家に帰ると前世の嫁を名乗る女の子が居た【完結】   作:トマトルテ

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1話:家に帰ると嫁(前世)が居る

 

「ただいまー」

「お帰り、太郎……今日は早かったね」

「んー、部活が休みだったからかな」

「そっか……それで早かったんだ」

 

 家に帰るとすぐに、黒髪ロングのザ・大和撫子といった感じの女の子の出迎えがあった。

 俺がその出迎えに適当に返事を返していると、女の子は俺の気を利かせて鞄を持ってくれる。

 そんな、さりげない気遣いに俺の中での女の子への好感度は10%アップだ。

 

「……今日は太郎の好きなカレー作ってみた」

「お、それは楽しみだな」

「……期待してて」

 

 そう言って、無表情な顔にほんの少し笑みを浮かべる女の子。

 非常に可愛らしく、殺風景な我が家の中でそこだけ花が咲いたように感じる程だ。

 ただ、俺にはどうしても1つだけ気になることがあった。

 

「なあ、1つ聞きたいことがあるんだけどいいか?」

「……どうしたの?」

 

 無表情ながらも可愛らしく小首を傾げる女の子。

 うん。非常に愛くるしい仕草で思わず守ってあげたくなる。

 しかし、しかしだ。

 

 

「―――君は誰だ?」

 

 

 俺はこの子を知らない。

 そもそも、俺は両親が海外に出張しているので1人暮らしだ。

 出迎えという行為自体があるはずがない。

 そんな俺の至極真っ当な疑問に対して女の子の反応と言えば。

 

美衣(みい)美衣(みい)だよ…?」

 

 至極当たり前の顔をして名前を名乗るだけだった。

 

「いや、そのだな。名前を教えてくれたのは嬉しいんだけど、俺が聞きたかったのは君がどこの誰で、どうして俺の家に居るのか、それと出来れば俺との関係性を教えて欲しいんだが」

「…私は隣町の第三高校に通う長谷川(はせがわ)美衣(みい)。…太郎の家に居るのは太郎を御出迎えするため。…関係性は……太郎は忘れちゃったの?」

 

 さらに深く聞いてみるが、相変わらずの起伏の無い声でさらさらと答えられてしまう。

 そして、極めつけは『忘れたの?』だ。

 思わず俺に非があるのかと思い、必死に記憶をまさぐってしまう。

 

 しかし、幾ら必死に記憶をたどってもこんな女の子の情報は出てこない。

 良くある昔引っ越した幼馴染み展開かとも思ったが、男の幼馴染みしか居ないのでそれも違う。

 本格的に思い出すことが出来ずに、謝罪の念を込めて美衣に深く頭を下げる。

 

「ごめん。俺が悪いんだけど、君のことがどうしても思い出せない。本当に申し訳ないんだけど、もう一度君のことを俺に教えてくれないかな?」

「そっか……ううん。太郎は悪くないよ。…普通なら忘れてると思うし」

「そんなに昔ってことかな?」

「…うん。太郎と美衣は」

 

 誠心誠意の謝罪が功を奏したのか、美衣は怒ることなく俺の疑問に答えてくれる。

 そして、その内容とは。

 

 

「……前世でも(・・)夫婦だったんだよ」

 

 

 色々とぶっ飛んだ内容だった。

 

「なるほどな……」

「太郎…スマホを取り出してどこに電話してるの…?」

 

 俺は美衣がどんな人間なのかを理解すると、すぐにスマホを取り出す。

 そして、ある場所へと電話をかける。

 俺の想像が間違っていなければ美衣という女の子は、間違いなく。

 

「すいません、警察ですか? 家に不審者が侵入しています」

 

 色々と危ない子だ。

 

 

 

 

「ちくしょう……『前世の嫁を名乗る女の子にかいがいしく出迎えられた』なんて、あるがままに喋るんじゃなかった。おかげで現実と妄想の区別がついていない奴だと思われたじゃないか…」

 

 5分後、精神に多大なるダメージを受けた状態で椅子に座りこむ俺。

 寝言は寝て言えという言葉を、まさか自分が言われる日が来るとは思わなかった。

 

「……元気出して太郎」

「すまん、美衣。こんな優しい子が嘘をつくわけないよな」

「…うん。私は太郎に嘘なんてつかないよ…教えて欲しいことがあるなら何でも教えてあげる」

 

 疑いをかけた上に、警察に通報をしたというのに美衣は俺を慰めてくれる。

 美少女にこんなにも優しくされては、荒唐無稽の話であっても信じざるを得ない。

 俺は一先ず美衣の言葉を信じて、詳しく話を聞いてみることにする。

 

「なあ、美衣。悪いけど、もう少し詳しくさっきの話をしてくれないか?」

「…うん、いいよ」

 

 そして、美衣が淡々とした口調で説明をしていく。

 

「なるほど……美衣には前世の記憶があって、その前世で俺と夫婦だったわけか」

「…うん」

「それで前世のお、夫である俺を見つけて、その嬉しさのあまりにこうして家に来たと」

「そういうこと…」

 

 取り敢えず、立ったまま話すのもあれなのでリビングに移動し椅子に座る。その時にさりげなくお茶が置かれたのを見て、既に我が家の構造を知り尽くしている美衣に軽く戦慄するが、もう気にしないことにした。

 

「説明は良く分かった。でもだ。どうやって俺が前世の夫だって分かったんだ? もしかして顔とか名前も同じとか?」

「そういうわけじゃないけど……私はあなたを見間違えないよ」

「なんでそう断言できるんだ?」

 

 無表情ながら余りにも自信満々に答えるものなので、思わず何故かと問いかけてしまう。

 そんな俺の不躾な質問に怒ることもなく、美衣は堂々と答える。

 

「だって……あなたを愛しているから」

 

 不意打ちだ。あまりにも真っすぐなその言葉は、彼女いない歴=年齢の俺には刺激が強すぎた。首筋がカッと熱くなっているのを自覚しながら、俺はモゴモゴと口ごもったように言葉を返す。

 

「あ、ありがとうな」

「…どういたしまして」

 

 礼を返すと、はにかんだ笑みを浮かべてくれる美衣。

 その表情が余りにも可愛らしくて、思わずポケッと見つめてしまうが、慌てて顔を振る。

 今、大切なのはそういうことじゃない。

 

「ゴホン、まあ、前世云々は一先ず置いておいてだな。美衣、君はまだ高校生の女の子なんだから、男の家に上がり込むなんてしたらダメだろ?」

「……美衣は太郎になら何をされてもいいよ…夫婦だし」

 

 無表情なのに、ポッと頬を赤らめながら上目遣いを送ってくる美衣。

 そんな仕草に思わず、クラっと来てしまうが、学園一の紳士を自称する俺は揺らがない。

 別にヘタレとかいう訳じゃないぞ。

 

「いや、そのだな。美衣が良くても親御さんは色々と心配したりするだろ?」

「フフフ…」

「ん? なんかおかしいこと言ったかな、俺?」

 

 至極真っ当な意見で、何とか美衣を追い返そうとするが、何故かクスリと笑われてしまう。

 思わずその仕草にドキリとしてしまうが問題はそこではない。

 軽く息を吐いて自分を落ち着かせながら、今の言葉に何かおかしな点がなかったか考える。

 

「…ううん。ただ、前と同じことを言うんだなって」

「そ、そうか」

 

 どうやら前世とやらでも美衣は俺の家に押しかけてきていたらしい。

 もしかすると美衣に付きまとわれるのは、縁というよりも(カルマ)なのかもしれない。

 

「まあ、それはいいか。とにかく、親御さんは大丈夫なのか?」

「…大丈夫。お父さんもお母さんも頑張ってこいって言ってくれたから」

「何と言うか……愉快なご両親だな」

「うん…私もそう思う」

 

 目に入れても痛くない愛娘が、男の家に行く(不法侵入)というのに何も言わないとは驚きだ。俺が父親なら絶対止めるというのに。娘の将来のためにも、自分の世間体のためにも。

 

「…親の了承は得ているから…太郎と一緒に住むのに問題はないよ」

「え? 一緒に住むの?」

「…夫婦は一緒に住むものだよ…?」

 

 押しかけてきただけかと思っていたら、まさかの同居宣言に一瞬目まいが走る。

 いや、確かに夫婦なら一緒に生活するのは当然だと思うが、これは何か違うだろう。

 そもそもな話だ、いきなり可愛い女の子と同棲しろだなんて言われても受け入れられない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いくら美衣が大丈夫でも俺にも都合というものが……」

「ダメ…?」

「うッ…」

 

 目をウルウルとさせて、子犬の様にねだってくる美衣。

 ダメだ。今すぐにでも頷いて彼女を安心させてあげたい。

 でも、それではダメだ。これは、なあなあのままに流して良いことじゃないだろう。

 

「み、美衣」

「なに…?」

 

 だから、しっかりと美衣の目を見て、偽りの無い自分の気持ちを伝える。

 

「その、だな。俺は前世の記憶とか思い出せないし、美衣の話が本当かどうかも分からない」

「うん……」

 

 無表情な瞳にほんのりと悲しみの色を覗かせる美衣。

 そんな彼女を安心させられるか分からないが、俺は戸惑うことなく言葉を続ける。

 

「でも、君が俺のことを愛しているっていうのは信じられる」

 

 美衣については、正直分からないことばかりだ。

 でも、美衣の好きだという言葉だけは信じても良いと思えた。

 だって、彼女の言葉は嘘だなんて思うことすらできないような、真っすぐなものなのだから。

 

「だから、こんなモヤモヤした感情のままで答えを返したくない」

「太郎……」

「だからさ、これから少しずつでもいいから君のことを俺に教えてくれないかな? 君にとっては二回目になるかもしれない。辛い思いをさせてしまうかもしれない。でも、君のことを良く知らずに、君の好きだという言葉に返事をしたくない」

 

 スーッと大きく息を吸い込んで、美衣の瞳を真っすぐに見つめ返す。

 

「君のことを知りたい。君の全てを知った上で返事をしたい。……それじゃあ、ダメか?」

 

 告白でないというのに、バクバクと鳴り響く動悸を抑えながら彼女の返事を待つ。

 もしかしたら失望されるかもしれないし、嫌われるかもしれない。

 だとしても、彼女に対していい加減なことはしたくなかった。

 

「…いいよ。また私を知ってくれるなら…許してあげる」

「本当か? ありがとう」

 

 そして、そんな俺の身勝手にも関わらずに美衣は頷いてくれる。選択肢を1つ間違えるだけで、何かとんでもないことをしでかしそうな美衣なので、どうなるかと思ったがどうやら俺の杞憂だったらしい。これで美衣も諦めて自分の家に…。

 

「……それじゃあ、ご飯にしよう。その後は一緒にお風呂に入ってから寝よ?」

「そうだな。ご飯に…え?」

「どうしたの…?」

「いや、一緒にお風呂はダメだろ! というか、結局一緒に住むのは諦めてないのか!?」

 

 一件落着かと思っていたが、どうやらその認識は激しく間違っていたらしい。

 

「……だって一緒に生活する以上に、お互いを知る方法なんてないよ」

「た、確かにそうかもしれないが、少なくとも一緒に風呂に入ったり寝たりする必要はないだろ!」

「…? 私は太郎が体を洗う時は左腕から洗うってことも…寝るときは横向きじゃないと寝られないってことも知ってるよ…?」

 

 何でそんなことまで知っているだろうか、この子は。

 ここまでくると逆に前世で夫婦だったからというのを信じたほうが、安心できるレベルだ。

 仮に前世抜きだとすると、俺が常に監視されていることになるから怖すぎる。

 

「でも…もし太郎がどうしても…私と一緒に暮らしたくないって言うなら……」

「い、言うなら?」

 

 やけに間を置いた話し方に思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 そして、案の定と言うべきか。美衣の提案は吹き飛んだものだった。

 

「……私の生活を24時間ずっと監視カメラで見て私の全てを知ってもらう」

「分かった、一緒に暮らそう。そこまでやるともう俺が変態にしか見えない」

 

 女の子の生活を24時間監視し続けるとか犯罪者でしかない。

 中には喜ぶ人も居るかもしれないが、生憎俺はノーマルな性癖なのだ。

 監視カメラで見るぐらいなら、一緒に生活した方がまだマシだろう。

 

「一緒に…暮らそう……プロポーズ」

「いや、違うから。言葉的にはそうかもしれないけど、ロマンチックさが欠片もないから」

 

 表情を変えないまま、器用に頬を赤らめて恥ずかしがる美衣にツッコミを入れる。何と言うか、美衣は掴みどころがなく、それが逆にどうやっても逃げられない雰囲気を醸しだしている。

 

「…でも、一緒に暮らすのはOKなんだよね…?」

「う、ああもう! 俺も男だ。一度言ったことは曲げない。美衣、これからよろしくな」

「うん……不束者ですがよろしくお願いします」

「いや、その言い方は気が早い…じゃなくて違うだろ」

「大丈夫……今は間違いでもいつか本当にして見せるから…必ず」

 

 必ずという言葉に込められた熱意というか、意志に思わずゾッとしてしまうが俺には苦笑いを浮かべることしかできない。いや、だって本気で逃げようとしたらそのうち監禁とかされそうだし。だから、俺ももう彼女と一緒に暮らす覚悟を決めるのだった。

 

「…それじゃあ、ご飯にしよ? …それから一緒にお風呂」

「お願いだから、一緒にお風呂だけは勘弁してください」

 

 もっとも、一緒にお風呂に入るなどという大それた覚悟は無理だったのだが。

 




次回は明日か明後日に投稿します。

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