――暖かい。
何故だろうか
さっき死んだはずなのに意識がある。だが、周りを確認しようにも体の自由がきかない。
いや自由がきかないと言うより感覚がないと言った方が適切なのかも知れない。
誠が戸惑っていると誰かがコツコツと足音を立てて、彼の方に歩み寄って来る人影が見えた。
「あら、ようやく目覚めたようね」
それは女性の声で聞くもの誰もが安心できるような優しい声だった。
振り向くと彼女に目を奪われた。すらりとした体型にブロンドの髪、真っ赤な瞳その全てがこの世界で最も美しいものではないかと感じられた。まるで荒野に咲く一輪の花のようだった。
「驚いているようね、私も最初は驚いたのだわ。此処は冥界でも端の端、本当に何もないところよ」
――冥界、彼女は確かにそう言った。本当にそんな場所が実在するのだろうか。
「しかも、あなたこの時代の人間の魂ではないようね。違う時代の人間の魂が迷い込むなんて初めてなのだわ。それにあなた、まだ死んでいないから今すぐには無理だけど、魂を元の時代の元の体に戻せることができるかも知れないけどどうする?戻らないって言うのなら此処で魂が浄化される――最後まで過ごすことになってしまうわ」
――自分はまだ死んでいないのか。
戻れるというのなら戻ろうかと誠は考えた。他のAチームの奴らをこのまま放っておいては何かいけないことが起きる。そんな気がしたのだ。
目の前の女性にまだ生きたい、しなければならない使命があると伝えた。
「えぇ、わかったわ。私に任せておきなさい!」
そうにこやかに笑う彼女はとても美しかった。
それからしばらく、誠は彼女とたくさんの話をした。誠が一番驚いたことは彼女が本当の女神だったと言うことだろうか。誠は自分が今置かれている状況を話したりもした。彼女はそれを真剣に、まるで自分のことのように聞いてくれた。
「そろそろ時間ね。短い時間だけどあなたと話せて楽しかったわ」
人間には理解できないのだろうか、人の身の誠にはその詠唱を聞き取ることが出来なかった。
彼女が詠唱を終えると誠の視界がぼやける。
「さようなら、未来を生きる人。もう、会うことはないと思うけれど仮に会うことがあるのならあなたの力になってあげるかも知れないわね。べ、別に同情なんかしてないのだわ」
その後、彼女は誠におまじないをかけた。
そうして、誠は3徹した後にベッドに飛び込んで意識がなくなるのと同じくらいの速さで意識が飛んだ。
――そうしてかなりの時間が経った気がする。
誠は気がつくとポッドか何かに冷凍保存されていることがわかった。
――彼女のおまじないが効いているのか分からないがあまり寒さを感じない。だが寒さをあまり感じないと言っても久しぶりの自分の肉体に意識も朦朧としているし頭もクラクラする。
仕方がないので誠は腕に身体強化の魔術をかけ思い切りポッドを殴った。
ポッドが割れ、誠の体ごと外に投げ飛ばされた。その刹那、けたたましくサイレンが鳴り響いた。
――十中八九自分のせいだろう。本当は誰かが来るのを待つべきなのだろうが、何故か体が勝手に動く。
――自分でもどこに向かっているか全くわからないが無意識に体が勝手に動く。
――右手の甲が焼けるように熱い。
――だがそんなこと構わずに行かなければならない場所がある。
――ふとある部屋の前で足が止まる。
――そこに入ると盾と何かの魔術の術式があるのみだった。だがそれが何で自分が今すべきことが分かった。
素に銀と鉄。
降り立つ風には壁を 四方の門は閉じ 王冠より出で 王国に至る三叉路は循環せよ
閉じよ 閉じよ 閉じよ 閉じよ 閉じよ
繰り返すつどに五度
ただ、満たされる刻を破却する
告げる。
そうそれは奇跡を引き摺りだす言葉
あらゆる困難を打破するため その武勇を 叡智を求めて紡ぐ詠唱
英霊召喚フェイトシステム
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!
魔法陣の上の召喚サークルがクルクルと回る。
そこに立つ者は過去あらゆる奇跡、あらゆる偉業を成し遂げ数多の伝説をもつ英雄達
そうして一人の女神が今、此処カルデアに顕現した。
「サーヴァント・ランサー。冥界の女主人、エレシュキガル。召喚に応じ参上したわ。一個人に力を貸すのは不本意だけど、呼ばれた以上は助けてあげる。感謝なさい」
そこにいたのはあの綺麗なブロンドの髪、綺麗な真っ赤な目をしたエレシュキガルだった。
どうやら彼女のまじないが触媒となったようだ。
――彼女が自分のことを覚えているか分からないし積もる話もあるが無理して此処まで歩いてきたせいか今にも倒れそうだ。ああ、俺はあと何回気を失えばいいのだろうか。
「……。…………。……………。って、いきなりなんで倒れるのかしら!?」
――それからのことはあまり覚えていないが俺の居場所を突き止めたスタッフ達がきて担架で運ばれたらしい。カルデアのマスターもきて俺がエレシュキガルを召喚したことについてとても驚いていたらしい。
立香side
査問官の到着日時が迫りあと一周間と言うところで事件は起きた。
その日も特にすることがなかったので部屋で筋トレをしている時のことだった。
いきなり緊急警報のサイレンが鳴り始めた。それと同時にアナウンスが流れる。
「凍結保存していたAチームのマスターが脱走しました。見つけ次第確保してください。繰り返す……………」
どうやら筋トレなんてしている場合じゃないようだ。
立香は急いで着替えて部屋を出るとちょうどマシュと鉢合わせした。
「おはようマシュ」
今日はまだ会ってなかったので挨拶がてらに声をかける。
「あ、おはようございます先輩。監視カメラによるとエルトナムさんはどうやら召喚室方面に向かったらしいです。早く行きましょう」
「召喚室?なんでまたそんなところに………」
マシュから情報を聞きながら小走りで召喚室に向かった。
召喚室に着くとダヴィンチちゃんや他のスタッフも集まっていた。
そして奥から担架に乗せられた男が運ばれてきた。そしてその奥にはカルデアにこそ召喚されなかったもののバビロニアで色々お世話になったエレシュキガルが立っていた。
そこにダヴィンチちゃんがやってきて
「マシュと立香くん、詳しいことは後で話すから誠くんの看病をしてくれないかな?誠くんが起きたら呼んでくれたまえ」
それだけ言うとエレちゃんを連れてどこかへ行っていまった。
「先輩、とりあえず誠さんの寝ているベッドに行きましょう」
「そうだね」
そうして今に至る。
かれこれ2時間近く待っている。ダヴィンチちゃんによると彼はAチームでも実践経験が一番豊富で頭が相当キレる奴ということだった。立香とも話が合うかもしれないと言っていたが実際のところはどうなのだろうか。
何にせよ立香は起きて話すのが楽しみだった。