神話において、『龍』とは恵みを成す。
では、
“子羊が第二の封印を開いたとき、第二の生き物が「来たれ」と言うのを、わたしは聞いた。すると、火のように赤い別の馬が現れた。その馬に乗っている者には、地上から平和を奪い取って、殺し合いをさせる力が与えられた。また、この者には大きな剣が与えられた”
■ ■
うららかな日差しが降り注ぐ真昼。
十の角を生やした獣じみた少年『
───早く、早く、早く!
この胸騒ぎの正体を少年は知っている。これは、『何か大切なものを失う前の胸先』だと。この胸騒ぎを消したくてたまらない。
向かう先は八坂邸から離れた、裏京都末端。
九重との投扇興を中断してまで其処へ向かう。
■ ■
「…………むぅ……」
「おい九重さま拗ねてるぞ」
「そりゃ誰だって拗ねるだろ」
「しっかし…なんだこの殺気…」
「分からん、準備はしておけ」
「なんで今日に限って八坂さまは出雲に呼ばれるのだ…」
「まぁ、万が一があった時は……」
「………………この気配、まだまだひよっこか」
「須佐男様だけが頼りだな…」
■ ■
あの場にちょうどよく手練れが来てくれて助かったと少年は胸内でささやかな幸運に感謝する。恐ろしく化け物じみた男だった。あの男ならば過去に出会った邪竜をいとも簡単に屠れるだろう。
ずざ、と地に跡を残しながら立ち止まる。
見慣れぬものがそこに存在していた。
少年は不快だという感情を隠さない。嫌だ、嫌いだ。顔も見たく無い合わせたく無い。心の底から目の前の存在の片割れを嫌悪する。
然し、少年は目の前の存在が『混ざり物』であるから嫌悪しているわけでない。少しの戸惑いはあるがそれはそれと受け入れるだけの度量はあるつもりだ。…それで何らかの悲劇が生まれ、人外に非があるのならば比喩も誇張もなく其の者を焼き尽くす気はあるのだが。
少年が目の前の存在を嫌悪する理由。
『混ざりすぎている』。
自然の存在からすればそれは恐怖するもの。
即ち今代の白龍皇ヴァーリ・ルシファー。
その証である全身を覆う白い鎧に光翼。
人と悪魔と竜の混ざり物。
自然に身を置く命からすれば恐怖を覚えるには十分すぎるほどに混ざり、形を成していた。
相対する白の少年。
おそらく破顔するのは皇。
うんざりした顔を隠そうとしない獣。
獣と皇は今、ここに揃う。
「君は何?」
「俺はヴァーリ。ヴァーリ・ルシファー」
「ルシファー…」
ぐらり、と少年の中で天秤が平行を崩す。
意図せずして鋭くなる眼光。
それに破顔する皇。
「何の用?観光ならこの『チリチリする嫌なの』を抑えてからきてよ。みんな恐がってる」
「…獣だからこその索敵方法か…ふむ、少し羨ましいな」
「話聞いてる?」
「ああ、すまない。だが安心してくれ。ここに来るのは多分今回が最後だろうからな」
少年は皇の言葉に眉をひそめる。少年の言う『チリチリする嫌なの』はさらに強まっていく。咄嗟に身構える。
「俺は君と戦いにきた。そちらから来るとは思ってはいなかったがな。それは君に戦意があると見ても良いのか?」
「無い、無いよ、無いですよ、勘弁してよ。そんな理由で来たんなら帰って。八つ橋でも買って帰って」
溜息を吐く。やっぱりかと。勘弁してくれと。
しゃら、と鎖を揺らしながらぐいぐいと白龍皇を裏京都から押し出そうとするトライヘキサ。ヴァーリ・ルシファーの分類には一応人間も含まれている。だからこそ少年は争うのを避けたかった。彼の中ではヴァーリは『まだ人間』にカテゴライズされている。
恐らくは導火線に火をつけない限りは、この二人の関係はここで打ち切られていたのだと思う。
この後に白龍皇は赤龍帝と出会い、一度は敵として争い、後に友として和解し、力を合わせ新たな敵へと立ち向かうのだろう。けど、そうはならなかった。少なくともこの道筋ではそうなれなかった。
「なら、あの狐の幼子を殺してみるかな。そうすれば君も戦おうとするだろうしね」
この一言、これさえ無ければ、その未来に行けたのに。
「……は?」
その声は、紛れも無い少年のもの。
彼は疑問を抱いた。九重を殺す。そう宣言された後、少年の内側から黒くドロドロとした感情が生まれた理由がわからなかった。『こいつを殺さなきゃ駄目だ』という命令が心と脳から降る理由がわからなかった。
「そっか」
答えはすでに知っていた。
だってこの感覚は一度体験しているから。
短い時間かもしれないけれど、一緒に食事をしたのは楽しかった。短い時間かもしれないけれど、一緒に遊んだのは楽しかった。短い時間かもしれないけれど、温かな時だったのは確かだ。
とっくに大切だったのだ。かつて共に暮らした旧き集落の人達と同じで、共に暮らす内に少年の中では八坂と九重、その従者達は何よりも守りたい存在に分類されていた。
「ん?やる気になってくれたか?」
「うん、殺る気になった」
様子見の顔面一撃。
ストレートがヴァーリの面に突き刺さ…っていない。一歩だ、ただ一歩後ろに下がられ拳は届かなかった。おかしい、と少年は胸内で疑問を巡らせる。確かに当たると思っていた。もしや自分の想像以上に力が落ちているのか?
答えは否。
『divide』
「…そうか、アルビオン」
「その通りだ」
白龍皇を白龍皇たらしめている『
その力は『半減』と『吸収』であり、十秒の時を得るごとに対象の力を半減し吸収し己のものとする。
そして今ヴァーリはその『先』の段階にいる。
『
「Half Dimension」
「─────っ、危なっい!」
本能の察知。獣ならば誰にも備わっている危機察知能力。後方へ飛び退くトライヘキサは辺りの変化に目をわずかに細める。
展開される領域。『半減』される物体と空間。成る程と即座に理解をすれば地を蹴り、白龍の前へと飛ぶ。
「っ!」
しゃらん、と鎖が揺れる音。鞭のようにしなる白い素足は皇の頭蓋へと落とされんとする。白龍皇は音によりその前兆を感知していた。だがこの速さでは間に合わない。先程は様子見だからこそ避けられた。だが今は違う。トライヘキサは本気で『取りに来ている』。
『Divide divide divide divide divide!』
半減の多重使用。だがそれでも間に合わない。咄嗟に頭蓋を守るように腕を交差させ、踵を受ける。
「がっ、ぁあ…⁉︎」
予想を遥かに上回る衝撃に喉奥から声が溢るる。
白龍皇を起点に一斉に陥没する地面。
空を打つ音が響いて広がる。
ゆっくりと激痛が、腕から脳に登る。
「首、がら空き」
第二撃、横殴りの一線。
直撃すれば黒ひげ危機一発よろしく頭が胴体からグッバイさよならというやつだ。だが回避は間に合わない。弱体化?ノーだ。首の骨が持っていかれるだけだ。ならどうするべきか?
「───!」
半減、吸収、放出。
放つ力の流れはトライヘキサの脚へ。
反動に従いヴァーリの身体は後方へ飛ぶ。
脚に衝撃を受けたことにより弾かれたように飛ぶトライヘキサ。だが体勢がどう考えてもおかしかった。脚の手前には腕が伸びている。
ヴァーリは予想する。狙いには気づいた。だがそれはあり得るものなのか?と内心で訝しむ。
鎖を揺らしながら更に迫るトライヘキサ。白龍皇の眼前に来たのは丸い膝。当然、先と同じ方法で迎撃し距離を取る。
まただ。また体勢がおかしい。
手首が膝をかばうかのような体勢。
だが明確な異変があった。
重厚なプラスチックの板にひびの走る音。
ぴしり、ぱき、ぺきぱき。
それはトライヘキサの手首にある枷から。
『予定変更だ、ヴァーリ。撤退するぞ』
「…分かっている。だがアルビオン、今日の俺は運に見放されているみたいだ」
かしゃん、とグラスが割れたような音。
獣の枷が、二つ外された。
内の力と外の力によって、だ。
元々、この封印は死に瀕した神が施したもの。
解くのはそれなりの実力が有れば良かった。
空間が軋むほどの力の流れが吹き荒れた。
「………」
そこから先にはもう加減も何もなかった。かつての一部を取り戻した命ある災厄は、蹂躙を開始する。呼吸の暇など与えない。完膚無きまでに終わらせる。続かせるつもりなど毛頭ない。『あなたは今此処で終わりなさい』。それが獣でありながら人である存在の出した最終決議である。
震脚、比喩では無く本当に、ヴァーリが、周辺の家屋が、
パチンコで言うボーナス・チャンス。
極炎が?拳が?否、理不尽が降り注ぐ。
一発一発が致命傷。半減など意味が無い。
腕2本の開放でこのクラス。
では足と胸が開放されたら?
想像を拒むほどの力。
こんなもの、どうすればいいというのか。
抵抗など欠片程度しかできない。
否、否、否。
そこは流石白龍皇と言うべきだろう。
「ごっ、ぶっばぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!!??!」
予想外の力に笑みを作るも防御が間に合わず頬に拳を食らう。勢いに逆らうことなどできずそのまま吹っ飛んでいく。血反吐を大量に吐きながらすぐさま体勢を立て直す。息は荒い。視界も真っ赤に染まりきっている。命が遠のく感覚。
「…成る程…虎の尾を千切るどころか…俺は竜の逆鱗を剥がしたというわけか…」
『言ってる場合かヴァーリ!逃げる算段を取れ!すぐに第二波が来るぞ!』
笑みを浮かべたまま零す。
己の判断に後悔はしない。
高みが、この上ない高みが眼前に座す。
死ぬかもしれないでは無い、死ぬ。
だか楽しい。戦いは楽しい。
…そう思えたら、どんなに良かったか。
恐怖だ。今、恐ろしい。
彼は全てを知った。
今それ故に恐ろしい!
…恐怖だ、これこそ明確な恐怖。
感情のタガは壊れ、笑みを浮かべる。
「………だが、やはり心踊るものだな…!」
破壊の痕跡を見渡してはそう零す。
止まらない血を吐く。
気づけば足を後ろに引いていた。
ぴしり、と亀裂が走る。どこに?空間そのものにだ。
ガラスの砕けた音。黒く、溟い穴が其処には開いていた。スーツの腕が見える。白龍皇の腕を掴んでは引き摺り込む。勿論、それを見逃す獣では無い。地面に巨大なくぼみを作り出し、その穴へと向かうが。
獣は失速する。
目がかつて無いほどに開く。
「──────嘘、だろう」
視界の端に映るのは、十二枚の翼。
無精髭に、目元を隠す乱雑な髪。
髪の隙間から獣を見る眼光。
ゆっくりと唇が動く。
「ま、ちょうどいい腕かな?」
それだけ零せば静かに穴は塞がる。
その後を獣は追えなかった。
その場にへたり込む。
「…笑えない、笑えないよ、それは…」
夕暮れに照らされた小さな少年は、遊びの輪に入れなかった孤独な幼子のような声色で小さく、誰にも聞こえない声色で呟く。
その声は、当然、誰の耳にも通らない。
■ ■
《しかし、何年振りだ、極東に足を運ぶのは》
「久しぶりじゃの、天照」
「ご足労感謝するよ、北の主神に冥府の神」
《…会う度に思うのだがな、姉弟にしても性格が違い過ぎるのでは無いか?極東の神は》
「方や神界一の荒れすさぶ蒼き鬼神、
方や神界一謎に包まれれた白月の夜神、
そして神界一の強かさを持つ日輪の主神、
……いやぁ、壮観じゃのう」
《そして中々に表に出て来ず、いつも被害が最小限なのだからタチが悪い。弱みも強みも今も昔もわからなんだ。…神殺しが当然かの様に行われると言うのも恐ろしいな》
「燃やすぞじじいども、うちは天地開闢からこういうスタイルだ。文句やら何やらが有れば別天津神に通したらどうだ?」
「「ワシ(私)に永遠を彷徨えと?」」
別天津神とは、神の中の神である。全五柱まで存在が確認されており、そのうちの一柱
余談だが、日本神話以外にもそんな神はいる。
ギリシャであればカオス。
インドであればヴァルナ。
聖書であれば神聖四文字。
そして根源仏、大日如来。
彼等は天地創造以降、姿を見せていない。
…聖書の神を除いて。
「さて、余談はこれまでだな。
汝らを呼んだのは言伝から分かっているはず」
《「黙示録の獣」の復活であろう?確かに捨て置けぬ問題だ。奴は下手をすればこの世界を壊しにかかるぞ。…奴等が余計な事をしなければその心配はなかったのだがな》
「アゼ坊やサーゼクスの若造にも困ったもんじゃよ、種の再興など時を待てばどうとでもなるというのに、焦りを張り合って」
「仕方なかろう、そういう風に作られたのだからな」
《…頭が痛くなるな。さて、話が逸れそうになったがどうする?やはり弱り切っている今のうちに消すのが最優だと思うのだが?》
「私も最初にそれを考えた。だが、一つ思うのだよ。…
「…地母神の側面か。だからワシらを呼んだな?」
《確かにその面の貴様では公正な判断は下せまい》
「そうでなくとも、だ。…いや、本当はそうなのかもしれんがな。でなければ要観察などという判断は出さない」
「…本当に、甘いのぉ」
《…極東らしく、お優しい事だ》
「とはいえ、主神としての私は殺す気満々だがな」
「「前言撤回」」
「だがまぁ、そうやすやすと殺せるとは思っていない。こちらも重度の痛手を負うのは避けたい。それはそちらも同じだろう?」
「まぁの、…なるほど、だからこそのロスヴァイセとハデスの死神か」
《…堅実とは言えんな。賭けの要素がやや強い》
「…ふむ、矢張り
『あー、あー、ええっと⁉︎そこでこそこそ話している御三方様聞こえてるかなー?』
「「「──────⁉︎」」」
『聞こえてんのかなコレ。ま、いいや。取り敢えず要件だけね。その獣についてはちょーっとこっちに任せてもらいたいんだけど?いやというかさせてもらうね?中々に成長が早くってさぁ!』
「…何者だ?、
『あ、聞こえてるんだ。悪いけどその質問には答えられ無いなぁ、いずれ明かすつもりだから』
《…成る程、空間伝播で音声だけを送っている。こうともなれば逆探知も不可能だな》
「ロスヴァイセの魔術でもかたなしじゃなこれは。それで?貴様は一体何が目的だ?」
『せっかちだねぇ…それじゃまぁ、
お前達の要望通りに本題といこうじゃないか』
しれっと遊郭遊びをする幼い獣達である。
最後の三人、実は結構仲よかったりします。
(ヒント 兄弟のやらかし)
そして最後の『』はスーツ男。
次回はスーツの正体かなぁ、なる早でいけるかな?…皆様の予想が気になる。結構大きいヒントは出したし、辿り着いた人はいそう。「いや、それはないだろう」ってなってそうだけど。
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