なんかハッピーエンドしか許されない主人公に転生したようです。   作:あぽくりふ

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09/奴隷

 

 

 

 

 家格に相応しい教養があっても、他者が羨むほどの美貌があっても、【閃光】と呼ばれるほどに強くなっても、意味は無い。彼を支えられない私に価値はない。

 そんなことを言えば、きっと数多の人に怒られるだろう。彼はどういう反応をするだろうか。激怒か、憐憫か、軽蔑か──あるいは無関心か。ぞくりと身体を震わせる。それが一番怖い。彼の力の一片にさえなれない自分が怖い。

 一層で果てようとした私を叱咤し、共に低層のグランドクエストを乗り越え、そして喧嘩別れしたあの少年。恐らくは歳下の彼と再会した時の感情を私は忘れない。

 

 私は彼と共にいるべきではない。だが、それでも支えたい。彼の為に在りたい。何処までも自分本位な自己犠牲に反吐が出る。矛盾とエゴの塊こそ私だ。

 結城明日奈は醜悪な女だ。なにせ、死者にさえ嫉妬してしまっているのだから──。

 

 

 

 

「なにこの状況」

 

 アスナがそう困惑の言葉を口にするのも無理はない。そう思わせるほどに場は混沌としていた。

 テーブルには手のついていないカップが五つ。ノーチラスは虚空を見つめて無視を決め込み、シリカはあわあわと周囲の顔色を伺い、キリトは常のような無表情でカップに注がれた珈琲の波紋を眺めている。クラディールは面白そうにそれらの面子を眺め、そして──。

 

「え、だれこの娘」

 

 黒髪の少女がキリトの対面に座っていた。

 率直に言って線の薄い、細い少女だった。虚ろな瞳を除けば絶世の美少女とまではいかずとも可愛らしい少女だった。モデルレベルではない、しかし街中で見れば目を引かれる。そのくらいに綺麗な顔立ちをした少女が、薄汚れた灰色のローブを纏って無言で座っている。

 

 正直、全く状況が見えてこなかった。

 

「あの、キリトくん」

「……なんだ」

 

 不機嫌ではない。だがひりつくような雰囲気のキリトに一瞬怯むも、そこに剣呑な色はないことを確認して言葉を続けた。

 

「この娘の名前は?」

「わからない」

「何処から来たの?」

「わからない」

「レベルは?」

「わからない」

「えぇ……」

 

 不明だらけだった。

 

「なによ、拉致でもしてきたの?」

「……あながち間違ってはいない」

「嘘でしょ」

 

 驚愕だった。それに慌てたのが無視を決め込んでいたノーチラスである。

 

「いや、違うだろキリト。この人は重要参考人だ」

「何の参考だ? PoHは俺が殺した。ジョニー・ブラックもな。それであの事件は終わりだろう。あとはこいつがPKをしたかどうかだ」

「いや……それはそうだけど……」

 

 口篭るノーチラスへ、更に畳み掛けるようにキリトは告げた。

 

「どちらかと言うと、問題なのはこいつの能力(スキル)だ」

「なに、ユニークスキルでも持ってるの?」

 

 それは冗談めかした口調だった。アスナ本人も本気で発言したわけではない。しかし、キリトはあっさりと首肯した。

 

「ああ。その通りだ」

「………………えっと、本当に?」

「本当だ」

 

 ウッソだろお前、と言わんばかりにアスナはまじまじと少女を見つめる。しかしその暗い瞳は心が折られた者のそれだ。真偽の判断に困り周囲を見回すが、その誰もが同じく半信半疑の表情をしている。

 ユニークスキルだと理解しているのは実際に剣を交えたキリトのみ。当の本人である少女はまるで口を開く気配も無い。かといって口を割らせる手段などありはしない。PoHのような人間であればおぞましい手口を知っていたのかもしれないが、もはや今は亡き男だ。

 

「恐らくは《弓術》。その特徴は《投剣》スキルなど及びもつかない射程からの遠距離攻撃、そして──プレイヤーへの攻撃を行ってもカーソル色が変化しないこと」

「……!? それって、まさかその娘は」

 

 キリトは黙って肩を竦める。悪質なPKプレイヤーであるか否か、それについてはまだ不明、ということだった。それにキリトとてこのPKが容認されるシステムについてある程度の目処がついている。隠蔽(ハイディング)状態からの狙撃か、或いは視界外であれば容認されるのか。それに限っては本人に聞かねばわからない。

 

「言う気は、ないのか」

 

 闇色の瞳と虚ろな瞳が交錯する。だが僅かにその肩が跳ねたのは間違いなく恐怖だろう。葬儀屋(アンダーテイカー)は剣の柄を撫でる。

 もし──もし彼の異能を。《暗黒剣》について僅かでも吐けば、処理する。その算段だったが、彼にとっても想定外なことに一言すら喋ることがない。余計に目を離すことが出来ない、という事態にキリトは眉根を寄せた。

 それを見て──傍から見れば無表情と大差ないが、アスナはなんとなくキリトが困っている事を察した。だがその事を尋ねる前に、既に少年は口を開いていた。

 

「俺が口を割らせる。もう日が沈む頃合いだ、皆帰るといい」

 

 それに真っ先に反応したのは、やはりアスナだった。

 

「じゃあこの娘はどうするのよ」

「俺が回収する。問題ない」

「……えっと、つまり一緒の部屋に泊まるってこと?」

「まあそうなるな」

「ダメでしょ!!」

 

 机が揺れた。それは叩き付けられたアスナの掌によるものであり、その音に不明な少女は肩をびくりと震わせた。キリトが僅かに片眉を上げ、その他の面々が諸々の反応を見せる。最も多かったのは苦笑だった。

 

「おいおい、壊すなよー?」

「あ、ごめんなさいエギルさん……じゃなくて! どういうことよキリトくん!?」

「別に。他の人間が唐突にこれを泊めるとなれば、少なからず問題が生じるだろう。だが俺は問題ない……ソロだからな」

 

 いやむしろだからこそ問題が生じるのではないか、という言葉を飲み込んでアスナは唸った。確かに字面だけならば問題はないのだ。キリトはアインクラッド最強と言っても過言ではないプレイヤーであり、逃すことなど万が一にも有り得まい。故に問題を生じさせているのはアスナの心持ちのみである。

 

「いや、まぁ、そうだけど……!」

「それともなんだ、俺が()()()()()()をこれにするとでも思ったのか?」

 

 剣聖の口の端が僅かに緩む。僅かながらも浮かべたのは苦笑である。アスナは思わず羞恥に頬が紅潮するのを自覚した。アインクラッドにおける過剰な感情表現をこれほど憎んだのはこれで三度目である。ちなみにその何れもがこの少年に起因する出来事だったのは言うまでもあるまい。

 

「っ……、好きにすればっ!?」

 

 語尾も荒く背を向けて店を出ていく。その様を見ながら、あちゃー、とクラディールは額に手を当てた。明日からの血盟騎士団副団長の機嫌の下落を予想して溜息を吐く。

 

「いやー、今のはあんたが悪ぃよ隊長。ありゃねぇよ……それとも、わかってて言ってんのか?」

「さぁな」

 

 無表情でキリトはカップを傾ける。ノーチラスは副団長の振る舞いを忘れたことにしてあくびを噛み殺す振りをした。もし自分がユナにあんな言動をすれば、しばらくは口も利いて貰えず弁当も作ってくれないだろう。実に恐ろしい事である。なんとも綺麗に尻に敷かれていた。

 ちなみにシリカはそんな痴話喧嘩じみたものを見せられてもあわあわしているだけである。小学生には厳しい世界だった。そろそろ部屋に戻るべきだろう。ちなみに彼女は今、ノーチラスの勧めに従い血盟騎士団に身を寄せている。

 

「で、本当にコイツをお持ち帰りするんですかい?」

「ああ。ほら、立て」

 

 促せば、のろのろと少女は立ち上がる。フードを被せてやるとキリトは頷いた。

 

「じゃあ、これを連れて俺は戻る。この階層のいずれかの宿に滞在する予定だから、用事があればメッセージをくれ」

「ああ……なぁ、隊長」

 

 キリトが振り向く。なんとなく──そう、なんとなくクラディールは秘密の匂いを嗅ぎとっていた。それは違和感として、妙に残るしこりとして彼の胸に宿っていた。詰問するような口調で言葉が紡がれる。

 

「まさか、逃がしたりはしねぇよな?」

「……当然だ。俺を誰だと思っている」

 

 剣聖(ヴァンキッシュ)。首刈り。黒いやべーやつ(ブラックジョーク)

 そして、葬儀屋(アンダーテイカー)。PoHの死を以て完結したPKKとしての二つ名。

 

「そうだったな。悪ぃ、聞き流してくれ」

「気にしていない。情報が聞き出せたならこちらから連絡する」

 

 そう言って、キリトと少女の姿は店の外へと消えていった。中華系の下町にも似た雑踏に薄れてゆく二人の背中に、クラディールが目を細める。

 

「疑ってるわけじゃねぇ、が……なんか匂うんだよなァ」

「クラディール……?」

 

 ノーチラスが眉を顰めた。キリトと共に迷いの森へ向かった彼等だが、分断されたキリトと合流するのに少なからず時間をロスしてしまっていた。だがその十分にも満たない時間の中で戦闘は終了してしまっており、キリトも詳細を語ろうとしないため何が起きていたのかは誰にもわからない。

 それに。キリトらしくもなくあの少女に関心を抱いていた。それはユニークスキル故のものなのか、或いはまた別の理由か──そこまで考えてクラディールは思考を打ち切った。

 あの少年の周囲を嗅ぎ回るなど愚かしいことこの上ない。リスクが高過ぎる。下手な好奇心は猫は疎か人をも殺すのだ。故に心に蓋をする事を選択する。

 だが、

 

「きな臭ェな」

 

 生憎、クラディールは生まれてこの方この手の直感を外したことがなかった。

 

 

 

 

「さて──どういうつもりか聞かせて貰おうか」

 

 密室に二人きり、と言えば妙な誤解を生みかねない。だがそれが真実だ。俺はベッドサイドに腰を下ろし、室内に配置された椅子に少女も座っている。盗聴対策のオルゴール型アイテムは既に机の上に置かれていた。

 つまり、この部屋の話を盗み聞く者はいない。そう理解したのか、おもむろに少女は口を開いた。

 

「貴方は、私をどうするつもり?」

「どうしたもこうしたもあるか。お前のユニークスキルについて話せ。あとは、お前がPKを成したかどうか」

 

 暫しの無言が場を支配する。時計の秒針が二周した頃合いだろうか、ようやく彼女は口を開いた。

 

「……当たり、よ。私のユニークスキルは《弓術》。隠蔽(ハイディング)状態からの狙撃ではカーソル色が変化しない特性を持つ」

「成程、PKに向いたスキルという訳だ」

「そうね。……でも、殺してはいないわ」

 

 自嘲気味にそう告げる。俺は目を細めて続きを促した。

 

「殺そうと思って弓を引くと、もう構えていられないほど手が震えるのよ。多分、小さい頃のトラウマが原因なんだと思うけど。だからあの男も私に強制しなかった」

「……あの男、ってのは」

「PoHよ。貴方が殺した。そこに関しては私も感謝してる。私には殺せなかった。言いなりになるしかなかった。だから──私は貴方のスキルについて話さない」

「随分と殊勝なものだな」

「当然でしょ? あいつが私にした事は、話したくもないけど……あいつ程の屑は見た事無いわ」

 

 口調は軽い。だがその瞳孔は大きく見開かれ、唇は血が出るのではないかと思うほどに噛み締められている。実際に仮想体(アバター)が血を流すことなど有り得ないが、SAOの情動表現は素直だ。PoHの振る舞いはトラウマとして少女に刻まれている。

 

「だから、感謝してる。同時に恨んでる」

「恨まれるような真似をした覚えはない」

「そうね。これは……私の勝手な言い分よ。だから切り捨てて貰っても当然。正直、今の私は正気かどうかもわからないから」

 

 肩が震えている。歯の根があっていない。幼子が布団の切れ端を握り締めるが如く、固く薄汚れたローブを握り締めている。その様子はあまりに尋常ではなかった。

 

「もう、どうしたらいいかわからないの。今まではあの男に従っていればよかった。言われるがままにプレイヤーを射っていればよかった。指示通りにすれば、痛い目にも気持ち悪い目にも遭わされずに済んだ。でもこれからはどうすればいいの? ねぇ、私は──何をすれば、生きられるの?」

 

 突き放すのは簡単だった。

 一人の男に壊された、壊れてしまった少女。だがその程度の悲劇など腐るほど転がっている。そんなものに一々手を差し伸べるほど俺は暇ではない。従わなければ生きられない奴隷なんざ毛ほどの価値も無いし、常人に引き戻すのも手間だ。

 

「人を射ってるとね、自分がなんのために生きてるのかわからなくなってくるの。トドメは刺してなくても、私が射ったことであいつに捕まった人間なんて山ほどいる。その全員が死んだ。だから、私が殺したも同然」

 

 人を殺す。

 その行為は一線を越える行為だ。その禁忌は越えた時点では平気かもしれないが、時が経てば経つほど重くのしかかる。亡霊となって死人は生者を縛り、決して殺す前の己には戻れなくなる。だから殺しては駄目なのだ。

 罪を背負う。死者を背負う。無限に積み上がっていく十字架を背負う者は、潰れるその時まで耐え続けなければならない。なんの覚悟もなく行えば──その罪に潰される。

 ならば、俺が──。

 

「お前、名前は」

「……シノン」

「そうか。じゃあシノン、俺に従え」

 

 軽く言う。充血した瞳が見開かれた。

 

「お前の《弓術》は使えるスキルだ。だから俺が使ってやる。俺の指示に従い、俺の下で戦い、そして生きろ」

「次は……あんたの奴隷になれっていうの?」

「そうだ。大差ないだろう」

 

 俺がその十字架を代わりに背負ってやろう。何も考えなくていい。ただ俺を盲信すればいい。

 思考停止は酷く楽だ。壊れる寸前の道具なら、俺が効率良く使ってやる。使い倒して、駄目になったら棄ててやろう。そう言外に告げ、俺は手を伸ばす。

 

「シノン、お前は俺の所有物(奴隷)だ。いいな?」

「……最低ね。反吐が出るほどに、最悪」

 

 でも、と。彼女は歪に、しかし酷く嬉しそうに微笑んだ。

 

「いいわ、御主人様(マスター)。たった今から私はあんたの所有物(奴隷)よ」

 

 伸ばした手に頬が擦りつけられる。甘える仔猫のように擦り寄せられる肌の感触。同時にハラスメント警告が表示され、俺は咄嗟に手を引きかける。だがぐっと掴んだ手がそれを許さない。

 そして。そのまま彼女の指が警告表示を消し、更にオプションメニューを流れるように操作していく。その様を惚けて見ていれば、指は最終的にとある項目に行き着いていた。

 

 《倫理コード解除設定》。なんの躊躇いもなく、シノンはそれを解除する。

 

「お、まえ──」

「私はあんたの道具。それは武器であり、補助であり、故に性具でもある。死ねと言われれば死ぬ。射てと言われれば射つ。閨に誘われれば喜んで従うわ」

 

 陶然とした口調で、殺人鬼の遺産は宣言する。それは奴隷としての誇りなのか、或いは。

 

「好きに使いなさい、葬儀屋(アンダーテイカー)。撤回してももう遅い。あんたが私の御主人様(マスター)なんだから」

 

 魔弾の射手はそう囁く。腐りそうなほど甘い香りが漂っている、何故かそんな錯覚をした。

 








>>アスナ
 ヤバいやつに想いを寄せる常人。
>>シノン
 依存系ヒロイン爆誕。多分ほっとくと奴隷が支配する側になって色々とどろどろな関係になるので注意。
>>オリト
 いや、そんなつもりで手を伸ばしたんじゃないんですけど。

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