なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
淡々と、剣を振るう。
もっと早く、もっと効率良く。振るえば振るう程に理想とのずれというモノが見えてくる。武に頂きなどない──という言葉を聞いたことがあるが、全くだと頷ける。頂点などない。
最短経路で、最高効率で、ゼロコンマ秒の遅れなどなく、殺せ。
「ハッ──!」
流れるような刃の軌跡が三体の喉元を切り裂く。だが止まらない。敵の数は二桁だ。先程の敵を蹴り飛ばして盾とし、諸共刺し貫く。HPが全損したのを横目で確認しながら斬り捨てる。同時に空気が裂けるような摩擦音。何の躊躇いもなく上体を倒した。
直後、目前の数ミリ先を錆び付いた斧が通り過ぎる。AIに過ぎないリザードマンの瞳が驚きに見開かれたかのように見え、微笑んだ。跳ね上がる剣先が首を切断する。
「残り、四」
このゲームは現実に近く設定してある。急所への攻撃はクリティカルと判定され、十分な攻撃力さえあればこうやって一撃で適正レベル帯の敵を屠ることが出来る。
だがその判定というのはこちらにも適応される。そして、敵もまたそこを優先して狙ってくるのだ。メリットとデメリット、実によく調整されたシステムだ。馬鹿正直に大上段から振り下ろされた斧を剣でいなし、斬撃で心臓を破壊しながらそんな事を思う。
「あ」
そんな余計な事を考えていたからだろうか。刃筋が僅かに狂い、斧を微妙に受け損ねた。そして嫌な音が響くと共に剣身が砕け散る。舌打ち混じりにステップで後退し、同じ量産品の鉄剣をストレージから引っ張り出した。
これで、今回は三本。理論上完璧に受け流し、完璧に斬撃を通せば如何に武器の耐久力が低くとも壊れる事は無いはずなのだ。だと言うのにこの様とは──。
「足りないな」
修練が。集中力が。ありとあらゆるものが足りない。溜息を吐く。
気付けば湧いていたMobは全滅しており、リポップまで何時間かかかるであろう事を思い出した。
「……そろそろ飯食うか」
本来ならその時間さえ勿体無いのだが、如何せんSAOには空腹度というものが設定されている。無駄な雑念に気を取られるくらいならば、多少時間を費やしても食事をした方が良い。そう考えてストレージを覗き込む、が。
「無い?」
しまった。どうやら備蓄が尽きたらしい。でもあれ二桁はあった筈だったんだがなぁ、と内心でぼやいた。想像以上に篭ってしまっていたようだ。
「まあ、いいか」
長期間篭っていたのは、別に咎めるべき事ではない。むしろ推奨すべきだ。
俺には何もかも足りないのだ。足りているのは数千人の命を背負っているというプレッシャーだけ。本来あったかもしれない天賦の才能も今は無く、唯一あるのは先天的な反応速度の速さくらいのものである。
畜生、と呻きながら外へと歩を進める。何故俺は転生したのだろうか、という何千何万回目ともわからない疑問と憤怒が胸中を埋め尽くす。
それも、何故──桐ヶ谷和人なのか。苛立ち混じりに小石を蹴り飛ばした。
「よう、キリの字じゃねぇか! 暫く見てなかったが、元気にやってるか?」
「……クライン」
暫く振りに会った男を認めて目を細める。相も変わらず変なバンダナを額に巻いていた。しかし刀が新調されている事から、それなりに強くなったのであろう。
「相変わらずオメーは辛気臭ぇ面してんなぁ。またレベリングか?」
「ああ」
続けて今のレベルを告げると、クラインはまるで化け物でも見るような目線を送ってくる。
「攻略組の平均より10以上も上じゃねぇか!」
「ん? まあ、そうかもしれないな。ずっと篭りっきりだったから」
「……おいおいおい。まさか冗談とは思うが、前会ってからずっとあの洞窟に居たのか?」
「だとしたらどうする」
嘘だろ、と天を仰ぐ。クラインは長々と溜息を吐くと、俺を見据えた。
「……なあ、キリト。もう十分じゃないか?」
何が、とは問わない。真面目な話を茶化すほどガキではない。無言で以て返した。
「お前が何を目的にそんな馬鹿みたいにレベリングしてるかは知らねぇけどよ。もう、いいだろ? ソロでやる必要はないはずだ」
その後に来る言葉は予想出来る。ただ何も言わずクラインの言葉を待った。
「……俺たちのギルドに来い。お前の腕なら大歓迎だ。だから──」
「悪いな、クライン。それは無理だ」
何故、とクラインは口にしかけたのだろう。だが俺の顔を見て歯噛みし、視線を落とした。
「そう、か。悪ぃな、突然こんな事言っちまってよ」
「別にいいよ。だけど、一つ忠告しておく」
笑う。この友人は余りに普通だ。普通に仲間を集め、普通に強くなり、連携する事で普通に敵を倒す。それはある種の才能と言ってもよく、ことデスゲームという環境で“普通に攻略する”という選択肢が取れる時点で人間として尊敬出来る。彼の存在がデスゲームの攻略の一助となっている事は誰にも否定できない事実だ。
──だが。それでは届かないのだ。
「俺みたいな奴には、あまり関わらない方がいいぞ」
「っ……!」
言いたい事だけ言ってその場を離れる。俺は異端だ。この階層、六十層まで延々とソロで戦い続けている変人は俺くらいのものだ。だがそうしなければ届かない。否、そうしようと届かない。
ギルドは、パーティーは駄目だ。技が鈍る。環境が緩くなる。欠片も気を抜かず、極限まで集中した状態で延々と狩り殺さなければ成長出来ない。経験と修練が俺を強くする。しかし、もう六十層だ。
──原作通りにいけば、奴との決戦はもうすぐだ。
それまでに完成しなければならない。元の桐ヶ谷和人に追い付く必要がある。そうしなければ何千人と犠牲者が出る。そこで殺さなければ、俺のせいで馬鹿みたいな量の人間が死ぬ。俺がやらなくちゃいけない。俺が殺さなきゃいけない。
俺は──“英雄”になる必要がある。
「……クソ、が」
頭痛がする。背負わされた責任に押し潰されそうだった。しかし誰にも相談は出来ない。言葉にしてしまえば、データとしてSAOに刻まれてしまう。それを茅場に閲覧されてしまえばもう終わりだ。俺という存在は消され、百層まで辿り着かなければならなくなる。
肝となるのは、多くの攻略組の前で奴の不死性を証明することだ。目撃者の全てを消せばSAOの攻略に支障を来たす。故に、奴は奴の矜持の為にも俺と一騎討ちをしなければならなくなる。
だから、そこで殺す。完膚なきまでに、愛だの友情だのという不確定要素なんざ抜きにして、技量と経験の蓄積を以って封殺する。それが俺の理想であり、最終目標だ。
「出来るのか、俺に」
自問自答する。わからない。一つわかることがあるとすれば、それは今のままでは駄目だということのみ。剣を振るえば振るう程に理想が遠い事を理解する。才能など無い事実を突き付けられる。だから、足りない才能を膨大な修練でカバーする必要がある。
まだ、足りない。焦りが舐めるように精神を焼いていく。
そうして雑踏の中を歩んでいると。ふと、声をかけられた。
「キリト!」
「あ?」
振り返る。視界の端に明るいブラウンの何かが映った。
「ごめん!」
「ちょ、お前っ……!?」
唐突に左腕を掴まれ、瞠目して声の主を見やる。見目麗しい見慣れた顔がすぐ横にあり、掴んでいた手の力が緩んだ。
──と思ったら、今度は腕を絡め取られる。柔らかい感覚に一瞬心臓が跳ねた。
「あの! 私、今日この人との予定があるんで!」
「「はぁ!?」」
誰かと声が重なる。見れば、知った顔が目を剥いてこちらを見ていた。
「いや、来て頂かないと困ると言いますか……団長が副団長を連れて来いと……」
「嫌よ。ここ二週間ずっと働き詰めだったんだからね? クラディール君がどうにかしといて」
「えぇ……」
「私の専属の部下なんでしょう? よろしくね」
「ええぇ……」
ウッソだろお前、という顔をした後に俺を殺気混じりに睨みつけるクラディール。いや、俺悪くないから。死んだ目で見返すと、苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。
「……15時までには帰ること。それが飲めるなら、掛け合ってみましょう」
「流石、クラディール君!」
頼んだぞ、と言いたげなクラディールから視線を逸らす。俺関係無いし。邪魔くさい腕を振りほどいて歩き始める。
「あっ、ちょっと!……もう。じゃあそういう事で!」
「15時ですからね! 15時!」
とたたた、と後方から響いてくる音から位置を割り出し、タイミングを見計らって腕を引っ込める。案の定からぶった手が空を掴み、少女がむっとした顔で俺を見上げた。
「なんで避けるのよ」
「避けたいから避けた」
「……ひょっとして、私の事嫌いだったりする?」
その問い掛けに対して、何を今更、と鼻を鳴らす。
「ああ。世界で一番嫌いだね」
「酷いなぁ」
彼女はそう言って笑う。俺は顔を顰める。
「相変わらず口が悪いんだね、キリト」
「相変わらず面倒くさい奴だな、アスナ」
腐れ縁、と言うべきなのだろう。原作ヒロインと言えるアスナを見下ろして、俺は小さく舌打ちするのだった。
「それで、最近どう?」
「えらく曖昧な質問だな」
ベンチに腰掛けながら、俺はハンバーガーに齧り付く。隣には血盟騎士団副団長が座っていた。アスナを引き剥がす労力と昼飯の相手をする面倒を天秤にかけた結果がこれである。
「確かにまあ、曖昧かもね。でも久々に会う相手との会話始めってこれじゃない?」
「さぁな」
「ぼっちの君にはわかんないか」
少々苛ついたため、言葉を返さず無言で咀嚼する。念の為言っておくが、この指摘が的を射たものであるからだなんて事は断じて無い。無いったら無い。
「あはは、怒った? ……でも、わからないんだよね。なんでキリトがいつも一人でいるのか」
喧嘩売ってんのか。
横目で睨み付ければ、そういう意味じゃ無い、と彼女は苦笑する。
「だって、貴方は無愛想だけどこうして普通に話せるでしょ? だから、どうして……いつもダンジョンに篭って、交流しようとしないのかなって」
簡単な話だ。俺は簡潔に答えた。
「時間の無駄だからだ」
「その分ダンジョンに篭ってレベリングしたい、と」
「わかってるじゃないか」
肯定する。すると、僅かにアスナは目を伏せた。
「……そこだよ。そこが私にはわからない」
「はぁ?」
「なんで、そんなに強くなりたいの」
俺は眉尻を跳ね上げる。何を馬鹿なことを聞いているのだ、こいつは。
「ここはデスゲームだ。強くなりたいのは当然だろう」
「ううん、違うよ。それならみんなで強くなればいい。パーティーを組んで戦えばいい。血盟騎士団みたいな、ギルドに入ればいい。……でも貴方はそうしない。一人で強くなろうとしてる」
答えに詰まる。確かにそうだ。手っ取り早く強くなり、生き残るためならばギルドに入ればいい。普通はそうだろう。だが、それでは駄目だ。俺の場合は違う。最強の個になる必要がある。そうでなければ、あの聖騎士には届かない。
「……キリト。ひょっとして、貴方はまだ──」
あの時のことを引きずってるの?
「ッ……」
一瞬。何処かの誰かの顔が、フラッシュバックする。
「私と貴方は二十層付近で喧嘩別れしたよね。でも、その後のことは少し耳にしてたんだ。だから、“月夜の黒猫団”のことも聞いてる」
やめろ。
「貴方が所属していたことも。貴方が守ろうとしていたことも。そして、貴方がいない時に難度の高いダンジョンにアタックして」
やめろ。
「全滅し──」
「やめろッッ!!」
吼える。アスナは顔を伏せている。俺は歯を食い縛りながら彼女を睨みつけていた。
「……なんのつもりだ、アスナ。趣味が悪いにも程がある。人様の傷を抉り出して楽しいか、ええ?」
「そういう、つもりじゃないよ。ただ……」
泣きそうな顔で、彼女は俺を見上げる。
「私じゃ、代わりになれないかなって」
「ふざけんな」
憎悪にも似た憤怒が湧き上がる。瞬間的に頭は漂白され、言葉が口を突いて出ていた。
「ふざけんなよ、アスナ。誰が誰の代わりになるって? 戯言も大概にしとけ。死人になりたいなら勝手に死んでろ」
胸ぐらを掴み上げる。ここが公共の場であることも忘れて、俺は唸るように告げた。
「他人に誰かを重ねるならまだしも、自分に誰かを重ねてくれだって? 己にそれだけの価値があると思っているのなら、思い上がりも甚だしい」
次に言ったら俺はお前を殺すぞ、【閃光】のアスナ。
そう吐き捨てる。掴んでいた手を離すと、俺は頭を冷やすため数歩後ろに下がり、天を仰いだ。仮想の天空は突き抜ける程に青い。胸中で暴れ狂う激情とはまるで正反対だ。
「そっか。うん……やっぱり、貴方は優しいね」
「気が狂ったか?」
だとしたら精神科をお勧めしよう。SAOには無いが。
しかし、アスナはかぶりを振った。
「貴方は優しくて、強くて、でもやっぱり普通の人間だから」
だから──。
「いつか、私を頼ってね」
「……思い上がるな、と言った筈だが」
「思い上がりじゃないよ。貴方に頼られても大丈夫なくらい、強くなったとは思ってるから」
【閃光】のアスナ。彼女は原作通りに強くなり、今の俺でも
「だから、ね?」
「……そんな機会は無いだろうさ」
「そっか」
そう答えて、彼女は微笑んだ。俺は食べ終わった後の包みを無造作に放り捨てる。青いポリゴンとなって砕け散るその様を見届けながら、口を開く。
「じゃあな、【閃光】」
「またね、【剣聖】」
かつての相棒の声を背にして、俺は再びダンジョンへ向かうべく踏み出した。
・転生キリト
キリトになってしまった一般人。デフォルトで目が死んでいる。
剣の才能は無い。無いが、常軌を逸した修練により独特の剣術を身に付けた偽キリトとでも言うべき存在。自分を原作キリトに比べ卑下する傾向にあるが、実は純粋な強さのみで言えば既に原典を超えていたりする。身に付けたモノは剣術と言うよりは殺人術に近く、修練と経験により積み上げられた剣技は天賦の怪物すら殺せる領域に至っている。
故に名付けられた二つ名は【剣聖】。大魔王カヤバーンへの殺意の波動に目覚めた、少し箍が外れた元一般人である。