なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
前座、余興、茶番──形容はなんでもいい。肩透かしにも似た感覚。ここからだ、と再認識する。
技量では勝った。俺の剣は、二年間の蓄積は奴を打倒するに足りうるものだった。
俺は勝てる──
ならば。今、こうして目の前に立っている
「認めよう」
感情の読めない瞳で、淡白な拍手をするこの男に。
「アインクラッド最強の剣士は君だ。誇るといい」
「その言い草だと、言い訳する気もないみたいだな」
「もとよりするつもりなどない。そうとも、私こそが茅場晶彦。君たちをこの浮遊城アインクラッドへ幽閉した張本人だ」
だというのに。取り繕う気すらなく、堂々と
「もう一度言おう。
一瞬の静けさ。その後に返ってきたのは、悲鳴にも似た罵詈雑言の嵐だった。信じられない、という顔をしながら悲痛な叫びを洩らす者。真実だと理解し、憤怒に顔を歪めながら弾劾する者。茫然とし、うわ言のように嘘だと呟く者──様々だった。しかしその全ての人間の感情の矛先は、
それはまさしく、超越者の佇まいだった。
「……随分とあっさり認めるな。余裕のつもりか?」
「君は賢い。言わずとも理解しているだろう」
ああ──わかっているとも。
どれだけ糾弾しようが、弾劾しようが、非難しようが、究極的に俺達はこの男に逆らう事など出来はしない。アインクラッドにおける神、受肉した魔王、それこそがこの
俺は釈迦の掌で転がされる猿も同然であり、この男は釈迦だ。全てはこいつの胸先三寸で決まること。生殺与奪の権を握っているのはあちらだ。
「……見事だった。この賞賛に偽りはない。私は素直に感心し、そして驚愕している。ただ……ひとつ尋ねたい事があってね」
単純な興味本位と言わんばかりに、魔王は尋ねた。
「君は、いつから私が茅場晶彦であると疑っていた」
「最初からだ」
誰かが息を飲んだ音がした。面白そうに、興味深そうに、魔王が続きを促す。
「茅場晶彦はゲーム開始当初に、この世界がデスゲームになったと宣言した。つまるところ、自身もログインしていたということだ」
「録画という線はないかね?」
「ない。犯行現場に犯人が戻ってくるように、茅場晶彦は必ず己の手でデスゲームの開始を宣言した。そもそもこんな大々的に『自分が作った世界を堪能してくれ』と言わんばかりの演出と犯行を行うような奴が、そんな
「ほう……」
奴の口元が歪む。俺は顔を顰めた。
「初めのうちはただ観察していただけだ。だがシステム中枢を管理するAI群が安定し、いよいよすることも無くなったお前は耐えられなくなった。いや、そもそもそこまでがお前の犯行計画の一部だったのか──」
どうでもいい話ではある。だが、茅場晶彦の動機は至って単純で簡潔だ。神様気取りというやつだ。世界を創り、生の人間を箱庭に放り込み──そこで止まれるような奴なら、デスゲームなんざ引き起こそうとは思わない。
「プレイヤー用のアバターでログインし、誰も知らなかった“ユニークスキル”の保有者として名乗りを上げた。停滞気味で尻込みしつつあった攻略の様子に耐えられなかったのか、自ら指揮を取る事にしたってわけだ。とんだマッチポンプだな、ええおい?」
「ふ──ふふ。ほぼ満点だよ、キリトくん。君はひょっとすると探偵に向いているのかもしれないね」
は、と嫌悪感と共に息を吐く。
「それで? そんなお前のお遊びをおじゃんにしてやった訳だが、俺はどうなる? ペインアブソーバーを切って拷問にかけるか? 晒し首にして見世物にするか? 好きにしろよ、
全知ではなくとも、全能に近い。偽りの神として君臨する魔王はふむ、と顎を撫でる。
「……少し君は勘違いをしているようだね、キリトくん。私は君を罰する気はさらさら無い。むしろ感謝している程だ」
「なに?」
「あまりにも可能性の低いルートだと考えていたからね。こうして君が私の正体を暴いたことにより、今や
……なるほど。
茅場晶彦、お前は──。
「罰だなどとんでもない。聖騎士が魔王だと見抜いた英雄には、報酬を与えなければならない──そうだろう?」
「……ハッ。なら、さっさとこのクソゲーから出してくれ」
──心底から、俺の事が気に入らないのか。
「勿論だとも。君だけではない、すぐにでも全てのプレイヤーを解放してあげようじゃないか」
「………………」
「ただ、ひとつだけ条件がある」
満面の笑みで。
両手を広げ──茅場晶彦は告げた。
「私と
群衆がざわめいた。空中のホロスクリーンにアップで映し出される俺と
……罰でもなく、拷問すら生温く。これはまさしく、
「拒否権はあるのか」
「拒否するというのかね?」
「76層まで辿り着いた諸君らへの、そして私の正体を見事見破った“アインクラッド最強の剣士”への、これは正当な報酬だ。私を倒せば君たちは解放する。拒否する要因が、何処にあると言うのだね?」
「何もかもだよクソ野郎」
歯を剥いて、嫌悪感も顕に吐き捨てる。
「【魔王】ヒースクリフだと言ったな。生憎と俺の中じゃ【魔王】っつーのはモンスターと同義なんだがね」
「ふむ。私の認識もそう遠いものでは無いな」
「つまりお前は、第百層フロアボスである【魔王】ヒースクリフと、
空気がざわついた。今更気付いたかのように、白々しくも
「おお、確かにそうなってしまうな。それはあまりに理不尽だ。私の体力はプレイヤーと同じにまで下げさせて貰うとしよう」
──誤魔化す気もないか。
攻撃力は据え置きだと、言外にそれは宣言している。笑える話だ。あの《神聖剣》にフロアボスとしてのステータスを上乗せし、更にモンスターの
断言しよう。茅場晶彦は、俺を殺す気だ。邪魔なのだろう。真実、計算外で予想外なのだろう。あのオーバーアシストで蹴散らすはずだった虫けらのひとつ。
故に──
「茅場、あんたの提案には賛成だ。こんなクソゲー一刻も早く出たいに決まってる」
「ほう、ならば──」
「だが、割に合わねえ。報酬がみみっちいにも程があるだろ、ラスボスさんよ」
ぴくり、と。その眉が跳ね上がった。挑発とばかりに叩きつけてやる。
「世界の半分を寄越せとは言わねぇよ。だが、なんでも願いを叶えてやる……くらいは言って見せたらどうだ?」
「ふ、ふふ……ははははは! 確かにその通りだ。私とした事が、確かに足りないな。いいだろう、私の権限の及ぶ範囲ならばどんな願いも叶えてみせよう」
呵呵大笑の後に茅場晶彦は快諾した。ま、そうだろう。神龍もびっくりの大盤振る舞い。だが、裏を返せば勝たせる気がさらさらないとも言える。
「君はその命を、私はこの世界の解放と万能の願いを賭ける。それでいいかな?」
「ああ……十分だ。じゃあ、」
「──駄目っ!」
「駄目、駄目っ、絶対に駄目! こんな、あからさまな罠なんてっ!」
……アスナ。
かつて低層では旅路を共にし、そして喧嘩別れに近い形で決別した元相棒。怜悧な采配と美貌が特徴的な才女が、顔をくしゃくしゃに歪めて叫んでいた。
「どれだけ時間がかかっても──百層に辿り着けばいい。みんなで力を合わせればいい。だから、今は──!」
……違うんだ、アスナ。
いや、聡明な彼女なら理解はしているだろう。今この場で引き下がったとしても茅場晶彦は止めるまい。咎めるまい。ただ、他のプレイヤー達は違う。理解は出来ても感情は俺を謗るだろう。腰抜けと罵るだろう。たった一人でラスボスに立ち向かうなど死ねと遠回しに言っているようなものだ──だが、それでも。
こんな地獄から今すぐ出られる方法があるとするならば、人間は願ってしまう。
結局のところ、この状況において俺という存在は完全に
「……茅場」
「ふむ。なんだね」
僅かに苦笑し、唇を動かす。アスナが目を見開いた。
──悪いな。
「紅玉宮に飛ばせ。ここは少し、騒がしい」
「了解したよ、英雄殿」
茅場晶彦がぱちりと指を鳴らす。視界が歪み、暗転した。
──転移直前に響いた彼女の絶叫が、脳内で繰り返し反響し続けていた。
「ようこそ、キリトくん。我が王宮へ」
ぐるりと辺りを見回した。大理石に艷めく宮殿。磨きあげられた床が陽光を反射する。だが何より鮮やかなのは、天蓋のない大空だった。地平線の果てに沈みゆく太陽。鮮やかな赤に染まる空は電子の偽物だと理解していたが、それでもなお見惚れてしまうほどの、美しい光景だった。
「綺麗だろう? 誇るがいい、ここに踏み込んだ最初のプレイヤーは君だ。この事実は未来永劫変わることは無い」
「……光栄だな。これが100層目ってわけか」
その通り、とヤツが頷いた。浮遊城アインクラッドの頂点。広々とした空間に鎮座する宮殿が斜陽で紅く染まる。なるほど──これが紅玉宮と呼ばれる所以か。白い大理石の宮殿は一転して血のような赤い夕日に染められ、照らし出されている。
「浮遊城アインクラッドの最上層へようこそ。何とも美しく、荘厳で──死に場所としては上等だろう?」
瞬間、
「……死ぬにゃ勿体なさすぎる景色だ。綺麗すぎて肌に合わねぇよ」
「ふ──ふ。この状況下で変わらずその大口を叩けるとは、流石はキリトくんといったところか」
「心にもない事は口にするもんじゃないぞ、茅場晶彦」
「とんでもない。これに関しては紛れもない本音だとも」
ヤツがシステムコンソールを操作する。ふむ、と頷いて此方に向き直った。
「さて、ここからは君の勇姿はアインクラッド全域に放映されることになる。言動には十分気をつけて貰いたい」
「……随分と派手な公開処刑もあったもんだな」
「処刑などというつもりはないさ」
だから、心にもないことを言うなというのに。
剣を引き抜き、軽くステップを刻む。俺は頷いた。茅場は笑った。
開幕の号砲も何も無く。しかし、
WARNING! WARNING!WARNING!
──
──
──
「さあ、始めようか」
《
「
瞬間。俺は全力で回避行動を行っていた。
回避出来たのは、一重に運が良かったに過ぎない。斜陽を反射した剣戟。予備動作の予兆を感知していなければ間違いなく即死していた。真紅を纏った斬撃が空間を捻り斬る。剣圧に大気が軋んだ。
……なるほど、理解した。オーバーアシストとは言っていたが、違う。あれは単純に本気を出しただけだ。この【魔王】の能力の一端を、あのアバターで顕現させたに過ぎない。オーバーアシストを常に行ってこその【魔王】。
「君に勝利はない」
──
《
「ごッ……!?」
叩きつけられる衝撃。斬撃は回避していた。なんだかんだ言って人体構造から放たれる剣の軌道だ、やはり読める。先読みで回避すればいいだけのこと。だが、今のはわからなかった。理解不能、正体不明な攻撃に殴り飛ばされる。これは──大気──風圧──圧縮──いや、重力か。
吹き飛ばされながら理解する。そして、瞬きの直後に眼前には剣が迫っていた。
「安心したまえ、君の遺志は彼らが継ぐだろう」
──
《
「ぐ、ゥ───」
体を捩る。捻じる。頬を剣が掠め、一瞬での絶命をなんとか回避した。しかし視界の端には赤い
レベルダウン。察するにドレインスキルの最上位、最悪の奪取剣技に舌打ちする。
だが、追撃は止まらなかった。魔王が剣を振り翳す。咄嗟に相打ち覚悟のカウンターを放つ。常軌を逸した速度だが、間に合う──!
「足掻かないでくれ。私は加減というものが苦手でね」
──
《
「……な」
返しの剣を放つ軌道は完璧だった。だがその最中、何かが起動した。闇色のエンチャントが砕け散る。突拍子もなく消滅した魔剣に瞠目し、そして──。
「眠れ、歴戦の剣士よ」
音速を越えた神速の剣が、視界を両断した。
終
制作・著作
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ⓃⒽⓀ
※続きます。