なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。   作:あぽくりふ

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11/月夜

 

 

 

 

──勝てない。

 

 その事実をどうしようもなく実感する。大気が歪み、閃光の如く走る闇が先程まで彼女の頭があった空間を貫く。通常では有り得ない距離(レンジ)。それは距離という概念が奴の間合いで塗り潰されてしまっていることを意味している。後退は無意味、ならば前進する他ない。前進を誘っているのだと理解してなお、踏み込むしかない。

 彼我の距離は3メートル。濃密な殺気が場に満ちた。確実に殺すという意思の発露。息が詰まるような漆黒の殺意の最中、穂先が跳ねあげられた。戦鎌によりガード、しかし有り得ざる膂力に遠心力が乗った結果防御すら貫通して身体に衝撃が走る。一瞬の硬直と後退(ノックバック)。その一瞬さえあれば奴は得物を引き戻す行為を完了させる。既に死線が一寸先にまで迫っていることを自覚した。一か八かで彼女は身を捩る。

 果たして──賭けには勝った。一直線に心臓を穿つだろう、という直感にも似た推論による回避は間一髪で彼女の存在を繋ぎ止めた。この回避は千金に値する。刺突という動作はそれだけで引き戻すのに時間を食う。その隙に踏み込めば、或いは──。

 与えられた反則、電脳による時間圧縮に伴う思考加速により前進を選択。しかし大気を裂く轟音がそれを叩き潰した。驚愕混じりに挟み込んだ鎌の刃がぐぁん、と震える。

 単純な話だ。引き戻すのではなく回転させ、金属の柄で彼女を撲殺しようとしただけのこと。だが回転がそこで終わるはずがない。闇色の斬撃が距離を無視し、回転と共に放たれる。広大な地下空間が両断された。からくもステップにより回避。だが二度はない。下段から脇を抜けて心臓を裂いて抜ける致死の一撃が迫る。

 

「ッ──《破刻・時裂刃(クロノブレイド)》!」

 

 本来であれば裂刃(ブレイド)でしかない剣技を、伝説級武装(レジェンダリィウェポン)にのみ存在する《強化武技(エンハンススキル)》の効果により極限まで強化し、Lv99のステータスを乗せて放つ。九十層以降に解禁されるコンテンツ、反則中の反則を惜しみなく投入し──()()()()()()()。お互いに弾き飛ばされ、間合いは10メートルほどにまで開かれる。これでリセット。都合にして何度目かもわからない既視感に彼女は舌打ちした。

……心意。ここまで厄介だとは思いもしなかった。

 

「英雄を気取るなら、早く来てください──」

 

 そうでないと、次は私が()()()()()()

 胸中で呟き、ユイと名乗るAIは怪物へと戦鎌を振りかざした。

 

 

 

 

「おかしいね」

「ああ、おかしいな」

 

 アスナと俺は同時にそんな結論を出した。シノンは無言で警戒している。だがその怪訝そうな表情が同意見であることを物語っている。

 

「敵が、いない」

 

 その一言に尽きた。

 普通の迷宮区ならば、必ず最低でも100メートルも歩けば敵と遭遇する。そうでなくても物音や気配程度は感知できるはずだ。だがここには何も無い。全く無い。仮初とはいえ、生命の気配とでも言うべきものが一切感じ取れない。酷く不気味だった。ひたすらに鉄格子と石畳が続く迷路である。

 

「こっちも何も見えないわ……ここ、本当に迷宮区なの?」

 

 そう問いたくなる気持ちもわかる。だがここは確かにダンジョンだ。アインクラッド解放軍が秘密裏に攻略を進めていた超高難易度迷宮区。だが、Mob一匹すら見当たらないのは異常の一言に尽きた。何かが起きているのは確かだ。しかし何が起きているのかわからない。迅速にディアベルを発見する必要がある。或いは、彼の遺品を。

 マッピングを高速で行いつつ突き進み、最高峰のステータスをフルに活かした速度で行軍する。地下一階層目、二階層目──ともにエンカウントなしで突破。そして地下三階層へと突入する階段を前にした瞬間、俺の足は止まった。

 

「なんだ──あれは」

 

 目を凝らす。だが見えない。視認が出来ない異常。当惑する俺の横で、シノンがぽつりと告げた。

 

「……闇、みたいね」

 

 首肯する。酷く間抜けな解答だったが、そうとしか言えない状況だった。端的に言って、眼下の景色は全て黒に染まっていたのだ。のっぺりとした闇。塗り潰す黒。あまりに不気味な風景に眉を顰める。アスナやシノンにちらりと目を移せば、彼女達も明らかな異常に戸惑っている様子だった。

……いや、それともこれがこの迷宮区のボスの能力なのか。判別は付かない。踏み込まないことにはどうしようもないと判断する。

 逡巡は一瞬だった。躊躇いも恐れもなく、俺は闇に踏み込み。

 

 ぞぷり、と。そんな音を立てて足が呑み込まれたのを認識すると同時に、()()()()()()()

 

 

 

 

──暗い。

 暗い、というよりは昏いのか。僅かに光は存在する。もがきながら浮上し……大気を吸い込んだ。咳き込みながら自分が液体中にいたのだということを自覚した。視界は最悪だ。一寸先しか見えやしない。

……ああ、いや。違うか。

 

「夜、なのか」

 

 宵闇が場を満たしている。だが頭上を見上げれば、一寸先を照らし出す光を与えてくれるものがあった。月だ。しかし酷く頼りない。三日月を超えて線のように細いそれは唯一の光源としては到底十分とは言い難い。

 もはや、ほぼ手探りの状態だった。だがどうやら俺は浅瀬にいたらしい。運良く陸地に上がることが出来た。全身濡れ鼠のような状態でいるのは不快だが、一々乾かしている余裕などない。剣を引き抜いて警戒する。ここは迷宮区だ。どうやらアスナやシノンとは分断されてしまったようだが、迷宮区なのは確かなのだ。警戒は怠るべきではない。

 早くディアベルを見つけるべきだ/早く■■に合流しなければならない。

 

「……なんだ、今のは」

 

 思考がブレた。何かが流入してくる。俺の記憶/今日の夕飯はなんだろうか/に何かが混じ/もう五月になる。この地獄から一年が経過したと考えると/っている。何かがおかし/感慨深いものがある。そんなことを考えて空を見あげれば、馴染みのある声が背後からかけられた/く──そ、うるさい。うるさいうるさいうるさい/「キ■ト、そんな■ころ ■何して■る■■」/黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ/■■の声に俺は■■■■■/「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 咆哮する。同時に剣を自分の刃を握り締めた。無論、そんな真似をすれば自傷行為扱いとなり自分の体力が減るだけだ。ペインアブソーバーにより痛みもない。しかし、刃の冷たさが俺を現実に引き戻した。舌打ちする。

 このエリアは……何かがおかしい。あんな記憶、俺は知らな──。

 

「……いや、違う。()()()()()

 

 俺は知っている。記憶の底に沈めていただけだ。考えることをやめ、水底に沈めた記憶が刺激される。吐きそうになりながらも既視感を認めた。ここは──宵闇に包まれているこの場所は──。

 

「月見台……」

 

 忘れるわけがない。忘れられるわけがない。ここで俺達は二人で誓ったのだ。必ずこの地獄を生き抜くと。どれだけ心折られようと、生きる意味を失おうとも、必ず現実で再会するのだと。そう誓ったこの場所を忘れるはずがない。

 あの日、彼女は月夜の下で微笑んでいた。満月の下での不格好な円舞曲(ワルツ)。脈打つ鼓動を、見惚れた彼女の一挙手一投足を忘れることなど有り得るものか。

 

 だが──今宵、月は無い。星も無い。光は誰も照らさない。か細い月明かりすらも雲に遮られたのか、月見台には闇の天幕が下りている。足元も覚束無いまま、俺は誰かに導かれるように歩を進めた。

 

 踏み締める土の感触。蹴飛ばした石ころの重さまで、あの日とまるで同一だった。違うのは、その道中に人間が倒れていることだけ。屍のようだがSAOにおいてプレイヤーの屍など存在しない、存在できないことを知っている。逆説的に生きている。道の脇に打ち捨てられた男の顔を見て安堵の息を吐く。ディアベルだ。

 この男は一階層の頃から俺を気にかけてくれていた。いかに外道に堕ちようと、その恩を仇で返そうとは思わない。その横にポーションを置いておくと、俺は再び足を踏み出した。

 一歩、また一歩。月見台への階段を登っていく様はまるで処刑台を登らされる罪人が如く。

 

「……ああ」

 

 時間の感覚は既に麻痺していた。一瞬か、それとも永劫か。だがいつの間にか俺は月見台への階段、その最後の段に足をかけていた。同時に直感的に悟る。この奥へと踏み込めば命が無いことを。だが踏み込まない選択肢などない。彼女はもう、そこで待っているのだから。

 石畳を踏み締める。万物を溶かすような闇の奥に、彼女(それ)はいた。

 

「久しぶりだな、サチ」

 

 

──YOU ENCOUNT THE OVERED ENEMY.

 

     【 The Shade 】

 

 

 声が震える。月並みな言葉しか吐けない己が恨めしかった。心臓が握り潰されるかのように胸が締め付けられる。闇、或いは泥が人を象ったようなそれは人間とは似ても似つかない。だが、ゆらりと槍を構える様はまさしく彼女だった。

 

「俺が、憎いか」

 

 無言。ただ無言のまま、ぴたりと槍の穂先が俺の心臓へと狙いを定める。黒く塗り潰された顔からは何も読み取れない。ただ純粋な殺意がそこにある。

 避ける気には、なれなかった。

 

「……いいよ。お前になら、殺されてもいい」

 

 彼女には権利がある。俺を罰し、殺す権利だ。ならば罪人としてそれを受け入れるのが当然だろう。

 ここで、キリトの物語は終わる。それもそれでいいだろう。始まりすら間違っていた話はここで打ち止めなのだ。

 故に避けない。俺は僅かに口角を歪めた。穂先がブレる。黒い槍は、そのままするりと心臓へ伸び、

 

 

 

「馬ッッッッッ鹿じゃないんですか!?」

 

 横合いから俺は弾き飛ばされた。

 石畳の上を無様に転がる。そんな俺を蹴り飛ばすようにして、少女は目を剥いて掴みかかってくる。

 

「馬鹿ですか馬鹿なんですね知ってましたよこのアホンダラ! 私がなんのために必死こいて時間稼ぎしてたと思ってるんですかスカポンタン!」

「ユイ……?」

「やっと名前で呼んでくれましたね……ってそんなことはどうでもいいんですよ。なに勝手に死のうとしてるんですか!」

 

 少女は立ち上がり、そのまま振り返りもせずサチの槍を弾いた。だがユイが得物としている鎌は砕けかけだった。今にも折れそうなそれで槍を捌きながら怒鳴ってくる。

 

「俺は、死ぬべきだ」

「死ぬべきもクソもない──ってああもう、根本的なところを欠片も理解してないんですねあなたは!」

 

 紫紺の鎌が闇を裂く。壮絶に凄絶に美しい戦闘の最中、戦乙女の頬が火花に照らし出される。

 

「死にたがってるのはあなたでしょう! 勝手に背負って、勝手に押し潰されて、勝手に死んでんじゃないですよ!」

「違う、俺は」

「違いません。あなたは──死人に理由を押し付けてるだけの大バカ野郎です!」

 

 違う。そんなことは……ない。俺は死ぬべきだし、俺が死んだところで誰も困らない。俺がいなくなったとしても保険はかけているし、二刀流の所有者だってどこかに存在している。

 

「それ、本気で考えてるなら全ッ然笑えませんよ……というか、それでいいんですか」

 

 戦鎌を叩きつけながら、ユイは俺に言葉を叩きつけた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ………」

 

 何故か言葉が出てこない。絶対に俺は間違っていないはずなのに。死ぬべきなのに。だというのに、俺の中で何かが唸り声をあげた。

 

「私はあなたをずっと見てきました。他のMHCPになにを言われようとずっとあなただけを見てきました。だから知っています。あなたの苦悩も、絶望も、憤怒も、咆哮も──誓約も!」

 

 

 

 故に思い出せ、桐ヶ谷和人。

 

 お前の絶望を。お前の悲哀を。魔王殺しの誓約を。

 お前が【暗黒剣】を得る切欠となった、あの最悪の日の記憶を──。









>>ザ・シェイド
 影を司るボスモンスター。本来は97階層におけるボスであり、死者を模した大量のヒトガタを召喚する群体型のMobである。しかしその性質が災いし、“彼女”の器となってしまった。
 Mobの軛を越えたそれは既に超越個体(オーバード)である。故に承認の末、MHCP001の強制介入はカーディナルによって可決された。

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