なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。 作:あぽくりふ
『ごめんね、キリト』
『──愛してる』
使わないと誓った力だった。
これは、まるで彼女を犠牲にしたような力だから。使う度に茅場晶彦に彼女を侮辱されているような気すらしたから。故にそれは意地だ。ただの意地、されど誓約の如く硬い意地にして意思。
こんな能力に頼らずとも、俺は魔王を殺してみせる。どんな障害も斬り捨て、必ず英雄になるのだと。そう誓ったのに。
だというのに──使わせたな、塵芥風情が。
闇より暗く熱い殺意が翼を広げた。
「なんだ、ソレは」
PoHと呼ばれるプレイヤーは困惑していた。
満身創痍。残る体力は半分以下──いや、
だというのに──なんだ、この圧は。少しでも動けば死ぬ、そんな強迫観念が胸の奥に座している。
「……いや。撃て、ジョニー」
そんな感情を──恐怖を蹴り飛ばして命じる。配下は首肯してクナイを放った。それは途中で分裂しながら無数に増殖し、視界を覆う弾幕となる。《
黒い剣を手にした少年が弾幕によって覆われる。同時に罠を遠隔起動する。今度は爆炎が舐めるようにキリトのいた空間を舐め尽くした。そして最後にトドメとばかりの弓の六連射である。会心の笑みに頬が歪み──。
「
表情が凍った。
驚愕に目を見開く。HPバーは赤く染まっている。だが黒の剣聖は健在だった。右手に握られた剣が禍々しく輝いている。黒く、紅く、本来のそれよりも一層暗い何かに塗り潰されている。
「お前──!?」
「疾く、死ね」
その身体が消えた。
体術による
勝った。そんな確信を理性が弾き出す。だが、本能は何故か警鐘を鳴らしていた。
「《
三本の矢を一度に放ち、それを更に五回。都合十五の射撃が叩き込まれる。終わりだ。凌ぐ方法など存在しない、
「鬱陶しい」
はずだったというのに。
黒い嵐がその全てを、まるで紙のように引き裂きながら叩き落とした。唖然として足すら止まった。何が起きたのかまるで理解出来なかった。故に、ジョニー・ブラックに突き飛ばされるまで彼は動けなかった。
「ボス、避けっ」
「まず一つ」
クナイの弾幕による壁を当然のように消し飛ばし、振るった黒剣がジョニーの頭部を凪いだ。一瞬で抉り飛ばされた頭部は戻ること無く砕け散る。青いポリゴンの欠片が四散する。
その向こうで、悪鬼の如く立つ剣士が無造作にポリゴンを払った。
「なんだそりゃ……」
「あ?」
死んだ瞳がPoHを貫く。褐色の顔は伏せられ、肩は震えていた。そしてその震えは次第に大きくなり、
「HAHA……HAHAHAHAHAHA!! なるほど、これがお前の本性か、
哄笑が響き渡る。愉快だった。酷く愉快だった。見よ、あの姿を。殺意を顕に惨殺する姿を。無造作に、羽虫でも潰すが如く首を刎ねる姿を。あれこそが黒の剣聖の真の姿。まるでPoHと変わらない、純化した殺意の権化。
この世で唯一無二の同属性。
「なるほどなァ、ようやく納得した! つまりこの感情は同族嫌悪かァ! HAHAHA!」
「……貴様如きと一緒にするなよ、
黒い嵐が再度巻き起こる。斬撃の嵐は的確に矢を斬り砕き、そのままPoHへ殺到する。培われた戦闘技術、現実での軍用格闘術を基礎として組み立てられた殺人本能は的確な防御を選択するが──瞬間、PoHは悪寒と共に愛用の人斬り包丁を手放した。
それが正しい選択だったかどうかは、その僅か半瞬後に示される。
「……HA。おいおい、仮にもフロアボスドロップの武器を両断だと?」
冗談では無い。暗く塗りつぶされた片手剣にどれほどの威力が秘められているというのか。ぎちり、と構えられた剣からは軋む程の圧力が放たれている。
つまるところ、その正体は。
「ま、当然と言えば当然の話か。オレがユニークスキルを持ってるのなら、あの
問題はそのユニークスキルの正体だ。
ユニークスキルとは、その名の通りこのアインクラッドにおいて唯一無二の能力を持つ代物だ。だがそれ単身でバランスブレイカーとなるようなものでは無い。
適切な使い手が運用したその時初めて、ユニークスキルは最強の鉾となる。それともそもそもユニークスキルに選ばれる適格者こそそれを一番使いこなせる人間であるのかもしれないが──流石のPoHもそこから先は知り得ない。
ただ、ユニークスキルは条件を満たした瞬間に、その適格者に与えられる。なんの前触れもなく贈呈される。SAOというゲームにおいて、プレイヤーという存在が基本的に不利なデスゲームにおいて、唯一
──まさかその希望の一つを保有する者が全ての元凶であるなど露知らず、この世界は廻っていく。そういう筋書きだった。
「HAァ……で? お前のユニークスキルはなんて言うんだ?」
「知るか」
「そーかい。じゃ、無理矢理聞き出させて貰う、ぜッ!」
遠隔起動。他者を嘲笑う表情とは裏腹に、その奥では神算鬼謀が渦巻いている。牽制として五。見せ札として三。二を使用して逃げを封じ、本命を四仕掛け──突破を読んで大穴の一を連鎖起動する。合計十五の罠を使用した確殺の陣を引き、更にそれらを読み切らせない為にもブラフの狙撃を命じてある。
これまでのキリトであれば殺せた配置だ。英雄のなり損ない、所詮壊れかけただけのガキに過ぎなかったキリトであれば、殺せるという確信があった。こと殺人に関してはPoHは常人はおろかその道のプロであろうと先を行く。システム外スキル、と言えばそれっぽいだろうか。
そんな殺人本能に従えば、殺せる。殺せる
「
戦慄く漆黒剣が龍の如く吼える。主の解号に従い、深淵の黒は刃として解き放たれた。有象無象を事も無げに食い破る闇は斬撃として具現化し、八つの罠を一度に斬り裂いたと同時にフィールドすらも破壊する。その代償として剣に宿る闇は失せるが──。
「
ばくん、と。キリトの身体から闇が溢れ出した。
それは彼の命を変換したモノ。
故に──それはまさしく、“魔剣”と呼ぶのに相応しい禍々しさを内包していた。柄から剣先まで全て塗りたくられたような漆黒に染まり、ひび割れの如き真紅が所々見える様は全く以て常人の剣では有り得ない。
「……体力の三割を消耗し、攻撃能力を劇的に高めるソードスキル。それがお前の
「頭だけは無駄に回るな、PoH。ならわかるか」
お前はここで死ぬ、という事実が。
ぎちぎちと魔剣が軋む。魔剣が嗤う。主の殺意に呼応するかの如く闇が溢れた。
英雄? 馬鹿を言え、あの姿はまるで真逆だ。大悪を以て悪を誅する修羅。
「HAHAHA──HAHAHAHAHAHA!!」
笑うしかない。いや、笑わざるをえなかった。なんと奇遇なことだろうか、とPoHは──ヴァサゴ・カザルスは笑っていた。元々彼に殺人鬼の才能などなかった。いや、純粋に殺戮を楽しむ衝動などそれこそ人間に元からあるものではない。同種殺しを本能の領域で備えた生命など、それだけで既に生物として破綻してしまっているのだから。故にそれは生物ではなくただの
なればこそ、ヴァサゴ・カザルスは後天的に
最初にあったのは悪意だ。
だから、自ら煽動して殺し合わせる事にした。
己の薄っぺらな言葉に惑わされ、犯罪者はおろか殺人者にまで堕ちる輩を見て笑った。そんな奴に殺される奴を見て笑った。人を殺してその罪悪感に潰されかけてる奴に、適当な言葉を与えて立ち直る様を見て笑った。人間という種族の脆さと単純さを軽蔑し、それを是として笑った。
最終的に、
他人を煽動し、殺し合わせ、生き残った方もまた彼の手で殺す。他人の人生の最期を“死ぬ程くだらない男によって殺された”という事実で締め括る様に快楽すら覚える。例えるならそれは、穢れを知らない処女を犯し、屈服させ快楽で溺れさせ隷属させる悦楽に近い。どんな聖人だろうと、その最期を己による殺人で締めれば途端にその価値は地へ堕ちる。
たまらなかった。止まらなかった。
殺人とは、生命という何よりも価値があるものを使い潰す、この世で最上の贅沢だ。心底からそう考えるようになった時、彼は己が殺人鬼となったことをようやく自覚した。そして同時に、ユニークスキルを与えられたのだ──。
「やっぱり、オレとお前は同類だよ」
それは共感だった。今の罠を全て破壊出来たのはPoHの思考を逆算したからだ。
「……
「
相互理解は不可能。ならば排除するしかあるまい。黒の剣聖は踏み込み、殺人鬼は罠によってそれを圧殺せしめんとする。
踏み込むは死地、しかし極めた剣技が魔剣に乗せられた瞬間、そこは絶対致死領域として塗り替えられる。殲撃が万象を斬り裂く。凍てついた黒瞳が笑う鬼を見据えた。
「キリトォォォォォォ!!」
全ての罠は打ち砕かれた。PoHは万策尽きたのか、素手でキリトに殴りかかる──と見せかけて、ブーツに仕込んだ毒の刃を抜き放つ。しかし蛇の如く迫るナイフは腕ごと斬り落とされた。この程度の児戯を見落とす筈もない。
ずぷり、と。魔剣が殺人鬼の胸に沈んだ。
「HA……は、はは。地獄で待ってるぜ、
「そうか──
なんの未練もなく告げられた解号により、解き放たれた闇がPoHを喰らい尽くす。ポリゴンの一片すら残さず男は消滅した。
それだけだった。殺人鬼と少年の邂逅は、たったそれだけで終わりを告げた。至極あっけなく、何もなかったかのように忽然と。
ただ、それだけだったのだ。同種に対する見当違いな共感めいた何かは、闇に呑まれて消えた。それだけの話に過ぎなかった。
「……ああ、そう言えばまだいたな」
ふと思い出したようにキリトは呟く。魔剣でなくなった剣は闇に耐えきれず砕け散り、素手となった少年は虚ろな瞳で森の一角を見つめた。歩を進めても対象はろくに動くことすらしない。木立で震えて尻餅をつくフード姿のプレイヤー。残る
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
それは少女だった。泣きながら懺悔する少女の姿だった。それを見れば、普通の人間ならば、ひょっとするとPoHに脅されていたのかもしれないと思い至るだろう。何かの間違いであるかもしれないと。それくらいには普通にしか見えない少女だった。
だが。キリトからすれば非常にどうでもいい話である。所詮は
「やめろキリトッ!」
背後から腕を掴む青年の声に、その動きが止まった。
「……ノーチラス」
「やめてくれ。その娘は……重要参考人だ」
一瞬。一瞬、キリトの瞳に殺意が宿った。
それはノーチラスを殺すか否か。だが静かに瞑目し、剣を手放す。何の罪もないノーチラスを殺す? そんな馬鹿な話があってたまるか。故に黙って少女を放し、キリトは腕を掴むノーチラスを振り払った。燃え上がる漆黒の殺意を鎮火するために大きく息を吐いた。
PoHは死んだ。この手で殺したのだ。それで良い、それで全ては終わりだ。
「…………ごめん、サチ」
俺はまだ英雄じゃない。
暗黒の瞳が偽りの太陽を見据える。だが、そこには何の光も映ってはいなかった。
You got an Extra Skill──《暗黒剣》.
>>PoH
殺人鬼になった男。
>>ユニークスキル
エクストラスキルの一種。アインクラッドにおいて十個のみ存在する。それぞれ適格者となるための条件が設定されているらしいが……?
>>罠師
罠を仕掛けるスキル。罠作成にかなりのコストがかかる。
>>手裏剣術
投擲スキルの上位互換。投擲物の数を増やしたりニンジャめいたことが出来る。属性付与も可能。
>>弓術
弓を扱えるようになるスキル。遠距離攻撃が少ないSAOにおいてバランスブレイカーに近い。
>>少女
弓術のスキルを低層で発現させてしまい、その有用性からPoHに拉致監禁され洗脳アンド脅迫で配下にされていた。レイプ目でなんでも言うことを聞く仕様になっていたはずが、漆黒の殺意マンとなったオリトに対する恐怖でギャン泣きしてしまった。そりゃ怖いよね。
で、この娘だれ?(すっとぼけ)
>>ノーチラス
ヒロイン(適当)。
>>オリト
フォースの暗黒面に目覚めた。
>>暗黒剣
キシャー(魔剣の叫び)。