なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。   作:あぽくりふ

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04/悪夢

 

 

 

「キリト君」

 

 憐れむような、蔑むような視線が俺を貫く。身体が震えた。だがそれももうすぐ意味を成さなくなる。敗北者には死を。手足の先から青いポリゴンとなって砕けていく。

 唇が戦慄く。視界が歪む。そんな中で、灰の髪を一筋に束ねた魔王が告げる。

 

「君の敗けだ」

 

 敗けた。敗北した。どうしようもなく言い訳のしようもなく、純粋な力量差で負けた。なぜ、あの瞬間にどうしてその手を選択したのか。いやもっと前か。敗北の布石はどこにあった。慚愧と絶望の想念が心臓を握り潰すかのようだ。

 届かなかった。俺はこの男によってHPをゼロにまで削られて、死ぬ。勇者でも英雄でもなく期待に応えられなかった敗北者として死ぬ。なり損ないの出来損ない、英雄未満の失敗者。

 その罰則(ペナルティ)は、無論俺が死ぬだけには留まらない。

 

「これより私は魔王ヒースクリフとなる。それに伴い、本来は95層から実行される筈だった()()()()()()()()()()()()()()が実行される。これによりあらゆる都市において犯罪行為が可能となり、またモンスターは都市への侵入が可能となる。加えて75層以降からは階層ボスモンスターの攻撃はより一層苛烈になるだろう。心して挑んで来て欲しいと思う」

 

「さようなら。では諸君、第百層で再び相見えよう…………無論、生きていたらの話だが」

 

 

──聞こえる。

 俺のせいで死ぬ人々の声が。

──見える。

 第一階層に引きこもった結果、戦う力をなんら持たない人間が虐殺される姿が。絶望に濡れた瞳から血が溢れる。

 なんで、どうして、なんでなんでなんでなんで私が僕がわたしがオレが儂があたしがお前がお前がお前がお前だお前だお前だお前だお前だお前だお前のせいで我々はははははははははははははははははは。

 

「キリトくん」

 

 少女のどろりとした瞳がこちらに向く。

 やめろ。そんな目で俺を見るな。俺のせいじゃない。いや違う、俺のせいだ。紛れもなく俺に責任がある。俺に罪がある。俺に咎がある。俺が、俺の剣技が、俺の力が、能力が及ばなかったせいで。

 

「キリトくん「キリトさん「キリの字「キリト「キリ坊「キリトキリトキリトキリトキリトキリトキリトキリトキリトキリト────桐ヶ谷和人。

 

 

 お前の弱さが、皆を殺したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………糞が」

 

 呟く。頬に触れれば何かで濡れていた。乱雑に拭って身を起こす。何回、何十回、何百回見た夢だろうか。だから眠るのは嫌いなのだ。誰かが俺を責め立てる。それでいいのかと耳元で囁く。その度にこれでいいのだと確認する。枕元に立て掛けてあった傷だらけの剣を背に佩く。眉間を少し揉んで息を吐いた。

 弱さは罪だ。知っているとも。

 

『キリトくん』

 

 幻聴が聴こえる。俺が殺した彼女が耳元で囁く。いつもどこかで彼女が見ている。冷ややかに、猫のように、僅かに口元を歪めて此方を見ている。責めているのだろうか。ああ、きっとそうではない。これも俺が作り出した都合のいい幻想だ。勝手に罪悪感を抱いてる、俺の意識の現れ。

 

「俺は、キリトだ」

 

 さあ行こう。(キリト)英雄(キリト)であるために。

 

 

 

 

 

「キリト?」

 

 浅黒い肌の巨漢は目を瞬かせる。知っているというか、もはや常連だが……エギルは少々意外に思いながら答える。

 

「何処だろうなぁ。あいつに定住地ってのはない筈だが」

 

 思ったより知らないものだ。いや、単にキリトがそういった話をしないだけなのかもしれない。きっとそうだ。エギルはうんうんと頷く。そもそも事務的な会話以外を自分からしているところを全く見た事がない。

 

「まあどうせ最前線のボス前エリアを周回してるだろうな。次点でPK狩り、或いはリズベットのところかもしれん」

「はぁ……凄いんですね」

 

 感心した様子で少女は頷く。肩に乗った小竜がくるると鳴いた。エギルはその様子にぎょっと目を見開く。

 

「なっ……嬢ちゃん、それは」

「えっと、わたし獣遣い(テイマー)なんです」

竜を飼い慣らす(ドラゴンテイマー)か、それは恐れ入ったな」

 

 モンスターをテイムする、というのはここアインクラッドにおいてそう簡単な話ではない。まず同種のモンスターを殺しておらず、また極小確率ではあるが此方を敵対視しない個体である必要がある。トドメにその種族が好む餌を保持していなければならないのだ。ただでさえ情報がろくに集まらないアインクラッドだが、テイム条件やテイム可能種族に関しての情報は未開拓領域である。だというのに、竜種をテイムするとは……少女──シリカはよほどの豪運を持っていたのだろう。

 

 ありがてぇ、とエギルはシリカを拝む。アインクラッドにおいてリアルラックというのは一番の財産である。ただでさえいつ死んでもおかしくないデスゲームであるのだから、僅かでもおこぼれに預かろうとするのは当然の思考回路と言えよう。

 無論、これはオカルトのようなものだ。真に信ずるべきは腕っ節だろう。そんな思考の典型がキリトだ、とエギルは考えている。ああまで狂気的に戦い続けるのはそれだけではないだろうが、強さの象徴といえばあの【黒の剣聖】だ。

 わたわたと慌てているシリカに苦笑しながら、エギルは再度口を開いた。

 

「それで? 嬢ちゃんはなんであいつを探してるんだ」

「えっと……それは、この前お世話になったので……」

 

 そう言ってシリカは頬を染める。ははぁ、と得心がいったエギルはその笑みを面白がるようなものに変化させる。大方、あの少年が犯罪者(オレンジ)から彼女を助けたとかそういう話だろう。罪な少年だ。見る限りシリカは小学生にしか見えないし歳の差というより見た目を考えてもロリコンの謗りを免れないだろうが。いい話のネタが増えた、とほくそ笑む。

 

……その一方で、エギルは僅かに彼女を哀れんだ。十中八九彼女の淡い想いは成就しないだろう。キリトに浮いた話はない。正直彼の周辺には少なくない少女、それも美少女が見え隠れしているが、少しでもキリトを知っている人間がいれば羨むことなどしない。何せ、本人はアインクラッド一の戦闘狂だ。恋愛なんぞに興味を示す様など全く想像出来ない。その前に日常生活にもう少し気を配って欲しいものだ。

 放っておけば三日間戦い続けることさえある少年のことを考え、エギルは溜息を吐いた。

 

「なーにしてんだかなぁ……悪いが、オレも力になれそうには──」

「エギルさーん!」

 

 と。

 そこで、ぱたぱたと駆け寄ってくる剣士の姿に気付いた。白を基調とし、赤のラインが刻まれた特徴的なデザインの服。栗色の髪を揺らして細剣使いは立ち止まった。

 

「……あっ、ごめん。接客中だった?」

「いや、むしろちょうど良かった。アスナ、キリトの居所を知ってたりするか?」

 

 そう尋ねれば、アスナは困ったように眉を寄せた。その瞳がシリカへと向く。

 

「うーん、今はわからないかな……えっと、あなたが探してるの?」

「あっ、その、はい! 【閃光】のアスナさんですよね!」

 

 きらきらとした視線に晒され、戸惑い気味にアスナは頷く。

 その類まれな容姿と強さ、その二つが相まってアスナはSAO内においてアイドルのような立ち位置にある。歳若い少女であれば羨望を抱いたっておかしくはないだろう。もしこれが男であればその視線に少々下卑た成分が混じるだろうが、同性の少女となればそれは純度100%のきらきらした何かだ。単純な好意故にアスナは困った。

 

「えっと、あなたは」

「シリカです!」

「そっか、シリカちゃんって言うんだ。キリトくんを探してるの?」

 

 シリカが頷く。アスナは少し考えて告げる。

 

「今すぐっていうのは無理だけど、少し待てるなら……多分あと何時間もしないうちに彼は来ると思うから」

 

 きょとんとするシリカを他所に、エギルは納得して頷いた。確かにそんな時期だろう。最前線の層が解放されて今日で一週間を過ぎたか過ぎないかくらいのはずだ。

 そしてそれだけあれば、有能な人材が揃っている攻略組がボスの前に辿り着くには十分だ。

 

「六十層のボス攻略会議が、始まるもの」

 

 

 

 さて。ボス攻略会議とは何か言うまでもないだろう。浮遊城アインクラッドにおいて各層には迷宮区が存在し、その最奥に上層へ繋がる大階段が存在している。その大階段を守るように配置されているのがフロアボスである。その強さはレイド戦に相応しいものであり、ボスらしくHP減少をトリガーとしたデッドアクションが仕込まれていたりなどするため非常に手強い、というのはSAOに囚われた者であれば誰もが知っていよう。このフロアボス戦で散るものは決して少なくないのだ。

 もっとも、最近はヒースクリフをトップに据えた血盟騎士団による綿密な連携もあり、死者は暫く出ていないが──油断は禁物だ。層のあちこちに仕込まれたヒントを統合し作戦を練るべく、こうしてボス攻略会議は開かれている。

 

「これより、第六十層のフロアボス攻略会議を始める」

 

 口火を切ったのは当然ヒースクリフだった。

 

 そんな彼に視線を集めるのは錚々たる面子だ。アスナ及び中隊を率いる血盟騎士団の幹部格。ギルド風林火山よりクライン。聖竜連合よりリンド。アインクラッド解放軍から()()()()()、及びキバオウ。その他十数のトップギルドの中核メンバー。

 そして──闇の底のような眼をした男が、無表情でヒースクリフを見つめていた。

 

「相変わらずだな、キリト君は」

 

 そっと苦笑するのはディアベルだった。キバオウは仏頂面でぎろりとかの【葬儀屋(アンダーテイカー)】を睨みつける。無表情で無感情、されどその強さはアインクラッドの中で頂点に君臨している。いや、無傷にして無敗のヒースクリフという説もあり噂は二分されているが──それでもキリトは最強の筆頭候補と言える。ソードスキルを使わない剣士、PKK、剣聖、黒い死神……その他諸々の二つ名を持つ少年はこのアインクラッドにその名を轟かせていた。

 

「けっ……なに考えてんだか」

 

 キバオウが毒づく。とは言えその言葉が格好だけに近いことをディアベルはよく知っていた。ディアベルはかつて彼に命を救われた事がある。キバオウとて同様だ。ただプライドが先行するあまりに表立って認められないだけで、キリトが誇る無二の強さがなくてはならぬものであることをよく理解している。

 

「ボスの名前はナラカ・ザ・パニッシャー。この層がゴーレムを主体とした敵が出現するのと同様にボスもまたゴーレムだ」

 

 資料は既に配られている。ディアベルが目を落とせば、そこにはボスのスケッチが描かれている。重厚な鎧を身に纏う筋骨隆々の武者。だが、その正体は生物ではなく石像であることは注釈で書かれている。

 

「得物は太刀。ボスの使用するソードスキルもまた同様だろう。つまり、これは10層の『カガチ・ザ・サムライロード』への対処が通用する可能性がある」

「へぇ。1層の『イルファング・ザ・コボルトロード』もそうだったな」

 

 誰かが零した言葉にディアベルは顔を顰める。彼にとってトラウマに近い思い出が蘇る。唐突に武器を切り替えたボスから放たれる下段の斬撃。高速で迫るそれを前に足が止まった瞬間。もしも……もしもあの時キリトが彼を蹴り飛ばしていなければ、上半身と下半身が鮮やかに分かたれていたであろうことは想像に難くない。

 あの後から、テスターが保有しているβテスト時の情報は過信しなくなった。あくまで参考程度に。そう肝に銘じてきたからこそ、ディアベルはあの危機以来明確な死地に追い込まれたことは無い。

 

「では、今回の配置も10層攻略時を参考にしたものとしよう。大隊は三つに分け、ボスの広範囲の薙ぎ払いを凌ぐため各隊それぞれに八人ほどの盾持ち(シールダー)を配置する」

「それぞれ血盟騎士団、聖竜連合、アインクラッド解放軍が担当する……ってことでいいのか?」

「そうだ。後の人員は小隊規模で各大隊に属し、パーティー規模でのスイッチを行いながら継続的に戦闘に参加して貰いたい」

 

 打ち合わせの通りだ。ディアベルは首肯することで同意を示す。……常のことだが、問題はここからだった。

 

「風林火山はアインクラッド解放軍に。そして、キリト君は──」

「俺は一人でいい」

 

 ぴしゃりと、拒絶するように少年は告げる。暗く濁った瞳が円卓を睥睨する。

 

「足手纏いを増やされても、迷惑だ」

「……っ、お前なぁ!」

 

 キバオウがたまらずいきり立つ。元より短気な彼からすれば、毎度のことながらキリトの言動は腹に据えかねる。こめかみに青筋を立てながら言葉を叩き付ける。

 

「足並みを揃えるっつーことが出来んのか!? お前の単独行動が迷惑になっとる事がなんでわからんのや!」

「足並みを揃えて火力が上がるならそうするが、正直一人の方がDPSが高い。無駄が多過ぎるとしか思えない」

「ッ……これはデスゲームやぞ!?」

 

 安全策を取るのが賢明であり普通だろう。そう言外に告げるキバオウを、キリトは無感情に見返した。

 

「で?」

「で……って、お前」

「それで? デスゲームならどうだって言うんだ」

 

 僅かに。僅かに、その口角が歪んだ。最強の矛が嗤う。

 

()()()()()()()()()

 

 ゾッとするものがディアベルの背筋を走り抜ける。恐怖か? 否、畏怖だ。理解の外にあるものに対する畏怖だ。

 思えば、彼は昔から異端だった。ゲームとは言え、生き物の形をして、そして自分を本当の意味で殺そうしてくる存在を、一切の躊躇なく()りに行く。最初からそうだったのだ。第一層の頃から、彼は当然のように動けた。そこらにいるような普通の中高生が、である。

 意識が違う。存在が違う。根本から何かが異なる。

 

 彼は──イカレてる。だから皆は畏れた。キバオウが忌々しげに舌打ちする。

 

「自殺志願者が」

 

 ディアベルは何処か悲しく思いながらキリトを見つめる。第一層の頃はここまで露骨に箍は外れていなかった。では何が彼を変えたのだろうか。

 

 

 

「───ふ」

 

 誰も気付かない。だが、僅かに笑う。その壊れ様に頬が緩む。

 ヒースクリフは、静かに笑っていた。

 


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