星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Epilogue Part 2

 渚達4人がユーテリアに帰ったのは、翌週の月曜日の夜である。

 その昼間は、渚が留学終了の挨拶を含めて、セラルド学院での最後の生活を楽しんだのである。その間、残りの3人は勿論、最後まで復興活動の援助に尽力していた。

 その翌日。『星撒部』は早速、夕方からプロジェスの事件解決を祝う打ち上げを予定する。渚は学食への連絡を含めて手筈を一式整えつつ、仮部室である本校者4階の第436号講義室で、のほほんとした骨休みを満喫している。

 他の3人も、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。

 ヴァネッサは早速、イェルグと共に複数の授業に参加している。イェルグと一緒に過ごす時間を楽しみたいという理由も勿論あるだろうが、彼女は元来真面目な性格なので、授業への参加率は『星撒部』の中でも高い方だ。普段の堂々とした態度をそのまま生かして、ハキハキと挙手しては意見を述べたり、問題に解答したりと、学生の本分を全うしている。

 アリエッタは、夕方からの打ち上げに向けて、部員達に振る舞う料理の自作に勤しんでいる。自分の功労を自分で讃えるという奇妙な構図になっているものの、本人がそれで満足しているのだから良いのだろう。ちなみに力を入れている料理は、手の込んだケーキである。

 一方で紫は、夕方まで惰眠を貪ったり、マンガやゲームをするなどして、一日を休暇に当てている。高度にして魔力を非常に費やす治療魔術を連発していたのだから、相当疲労が溜まっていたらしい。加えて、"ハートマーク"の一員との死闘の疲弊が今頃になってドッと()し掛かってきた事も大きい。

 ――こんな風に、4人は思い思いの火曜日を過ごしている。

 

 さて、渚がのんびりとした時間を過ごす仮部室には、彼女の他にもヒトの姿がある。…ロイとノーラだ。

 ロイは混み合うトレーニングルームを避けて、この仮部室で基礎体力トレーニングに勤しんでいる。魔化(エンチャント)によって劇的に加重された、拘束具にも見えるアイボリー色の衣服を着て、汗だくになって腹筋を繰り返している。その回数は今や、4桁に達している。

 一方のノーラは、渚からプロジェスでの出来事の話を聞こうと、彼女の元を訪れている。授業を(ないがし)ろに考えているワケではないが、実戦経験の浅さを痛感している彼女は、イメージだけでも掴みたくて此処を訪れる事を選んだ。

 「…と、まぁそういう次第でな。

 病気を治して、さぁお終い…と言うワケには行かず、込み込みの大騒動になってしもうたワケじゃよ。

 それでも大団円に導いたのは、流石にわしらじゃな、と自己評価せざるを得ぬわい」

 渚がスラスラと、そしてくどさの無い語り口で事件のあらましを語り終えると。ノーラは面白い紙芝居を見た少女のように、目を輝かせて真摯に拍手する。

 一方でロイは、身体を起こして腹筋運動を止めると。そのままの格好で、ジト目の視線を渚に送る。

 「何が大団円だよ、副部長。

 そのニファーナって元『現女神(あらめがみ)』は、その都市国家(くに)を脱出したんだろ?

 それじゃあ、手放しでハッピーエンドとは言えないんじゃねーの?」

 「いやいや、それで良いのじゃ」

 渚はパタパタと手を振る。

 「あやつ自身が望んだことである、というのも一つじゃが。あやつの性格を考えると、あの都市国家(くに)に居続ける方が苦痛で(たま)らんじゃろうからな。

 ハッピーを考慮するなら、新天地でやり直す方が断然の良策じゃよ」

 ロイはその言葉については納得したようだが。姿勢を崩して胡座(あぐら)をかくと、不満げ…というより、ちょっと怒っているような表情を作る。

 「それにしても、そのニファーナってヤツ、情けないにも程があるぜ。心っつーか、意志っつーか…とにかく、弱過ぎだろ」

 「ほう」

 渚が相槌を打つと、ロイはそのまま言葉を次ぐ。

 「折角『現女神(あらめがみ)』の座を手に入れたってのに、喜ぶどころか、それを重荷に感じるだとかさ。

 別に自分が原因ってワケじゃねぇのに、事件について責任を感じたり、他人(ヒト)の目を意識したりとかさ。

 堂々としてりゃ良いのに、何をそんなに一々ビクついてんだかな。そういう態度、オレは気に食わないね。弱過ぎオーラで、こっちまで腐り溶けそうだ」

 「するとロイ、おぬしがもしも女として生まれ、『現女神』の座を得たのならば、堂々とその能力(ちから)を行使して信者の上に立つワケじゃな?」

 渚が言い返すと、ロイは顔中をベットリと濡らす汗を袖で拭いながら答える。

 「信者の上に立つかどうかは、その時の気持ちとか状況に因るかも知れねぇけどさ。そうした方が世の中がマシになるってンなら、喜んで上に立つね。

 勿論、能力(ちから)だって迷わず使うぜ。授かりモンだけど、オレのものにゃ変わらない。大歓迎だぜ」

 「なるほどのう。

 まぁ、おぬしらしい答えじゃな」

 渚はニカッと笑う。直後、その笑みを歪めながら、こう続ける。

 「正直わしも…ニファーナの気持ちというのが、良う分からぬ。

 わしは『現女神』に成る事を望んでおったし、成った今も境遇を歓迎したことこそあれ、後悔した事など一度も無いからのう。

 じゃが、苦しいと云う気持ちは、本人の口からシッカリと聴いたからのう。十分理解は出来ておるつもりじゃ」

 「理解は出来ても、同情は出来ないンだろ? 副部長だってさ?」

 そうロイに問われれば、渚は「むうぅ」と唸るだけであるが、その表情や口調からは肯定の雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 するとロイは、ふいに五体を床に投げて天井を仰ぎ見つつ声を上げる。

 「なーんで"どこかの誰かさん"は、そんな弱っちいヤツに『現女神』の座なんて大層なモン、くれてやったんだかな?」

 そうロイが語った直後のことだ。

 「…弱い、とは違うと思う」

 ポツリとそう言葉を漏らしたのは、ノーラである。

 その意外な言葉に、渚もロイもほぼ同時に視線をノーラに向ける。

 「ニファーナって()には、彼女なりの強さが、ちゃんとあると思うな…」

 「そうか?」

 ロイは寝転んだまま、眉をしかめて問い返す。

 「『現女神(あらめがみ)』の能力(ちから)ってのは、学園長だとか市長だとかみたいな、権力とか違うんだぜ?

 突き詰めちまえば、結局は単なる肩書きでしかなくて、肩書きの価値を知らなかったり通じなかったりする相手には何の効力もないのが、権力ってヤツだ。だから、重荷だって認識するヤツが居るのは理解出来る。

 だが、『現女神』は全然違う。肩書きだけじゃなく、『神法(ロウ)』って言う強固な自己防衛能力まで付いてくる。そいつを使えば、言うことを聞かないヤツを相手にしても、力でねじ伏せちまう事が出来る。重荷どころか、完全にメリットじゃねーか。

 そんなメリットを重荷に感じたり、引け目を覚えたりするってのは、やっぱり心が弱いか…そうでなきゃ、バカじゃないのか?」

 「バカ…か。

 それは確かに…否定できないかな」

 ノーラは薄い苦笑を浮かべて答える。ロイは"そうだろ?"と視線で問い掛けてくるが…次ぐノーラの言葉は、やはりロイを肯定するものではない。

 「でも…弱くないよ。

 ロイ君や副部長がそう思ってしまうのは、仕方ないことだと思うけど…私は、そんな風に言えないな」

 「どうしてじゃ?」

 渚がそう訊けば、ノーラは薄く、ちょっと情けなさそうに微笑む。

 「私には…その()の気持ちが、凄く分かるから」

 「…? ノーラが? どうしてだ?」

 ロイが身体を起こし、片膝を立てて座り込んでノーラに尋ねる。するとノーラは、はにかみながら語り出す。

 ――はにかむのは、この話を説明するために、彼女自身の情けない過去を伝える必要があるからだ。

 「私ね…家族のみならず…故郷に暮らす一族みんなから、『現女神』になるよう期待をかけられて育って来たの。

 このユーテリアに入学させられたのも…『現女神』になるための修練を積ませるためなんだ。

 でもね…私はね…みんなから期待を掛けられていることは重々理解できたけど…そんな期待に答える気になんて、なれなかった」

 『現女神』になって、『天国』をもたらせ――それが一族から託された希望だ。その希望を背負わされたのは、ノーラが生まれて間もない頃からである。彼女が希有な魔力を有する事を把握されると、一族は騒ぎ立てて彼女の人生の道を『現女神』の方向へと仕向けたのである。

 だが…当のノーラは、その使命の重大さだとか、利点だとか、理解できずに居た。…いや、理解しようとすら思わなかった。

 彼女は単に、他の子供達と同じように、楽しく遊んで暮らしたいと思っていただけだった。世界でも指折りの金持ちのような幸せでなくとも、困窮に喘ぐことさえなければ、そこそこ幸せでいればそれで満足できた。

 大変な想いをする修練を課せられてまで、もっともっと上を目指す必要など、全く感じていなかった。

 「2人みたいに…高い志があるヒトなら、大きな能力(ちから)を天から授かれば、嬉しいだろうね。

 でも…そうでないヒトにとっては…そこそこの水準で満足しちゃうヒトにとっては…それは運べない位に大き過ぎる宝で…使い道すら分からない、混乱の元でしかないんだよ…」

 そう語ったノーラは、更にこんな例えを付け加える。

 「例えばね…学芸会の演劇で、人前に立ちたくないヒトが、主役に抜擢されちゃったとするじゃない…?

 中には…そういう状況に置かれた事で奮起して、練習の中で人前に立つ面白さに目覚める子も居るかも知れない。でも…そういう子は、恐らく…開花してなかっただけで、元々人前に立てる勇気がある子なんだと思う。

 そうじゃない…元来から人前に立ちたくない子は…主役という重責に苦しみながら…何で自分が選ばれたんだろうと悩みながら…本番の嵐を乗り切るまで、暗澹とした思いで日々を送ることになるんだよ…」

 「そんなに苦しいなら、最初(ハナ)っから断っちまえば良いじゃんか」

 ロイの語る事は、極めて真っ当な正論だ。だが、ノーラは(かぶり)を振る。

 「そういう子達にとっては……断るという行為自体が、高い壁なんだよ…。

 人前に立ちたくないって想いはね…誰かに笑われたくない…怒られたくない…間違いを皆の前に晒したくない…そんな臆病な想いなんだよ。

 そして臆病だから…断って、誰かに変な想いをされるのを…恐れちゃう。だから…断れないんだよ」

 そしてノーラは、「だからね…」と続ける。

 「そのニファーナって()は…そういう臆病な想いを必死に押し込めて、逃げる事を選んだ、勇気のある()だと思うよ。

 弱いヒトには…弱いヒトなりの勇気が、あるんだよ」

 「臆病者の強さ、というワケか」

 渚がそんな事を舌の上で転がし、ニカッと笑う。

 「そうやって言葉にすると、物凄くカッコイイ響きじゃのう」

 渚はノーラの言に納得したからこそ、そんな台詞を口にしてみせる。

 一方でロイも、ノーラの言に納得してはいたが…疑問符が一つ、頭の上に浮かんでしまい、眉をひそめながらノーラに問う。

 「なぁ、ノーラ。

 もしお前が『現女神』の座を手に入れたとしたら…お前も、捨てちまうのか?」

 ノーラは暫く目を伏せ、黙って考え込む。そしてたっぷり時間を掛けた後に、桜色の唇を開く。

 「どうだろう…"今の私"なら…どうするか、分からない」

 「"今の"?」

 ロイが訊き返すと、ノーラはゆっくり眼を開いて語る。

 「"昔の私"なら…この『星撒部』に入る前の私なら…そのニファーナって()と同じく、苦しみながらも役割を引き受けたと思う。

 それが…私達の一族の長年の悲願だし…私がユーテリアに入学させられたのも、その達成が目的だったし…。

 それに…私自身、このユーテリアで学ぶ他の目的や理由も見つけられなかったからね…。

 だけど…」

 ノーラは一度、ゆっくりと瞼を閉じて開くと――その新緑を思わせる碧眼に、真夏の木漏れ日を想起させる輝きを灯す。

 「今の私は…ロイ君や、立花副部長や…『星撒部』の皆と出会って…正直大変だけど、とても貴重な体験をしてきた今の私は…却って、どっちが良いのか分からなくなっちゃったんだ。

 立花先輩を否定するワケじゃないんですけど…何かから与えられた『神』の力を得るより前に、ヒトとしてもっともっと、強くなりたいと言う想いもあります。

 でも一方で…ロイ君と同じような意見になっちゃうけど、今の私が『現女神』になることで、世界をより良い方向に導ける手助けが出来るなら…その能力(のうりょく)を使うのも良いかな、とも思うし…。

 …うーん、結局は…得た『神法(ロウ)』の性質に依るのかも知れないな…。立花先輩みたいな、力強い問題解決能力を持てるなら…正直、大歓迎だけど…。誰かを魅了するだけのような能力(ちから)なら、要らないね…」

 「まぁ、何の能力(ちから)であろうと、結局は使い方次第で善し悪しが決まるとは思うがのう」

 渚は顎に手を置いてそう語るものの、ノーラの言を肯定して(うなず)き、ウインクして人差し指を立てる。

 「それでも、今のおぬしが、他意に流されることなく、自身の意志で選択した答えならば…それがどうであれ、わしは尊重するぞい」

 するとロイが「えー」と声を上げる。

 「オレはやっぱ、貰えるモンなら貰っといた方が良いと思うけどなー。

 貰いたくても貰えるモンじゃねーしさ」

 「ロイ君は、それで良いと思うよ。ロイ君らしいもの」

 そんな風にロイとノーラが語り合い始めた頃。渚はふと、窓の外へと視線を向ける。

 視界に飛び込んでくるのは、青々とした空。ユーテリアには四季というものは存在しないが、地球の地軸の傾きによる昼夜の長短や空の色の濃淡は反映されている。

 北半球に位置するユーテリアは、2月の終わり――暦の上では冬から春へと移り変わる季節だ。空は南中高度を増す太陽によって、その青色が徐々に明るい水色へと移り変わってゆく。

 「…もうそろそろ、春休みじゃのう…」

 渚は欠伸(あくび)をするような眠たげな声で、そんな言葉を口にした。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ――そこは、ユーテリアでもプロジェスでもない。しかしながら、地球上の南半球に位置する、とある都市国家の片隅。

 時間帯は、丁度夕餉の頃。繁華街は夕食や酒を求めるヒトビトでごった返し、光霊を主体とした派手に動き回る光源が店々をこれでもかとアピールしている。

 そこそこ繁栄している都市国家の繁華街ならば、何処ででも見られる喧噪。

 その中に置いて――一店舗だけ、時の流れに取り残されたかのように静まりかえっている場所がある。

 

 "本日休業"。

 そう書かれた札が入り口の扉に掲げられている割には、窓からは煌々(こうこう)たる明かりが漏れている。

 実際、店内に入ると、店主を初めとしてアルバイトのウェイトレス、店主の補助を努めるコックなど、従業員が揃っている。

 彼らは通常の影響日と同様、労働に勤しんでいる。厨房ではひっきりなしに調理が進行しているし、ウェイトレスはお盆を両手に抱えて、食欲をそそる香りが湯気に混じる、出来立ての料理を運んでいる。

 しかし、従業員達の様子は、非常に奇妙だ。

 料理人達は、必死の形相で食材や調理器具に向かっている。その"必死"は、単に精魂込めている…という様子ではない。それはまるで…喉元に刃を突きつけられている時のような、致命的な状況に身を(さら)している時の、まさに"必死"な表情だ。

 ウェイトレスに居たっては、その一挙一動に如実な恐怖が見て取れる。運ぶお盆はガタガタと震え、その上に乗った皿がガチャガチャと耳障りな音を立てる。それでも、料理のソースやスープを漏らさないよう、綱渡りでもしているかのような集中力を発揮し、料理を運んでいる。

 

 そんな従業員達が相手をしているのは、男女4人の客だ。

 店のやや入り口の方のテーブルに座り、高額なメニューを中心に注文を繰り返し、豪華なディナーを楽しんでいる。

 彼らの構成は、背丈的な意味極端に凸凹(でこぼこ)としており、人目を引きやすい。即ち――4人のうち2人が180センチを越える身長の持ち主で、もう1人は160センチに届かない程、最後の1人に至っては140センチにも満たない子供のような身長である。

 一番背の低い人物は、プロジェスの騒動に関わった"チェルベロ"隊員には、見覚えのある人物だ。キャラバンを思わせる、民族衣装的な模様を縫いつけた白いローブを身につけ、赤毛のボブカットからは猫状の耳がピンと姿を現している。"調達屋"ツィリン・ベリエルだ。

 彼女の対照的に、一番背が大きいのは、2メートル近い身体を誇る大男。体長に比べて体の幅がスマートなのでヒョロリとしても見えるが、身につけた衣装の上からでもガッチリと鍛えられた肉体が見て取れる――痩せているのではなく、体をダイヤモンドの如くコンパクトながら強固に鍛え上げているのだ。明るい青色を呈する髪の下、料理を口に運ぶ表情は冷たい刃のように無表情である。

 刃と言えば、彼の席の直ぐ傍の床には、彼の体長をも越える巨大な剣がズシンと置かれている。馬どころか、竜すらも一刀両断できそうなその剣は、彼が長年愛用している逸品である。

 この大男の名は、ヴァーザンク・グレイブン。知る者には"剣凄"――"剣聖"に(あら)ず――と呼ばれている。ちなみに、この4人の中で唯一の男性である。

 彼の隣の向かいに座るのは、2番目に高い身長を誇る大女だ。その頭の上には唾広の三角帽を乗せており、身長が更に高く見える。剣を扱うヴァーザンクとは対照的に、こちらはファンタジーゲームから抜け出して来たような"魔法使い"の姿そのものをしている。席には、先端に淡い翡翠色の宝玉をあしらった愛用の杖を立てかけている。

 彼女の顔は、その大柄な体格に反して幼げだ。よく言えば、悪戯(いたずら)好きの少年――少女のような可憐さではなく、少年のような活気が目立つ――のようである。悪く言えば――弱い獲物をいたぶって遊ぶ、ネコ科動物のような表情だ。

 そんな粗野な表情に応じるように、彼女の料理の食べ方は粗暴だ。空腹の獣が獲物の臓物に噛みつくような勢いで、殆どの料理を手掴みして口に放り込み、ガツガツと咀嚼する。スープを飲むときは皿ごと口に運び、ゴクゴクと一気に飲み下す。魔法使いの姿の割には、知性よりも野蛮さばかりが目立つ、妙な女。

 彼女の名は、エルルゥシカ・ボリャプキン。このような体たらくながら、知るヒトからの呼び名は"魔女"。この魔法科学が発達時代において、敢えて"魔女"の呼び名を有する彼女は、超異層世界集合(オムニバース)でも最高峰の魔法技術を有する、天才魔術師である。

 最後の1人は、横に並ぶエルルゥシカと対極的な雰囲気を醸す少女。[濡羽(ぬれば)色の、美しいストレートのロングヘアに、キッチリと着こなした純白の胴着と青の(はかま)が、花の如き清楚さと剣の如き鋭利な健強を醸し出している。椅子に座る姿勢は、背中に鉄の棒でも入っているかと疑う程にピンとして美しく、食器をキビキビと扱う一挙一動が絵画のような様になっている。

 少女はこの出で立ちが物語るように、剣士だ。しかし、ヴァーザンクと違い、己の獲物たる刀は座っていても腰に差しており、決して地面には置かない。どんな姿勢であろうとも、刀が邪魔にならないよう、幼い頃から体の一部として扱うよう修練を積んでいるのだ。

 この少女の名は、風祭(かざまつり)(つばめ)。呼び名は、特にない――それは他の3人に比べて実力が劣っている、というワケではない。しかしながら、知名度が低いというのは真実である。

 ただし、知名度が低い理由は、相対した敵は(すべから)く命を失っており、逸話を語る者が居ないからである。

 一見すると、共通性のない混沌とした面子である。しかし、4人には1つだけ、共通点が存在する。

 着込んだ衣装の何処(いずこ)かに、"I"と"WAR"の字で挟んだハートのマークを縫いつけている。即ち彼らは――悪名高き"戦争屋"集団、"ハートマーク"の構成員と云うワケだ。

 

 「いやいやー、良いね良いね、こりゃ良いねぇ!

 これからデカい仕事(ヤマ)って時に、このボリュームにこのカロリー! 魂魄の隅々にまでエネルギーが行き渡る、爽快感! かぁーっ、良いねぇ!

 流石は"調達屋"のツィリン様々、グルメの情報を扱わせても第一級でいらっしゃる!」

 豚の角煮を皿ごと口に運び、ザラザラと口の中に放り込んでグチャグチャと咀嚼しながら、エルルゥシカが絶賛する。

 「でも、エルルさんなら、この程度の料理は一度食べてしまえば、お得の魔術で幾らでも複製できるでしょう?」

 ツィリンが目の前のレアステーキをしずしずと切り分けながら、ニコニコと語ると。エルルは口の周りにベッタリとついた角煮の汁を拭きもせず、幅広の袖が揺れる腕をブンブンと左右に振る。

 「確かに確かに、そうなんだけどさー。あたし様ってば天才過ぎるからよー、味わった代物をそのままソックリ、寸分違わず複製しちまうんだわ。

 こういう風に、手作りならではのビミョーな差異をつけるってのが、中々難しくてさー。何をどれほどの振幅で配分すべきか、自然に実現しようとすると、結構ドツボにハマっちゃうんよ」

 「そんな振幅などに拘らず、ベストな一品を複製すれば事足りるのではありませんか?」

 ツィリンが至極真っ当な正論を語るものの、エルルゥシカは「チッチッチッ」と舌を鳴らしながら指を左右に振り、否定する。

 「それじゃあツマランじゃんか。

 アトランダムな要素があってこそ、この世は面白いのだよー!

 それは料理も然り! 毎日ソックリそのまま同じものじゃあ、飽きちまうじゃんか。少しずつでも差異があることで、ヒトは刺激を受け、感性を豊かにするってモンさ!」

 「…料理の味付けの誤差くらいで、そこまで大仰な結果がもたらされるモノですかね?」

 ツィリンは苦笑しながら肉を口に運ぶと、エルルはようやく口の周りの汁をペーパーナプキンでグシグシと拭いつつ、ニカニカ笑う。

 「いやー、あたし様みたいな天才でないと分からない機微かな、こりゃ。

 確かに、単に胃袋を満たすだけの連中は、そこまで頭回さんわな!」

 「…それはつまり、我々がお前に比べて下等であると、見下しているワケか?」

 そう指摘するのは、ヴァーザンクである。ただし、怒っている様子は全く見受けられない。刃のような冷たい鋭さはあるものの、金属の無感情さも併せ持った、空虚な言葉だ。何となく会話に混ざってみた、程度の発言のようだ。

 だが、エルルは極端とも言える程に大仰に反応する。ブンブンと首を左右に振って、慌てて否定する。

 「いやいやいやいや! ヴァー達の事を見下してるワケじゃなくて!

 一般人達(パンピー)の事を云ってるワケよ、一般人達(パンピー)の事!

 たーだたーだ、社会っつー蜃気楼の砦に(すが)って、世の(ことわり)に疑問符も浮かべない、愚民どもについて、もっとマシに成りたまえ! と言っているワケだよ、うん!」

 「その愚民の中に、オレ達が含まれている…と」

 ヴァーザンクは相変わらず無表情に告げるものの、内心では楽しんでいるのかも知れない。

 「あーもーッ! そうじゃねーってッ!

 何でそう、疑った見方をして突っかかってくるかなぁッ!」

 エルルゥシカが鍔広の三角帽の直ぐ下、両のこめかみの辺りを手で押さえて頭をブンブン左右に振り回して喚く。

 そんな彼女の隣で、鳴き交わす鳥の群の声にも動じずサラサラと流れる小川のように、泰然自若としてクリームソースの掛かったポークステーキを切り分けている燕が、ポツリと漏らす。

 「あまりに騒がしいですよ。

 こんな叫喚の有様では、折角の料理の味も香も損なわれてしまいます。

 少し、自重してくださいませ、エルルさん」

 「注意されんの、あたし様だけかよおぉぉッ!!」

 騒がしさを注意されても、エルルはブンブンと頭を左右に振って、更に声を張り上げる。

 

 4人の有様は――特にエルルゥシカの振る舞いによって――お祝い事のような様相を呈している。

 という事は、この店が表に"本日休業"と掲げているのは、彼らの為に貸し切り状態を作り出すため――ではない。

 本来なら、この日とて通常の営業日なのだ。そして、ほんの数刻前までは実際に、この夕刻のかきいれ時に乗じて、(あふ)れかえる程の客を抱えていたのだ。

 その証拠が、店内の至る所に"転がっている"が――それらは奇妙を通り越して、"気味が悪い"代物である。

 店内のテーブル周りやカウンター周りの椅子、そして通路の至る所に、その"気味の悪い代物"が配置されている。

 それは、ヒトの下半身だ。丁度ヘソくらいの高さでスッパリと切断され、上半身を失った下半身が、椅子に静かに腰掛けていたり、通路にゴロリと転がっていたりする。その数が余りにも多いし、凄惨な出血も見受けられないので、まるで装飾のようにも見えてしまう。

 だが、切断面を見れば、それが装飾でない事は一目瞭然だ。そこにはグロテスクなまでに新鮮な筋肉や皮下脂肪、臓器のスッパリとした切断面が露出している。内分泌液に濡れてテラテラと輝いている様や、足音に揺れてプルプル震える様から、それらが決して作り物でない事を物語っている。――正真正銘、本物の人体の切断された下半身だ。

 奇妙なのは、先述した通り、出血がない事だ。…いや、切断面には真っ赤な血液が今にも吹き出しそうな具合で露わになっている。しかし、血液達は切断された血管の末端から吹き出したりしない。見えない壁にでも阻まれているかのように、末端部分でピタリと停止しているのだ。

 この残酷な仕打ちを行ったのは、現在唯一飲み食いして騒いでいる4人である。そして店員は、彼らがこの大量のヒトビトをこの悲惨な有様へと変えた所業を目の前で見ている。だからこそ、彼らは恐怖で震えつつも、4人が機嫌を損ねるなどして自分達に牙を剥かないようにと平静を装い、文字通り"必死に"仕事に従事しているのだ。

 

 (どんだけ食えば気が済むんだよ…!)

 (金なんて要らないから、早く帰ってくれよ…!)

 (お願いだから、殺さないで…殺さないで!)

 時が経つにつれ、従業員の胸中の恐怖がブクブクと膨張してゆき、今にも破裂して号泣しそうな程の緊張感に苛まれている頃。

 ガチャン、チャリリン――景気の良いドアノブを回す音と、ドアについた呼び鈴が澄んだ音を上げる。来客を告げる音だ。

 (おいおいおい、誰だよ、何でだよ!

 "本日休業"の張り紙を見てないのかよ、ドアホッ!)

 店長は招かれざる客の到来に、4人が機嫌を損ねるのではないかとギクリとしたが。来店した客の身なりを見るなり、脱力と安堵、直後に更なる緊張と、泣き出したくなる諦観に襲われる。

 そこには、血の色のように真っ赤な長髪を(たた)え、夜の帳のような漆黒のコートに身を包んだ男が居る。コートには銀色に輝くスタッズがジャラジャラと張り付けられており、派手なミュージシャンを思わせるほどだ。

 そして、このコートに肩に張り付けられたハートのマークを見つけ、瞬時に理解する。

 (お仲間が、増えちゃったよ…!)

 ――店主の察する通り、この男は"ハートマーク"の一員。ザイサード・ザ・レッドだ。

 「おっ、マジで居た居た!

 おいーっす! ツィリン様のお声掛けで、ザイサード・ザ・レッド、参上ですよーだ!」

 ザイサードはおどけた調子で声を上げ、踊るようなステップで仲間4人の元へと近寄る。途中、通路に転がった下半身につま先をぶつけて顔をしかめると、指差しながら尋ねる。

 「おっわ、派手にやらかしてンねぇ!

 強制貸し切りたぁ、豪勢なこった!

 で、"どっち"がやったンよ?」

 すると燕がスルリとした動作でヴァーザンクを指差す。

 「決まっているでしょう。

 私の技では、血流のベクトルまで切断出来ません」

 「いやいや! 燕ちゃんだって、やり方次第で出来ちゃうんじゃないかなーって! そんな可能性に賭けてみたかったんヨ!」

 そう語りながら下半身を思い切り蹴って吹っ飛ばし、悠々と仲間のテーブルへとたどり着く。そして椅子が足りない事に気付くと、直ぐ隣のテーブルから椅子を引っ張り出し――上に乗っていた下半身は揺すり落とした――自分の席にしてドッカリと座る。

 こうしてテーブルを囲むのは"ハートマーク"5名となる。

 燕は先のザイサードの言葉を受け、顎に手を置いて少し(うつむ)き、数瞬何かを考えると。

 「…確かに、貴方にしては一理ある考え方だ。

 試行錯誤もせず、頭から否定して諦めていては、可能性を摘み取るだけ――正論だ。

 良い思案の材料を頂いた、感謝します」

 そう言って軽く頭を下げるものの、礼を言われたザイサード当人は、戸惑いとも不満とも付かない複雑な表情を見せる。

 「"貴方にしては"…って言い方、スンゲェ気になるんだけど…。燕ちゃんの中のオレって、どんな存在なワケさ?」

 燕はその質問には答えず、涼しい顔をして料理を口に運ぶ。"推して知れ"とも"知らぬが仏"とも言いそうな表情に、ザイサードはちょっと機嫌を損ね、頬を膨らませて()ねながら頬杖を付く。

 だが、キョロリと4人の仲間に視線を走らせると、直ぐに機嫌を直す。そして、ヴァーザンクに向かい、悪戯っぽい表情を作って語る。

 「ヴァーザンクよぉ、随分と良いご身分だったじゃないの。美女に囲まれて、旨い料理に舌鼓を打ってさ。

 オレ、お邪魔しちゃって申し訳ないねぇ」

 燕に向けられたからかいをヴァーザンクにぶつけて解消しようとしたのだが。ヴァーザンクは凍れる剣の様相のまま、肉料理を綺麗に切り分けつつ、こう語る。

 「その美女の中には、エルルの奴も入ってるのか?」

 その質問に即答したのは、ザイサードではなくエルルゥシカだ。

 「当然じゃーん!

 この空前絶後の頭脳明晰、才色兼備の超絶美女のあたし様がカウントされないワケねーじゃんかよぉ!」

 …そう語るエルルゥシカは、歯を剥き出しにして爪楊枝(つまようじ)で歯の隙間をほじっている。美女とは程遠い有様だが…確かに黙っていれば、多少童顔めいた可愛らしさのある、愛嬌のある顔立ちと言えないこともない。

 ザイサードは、ハハハ、と乾いた苦笑を漏らすに留めると。ツィリンに向かながら、腹をさする。

 「ここまで来るまでに迷っちまってさ、余分に動いたから腹ぁ減っちまったよ。

 ツィリンさんよ、オススメの料理って何さ? 出来れば、トマトかパプリカ、トウガラシでも良いな…真っ赤なヤツが良い」

 流石は"(ザ・レッド)"を姓に背負う人物。扱う能力(ちから)だけでなく、嗜好もまた赤色に染まっている。

 「それなら、この四川風担々麺がオススメですね。トウガラシをふんだんに使った、挽き肉と会えた真っ赤なソースを太麺に乗っけた料理です。空腹感を刺激するスパイシーさは勿論のこと、コシの強い麺と言い、挽き肉の旨味と言い、すばらしい赤の料理ですよ。

 そして残念ながら、このお店ではトマトやパプリカの料理は置いてません。赤と言えばトウガラシに由来するものが多いです、何せ中華料理屋なものですから」

 「オーケー、オーケー! そんじゃ、そいつにしよう!

 オーダーだッ、その担々麺ってヤツを取り敢えず一つだ!」

 ザイサードは声を張り上げて注文すると、ウェイトレスは「はひっ!」とうわずった声を上げ、厨房に駆け込んでゆく。

 料理が運ばれてくるまで暇を持て余すザイサードは、お喋りを続ける。

 「しっかしよぉ、オレ達が"箱庭"の外で5人も集まるなんてなぁ! 国家転覆どころか、惑星破壊にでも来てるみてぇだなぁ!」

 「確かに、こんなに集まるなんてこと、滅多にありませんよね」

 ツィリンがニッコリ笑って答える。

 「外食となれば、"旦那様"が料理人を呼びつけますからね。

 まぁ、"箱庭"の皆と楽しむもうとするなら、一店舗丸ごと貸し切っても面積が足りないですしね」

 "旦那様"。その言葉を耳にした途端、ザイサードは「ああーっ!」と叫び、真っ赤な長髪に手を突っ込んでは()(むし)り、テーブルの上に突っ伏す。

 「オレ、まだ"箱庭"に帰ってねーんだけどさぁ…おっかなくてよぉ。

 受けた仕事、完遂できなかったどころか、依頼人が逮捕されちまったモンよ。無様な成果と言われても仕方ない有様さ。

 "旦那"、カンカンに怒ってるだろうなぁ…」

 「そんな事はない」

 ヴァーザンクが皿を平らげ、ペーパーナプキンで口の周りを拭きながら即答する。

 「"あの方"は、些細な汚点になど頓着しない。

 お前が"戦争屋"らしく良い戦争を実現したのならば、"あの方"は憤ることはないだろう」

 「確かに、良い戦争だったとは思うぜ。そうは思うんだけどよ…完全な負け戦をやらかしちまったからよぉ。胸を張れないんだわ。

 ホラ、見てくれよ」

 ザイサードは椅子の上でクルリと体を回し、漆黒のコートに覆われた背中を見せつける。その中央には、ヘタクソなパッチワークで縫い合わせた、見苦しい縫合痕が縦一直線に走っている。

 「件の『星撒部』の連中と、そのオマケと交戦したんだけどよ。見事にスパーンと、真っ二つにブッタ斬られたちまったわ。

 お蔭で、お気に入りのこのコートがこの有様さ」

 「自業自得だろう」

 コップの水を飲み下してから、ヴァーザンクが言い捨てる。

 「また何時ものように相手を(なぶ)り遊んだ挙げ句、相手に成長を許したのだろう。

 成果に拘るのならば、出し惜しみなどせず、瞬時に全力を出して叩き潰すべきだ」

 「そりゃ正論なんだけどさ。こりゃ、オレの性分っつーかな、職業病だから仕方ねぇ」

 ザイサードは向き直りつつ、バツが悪そうに頭を掻く。

 「ホラ、オレってば呪詛使いじゃん?

 呪詛ってのは、一瞬でぶっ殺しちゃ中々集まらんものじゃんか? じーっくりじーっくり時間を掛けて、苦痛と絶望を嬲って絞り出さないと、質の良い呪詛は集まらんじゃんか?

 そういう作業が日常茶飯事な仕事ばっかしてるからよ、実戦だろうが何だろうが、その癖が出ちまうのさ」

 「…それで、この一週間ほど、敗北を喫した腹いせに、何処ぞに引きこもって拷問三昧に興じていたワケですね」

 燕が食べ終えた皿を脇の除け、口を拭きながら静かに、物騒な事を口走る。

 「あ、そんな事まで分かっちゃうの、燕ちゃん?」

 ザイサードが問えば、燕は早々にメニューを開いて次の注文を検討しながらサラリと答える。

 「血腥(ちなまぐさ)さが染み付いてますからね」

 「あー、でもね、燕ちゃん。ただの腹いせってワケじゃねぇんだぜ?

 これもれっきとしたお仕事なのさ。いやー、プロジェスに関わってばっかだったから、依頼が山のように溜まっちまっててさ。それを片っ端から片づけてたら、この有様ってワケさ。

 まぁ、ちょーっとは最近の精神状態による趣向が入ってるけど。それはそう、実益を兼ねた趣味の特権というか、役得ってヤツさ」

 ザイサードは"ハートマーク"のメンバーの中でも、かなり多忙な方である。彼の元に集まる依頼は、呪詛を扱って欲しいというものは勿論、"あの憎たらしい糞野郎に地獄を見せてやって欲しい"という類が大量に来る。単に頭に来たというレベルから、法で裁けない、もしくは法の裁きでは軽過ぎる罪人に真の地獄を与えて欲しい、というものまで様々だ。ザイサードは己の呪詛を集めるために、こうした依頼を嬉々として受けている。

 元来彼は、ヒトを"一思いに殺してくれ"と嘆願されるまでいたぶるのが大好きなのだ。

 「お蔭様で、今回の大騒動で使いまくった分の呪詛は、とっくに取り戻させてもらったよん。

 ヒトの憎悪様々~、ってヤツだな!」

 腕を組んで得意げに語るザイサードだが、質問してきた燕はとっくに興味を失っているようだ。震える手でザイサードに料理を運ぶウェイトレスに向かって手を上げて、注文をアピールする。

 ザイサードは燕の態度にむくれるかと思いきや、料理が運ばれてきた事で一気に上機嫌になり、「いただき~!」の嬌声と共に麺を大量に持ち上げ、一気に頬張る。口の中一杯に広がる肉の旨味と脂の甘み、そして遅れてやってくるピリリとした辛味が彼の舌を心地良く刺激する。ザイサードは両目をギュッと瞑り、感激の情を露わにする。

 「あーっ、マジ旨ッ!

 今まで穴蔵生活でさー、インスタントと"生肉"ばっかり口にしてたから、こんな手の込んだ料理は久しぶりだわ!

 ビバ、文明様々!」

 ザイサードの語る"生肉"は、勿論、いたぶった犠牲者の肉体に由来するものだ。生理的嫌悪を催す発言を耳にしても、仲間4人は全く動じない。流石は屍山血河の世界を日常とする"戦争屋"の面々である。

 「そういやぁ、プロジェスと言やぁよぉ、ツィリンちゃん」

 ザイサードは箸をヒョコヒョコ上下に動かしながら、ツィリンを差す。無礼極まりない振る舞いだが、ツィリンは気分を害することなく、ニコニコと応じる。

 「何でしょう、ザイサードさん」

 「前にプロジェスでデカいコンサートあったろう? その頃の復興に関わってじゃんか、ツィリンちゃん?

 今回、オレらが派手にブッ壊しまくっちまったんだけどさ、何か想うところとかあるでしょ? 勿体なかったなぁ、とかさ?」

 「いいえ、別に」

 ツィリンは相変わらずニコニコとして、サラリと即答する。

 「私は、商売人ですからね。お金を積まれて頼まれれば、二つ返事で引き受ける人間です。

 それが昨日の依頼者を叩き潰すような内容であっても、思い入れなんてありません。

 実際、そんな潰し合いに関わった事なんて、五万とありますよ。ほんの二、三日前に武器を調達して上げた組織に対して、彼らを完膚無きまでに叩き潰すための人材一式を派遣した事もありますしね」

 「はぁー。なるほど、商魂逞しいワケだ。

 でも、そりゃあ素敵な戦争になったろうねぇ」

 「ええ、とっても素敵な戦争でしたよ」

 ――"戦争屋"同士の会話は、ふとした事で匂い立つ程血腥(ちなまぐさ)い話題が、"今晩のおかずは何か"程度の気軽さで飛び出す。

 

 5人の会話も弾み、宴も(たけなわ)になってきた頃の事――。

 何の前触れもなく、ドガンッ! と大きな音が店内に響き、店の扉が吹き飛ぶ。

 直後、開けっ放しになった出入り口からバタバタと激しい足音を立てて雪崩込んで来るのは、紺色を基調とした魔化(エンチャント)が施された防具に身を包んだ、市軍警察治安部の人員達。その手には(すべから)く機銃が握られている。

 店員がコッソリと現状を通報し、助けを求めていたのだ。その結果、彼らの念願叶い、治安部が動き出したのだ。

 ――店員達としては、より戦闘能力の高い衛戦部の出動を希望していたかもしれない。しかし、市内で発生した事件であるに加え、街への被害も考慮し、通例に(なら)って治安部の機動隊が出動することとなったのだ。

 「おーおー? 何だ何だ? いきなりの団体様ご到着たぁ、この店は随分知名度高いみたいじゃんかよ、おい?」

 ザイサードは自分の席から見て背後に当たる治安部の団体を肩越しに眺めながら、おどけた調子で語る。

 彼を初め、"ハートマーク"達は機動隊の到着に全く動じていない。女性陣4人に至っては、チラリと機動隊に視線を走らせたものの、直ぐに料理へと視線を戻して食器を扱う。

 その脳天気な様子に、機動隊の隊長はフルフェイスのヘルメットの内側でこめかみに青筋を立てて、怒声を上げる。

 「動くなッ! 両手を上げろッ!」

 機動隊は店内の様子を通報にて把握していたが、肉眼で確認し、グロテスクさよりも異様さの目立つ惨状に純然たる怒りを爆発させている。

 「貴様ら、自分の犯した罪の大きさを認識して――」

 隊長が更に怒声を上げて、5人を威嚇した――その途中のことだ。

 

 隊長の声が、ピタリと止まる。

 それだけではない。機動隊から燃え盛るように立ち上る殺気と怒気が、突如目の前のボールが消えてしまったかのように、フッと消失してしまう。

 その状況が発生する直前、ヴァーザンクがチラリと機動隊に視線を走らせていた。

 彼は相変わらずの冷たい刃の視線で彼らを睥睨(へいげい)し、パチクリと一度、瞬きをした。

 その直後のことだ――機動隊の隊員達の胴に、恐ろしく速く、そして鋭い衝撃が一直線に駆け抜けていったかと思うと。彼らの上半身が――ただ1人だけを残して――(すべから)く下半身から切り離され、中空に舞う。その上半身も、不可視の(あぎと)によって丸(かじ)りされたように、バクンッ、と音を立てて消えてしまう。

 残された下半身は、やはり出血することなく、真紅に彩れた臓物が鮮やかな輝きを放つ断面を見せながら、床にゴロゴロと倒れて転がる。

 

 この所業の一部始終を見ていたウェイトレスは、思わず運んでいたお盆を料理ごと取り落とし、顔を真っ青にして立ち尽くす。一瞬の後、目尻にジワリと涙の粒が溜まるものの、ワッと泣き出すことはなかった。――泣き出せる程の心理的余裕がなかったのだ。

 一体、何が起きたのか。どんな(わざ)が使われたのか。ウェイトレスには勿論、知る由などない。

 ただ――店に居た他の客を排除したのと同じ現象を目の前にして、やはりこれは悪夢では無かったのだと痛感するばかりだ。

 「おいおいおーい、店主店主店主よぉ! 店主さんよぉ、ちょいとここに来いっつーのッ!」

 大声を張り上げたのは、エルルゥシカである。すると、厨房の方からドタドタと取り乱した足音を上げて、壮年に差し掛かった年代の小太りな、使い込まれた調理服に身を包んだ男性が現れる。

 「は、はい! ただいま!」

 上擦(うわず)った声を上げて、体をピンと伸ばして"気を付け"の姿勢を取った店主。そんな店主に対し、エルルゥシカは敵を前にして牙を剥き出しにした獅子のような壮絶な表情を作り、ドスの効いた声を上げる。

 「あたし様らはよぉ、ただただ旨い飯を楽しみたいだけだっつーの。

 ここらのクソ野郎どもをブッ殺したのもよぉ、飯が不味くなるからに過ぎないのであってよぉ」

 ――この店は味も良く、価格も決して高くない割にボリュームが良いことから、地元からよく愛されていた。特に、肉体労働者達が常連として足を運んでいた。

 "ハートマーク"の4人が来店して食事を始めた頃、入店して来た地元の荒くれた性格の常連が、「そこはオレたちの席だ」と難癖を付けてきた。それに構わず食事をしていると、彼らは4人に喧嘩をふっかけてきた。そして店内の客達が面白がり、ワーワーと騒ぎ立てた。

 この様子に静かに憤ったヴァーザンクが、機動隊に使ったものと同じ技で、彼らの体を斬り離してしまったのだ。

 「旨い飯を提供するのが仕事のハズのテメェらが、何で飯をマズくするような茶々入れるかねぇ!?

 そういうフザケた真似されんのよぉ、あたし様ったら、スゲェ腹立つんだわッ!」

 猛獣の剣幕で叫びつつ、エルルゥシカは右手を1人だけ残った市軍警察の隊員に向けると、"こっち来い"とばかりに指をクイクイと動かす。すると、隊員の体がフワリと浮き上がる。突然の事に隊員は手足をバタ付かせて、焦燥に駆られる。そんな隊員の意図に反して、彼の体は釣り糸にでも引っ張られたのような勢いで、グンッ、と宙を移動。エルルゥシカの眼前に引き寄せられる。

 (な、何する気だよ…!)

 フルフェイスの下で冷や汗をビッショリと掻く隊員が、エルルゥシカの獰猛な表情をビクビクと見つめていると。エルルゥシカが椅子に立てかけていた杖を掴みつつ、店主に向かって語る。

 「またフザケた真似するならよぉ――」

 語尾を強く言い切ったと同時に、エルルゥシカは杖の先端を隊員に向けると、クルクル回して振る。すると、先端に付いた宝玉から、輝きが粉のような有様で出現し、隊員の方へと飛来して(まと)わりつく。まるで、旧時代のファンタジーアニメーション映画のような光景だ。

 そして、この魔術行為の結果も、ファンタジーアニメーション映画を想起させるものだ。すなわち、隊員は自身に螺旋を描いて(まと)わりつく輝きをヒョコヒョコと首を回して追っていたが――やがてその身体が虹色に染まったかと思うと、ポン、というコミカルな小爆発音が響く。そして、白い煙が八方にボフンと散ると――隊員の姿が、消える。

 代わりに、親指に乗る程度の大きさの小さな緑色の芋虫が出現し、中空から床へポトリと落下する。

 これを見届けたエルルゥシカは芋虫を拾い上げて手のひらに乗せて、店主に見せつける。そして、牙がゾロリと覗く獣の笑みを満面に浮かべて、店主に語る。

 「今度、"こう"なるのはテメェらだよん?」

 ――転瞬、そこに居合わせた店主は勿論、ウェイトレスや、厨房の出入り口付近からこちらを眺めていた調理人達は、即座に理解する。――隊員が、芋虫に変じてしまったことを。

 ファンタジーアニメーション映画ではよくありがちなシチュエーションだが、こうして現実として目の前にすると――その行為は余りにも残酷で、身震いする程に恐ろしい。

 ――実際、エルルゥシカがやって見せた魔術は、恐ろしく高度で強烈な技術である。自身を変身させる魔術ですら高度であると言うのに、形而上相上の免疫機構を持つ他人の存在を、免疫機構を完全に無効化した上で、定義を上書きする。――地球どころか、超異層世界集合(オムニバース)の文明を集めても、実現できる術者は両手で数える程しかないであろう、強力な魔力。

 それをこのデカい身長の魔女は、片手間で実現してみせたのだ。

 店主を初めとする従業員は、この魔術の原理や価値を正確に理解せずとも、その大事加減を本能的に把握し、ドッと冷や汗を滝のように噴出させる。

 「も、も、申し訳ありませんでした…ッ! 以後、以後…絶対に、あなた様方の食事のお邪魔になるような事は、一切いたしませんッ!」

 店主は即座に下半身が転がる床に正座し、額を床に(こす)り付けて土下座する。その身体は、自壊してしまうのではと云う程にブルブルと強烈に震えている。

 その有様を見たエルルゥシカは、恐れる店主の様子を面白い見世物のようにでも思ったのか、ニンマリと上機嫌で(わら)う。

 「あー、分かったならオッケー、オッケー。

 早よう料理に戻って、あたし様達のオーダーをしっかりと作ってくれよぉ。

 くれぐれも、涙とか汗でしょっぱくなった料理なんて出すンじゃねぇぞ」

 「はい、はい、はいッ!

 勿論でございますッ!」

 店主はそう叫ぶと、小太りの身体からは想像も付かない素早さで立ち上がり、厨房の中へと駆け込んでゆく。途中、こちらを覗いていた料理人達に鬼気迫る表情を見せ、彼らを厨房の中へと押し込み、調理に専念するよう促す。

 フロアに残ったウェイトレスは、足をブルブルと震わせて棒立ちをしていたが。エルルゥシカがウニウニと蠢く芋虫を(もてあそ)びながら、チラリと視線を走らせると。

 「テメェもちゃんと働けよ。

 オラ、食い終わった皿がテーブルに残ってて邪魔なンだよ」

 「は、はいッ! 只今、お片づけいたします!」

 ウェイトレスはそうキビキビ叫ぶや、震えを出来るだけ押さえた動きで皿を集めて重ねると、そそくさと厨房へと駆け込んでゆく。

 残された"ハートマーク"5名の内、この直後に真っ先に声を上げたのはザイサードだ。しかし、その口から出た言葉は、従業人を気遣うものではない。

 「その芋虫、どうすンのさ?」

 そんな、とぼけたような発言である。それに対して、残り3名が顔を歪めることもない。飄々(ひょうひょう)と料理に向かっているのみだ。

 "ハートーマーク"のメンバーにとって、気に食わない存在は暴力的にでも排除するのは常識である。

 「んー、そうだねぇ。

 蝶になるまで飼ってみっかぁ。

 あたし様、最近小動物に飢えてたし」

 エルルゥシカはそう語りながら、芋虫をテーブルの上に乗せる。そして今度は杖を置き、左の人差し指をクルクルさせて輝きの粉を振りかける。すると、芋虫を囲むように周囲の空間が直方体の形に歪んだかと思うと――透明なプラスチックで四方が囲まれた飼育箱が生成される。中にはキャベツのものらしい、瑞々(みずみず)しい葉っぱがモッサリと敷かれている。

 芋虫は葉を認識すると、一心不乱に口をモシャモシャと動かし、餌を咀嚼し始めるのだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ――一連の惨殺事件の大凡(おおよそ)は、隊員の装備に埋め込まれていたカメラを通して市軍警察の情報部に把握された。

 情報部は直ちに映像を上層部に送り、事件への対応を検討する会議が開かれた――のだが。出席した市軍警察の幹部は、誰も彼もが事件への対処に対して消極的な姿勢を見せる。

 「…"ハートマーク"が、5人も居るのだろう? 対抗するのならば、衛戦部に任せるしかないのだが…」

 治安部の部長がそう語ってチラリと衛戦部の部長に視線を走らせると。衛戦部部長は顔色を青くし、表情を露骨にひきつらせる。

 「…確かに、対抗するなら我々が適任なのだが…。

 しかし、しかしだな…収束までに被る損害は、非常に甚大なものだと推定されるし…。

 しかも、しかもだな…隊員に命を賭してまで対応してもらってもだな…その…事態を収束できるとは約束できないのが…誠に、誠に遺憾ながら…現実であるし…。

 その…彼らを本気で打破するのならば、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)に動いてもらうのが、妥当ではないかと…」

 市軍警察で最も強大な戦力を有している割には非常に弱腰な言葉である。だが、対外勢力に対して常に高いアンテナを立てている彼らは、どんな敵がどれ程の脅威なのか、という情報を市軍警察内で一番よく把握している。

 そんな彼らからすると、"ハートマーク"はブラックリストの最上段に乗る、最要注意勢力であり…例え相手が1人であっても、分が相当悪い事を重々理解している。

 そんな衛戦部の意見を耳にした総務部の部長は、禿頭にビッショリと冷や汗を流して、組んだ手に隠れるようにして[[rb:頭<こうべ]]を垂れながら、こう語る。

 「…今回の件は、災害扱いということにしようじゃないか…」

 会議に出席している部長の数人が顔をしかめたが、そういう人間に限って地域部や交通部といった交戦を殆ど考慮しない部門の者達である。とは言え、総務部部長は"戦いを知らないお前達にそんな顔をされる謂われはない!"などとは決して口にせず、慌ててこう取り(つくろ)う。

 「す、既にこちらは多くの被害を被ってしまっている。し、しかも、相手はほぼ労力を掛けていない。そ、そんな相手と本気に交戦などしたら、ひ、被害の甚大さは、め、目に見えてる。こ、この都市国家(くに)すら潰れかねん!

 そ、それに! あ、あいつらは、食事をしに来ただけだと言う…! な、ならば、腹が膨れれば、そ、そのまま大人しく帰ってくれるだろ!

 ほ、ほら! 嵐と同じだ! 過ぎるまで我慢すれば、も、問題ない!」

 「だが、犠牲者はどうするんですか!? この食堂に局地的な嵐が発生して、それにやられてバラバラになりました、なんて説明するんですか!?」

 地域部の部長が険しい視線で睨むものの、総務部部長はそれよりも"ハートマーク"への交戦を恐れ、声を張り上げる。

 「な、なんとでも説明する! い、遺族には多めにお悔やみの金子(きんす)を持たせて、黙らせてやれ!

 じ、実際! 初めにやられた者達は、あいつらに対して礼を失した事をやらかしたら、こ、殺されてる! 自業自得だ、そんな奴らに、手厚い対応など要るものか!」

 ――こうして市軍警察は事態を静観するものとし、後日一部の市民から激しい抗議を受けることとなる。…勿論、市軍警察は黙殺に徹し、事件は時と共に有耶無耶(うやむや)になる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 さて、場は食堂に戻る――。

 

 「んでよ、みんなはこれから、何の予定が入ってンのよ?」

 ザイサードが料理を頬張りながら尋ねたかと思うと、「あ」と言葉を挟んで言葉を次ぐ。

 「ちなみにオレは、丁度この辺りで2、3件依頼が入ってるンで、それを片づけてから"箱庭"帰りかな。

 "旦那"が怒るんなら、もうちょっとフラフラするかなーって思ったんだけどさ。そうでないなら、久しぶりに自分のベッドでグデ寝するわ」

 「…賢人(セージ)さんは怒らなくとも、紫音(しおん)さんには殺されるかも知れませんけどね」

 そう燕がしれっと言うと、ザイサードは顔を真っ青にして表情をひきつらせる。

 「怖ぇ事言うなよ…! 有り得ない話じゃないだけに、スゲェ不安になるじゃねぇか!」

 「まぁ、"あの方"が手を出さないのならば、紫音殿も異存はあるまい」

 ヴァーザンクが口元をペーパーナプキンで拭きながら語ると、ザイサードはホッと一息吐く。――紫音と呼ばれる"ハートマーク"のメンバーは、ザイサードでさえ震え上がる程の実力の持ち主のようだ。

 「んでんで、みんなの予定はどーなのよ?」

 ザイサードが安心して語れば、まず口を切ったのはエルルゥシカである。

 「あたし様は、ヴァーと一緒に仕事さ」

 「お、2人掛かりとは、スゲェ仕事が来たモンだ!

 『女神戦争』にでも乱入しちゃったりするワケ!?」

 「まぁー、ちょいと似てるけど、別物の仕事だよん」

 エルルゥシカは芋虫の入った飼育槽を持ち上げてブンブンと振り、中の芋虫がビックリして身を強ばらせるのを見てニヤリと笑いながら言葉を次ぐ。

 「あたし様達は、『現女神(あらめがみ)』に着くのさ。

 んでもって、あたし様達の相手は『現女神』サマに楯突く愚民どもってワケ」

 「…それ、無茶苦茶ツマンネー仕事じゃね?」

 ザイサードがジト目で苦笑を作り、エルルゥシカを見つめる。

 只でさえ強い『現女神』の勢力に、化け物集団の"ハートマーク"が2人も加勢しては、民衆風情が幾ら束になっても敵うワケがない――それがザイサードの認識だが。

 「いやいや、そーでもないのよ。

 相手は中々やる手練れでねぇ、『現女神』サマも結構な歳月で手を焼いてるそうだよん。

 まー、土地柄的にも、かなり面白い種族が繁栄してる場所だからねん。アンタが想像してるより、断然楽しめるハズさね」

 「へぇー」

 ザイサードは返事をしながら、チラリとヴァーザンクを見やる。彼が相変わらずの仕草で淡々と料理を口に運んでいる様を見る限り、エルルゥシカの言葉に異論はないらしい。

 そこでザイサードは屈託のない笑みを浮かべると。

 「そりゃー、良かった。2人掛かりで出張った挙げ句、ショボい仕事だったなんてことにならないなら、万々歳だわな」

 と他意なく答える。

 ザイサードは次にツィリンと燕を見やり、次の予定は何かと尋ねると。真っ先に答えたのはツィリンである。

 「私は、近くの都市国家で一仕事ありますので、そちらを片づけます。

 燕さんは…お仕事終わりで、"箱庭"に直帰ですよね?」

 「…いえ。少し寄り道する用事が出来た。1人、黙らせてくる」

 燕の"黙らす"の意味は、勿論、"息の根を止める"ということだ。

 「ところで、ザイサードさん。1つ、訊きたいのだけど」

 燕が料理を切り分ける手を止めて尋ねる。ザイサードが手と表情で"何でもどうぞ"という仕草を取ると。燕は一言、こう呟く。

 「アリエッタ・エル・マーベリー」

 ――『星撒部』2年生にして、アルテリア流剣舞術を扱う、"斬らない剣士"の美少女の名である。

 燕は一息吐いてから、こう続ける。

 「交戦しましたか?」

 「いいや、残念ながら」

 ザイサードは肩を竦めながら答える。

 「オレが交戦したのは、相川紫ちゃんっつー、なんか意地悪そうな女の子だったな。それと…"チェルベロ"のおっさん」

 それからザイサードはハッと表情を変えると、少し意地悪そうな笑みを浮かべて燕に問う。

 「同門同士だから、気になるんかい?」

 「同門?」

 転瞬、燕の冷たい表情が露骨にガラリと代わり、鬼の如き険悪な表情へと変わる。

 「あんな偽剣術を扱う一派を同門と見なされるのは、心外この上ない。

 剣は所詮、ヒトを斬る道具。心に訴えるなんて虚無に心血注ぐ阿呆達と、一緒くたにされたくない」

 その余りの剣幕に、ザイサードはゴクリと生唾を飲みこんでから、バツが悪そうに苦笑する。その様子を見た燕は、ハァー、とため息を吐くと。

 「交戦していないのならいい。

 詰まらない相手だとしたらガッカリするから、確かめたかっただけ」

 ――この風祭燕とアリエッタの間には、とある因縁があるのだが。その話は後ほど、別の機会に言及するとしよう。

 

 さて、少し場の雰囲気が悪くなった事を察したツィリンは、今回の宴の主催者として、底抜けに明るい声を上げて雰囲気を柔らげる。

 「まぁまぁ、皆さん!

 "箱庭"の外で、この人数で集まれたことですし! ここは楽しくやりましょう!

 燕さんも、ザイサードさんは悪気があったワケじゃないんですから、そんなに気になさらず!

 皆さん、志を同じくする者同士、いがみ合うなんて無意味な熱を注がず! お互い仲良く、これからの多幸を願おうではありませんか!」

 そしてツィリンは、並々と次がれた炭酸ジュースを掲げると、より一層声を張り上げる。

 「良い戦争を!」

 すると残る4人は、ツィリンに(なら)って各々の飲み物を掲げて、唱和する。

 「良い戦争を!」

 ――こうして、最凶の戦争屋達の宴は続いてゆく――。

 

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