家に帰ると前世の嫁を名乗る女の子が居た【完結】   作:トマトルテ

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2話:信じるということ

「おはよう…太郎」

「……おはよう、美衣」

「凄いクマ…眠れなかったの…?」

 

 朝起きてすぐに挨拶をするなんて、久しぶりだなと現実逃避をしながら目をこすっていると、美衣が心配そうに俺の顔を下から覗き込んでくる。彼女の言うように俺はほとんど眠ることが出来なかった。その理由は簡単。

 

「なあ、やっぱり別々の布団で寝ないか? 緊張して眠れないんだよ……」

「…嫌。一緒にお風呂に入ってくれないんだから…寝る時だけは絶対に一緒…」

 

 美衣と一緒の布団で寝たからだ。

 言っておくが誓って美衣に手は出していない。

 むしろ、寝ぼけて甘えるように抱き着いてくる美衣から、逃れるのに必死だったぐらいだ。

 そこ、ヘタレって言うんじゃない。

 

「いや、でもなぁ。間違いとか起きたら――」

「…夫婦なんだから間違いなんてないよ…?」

 

 異性なのだからもう少し節度のある関係をと、言おうとしたが即答されてしまう。

 

 確かに間違いというのは正式な関係でない者達がやることをいうのだから、夫婦ならば問題ではない。

 しかし、繰り返すが俺と美衣は夫婦ではないし、会ってからまだ一日しか経っていない。

 お互いにもう少し時間をかけるべきだと思う。

 

 まあ、彼女の中では俺達は夫婦である、もしくは未来になることは確定らしいのだが。

 

「それに……緊張するってことは…私を意識してくれてるんだよね?」

「んんッ、ま、まあそういうことになるのか…な?」

 

 そんなどこかヤンデレ染みた美衣であるが、情けなことに俺が意識しているのも事実だ。

 美衣は無表情だが間違いなく美少女だし、時折見せる笑顔なんかは贔屓目無しで可愛い。

 何よりなんだか放っておけない感じがする。

 

「…うれしい」

 

 今も俺に向けられる本当に嬉しそうなホワホワの笑顔はプライスレスだ。こんな顔を向けられれば誰だって否応なしに意識してしまうだろう。さらに昨日は緊張してよく見てなかったが、ダボッとした普段から使っているであろうピンクのパジャマなんかも俺の好みに合っていてグッドだ。

 

「…このパジャマは太郎が好きだと思って買ったの」

 

 ……本当に前世というものはあるのかもしれないな。

 まあ、でないと俺がずっと監視されていたことになるんだけど。

 

「あ、あー…とにかく、朝ご飯にしようか」

「ふふ…そうだね。待ってて…何か簡単なものを作るから」

「いや、俺が作るよ。朝も晩も作ると大変だろう?」

「……平気。…好きな人のためにやることなら大変なことなんて何もないよ」

 

 そして、迷うことなく俺のことを好きだと言ってくれる。

 こんな子を意識しないなんて、女性慣れしていない俺に出来るわけがない。

 何より。

 

「ありがとうな、美衣。でも、俺も手伝うよ」

 

 与えられたのなら、何かを返したいと思うのが人間というものだ。

 彼女が愛して欲しいと言うのなら、愛を上げたくなる。

 でも、それは義務感だ。

 

 義務感で愛や好きを語るのは、真剣に俺を好きだと言ってくれる美衣に失礼だろう。

 だから、俺も彼女に対して一時の感情ではない真剣に向き合わなければならない。

 そうして、どんな形であれ答えを出さないとダメなんだ。

 そのためには、俺は誰よりも彼女を知らなければならない。

 

「そう…? それじゃあ一緒に作ろ…」

「そうだな。あ、それと今日の午後は空いてるか?」

「…太郎のお願いなら親の葬式でも空けるよ」

「それは絶対に止めてくれ。というか、そこまで大切な用事じゃないからな」

 

 やはり、美衣は突き抜けた部分があるなと思いながら、喉を鳴らす。

 大切じゃないとは言ったが、今からすることは人生で初めて経験なので緊張はする。

 しかし、これも俺が答えを出すために重要なことだ。

 なので、俺は覚悟決めて美衣に告げる。

 

「えーっと、その午後から……デー、いや、買い物に行かないか?」

 

 若干ヘタレたが、頷いてもらえたので目的は達成できたということで、問題はないだろう。

 

 

 

 

 

「うーん、この服でも着てみるか」

「…待って。…その服は細めだからサイズが合ってても太郎には少しきつい。…1つ大きいサイズのを着た方が良いよ」

「お、ありがとうな。……ところで何でそこまで分かるんだ? 前世って言っても体格は違うだろ」

「……知りたい?」

「ごめん。やっぱり、やめとく」

 

 今日はデパートに夏物の服を買いに来たのだが、やはり少し早かったのかもしれない。

 どういうわけか背筋が冷たく感じるのだから。

 

「さて、それじゃあ服はこのぐらいにして食材を買って帰ろうか」

「…うん」

 

 俺の言葉に特に不満がることなく美衣は頷いてくれる。

 しかし、俺の内心では不安が渦巻いていた。

 仮にも女の子をデートに誘ったというのに、こんなあっさりと帰って良いのだろうか?

 

 もっと、他の場所に行って遊んだりして楽しませるべきではないかと思うが、今の俺にはこれで精一杯だ。彼女が出来たことの無い俺がいきなり2人っきりで、映画やカラオケなどに行けるはずがない。そういう場所に行く前にもっと場数を踏みたい。

 

 まあ、2人っきりという意味では家では既にそういう状況なのだが、なし崩し的に初回を越えてしまったので不安は少ないのだ。あくまでも少ないというだけなのだが。

 

「……あ」

「どうしたんだ、美衣?」

 

 そんなことを考えていると、美衣が何かを見つけたように足を止める。

 俺もつられて振り返ってみると、そこにはショーケースに入ったウェディングドレスがあった。

 

「ウェディングドレスがどうしたんだ?」

「…ううん。…前世(むかし)を思い出してただけ」

「前世…か」

 

 美衣が度々口にする前世という言葉。

 俺には実感が無いし、本当かどうかも分からないが、それを語る彼女の瞳は真剣そのものだ。

 しかし、今回は真剣さ以外のものを瞳の中に見つける。

 

「美衣、何か悲しそうな顔をしてるけど大丈夫か?」

「…ごめん。分かっちゃう…?」

「別に謝らなくていいよ。それより、どうしてそんな顔をしたんだ」

 

 いつもの平坦な声より若干小さめな、落ち込んだ声を出しながら美衣は呟く。

 当然、そんな顔をされてしまっては何事もなかったように過ごすことは出来ないので尋ねる。

 

「……これを着てた時に言われたことを思い出したの」

「あー…前世の俺が何か酷いことでも言ったのか?」

「…ううん…太郎は綺麗だって言ってくれたよ。思い出したのは神父様の言葉…」

「神父?」

 

 はて、神父が何か花嫁を傷つけるような言葉を言うものだろうか。

 そんな疑問符を浮かべる俺に対して、美衣は落ち込みながら教えてくれる。

 

「……死が2人を分かつまで(・・・・・・・・・・)愛し続けることを誓いますか?」

「ん? それって何もおかしなことは――ああ」

 

 最初はどこがおかしいのかと思ったが、死が2人を分かつまで(・・・・・・・・・・)とう言葉にハッとする。

 神父はおかしな言葉は言っていない。どの夫婦にだって同じ言葉を告げているだろう。

 だが、美衣の場合は、いや俺達の場合はちょっとした問題が起こる言葉だ。

 

「死が2人を分かつまで、つまり死んで生まれ変わったのなら、その誓いは無効になっているかもってことか」

「……うん」

 

 シュンとした表情で俯く美衣。こっちとしては前世の記憶がないので、ダメージは特にないが覚えていると確かに大問題なのかもしれない。そうなると、俺が下手なことを言ってしまうと余計に傷つけてしまうかもしれない。なので、慎重に言葉を選びながら話しかけていく。

 

「なあ、美衣。……美衣は神様って居るって思うか?」

「神…様? ……居てもおかしくはないと思う」

 

 いきなり神様が居るかなんて言われものだから、首を傾げる美衣。

 だとしても、しっかりと答えてくれるのだからやっぱり良い子だと思う。

 

「まあ、生まれ変わりなんてものを経験したらそう思うか」

「…太郎は違うの…?」

「俺か? 俺は居るとも思うし、居ないとも思う」

 

 俺の玉虫色の回答に美衣は首を傾げるので、説明をつけ加えていく。

 

「信じる人からすれば居るし、信じない人からすれば居ない。信じたものが真実になるのさ」

「…よく分からない」

「まあ、分かりにくいか。神様って基本目に見えないだろ? でも、見えないからって居ないとは言い切れない」

「…私は居ると思うけど…見えないから居ないって言う人の気持ちは分かるよ…? 私も死ぬまでは信じてなかったから……」

 

 自分の目で見えないものは信じられないという美衣の言葉に頷く。

 確かに多くの人はそういう考えだし、当の宗教だって偶像や奇跡を使って目に見える形にする。

 そうした方が多くの人に信じてもらえるのだから、ある意味で当然の行為だろう。

 でもだ。ほとんどの人間は目に見えないものを、日常的に信じていることを忘れている。

 

「俺は神様っていうのは愛に似ていると思うんだ」

「愛に…?」

「そう。どれだけ神は居る(愛している)と雄弁に語ったとしても、どちらも本当にあるかなんて分からない。証明することなんて出来ない。だとしても、人間は愛を信じている。あるかどうかも分からないのに相手の愛を漠然と信じ込む」

 

 相手の心の中なんて見えはしないのに。

 そもそも自分以外のものが、確かに存在しているなんて分からないのに。

 本当の自分は、脳味噌が液体ポッドに入っているだけの存在かもしれないのに。

 

 人間は信じる。愛はあると、世界は存在していると。

 

「この世で唯一確実にあると言えるものは、『我思う故に我あり』で自分の自我だけだよ。他人は例え目の前に見えた(・・・)としても幻想の可能性もあるからね」

 

 更に言うと、相手が確かに存在していると証明出来ても、相手の心や意識を確かめる術はない。人間の行動が電気信号で行われるものである以上、相手が生きている必要はない。ラジコンの様に電波を飛ばして、生きているように振舞わせれば傍からは自我があるかどうかなんて分からない。それでも人は信じるのだ。自分以外のものが実際に存在していると。

 

「でも、それでいいんだ。自分以外の全てが証明できないのだとしても、人は信じなければならない。だって、嘘だったのだとしても信じなければ何も始まらないんだから」

 

 全てを疑い、全ては存在しないと決めつけてしまえば、そこで人間は死ぬだろう。

 だって、全てが幻想だと思うのなら生きる意味がない。努力する意味がない。

 肉体的にも精神的にも価値がなくなってしまう。

 

 そんな状態になるぐらいなら、例え幻想だとしても何かを信じて生きた方がマシだ。

 

「……えっと…それで結局どういうことになるの?」

「信じるも信じないも自分次第ってことさ。『死が2人を分かつまで』という言葉を信じるのも良し、そんなのはただの形式だと思って死んだ後でも愛し合えると信じるのも良し。自分の好きな方を信じればいい、それが美衣にとっての真実になるから」

「私の真実……」

 

 そう言って美衣は考え込む様に俯く。

 と、言っても俺からは彼女の顔が見えないので実際の所は分からない。

 もしかすると、訳の分からないことを急に語り始めた俺に失望しているのかもしれない。

 

 そんな女性慣れしていないが故の不安を抱いていると、美衣が顔を上げる。

 彼女の顔は、どういうわけか満面の笑みだった。

 

「…うん…そうだね。私の信じたいように信じればいいんだね…」

「ああ、それでいいと思うよ」

「…私と太郎は生まれ変わっても愛し合える…例え…幾千、幾万の輪廻を廻っても必ず……」

「そ、そうか。それは凄いな」

 

 純愛と言えば聞こえはいいが、やはり美衣の愛情は重い。

 ブラックホール級の重力を発しているような気さえしてくるほどだ。

 だとしても。

 

「ねえ…太郎…」

「ん?」

「太郎は……私の愛してるって言葉を信じてくれる…?」

「もう忘れたのか。昨日、君が俺を愛してくれているっていうのは信じられるって言っただろ?」

 

 俺は美衣のことをどうしても、嫌ったり遠ざけたりすることが出来ない。

 今も嬉しそうに顔を綻ばせる彼女を見ているだけで、悲しませなくて良かったと思える。

 

「惚れっぽいのかな…俺」

 

 出会って1日しか経っていない女の子を、どうしようもなく気にかけている自分に思わず苦笑してしまう。女慣れしていないからだと言われればそれまでだが、美衣には色々と隠し立てせずに話せるのも事実だ。ただ単に、一目惚れしたのか。それとも。

 

「本当に前世で夫婦だったのか……」

「…どうしたの、太郎?」

「いや、何でもないよ。さ、いつまでもこんな所に居てもしょうがない。食材を買いに行こう」

「うん…」

 

 ほんの一日で、俺も随分とスピリチュアルなものを信じるようになったものだなと思うが、これはこれでいいのかもしれない。美衣に言ったように自分が信じたいものを信じれば良い。何より、愛し合った2人が生まれ変わっても結ばれる話なんて。

 

「俺も信じてもいいかもしれないな」

 

 とても素敵じゃないか。

 




もうちょいだけ続くかも。

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