なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。   作:あぽくりふ

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(生存報告)






13/原罪

 

 

 

 ケイタ達が死んだ。

 

 そう聞かされた瞬間、まず何を言っているのかが理解出来なかった。なんだかんだ俺が月夜の黒猫団と出会って半年が経とうとしていた。ギルドハウスも当時の最前線に近い層に設け、団として上り調子である最盛期。俺もようやく正規メンバーとしてはっきりと認識され、切り込み隊長を担うようになっていた。

 そんなある日の夕方。暗い顔をした、顔見知りのギルドの男によって、唐突に凶報は齎された。今朝まで笑顔で話していたあいつらが、死んだ。現実感なんてあるわけがない。銅鑼でぶっ叩かれたかのようにうまく働かない頭で一層に向かう。見るべきは黒い石碑だった。目を背けたくなる衝動を必死に堪えながらそれを見つけた。ケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー。綺麗にそれは並んでいる。あまりの衝撃に放心しながら膝をついた。言葉が出ない。額に手を当てた。目が熱い。俯く。何も考えたくない。タイルの模様に目を這わせた。大丈夫だ。もう一度確認しよう。見間違いかもしれない。それでもあったら──また確認すればいい。ああそうだ、きっと。

 

「う、そ…………」

 

 聞き覚えのある声がした。振り向けば、真っ青な顔をしたサチがいた。俺と目が合った瞬間、蒼白な顔をして走り去っていく。反射的に追うべく駆け出したが足が縺れた。よくみれば手も足も震えている。糞が。拳を脚に叩きつけた。

 馬鹿か俺は。俺の感傷なんてどうでもい。今は、彼女を追え──!

 必死にサチの後を追って街中を走る。焦りだけがそこにあった。

 

 結局のところ。

 俺は誰も救えない馬鹿だった、ということだった。希薄な原作の知識を基に彼らを守った気でいたのだ。何も学んではいなかった。

 月光の差す月見台。その下で、彼女は涙を流しながら偽りの空を見上げていた。皮肉にも今宵は満月。月夜の黒猫団──その名の元になった絶景。アインクラッドでも有数の景色だろう。

 あまりにも美しい絶望が、そこにあった。

 

「……キリト」

「サチ」

 

 言葉は続かない。暗く沈んだ瞳が俺を映した。

 

「今朝ね、ササマルは笑ってたの。丁度エレキフィッシュの釣れる季節だって。私の料理スキルも成長してるし調理出来るんじゃないかって」

「……サチ」

「ダッカーがね、それに笑うの。初めの方は酷かったからなぁって。それでケイタとテツオがからかうの。最近は誰かさんに手料理を振る舞いたくて特訓してるもんなって。そんなんじゃないよって言っても聞かなくて」

「…………サチ」

「私は怒って。キリトは呆れて仏頂面で。それで言うの、飯くらい黙って食べられないのかって。そんな、普通の──それだけの──朝で」

「もう、いいんだ」

「何が悪かったのかな? 何か悪いことしたのかな? 私、わかんないんだ。なんで──」

「やめて、くれ……ッ!」

 

「死ななきゃ、いけなかったのかなぁ……!」

 

 声が震える。サチは痛々しくも口元を歪めていた。頬を伝う涙が地面に落ちて吸い込まれていく。返す言葉などなかった。返せる言葉なんて、存在しなかった。

 俺は馬鹿だ。もっと考えるべきだった。もっと臆病であるべきだった。結局、ここに至るまで俺はこのゲームが──ソードアート・オンラインという狂ったゲームが真実デスゲームであることを実感できていなかったのだ。日常に溺れ、恐怖は麻痺し、責務から逃避した結果がこれだ。知っていたはずだ。そこら中に死が潜む恐怖を。理解していたはずだ。ひとつボタンを掛け違えれば命は失われるのだと。攻略組で、最前線で、失われる命を見てきたはずだというのに。

 その怠慢の代償がこれだ。中堅ギルドまで躍進し浮き足立つメンバーに釘を刺しもせず、放っておいたが故に起きた事故。

 守れる力も、知識もあった。だというのにこの様だ。

 言ってしまえ。吐き出してしまえ。()()()()()()()()()()()()()と。

 

 そこまで思考が至った瞬間──音が鳴るほどに歯を食い縛った。

 自己中心的にも程がある。ふざけるなよ桐ヶ谷和人。自罰的な思考? その通りだ。俺は罰されたいのだ。断罪されたいのだ。あろうことか、その担い手を目の前で悲嘆にくれる少女に押し付けようとしたのだ。自分が楽になりたいがためにサチを更に苦しませるような真似をするクソ野郎に成り果ててどうする。

 そうじゃないだろ。今しなければならない事はなんだ。震える息を吐き出す。

 

「私、さ。馬鹿だよね。“なんで”だなんて、そんなの決まってるのに。元から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ぁ」

 

 違う、と。そう言いたかった。だが遅かった。闇の底に沈んだ瞳で、絶望に蕩けた眼で、彼女は結論を出してしまった。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「違うッッ!」

 

 最悪の答えだった。彼女の傍に駆け寄る。違う、と。その答えだけは間違っているのだと伝えたかった。

 

「違わないよ。前も言ったでしょ? ぜんぶ私のせい。私がケイタ達を殺したの」

「そんなわけねぇだろ……! それを言うなら、俺だってそうだ。俺だってもっと気を付けるよう言っておくべきだった。注意を払うようキツく言っておくべきだった。気を付ける、べきだった……!」

 

「……前さ。約束したよね、死なないでって」

「……ああ」

「ごめん、キリト。私、今さ……今っ……」

 

 掠れた声で。嗚咽交じりに。少女は顔を歪めて告げた。

 

「──すごく、死にたいっ……!」

 

 耐えられなかった。肩を掴んで抱き寄せる。震える手が背中に回された。泣きじゃくる彼女の頭に寄せる俺の手も同じように震えていた。

 

「嫌だ。死なないでくれ。あんたまでいなくなったら、俺は……!」

「耐えられないの。私、弱いから。こんな私だけ生き残って、ケイタ達だけ死ぬなんて、おかしいでしょ……!」

「駄目だ。嫌だ。俺は──」

 

 爪を立てるほどに深く抱き締める。手の中で嗚咽する少女を喪うことが何よりも怖かった。自分が死ぬことよりも何倍も恐ろしかった。

 嫌悪する。あまりにおぞましい。だが、彼女まで喪ってしまえば俺はきっと壊れてしまう。だから、手段なんて選んでいられなかった。

 

「サチ、好きだ。愛してる」

「…………ぁ」

「あんたまでいなくなったら、俺は耐えられない。だから──俺の為に、生きてくれ」

 

 サチは、優しい。

 その優しさにつけ込むような卑劣な言葉だった。ああ、こんな状況で拒絶など出来るわけがないだろう。だがそれでも、彼女を生に繋ぎ止める楔がなんであれ欲しかったのだ。自分の醜さに喉を掻き切りたくなるような衝動すらする。吐き気を催すほどの醜悪さ。自嘲交じりに──涙を零しながらも目を見開く彼女の唇を、奪った。

 

「──死ぬなんて言わないでくれ」

「ん、ぁ……」

 

 

 共依存。端的に言えばそれだった。

 悪循環の典型例だ。一人では生きられないから、互いに依存しながら生き延びる。月見台の上で獣のように貪りあった後、その後一週間はまさに動物のような生活を送っていた。貯蓄していた食料を食べ、現実を忘れるように()()に没頭し、腹が減れば食べる。眠くなれば互いに抱き合いながら微睡む。快楽だけを求めて狂ったように求めあった。

 それが、一週間。食料が尽きてようやく僅かながら正気に戻った俺は、食料を補給するために剣を手に取った。

 

 醜悪な蜜月はおよそ一ヶ月ほど続いた。俺は作業的に低階層の、なんの苦にもならないMobを狩って食料を補給する。彼女はギルドハウスで呆とするか、或いは編み物をして俺を待つ。帰ってくれば寝るまで抱く。起きれば狩りに出る。そんなサイクルだ。

 俺はそれで満足だった。満足してしまっていた。ただ、彼女は俺よりも強かった。たったの一ヶ月。僅か一ヶ月で、前に進む決意をしてしまった。

 

「私も、狩りに出るよ」

 

 そう言って微笑むサチを拒むことなど出来なかった。俺とサチは共に狩りに出るようになった。自然と笑えるようにもなった。前を向こうと、乗り越えつつあった。そして──。

 

 

 

 

 そして、サチは死んだ。俺は狂う──ことは無かった。

 

 狂ってしまえれば楽だった。だが、あまりに不自然な死に一瞬冷静になってしまったのが運の尽きだった。街の人々に聞き込みをしていくうちに、ひとつのと目撃情報を得た。曰く、ポンチョを着た長身のプレイヤーがサチと話していたのを見たと。その後にサチが真っ青になって走り去るのも。

 足取りは結局追えなかった──本来ならば。ただ、俺はアインクラッドでも最高級の情報屋とのツテがあった。あってしまった。

 有り金をはたいてその情報を追った。追わせた。ああ、結論を言おう。

 そのポンチョの男は高確率で犯罪者(レッドプレイヤー)で。

 曰く、MPKの常習犯で。

 

 ──かつてケイタ達が死んだエリアは、MPKの多発していた場所だったのだということを。

 

 そこから先のことはよく覚えていない。

 アルゴを説き伏せて──半ば脅して、そのプレイヤーのいた地域の情報を得て。単身乗り込んで周辺のレッドプレイヤーを皆殺しにした。元は最前線で戦っていたスペックなのだ、低階層でPK行為を働くのみのプレイヤーなどものの数ではなかった。ポンチョの男もそこにいた。腕には嗤う棺桶の刺青が刻まれていた。首を跳ね飛ばす前に聞けば、どうやら嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)と呼ばれるPKギルドに所属し、PoHという名のプレイヤーに心酔しているようだった。ただそんな事はどうでもよくて、なぜ月夜の黒猫団を狙ったのかを尋ねた。サチに何を言ったのかを問うた。答えは単純だった。

 ──元からサチが狙いだった。

 女性プレイヤーは希少だ。比率でいえば二割もいないのではないか。そして残る八割からすれば、彼女達はそういう対象となる。なってしまう。

 強姦の類は理論上ハラスメントコードにより不可能のように思えるが、実際は可能だ──と男は言った。特殊な麻痺薬を用いて自由を奪い、アバターを外部から動かしてハラスメントコードを解除させる。ふざけた話だ。邪魔な他のギルドメンバーは殺して、女だけを奪う。ただ想定外だったのが、俺が生きていたこと。中々サチが圏内から出ないので痺れを切らして呼び出し、事に及ぼうとしたらしい。

 そして──結果として彼女は死んだ。それを理解した瞬間、俺は男の首を跳ね飛ばしていた。明確な殺意と憎悪を持って殺した。殺した直後に悔やんだ。一寸刻みにして殺すべきだったと。

 

 殺意の矛先を失った俺は、何もかもを投げ捨てて旧月夜の黒猫団のギルドハウスに引きこもった。来客を拒絶し、全てを忘我の果てに追いやって、ただ虚空を見つめ続けた。死にたい。死んでしまいたい。彼女が残した──遺していった短槍を指でなぞりながら呼吸をする。呼吸をするだけの死体がそこにいた。

 今すぐ死んでしまえばいい。そうするべきだしなぜそうしていないのか理解が出来ない。ただ、しこりのようにあの誓いが仄かに灯っていた。

 

 ──『死なないで。生きて。たとえどんなに自分が嫌いになっても、生きることを諦めないで』

 

 馬鹿な話もあったものだ。その張本人は死んでいるというのに、遺された男はその約束に縛られている。自殺衝動に駆られて街を出て浮遊城から飛び降りようとし、しかし足を止めた──止めてしまった回数は二桁に届くか。

 

「……サチ」

 

 呟く。虚ろな目で、消え入るような声で。ただ、その声に呼応するかのように何かのシステムメッセージを受信した。のろのろと指で触れ──そのアイテムは、実体化した。

 それは遺書だった。

 彼女が死んで、丁度一ヶ月。もし何事もなければ取り出して処理するつもりだった。読んでいるという事は死んでいるのだろう、と告げられていた。

 そこに込められていたのは怨みではなく、感謝だった。

 死を願った自分を繋ぎ止めてくれたことに関する感謝。僅かな期間でも、歪とは言えど恋人として在れたことに対する感謝。あえなく死んでしまったことへの謝罪。

 そして。

 『どうか私の事は忘れて生きて欲しい』という、懇願。

 『塞ぎこんでいる暇があるのなら前を向いて生きろ』という、叱咤。

 『貴方ならこのゲームをクリア出来る』という、希望。

 

 ……正直に言って、吐きそうだった。俺には無理だ。俺は逃げ出したのだ。逃避した先が月夜の黒猫団であり、そのメンバーがいなくなった以上逃れる先などありはしない。

 だが、()()()()。彼女がそれを望んだのなら、俺は死ねない。死なない。ただ、摩耗しきった心は折れそうだった。何もかも放り出して、俺も泥のような死の安寧に身を投じてしまえばいい。そんな甘ったるい誘惑の如き自殺衝動に息を吐き、

 

《You got an Extra Skill【暗黒剣】》

 

「……は?」

 

 唐突なシステムボイスに、呆然とした。

 震える手で自分のステータス画面を開けば、新たなスキルがスクロールした最下点に鎮座している。

 なぜ、このタイミングで? 聞いた事もないソードスキル。ああ、間違いなくユニークスキルだろう。

 

 ──そうか。

 

「は、はは」

 

 ──戦え、と。逃げる事は許さない、と。そう言いたいのか、茅場晶彦。

 

「ははははは」

 

 ──つまり、お前は。

 

「ははははははは──巫山戯るなよ」

 

 ()()()()()()()()()

 

 膨れ上がる漆黒。それは憎悪だった。殺意だった。溶かすように心を蝕んでいく。急速に自分の心が腐っていくのを自覚する。鬱屈とした悲嘆と嬲るような絶望が反転する。黒い殺意。泥濘よりも煮詰まった憎悪。ああ、タチが悪いにも程がある。何処まで人の心を逆撫ですればいいのだ。何もかもを遊戯(ゲーム)として見ているというのか。

 頂点に座して傍観する悲劇は、そんなにも面白いか? 嘲笑いながら見下ろす絶望の箱庭に、お前の創った玩具(ユニークスキル)を与える行為はそんなにも楽しいか?

 サチの死に様は──俺の絶望は──所詮お前の見世物だったと言うのなら。憤怒に嗄れた声が洩れる。

 

「巫山戯るなよ、茅場晶彦ォ……!!」

 

 声が震える。ようやく実感した。己が成さねばならない使命を自覚した。俺があの怪物を殺さなければ、他の人間は死ぬ。こうしてお遊びのように悲劇は量産され喜劇のように消耗されていく。誰かがあれを倒さなければこの地獄は終わらない。箱庭を壊さなければ解放されない。じゃあ誰が壊すというのか?

 

 ──俺だ。キリトが、桐ヶ谷和人が成さねばならない。そうでないと許されない。いや、俺が俺を許さない。そうでなければ彼女は無為になる。鮮烈に生きた彼女が、俺を見て微笑んだ彼女が、友人の死に絶望して涙を流した彼女の死が──無価値だと断じられてしまう。

 それは駄目だ。それだけは駄目だ。俺が俺を許せないし赦さない。何も出来ずに朽ちていく、それは決して許容してはいけない。殺せ。茅場晶彦を殺せ。聖騎士ヒースクリフを殺せ。この手で魔王殺しを為せ。

 

「……力が、要る」

 

 必要なのは力だ。レベルだ。技術だ。ああ、何もかもが足りない。才能も能力も全部足りない。ならば、足りないのならば、補完するしかない。始めから足りない未完の器、ならば他の全てを捨てろ。人間らしさを捨てろ。元より目指すべきは人間では無いのだから。

 ……ふと。そこで視界の端に短槍が映った。鈍く光る銀の槍。唯一回収出来た、遺産らしき遺産。彼女の遺した足跡だ。そして、俺の罪の証でもある。

 

「……ああ、大丈夫だよ──サチ」

 

 彼女を安心させるように、笑って呟く。あの時は答えを言えなかった。確証もなく臆面もなく言うなんて、そんな事は出来なかった。だが今なら言える。

 俺は彼女に恋をしていたわけじゃない。でも愛していたのだ。口から出まかせのような愛の囁きだったが、決して嘘ではなかったのだ。致命的に遅い自覚だが、それだけは自信を持って言える。あの暖かさが、微笑みがもうこの世に無いことに今更ながら絶望する。狂おしい程の激情を飲み下して無理矢理に口角を上げた。

 今──俺は、笑えているのだろうか?

 

「俺はもう、迷わないから」

 

 俺は英雄になる。君のための英雄に。こんな俺を救ってくれた君の英雄に。

 俺が救えなかった君が望んだ、英雄へ至る。

 

 

 

 

……

…………

………………

 

【…………そんなこと】

【………………そんなこと、望んでなかったよ】

 

 私は。

 弱いのに強い、そんなキミが、大好きで……大嫌いでした。

 




 英雄なんて要りませんでした。
 貴方だけがいれば、それでいい。
 希望なんて要りませんでした。
 絶望の泥濘で、微睡んでいればいい。
 理想なんて要りませんでした。
 現実の端で、貴方を抱き締めていたい。
 そんな女を愛したと言うのなら。
 それこそが貴方の、原罪(ツミ)なのでしょう。
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