なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
二週間。それだけの時間を経て俺はシノンという少女の性能を把握した。シノン、というからにはやはりあのシノンなのだろう。それとなく過去を探れば共通点が多い、というか間違いなく本人だ。
問題なのはそれとなく探ったはずなのに何故か本名はおろか住所や家族構成や好きな食べ物、果ては趣味からバストサイズに至るまで開示してくるという点だった。頭痛が痛い、とぼやきたくなる程にやかましい。お陰様で要らない個人情報が増えてしまっていた。
「なんであんたまでついてくんの?」
「それはこっちの台詞よ。流石にキリトくんに張り付き過ぎでしょう」
「はぁ? あんたに関係ないじゃない」
「あるわよ。生憎キリトくんと違って私は貴女を信用してないの。それとも自分が元々誰の一味だったかもう覚えてないのかしら」
「そんな昔の話をされても困るわ。今の私はキリトのモノなんだから何も問題はないでしょ」
「……貴女ね、何様のつもり? 自分がキリトくんの何だと思ってるのよ」
「恋人、とでも言ったら満足すんの?」
「下手な冗談は身を滅ぼすってコト、教えてあげようかしら」
「上等。なにが悲しくて元カノ面してんのか知らないけど、私もあんたが気に食わないのよね」
「んー、あー……ねぇキリト、なにあれ?」
「知らん」
首を横に振る。知らないったら知らない。折れた剣をひーふーみーよーと並べていくうちにリズの眼はどんどん険しくなり、同時に向こうもヒートアップしている。流石に店に迷惑をかけるわけにはいかないため振り向いて顎をしゃくった。
「おい。騒ぐなら出ていけ」
「だってさ。言われてるけど?」
「ふざけないで。貴女に決まってるでしょう」
両方だわボケ。纏めて叩き出すぞ。
「……悪いな、リズ。いや本当に」
「全くよ。どうせあんたが悪いんだろうし」
辛辣な言葉だ。いや、シノンのキャラが些か違い過ぎるのは俺が原因ではないはずだ──多分。正直彼女がSAOに紛れ込んでいるのも俺という異分子によるバタフライエフェクトの可能性が高いため何とも言えないが。
鼻を鳴らし、リズベットが折れた剣を纏めて炉に叩き込む。その際にさり気なく俺の足を踏み付けていくあたりがリズらしい。不機嫌そうに細められた目が俺を射抜く。
「そのうち背中刺されるわよ、あんた」
「……いや、それは」
「ちなみにあたしも刺すわ」
えぇ、と声を漏らせば鼻を鳴らして返される。
「自覚有りだか無しだか知らないけど、女引っ掛けんのも大概にしときなさい。どこのハーレム系主人公かってのよ」
返答に困る。正直、自覚はほぼ無い。だがここまで露骨であれば察せられないほどの阿呆でもない。しかし──寄せられる好意に対して、粘つくような不快感があることもまた、否めなかった。
それを見抜いているのだろうか。リズベットは僅かに口調を和らげる。
「……昔あんたに何があったのか、あたしは知らない。でも気持ちに向き合うくらいはしてあげなさい。そっからはあんたの自由だけどね」
ピンクのポニーテールを揺らして彼女はそう告げた。本当に察しの良い少女だ。アインクラッド低層から、つまり一年半もの付き合いであるが故に大抵のことは見抜いてくる。僅か一年半とも言えるが、このデスゲームでの一年半は酷く濃密だ。
「優しいな、リズは」
「……そーゆーとこだっつってんのよ、このスカポンタン」
握り拳で胸を押されてたたらを踏む。いつも通りにむすっとした表情で工房の奥へ消えていく姿を、俺は苦笑で見送るのだった。
さて。
武器の調達も終えればやる事はただ一つ、迷宮区の攻略だ。常の通りに剣を振るい、レベルと共に上昇するステータスを理想像に擦り合わせながら昇華する。技量というものは上がりにくいくせして手入れを怠れば直ぐにナマクラとなる。思考と試行を繰り返す狭間で無駄を削ぎ落としていく。
その最中であっても、喧しく響く口論は耳に届いてしまう。
「射線の邪魔。早く退いて」
「その言い方はないんじゃない? 気遣いってものが根本的に欠けてるのかしら」
「へぇ、んじゃあんたは戦場でもご丁寧に敵に挨拶するわけね。気障ったらしくお辞儀でもすんの? 笑えるわ」
「誰もそんな事言ってないでしょう。貴女、詭弁術って知ってる?」
「そうね。あんたがよく使ってるのは知ってる」
「っ、こんの……!」
うるせえ。
黙って戦え、とキレたくなる。しかしよく見れば彼女達のコンビは中々のものだった。即興だというのに上手く噛み合っている。ぶちぶち文句を言いながらもお互いの意図を察し、自然と連携を編み出している。援護射撃で敵を崩し、そこにアスナが畳み掛け、削りきれそうにないのなら一歩引く。そこに再度矢が刺さる。上手いものだ。性格はともかくとして戦闘スタイルは非常に相性が良いと言える。
──ならば。この二人を相手取った時、俺は何秒かかるだろうか。
そんな思考を剣閃と共に斬り払う。最近はこんな考えばかりが先行するようになってしまった。ノーチラスは強くなったが、今の俺なら何手で殺せるか。そこでクラディールを足せばどうなるか。或いはシリカ、或いはクライン、或いはディアベル、或いは──聖騎士ヒースクリフ。
剣がブレた。
「ッ──」
歯噛みする。力が強過ぎた。手首のスナップによる回転が上手く行かず、Mobが確殺に至らない。面倒なので蹴りでトドメを刺した。ポリゴンとなって消滅するのを見届けながらほう、と溜息を吐く。
……いけない。この程度で集中を切らしてどうする。
「キリトくん?」
「キリト?」
二つの視線が背中に集まっているのを自覚する。問題無い、と返して再び剣を握り直した。初動を見極め崩すことを意識する。攻撃を刃の上で滑らせ、動作を空回させる。そのまま急所に突き刺さる一撃は致命のもの。攻防一体の
カウンターは重要ではあるが、最終的には使い物にならない。故に多用するべきではないと反省する。
想定するのはヒースクリフの《神聖剣》だ。あの本質は専用武器による脅威的な防御性能と唯一無二の回復系ソードスキルにあるのではなく、盾に付与された攻撃判定に伴う連撃である。元より双剣は防御に優れたものだが、あのスキルはその片方を盾にしてみたようなものだ。盾と剣のパリィにより相手を誘導して崩し、タイミングを見計らって打撃と斬撃のラッシュにより押し潰す。気質としてはむしろ攻撃的だ。
まず技量という点におけるヒースクリフの評価を最高と設定して考える。相対するのは片手剣を装備した己だ。そうすると、まず俺の剣は防がれるだろう。防がれ、凌がれ、そして攻撃に転じられた瞬間──俺は負ける。同等の技量を想定した上で手数を増やされれば敗北は必至だ。
逆説的に──《二刀流》を持たない俺に、魔王を倒す資格はないとも言える。
ヒースクリフは倒す。俺が倒さなければならない。例え資格はなくとも、認められずとも、俺はあいつを殺す。少なくとも勝算はそう低くないはずだ。ソードスキルを使えば動きを読まれるため、ソードスキルは使わない。手数を増やすためにスキルが使えなくなるもののイレギュラーな双剣にも慣れ親しんでいる。なら、理論上は勝てる。
だが──物事には保険というモノが必要だ。不測の事態に備え、何重にも保険を掛けるのが冴えたやり方と言えよう。俺は強くなった。あの時から比べ物にならないほどに技量は研ぎ澄まされているのは客観的事実。しかし、それでも届かなければどうする? 悪夢の通りに敗れたとしたら?
そのための保険だ。そして、アスナとシノンというタッグはその保険の一つとなるだろう。ノーチラスとクラディールもそうだ。今や攻略層は七十に近付いている。来たる日まで時間が無い。残る懸念はたった一つ……俺が継承できなかった《二刀流》の在り処だ。
その所在さえ確かめられればそれでいい。適格者であれば、保険と成りうる存在であれば終わりだ。俺の懸念は晴れてなくなるだろう。
だが。もしそれが保険にすら到底届かない愚物であれば、英雄に足りない存在であれば──
アルゴに依頼はしている。情報収集能力という点においてあの女に勝るプレイヤーを俺は知らない。これまでの実績からして信頼を置くに足ると判断した。だからあとは待つだけ、なのだろうが──。
ひたすらに斬り続け、対象のいなくなった昏い道に視線を向ける。PoHという障害は排除した。こうして自分が死んだ後の保険の布石も打っている。間違いはないはずだ。バイアスを取り除き、できるだけ客観視に努めているつもりだ。これが最善だと俺は考えている。だが、だというのに──なんなのだろうか、この粘つくような違和感は。
何かを見落としている。ほんの些細な、しかし致命的な何かを忘れてしまっているような、そんな予感がある。だがそれが思い出せない。不快感に僅かに目を細めた。
──と。そこで視界右上の空間に通知アイコンが点灯したのを認めた。狩りを中断して指を振り、メニューアイコンからメッセージ欄を選択。そしてその宛先を確認し、指が止まった。
「こ、れは」
瞠目する。差出人はキバオウだった。思わず困惑し、しかし躊躇いを振り切ってメッセージを確認する。それは実に簡素で端的なものだった。あの男は美辞麗句が嫌いな人種だが、文面にもそれは出るものだな、と何処か感心してしまう。だがそんなことはどうでもいい。肝心なのは内容だった。
助けてくれ、と。そう始められた一連の文面、そんな懇願を反芻して結論を出す。ひとつ舌打ちして剣を納める。
「行くぞ」
「何処に?」
「一層だ」
そう、とだけ言ってシノンはそのまま頷いた。この少女は俺の判断に疑問を挟まない。奴隷として、道具として、俺の意思の延長線上に在ろうとしている。だがアスナは違う。
「どういうこと? 一層って、彼処は」
「解放軍の本拠地だな」
彼女は聡い。一瞬眉を顰めるが、すぐに結論を出す。
「……呼ばれたのね、彼らに」
「ああ。ディアベルが──失踪した」
その言葉に、アスナは露骨に怪訝な顔をした。それもそうだろう。フレンドを検索すればどの層、どのエリアにいるかは大体把握可能だ。迷宮区外ならば外部に救援を求めることも可能だろう。そしてそれが出来ない、ということは一層の迷宮区にいることになる。だがあのレベル帯の迷宮区など、今更苦戦することすら難しい。
故の、疑問。だが俺だけは知っている。
「
「……!?」
「そういう事だ」
解放軍がひた隠しにし、密かに攻略を進めていた地下迷宮。無論そのことは把握していた。ディアベルがもし行方不明になるとすれば、そこでなんらかのアクシデントが起きたのだとしか思えない。アスナは息を呑み、そして溜息を吐いた。そして語ることも無く街の方へと足を向ける。特に同行を求めたわけでもなかったが、まあ今更アスナだけを置いていくのも薄情だろう。そう考えて頷く。
地下迷宮、その奥に何があるのかに思いを馳せながら走り始めた。
「相も変わらず全身黒い格好なやっちゃな」
「キバオウ」
集合場所に仁王立ちしている男──キバオウに声をかける。こいつこそ相変わらずモヤッとボールみたいな頭をしてるな、と思いながら視線を周囲に走らせる。護衛は3人。恐らく攻略組。
女連れとはいいご身分やな、とキバオウは更に詰る。だが傍にいたプレイヤーがその様に口を挟んだ。
「キバオウさん、今はそんなことをしてる場合じゃ……」
「わーっとるわ。ったく……ほら、ついてこい」
促されるままにキバオウの後を追って大通りを進んでいく。だがぐねぐねと曲がる路地に入り、進んでいく先は地下道だ。やはりこの辺りに入り口があったらしい。反響する足音を遥かに凌ぐ声量で彼は言った。
「で。自分はどんくらい把握しとるんや?」
「地下迷宮でディアベルが失踪した、くらいだな」
「ちッ……やっぱ知っとったんか。せや、ディアベルさんはこの先で連絡が取れんくなった」
下水の臭いすらする地下道の果てには錆びた鉄の大扉が存在していた。恐らくは地下迷宮のショートカットなのだろう。アインクラッド解放軍のメンバーが鍵型のアイテムを錠前に差し込んで回せば、金属が酷く擦れる音ともに開いた。ここから中は石畳が敷かれた通路だ。こびり付いた苔、天井から僅かに滴る汚水、所々存在する破壊された黒い鉄格子。間違いない──ここは地下牢をモチーフにしたダンジョンだ。壁に沿って配置された燃え盛る松明によって影が踊る。
「ここの攻略適正レベルは最前線のレベルと連動しとる。気ィ抜いたら死ぬぞ…………現に、ディアベルはんの指揮する中隊との連絡が途絶しとる。これ以上の被害はウチとしても避けたいんや」
中隊規模の一線級プレイヤーの全滅、という言葉に肝が冷えた。それは確かに一筋縄ではいかない。最悪を想定すれば、現状最高戦力である俺を単騎で投入するのが確かにベストと言えるだろう。指揮官としては、ギルドマスターの解答としてひとつの正解だ。
「なるほど。忠告に感謝するよ」
「……なぁ、キリト」
迷宮区に踏み込もうとした瞬間、男は躊躇いがちに口を開いた。傲岸不遜で嫉妬深く、高圧的で部下に当たり散らすようなこの男がこんな顔をするなど中々あることでは無い。だからこそ、足が止まった。
「なんでや。なんで何も言わず、ワイを助ける」
「……別に、」
言葉が一瞬途切れる。確かにこの男に対して好印象を抱くような出来事はなかった。逆らう者に反抗し、権力を好み、いっそ専横的な振る舞いをする浅慮なプレイヤー。ああ、端的に言ってしまえばこいつは馬鹿だ。考え無しに動くことが多すぎる。
だが。
だが──こんな男でも、身内に対しては非常に情が深いことを知っている。そうでなければアインクラッド最大のギルドを、ディアベルのカリスマがあったとしても取り纏めることなど出来やしない。結局この男は必須なのだ。だから助ける。こんなところで目下最大のギルドを崩壊させる訳にはいかない。
というか。別に──俺はこいつのことが嫌いじゃないのだ。人間の悪性と善性を共に持ち合わせた人間らしい人間。悪の極値に振れた怪物でも、善の極値に振れた英雄でもない。だから必要なのだ。僅かに苦笑する。
「別に、お前のためじゃない。ディアベルには恩がある」
ひとつ貸しだ、と言って歩を進める。背後から死ぬんじゃねぇぞ、と叫ばれた気がした。相変わらずね、とアスナが零す。シノンは不満そうにキバオウを睨みながらも何も言わなかった。
大気を吸い込む。湿り、腐ったような空気はもはや瘴気に近い不快感がある。間違いなく一層にあっていいようなダンジョンではない。直感的に、この先に相当な化け物がいるのであろうことを悟った。迷宮区とそのボスには必ず何らかの関係性がある。ならば、ここのボスは。
……原作通りならば、死神。防戦ならば対抗は可能だろうか。指が僅かに震えた。
「行くぞ」
だがそれでも、俺は気負うことなく踏み込む。結局のところ、いつだって退路なんて無いのだと知っているのだから。
──あ。
あいしてる。