なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。   作:あぽくりふ

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・オリト
PK絶対殺すマン。ソードスキルを使わないのに近接戦最強に君臨するバグのような剣士。ソードスキルをほぼ使わないため普通に双剣で戦うこともできる。






03/棺桶

 

 

 

 

──正直に言おう。僕は、あの人が怖かったのだ。

 

「だから言っただろう、ノーチラス」

 

痙攣する仮想体(アバター)。恐怖と驚愕に見開かれた瞳に罅が入る。砕け散った青白いポリゴンの嵐に髪を揺らしながら、其は言い聞かせるように告げた。

 

「“殺人者(レッド)とは喋るな”、と」

 

 

 

 

「──い。おい、ノーチラス」

「っ、あ……すまない、クラディール」

 

はっとしてそう返すと、クラディールは呆れて溜息を吐く。神経質そうな顔がかぶりを振った。

 

「やーれやれ。これから仕事だってのに、気が抜け過ぎてるんじゃねぇか? あの人にどやされるぜ」

「……そう、だな。きっとそうだ」

 

テーブルの下で拳を握り締める。その様子に不信感を抱いたのか、クラディールは眉根を寄せる。

 

「おい、何かあったのか?」

「いや……何もない。少し、昔のことを思い出してただけだ」

 

ああ、と声を上げる。なにかを察したのか、納得した顔で彼は鼻を鳴らした。

 

「まぁ、そうだな。あの人はなに考えてんのかイマイチわかんねぇところがあるからな」

 

わからない。そう、その一言に尽きる。

なにを考えて奴等を殺しているのか。なにを以てああも苛烈に駆逐するのか。どうやってあの領域の強さに辿り着いたのか。光すら呑む瞳は何も語らない。ただ、僕に向かって言うだけだ。

敵を殺せ、と。

 

「つっても、まあ……深く考える必要はないと思うけどな」

「それはまた、どうして?」

 

いやだってなぁ、と。クラディールは困ったような顔で言った。

 

「目の前の事に、馬鹿正直に突っ込んでるだけって気がするんだよ。悪気があるわけじゃない、ただそれしか知らねえ」

 

そう、なのだろうか。

効率良く人体を破壊し、一振りで確殺する黒い剣聖。あれがただの善意で殺人者(レッド)を殺し回っているのか。少し違う気がした。どちらかと言うと、あれは──何かの予行演習(リハーサル)のような──。

 

「まあ、見た目は確かに根暗な戦闘狂(バトルジャンキー)だが……」

 

「そうか。実に忌憚のない意見だな、クラディール」

 

げぇ!? と声を上げるクラディールの背後から、皮肉げな笑みを浮かべた少年が僕たちを見下ろしていた。全く気付かなかった僕も当然驚いて目を見開く。

 

「そろそろ時間だ。行くぞ」

「ったく、心臓に悪いぜ……もう在処は絞ってんのか?」

「ああ。被害者の話から大体の見当は付けている」

 

そうして起動したのは立体映像(ホログラム)のマップだ。指すのは第47層のとある区画。冷めた口調で彼は告げる。

 

「50層に生き残りがいた。泣いて叫んでいたよ。装備を奪い、MPKをして回る連中がいると」

「っ……それは」

 

クラディールは平然として聞いているが、僕は思わず声を荒げてしまう。そんな僕を一瞥すると、キリトは特に反応することもなく言葉を続けた。

 

「聞いた手口には見覚えがある。十中八九《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》の下部組織だろう」

「へぇ……本隊の可能性は?」

「ないな。あの男なら、こんな杜撰な手は使わない。一度露見した方法は二度と用いない」

 

淡々と事実を告げる。僕はあの男が──PoHがいない事を知って安堵するが、それを知ってか知らずか、クラディールはぽつりと呟いた。

 

「罠か」

「恐らくは」

「え……どういう事なんだ?」

 

目を白黒させて尋ねれば、乱雑に纏めた長髪を揺らしてクラディールは肩を竦める。ちなみに今日は血盟騎士団の制服ではない。どうやらオフの日らしい。

 

「バッカだねぇ、ノーチラスくんは。あの野郎は我らが隊長に死ぬ程恨みがある。それこそ、絶えず命を狙うくらいには、ねぇ」

 

そう言って厭らしく笑う。だが、僕はまた別の事を思い出していた。

 

【剣聖】キリト。喪服のように黒い装備を纏う彼にはもう一つ有名な二つ名がある。

それは彼の行動からついた名前だ。PKプレイヤーを苛烈なまでに駆逐し、なんの躊躇いもなく致命傷を与えるプレイヤー・キラー・キラー(PKK)。中でも彼はとある闇ギルドに対し類を見ない殺意を抱いている。

即ち、最悪の殺人(レッド)ギルドである《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》だ。PoHという名の男を頭目に抱くその組織は空恐ろしくなるほどの神算鬼謀を以て殺戮を繰り返してきた。被害者の総数は3桁を余裕で数えるだろう。だが、ある日を境にその被害は急激に減少している。それは何故か。答えは簡潔だ。

 

彼が、単騎で《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》を壊滅させたのだ。

 

鏖殺の剣聖。最強の単体戦力。殺人者に断罪を与え、必ずや報復を与える首刈りの死神。彼は様々な名で呼ばれるが、功績として真っ先に数えられるのはこれである。

即ち、棺桶(コフィン)を埋める者。

故に──。

 

「【葬儀屋(アンダーテイカー)】」

 

【剣聖】の次にくる二つ名を口にすれば、キリトは僕をじろりと睨みつけた。あまり好いていないのだろうか。

 

「……ともかく、移動するぞ。まあお前達も心構えくらいはしておけ。伏兵がいても何もおかしくはない」

「罠でも突っ込むと。隊長らしいねぇ……ちなみに作戦は?」

 

クラディールがそう問いかけた。少年は口角を僅かに歪める。

 

「敵の情報も少ないのに立てる作戦に縛られるのは、馬鹿のやる事だ。いつもと変わらない」

 

 

「罠だろうと関係無い。全員、駆逐する」

 

 

剣の柄に手を置いて、【葬儀屋(アンダーテイカー)】は静かに嗤った。

 

 

 

 

「つってもまあ、本当に作戦無しってのもなぁ」

「いつも通りだな……」

 

クラディールが愚痴りながら干し肉を噛みちぎる。時刻はもう夕方を回ろうとしていた。僕は水筒のお茶を飲み下しながら思考する。

クラディールが扱うのは両手剣だ。必然的に片手剣の僕が壁役(タンク)をこなす事になる。正直この男に背中を向けるのは多少なりとも勇気がいる行為だが、よくよく考えてみれば裏切った瞬間に死が確定するのだから杞憂であることに気付く。【葬儀屋(アンダーテイカー)】の名は伊達では無い。軽薄な男ではあるが計算高いクラディールの事だ、裏切ることはないだろう。

ある意味最も信用できる、とも言える。

 

「にしても……ノーチラス、テメェの悪癖は治ったのか?」

「いや……」

 

言葉を濁す。クラディールは軽く鼻を鳴らした。

僕の悪癖。それは肝心な場面で身体が硬直してしまう、というものだ。より具体的に言えば、強い恐怖を感じて身体が強張ると──そのまま全く動けなくなるのだ。

無論、治そうとは努力した。だが無理だった。これはもはや心因性のものでは無いのでは、と僕は考えている。それだけ異常なまでに硬直するのだ。どれだけ力を込めようと関係ない。僕が恐怖を感じれば、それだけで身体は致命的に止まってしまう。

 

キリトはそれをVR不適合症状の一種ではないかと指摘した。本当にそうなのかもしれない。それだけ、異常な事だった。

 

「はン……ったく、なんで隊長もテメェみたいなのを引き入れたんだろうな」

 

無言で返す。クラディールは率直に言って嫌なヤツだが、しかし真実しか口にしない。そう、それは当然の疑問だ。僕にも理解できない。ひょっとして、幼馴染を守る力すらない僕への哀れみなのだろうか?

あの時は、キリトが運良く現れたため助かった。僕は散々仲間達から詰られたが、それでも死なずに済んだ。その流れでこうしてPKKの片棒を担いでいるわけなのだが……どうして彼が僕を今も仲間として扱っているのか、わからなかった。

 

クラディールは理解出来る。人間的には屑に近いが、それでも血盟騎士団の入団試験に通る実力は最低限持っている。彼に比べれば塵のようなものだろうが、ある程度使えるだろう。だが僕は違う。PKKだというのに、命を狙われたら使えなくなる致命的欠陥を抱えている。

 

「僕、は──」

 

「無駄話はそこまでだ。来るぞ」

 

闇色の剣士が話の流れを断つ。音もなく背後に立っていた彼に驚きながら、僕は片手剣を引き抜いた。左腕のバックラーを構える。茂みの奥から、隠密(ハイディング)スキルを発動したまま目前の道を見つめる。

 

そんな僕達の前に現れたのは、一人の少女。そして、彼女を囲むプレイヤー達だった。

 

「おいおい、マジかよ……ありゃ小学生か?」

「笑えないな……SAOは年齢規制があったはずだが」

 

クラディールと僕はそうぼやくが、キリトは無反応だった。その顔を一瞥して後悔する。仮面を貼り付けたような無表情だというのに──昏い瞳に宿す殺意が背筋を凍らせた。

 

「クラディール、ノーチラス……F1だ」

「「了解」」

 

F1。前衛(フォワード)が一人、を指し示す行動指針に頷いた。即ち彼が単騎で出るということ。僕達二人は遊撃だ。唾を飲みくだし、恐怖を振り払うべく眉尻に力を入れて前を睨み──。

 

瞬間、敵の一人が蹴り飛ばされていた。

 

「な……」

「ちィ、ぼさっとしてんじゃねぇ!」

 

クラディールにどやされる。慌てて僕が潜伏(アンブッシュ)していた茂みから飛び出れば、場は凍り付いていた。

「総員十六人。《巨悪の腕(タイタンズハンド)》……だったかな」

 

襲われかけていた少女を庇うように立ちながら、彼は剣を引き抜いて地面に突き立てる。既に臨戦状態。自らが死地に立っていることにも気付かない闇ギルドの連中を前にして、キリトは告げた。

 

「《銀の旗(シルバーフラグス)》を襲ったのは貴方達だな?」

 

それは形式上の確認だ。既に彼の中では確定しているのだろう。それを裏付けるかのように、《タイタンズハンド》の頭目であろう女は嘲笑いを浮かべる。……クラディールにそっくりだ。

 

「へぇ……アンタ、私らを殺しに来たの?」

「そうだ」

「たった三人で?」

「そうだ」

 

哄笑が響き渡る。これから起こることを考えればいっそ哀れとすら思えるが、キリトは無言でその様を眺めていた。

 

「敵討ちってワケ? は、ここで殺したところで本当に死ぬかもわかんないってのに──マジになっちゃってバカみたい。というか、この人数相手に三人で勝てると思ってんの?」

キリトはゆるゆると首を振って否定する。あちゃあ、とクラディールが呟くのが聞こえた。

 

「一人だ」

「……あ?」

「一人で相手する。クラディール、ノーチラスはそこのガキを守っておけ」

 

その言葉に慌てて少女の元へ駆け寄る。はぁ、と長髪の男は溜息を吐いた。

 

「あーあ、出たよ隊長の悪いクセが」

 

頷く。それは残酷な行為だ。犯罪者(オレンジ)は数という点に厚い信頼を置く傾向がある。基本的に群れるのだ、奴等は。だからこそ確実に釣れてしまう。確かに普通ならそれでどうにかなるだろう。だが目の前にいるのはその常識を覆す怪物だ。

 

「あはははは! アンタ、本当のバカだったみたいね! いいわ、嬲り殺して──」

 

 

瞬間。彼の姿が消えた。

 

夕刻を迎える斜陽の中、黒剣が振るわれる。最初に狙われたのは近くにいた男だ。鮮やかな剣閃が頚椎を切断する。死神によって首を刈り取られたが最後、男は何が起きたのか理解できていない顔で即死する。続け様に振るわれた剣が同じように二人目の頸椎も切断し、そこでようやく事態に気付いた男達が怒りに染め上げながら武器を振り上げ──

 

そしてなすすべも無く死んだ。

 

遅い。彼の前ではあまりに遅い。武器を構えた瞬間、既にその剣は首を刈っている。或いは眼窩を通じて脳を破壊している。それが出来なくとも、手首の腱を切断している。攻撃行動になど移らせない。徹底的にメタを張りながら殺す。戦闘などではない。狩る側と狩られる側に決定的に分かたれている。それは虐殺だ。三十秒もあれば、十数人程度あの人は容易く処理できる。

 

「な、何よこれ……アンタ、まさか」

 

頭目、資料によるとロザリアという名前らしい女は恐怖に顔を歪めた。

 

「【葬儀屋(アンダーテイカー)】──」

「その名は好かない」

 

ロザリアが槍を振るおうとする前に、その手首を斬り落とす。足を切断する。腹を蹴り飛ばし、声が煩いため声帯を切除する。何も出来ず呆然とこちらを見上げる女を見下ろし、キリトは微笑んだ。

 

「“ここで人を殺したところで、本当にそいつが死ぬ証拠なんてない”……だったか」

「…………!」

「確かめてくるといい。貴方自身で」

 

左目を刃先が抉り、視神経を断裂させながら脳に到達する。捻られた剣が修復不可能な領域にまで前頭葉を破壊し尽くし、留めを刺すかのように頭蓋を貫通した。どうしようもなく即死する。砕け散るポリゴンの嵐の中、黒い外套が揺れた。

声をかけようかと一瞬考える。だが、未だ薄れない濃密な殺意に口を噤んだ。

 

「……いつまで見ているつもりだ」

 

誰に宛てているのかもわからない。だがキリトはそう呟くと、躊躇いなく剣を投擲した。それは15メートルほど先の木陰に突き刺さる──ことはなく、何かに弾かれた。高い金属音が響き渡る。

 

「流石だ。流石だよ、キリト」

 

キリトが殺意の権化だとするならば。その男は悪意の権化だった。

理屈抜きで理解する。フードの下で歪む口角、溢れ出す悪意。史上最悪の殺人者(レッド)

 

「っ、PoH……!」

 

呻くように呟けば、まるで羽虫でも見るかのような視線が僕に向く。走り抜ける悪寒に身を震わせた。あれはベクトルこそ違えど、キリトと同じく怪物の領域に踏み込んだ何かだ。

 

「なぁに、安心しろよ【葬儀屋(アンダーテイカー)】ァァァァ…………まだお前は殺さない。オレが必死に作り上げた計画を一発でご破算にした恨みは、じわじわと返す。今日は挨拶さ」

 

「そうか。ならば死ね」

 

姿が消える。絶対的な死を与える剣が神速で振るわれ──しかし途中で軌道を変更する。迫る鎖を斬り落とし、無数に放たれた剣群を叩き落とす。投擲スキルだとしても異常な数と速度である。その総数は余裕で三十を超えるが、当然のように無傷で凌いだキリトは出所を睨みつける。PoHの仲間は一体何人潜んでいるのか。まあ彼ならば数分で殺せるだろう。

ただ、PoH本人は既に彼の間合いから離れていた。

 

「このソードスキルは……」

「そうとも。どうせお前も持ってるんだろう? 茅場ってやつはつくづくいいオモチャをオレ達にくれるよ」

 

一瞬、苛立たしげにキリトの顔が歪んだ。荒れ狂う殺意と共にPoHを睨む。

 

「何を企んでいる、PoH」

「お前を殺す方法をだよ、【葬儀屋(アンダーテイカー)】。《嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)》はまだ終わっちゃいない」

 

ククク、と嗤う男は転移結晶を砕く。よくよく見ればそのプレイヤーマーカーは緑色を示しており、最悪の殺人鬼はそのカルマ値をどのような方法を用いてか回復していた。

 

「絶対に殺す。その強さを貶めて蹂躙して殺してやる」

「此処で死ね」

 

有言実行とばかりにキリトが神速で踏み込む。飛来する剣群を弾き、弾いたその剣が更に他の剣を弾くように軌道を調節して最小限の動きで突破する。端的に言って絶技だが、彼は即興でそれを編み上げていた。

動揺したのか剣群が一瞬途切れるが、それをサポートする形で鎖と円月輪(チャクラム)が別方向から飛来する。徹底的に遠距離からメタを張る気らしい。賢明な選択だ。少し強い程度のプレイヤーでは【剣聖】の近接致死領域に三秒とて立っていられないのだから。

 

キリトが小さく舌打ちする。転移までのタイムラグの間に辿り着けない事実を認識したのだろう。最低でも剣群の主や鎖の使い手を処理する方向に切り替えたが、しかし敵も巧みだ。既に撤退を決め込んでおり、急速にその殺気は離れていく。いくらキリトでも高レベルの隠密(ハイディング)スキル持ちに逃げに徹されればそう簡単には追い付けない。早々に追うことを諦めたのか、無言で剣を鞘に収めた。

 

「……帰るぞ」

「あ、ああ」

 

腰を抜かしている少女に肩を貸しながら、僕は夕陽に照らされるキリトの顔を見やる。表情は読み取れない。いつもの事だ。

 

僕はこの人がわからない。其は羨望の対象であり、恐怖の対象であり、しかし何もわからない。加えて言うと、何の助けにもなれない。

助けられたあの時から、僕は変わっていない。腰抜け野郎のノーチラスは、未だ無力のままだった。

 





・ノーチラス
知らない人は劇場版を観よう。今作ではオリトの弟子になっている。

・クラディール
みんな大好きクラディール。強いものに巻かれろ、勝ち馬に乗れが信条な模範的悪役。オリトくんが無双しすぎてこれ犯罪者やってると死ぬのでは……?と考えた結果更生した。更生なのかそれ。

・PoH
カリスマ性の怪物。オリトを目の敵にしている。最近ユニークスキル持ちが配下に加わった。

・少女
一体何リカちゃんなんだ……。ちんまい竜は無事蘇生する模様。

……というか、二話更新時点で500程度だったお気に入りが何で十倍に達してんの。これ多分バグでしょ(白目)

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