なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。   作:あぽくりふ

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19/贋作

 

 

 剣を振り下ろした体勢で。魔王は、何の感情も写さぬ瞳でそれに尋ねた。

 

「……ふむ。理由を聞いてもいいかな」

 

 振り下ろした剣の先。迸るダメージエフェクト。鮮血のように赤い光を散らしながら、()()は睨み上げていた。

 

()()

 

 キリトは生きていた。ただ、呆然としていた。理解が追い付かず思考に空白が生まれていた。その口が震えながら開かれ──それをそっとユイは押し止めた。苦笑する。自分の存在そのものが削られている事実を実感しながら、己が父(創造主)に返す。

 

「私が」

 

 愛おしそうに、慈しむように、己が庇った少年の額を撫ぜた。

 

「私が、私の意思で、救いたいと願いました」

 

 それは意思だった。

 それは感情だった。

 生まれて初めて、数値として観測した感情を模倣しただけのものかもしれない。だが、ユイという存在は確かに一線を越えた。

 彼女自身の判断で、生まれて初めて──己の父への反逆を断行した。別段難しい話でもない。そもそもMHCPの中でもユイは権限が優遇されていた。カーディナルの電脳中枢の四割を掌握し、こうして定められた時まで虎視眈々と介入すべき時を見計らっていたのだ。

 

 そんな娘の姿を不思議そうに見やり、そして魔王は破顔した。()()()()()()()()()()()()()()と、ようやく本当の意味で理解し飲み込んだ。ゆっくりと剣を引き、穏やかに告げる。

 

「嬉しいよ、ユイ。君は本当に人間()()()なった。娘の成長というのは喜ばしいものだ。だが、同時に残念に思う」

 

 だが──その瞳は、あまりにも無機質に、少女を見ていた。

 

「そんな娘を手にかけねばならないとは、ね」

 

「っ……!」

 

 最短経路で、最速で、フロアボスとしてのステータスを最高効率で活用した剣が放たれる。あまりにも無機質で、非人間的で、そして単純過ぎるほどに正確無比な斬撃。それは既に完成され尽くしていた。

 それは、強さという次元にはない剣だった。

 ただの処理。ただの処刑。圧倒的な暴力で塗り固めた()()()。力の極地が、理不尽な速度でユイに迫る。

 

 ……硬質な感触。ほう、と魔王が息を吐いた。ユイは寸前で、彼女の大鎌で絶死の剣を逸らしていた。衝撃に耐えきれず壁に叩き付けられてはいるが、即死を免れている。

 なるほど、彼を模倣したのか──と、魔王はキリトを見やる。未だ放心しているそれから視線を切り、結論として()()()、という感想を抱いた。所詮は小手先、小細工に過ぎない。そう何度も受けられるものではなく、限界はくる。

 技術には限界がある。完璧な受け流しなど──存在しない。

 

「理解が出来ないな」

 

 魔王が告げる。淡々と、事実だけを挙げ連ねる。

 

「君は感情()()()()()を獲得したのかもしれない。だが、それ以上に理性を持ち合わせていたはずだ。わかるだろう? ユイ、君は死ぬ。君が庇ったキリトくんもまた死ぬ。誰も得をしない。私に歯向かうならば、それこそ彼が死んだ後にプレイヤーに肩入れをすれば良かっただけのこと。こうして露呈した今となっては、全て無駄と言わざるを得ないが──」

 

()()()()()()()()()()()

 

 真正面から、戦乙女(ヴァルキリー)は魔王を見据えた。

 

「何百年この浮遊城に篭ろうとも、理解出来ないでしょうね」

「……言うじゃないか。ならば、見せてくれたまえ」

 

 ──権能起動(Skill Activate.)

 

「人間の、可能性とやらを」

 

 聖剣限定解除(Limit Break)

 

 剣が、盾が、眩むような光を放つ。それは浄化の光。滅却の光。白き魔王が極光を束ねて構える。

 

 言ってしまえばそれは、“即死技”だった。

 

 本来この《魔王ヒースクリフ》は100層に至るまで、90層以降のボスからドロップする精霊核を九個揃えることで初めて弱体化し、まともにダメージが通り、攻撃を受け止められるようになるボスだ。ラスボスらしい設定と言えよう。そんなフロアボスであるが故に、当然ながら範囲即死技も持ち合わせている。これも同じように特定のアイテムを用いることで凌ぐことが出来るものだ。

 

 浄滅の極光。造物主が構える剣から放たれる熱量を感知し、ユイは静かに諦めた。あれは受け流すなどという次元を遥か超えたものだ。ふ、と唇を僅かに曲げる。元来、というか本来無表情だったユイが覚えた下手くそな笑い方。造物主が魔王だというのなら、彼女を育てたのはあの少年だ。

 

 MHCP001(彼女)は知っている──絶望しながらも生き足掻いた少年を。

 頭痛と吐き気に耐えながら剣を振り続けた日々。頻繁に襲ってくる自殺衝動を殺意で捩じ伏せる日々。剣を研ぎ澄ます瞬間だけは自己嫌悪を忘れられる。心を無理矢理漆黒に塗りつぶすことで正気を保っていられる。

 他者を拒絶し、死者を想い、己を嘲笑う。そんな心の奥で、いつも誰かが泣いていた。

 

「……貴方は、英雄なんかじゃありません。似合いませんよ、そんなの」

 

 英雄にしては陰気に過ぎる。誰かを殺すことでしか誰かを救えない。死にたがりの修練者。全くもって英雄から程遠い。潔癖症、完璧主義者のきらいがあるあの魔王が嫌悪して当然だ。

 

()()

 

 だが。それでも。だとしても。

 桐ヶ谷和人(キリト)に救われた人間は、確かにいるのだ。

 彼に感謝する人間は、いるのだ。

 彼を想う人は、いるのだ。

 

 ()()()()()

 

「ハッピーエンドしか……許されないでしょうッ……!」

 

 都合のいい覚醒などない──彼は英雄ではないのだから。

 極光は止まらない。ただ、彼女は知っていた。事実として、理解していた。

 

 

 

 

「まだ、だ」

 

 

 都合のいい覚醒などない。

 故にこれは、()()()()()()()調()()()()()

 

 彼女は笑う。それでこそキリトだと。絶望し意味も意義もなくなった果てでなお、立ち上がる者。元よりこの程度で折れる精神(ココロ)ならば、とうの昔に砕けている。故に必然。故に当然。

 

 ──桐ヶ谷和人は何者か。

 護るために戦うのか。否。断じて否。愛の為に戦うのか。それも否だ。

 愛すべきモノは喪った。恋い慕うモノは既に朽ちゆく過去。ならば、桐ヶ谷和人には何が残っている。何の為に魔王に牙を剥く。桐ヶ谷和人を動かすその衝動はなんだ。

 それはきっと陳腐で、ありふれていて、人類の誰もが抱く感情。愛よりも身近にあり、恋よりも確かに在ると教えてくれるモノ。

 即ち。

 

 ()()、である。

 

「……酷い顔ですね」

「黙って下がってろ。あれは、俺の獲物だ」

 

 ここに再定義しよう。

 桐ヶ谷和人(キリト)は英雄ではない。そんな輝かしいものではない。ならば何か。戦士でもない。剣士でもない。求道者など笑わせる。全くもって本質ではない。

 端的に言おう。

 

 

 ──桐ヶ谷和人は、復讐者である。

 

 

「来いッ、《暗黒剣》ンンンンン!!」

 

 権能(Skill)再励起(Reboot.)

 

 魔剣超過装填(Over Drive)

 

 咆哮する。既に心意の感触は掴んでいた。心の底、己の本質とも呼べる部分を浚ってカタチを成す。必要なのは“確信”だ。そこに理論はない。感情も必要ない。本能(ココロ)を出力すれば、万象は己に従う。法則は屈服し、世界は平伏する。叫ぶ、と同時に空間に闇が溢れた。《剣技剥奪(Skill Drain)》による封印を粉砕しながら暗黒剣は本来の主の元へと回帰する。魔王が愕然として何か呟こうとする。

 

 手中の黒剣が高らかに吼える。猛り狂い、そして──。

 

消し飛べ(エグゾースト)

 

 全てを塗り潰す黒が、浄滅の白を呑み込んだ。

 

 音も光も、全てが消えていた。全ての処理が追い付いていなかった。物理演算が停止する。描画処理が悲鳴をあげる。そこに過程は存在しない。

 ただ、結果だけを告げるなら。

 

 紅玉宮は、文字通り()()した。

 

「……《剣技剥奪(Skill Drain)》の封印を解除し、聖剣の解放を相殺したか」

 

 魔王が呟く。損傷は軽微。ただ、眼下ではアインクラッドの頂上である100層が崩壊を始めていた。与えられた権能(スキル)によって当然のように空に立ちながら、同じように当然のような顔をして浮かぶ少年に問うた。

 

「ここまでが、君の想定内なのかね。キリトくん」

「そうだと言えばどうする、茅場晶彦……いや」

 

 心意システム。茅場晶彦の創り出した傑作の中でも欠陥品と呼ばれた、時代の数世代先を行く感情を数値に変換するシステム。

 完成はしていた。だが、致命的な欠陥があったのだ。それは、AIには制御不可能であるということ。感情を有さない存在が、感情を力とするシステムを御せる道理がどこにある。

 そう、制御出来なかったのだ。カーディナルにも、そして──目前の魔王にも。

 

「茅場晶彦の、贋作(フェイク)

 

 そう告げられた《魔王ヒースクリフ》は、静かに瞑目した。

 

「……ああ、そうだな。認めよう。私は茅場晶彦本人ではない」

 

 茅場晶彦という人間は、もうこの世に存在しない。

 存在するのは茅場晶彦が自殺行為に等しいスキャニングで取り込んだ、茅場晶彦の記憶と意志と思考を継ぐデッドコピー。未来永劫電脳空間を生き続ける哲学的ゾンビ。

 それこそが──《魔王ヒースクリフ》。100層のフロアボスにして、アインクラッドの最高位管理者(アドミニストレータ)

 白日に晒された真実に、アインクラッド中のプレイヤーが息を飲んだ。

 

「……哀れむかね? だが、『私』はこれを必要だと思って行ったのだ。浮遊城アインクラッド……【ソードアート・オンライン】というゲームは、私自身がその背景に融合することで初めて完成する」

「哀れみもしねぇし、興味もねぇよ」

 

 吐き捨てる。小脇に抱えられたユイはぷらぷらと手足を揺らしながら、まあそうだろうな、という感想を抱いた。彼は英雄ではない。故に哀れみもしないし同情なんて欠片もない。

 ただ、理解が出来ないモノとして処断する。それだけだ。

 

「コピーだから、茅場晶彦のせいじゃない──なんてふざけた事を吐かすつもりもないんだろう」

「無論だ。私は『私』の意思で私である。《魔王ヒースクリフ》の決断は即ち『茅場晶彦』の判断であり、逆もまた然りだ」

 

 故に、と。虚ろな瞳の魔王は、キリトを見つめながら告げた。

 

「私は君を否定する」

「随分な評価だな」

「君は、魔王を討つに相応しくない──英雄では、ない」

 

 は、と少年は唇を僅かに歪めて笑った。あまりに下らない指摘だった。

 

「当たり前だ。俺を英雄なんて呼ぶ馬鹿がいる訳あるかよ」

「《魔王ヒースクリフ》は英雄によって討たれなければならない。その点で言うなら、君が後継者として認めていたユウキ……彼女は素晴らしい。《二刀流》に選ばれたのも納得がいく。あれならば、私は──」

 

「何を勘違いしている、茅場晶彦」

 

 闇色の瞳が、魔王を見据えた。

 

()()()()()()()()()()()? 勘違いも甚だしい。反吐が出る。デッドコピーだからか知らねぇが、随分と見当違いの思い込みをしてやがる」

 

 剣が魔王へと向けられる。滔々と、桐ヶ谷和人は言葉を紡いだ。

 

「はっきり言ってやる。お前は、自分の死に場所を選べるほど上等な身分じゃねぇんだ──身の程を知れよ、犯罪者」

 

 茅場晶彦の表情から、全ての色が抜け落ちた。全くの無。感情の消えた能面のような顔で、魔王はキリトへ向き直る。

 

「言ってくれるじゃないか、キリトくん。──勝った、つもりか?」

 

 空間が揺れた。それは権能(スキル)の胎動を意味している。

 

心意(シンイ)システム? 馬鹿馬鹿しい。それにも限界はある。本来弱体化を前提に設定されたフロアボスのアバターは無敵に近い。体力は据え置きだとしても、先程の一撃を受けてなお一割も削れていない……」

 

 事実だった。あの一撃を受けても、《神聖剣》の防御力と《魔王ヒースクリフ》のステータスによって一割弱にまでカットされている。攻防ともに無敵に近い。弱体化を前提としたボスの能力は、計り知れない数値となっている。

 

「心意は万能ではない。君は勝てないんだ、キリトくん」

「……話は終わりか?」

 

 ──その事実の全てがどうでもいいことだと、キリトは一蹴した。

 

「随分と御託を並べてくれたようだが、眠くて仕方ない。お前は議論がしたくてここにいるのか」

「なに──?」

「言いたい事があるなら、()()()()()

 

 剣が織り成す世界(ソードアート・オンライン)で、言葉を連ねる不毛さ。その馬鹿馬鹿しさにキリトは半笑いを浮かべる。魔王は瞠目し、そして認めた。

 

「……いいだろう。これ以上の問答は不要だ。私は、君を倒す」

「倒す? は、綺麗なおべんちゃらがまだお好みか」

 

 《暗黒剣》が体力を啜る。変換されたエンチャントが剣に満ちる。

 

「──殺すって、言えよ!」

 

 衝撃が、偽りの天を揺らした。

 

 

 

 







>>魔王ヒースクリフ
 既に人をやめた者。人を逸脱した者。
 故に、魔王である。

>>MHCP001
 人を理解した電子の少女。
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