なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
「戦闘において、人間は二種類に分けられる」
キリトが言う。僕は黙って頷いた。彼がそう言うのなら、そうなのだろう。こと戦闘において僕はこの歳下の剣聖から教えを乞う側だ。そこに反感を覚えるほど柔軟性が無い訳ではなかった。
「天才と、それ以外だ。そして俺は後者に分類される」
目を瞬かせた。何かの冗談だろうか? だがそんな僕の顔を見てキリトは僅かに苦笑した。光のない瞳が細められる。
「具体的に、天才とは何だと思う?」
「そ、れは」
答えに窮する。なんというか、漠然とすごいやつ、としか答えられない。そんな間抜けな回答をキリトは期待していないだろう。うんうんと唸っていると、どうやらタイムオーバーを迎えてしまったらしい。あっさりと彼は答えた。
「俺が思うに──それは思考を挟まずに最適解を選択できる者、だ。本能的に正解を汲み取れる才覚。経験を積み上げた結果の無意識の処理、その効率が良い者こそが天才だと言える」
要は慣れやすいのだ、と彼は告げた。
「クラディール、或いはアスナもそのタイプだ。反射的にあいつらは剣を振っている。頭は使うがそれは戦術レベル、或いはぼんやりとしたモノだ。戦闘において突き詰めた思考をすることは無い」
だが。
「だが──俺は違う。そしてノーチラス、お前も此方側だ。決して慣れで剣を振ることが出来ない。要領が悪く、いつも思考が先行する。あとから頭で理解出来ても体は即座に動かない」
故に、無才。無能。そう自嘲しながらも彼は無感情に剣を握っていた。
「しかしそれは戦えない理由にはならない。弱さを肯定する材料にはならない。わかるか? 慣れで駄目なら反射の域にまで反復しろ。選択が遅いなら事前に状況を想定しろ。思考を止めるな。無能無才がその頭すら使わなくなればただの木偶の坊に過ぎない。常に考えろ。脳を休めるな。一手一手に意味を与えろ。思考停止に甘んじるな、決して妥協するな」
そうすれば。
「そうすれば──剣は必ず敵に届く。天才だろうが斬り伏せられる。意味は、わかるな?」
頷いた。なるほど、確かに僕はキリトと同じタイプのようだ。それを分かっていて、彼は僕に剣を教える気になったのだろうか。
「ノーチラス、お前の体は恐怖で止まる。なら恐怖を排除しろ。恐怖に打ち勝つのではなく、感情など抱く余地を頭に与えるな。そんな贅沢なモノは削ぎ落とせ。戦闘に苦楽は無い。作業に過ぎない。勝つべくして勝つのが俺達だ。いいな?」
「……はい!」
彼はよし、と呟く。そしてそのまま八相に近い構えを取り──鋼が振り下ろされた。
ギチィ、と金属が軋みながら噛み合う音が響く。唐突ながらも体は動いていた。彼に教わり、何十何百と反復した受けの動きに体はついてきていた。それに喜びを感じながらも反撃に転じる。狙うは喉。分かっていたように彼は避けるが、満足そうに頷く。
「それでいい。喉を狙うのは正解だ。だが凌がれたなら次はどうする?」
「体勢を崩すために四肢を狙う。四肢が駄目なら更なる末端を。崩しながら正中線、急所を穿つ一撃を見舞う」
「そうだ。それが対人戦におけるセオリーだ。狙うは一撃決殺、それに必要なのは崩すこと、そして隙を絶対に逃さないこと。後は所詮小技だ。自分が何をするべきかを考えながら逆算しろ」
そう、逆算だ。敵を殺す、排除する、戦闘不能にする。それに必要な工程を並べて小分けにし、事項を達成するための技を選択していく。確殺の一手へ繋げるべく逆算するのだ。それが無能の戦い方。
天才とそうでない者が果てに至る境地は全く別だ、とキリトは言う。
「天才は即応の最適解を積み上げる事で勝利に繋げる。局所的な勝ちを拾うことで全体の趨勢が決まるという事だ。つまりそもそも出発点が異なると言える。奴等は始点から終点へ、俺達は終点から始点へ演算する。だから噛み合うはずも無い。元より始め方が違うんだからな。故に──天才型と戦う時は、速攻で潰せ」
SAOというゲームにおいて、対人戦を説くという異常性。だがそれがさも当然かの如くキリトはそう言い放った。
「ただ翻弄してやればいい。逆に図に乗らせると非常に面倒だ。だからこちらが流れに乗せられ、崩されそうになってると気付けば即座に仕切り直せ。奴等はそれを最も嫌う。冷静に、冷徹に、感情を斬り落としながら戦場を俯瞰しろ」
そこに熱は無い。あったとしても感情と理性は全くかけ離れた場所に置かれる。何処までも論理と演算の果てに勝利は存在する。
「それが出来ればお前は誰にも負けない。一片の恐怖もなく天才を斬れるだろう。現に俺は、そうした天才共を何人も斬っている」
簡単な話だろう? と。そう告げる彼の口元は、三日月のように歪んでいた。
「……ぃ。おい、ノーチラス」
「あ……うん」
ったく何なんだよ、と男は毒づきながらこちらを見やる。その視線は惚けていた僕を疎むものであるが、僅かながら心配気な空気を醸し出しているようにも思えるのは勘違いだろうか。
「酒が抜けてねぇのかよ」
「……SAOの酩酊は状態異常であって、実際に二日酔いになることなんて有り得ないだろ……」
「馬ァ鹿、そういう問題じゃねーんだよ。精神、心、ハートの問題だ」
とん、と親指で己の胸を押すクラディールの姿に思わず失笑してしまった。
「クラディールがハートとか言うと、少し気持ち悪いな」
「ぶっ殺すぞてめぇ」
こめかみに青筋を浮かべる長髪の男を適当にあしらいつつ、テーブルの上のカップに手を伸ばす。
「んで──なに寝惚けてたんだ」
「……いや。キリトに教わったことを、少し思い出していただけだよ」
そう返せばクラディールは渋面となる。はて、と僕は首を傾げた。
「なんか“噛み合わない”とかいってろくに教えて貰ったことないんだよな。実戦でボコされることは何度もあったけどよぉ」
「そうだろうね。多分、僕とクラディールじゃ全然違うし」
「……なんかムカつくなぁ、その言い草」
「馬鹿にしてるわけじゃないから許してくれ」
肩を竦める。戦い方の差というのはやはり存在するのだ。実際何度も剣を交えているが、最近になってその明確な差を実感するようになっていた。天才型と理論型、この二種の混合とも言えるタイプも存在するにはするが、強いプレイヤーはこのどちらかに偏っている場合が多い。
「ちッ……だがまぁ、てめぇが強くなってきたのも確かだな」
「そうかな?」
「そうだよ。以前なら十本やって精々二本拾えるか、ってレベルだったろ。今は十本やって四本か五本は拾ってくる」
「クラディールが弱くなっただけでは」
「てめぇ最近結構生意気だよな? おい」
げしげしとテーブル下で不毛な足の踏みあいをしながら、本当に強くなったのだろうかと内心で首を傾げる。実感は無かった。
「……本当に、強くなったのかな」
「はぁ? ったく、そんな所も妙にウチの隊長に似てきやがったな。飄々とした顔でボコりやがって……」
隊長……即ちキリト。あの黒の剣聖と、
「そんなに似てるか?」
「ああ。何というか、戦ってる時の目が特にな。こっちを掌の上で転がしてる感じの目だよ。戦いにギラつくようなんじゃなくて、どっちかっつーと……チェス盤でも見てるような感じの」
「チェス盤ね」
らしくもない例えに思わず笑ってしまう。んだよ、とクラディールがむくれるのを見ながら、しかし密かに安堵した。天才とは別の境地に至りつつある、その証拠ではないだろうか。それともこれはただの慢心か。
だがそれにしてもクラディールは人をよく見ている。人間観察でも趣味にしているのだろうか。いや、それは実質無趣味と変わらないか。
「けっ……で、そういや最近はお姫様とはどうなのよ」
「お姫様?」
「ほら、あの歌チャンだよ。最近攻略組でも大人気じゃねぇの」
歌チャン、つまり歌エンチャンター。習得者の非常に少ない《吟唱》スキルに由来するその二つ名で呼ばれるプレイヤーなど、一人しか存在しなかった。
「ユ、ユナとはそんな仲じゃないし」
「ほーん? じゃあそんじょそこらの男に取られてもいいんだな?」
「いやそれは許さない」
真顔で返せば、素直じゃねぇなぁ、とクラディールはぼやいた。
「てめぇがそこまで強くなってんのも、あの歌チャンを守るためなんだろ?」
「そ、れは……そうだけど」
「じゃあいつでも守れるよう手元に置いとけよ。いついなくなってもおかしくねーんだからよ……こんな世界じゃあな」
本当に。
本当に──らしくもなく、彼はそんな事を言う。真面目に、真っ当に、ひょっとすると酔ってるんじゃないかと疑いたくなるほどにらしくない言動。
「酔ってるのか」
「ぶっ飛ばすぞ。こちとら珍しく真面目に助言してやってんだ、一応年長者の言うこと聞いとけ」
小突かれる。タメ口をきくぐらいには気心の知れた仲……いや、絶対にまともに口にすることはないだろうが、こちらとしては親友の枠に収めてもいいくらいの仲だと思ってはいるのだが──よく考えればクラディールは歳上の男だ。それも社会人。僕は今年で高校三年生を迎える歳になるというが、こいつはその五つか六つ上にいるのだ。
……そう考えるとその僕より三つくらい下のキリトの異常性がよくわかるものだが、そこは置いておく。
「そうだな。一応、覚えておくよ」
「そーしとけ。青春してられんのも今のうちだぞ? どうせこのクソゲーもクリアされてみんな解放されんだ、そうなりゃ一気に成人になっちまう」
ついでにオレは社畜に戻るのさ、と舌打ち混じりに告げる。まだまだ学生の身分である身としてはイマイチわからなかった。
「高校生も終わって大学生、そうなりゃ僅かな人生のモラトリアムに突入だ。あっという間だぞ、学生生活は……ってやだやだ、まるでオレが老害みてぇじゃねーか」
「みたいもなにもその通りだろ」
「ホント生意気だなオイ」
笑う。だがそこで、僕の背後からかけられた声に振り向いた。
「定刻通りだな」
「お、隊長」
「キリト……」
いつも通りに上から下まで喪服のように黒い服を纏い、長剣を背に佩いた少年がそこにいた。歳上相手に物怖じもせず、逆に畏怖の念を抱かせる異端の少年剣士。光のないその瞳に最近ようやく慣れてきたかのように思える。
「シリカはいないな?」
「え、なんでシリカ」
「……いやなんでもない。それより行くぞ、資料に目は通しているな」
二人同時に首肯する。メールに添付されていたそれには何度か目を通している。目的地は35層。これはかつてタイタンズハンドと呼ばれた
正直な話、
だからこそ──殺人に至る事件が発生した場合、そこには大抵
キリトが触れただけで首が斬れる幻視をするような圧を発するのだとすれば、PoHは近くに存在するだけで底なし沼に取り込まれるような圧を発する。まるで蜘蛛の巣か蟻地獄だ。
「35層ねぇ……“迷いの森”だったか、やたら厄介なギミックが多いよな。PKするにゃ最適ってワケか」
「あれは
「了解。……そういや、あれ中央付近にやたらデカいモミの木があったよな。あの周辺を根城にしてるって線はないのか?」
「……さあ、な。どちらにせよやる事は変わらない」
クラディールの言葉に、一瞬キリトの顔が歪んだように見えた──が、目の錯覚だったのだろうか。既に常のような無表情に戻っている。僕は首を傾げつつ武器を手に取るのだった。
駆ける。
地を蹴り、木の根を蹴り、跳ねた後に頭上の枝を足場として三次元機動で身を捻じる。間隙を穿つ何かが高速で一寸先を過ぎる。クラディールでは不可能な動き。ノーチラスでは届かない身体操作。冷静に自身の座標を把握しながらキリトは疾走する。一分以内にエリアを離脱しなければエリア接続はキリトでも把握できない状態となる。そのまま駆け抜けるが──前方から飛来する無数のクナイを視認した瞬間、彼はこのエリアから離脱することを諦めた。
抜剣、同時に軌道を逸らす。逸らした軌道は別の軌道へと重なる。弾かれ歪んだ軌道は更に別のものを叩き落とす。たった二手で十を超えるクナイを撃墜すると、キリトは即座に反転して何かを叩き斬った。
それは矢だった。目を細める。二度三度と射たれたのだ、既に射手の座標は絞り込んでいる。無論敵も馬鹿ではない、移動しながら狙いを定めているのだろうが──認識が甘い。
弾かれたように飛び出した。
目指すは射手の移動先。そんな先読みの動きに焦ったのだろう、連続して矢が叩き込まれてくる。しかしそんな見え見えの軌道に当たってやることなど出来ない。その全てを斬り落として射手へと駆ける。残り半秒もあれば十分。その首を落とす算段を付けていたキリトは、
次の瞬間脳裏に展開していた全てを捨てて斬撃を放った。
「へェ……大した勘の良さだ。それとも“観”の良さか」
「PoH」
血に濡れた包丁、という悪趣味な武器と片手剣が交錯する。一瞬の拮抗、しかし膂力では遥かに上回るキリトがPoHを弾き返す。そのまま追撃の剣を振るう、のを断念して矢とクナイを防ぐ。
……理解する。これは偶発的な遭遇戦などではない。精巧に仕込まれた罠。キリトは僅かに唇を噛んだ。これは己のミスだ。間抜けにも誘い込まれたという訳だ。
「キリトくゥ──ん、分かるか? この状況が」
長身痩躯の男がフードの奥で笑っている。嗤っている。その横にずだ袋を頭から被ったプレイヤーもいた。ジョニー・ブラック……赤目のザザと異なり、かつての
それが無数のクナイを手にして立っている。他にはもう一人射手がいる。更に潜伏している可能性もあるが、これで最低でも三人。だが問題はそこではない。
「お前も持っているのか、PoH」
「はァ? 何をだ──なんて誤魔化しゃしねェよ、
ユニークスキル──今のところ判明しているのはヒースクリフの《神聖剣》、と公的にはされている。だがここにいるのは最低でも二人……いや。
「
「ッ!」
咄嗟に身を捩る。地面から唐突に伸びる仕込み槍。だが完全な回避には至らず、黒い外套を引き裂きながら脇腹を掠めた。ペインアブソーバーにより痛みは無い。とは言え違和感ならある。血のような赤いヒットエフェクトに眉根を寄せながらもう片方の剣も引き抜く。
手加減など、していられる状況ではなかった。剣技を封じてでも双剣を解禁するしかない。
「
「はいよ、ボス……《
更に嫌な音が響く。飛び退いたそこから更に猛獣用の罠よりも巨大なトラバサミが飛び出してくる。左の剣が即座に噛み砕かれた。折れた剣を捨てて跳ねた身体は地面と並行に。迫るクナイの群れからの被弾を最小限に留めるため、接触面積を足裏に限定する。それでも三発はその身体を穿つ。削れるHPバーを前にしながらも冷静に残る剣を構え、
「《
──瞬間。閃光にキリトの脳裏が灼けた。
何秒続いたかもわからない。が、咄嗟に思考すら挟まず放った防御系の
……なるほど、今の己は過去に類を見ないほど追い詰められているらしい。存在しない死神を幻視してキリトは舌打ちする。
「HAHAHA! まだ生きてるとは、流石だなァ
「……【弓】、【手裏剣】、そして【罠】か」
「おいおいおい、無視かよ。ただその慧眼には流石にびっくりだァ……まァ分かったところで、どっちにしろお前は死ぬけどな」
冷めた目が交錯する。流れるように取り出した新たな剣がキリトの手に収まる。損壊状態となった外套を脱ぎ捨てて構えた。逆算開始──失敗。今の戦力では九割九分対抗不可能。離脱は絶望的。接近する前にばら蒔かれた罠、手裏剣の弾幕、即死を狙う矢によって死に至る未来が見えた。死ぬ訳にはいかない。絶対にここで死ねない。
逆算再試行……
再試行、
「さァ……イッツ・ショウ・タイムだ」
幾人ものプレイヤーを屠ってきたPoHがそう口にする。この台詞を言う時は必ず殺せるという確信がある場合のみ。褐色の頬が笑みで歪む。キリトの慢心を笑う。
所詮は弱者。殺される側。しかしふと、PoHは不思議に思った。この少年の眼には未だ恐怖は無い。諦感も無い。ならば何があるというのか、その瞳の奥には──。
「……使うしか、ないのか。使わざるを得ないのか。誓ったのに、約束したのに、ああ糞が」
呻く。唸る。憎悪と殺意に声が漏れる。己の弱さに絶望すら抱いた。だが背に腹は替えられない。生きる為には使わざるを得ない。使うしかない。ああ弱い。自身の脆弱さに喉を斬り裂きたくなる衝動が迸った。英雄未満の塵芥。生きている価値もない糞以下の存在に虫唾が走った。
心が黒く染まっていく。憎悪はその矛先を己から外へ向けた。
使わせたな、この力を。抜かせたな──この剣を!!
「─────
闇が満ちた。
You got an Extra Skill───【■■■】.