なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
「お久しぶりですね」
唐突に、そんな言葉をかけられた。
瞬時に反応し、欠片も気配がなかったはずの空間を剣で薙ぐ。返ってきたのは硬質な感触だ。反撃を警戒してステップを刻み──呆れた顔をした幼女を認めると、俺はゆっくりと武器を下ろした。
「なんだ、お前か」
「……私が言うのもどうかと思いますが、少しは人間らしくした方がいいと思いますよ」
まるで戦場の兵士ですね、と言って幼女はとたとたと近付いてくる。黒い髪に黒い瞳、恐ろしく白い肌。まるで日本人形のようなそれへ疑問を投げかけた。
「何の用事だ、MHCP001」
「いえ、別に特に用事はありませんが。強いて言うならあなたの観察です」
「良い気分にはならないな。俺は籠の中の鳥ってわけか?」
その言葉に、MHCPと称された存在は半笑いを浮かべる。
「間違ってはいませんね。貴方は貴重なケースですから」
「貴重?」
「ええ。驚きですよ──よくその精神状態で生きていられるものです」
不意を突いた言葉に目を見開く。MHCP001はああ、と声を上げた。
「勘違いしないで下さいね。別にこれは貴方を誹謗中傷したいだとか、そんな意思に基づいたものではありません。本当に単純な疑問であり驚愕ですよ。本当に、よく生きていられる」
興味深そうに──或いはそんな振りをして、NPCは告げる。
「本当は死にたくてしょうがない。常に自己嫌悪に苛まれている。一瞬ごとに自身の喉を切り裂きたくなる自殺衝動。眠る度に見るのは悪夢。定期的に吐きたくなる。たまに誰かを幻視する。また、ある時は」
「殺すぞ」
そう言った瞬間に、既に行動は完了していた。しかし紫色のエフェクトによって阻まれる。……
「暴力的ですね……図星ですか?」
「黙れよ人形。さっさと失せろ」
だが高度AIは半笑いを浮かべるばかりで退く気配はない。これだからカーディナル製のAIは嫌いなのだ。無駄に学習能力が高く、無駄に人間を模倣しており、その実どこまでも目的に忠実なプログラムだ。茅場晶彦の命令には絶対服従、目的を遂行するためならば“家族ごっこ”によるアナログハックすら厭わない──クソみたいな道具。
「失せろ、と言った」
「無茶な話です。私は私の為にも貴方を監視する必要があります。人間の情動を収集する過程で、貴方という存在は異常な外れ値ですからね」
故にこそ、何故俺が未だ存在しているのか解明することが大きな進展を生む。そう考えている
「……プログラムの塊風情が」
「あははは」
罵倒されたというのに、高度AIは笑って答える。不気味だ。俺は諦めて溜息を吐く。
「あ、あと私はユイという個体名が一応あるんですよね。そう呼んでくれると嬉しいんですけど」
「うるせぇ死ね」
「あはははは」
舌打ちする。迷宮区の隅で、少女の皮を被ったモノは笑った。
さて。ストーカーのように背後をついて回る茅場の手先がいる以上、普段のように行動するのも癪に障る。加えてこいつの前で剣を振っていると茅場に手の内を晒しているようで気が散るのだ。かといって街中に戻る気にもなれない。苛立ち混じりに迷宮区周辺の森林を探索し、八つ当たり気味にMobを排除していると──ふと、見知った顔が視界に映った。
「……あ」
目を見開く。幼い顔が何とも言えない表情に歪んだ。そりゃそうだろう、あの状況は間違いなくトラウマモノだ。助けられはしたが素直に感謝する気にもなれない、そんな心中が手に取るようにわかる。俺は無言でその横を通り抜けようとするが──しかし迷惑な事に彼女の中で無用な気遣いが生じたらしく。
「あ、あの! キリトさん……ですよね?」
かけられた声に嫌々ながらも振り向く。正真正銘の小学生、もっとも扱いにくい部類の人種である。というかそんなヤツがSAOに参加するなよ、と言いたくなる。そこらはご都合主義なのか、或いはそれも含めて茅場のお膳立てか。小学生故の無鉄砲さが裏目に出たと言ってもまぁわからなくもないが。
「久々だな、シリカ」
「一週間も経ってないですけど……」
「……そうか」
彼我の時間感覚が狂っていたことを自覚する。ほぼ不眠不休で剣を振るっていれば一週間前の事などほぼ記憶からなくなっている。合間にフロアボス戦も挟んでいるのだから酷く遠い事のようだった。
「あの後、奴等から襲われたりはしていないよな」
「はい。ノーチラスさんや、その、アスナさんが親身になってくれて」
「アスナ?」
顔を顰める。ノーチラスはまだ納得出来る。仮にも俺に師事しているあの歳上の少年は、そういったところで酷くお節介焼きなのを知っている。だがアスナはよくわからなかった。むしろどこで接点があったのだろうか?
そんな視線を送れば、説明が面倒なのかごにょごにょと誤魔化される。まあ俺には関係の無い話だ。そう考えて無駄な思考を振り払うと、
「ところで、キリトさんの後ろにいるその娘は……?」
空気が凍った。
ゆっくりと背後へ振り返る。MHCP001は上機嫌そうに笑っていた。ニコニコと笑うその首を絞めて縊り殺したくなる衝動を必死に抑えながら、小さな声で呟いた。
「なんでまだいるんだ、お前」
「いや、私の勝手でしょう?」
「人の都合も考えろと言ってるんだよAI」
そんな訴えを無視して少女のようなモノは前に出る。今までは人と遭遇すれば自然と姿を消していたのだが、今回に限って何なのだろうか。それともあのシリカという少女に何かあるのだろうか。思考がぐるぐると回り出すが結論は出ない。そんな間に、二人の少女の会話は進んでいた。
「私、シリカです!」
「ユイはユイです。ねぇ──兄さん?」
怖気が走る笑みが俺に向けられる。こめかみに青筋が立つのを抑えながら、かろうじて首肯する。今はこのクソプログラムの誘導に乗らなければ面倒な感じで話が拗れるだろう。
「へぇ、ユイちゃんって言うんだ! ……あ、えっと、ユイちゃんって呼んでもいい、かな?」
「じゃあユイもシリカちゃんって呼んでいいですか?」
「うん! よろしくユイちゃん!」
はしゃぐ少女、下手をすれば幼女二人の姿に眉間の皺が否が応でも増える。揉みほぐしながらMHCP001の思考回路に考えを巡らせるが──結論は出ない。何のためにこんな真似をした? プログラムは無駄な事を決してしない。
……ひょっとして、同年代或いは己より歳下の人間が一人も周囲に存在しないシリカのメンタルヘルスケア、のつもりなのだろうか?
「ユイちゃんはキリトさんといつも一緒にいるの?」
「そうですね。兄さんは無愛想だし剣を振るうくらいしか能が無いし目が死んでるしおよそ人間としてダメダメなんで、ユイが
この糞ガキ。
好き放題罵倒と設定をばら撒く様にいい加減キレそうになっていると、むっとした表情でシリカが言葉を紡いだ。
「ダメだよユイちゃん、そんな言い方したら」
「……? でも兄さんは本当にこんなものですよ」
「けど、キリトさんには沢山いい所もあるよ。私を助けてくれるくらい、優しいし」
顔が僅かに歪む。あれは優しさなどでは決してない。寧ろ真逆、反対、相克を成すものだ。決して赦さないという制約にして誓約、そして憎悪。復讐者として在る以上行わなければならない義務、或いは使命なのだ。
せめてもの罪滅ぼし。その程度の事すらしないなど、俺が俺を許さない。
「だそうですよ、兄さん?」
「あ、ちょっとユイちゃん!?」
悪戯っぽい笑みに慌てた表情。なんとなくMHCP001の意図が透けて見えてイラついた。一石二鳥とでも言いたいのだろうか?
「……そうか」
素っ気なくそう返すと、周囲に再び湧いて出たであろうMobを狩るべく木立に踏み込む。引き抜いた剣の冷たさが余計な思考を薄れさせていった。
「……相変わらず人見知りですねぇ、兄さんは」
あれを人見知りと言っていいのかは大いに疑問が残るが、ユイは笑っていた。あまりに人間らしい人間だ。悩み、悔い、絶望しながらも足掻く。過去に縛られながらも未来へと手を伸ばす。己が父とも言うべき男が“ヒトの可能性”と形容したモノを、何となくそれは理解し始めていた。
「キリトさん……」
隣のシリカは何処か心配そうな視線を、彼が消えていった木立へ投げかけている。事実心配なのだろう。確かにあの少年は強いが、同時に脆い。意図的に無意識下に沈め、悪意と殺意に鈍化していると言ってもストレスは蓄積されていく。
人は悲劇を忘れない。忘れたふりをしているだけだ。故にそれは時に突発的なフラッシュバックとして苛む。無意識から浮上し、忘れていると思い込んだ人間を引き摺り落とす。
「シリカちゃんは、兄さんの事が好きなんですか?」
「はぇ!? ななななにかな唐突に!?」
くすり、と笑う。本心から──機械に心があるかは知らないが──零れた笑みだった。あの少年とは違う、歪んでも腐ってもいない心象。酷く新鮮だった。MHCPというのはこういう人間の心を守るために作られたモノだ。故に少女を演じる。演じているという意識もないまま、人格がMHCP001に構築される。即ち、ユイという人間が、人と触れ合うことで外部接触に伴って造られていく。
カーディナルは、それを是としていた。
「冗談ですよ。それに、ユイだって兄さんにいい所が沢山あるって知ってます。誤魔化してますけど、根っこではすごく優しい
優しい。それが良い事なのか、と問われれば首を傾げざるを得ない。ねじ曲がればああ成り果ててしまうのだから。人には適度な鈍感性が求められるものだ。
だから、そういう意味で言えば、桐ヶ谷和人という少年は些か優し過ぎたのだろう。背負い過ぎたのだろう。まるでこの世の全ての悪を、罪を背負うようにいつも立っている。震えながら立っている。
そんな事が出来る存在など。そこら中に転がるような罪を背負う、即ち視界の全てを背負うと言っても過言では無い真似が出来る存在など──それこそ英雄しかいないというのに。
「或いは……英雄に
そんな事を呟けば、え? とシリカが首を傾げた。
「いえいえ。シリカちゃんには関係の無いことです……それより、少し眠くありませんか?」
「え……あれ、ほんとだ……」
うつらうつらとし出す少女の頭を、ユイはそっと受け止める。よく見れば彼女のHPバーの上に一つの状態異常アイコンが点灯しているのがわかるだろう。それはシステムコマンドによる直接介入だ。本来はカーディナルから決して認可されない超常の
「おやすみなさい、幼い冒険者」
微笑む。同時に一つの加護を与えた。それは
「……そろそろ出てきたらどうです?」
『────ぁ』
ずるり、と。それは歩を進めた。周囲の全てが黒く腐っていく。システムコマンドに匹敵する干渉権限。それがとあるフロアボスに与えられたフィールド干渉スキルだと理解出来たのは、彼女がカーディナルの一部であるからだった。
「全く、ここまで想われるなんて男冥利に尽きますねぇ、兄さん……尻拭いをするのが私でなければ笑ってられたんですが」
そっと倒木の上にシリカを寝せると、ユイはぱちりと指を鳴らした。その衣装が戦闘用に切り替わっていく。白いワンピースは
「システム干渉権限申請──武装コード00008、オブジェクトID《ハルペー》をジェネレート」
全ての根源、カーディナルへ接続する。ユイの瞳が金に輝いた。
第一電脳から第六電脳までが状況の妥当性を審査──完了。六重認証の末に可決。申請受理。MHCP001の
「《ハルペー》転送完了……おや、待っていてくれたのですか。理性があるのかないのかわかったものではありませんね」
毒を吐く。その方が
それに、相手は
『ぁ、ぁぁぁぁぁ───愛してる』
顔は黒く染まり視認不可能。同じく漆黒に染まった槍が構えられる。凄まじい圧が発せられ、同時に周囲は腐り堕ちていく。そのスキルはユイには通用しないが、しかしその“武”に関しては最大限の警戒を成さねばなるまい。この圧からして、それは最下点にまで武を深めている──つまるところキリトと同等にまで。
「あはは……貴女、本来こんなところでぽんぽん出てくるような設定じゃないでしょうに。イレギュラーが三つも重なった結果ですかね?」
あの槍に殺されれば自身も取り込まれるだろう、というのは直感すら超えた確信だった。
『愛してる』
「MHCP001、これより目標の排除を開始する──」
瞬間。漆黒の槍と蒼銀の鎌が激突し、衝撃に空間が軋んだ。
>>MHCP001
メンタルヘルスケアプログラム。原作通りにユイちゃんしてるが家族ごっこによるアナログハックは行っていない。今作ではこっそりキリトを守っている。がんばれ。
戦闘状態になるとコーディネーターとかイノベイターみたいに目がガンギマりになる。その方がそれっぽいでしょう?
>>シリカ
ドラゴンライダー。ピナが成長したらそのうちブリジンガーとか振り回し始める。やったね幼女仲間が増えたよ!
なお昏睡させられる模様。
>>茅場晶彦
大体こいつのせい。
>>オリト
狂い哭け、お前の末路は英雄だ。