれたのは粘ついた声。それは憎悪と憐れみに加えて、嫌悪と憤怒が混ぜ込まれ言葉として固められている。

 それが神が獣に対する憎しみだった。

 己の大願を阻む者、己の愛し子を歪ませる者。救いの破壊者であり、未だ持って世界が救われない全ての元凶。それが神からトライヘキサと名付けられた一匹の獣へ下されている罪だ。

 

「貴様は、人間を思っている様に見せかけているだけだ。お前、本当は、最初から人間など心の底から愛していなかったのだろう?」

 

 獣は喋らない。呆然とその言葉を聞くだけだ。

 

「でなければ、なぜ今もその忌々しい人間擬きの姿を取っている? なぜあの時のように───数千年前、貴様が初めて私に牙をむいた時の様に醜い獣の姿にならない?」

 

 トライヘキサたる者の本来の姿。それは決して今の様な少年の姿などではない。これはあくまで『核』であり、器に内包された本質に過ぎない。そして『核』だからこそ、『器』である『最強の魔獣』の力を彼が使う事は不可能である。

 ハンデには度が過ぎている。そもそも神を相手にハンデを付ける理由がトライヘキサには存在するわけもない。

 

 だからこそ神は獣を鼻で笑う。お前など結局はその程度。そう言うかの如く、相手の存在全てを見下し侮蔑する笑いだった。

 

「とどのつまりお前は、徹頭徹尾、最初から最後までただ人間達に憧れている『だけ』だろう? 空っぽの愛だ『ああなれたら』と叶わない夢想に至る。それがお前の本質だ。

 お前が語れるものなど何も無い。お前が誇れるものなど何も無い。お前が救えるものなど何も無い。お前には何も無い。

 だからさっさと目を閉じろ。二度と目を開くな、そのまま終わればいい。お前の愛に『中身』など無かったのだから」

 

 それが神から獣への言葉だった。

 そして、その言の葉の全てを。

 

「勝手に言ってろ、誇大妄想者」

 

 トライヘキサは、鼻で笑ってやった。

 

 踏みつけられたままの少年の肢体に力が灯る。その白く華奢な、少しでも力強く殴れば砕けてしまいそうな身体から、途方も無いほどの力がただゆっくりと溢れ出す。拘束する杭が、光文字が静かに軋み出す。ギシギシと嫌な音が聞こえる。小さくも確実な綻びが走る。

 

「確かに(おれ)は、憧れたよ。あんな風に生きたかったと、ああ成れたらと憧れた。

 それほどまでに、『人間』は素晴らしかった、輝いていたんだ。 多くの時間が僕の網膜に焼き付いて、離れてくれないや。それ程までに魅せられた」

 

 泣きそうな声。その理由は憧れに至れないから。その理由は憧れと己が何処までも遠過ぎるものだから。決して交わる事ない平行線。

 腕が立つ。立ち上がり始める。休憩なんて仏蘭西の時に腐るほどとった。今の己に立ち止まることは許されない。

 

「だからって、お前が何と言おうと関係ない。『僕』は何度でも言ってやるよ。僕は人間(みんな)が大好きだ。

 僕は人間(みんな)の様になりたいと願う。そんな子ども(ばけもの)が僕だ」

 

 光の杭を砕き、己の頭を踏みつける足の首を、へし折るどころか握り潰しかねない程の力で掴む。

 

 即座に神が落としたのは血雹の槍、硫黄の雨、稲妻の剣。少年の身体が消し飛び、当然の如く再生が始まる。飛び散った肉片は参集し、失った体のかけらが新たに生み出される。

 

 トライヘキサはもう一度神の前に立つ。その双眸は冷静に染まり、もう激情に駆られる事はない。

 六枚の翼がその姿を隠した。此処にいるのは十の角を生やした者。その姿はもはや限りなく人間に近いものと変わっていた。

 

「お前が何と言おうと、僕はもう止まれない。止まらない。決めたんだ、僕が殺した人達と勝手にした約束が、まだ生きているから」

 

 少年が分かる事は限りなく少ない。だから彼は考え続ける。膨大な時間をかけても、行き止まりや壁にぶち当たっても、苦しくても辛くても、誰に何を言われようとも、彼は己に出来る事をやる。

 

 彼は多くを奪って、壊して、此処にいる。だからこそ『答え』を欲した。それは『償う方法』でもあり、これからの『己の在り方』でもあり、人間との『向き合い方』でもある。

 

 彼は生きている限り、足跡を辿り続けなければならない。どんなに心が折れそうになっても、進まなければならない。

 だからこそ神に牙を剥く。愛したものの為だけでは無く、彼は彼自身の為にも神を殺す牙となる。

 

「多くを殺しておいて味方面か?」

「お前にそれを言う資格はねぇよ」

 

 拳を握り焔を宿す。笑いもせず、その双眸にあるのは静かな怒り。数千年という余りにも長い時の中でも絶えず、寧ろ絶えるどころか幾重にも増し研ぎ澄まされている火が彼の内に在る。

 

「僕は君を殺す為だけに此処に在る。さぁ、再開を祝して互いに全てを出し切ろう」

「…いいだろう。今日がお前の絶える日だ。…『息子』がお前を殺さなかった理由が今でも理解出来んなッ───⁉︎」

 

 先手必勝。その決まり事に従い少年の細腕が、神の鼻柱を殴る。首が千切れない事に関しては流石の唯一神といったところだろうか。

 「YHVH」は目を見開く。それは不意打ちを食らった事に対する驚きでも憤怒でも無い。彼の目が見ているのは獣では無く、獣の背中に広がる。

 

「何だ、…何だそれは、ふざけるな。ふざけるなよ貴様⁉︎ 何処まで思い上がる、何処まで狂うのだ⁉︎ …人から私と言う救いを奪うだけでは飽き足らず───穢し、貶めるつもりかぁ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 666の数字を背負うものが待つ力の内一つ。無秩序に振りまかれる世界すら侵す瘴気。

 それは今や、翼と言うよりかは噴出が最も近しい姿となり、黒一色が六枚の翼の代わりに雄々しく広がる。そこには明確な指向性があった。完全にその力は秩序が支配している。

 彼はこの日までそれをずっと内に留めていた。全てはこの時のために。言ってしまえば「とっておき」だった。

 

「お前など救いには成れはしないよ」

 

 〝安心しろ、僕と同じだ〟皮肉に笑って告げて、狙いを定める。黒の噴出が渦を巻く。次第に形を翼から無数の槍へと変えて行く。

 螺旋の黒槍が神を穿たんと振るわれる。神はそれを死に物狂いで相殺しようと何度も力を振るう。ある時は炎剣で、ある時は雷槍で、ある時は雹弩で、持てる全てを出し尽くす。

 

 瓦解していた神の地が、更に破壊を極めていく。もはやそこにあるのは簡単でもなければ地獄でもない。荒野だ、何もない荒野。緑すらも神の光すらも永遠に忘れ去られた天界の成れの果て。

 

 そうまでしても聖書の神は獣の瘴気を受ける事を拒んだ。己のが穢され、神格を落とされる事を拒んだ。神の御座から引きずり降ろされないように必死だった。『世界』すら穢す力の前では、全知全能たる神格存在でも、ただでは済まない。

 

 落とされる訳にはいかない。落とされてたまるものか。この座は私のみが在るべきなのだから。救いであり裁きであり法であり秩序たる私のみが、この座に就くべきなのだから。

 

 その一念に取り憑かれた。だからこそ神はその槍の切っ先を貰い受ける。己が子を殺した証の槍を、己が依り代とした神器を。

 謂れのない雨の上がる時は来た。王のもたらした青空の手招きに従い一人の英雄はその戦場へと至る。生まれ持つその槍と預かり手にした指輪を掲げ、飛翔し、一条の流星となり神を穿つ。

 

「酷い話だな、自称唯一神」

「……き、さま」

 

 『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』。神の子を殺し神の子の血を浴びた槍。神に愛されたアベルの兄にして、人類初の殺人者カインの子孫たるトバルカインが天より降る鉄から鍛え作り出した槍。

 神を屠る力を持つ一槍。それは深々と神の肩に突き刺さる。

 そして曹操は歯を食いしばり槍を更に押し込む。当然の如くそれは肩を貫き神の力を削いだ。

 

「父が子を殺した槍に蔓延っているとはな」

「この愚か者がぁぁぁあぁぁぁぁあ!!!!!」

 

 憤怒が噴き上げる。燃え盛る弩が無数に空へと配置され、全てが人間の元へと降り注ぐも、人間は右の義足で踏み込み笑う。

 ヒロイックなデザインの義足。無機的で白銀色の足から蜻蛉の様に四枚の薄く細い羽が広がる。人間はその羽付きの足で地を蹴る。

 

 風を切り跳躍する。迫り来る巨大な火矢を、空中で旋回し回避する中で、聖槍を振るい避けきれぬ火矢を弾き散らす。

 着地と共に放たれた横切りの一閃。腹を削がれ仰け反る唯一神。その隙を、獣は決して見逃す事なくその翼を以って神を殴る。

 

「が、ぁあああぎがあああがぁががぁ⁉︎」

 

 地を転がる。黒色の濃密な瘴気に覆われ神の姿はよく見えない。だが決定打ではないと、獣と人は同時に見抜く。

 互いに一発を食らわせた事を祝して拳を合わせては笑い、距離を取る。人間は槍を構え、獣は翼の切っ先を再び尖らせた。

 

「…これが初めての共闘か。…俺がついて行ければいいんだが」

「大丈夫、君ならやれるよ。さっきのだって全部避けたじゃん」

 

 不安を口に出そうとも現実を見せられた故に心配はいらない。とはいえ何が起こるかわからないのが『世界』だ。なんでも起こるし、なんでもあり得る。それが本来の世の流れである。

 

 黒煙が晴れ神の姿があらわになる。以前の様な人の形をした光ではない。そこには明確な実態がある。まず現れたのは、恐らくは右腕だろう。それは、瘴気が晴れた途端に()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ?」

 

 右腕だけではない。その半身は山羊の様な体毛を生やし、隙間からは蛇の如く鱗が覗く。頭部からは二本の角が捻れ立つ。穢れて行く、かつて己が不浄と敷いた物に、体を侵されて行く。

 イナゴの様な左足を震わせながら叫ぶ。何だこれはと。巫山戯るなと。あり得てはならないと、声高に狂ったかの様に叫ぶ。

 そして、その叫びに憐れみの眼差しを送ったのは神が愛していると謳う人間である曹操だった。

 

「神を悪魔と貶め堕とす。今まで他の神に強要していたことが、今になって漸く自分に返ってきた、か。何処まで行っても世の流れは自因自果だな」

 

 良き事をすれば良き事が来る。悪しき事をすれば悪しき事が来る。全ては己の行いが決める。ただそれだけの話。

 これより始まるは唯一神に送る大冒涜。かの存在がエジプトの太陽神を始め多くの神に齎した災禍は今、彼の元へ還る。

 

 さぁ、新たなソラの門出に相応しい祭を。

 

 





トライヘキサ (瘴気翼ver’)
別名:四文字絶殺モード
イメージ曲:Be The One
世界を侵す瘴気に指向性を持たせた状態。神の威光どころか神格そのものを穢し零落させる。日本の神性存在に対してやったら多分返って強くなると思う(白目)

曹操の義足の効果は超加速。あと羽根で切断とか?
何はともあれ始まる神殺し。成功なるか?


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。