黙示録の時は今来たれり   作:「書庫」

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僕は一日も早く空を新しくしたかった。
やらないといけないと思ったんだ。
そうすれば少しは綺麗な世界が見れるかな。
全部が終わったら皆と何処かに行きたい。

ああ、僕はそう願う。
…そう願っている

僕が倒れても皆がいるから大丈夫。
でもこの心だけは忘れたくないかな。
そうなれば空は晴れ渡るだろうし。
これが一番いい道だと思ったんだ。

さぁ、行こう! 数多の苦痛を乗り越えて!
僕は行くよ! これから続く時間の為に!




Let it go around cosmos over the pain

 聖書の神は変質した。その姿は彼が忌み嫌い邪悪なるもの、不浄なものと定義したものに置換された。以前の様な光そのものではない。

 二本の角に山羊の体毛。蛇の鱗やヤモリの右手にイナゴの左足。どこまでも醜いキメラが蒼天の下、荒野の上で泥の様な言葉を吐く。

 

「ふざ、ふざけるなよ貴様!貴様は自分が何をしたのかわかっているのか⁉︎ 人の拠り所たる、救いたる、慈悲たる、赦したる私を貶めたのだぞ⁉︎」

 

 瘴気の噴出で形成された黒翼を雄々しく広げ、数千年より遥か前から存在していた少年は眉一つ動かさず、無言のまま構えを取る。

 それとほぼ同時、恐らくはこの時代に於いて最強にも等しい程の実力を掴み取った英雄の血を引く男は聖槍の切っ先を神へと向けた。

 

「まだ化けの皮が突っ張ってるや」

「ふむ、やはりもう少し剥がすか?」

「いーや、完膚無きまで剥がすッ!!」

「分かった、なら俺が抑えよう」

 

 獣と人が足並みを揃え駆け出す。青年が跳躍し、少年は前進する。醜いキメラはその双眸を怒りに滾らせ、吼える。そこにかつての様な神聖さは欠片も無い。怪物がただ吼えているだけだ。

 ドス黒い赤色の雹撃の波が放たれる。トライヘキサ は持ち前の業火を持って溶かし、人間はその槍と技巧を持って砕く。

 

「お前が愛していると言った『よわっちい人間』を代表して俺からのプレゼントだ、泣いて喜んで受け取ってくれるよな?」

 

 凄絶に笑う曹操の手の中で、使いこなされた槍が踊る。逆手持ち。槍の切っ先は下を向く。その先には射止めるべき対象。

 渾身の力を溜め込み、身を限界まで捻り肩と腕を限界まで引く。己の体を完全に発射台とし、叫ぶ。

 

「『神殺の鉄槍(シン・ロンギヌス)』!!」

 

 それは彼が発現した『禁手』の持つ名。

 『黄昏の聖槍』がその姿を変える。はるか昔に神の子『救世主』を貫いたあの槍に。トバルカインの鍛えた一槍に。とあるローマの兵の持っていた、正真正銘のただ一本の鉄槍へと姿を変える。

 神の子を貫きし槍と同じ姿を取った一振り。その柄には血の様に赤い蛇と鴉の刻印が刻まれた。

 

 夕陽色の一撃が化け物の心の臓をめがけ落ちる。風は勿論、音すらも置き去りとした迷い無い投擲。

 神だった『何か』は退避しようとイナゴの足で地を蹴る。虫に相応しいほどの跳躍力だが無意味だ。人の力は神の想像を超えている。

 

「な、ぁ⁉︎ がぁぁあああああああ⁉︎」

 

 貫いた。穿った。突き刺した。

 槍が化物の腹を潰し、地面へと縫い止める。

 その姿はまるで蝶の標本の様に。

 同時にトライヘキサは化物の喉を掴む。

 翼が唸り、決して避けられ無い一撃が。

 

「神様ごっこも終わりだよYHVH、全部終わりだ。お前に僕の全部をぶつけてやるから、もうそんな遊びもやめちまえ!!!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れぇえぇえぇえぇえぇえ!!!!!」

 

 トライヘキサの広げる瘴気の翼が渦を巻き、十二の竜巻となって唸る。そこに込められたのは、積もりに積もった怒りの他にない。

 

 精一杯の力で竜巻を、恐らくはほぼ全ての瘴気を叩きつける。黒い旋風が地面を削りながら一点に集中する。それはさながら、全てを飲み込む質量的特異点(ブラックホール)

 

「あぁあぁぁあぁあぁぁあ!!! 私が終わるだと? 私が私で無くなるのだと? いや違う! 私が、私が()()()()()()()⁉︎ いや違う!そんな醜いものが、こんなにも醜い姿が、私であるものか! 私は、私は…!私は『唯一神』なんだ!!!!」

 

 黒渦に飲まれていく中、変貌する。残る光の輪郭も肉体に覆われる。やがて瘴気の全てが神の全てを穢し終え、無くなった頃。

 そこには変わらずに怪物がいた。外見は変わっていない。()()()()()()()。一瞬にして曹操がそれに気づき、身構えた時。

 

 

「……ぉ、…ぉお、おおおおおおおおああああああ!!!!! ふざけるな違うこんなの間違いだあり得ない嫌だ巫山戯るな獣ごときが私ししししし、?私なんだ神だ繋ぎ止めることすら出来ないのか出来損ないどもが何故お前達は醜い何故綺麗なままままたたじゃないんだ洗わなきゃきたない私に相応しくない違う違う違う何故何これ嫌だ汚いのこんなの違うんだこんな汚いのは要らない不要不要不要不要不要不要不要不要不要!!!!!」

 

 

 どうしようもない叫びがあった。

 

 

「並ぶ者無き私のみを信仰しろ! 唯一無二の私のみを讃え、唯一の神たる私に相応しい命となれ! 自滅を果てに待つ哀れな知性体どもが、救ってやるからそれぐらいの代償を払いやがれ!」

 

 

 人間は、無意識に憐憫の眼差しを神だった化物へと向けていた。

 …此処に在るのは、過去の欲望の成れの果て。紀元前から現在に至る長い時の果て、遂に化けの皮が剥がれた瞬間だった。

 

 

「づ、ぁ”ぁ”あああああおおおおおおおお!!」

 

 

 怪物が更に吠え、背に生えていた無数のクラゲの様な触手が四方八方に唸る。そこに整合性も合理性も理性もない。

 

 手数の多さに対応しきれ無かったのか、優先的に狙われていたトライヘキサの腹を透明な塊が殴り、地に叩きつける。

 

「ッ! トライヘキサ!!」

 

 曹操が咄嗟に振り返った瞬間、その隙を見逃す訳もなく化け物が人間の眼前に一瞬にして迫った。

 

「ッ、はや───ぁ”ッ…ぃ”…!!」

 

 その化け物が狙ったのは人間の首。鱗に包まれた冷たい手が、脈動し熱を持つ首を圧迫する。

 そして化け物の顔が人間に近づく。形容し難い有様の醜き(かお)が、一人の英雄たる青年の瞳へと間近に迫る。

‪ 

「…私に牙を剥いたよなぁ!機能不全で進化に失敗した猿程度がぁ! 何の為に貴様らに奇跡を与えてやったと思っている⁉︎ 今まで私がどれだけお前達醜い肉人形どもを愛してやったと思っている⁉︎ だのに何故貴様らは醜いままなのだ!いつまで汚いままなんだ!何故私の理想の形でいてくれないんだ!巫山戯るな! ───ッぃ⁉︎」

 

 世迷言を吐く化け物の腕を、トライヘキサがその握力を持ってへし折り無理矢理にでも千切落とし荒野に打ち捨てる。

 

「巫山戯んなよ…! お前が…!」

 

 少年の手が怪物の腹に突き立つ鉄槍の柄を掴む。そして何時もの様に橙色では無く、白い焔を灯した素足を怪物の腹にめり込ませ───槍を引きずり抜きながら蹴り飛ばす!

 

「この世界で! 一番! 何よりも! 醜いだろうがぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「ごぼぶ、ぅ”ぎぃぎゃあがぃ”がぁぁああああおおおおおおおおおおおああああああああああああああ!!??」

 

‪ ‬地面に叩きつけられた時に砂埃が口に入っていたのか。トライヘキサは小さな口をもごもごと動かし、何度か唾を吐き捨てた。

 その手に握る鉄槍を人間の手に返しながら鋭い眼光は変わらずに獲物の元へと向けられている。

 

「…ごめん、最後は僕の手でやらせて」

「構わないさ、…決着を付けてくれ」

 

 獣と神の因縁。その最後の決着に人間は介入しないと決めた。彼等には彼等の闘争がある。その程度の事は理解出来る。だからこそ曹操はこの戦いを『見届ける立場』に立つ。

 

「……ありがとう」

 

 ‬泣きそうな声で礼の言葉があった。それは積年の終わりから来る感涙か、それとも最後の最後で己の我儘を優先させた情けなさからか。

 どちらにせよ、最後の賽は投げ手は黙示録の獣へと委ねられる。最後の対決のカードは、頂点にして原点の二枚。

 

「死ね、死んでしまえ哀れな獣どもが」

 

 現れたのは神から化物(フリークス)へと堕ちた存在。

 相対するのはかつて神を殺さんと牙を剥いた者。

 現代も尚、神を殺めんとするその一心で神を怪物へと貶めた生まれながらにしての『■■(ばけもの)』。

 

 神だったモノが、赤い肉の繊維と焼き焦げ毛に覆われたモノが、残った左腕を肥大化させて、背中から無数の触手を尖らせてただ迫る。

 獣は動じる事なく迫り来る敵を見据えた。

 

 ───ああ、とっくの昔から知っている。

    この世界は綺麗なものばかりじゃない。

    その程度、ずっと前から知っている。

 

 ‬黙示録の獣と聖書の神だったモノがぶつかり合い殴り合う。歪な巨腕が少年の細身を押し潰さんと振り下ろされ、トライヘキサはそれを蹴りで拒む。

 少年の体躯特有の鋭利な肘が、塞がる事の無い腹に開いた穴へと抉り込まれる。

 

 透明な触手がトライヘキサの身を貫き裂く。引き千切れた腕の再生を待たずに少年はその顎門を開き、小さなから焔を放ち自分がとか怪物の体を諸共に焼き焦がす。それでも、互いに燃え盛りあいながらも、彼等は殴り合う。絶える事なく殺し合う。

 

 ───とっくの昔に知っている。

    このままじゃ人間はいつか破滅する。

    自らの進化に、首を絞められる。

 

 互いの鳩尾に渾身の拳が入り吹っ飛ぶ。二匹の獣が地を転がる。すぐさま立ち上がり叫ぶ。野獣の哮りが其処にある。強く硬く握り直された小さな‬拳に焔が灯る。巨腕から骨が突き出し凶器となる。

 

 肥大した拳と骨槍が何度も何度も振り下ろされらトライヘキサを幾重にも押し潰し削り取る。少年の骨を次々と間髪を入れずに砕けていく。肉体を次々と抉って行く。それでも小さな体躯は立ち塞がる。

 

「……何故だ、何故阻む⁉︎ 何故倒れない⁉︎」

 

 心底理解出来ない。何故、倒れない?

 心底理解出来ない。何故、立ち上がる?

 心底から出来ない。何故、立ち塞がる?

 

「…今のみんなを、守りたいから」

 

 血まみれでも尚、儚く笑う。火の灯る拳が狙いを定めた時、歪な拳が少年の頬を殴り付ける。それと同時に少年は一歩を踏み出し、腰を入れ、渾身の力を持ってその拳を怪物の顎へと突き刺す。

 爆ぜる。焔の灯る拳から炎熱と爆炎が解き放たれ、それは聖書の神だった怪物を焼き尽くし、その半身を消し飛ばす。

 

「ぁ、ああ…、ァアあああああ⁉︎」

「…確かにさ、このままじゃ人間達は滅んじゃうかもしれないよ。行き詰まっちゃうかもしれない。だけど、だけどさ…」

 

 最後の一撃。少年の手の平に盛大な業火が溢れ出しては収束する。それは一つの形を成し、小さな球体にまで押し込められる。

 その輝きは太陽にも等しく、白く燦然と、煌々と。

 

 ───どこまでも誇らしく力強い輝きを放つ。

 

「それでも、僕達は関わっちゃいけないんだよ…!

 人間の未来は、…人間だけの物なんだ!!!!」

 

 小さな太陽が、少年の手を離れ、放たれる。星の力に吸い寄せられるかの如く、残る怪物の残骸がその光球へと飲み込まれていく。

 その最中で憎悪の灯る眼球が少年を睨む。言葉を紡ぐ口はない。意思を疎通する手段はない。それでも、少年は何故か怪物の意思を理解した。

 

 〝お前を許さない〟と。

 

 トライヘキサは笑った。少年は微笑んだ。ざまあみろとか、そんな感情とかではない。

 ただ『ようやく終わった』という達成感と、『これで終わり』という安堵からくる柔らかな笑顔を彼は浮かべた。

 

 そして唱える。

 その光球の名を。

 神を焼く火の名を。

 唯一神が太古に貶めた神の名を。

 

再臨する太陽(アメン・ラー)…!」

 

 その真名が紡がれた時、聖書の神は焼失した。

 残るものは何もない。わかり合う事も無い。

 これが数千年に渡る神と獣の殺し合いの果て。

 

 聖書の神、神聖四文字、偉大なる主

 いと高きゼバオト、エル『YHVH』は死んだ。

 これから先は、正真正銘人の時代がやって来る。

 

 トライヘキサは何も無くなった荒野で横になる。暖かな陽射しが彼を労うかのように照らしている。

 

 全てを見届けた人間が鉄槍を肩に担ぎ少年の元に歩み寄り、座り込む。戦友と笑い合うという、戦いの終わりの形が其処にはあった。

 

 

 休息の前に、トライヘキサ…いいや、違う。

 …ひとりの名無しの少年は、朗らかに笑った。

 

「…お腹、空いたや」

 

 くぅ、とその薄い腹から微笑ましい音がする。

 荒野に寝転ぶのは、見た目相応の、

 ……小さなただ一人の『人間』の少年だった。

 

 

 

 





その心は、きっと人間なんだよ。


神殺の鉄槍(シン・ロンギヌス)
『シン』は真とSin(罪)を意味していたり。
備考:不可逆の傷を与える槍。治療手段は無い。人間が独自に神殺の力に特化させた事により発現した亜種『禁手』であり、掠めただけでも神性存在の力の大半を削ぎ落とす。その傷もまた不可逆のもの。ぶっちゃけ獅子目言彦を槍にした感じ。

次回、『赤い鳥、黒い鳥』


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