なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。   作:あぽくりふ

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16/遺品

 

 

「一体、どういう事ですか?」

 

 

 震える声でアスナは目前の団長に問うた。理解が出来ない。困惑と混乱で占められた少女の手の内には、情報誌が握られていた。団長室の机が荒々しく叩きつけられる。

 それは、第一層の頃から【鼠】アルゴが発行しているもの。攻略組以外にも親しまれているその記事の一面を見やり、そしてヒースクリフの方へと向き直る。

 

 ──最強はどちらか!? 【剣聖】と【聖騎士】の因縁に迫る!

 

「それが、どうかしたかね?」

「とぼけないでください。これは、何ですか」

 

 彼女が指すのは、その見出しのすぐ下の文章だった。曰く、()()()()()()()()()()()()()()()と──。

 

「そのままの意味だが」

「聞いていません……! それに、何を目的に身内同士で!」

「落ち着きたまえ。そう目くじらを立てることはあるまい。そもそも、この決闘自体も()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に絶句する。彼から──キリトから決闘(デュエル)を望んだと? 何の為にそんな事を、と思考を巡らせ始める。

 

「なに、そこまで構える必要も無いだろう。これはいわゆるパフォーマンスというヤツだ」

「パフォーマンス……」

「ああ。74層を越えていよいよ浮遊城アインクラッドも四分の三ほど攻略されたことになるが、ここで気を引き締めると同時に形態を一新できないかと打診されてね」

 

 曰く──。

 

「『絶対的な旗頭がいる』……もっともな話ではある。圧倒的なカリスマ性を抱くものが統率する組織は脆くもあるが、一定以上の強さがあるものだ。これからより激化していく攻略の最前線に立ち、攻略組を鼓舞し先導していく存在……それにならないか、と言われてね」

 

 そんな殊勝なことを彼が言うのか──という疑念と驚愕。しかし、血盟騎士団団長としてヒースクリフという男が立ててきた功績を考えれば、至極当然かつ妥当と言えよう。

 加えて、【聖騎士】ヒースクリフはフロアボスとソロですらある程度は保たせられる埒外の堅牢さ、実力の持ち主だ。ユニークスキルの持ち主であるというだけではない。未来予測でもしているのではないかと思わせかねない圧倒的な先読みとプレイヤースキルによって、聖騎士ヒースクリフの不敗神話は打ち立てられている。

 決して退かず、臆さず──そんな男が最前線を引っ張るのだとすれば、それが理想だろう。

 

 ただ、と。ヒースクリフは静かに苦笑した。

 

「生憎だが、私としてはこれを認められなくてね」

「……一応聞いておきますが、何故です?」

「フ……君からすればあまりにくだらない理由だろうがね。私も存外気になっているのだよ──その噂がね」

 

 視線の指す先。アスナの握る情報誌、その一面に書かれた『最強はどちらか』の文字。

 

「ユニークスキルの所有者が攻略組を先導する、その言に異論はない。ただ、分かりやすい形で新たなリーダーは頂点に立つべきだ」

「……呆れました。貴方の私利私欲で、キリトと雌雄を決すると?」

「私とて人間であり、そして男だ。『最強』の座に憧れる気持ちくらいある。もっとも、それは彼も同様だったようだがね」

 

 もうここまで来れば止めようもないだろう。どうやら大々的なイベントに仕立て上げようとする各所の思惑が既に動いているのはなんとなく勘づいている。止めようにも止まるまい。そっと嘆息する。楽しそうにヒースクリフはくつくつと笑いを漏らす。

 ……ただ、僅かな違和感に、アスナは眉を顰めた。

 

 あのキリトが、最強の座に憧れる?

 喉奥に刺さったような違和感を抱えたまま──しかし詮無いことだと、彼女は情報誌をストレージに収めた。

 

 

 

 

「『最強はどちらか』……ね。興味あんの?」

「あるわけないだろ」

 

 顔を顰めてそう返す。ふぅん、とリズベットは至極どうでも良さそうに相槌を打った。店内に所狭しと並べられた剣、槍、鎧。見ればチャクラムやモーニングスターの類まである。随分とこの店も大きくなったものだ。昔露天商の真似をしていたのが嘘のように繁盛している。攻略組御用達、アインクラッドでも屈指の鍛冶師としてリズベットは名高い。

 炭、熱された鉄の匂い、轟々と離れていても届く熱気と音。これがいわゆる『火の匂い』なのかと納得する。

 

「じゃあなんでこんな決闘(デュエル)すんのよ」

「……色々あるんだよ、攻略組にもな」

「そ。ま、興味ないけど──」

 

 カウンターの奥から現れた店主がずんずんとこちらへと歩いてくる。振り向けば、どん、と。胸を叩くように押し付けられた()()をたたらを踏みながら受け止めた。

 ぎろりと童顔の少女が睨みあげる。

 

「その子使って負けたら、承知しないわよ」

「ああ」

「少なくとも、二週間はウチの敷居を跨がせないわ」

「……………ああ」

「冗談よ」

 

 わかりにくすぎる。ふす、と鼻を鳴らしてリズベットが背を向けた。乱雑にひとつに纏めた髪が揺れる。俺はゆっくりと、()()を鞘から引き抜いた。

 

 ──柄から剣先まで艶やかな漆黒で彩られた長剣。闇を押し固め磨いたようなそれは極簡素な装飾しかなく、いっそ無機質とまで言っていほどに機能的に過ぎる。ただ、むしろその華美さのない、剣としての性能だけを追求した外見故に芸術作品のように見えた。

 剣としての在り方だけをひたすらに突き詰めたそれは、ある種誠実さすら感じさせる。やはり──リズベットに頼んで正解だった。

 

「良い剣だな」

「あったりまえでしょ。アインクラッド最高の鍛冶師(スミス)が二週間かけて鍛えたんだから」

 

 そもそも、と。振り返ったリズがじっとりと半目でこちらを見据えた。

 

「本当になんなのよあの素材。明らかに80層以降──下手すれば90層クラスの素材じゃないの。どこで何と戦えばあんなもん手に入るのかさっぱりわかんないわ」

「……企業機密だ」

「あっそ。まあいいわよ、別に。あんたの秘密主義は知ったこっちゃないし、最近妙に悟ったような雰囲気出して腹立つのも置いといてあげる」

 

 影と融合した彼女を撃破した時にドロップしたいくつかのアイテム。その一つこそ、無明未明の影(シャドウマター)と呼ばれる解析不可能な物質だった。解析スキルを総動員して理解出来たのはどうやら鉱物の一種であるということ、そしてカンストした鍛冶師(スミス)ならば鍛えられるということ。そして、俺が知る限り鍛冶師がカンスト寸前になるほど、気が狂ったように剣を鍛えているプレイヤーは一人しかいなかった。

 

 そんなアインクラッド屈指の鍛冶師は、ピンクブロンドの髪を揺らしてつかつかと近付いてくる。頭一つ下のリズを見下ろせば、何故か舌打ちをされた。解せない。

 

「……約束しなさい。負けないし、死なないって。そんな最高級なんてもんじゃない剣を握ったまま死んだら夢見が悪いどころか憤死モノよ、こちとら」

「善処は、する」

「やっぱり馬鹿ね、あんた。黙って頷いとけばいいのよ、こういう時は」

 

 ……返す言葉に困り、結局俺は閉口するに留まる。下手に返しても墓穴を掘る気しかしない。そんな俺の胸を、とん、とリズベットの指が叩いた。

 

「……その子の名前()。今決めなさい」

 

 それならばもう決まってる。俺の相棒。『桐ヶ谷和人』として生きてきた、俺の現身。恐らく最後となるであろう、俺の武器。

 

「“矛盾存在(ジ・アノマリー)”」

「……厨二病全開って感じね。ただまあ、悪くはないけど」

 

 ふっとリズが笑う。俺も口元を緩ませた。こういう所のセンスはよく似ている。名前の設定された新たな愛剣を腰に佩き、俺は──。

 

「あー……やっぱダメね、あたし」

 

 胸倉を掴まれる。つんのめった先にあるのは、というよりいるのはリズベットだ。困惑する。混乱する。唇に触れる柔らかい感触。鼻先を掠めた桃色の髪からしたのは、灰と火と、そして僅かに甘い香り。

 

「──ぷは。今のが代金でいいわよ」

「リ、ズ……?」

「馬鹿ねぇあたし、ほんと馬鹿。未練がましいにも程があるわよ。あ、でも別に返事とか見返りとかそんなのいらないから。馬鹿とは言ってもそこまでじゃないわ」

「あ、え──」

「言っとくけど今の、初めてだから。あんたがどうかは知らないしどうでもいいけど」

 

 どん、と胸を押されて後退する。何も言えなかった。言えるわけがなかった。理解が追いつかないまま、ただ呆然と──涙を湛えたその瞳と、交錯する。

 

「行きなさい。あたしの剣で、成すべきことをなさい。……後悔だけは、しないように」

「……ああ。ありがとう、リズベット」

「馬鹿。さっさと行けっつってんのよ」

 

 押し殺したような声に背中を押され。俺は深く一礼し、鍛冶屋を出る。

 ……感触の残る唇をなぞる。瞑目し、そして息を吸う。

 

 行こう。最期までにやるべき事は、まだある。

 

 

 

「礼を言うよ、アルゴ」

「はン──理由は聞かず、詮索もしない。ただ情報操作をさせろだなんて、全く以てふてぶてしい依頼だったナ」

 

 【鼠】のアルゴ。

 一階層の頃から知り合いであり、そして敢えて知り合い止まりの距離感を意図的に保っていた女。アインクラッド随一にして唯一の情報屋と対面しながら、俺は苦笑いを浮かべる。接触は最小限に留める──そうでなければ、この頭の回る鼠は俺の言動から察してしまう可能性がある。一線を引いた付き合いをしていたつもりだが、今回はその線を自ら越えた所業となる。

 

 故に、彼女も少なからず不信感……とまでは言わずとも、違和感は抱いているはずだ。理由もなくアインクラッドで最も有名な情報誌の一面を、個人の意思でジャックするなど法外もいいところだ。当然要求された対価も跳ね上がったが、この層に至るまで金を貯め込み続けてきた俺には問題なかった。

 じっ、と。訝しげに俺を見つめる女の視線から逃れるように目を逸らす。

 

「キー坊、いや【剣聖】。言うつもりはないんだナ?」

「ああ。その分と口止めを含めてあの値段だったと解釈してるが」

「……そーかい。だったらオネーサンから言えることは何もないヨ」

 

 いい人だな、と。漠然とそんな感想を抱く。

 設けた一線を見極め、踏み込まず、尊重してくれる様に尊敬の念すら抱いた。【鼠】のアルゴ──各地を駆け回るちみっこい背丈と特徴的なフェイスペイントから付けられた二つ名ではあるが、彼女はしっかりとした「大人」だ。砕けた口調からは考えられないほど彼女は思考を張り巡らせている。故に、親密になってしまえば察せられてしまう恐れがあった。向こうからすれば勝手に壁を作られてたまったものではなかっただろうが、それでもこうして色々融通してもらっているのだから感謝しかない。

 

「……改めて、ありがとう。アルゴ」

「ふン。おまえがそんな殊勝なタマかヨ。ついでに何か頼み事があるんだろ、うン?」

 

 ジト目でこちらを見やる様に頬を掻く。流石に見抜かれていた。ただ礼を言うためだけに俺は足を運ばない。依頼が完遂されたのを見届けて、俺はようやく彼女にならば託せると判断した。

 

「……これは別に難しい話じゃない。ただ、理由は聞くな」

「相変わらずの秘密主義……で、肝心の内容は?」

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アルゴが目を見開く。ぽかんとした様子で見上げる様は、見てくれ通りの少女のように思える。推定年齢二十代の女プレイヤーがこうも間抜けな顔をするのは笑える光景だが、しかし真面目な話だ。口元を歪めるに留めてスクロールを押し付ける。

 

「……キー坊?」

「そこには色々書かれてるから、覗き見するなよ」

 

 茶化すような口振りではあるが、本気だった。そこには見られたら不味いものが多少書かれている。これからの未来予測、想定する最悪の事態、そして推定される()()()()()()()()──他には体術やシステム外スキルに関して俺の知る限りの様々な知識を書き加えておいた。流すべき所に流せば凄まじい大金に変換できるスクロール、ということになる。

 

 言わば、保険。惜しむらくは直接彼女に伝授する時間がなかった事だが、そこはしょうがない。幼い少女が半年間第一層に引きこもっていたことを責める気になどなれない。間違いなく天賦の剣才を持つ彼女に、俺の経験と剣術を高密度で叩き込めばどこまで伸びるか知りたくもあったが──しょうがない。こればかりは。

 

「……死ぬ気なのか、キー坊」

「いや、全く。ただの……保険だ、アルゴ」

 

 一線を引く。

 俺とお前は所詮は他人なのだと、踏み込むべきではないと、黙って受け取れという感情を込めて告げる。怯んだようにアルゴは口を閉ざした。

 ……根本的に、優しいのだ。優しすぎるほどに。彼女がいなければ、アインクラッドの攻略ペースは今の半分だっただろうし、それに準じて死傷者も増えていたはずだ。第一層から懸命に情報をかき集めてきたアルゴというプレイヤーに、俺は敬意を表する。

 

「頼んだよ、情報屋」

「情報屋に頼む仕事じゃあ……ないだろうがヨ」

 

 背を向ける。【鼠】のアルゴは誠実だ。頼まれた仕事はきっちりとこなす。これは信頼だ。彼女はきっと、俺が死ねばユウキにそれを渡してくれるだろう。これで全てが無に帰すことはなくなる。何もかも無駄に終わることがなくなる。俺以上の才覚を持つ少女が、二刀流を携えてアインクラッドを100層まで駆け上がってくれるだろう。その道中はきっと、地獄だろうが。

 

 ……後顧の憂いは絶たれた。これで思い残すことはない。何の躊躇いもなく俺は、()()()()に剣を振るえる──。

 

 

「殺ろうか、茅場晶彦(ヒースクリフ)

 

 

 胸の奥で、昏い獣が哭いた。

 

 





>>ジ・アノマリー
 90層に以降で本来入手出来る素材を用いた長剣。特殊な性質、機構はなくひたすらに耐久性と攻撃力が高い。黒曜石を切り抜いたような見た目は芸術品のように思えるが、その本質は使い潰すための剣でしかない。機能性だけを追求した結果、美を獲得してしまった黒剣である。

>>リズベット
 淫ピ鍛冶師。

>>アルゴ
 有能すぎた結果警戒されることとなった情報屋。知りすぎて首突っ込んだらゲームセットだからしょうがないね。1層の頃はまだ歳相応の甘さと若さが混在した“キー坊”だったが、いつからか“キー坊”は“剣聖キリト”となってしまった。
 踏み込めないし踏み込ませない。しかし彼女は薄々勘づいている。下層で分岐してアルゴ依存ルートに入るとバッドエンドにほぼ直行するので初見さんは注意が必要。

>>ユウキ
 キリトが逝ったら二刀流&暗黒剣のベストマッチが開放される。Gルート。

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