なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
劇場版プログレッシブが美少女の絶望顔てんこもりで激アツだったので、初投稿です。
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貴方はきっと、自分がどれだけ大きな存在なのか自覚していないのだと思う。
程度の大小はあれ、貴方に影響された人間は少なくない。ただ、最もその影響を受けたのが私だという事実は、恐らく間違っていない。
……知っている。
貴方が
第一層の攻略会議が開かれたトールバーナの街──もっと昔に私は貴方に救われた。
……知っているのだ。
隔絶した剣技。恐怖を知らない双眸。超人的に翻る身体。貴方がそう成り果てる前の事を。私よりも歳下のくせに、なけなしの勇気を振り絞って単身切りかかる姿を。不器用なその優しさを。いっそ呆れるほどへたくそな、露悪的な言動の裏側を。
そして──知っている。嫌になるほど醜い、私の本性を。
いつだって彼の中には彼女がいた。彼がああなったのはあのヒトのせい。認めたくない。この吐き気すらするような感情の正体を。本当に醜い。直視できないほどに気持ち悪い。ただ、それでも、本音は時折零れ落ちる。
私の方が、先に貴方の隣に居たのに──。
嗚呼、知っている。こんな思考は無駄だ。無意味だ。もう彼の中の居場所は埋まってしまっている。だけど勝てるわけが無い。死人に勝つことなんて出来はしない。逆恨みもいいところな感傷。ただ、それでも自然に口からついて出てしまう。ずるい、妬ましい──。
笑う。嗤う。己を嗤う。
彼をああ成り果てるに至らせた傷跡。それを遺した彼女が妬ましくて堪らない。なんと醜い嫉妬か。自嘲がたまらず洩れる。本当に醜い。振り向いて貰えないことを知ってなお、彼にとっての利用価値を高めて塵芥の可能性に縋った女。なんと哀れで、醜く、愚かなのだろうか。
そもそもの話。きっと、そんな女が彼という英雄の隣に居られるはずも無い。だから、これは私への罰なのだ。罪であり罰。身から出た錆、自業自得、当然の回帰であり結末。
……知っている。理解している。震える体に爪を立てる。頬を何かが伝う。
どうか許して欲しい。それでも、浅ましく貴方を呼んでしまう私の事を。
「キリトくん」
お願い、私を。
──■■■■。
鳥籠の中に、残響だけが揺蕩う。
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ソードアート・オンライン。
それはとある少年が巻き込まれたデスゲームの名称であり、そしてそれを起点として始まる数多のVRゲームにおける事件へ巻き込まれていく、一連の流れとしての物語も指している。
そう、一連の流れなのだ。故に最初が無ければ次もなく、演繹的に全てが破綻する。ソードアート・オンラインという物語は成立し得ない。
結局のところ。
何が言いたいのかというと──SAO事件なんて起こらず、全ては前世という名の妄想を抱え込んでいた俺の一人相撲だったのではないか──という考えを抱いてしまうほどに、俺の日常は極めて平和だった。平穏であった。なにせ、プレイヤーは全員生還。そして俺も含め内部での記憶が無いと来た。二年間のブランクこそあれ命はあるし
そんなこんなで悶々としていると、対面に座る少女が露骨に顔を顰めた。
「兄貴、朝一番から顔がうるさい。顔面削ぐぞ」
「朝一番から随分と物騒な罵倒ですね直葉ちゃん……」
いじめか? 反抗期か? まあちょいと遅めの反抗期でも納得はする歳だろう。思春期だものね。
トーストを齧りながらおいおい泣いた振りをすれば、それこそ本気で面倒くさそうに溜息を吐かれた。
「言われたくないなら朝ごはん食べながら百面相しないで欲しいんだけど」
「あー……それは確かにすまん」
ご飯は美味しく食べたいもんね。そう、飯ってのはなんというかこう、一人で……満たされて……頼む……静かに……。
俺は無言でばりばり平らげると、優雅にコーヒーを一口含んで息を吐いた。じとりとした目でこちらを見ている妹に微笑みかけた。目線の温度がぐぐっと下がるのを感じ取る。ごめんて。
「……いや、気になるでしょ。何か悩み事でもあるなら聞くけど」
「うーんなんだかんだ面倒見がいいあたり我が妹ながら性格がいいのがよくわかる。それはそうとして暇なんだわ」
「え、それ悩んでたの」
「いんや、そういう訳でもないんだが……」
言葉を濁す。まあそれも理由といえば理由にはなるのか。つまるところ、俺は無職であり学業に励んでいるわけでも無ければ金を稼いで家計を支えているわけでもないのだ。結論から言えば穀潰し。よく言えば自宅警備、悪く言えばくそニート。端的に言うと良心の呵責がマッハでヤバい。
「どうせニートしてるのが苦痛なんでしょ。それくらい我慢しなさいよ」
「や、そうは言ってもだな」
「そんなこと言ってたら二年間まるまる寝込んでた兄貴の世話、誰がしてたと思ってんの」
普通に看護師さんでは──と思うが、口に出すほど間抜けではない。後から聞いた話では、お袋も定期的に来ていたが我らが直葉ちゃんはなんと三日に一回は必ず見舞いに来てくれていたのだという。えっ……俺の妹って健気すぎ……? やーねーお兄ちゃん離れしなきゃいけないゾ☆ と生暖かい視線を送れば机の下で思いっきり足を踏み抜かれた。蛙を踏んづけたような呻き声が洩れる。
「うちの妹の愛がバイオレンスに過ぎる」
「愛とか言うな。単純に視線が気色悪いのよ」
「……とかなんとか言って、自分で踏んづけといてなんだけど怪我してないか心配してたり」
「してない!」
ぷりぷり怒りながらもご馳走様の挨拶は欠かさないあたり育ちの良さが知れた。愛いやつめ。とたたた、と軽い足音と共に食器を運ぶ後ろ姿を頬杖をついて見送る。ちらり、とこちらを振り返った直葉と視線がかち合う。
「……で、大丈夫なの」
「おん?何が?」
「歩いたり走ったりは一応できるようになったけど。他に違和感とかないわけ」
数瞬思考する。特に思い当たる様もないため肩を竦めてみせた。
「いや、別に。最初は目眩とかたまにしてたけど最近は全くなくなったし」
「……なら、いいけど」
じっとこちらを見てくる視線に、少々居心地が悪くなり身動ぎをする。指の端についたマーガリンを舐めとると、形の良い唇が言葉を紡いだ。
「じゃあさ──そんなに暇なら、久しぶりにやってみる?」
その言葉に、俺は目を瞬かせた。
つっても別にやらしーことではない。
おっかなびっくり、久々に握り締めた竹刀を持ち上げる。思ったよりしっくり来た。剣道を習っていたのなんて三年前くらい──ああいや、俺が寝込んでた期間含めて五年は前だろう。結局爺さんが厳しいわきついわ臭いわかったるいわの怒涛のK連打でやめちゃったのである。
ただまあ、根がクソがつくほど真面目なうちの妹はついに全国大会に出るまでに至っていたり。まあ、性に合っていたのだろう。とうの昔に兄の腕など抜かしていた。
「……え、俺今からシバかれんの? 根性入れられるやつ?」
「なわけないでしょ。あたしもちょっと振りたかったし、体が鈍ってしょうがないならやってみたらってだけ」
まあシバかれたいなら別にいいけど、という言葉にぷるぷると首を横に振る。何が悲しくて勝てない戦いに身を投じなければならんのだ。
「こうだっけ」
「握りが甘い。もっと小指に力入れて、背筋伸ばして……うん、そんな感じ」
すり足、さし足、しのび足。最後の二つは余計だが、踏み込みながら面を打ち、退きながらも面を打つ。ただそれだけの動作を五分も繰り返せば額に汗は浮き、腕はぷるぷるしてくる。やだ、俺の身体貧弱すぎ……? もう振るうのも怪しくなってきたのでへたりこんで休憩していれば、声音は呆れたように──しかし目は確かにこちらを労るような柔らかな光を宿して、直葉が手を止めて見下ろした。
「ちょっと早かったかな。兄貴って元もただの引きこもりだし大したことなかったけど、輪をかけて体力落ちてるね」
「や、そらそうでしょ……」
二年寝たきりで落ちた体力が一ヶ月や二ヶ月そこらでぽんぽん戻ってきてたまるかっつーの。ジム通いはしてるが効果の程はわかりません。
……正直、二年寝てたというのも俄には信じ難い話だが。ぶっちゃけショック。いや別にデスゲームしたかった訳では無いのだが、身構えてたぶん空回った挙句スピンしてる感じというか。拍子抜け過ぎて底まで抜けたというか。
ぼんやりと道場の端から覗く青空を眺めていれば、少し心配そうに眉を寄せた我が妹の顔も視界に入ってくる。うーんこの気遣いさんめ。にしても、この二年で随分と成長したものだ。身長も胸部装甲も。うーんこれは同世代には目に毒でしょう。
「直葉ちゃん」
「なによ」
「愛してるぜ」
「あっそ」
鼻を鳴らす妹──あまり俺と顔が似ていない──の横顔を眺めつつ、よし、と俺は立ち上がった。
「直葉ちゃん。試合やろうぜ」
「は? ……いや、あたしはいいんだけど。兄貴、まず防具着けて動けんの?」
「なんとかなるっしょ」
道場の何処に防具転がしてたか、と思いながら家の裏手を適当に目指して歩を進める。はあ、とでかい溜息が背後でひとつ吐かれた。
「防具はこっち。おじいちゃんのが合うといいんだけどね……一応加減はするつもりだけど、きつかったらさっさと音を上げなよ」
「やるからには勝つつもりで行くが?」
「……兄貴。寝てたから知らないかもしんないけど、あたし、一応全中制覇したから」
……全中。全国の中学の頂点。え、つまり中学生の中では最強ということでは?
「……兄より優れた妹なんざ存在しねえ!」
「声が震えてらっしゃいますけど。あたしだって伊達に長年竹刀振ってた訳じゃないの、よっと」
ほれ、と手渡された面、胴、篭手等を慌てて受け取る。そうして道場に戻っておっかなびっくり着付けした後に向かい合い、蹲踞の後に立った。幸いなことにジジイの遺した防具はびっくりするほど今の俺にぴったりであり、きついとか緩いとかいうことはない。
……にしても、ホント堂に入ってんなー、と思いながら防具をつけて完全装備となった直葉を見やる。全中最強とは恐れ入った。静謐な佇まい、面の奥から突き刺すような視線に身震いする。え、これ勝てなくない? そもそも勝てるなんて毛程も思っちゃいなかったけど。
「じゃ、とりあえず──」
──やばい。
なんとなく、本能的に、体が動いた。正確に言うと二歩半退く。初動を見極めた、訳では無い、と思う。何せ既にトップスピードに乗った直葉の踏み込み、面を狙った一閃が振り下ろされたのを見て後から気付いたのだから。直葉が驚いたような顔をしているのが面の陰でも察せられる。同時に、少し雰囲気が変わったのも。
「……へえ。見えたんだ、今の」
見えてませぇん!
その言葉をぐっと飲み込み、「勿論だとも」と震えた声で返す。っべー、何もわかんねえ。七歳から十歳くらいまでやってたっちゃやってたけど覚えてる訳ねーよ。本能的にさっきは回避出来たがたぶんマグレだ。
──ただ。なんとなく、今の構えは
「兄貴、それ──」
「ん? ああ……」
左足を前に。半身を引き、左右の両手で握り締めた竹刀は中段ではなく天を裂くかのように、或いは叛意を示すかのように大上段へ。端的に言えば打席に立ったバッターのような構え。余りに不格好で笑えるが、しかし解く気にはなれなかった。
これが正解だと、何かが──囁いている。そんな感覚に俺自身が戸惑う。
「わかんねえ。けど、これがいい」
「……何処で知ったのか知らないけど。そんな、八相の変形みたいな構え……ちょっとムカつく」
「いや、ムカつくって──」
轟音。踏み込みと面の叫び。戦意を宿した両眼。だが全力ではない。
ああ──
身体が重い。強烈な違和感。眼筋すら遅れてくるような感覚に顔を顰める。ただ、見えていた。振り下ろされる軌道。このままであれば必中。故に一気に退く。退く……それだけか?
首を傾げた。やれるのか? わからない。直葉の軌跡に、俺の軌跡を重ねる。八相と彼女が呼んだ姿勢から、放たれた竹刀が斬閃を描き剣先を叩く。そのまま切り返し、跳ね上がる剣が──彼女の面を、叩き斬った。
……数瞬の静寂。凍りついたような沈黙に、あ、そういえばと俺は遅れておまけのように「めーん」と取り繕って声を発した。これがないと一本にならないんだったか。
「……切り、落とし? 嘘でしょ……」
呆然とした声だった。え、どうしたんだと覗き込めばきっと睨み付けられる。
「へぇ、そう。七割程度で打ったとはいえまさかもまさかね。ふーん、そう…………………………潰す」
「あの、直葉さん?」
「構えな。まだ一本でしょ」
「あのォ」
「早く」
やべぇ、なんかスイッチ入れちまったくさい。
冷や汗が頬を伝う。肉食獣のようにぎらついた瞳をしている我が妹の姿にビビり散らしながら再度構えた。
「やっぱり八相、ね……陰の構え。カッコつけてるつもり?」
「え、そうなの……?」
そんな名前なのこれ。てか陰ってなによ。強そう。
そんな事を考えながらじりじりと互いに睨み合い──やはり先手を取ったのは、直葉だった。
今回は馬鹿正直な面狙いではない。誘い、からの小手。見えている。流した手に走る震えに舌打ちしたくなる。鍛えた足腰から放たれる一閃は強烈だ。鍔迫り合い、続け様の引き面を受け、崩れた所へ来る大上段からの連打。退こうにも向こうの踏み込みの方が速い──ああいや、違う。
衝撃と共に面金が叩き斬られ、吹っ飛ぶ最中。やっちまった的な顔をしている直葉に、俺は少し笑った。
「ごめん……」
「いや、別にいいよ。試合しようって言ったの俺だし、別に怪我もしてねぇしさ」
多少頭がくらくらするが誤差みたいなもんだ。ただ、それとは別に奇妙な酩酊感がある。内と外の致命的なずれ。眉間を揉む。ああくそ──気持ち悪い。
気付いてしまえばもう遅かった。運動神経を通じた動作伝達。何かをしようとするも、ワンテンポ以上遅れて帰ってくる肉体からのフィードバック。その差が酔いにも似た感触を齎している。例えるなら、音ずれを起こした動画を見ているような感覚に近い。あまりにももどかしく、気持ち悪く、激しい運動をする程にそれは致命的に露見する。
「……ずっと寝てたからかぁ?」
「兄貴?」
首を傾げる直葉。大人に近づきつつあるといってもやはり幼さが勝るその顔をぼんやりと見ながら、ちょうど経過観察という事で明日病院に行くことを思い出した。少し聞いてみるとしよう。なんか、酔い止めみたいなものがあれば効くかもしれない。
──己の思考に刻まれた奇妙な剣術の残滓。
それから、意図的に目を逸らしながら。