なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
「異常はないですね」
翌日。全身を苛む筋肉痛に呻きながら向かった先、かかりつけの病院で主治医に告げられた一言に目を瞬かせた。んなアホな。一度気になったらずっと思考の隅に残り続けているこの違和感。些細な動作、指を曲げたり足を進めたりする何気ない動作にも生じている内と外のラグ。少し説明してみたが、主治医は困惑するばかりであり肉体にはなんの問題もないのだと言う。ひょっとすると長時間ダイブしていた弊害がうんたらかんたらと続けていたが、そんな事はこちとら百も承知だ。結局要経過観察ということで話は終わったが、実は何ひとつとして解決していなかったりする。
「なんだかなー」
何処か納得出来ないまま首を傾げる。そのままエントランスを抜けて病院を出て、そういえば運動がてらに歩いて帰るから迎えはいらない、と言ってしまった事を思い出した。気持ち良いくらいの快晴に目眩がしそうだ。はぁ、と溜息を吐く。
このまま素直に帰ってもいいが、家に帰ってもやることがない。ソシャゲも大して面白くもない。二年ログインぶっちしてたら大体どのソシャゲもインフレが酷すぎてすぐにやめてしまったのだ。午前11時手前、せめて昼まで時間を潰せないかと考えて──はたと思い当たる。
「そう言えば……」
久しく行っていない、かつて足繁く通っていた場所。
即ち、ゲーセンである。
時代が変わっても未だに需要があるらしい。手を替え品を替え、ゲーセンは今日も元気に営業中です。
相も変わらずくそ喧しい電子音がドアが開いた隙間から飛び出してくる。イヤホンしてくりゃよかったかな、と少し顔を顰めた。一階のクレーンゲームコーナーを抜け、更にエスカレーターで二階のメダルコーナーを素通りした更に上。内観はやはり昔と大して変わらない。ただ、ホログラムによる投影がなされていたり所々現代チックになっているだけだ。
だが──古風なまま変わらない筐体というものも、ある。
時代が三次元を追求しホログラムだのバーチャルリアリティだのソリッドビジョンだの追求した所で、むしろ逆行することを好む人種というものはいるものだ。シンプルイズベスト。単純さゆえに奥深さを生むゲーム。ゲーセンと言えば即ちこれ。
──格ゲーである!
「いやー久々だなこれ」
少しわくわくしながら椅子に腰を下ろし、オンボロと言っても良い筐体を確保する。左手用のレバーがひとつ、右手用のボタンが五つ。古き良き格ゲーのスタイル、もはや意固地といっても良いレベルのコテコテのコントローラーに安心感すら覚えてしまう。これだよこれ。VRもいいけど2D格ゲーも捨てたもんじゃない。ワンコインを投下して早速選んだタイトルはそこそこやり込んだもの。覚えてるかなー、とか思いながらCPU戦を選ぶ。
……いや、オンライン対戦とか怖いし。たぶんというか絶対勝てないし。ほら、少しはサビ落とししないとね?
元より錆び付くような腕でもなかったろうに誰にともなく言い訳しつつ、愛用していたキャラを選択してストーリーモードを開始する。あーこんな台詞あったねーとか思いつつ流し、ラウンドが開始された。
流石に負けるような事は無い。ただ、所々コマンドをド忘れしているお陰で思うようにキャラが動かない。うごご……指が、指が遅い……。絶妙にストレスを感じながらもとりあえず最後のボスまで行く。クソでかい判定にクソでかい範囲技を連打してくるタイプのよくあるボスである。特に危なげなく処理して終わり。息を吐き出して襟元を扇ぐ。
……やはり、AIは面白味がない。作業的に自身のコマンド入力練習をしているのとほぼ変わりがない。
エンドロールを見送りながら少し伸びをして息を吐き──頬に触れた冷たい感触に、思わず変な声が洩れた。慌てて振り返った先には、くつくつと笑う少女が一人。艶やかな黒髪を纏めたポニーテールが拍子に揺れる。野球帽を被り、ボーイッシュな服装に身を包んだその人は当然知己であり。
「……どうも。ご無沙汰してます、
「こら。ミトだっつってんでしょ」
俺の額を指で弾き、ゲーセン繋がりの友人は久しぶり、と言って微笑んだ。
手渡されたコーラ缶のプルタブを引けば、思ったよりシェイクされていたのか泡が溢れてくる。ぎょっとして慌てて口を付けていれば、画面を覗き込んでいたミトさんの横顔がすぐ近くにあって更に吹き出しそうになった。ええい距離が近いぞ。しかもなんか良い匂いするし。平静を保ってコーラに集中する。うん、うまい。合成着色料の味がする。
「ふーん、メルブラか。しかも旧作じゃん」
「え、なんすかその言い方。新作出たんですか」
「なんなら本編もリメイク出たけど」
「マジすか……」
マジかー。
嬉しいとかよりも時代に置き去りにされてる感があって僅かに肩を落とす。そんな俺を見て、こほん、とミトさんは身を引いて少し咳払いをした。
「ま、私も最近知ったんだけどね」
「……というと、やはり」
「そ。二年間眠ってたクチだよ。当然アンタもそうでしょ?」
「もちろん」
やっぱりそうか。まあそりゃそうだろうな、と再度納得する。
俺とミトさんが知り合ったのはゲーセン繋がりだ。VRゲームが流行りだしているとはいえ2D格闘ゲームは廃れていない。中学に入った頃からゲーセンに通い出した俺はまんまと格ゲーの沼にハマりこみ、そこで見かけたのが俺とそう歳も離れていなさそうな少女──ミトさんであった。結局俺よりひとつ年上だったのだが、店内大会でしこたまボコられた事を切っ掛けに話すようになったわけである。
そして驚くなかれ、この人実は俺と同じSAOのベータテスターである。高身長の男性アバターでぶんぶん鎌を振り回していたのは記憶に新しい。途中まで一緒に組んで攻略とかしてたし、しかも結構上手いと来た。やはり製品版も購入していたのだろうな、とは思っていたが──。
「いやー、お互い災難でしたね。二年も昏睡するなんて」
「本当だよ。気付いたら中学中退目前とか笑えないんだけど」
「いやそれはそうマジでそう」
ははは、とお互いに乾いた笑いを零す。うん、流石にお国が対応してくれるよねー。中学卒業したとしても中卒。まあ通信制の高校にでも通えば良いのかもしれないが、事務的に単位を取るだけで青春はミリも存在しない。……いや、というか。
「ミトさんそう言えば結構なお嬢様学校通ってませんでしたっけ」
「お嬢様言うな。……ま、うん。一応休学扱いにはなってるらしいけど、今更復学するのもね」
二年──二年である。うん、十分長い。中学で二年留年して二歳下の学年に入り直すとか結構きつい。全くもって他人事ではないので頭を抱えた。うーん俺の進路がリアルでやばい。
「でもさ、まだ私らは運が良かったのかもね」
「え?」
「噂に聞いた程度なんだけど……
──────。
一瞬、息が止まる。
「……マジですか、それ」
「うん。たぶん、本当だと思うよ。私の友達も一人連絡が取れなくて」
不安そうに。唇を噛み締めながら、彼女は続ける。
「私が安易に、
──罪とは罰する為に。罰とは贖う為にある。
震える身体。歯の根は合わず、彼女は愛用している鎌をぎゅっと、指が白くなるまで握り締めている。息は荒く、雨に晒されながら普段は腰まで垂らした髪先が、地面に蛇のごとく這っていた。
「ミト、さん」
「キリト……」
くしゃくしゃに歪んだ顔で。涙を流しながら、彼女は俺を見上げていた。見上げながら微笑んでいた。振り下ろしたはずの刃は胸元の数センチ上で止まっている。刃先は震えていた。俺の手が震えていた。
「お願い。私を……殺して」
手が伸ばされる。冷たい指が頬をなぞる。断罪を求めて女は乞う。
……変わらない。何も変わらない。俺と彼女は正しく同じだ。己の罪を裁いてくれる誰かを、ずっと待っている。鋒から雫が垂れ落ちた。胸元で散る。今日は、本当に酷い雨だ。頬を絶え間なく伝い落ちる。
「─────っ、あ」
ざりざりざり、と。
何かが脳裏を過ぎる。頭蓋の内側から引っかかれるような不快感。ずきり、と走った痛みに思わず顔を顰めてこめかみを抑える。偏頭痛だろうか? わからない。しかし、酷く不快だった。
「……キリト?」
「あ、ああ……大丈夫です。それで、なんでしたっけ」
「それならいいんだけど……ごめん、気分が優れないんなら」
「いや、本当に全然大丈夫っすから。持病みたいなもんで」
どちらかというと後遺症か。と、ふとそこで気付いて訊ねてみる。
「あの、そういえば。ミトさん、目が覚めてからなんか変な感覚とかします?」
「へ? いや、特にないけど」
「そうですか……」
余計なことを聞いてしまったせいか、少し心配そうな視線に手を振って苦笑する。大したものではない。
「なんか、酔いそうになるみたいな? うまく説明しにくいんですけど、身体が遅れてくるみたいな……」
あやふやな説明だが、ミトさんは少し腕を組んで思案する。だがすぐに肩を竦めた。
「うーん、さっぱり。けど聞いた所はVR酔いに似てるよね」
「はは……現実酔いってやつっすか」
思わず笑ってしまう。仮想に慣れすぎた結果現実に適合できないなど、本末転倒にも程がある。ただ、彼女は真剣な表情で続けた。
「無くはないんじゃない? ただでさえ私達は二年もナーヴギアに接続したまんま寝てた訳でしょ。脳がそっちに慣れちゃったとか、ほら」
「理由が適当っすね」
「専門家でもないんだから当たり前だろ。茶化すなバカ」
額を指で弾かれる。大袈裟に呻いていると、はぁ、と溜息を吐かれる。
「治るもんなんすかねぇ」
「わかんないけど……まあ、そのうち慣れるんじゃない?」
それか、若しくは──。
「逆に、案外仮想空間の方に行けば治るとか」
「……かなり適当言ってません?」
「だってわかんないし……」
そりゃそうか。ただ、気にかけてくれた事実は変わらない。
「ありがとうございます。試すかはわかりませんけど」
「そっか。……ああ、そういえば知ってる? 今流行りのVRゲーム」
「SAOの件があったってのに、流行ってるんですか」
「あれはナーヴギア自体に問題があったって事になってるらしいからね。ゲーマーなんてそんなもんでしょ……ほら、これ」
そう言って、見せてきた携帯端末の画面にあったのは。
「これがアミュスフィア。ナーヴギアの後継機ね。そして、これが」
「アルヴヘイム──オンライン」
通称ALO。SAOを開発した株式会社アーガスが倒産し、その事後処理やサーバー維持管理などを委託されたレクトが開発した新たなVRMMO。
それがアルヴヘイム・オンライン。説明してくれるミトさんの言葉を聞き流しながら、ぼんやりと思考する。
未だ目覚めない人々──アーガスを継いだレクト──アルヴヘイム・オンライン。奥歯を噛み締める。
……ソードアート・オンライン。その結末は俺が知るものとは大きく異なり、プレイヤーの全員が昏睡していたのみだった。もはや俺の知る道筋と異なるとばかり思っていたが、ひょっとして違うのだろうか。わからない。
──頭が痛む。俺を苛むような痛みに顔を顰めた。
「……っと。ちょっと、聞いてんのアンタ」
「……あー。それで、なんでしたっけ」
「本当に大丈夫?」
本気でこちらを案じている声色。一応大丈夫っす、と返してから眉間を少し指で揉む。偏頭痛自体はそう珍しい事でもない。今回は眼精疲労、ではないのだろうが。本当に体調が優れていないのかもしれない。
「ミトさん。ところでこのALOってやつ、ナーヴギアでもログイン出来たりするんですかね」
「あ、うん。互換性自体はあると思うけど。でもあれ、全部回収されたでしょ?」
「……そう、ですね。変なこと聞きました」
と。そこで俺の携帯端末が振動した。画面を開けば直葉からのメッセージ。帰ってくるか来ないのかはっきりしろ、という文言に苦笑する。時刻は正午の僅か手前。俺の分まで昼食を用意するかどうかやきもきしているであろう妹宛に『すぐ帰る。直葉だけに』と返して立ち上がった。
「すいません。そろそろ帰ります」
「そっか。んじゃ、またね。元気そうで良かったよ」
「そっちこそ。また来ます」
久々に見た──とはいえ俺の体感時間ではそこまで経ってもいないが──知人に別れを告げ、ゲームセンターを足早に出る。早く帰らなければへそを曲げた直葉に詰られることは確実だ。ただ、その前に少し寄るべき場所がある。
「金、足りるかな……」
近場のゲームショップ。店内に入ってすぐのところにデカデカと広告されているそのソフトを、俺は手に取った。
「ナーヴギアは全部回収された、か」
部屋の隅に置いていた箱を取り出す。一度は開いた形跡があるその中に座しているのは、二年の間俺の頭を拘束していた代物だ。
そう──
人間の脳をレンチンしたり記憶のスキャンまで可能にする大出力のマイクロウェーブが問題点であり、それらを取り除いて送り返されてきたのがこれだ。少し違和感があったものの、しかし特に疑問を抱くことなく受け取ったのがおよそ二週間前のこと。
ただ、ミトさんの話を聞いて疑念は再燃した。黒いヘッドギアに触れ、その硬質な冷たさに体温が移っていくのを実感しながら思案する。疑問は絶えない。空白の二年間。何事もなく解放された人々。未だ解放されない人々。アーガス。レクト。
茅場晶彦によるデスゲームは行われず、俺達は二年間眠っていただけだった──
ナーヴギアを取り出し、スロットにROMカードを差し込む。インストールはすぐに終了した。ベッドに寝転び、ちらりと携帯端末の時刻を確認する。先程昼食を終えて午後二時前。うちの夕食は大体六時から七時。四時間は費やせる。
……真実を、知る必要がある。空白の二年間を。黒鉄の浮遊城で、何が行われていたのかを──。
ヘッドギアの電源を入れ、すっぽりと被って天井を見詰める。嫌になるほど馴染んだ感覚。大きく深呼吸をして、口を開く。
「リンク……スタート」
最初に、視神経からの入力の断絶。閉じた瞼の向こうから届いていた僅かな光すら断絶する。完全な闇が帳を降ろす。
そして、濃厚な暗闇の奥から虹色の光が溢れ──。
────。
───────。
────────────何処までも続く、青。
「は?」
セットアップステージを経て、アカウント及びキャラクター作成を終了し、ついに初めてアルヴヘイム・オンラインにログインした俺の目にまず飛び込んできたのは、無限に続く蒼穹であり。
「は───ぁぁぁあああ!?」
有り体に言ってしまえば、俺は自由落下していたのだった。
>>ミト
本名は兎沢深澄。通称「鎌を握りしめて震えながら体育座りしているのが一番似合う女」。