なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
「で、何処だよここ」
『
「……ま、大体はな」
宿敵。怨敵。天敵。先程まで絶叫しながら殺し合っていた男の顔を見て、舌打ちする。同様に向こうも俺を見て眉根を寄せていた。なるほど、俺たちは同じようにお互いが嫌いで仕方ないらしい。結構な話だ。好かれているよりは余程マシ。虫唾が走る、というやつだ。
何処までも白い空間で、胡座をかいて俺は『茅場晶彦』と向かい合う。ヒースクリフの姿でもなく、魔王のアバターでもない、本物の『茅場晶彦』だった。
「おい幽霊。なんで俺はこんな所にいるんだ」
『しょうがないだろう。私とて君の処遇には頭を痛めているんだ。何せ、あれは相討ちという名の決着だ。本来であれば君の死は確定している』
「細かい事にうるせぇ奴だな……お前をぶっ殺したんだから俺の勝ちだろう」
『君が細かい事に拘らなさ過ぎるだけだ。第一、あんなクリアの仕方を私は認めない』
ぎろりと、研究員らしき白衣を纏った男は俺を睨み付けた。
『君には美学はないのか。最後なんて心意のゴリ押しだろう』
「お前を殺せたらそれでいい。結果が全てだ」
鼻で笑ってやれば溜息を吐かれた。殺すぞ。
『……確かに、私を倒したのは君だ。故に約束通り、私に叶えられる範囲であれば願いを叶えよう』
「思い切りがいいな。随分太っ腹じゃねぇか」
『敗者の責務というものだ』
全く以て忌々しいが致し方ない、と言いたげな口調と雰囲気に嘲笑する。ある種GMとして誠実な姿勢には多少評価を上方修正する。……ただ、よくわからん権能乱発して殺意マックスで殺しに来たことを思い出してやめた。やっぱ死ねよ。殺したけど。
「ああ──ただ、お前を殺したのは俺だけど、切っ掛けを作ったのは別だ」
『ほう?』
「アスナからのメッセージ。あいつが『ユニークスキルで権能を封じられる』って送ってこなけりゃ、気付かないままてめぇとあのまま殴り合ってただろうよ」
『……なるほど、彼女が』
ユニークスキルの存在を疑問視していたが故に、あの場面の理不尽な権能を見て思い至ったのだろう。憶測に憶測を重ねた話には過ぎなかったが、結果的にユニークスキルの存在は《魔王ヒースクリフ》を撃破するためにある、という仮説は正しかった。
……そう考えると、ユニークスキル保有者が全員揃わないとキツいあたりやっぱクソゲーだわSAO。《魔王ヒースクリフ》の強さも明らかにデスゲームでやっていいものではない。
「茅場。クリア時点での死亡者は何人だ」
『……4138名のプレイヤーがキャラクターをロストしている。正直な話、想定外ではある。三分の一も残れば上等だと考えていたが──』
「そうか」
瞑目する。そして、静かに俺は告げた。
「全員を、生き返らせてくれ。それが俺の願いだ」
『……キリトくん。意味を理解しているのかね? 私はこのゲームの開始時点で告げたはずだ。このゲームで死亡すれば現実世界では脳を焼き切られると』
「そうだな。……嘘だろ、それ」
淡々と、指摘した。
「お前は犯罪者だ。狂人と言ってもいい。端的に言って頭がおかしい。さっさと死ねよ」
『唐突な罵倒だな。だが、否定はしない』
「けどまあ──お前は自分の夢を叶えたいが、別に
数瞬の無言。続けろ、と仮想現実の第一人者だった亡霊は促した。
「お前の夢を叶えるのに、別に人を殺す必要性はないんだ。こうして箱庭に閉じ込めて足掻く様を見ているだけで十分だろう。お前の言葉を真実かどうか見抜く術なんて俺たちには無かったんだから。……だから、本当に殺しているのだとしたら、それは自己満足以外の理由を見い出せない」
故に、俺は──。
「だから言ったんだ。“お前の善性を信じる”って。お前はゲーム開発者である前に研究者だ。お前の夢のせいで仮想現実という技術の可能性を潰し、道を鎖すのは本望じゃないだろ」
流石に数千単位で死ねば、バッシングは免れない。当たり前の話だ。普通、それだけ死ねば反VR勢は必ず現れる。危険だと騒ぐ。仮想現実は確実に十数年単位で停滞し、技術革新は行われない。科学は足踏みを余儀なくされる。
全て、この男の起こしたSAO事件のせいで。
『所詮は全て推測、というわけか』
「そうだ。論理にもなってない、推測の上に憶測を積み上げた希望論だよ」
『単に君が、彼女を生き返らせたいだけの盲目的な願望にしか聞こえないな』
皮肉るような声。殺意と共に睨み上げる。そして、吐き捨てた。
「そうだ。それがどうした」
『……そう、か。少し、私は君のことを勘違いしていたようだ』
感情のない男が、感情を失った亡霊である男が、口元を歪める。
『結論から言おう。君の推測は正解だ。“茅場晶彦”は元より殺すつもりなどなかった。いや、ナーヴギアに仕込んでいるのは真実だがね。ただ、プランとしては取るべきでないと判断していた』
「ッ、それじゃ──」
『ただ、条件がある』
指を立て、『茅場晶彦』は言葉を紡いだ。
『君達にはSAOでの二年間の記憶、全てを失って貰う』
「──そ、れは」
『仲間と共に歩んだ記憶。恋人と愛を語らった記憶。それらが全て無に帰す。君たちは剣士から人間に戻り、浮遊城アインクラッドはなかったものとなる。事件は、起こらなかった』
……なるほど。
合理的だ。恐らくはこの二年間の記憶は脳に届く前にナーヴギアのストレージに格納されているのだろう。それを破棄することで、SAO事件そのものをなかったことにする。文句の付けようがない。文句を言う前に記憶を失っているのだから。
『私が提示できる選択肢は二つ。このまま、記憶を失うことなく現実へ戻る。もうひとつは、死者を全て蘇らせ──例外なく全員から、二年間の記憶を消去する』
その言葉を聞いて。元より、迷う余地などなかった。
「生き返らせてくれ」
『……いいのか。君が生き返らせるサチくんは、もう君の知るものでは無い。元より君も彼女もお互いに知らない。そこに何の意味が──』
「馬鹿かよお前。別に俺は、あいつが欲しいわけじゃない」
愛を伝えたい訳でもない。そんな資格は俺にない。ああそうだ、あの日からずっと──あいつに出逢った時からきっと──。
「──あいつが、幸せに、生きている。それだけで十分だ」
『……いいだろう。全プレイヤーのログアウト処理終了後、記憶の消去を行い、解放する』
全く、徹頭徹尾──君の勝ちだ、桐ヶ谷和人くん。
呟くように。『茅場晶彦』は言葉を吐き出した。
『……君は1層の頃からずっと想定外であり、異分子であり、理屈に合わない計算外だったよ』
「そーかい。そいつは嬉しい話だ。お陰で自慢の計画は滅茶苦茶か?」
『全くその通りだ。完敗だよ』
一瞬だけ、その苦笑がヒースクリフのそれと重なった。お前はあの血盟騎士団の奴らのことをどう思っていたんだ──と聞こうとして、やめた。終わった話を、それこそ忘れる話を聞いて、どうする。
『……君以外の全員のログアウト処理が終了した。これから君もログアウトし、記憶消去が行われる』
「そうか。このクソゲーとおさらば出来て感無量だな」
『トッププレイヤーにそう言われては立つ瀬がないな。……では』
『さようなら、剣士キリト。最後まで私の想定外だったプレイヤーよ』
「じゃあな、『茅場晶彦』。二度とお前の面を見ることがないのにせいせいするよ」
そう返したと同時に、視界に、光が溢れて──。
……
…………
…………………………
………………………………Now Loading.
…………Good Bye// Players.
…………
……………………
………………………………………………………て。
……………………………………きて。
「起きろっつってんのよ馬鹿兄貴!!!」
衝撃と共に叩き起される。ごぼぁ、と不可解な音とも声とも取れない叫びをあげて俺は沈んだ。痙攣する身体から容赦なく布団が剥ぎ取られる。ぎろりと俺を睨む視線。きっと寄せられた眉からは勝気なんてものじゃない性格の苛烈さが察せられる。更に下へと視線を移せば同年代ならば一撃でノックアウト出来そうな谷間があった。我が妹ながら豊かに育ったものである。
「──死ね」
「なんで……」
ギリギリと力を込めて手首を踏みつけられる。痛い痛い痛い。ギブギブとタップすれば鼻を鳴らして足がのけられた。暴力反対。そもそも
「で、何か言う事は?」
「……おはよう、直葉」
「おはよう、馬鹿兄貴」
常の如き、
「今日も元気ねえ。おはよう和人」
「おはよう、母さん……」
どたばたと忙しく駆け回る母さんの通って洗面所で顔を洗う。相も変わらず不健康そうな面だ。うに、と頬を抓ってみる。多少は肉が着いてきたか。一時は直葉に肉を食え!と馬鹿みたいに食わせられて腹を降したこともあったか──と思ってげんなりする。アホだ。我が妹ながら単細胞生物の極みみたいな所業をさせられたなぁ、と思いながら溜息を吐いた。……ただまあ、あんな顔を見せられたら逆らうに逆らえない。
二年間、俺はナーヴギアに接続したまま寝ていたらしい。
気付けば二年経っており、被害者一万人一同全員無事に生還。まさに眠り姫、実際記憶もなく死人もなく爆睡していただけなのだから半ば笑い話のようだ。ぶっちゃけ気分は浦島太郎である。寝てる間にゲームソフトばかすか出てるし。
……ただ、俺が起きた最初に飛び込んできたのは半泣きの直葉の顔だった。いつも馬鹿馬鹿と罵ってくるが、なんだかんだ家族の情があったのだと感心してこちらも少し涙してしまった。いや嘘。普通にごめん、と謝りながら貰い泣きしてしまった。
──ただ。こんなにあっさりと、しかも何事もなく終わったことを鑑みるに、やっぱり原作知識なんざ欠片もあてにならねぇな、と思う。
あ、実は俺は桐ヶ谷和人であるが桐ヶ谷和人ではない。哲学のように思えるが事は単純、前世の記憶があるのだ。虫食いのようだし名前も思い出せないくらい摩耗しているが、オタクだったのは間違いない。SAO読んでたくらいだし。
「和人、はやくしないと遅刻するわよー」
「わぁーってるよ母さん」
おざなりに返事をし、よし、と頬を叩く。目覚めてから二ヶ月。まだ病院への通院は継続している。そろそろ何の問題もなく解放されるだろうが、まだ通わなければならない。……てか、俺学校とかどうすんの? ひょっとして中退扱いなのか? 中学中退とかシャレにならんぞ。いや、前世ブースト含めりゃ高校範囲までなら全然余裕……余裕……いやダメかもしれん、うーん……。
とはいえ今考えてもしょうがない。政府の偉い人がどうにかするに違いない、うん。そう考えて朝食を済ませ、学校に行くついでに俺のケツを蹴り上げていった直葉を見送って、母さんの車に乗り込むのだった。
……俺、そう考えると直葉に最終学歴負けることになるのか? ウッソだろお前……。
ここで待ってるのよ、うろちょろするんじゃないわよ、ソシャゲの課金は月額三千円までね──という多少過保護気味に感じられる母さんの言いつけに辟易としながら頷き、ベンチに座って待つこと十五分。うーん暇だ。暇すぎて時計の秒針の音に聞き惚れてしまうくらいには暇。前の人の検査おっせぇなー、と思いながら欠伸を漏らし──突然ガチャリと扉を開けて飛び込んできた瞳と、視線が交錯した。
「…………えっと」
「あ、どうも……」
隣いいですか? という言葉に一も二もなく頷いて譲る。ちらりと、さりげなく視線を向ける。ただ、またもや視線が合ってぎょっとした。くすくすと笑われる。どうにも歳上のようだ。少しやつれているようにも見える。
ひょっとして、と考えて言葉を発する。
「貴女もひょっとして、SAOの……」
「あ、やっぱりキミもそうだったんだ! よかったぁー」
違ったらどうしようと思って、とはにかむ姿に目を奪われる。別段特別美人という訳では無い。俺に歳上趣味があるわけでもない。ただ何故か目が離せなかった。鼓動が跳ねる。何気ない仕草のひとつひとつに目を奪われる。
「いやー、私本当は高校一年生だったのにね。気付いたらもう受験生だよ、ほんとびっくり。友達のみんなとナーヴギア買ったんだけど……気分は浦島太郎、って感じでさ」
「あ、わかります。俺も起きたらもう髪も背も伸びまくりで違和感がほんと……」
暫し談笑した後に、はたと彼女は気付いたように手を口に当てる。あらいけない、と微笑んだ。星空のように輝く瞳に吸い込まれるようで。
「ごめん、自己紹介もしてなかったね。私の名前は───」
──なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。[完]
>>桐ヶ谷和人
イキリト。説明不要。
>>桐ヶ谷直葉
ブラコン。つよつよ剣道少女。
>>病院のベンチで出逢った少女
誰なんでしょうね……(すっとぼけ)
>>本作
憑依転生イキリトの物語。ハッピーエンドしか許されないんだから当たり前だよなぁ? やりたい放題やったけど許し亭ゆるして……。