推奨BGM「ぼくのフレンド」
または「castle imitation」
お好みな方を流し、お楽しみ下さい、
■
Last profile
『名無しの少年』
・かつて黙示録の獣と謳われた『人間』
これから平凡な幸福を享受する普通な少年だ!
これは、三大勢力が無くなってからおよそ一ヶ月程度後の事だ。
広大な農地が広がる村の中で、青と白の髪が風に揺れる。彼等の足取りは最近買い取られた真新しい孤児院へと向かっている。
白い髪の男はうだつの上がらない様でのろのろと歩き、対照的に青い髪の女は活き活きとした表情のままハキハキと歩いている。
「…すげえ行き辛ぇんだけど」
「何を言う、実家に帰るだけなんだぞ?」
北欧から引っ張り出されて来た白い髪の男、フリードの顔色はお世辞にも良いとは言えない。後ろめたさと気まずさを内包させた感じだ。
その感情は全身にまで現れており、事実彼の足取りはかつてない程までに重い。
青い髪の女、ゼノヴィアはそれを見て可笑しそうに笑う。この男でもそんな顔が出来たのかという、小さな驚きも混ぜて。
「ほら、もう着いた」
「……ぁー…」
「なんだ、まだ決心がつかないか? 行っておくが、私はお前の代わりに開けるだなんて事は絶対にしないからな」
「ふっざけんな⁉︎ だークソ!ゼノヴィアちゃん肝心な時に限って頑固だよな! も少し俺に柔軟性と優しさプリーズミー!」
勘弁してくれと嘆く声も勿論一蹴。この扉を開けるのは彼でなければならないのだ。久しぶりに帰ってきた、彼でなきゃ。
「はぁぁぁあー…マジかよ。なんか照れくせぇんだよナー……」
両開きの木造扉の前で立ち往生。数秒の深呼吸をして、フリードは気怠げさも凄絶性もない、苦虫を噛み潰した笑みを出す。
「なっ…」
扉の前には孤児達と、アーシア・アルジェントが予め待っていた。皆が心の底からの笑みや歓喜の泣き笑い浮かべており、待っていた。
なんともまぁ贅沢な出迎えだろうか。呆気にとられた白髪の少年は硬直したまま声を出す事さえ忘れ、肩を震わせ立ち尽くす。
その隙にゼノヴィアは孤児達と共に並んで、何処までも普通な言葉を皆と共に『家族』の一人である少年へと送った。
『───おかえりなさい!!』
男は嗤うのでは無い、
だが、それでも───。
「…、ただ、いま…っ…!」
出会えて良かった。守れて良かった。俺の人生は間違いだらけだったが、俺の人生は決して誇れるものではないが、それでも価値はあったのだ。間違いだけでは無かったのだ。
だってこんなにも尊いものを、何処までも焦がれたものを、手に入れていたのだから。
「アーシアさーん、買い出し終わったッスゔぇええええええ⁉︎フリードのアニキ⁉︎アニキナンデ⁉︎」
「落ち着けリント、レオナルドだって微動だにしていないんだから」
「曹操、僕等がかなりタイミング悪い時に帰って来ちゃった事に気付いて」
■
ある町には新設開店の大衆酒場がある。昼間だというのにその店は開いていた。ただし『本日貸し切り』という形でだが。
その中には一組の男女がいる。一人はショートヘアの赤い髪の女性。もう一人はスーツを粋に着こなす男だった。
「何度も言いますが、私は不服です」
「はいはい、もう何度も聞きましたよー」
赤髪の女、サマエルは呂律の回らない言葉や紅潮した頬から見ても酔っている事は明白であり、スーツの男、サタナエルは苦い笑みとと共に適当にあしらいつつ、グラスに注がれた
サマエルはサマエルでウィスキーを飲み干したグラスを周囲に乱立させており、それでも尚彼女の飲酒行為はとどまる事を知らない。
「確かに私達は天使の生き残りです。今の立場にも理解を示しましょう! だけど! 何も貴方と外出を共にする事を強制させる必要性は見られないのですが⁉︎」
「それ俺に聞かないでくんないかなぁ⁉︎ 後そのニヤニヤした面納めてから言いやがれ! つーかそれは首謀者の伊邪那岐に聞いた方が良いよねそれ、俺全くこの件に関係ないよな⁉︎」
サタナエルとサマエル。結果的にこの二名は日本神話が預かる事となり、かなり緩いとは言え今後一年のみ監視が置かれている。
そして彼女の言う通りこの先一ヶ月に限るが少々妙な制約も課されており、その中で『どちらか一人が外出する際行動を共にせよ』というものがあった。彼女がサタナエルの側にいるのはそれが理由だ。
「…あんたらなぁ……も少し静かに飲めよ…」
その様を呆れ笑いで眺めるのはこの酒場の主人ヘラクレスだ。元々の恵まれた体躯もあって前掛け姿は中々に様になっており、その無骨な手に握られた菜箸を駆使し、細やかなお通しが作り出していく。
そして大将が痴話喧嘩をミュージックに鼻歌交じりで盛り付けへと夢中になり始めた時だ。酒場に戸が開く音が響き、続いてハリのある女の声がした。
「大将、やってる? …って言うのよね、こういう時」
「おーこりゃ期待の新人作家のジャンヌさま、さっさと入れよ。今日は俺達だけの貸切だ」
その一言と共に遠慮なく金髪の女はカウンター席に着く。サマエルの周囲に乱立するグラスを見て何の気なしに尋ねた。
「何処で調達したの?」
「酒の神と飲み比べ」
「察したわ、肝臓大丈夫?」
「キャベツは偉大だぜまったく…」
とどのつまり戦利品だった。とは言えそれとは別にちゃんとした仕入れ口をヘラクレスは確保しているのだが、それはまた別の話だ。
ジャンヌにお通しを出し、適当な注文を承れば手慣れた手つきで酒のつまみを手早くサクサクと作っていく。
「ゲオルグとジークフリートは?」
「大学の講義が終われば来るってよ」
「ふーん…、本当に入れたのね…」
「曹操とレオが来んのは夜だ、仕事が忙しいとよ」
「…何も言ってないわよ」
「そうかぁ? 顔に書いてあったぜ?」
ほらよ、と軽い調子でグラスに注がれた清酒と塩をまぶした焼き鳥が何本か出される。女は軽く礼を言った後で静かにグラスを口に傾け、小さく喉を鳴らして飲み込んだ。
「…トライヘキサは?」
「夜に酒やら何やら持参して百鬼夜行と共にご来店だ」
「気前いいわねー…、『粋』ってやつかしら」
ケラケラと二人が笑う。今日はとびきり長い近況報告会となりそうだが、本音を明かして仕舞えば楽しみで仕方ない。
酒の肴として失敗談も成功談も飲み込もう。ちょっとした昔話も張り出したりもして、今日一日の宴を楽しもう。
「変わったわよね、私達」
「変わる為に戦ったんだろうが」
「あっはは! そうね、その通りだわ」
■
とことこ、と小さな足音があった。
それは石床を叩く小さな靴裏から鳴る音だ。
鳴らし手は小さな子供に見える少年。
「えっと…此処を右、か…」
その少年は何かを隠すかの様にハンチング帽を目深に被り、背中にはその小さな体躯に釣り合った程よいサイズのリュックを背負う。
その両手の中には地図が広げられており、少年はそれを時折眺めては確認するような独り言を呟いて道を辿って行く。
彼の目指す地は裏京都、彼の『帰る場所』だ。
翼も使わないし、時空も通らない。
一人の人間は、己の足で噛み締める様に進む。
「…………」
「白音、元気出せ…ないわよね…」
道すがら、彼の嗅覚を妖の匂いがくすぐる。気を取られその匂いが流れる方を向けば、意気消沈した妖とそれに寄り添う妖がいた。
何処となく似た面持ちからして多分家族なのだろう。少年は少し不安そうな一瞥を送った後、気持ちを切り替え帰路につく。
いくつかの覚えがある街並みを通り抜け、右へ左へと道をめぐりに巡り、そして辿り着いた、懐かしい匂いのする場所に。懐かしく思えるその街に。
思わず走り出す。パタパタと元気いっぱいに、留めなくこみ上げる様々な感情を胸に抱いたままに走り続ける。
一人の狐の少女が少年の帰還にいち早く気付き駆け出す。その足取りは何処までも軽く、下手をすれば飛んでしまいそうな程だ。
従者達が戸を開く。その顔には笑顔がある。誰だって幼子の笑顔は嬉しいものだろう。
そして少年少女の目と目が合い、二人揃って立ち止まる。懐かしさに目を潤わせて、喜びに逆らわず顔いっぱいに笑顔を浮かべて、泣き顔と笑顔でくしゃくしゃに成って、同時に駆け寄る。
共有した時間は短い。だけど欠かせない思い出には変わりない。彼と彼女の泣き笑いがその証拠だ。
温かな眼差しが九尾の大将を始めとして二人を眺める。そんな視線など気にせずに、二人の幼子達はただ再会の喜びの中抱き合った。
鼻をすする音も、嗚咽混じりの笑い声も、等しく喜びを表す。そこに悲劇は無い。あるのは喜びだけなのだ。
「……ただいま! 九重!」
「遅い!…帰って来るのが遅いのじゃ…!」
狐の少女は笑う。やっと帰ってきた最後の一欠片。彼の居場所は、ただ一人の少年の『帰る場所』は、ここにあった。
母が寄り添い、二人の幼子の髪を柔らかに撫でる。完成された一枚絵に、もう雨はない。其処にあるのは、何処までも温かな笑顔。
少女はぐしぐしと涙を拭い、満面の笑みで約束を果たす。
「────おかえり、なのじゃ!」
その言葉が、どうしようもないほどに嬉しくて。少年の泣き笑いが止むことはない。この平穏を享受できる現実に、彼はただ感謝した。
これまでの巡り合わせに、今まで関わりを結んできた縁に。
この物語はここでおしまい。
これから始まる物語に語り部はいらない。
これから始まる幸福を眺める必要はない。
これから始まる人生に辿り手は不要だ。
ただ願わくば、一つだけ。
これより生を刻む彼等に、幸多からん事を。
■
「…やっぱりここに居た…」
「あら、見つかってしまいましたか」
「君の隠れ場所なら何処だって分かるさ、■■■」
其処は、ある森林の奥底。
湖のほとりである夫婦が再会する。
「…手を、握っていただけますか? ソロモン」
「わざわざ言われずとも、…少し歩こうか」
木漏れ日が柔らかく緑と地を照らす。
二人の男と女が静かに寄り添いあって歩きだす。
穏やかな時の流れ、程よく長い二人の時間。
しばらくの時を経て、最後の時が来る。
夫婦の体は金の粒子となって世界に溶け始めた。
「…満足、とは言えないかな」
「奇遇ですね、私もです」
二人揃って口を尖らせてから、笑う。
「…もう、いいんですね?」
「ああ、もうこの世に未練はない」
繋いだ手を、固く握り締め合う。
王と王女は微笑み合って、楽園へ向かう。
最後に、太陽を見つめて王は言った。
「これからは、この世界が皆を支えてくれるさ」
『黙示録の時は今来たれり』は本日を持って完結です。最後までご愛読してくださった皆様、感想を送って下さった皆様、評価をして下さった皆様、お気に入り登録をして下さった皆様!
本ッ当に今までありがとうございました!
今後の活動予定等は活動報告にて!