星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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War In The Dance Floor - Part 2

 ◆ ◆ ◆

 

 一方――。

 アルカインテール上空に数十と浮遊する、"パープルコート"の飛行戦艦群。そのうちの1つ、砲撃戦用の戦艦に焦点を当てる。

 

 砲撃戦用戦艦には、大きく2つのタイプの砲が装備されている。

 1つは、自動術式錬成砲と呼ばれるタイプのもの。"自動"の名を関している通り、機械仕掛けの装置一式が予めプログラミングされたロジックに沿って魔化(エンチャント)された弾丸や術式弾丸を生成し、砲撃を行うものである。このタイプの砲の利点は、なんと言っても、機械制御によって砲手の手間が大幅に減ることだ。更に、砲手が魔法技術にさほど長けていない、もしくは全く修得していなくとも、操作1つである程度の威力の魔術攻撃を行えることである。

 反面、デメリットとしてはプログラミングされた範囲でしか魔術を生成できないために、砲のシステムが持てる以上のポテンシャルを発揮することが出来ない点だ。これはつまり、敵がこちらのシステムでは対応できないような耐魔術特性または技術を持っていた場合、砲は単なる飾りになってしまうことを意味する。

 このデメリットを克服する砲として、もう1つのタイプである、術者弾倉砲と呼ばれる代物がある。魔術を使用できる砲手が自らの手で砲弾を魔化(エンチャント)、もしくは術式弾丸を生成し、これを用いて砲撃を行うというものだ。このタイプならば、術者の技量に応じて、非常に高いポテンシャルを発揮することが出来る。

 このタイプの砲にとっての課題は、照準だ。機械によって自動照準するものもあるが、術者以外の事象が砲の制御に介入することで術式が減衰してしまう、『余事象干渉』と呼ばれる現象が起きてしまう。ゆえに、卓越した砲手は、この現象を嫌って照準を完全に手動で行うことに(こだわ)ることが多い。

 

 術者弾倉砲の砲手が集まる艦内施設は、人海弾倉と呼ばれる。その場所は重力下環境での行動を目的とした飛行艦の場合、ほぼ確実に艦底に位置している。それは対空および対地攻撃の両方の利便性を計った結果である。

 今回、焦点を当てている艦でも例外なく、人海弾倉は艦底に設置されていた。その内部は同心楕円に設置された砲座が5段に重なった構造をしている。その有様は、楕円形の競技場の観客席のミニチュアと形容出来よう。

 砲座には漏れなく、魔術師達が席を埋めている。彼らは視力倍加の魔化(エンチャント)が施されたスコープを覗きながら、術式触媒がギッシリと詰まった弾丸を一度に複数個装填し、じっくりと術式を練り上げながら標的を定めては、発砲と共に攻撃用暫定精霊(スペクター)を放つ。鳥や翅蟲(はむし)や魚、はたまたは龍の形状を取る暫定精霊(スペクター)が空を高速で飛んだり泳いだりしながら、各々に内包された索敵ルーチンに従って標的を追い回し、激突しては噛みついたり、火を吹いたり、自爆したりと暴れ狂う。

 魔術師達の砲撃は、初めこそタイミングにバラつきがあるものの、次第に個々人ごとに一定の単純なリズムを刻むようになる。ある程度調整を終えた術者は、ある程度の微調整を含むとしても、術式を構築するまでの時間はほぼ一定に収束するからだ。なので、臨界を迎えた人海弾倉は、眠気を誘うほどに規則正しい射撃音の演奏会場と化す。

 しかし…この中で唯一、いつまで経ってもリズムが一定にならない砲手が居る。

 彼女――そう、この砲手は女性だ――の刻むリズムは、厳密には全くのカオスと云うワケではない。規則正しい間隔で5、6発を連射する、と云う点は始終変わらない。しかし、その合間には、準備時間が非常にバラついた――傾向としては、時間が経つほどに準備が長くなる――砲撃が1、2発混じっている。

 これらの砲撃のうち、前者の連射は非常にすばらしい戦果を上げている。一度の砲撃によって生み出された暫定精霊(スペクター)は、一気に10体もの癌様獣(キャンサー)やら死後生命(アンデッド)を戦闘不能に追いやるのだ。

 しかし、一方で…術式構築にたっぷり時間を掛けた砲撃は、激戦が繰り広げられている地域とはまるで見当違いの方向に撃ち放たれている。それが方向を急変させて、敵に奇襲を掛けるのならば理解もされようが――そのまま反応が消失してしまう事が多い。

 「あれ…ちょっとヤバいかな…?

 絶対に、見られたよね…?」

 術者は8度目のじっくりとした砲撃を終えてから数分後、桜色に彩られた唇からポツリとそう漏らしたが。

 「でも、まぁ…別に良いかな。目的は撃破じゃないし」

 すぐに楽天的な調子で語ると、砲座の近くに山と盛ったチョコレートから1つを掴むと、口の中に放り込む。

 そして、コロコロと口の中で弄びながら舐めつつ、スコープから目を離し、腕を組んで視線を殺風景な金属製の天井に向ける。

 「と言っても…索敵ルーチンは練り直さないといけないか。もう対策を始めてるみたいだったし。

 さて、今度はどうやって…」

 彼女がブツブツと独りごちていると。急に背後から、憤りを抑え込みまくった震え声が投げつけられる。

 「…さっきから一体何をしてるんだね、チルキス中尉?」

 彼女――チルキス・アルヴァンシェ中尉は、悪気なくチョコレートをコロコロと転がしながら、声の主へと振り向くと。やる気なさげなボンヤリとした敬礼をしてみせる。

 「どーも、少佐。

 見ての通り、砲撃ですよ」

 チルキスは、闇夜のような漆黒の髪に、小麦色よりなお濃いブラウンの肌をした、尖った耳を持つ種族――黒長耳(ダークエルフ)族の女性隊員である。ちなみに黒長耳(ダークエルフ)族は旧時代の地球における創作物語のように成長の遅い長命な存在ではなく、旧来の地球人とほぼ同等の寿命を持つ種族である。ただし、出身世界は地球に魔術をもたらす要因の1つとなった場所であることから、彼ら自身も先天的に卓越した魔法技術を扱える素質を有している。

 そしてチルキスは、種族の中でも非凡な実力の持ち主であり、"パープルコート"のアルカインテール駐留部隊の中でも突出した実力を持つ狙撃手且つ砲手である。

 そんな彼女が、時間を掛けて精魂を込めた攻撃を、わざとあらぬ方向へと撃ち放しているのだ。上官である"少佐"と呼ばれた男性にしてみれば、彼女が実力を鼻にかけて任務を軽んじ、遊びに興じているように思えたことだろう。

 事実、上官は不愉快そうにこう指摘する。

 「砲撃してるというのは、見れば分かる。が、さっきから君は、どこを狙って撃ってるのかね?

 時間を掛けて作り出した暫定精霊(スペクター)に限って、おかしな方向へ撃ち出しているようだが?」

 対してチルキスは、口の中で溶けかかったチョコレートを、歯を立てて噛み砕く。不快感を訴える行動だ。

 そしてチルキスは、黒く見えるほどに濃いブラウンの瞳を半眼にして、噛みつくような視線を上官に向ける。

 「検知できないんですか?

 昨日入都してきたユーテリアの学生の一派が潜んでますよ」

 生意気極まりない態度の返答に、上官はこめかみに青筋を立てながらも、平静を努めて問い返す。

 「ほぉ、ユーテリアの学生ね。確かに昨日、彼らは驚異的な戦力を見せつけているね。

 だが、今の戦況において、彼らを重要視する必要はあるかね? 彼らは戦闘に加担しているワケでなく、おそらくは保身のために状況を観察しているだけだろう。そんな彼らの撃破を最優先に行動するのは、合理的とは言い難いのではないかね?

 目の前で我々に迫る脅威を排除することこそ、重要ではないのかな?」

 するとチルキスは、新しいチョコレートを口の中に放り込んでから、悪びれもせずにしれっと語る。

 「でもこれ、大佐から直々に最優先任務として指示されていますから」

 「ヘイグマン大佐から!?」

 上官は驚愕と狼狽で目を見開きながら問い返すと、チルキスの返答を待たずに言葉を次ぐ、「私は聞いてないぞ!」

 「大佐は私しか呼び出していませんでしたし。私も少佐に報告してませんでしたから。直属の上官に話を通せ、とは言われていなかったもので」

 「…それでも報告するのが、組織というものだろうがっ!」

 「はぁ、そうですか。

 てっきり大佐が少佐に話を通しているものだと思っていましたよ」

 チルキスが反省の色も狼狽も見せずに淡々と――むしろ、時間の無駄とでも言いたそうな無機質な態度で言い返す有様に、上官のこめかみに青筋が浮かび上がる。

 怒声が咽喉(のど)元までせり上がってきたが、上官はグッとそれを飲み下した。上官である彼が下士官であるチルキスに遠慮する形でストレスを溜め込む選択を採ったのには、勿論、理由がある。

 第一に、アルカインテール内の組織の最上位であるヘイグマン大佐からの直々の任務を(ないがし)ろにしろ、とは言えないこと。第二に、大佐の任務をこなしながらも、片手間ほどの時間に彼の指示にも従って敵勢力の攻撃をし、この人海弾倉内で最大の戦果を上げているのがチルキス中尉であること。そんな彼女を叱りつけては、彼女自身の志気が下がる可能性が高い。

 そして第三に、部隊内では隊長である彼よりも、多大な戦果に寄与しながらも、結果を誇示せず静かに実績を出し続けるチルキス中尉の方が人望があること。中尉への悪態は、彼女自身だけでなく、周りの志気にも関わってしまうのだ。

 だから上官は、怒声を出したくて震える舌を必死に抑えながら、一つ咳払いをして気持ちを更に鎮めると。事務的な口調になるように努めながら尋ねる。

 「…大佐から直接受けた任務とは、どのようなものだ? 君の直属の上官として、把握しておきたいのだが」

 任務を受けた状況から鑑みると、機密性が高いものの可能性も十分考えられたのだが。チルキスはチョコレートを舐め転がしながらスコープに接眼し、淡々と率直に答える。

 「地下の避難民が地上に送り出した偵察部隊を、撃破するのではなく、戦地に引きずり出せ…というものです。偵察部隊には間違いなく、昨日入都したユーテリアの学生たちが含まれているので、彼らを引きずり出すことで『バベル』の(エントロピー)を確保したいんだそうです。

 ただし、『バベル』が起動後は速やかに撃破し、『バベル』の活動の障害にならないようにしろ…との命令も受けてます。

 生かさず殺さず、という部分が正直、面倒な任務ですよ」

 「…その内容をすぐに私に伝えてくれれば、君がその任務に集中できるよう取り計らったものを」

 上官は頬をピクピクさせながら語る。大佐の命令にも敬意を払わず、あっけらかんと"面倒"と言い放つチルキスが気にくわなかったのだ。

 しかしチルキスはそんな上官のことを意に返さず、スコープで蒼治達の装甲車が走っている方向をしっかりと追う。スコープには光学視認の他にも、大気振動や重力移動を視覚化する機能もついているので、単純に建物の陰に隠れるだけでは視認から逃れることは出来ない。

 チルキスは蒼治が展開する迷彩の方術陣を解析しながら、上官にぼんやりと言葉を返す。

 「いえ。あからさまに避難民(ひょうてき)にばかり攻撃していると、すぐに怪しまれて迷彩を使われてしまいますからね。

 流れ弾に見せかけることも兼ねて、気晴らしと艦の防御のため、そして上官殿の顔も立てるために、敵勢力の排除にも従事していたところです」

 "顔を立てる"という言葉にどことなく皮肉を感じたが、上官は素直に親切と受け取るよう自分に言い聞かせ、更に口を開こうとした、その時。

 気配を感じたのか、チルキスが口早に釘を刺す。

 「少佐、すみませんが黙っててください。相手はかなりの方術の使い手なので、気が散ると迷彩に負けて見失ってしまいます」

 「あ…」

 上官は間の抜けた口の開き方をして、そう言葉を絞り出してから…顔を真っ赤にする。いくら自分に言い聞かせても、中尉の敬意のない態度には苛立ちを覚えずにはいられない。

 もはや上官の存在など全く気にせず、新しいチョコレートを口に放り込んでは、無言のままスコープを覗き続けるチルキスを、拳を震わせながら火を吹くような視線で睨みつけている…と。突如、上官の耳に装着された通信機に、艦橋のオペレーターから緊張した声が入る。

 「ラウヌ少佐。哨戒部隊からの報告です。未確認の飛行鑑が一隻、入都してきた…とのことです」

 「何!?」

 対する上官は、オンにした口元のマイクに対して、マイクが壊れるほどの大声をぶつける。

 (ま、まさか…もう別部隊が、この都市国家(アルカインテール)に入都したのか!?)

 上官はゾッと冷や汗を吹き出すと、静かにスコープ越しに索敵を続けているチルキスの肩を、トントントントン! と素早く(したた)かに数度叩く。

 術式解析の集中を乱されたチルキスは、ガリッ! とチョコレートを噛み砕くと。スコープを覗く眼を不快そうにギロリと細めて、冷淡に言い放つ。

 「今、標的のマーカー中です。集中させてください」

 「それどころの話じゃない! 今回の作戦そのものが、ここで終了になるかも知れないんだぞ!」

 動揺しきって叫ぶ上官の様子に、人海弾倉の砲手の大半が思わず視線を彼に向ける。が、当のチルキスはチラリとも視線を向けずに、

 「はぁ、そうですか」

 と口早に語るに留める。

 そんな彼女の無関心さが更に上官の焦燥を煽り、彼はチルキスの方をユッサユッサと激しく揺らす。

 「マーカーなんぞ後でも良い! 今はともかく、3時の方向を見てみろ! そして映像を、私の方にも送れ!」

 狼狽混じりに命令を下すが、チルキスの反応はやはり冷淡である。口の中でほぼ溶けかけたチョコレートをガリガリ噛み砕きながら、肩を揺さぶる上官の手を乱暴に弾き飛ばす。

 「だから、集中させて下さい。相手は相当の手練れなんですから、ここで見失ったら発見は極めて困難になります。大佐に任務完遂できなかったのは少佐がバカやらかした所為だった、って言いつけますよ」

 そう釘を刺されても、上官は狼狽の色を消さず、激しく唾を飛ばしながら叫ぶ。

 「所属不明の飛行艦が入都してきたんだ! ユーテリアの学生どもの通報で駆けつけた、どこかの部隊の可能性が高い!」

 この言葉に、ギクッと体を強ばらせた砲手が何人も表れる。上官の言葉が本当ならば、本作戦は成果を上げないうちに中止となり、非道な行為を秘密裏に続けてきた部隊は丸ごと制裁を受けることになるからだ。部隊責任者ではない一兵卒がどれほどの罰を受けるかは皆目検討がつかないが、それ故に胸中で不安が大きく膨らむ。

 しかし…チルキスは飽くまでも非常に冷静だ。桜色に彩られた唇から、はぁー、と落胆の暗い色に染まったため息を吐くと。スコープから全く目を反らさぬまま、こう尋ねる。

 「それ、たった1隻なんですよね? 少佐は、艦隊って言ってませんでしたし」

 「ああ、そうだが…」

 「それじゃ、決まりじゃないですか。

 相手は、お仲間(エグリゴリ)じゃありません。おそらく、ユーテリアの学生の援軍でしょう」

 「確認せずに、何故そんな事が言えるんだ!?」

 上官は口の端に唾液の泡を作りながら、相変わらず唾を飛ばしまくって叫ぶ。その飛沫が艶やかな黒髪に接触することに不快感を隠せぬチルキスは、ピクピクと片眉を震わせながら、再度、はぁー、と深いため息を吐く。

 「我々(エグリゴリ)に籍を置く戦力は、個人の技量の如何に関わらず、戦場下においては例外なく個体行動は取らない。それは大鉄則じゃないですか。

 例えそれが、哨戒任務中の飛行艦だろうと、斥候だろうと変わりませんよ。だって、我々(エグリゴリ)は戦闘の勝利は勿論ですが、貴重な人材の浪費を極めて嫌いますから。

 単独任務なんかで先行して、逆上した私たちにみすみす轟沈されてしまうようなリスクは、絶対に取りません。

 士官教育課程で徹底的に叩き込まれたルールだと思うんですが、少佐はあの厳しいカリキュラムの内容をポンと忘れられるようなお気楽な頭の持ち主なんですか?」

 「あ…」

 上官は、生意気な態度のチルキスを叱りつけることもできず、単に口をパクパクさせるばかりだ。彼女の言葉は、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)に籍を置く士官ならば、ぐうの音も出ないほどの正論であった。

 そんな少佐の無様な姿を見た砲手たちは、失笑を隠さずに、各々砲撃任務に戻る。

 そんな時、チルキスが、チィッ、と思い切り舌打ちした。蒼治達の装甲車をトレースするマーカー術式が不十分なまま、蒼治の迷彩方術陣が完成してしまったのだ。だいたいの居場所は検知出来るものの、精度は非常に低くなるため、生成した暫定精霊(スペクター)が標的を発見できずに消滅してしまう"空撃ち"になってしまう可能性が高まってしまった。

 「…少佐のバカ話の所為で、大佐の任務の遂行の難度が上がっちゃったじゃないですか。

 今回のこと、大佐には絶対に報告させてもらいますから」

 「あ…そ、その…す、すまない…」

 少佐はオロオロと謝罪する。そして、この失態をどう埋め合わせるべきかと考えあぐねているようで、その場でソワソワと視線を巡らせたり身を揺すったりしている。

 この所作がとんでもなく気に障るので、チルキスは刃のような鋭く口調で彼を(いさ)める。

 「所属不明艦が気になるなら、艦橋に戻って情報収集に勤しんでくださいよ。もしくは、大佐に指示を仰ぐとか。

 ここでオロオロされると気が散って仕方ないです。

 それとも、また私の脚を引っ張って大佐の任務の邪魔をしたいんですか?」

 少佐は「あ…」とか「ぐ…」とか呟きながら言葉を探していたが。やがてガックリとうなだれると、トボトボとした足取りで人海弾倉から艦橋方面へと向かうエレベーターへと去って行った。

 上官の姿がすっかり見えなくなると、いずこかの砲手が失笑混じりで、

 「中尉、ご苦労様でした」

 と(ねぎら)いを述べる。これにはチルキスはニヤリと口角を釣り上げずにはいられなかった。

 …が、すぐに口を一文字に引き結ぶと。脳裏におぼろげに描画される標的付近の形而上相のマップに集中する。

 (…どうしようかな。バカ少佐にちょっと脚を引っ張られてる間に、かなり厄介な迷彩を立てられちゃってるな…。

 様子見を兼ねて、簡単な暫定精霊(スペクター)を放ってみる? それとも、もう相手はこっちの意図を知ってるんだし、派手に広範囲用の攻撃で(あぶ)り出してみようか…?)

 そんな思索をあれこれ巡らせている最中…チルキスの顔が、次第にニンマリと緩んでゆく。そして遂には、ケーキを前にして(よだれ)を垂らして興奮する幼子のような、凄絶な嗤いが浮かび上がる。

 そう、今この瞬間、チルキスは興奮している。

 いや――彼女の興奮は、今に始まったことではない。スコープで覗く先に居る蒼治達との狙撃戦の間ずっと、彼女の顔には嗤いが浮かんで絶えないのだ。

 チルキスには、蒼治達との攻防が(たの)しくて堪らないのだ。

 (あのバカ上官の所属下になった時には、私の技術は飼い殺しになるんだと思ってたけど…! こんな機会に巡り会うなんて…!)

 チルキスが砲手、ひいては狙撃手と云う兵種を選択した理由は単純明快である。銃を扱うのが好きだからだ。

 地球圏治安監視集団(エグリゴリ)に所属する前、彼女は故郷で狩猟に携わって暮らしてきた。幼い頃は弓矢を使っており、狩りの楽しみは覚えることができたものの、常々物足りなさを感じ続けてきた。だが、成人と認められる15歳になり、銃の使用を許可された彼女は――即座に銃の虜となった。

 最初は、弓矢より格段に強烈な手応えに興奮を覚えたものだが。次第に、弾丸に込める術式の構築方法や、いかに余事象干渉の影響を減じるか、といった課題にのめり込んで行った。気が付けば彼女は、一族で最も腕の立つ猟師となっていた。

 やがて野生動物では物足りなくなった彼女は、もっと強い獲物を求めて、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)へ入隊する。彼女の動機は不純と言えるだろうが、天下の地球圏治安監視集団(エグリゴリ)とて優等生ばかり飼っているワケではない。むしろ、チルキスのように自分の興味や技術を活かそうと入隊する連中の方が大半を占めているのが実状である。

 チルキスは尉官を与えられる前は、様々な戦場の前線で狙撃手としての腕を遺憾なく振るっていたのだが…尉官となり、配属が都市国家の駐留軍となってからは、実戦の中で自身の力を存分に発揮する機会を中々得られず、腐っていた。チョコレートを湯水のように食べ始めたのも、この頃からである。

 だが今…彼女の不満は、一気に吹き飛んでいる。むしろ、これまでの我慢は今この瞬間のための"じらし"だったのだと、ポジティブな考えさえ浮かぶ。

 (ゼオギルド中佐の部隊での配属だったら、地上で直接交戦出来て楽しめたかも知れないけど…。あの中佐、ネジが吹っ飛んでるから、あんまりお近づきになりたくないんだよねぇ…。

 そう考えると、この距離感での戦闘がベストなのかも)

 興奮に突き動かされるがまま、胸中で独りごち続けながらも、スコープ越しの形而上相視認では、蒼治達の居場所を探り続けている。脳裏に浮かぶ術式がワイヤーフレームのように3次元的に立体化した形而上相では、装甲車は極めてファジーな輪郭を持つ大きな半球として描画されている。この半球内のいずこかに装甲車の本体が存在するのだ。

 (…よっし、(あぶ)り出すことにしよう。迷彩の突破は無理そうだし)

 心に決めたチルキスは、スコープを覗いたまま、右手で弾丸を一気に銃数個掴むと、砲座の装填口に次々と放り込む。暫定精霊(スペクター)を生成して行う砲撃では、一発の射撃が一発の弾丸で行われるとは限らない。弾丸にこめられた術式溶媒を一気に数発分消費することで、より強力で複雑な性能を持つ暫定精霊(スペクター)を生成することが出来るのだ。

 (今度は3匹で、行ってみようか。

 さぁて、どんな風に(さば)くのかな? それとも、白旗揚げちゃうのかな?)

 チルキスはチョコレートの味がまとわりついた甘い舌で桜色の唇をペロリと舐めると。砲身に魔力を集結し、術式の構築を開始する――。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 "パープルコート"の名狙撃手であるチルキスは無視を決め込んだものの…"パープルコート"の飛行戦艦の大部分は、突如入都してきた所属不明の飛行艦に注目していた。

 この行動は、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)ならずとも、如何なる軍隊においても合理性に欠けたものと言える。すでに交戦が繰り広げられている戦場で、戦闘用艦が戦闘よりも情報収集に力を入れるなどという愚行は、戦艦本隊のみならず支援対象の兵士たちにとっても致命的な事態を招きかねない。

 それでも所属不明艦への注視をやめられないのは、"パープルコート"の士官達は本隊の登場を酷く恐れているからだ。彼らは自分たちが携わっている『バベル』計画の非人道性を重々承知している。非難を覆せるだけの成果を上げられていない今、本隊にやってこられては、(すべから)く除隊処分となるに加えて、厳罰を与えられることだろう。

 厳罰として課せられる処分を想像するだに、士官達は足を震わせる。生命の尊厳を弄ぶような不当行為への罰は、同様に生命の尊厳を剥奪させるような類の処分を課せられることが多い。死ぬことも許されず、苦痛と怨嗟を与えられ続け、生じるネガティブな精神力をエネルギーに転換する"地獄炉"にブチこまれるか。はたまたは、クオリアを剥奪させられた"哲学的ゾンビ"として、延々とした社会貢献に従事させられ続けるか。その他の考えられる懲罰にしても、恐ろしい類には違いない!

 所属不明艦は果たして、本隊の所属なのか!? 哨戒艦からの報告も待てず、戦闘用艦までもがセンサーを総動員して所属不明艦の正体を探る。

 

 さて、注目を浴びる所属不明艦とは、一体どのようなものなのか。哨戒艦が分析中のデータを述べていこう。

 まず、形状。胴体部は巨大なコンテナのように四角い。丸みを帯びているのは、艦首から突き出しているコクピット部分だけだ。そして、幅広の巨大な翼を持っており、翼には推進機関として精霊式ジェットエンジンが搭載されている。

 この形状を確認した士官達は、まずはホッと胸を撫で下ろす。明らかに、戦闘用艦の形状ではないからだ。むしろ、民間企業の大型輸送機に似た形状をしている。

 次に、装備。哨戒艦が搭載している哲学識センサーによれば、"武装"と認識される装備は検知されなかった。その事実に士官達の安堵が大きくなった…のも、束の間のこと。直後、エンジンに関する解析結果を耳にして、彼らの顔がギクリと引きつる。

 翼に装備された精霊式ジェットエンジンは、形状のみに着目すると、民間企業で広く使用されている極々一般的な代物に見える。しかし、エンジンの機構を形而上相から確認した結果、民間企業では考えられないほどの高性能を誇ることが解明されたのだ。風霊を主体としながらも、絶妙の配合でその他の属性の精霊を機構に取り込んだこのエンジンは、高いエネルギー効率と推進力を実現しているだけでなく、副次的に機体のバランス制御や空気抵抗制御を非常に緻密に調整出来る機能を持っていたのである。

 (やはり、本隊の艦が非常に巧妙に擬態化したものなのか!?)

 士官達がゴクリと固唾を飲んでいると、更なる奇妙な報告が為される。

 「コクピット部のところに、人が座っています!

 高高度対策の装備や魔化(エンチャント)の反応は見当たりません…丸腰の状態のまま、です…!」

 このような旨の報告を受けた士官達はすかさず、対象の人物をスクリーンに映すように指示する。

 魔法技術が普及したこの世界において、戦場で最も警戒される人物は、"丸腰に見える者"である。このような人物は、2種類に大別される。単なる命知らずのバカか。それとも、下手の装備が(かえ)って足手まといになるほどに、高い能力や技術を持つ"危険物"か、だ。

 本隊の影に怯えて臆病になっている士官達は、当然、後者である可能性を考えたのである。

 (まさか、本隊所属の特殊戦闘員では…!?)

 胸から飛び出しそうなほどに暴れ回る鼓動を必死に抑えながら、人物がスクリーンに拡大表示されるのを待つ。ほんの数秒ほどの待機時間であるが、士官達にはひどく長い時間に思えたかも知れない。そうしてようやく、スクリーンに人物の拡大映像が表示された瞬間…彼らは一様に、困惑した。

 対象の人物は、確かに報告された通りに、丸腰である。身に着けているのは、赤が目立つ裾長のコートであるが…地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の礼服のコートとは、明らかに作りが違う。洒落(しゃれ)た作りのカジュアルなコートで、戦闘には大凡(おおよそ)向かないものだ。加えて、コートの隙間や顔面には、民族衣装を思わせる彩り鮮やかな布が巻かれている。その有様は一見すると、カラフルな包帯を想起させる。

 そんな出で立ちをしたこの人物は、若い男性である。長く延ばした黒髪を風になびかせるままにし、風の愛撫を歓迎するように微笑みを浮かべている男。

 懲罰に来た、と云う割には、覇気が無さ過ぎる。

 (それとも、罰を与えるのを楽しむような、問題児的性格の持ち主なのか…?)

 なんとも判断できず、拍子抜けと緊張が入り交じった感情を抱いた士官達は、ジットリと冷や汗を流しながら首を傾げるのであった。

 

 一方。士官達の好奇の視線が注がれる所属不明艦では。

 「うわぁ」という男女1組の声が操縦席に漏れた。

 しかしこの声の質は、男と女の声で随分と違う。男の方はほとほと困ったような声音であったのに対して、女の方の声は面白いものを見つけた幼子のような興奮が混じっていた。

 男――星撒部1年生の神崎大和が、己の額をピシャリと叩いて呟く。

 「"事が起こるまでは上空からの状況監視"って、蒼治サンに言われてたけどさ…もう、随分と本格的にドンパチやっちゃってるじゃないッスか…」

 大和の感想は、前方のパノラマモニターに写るアルカインテール上空の光景を受けてのものだ。結界によって外部から遮断された空には雲一つなく、大和の飛行艦からはアルカインテールのほぼ全域が一望できる。そんな空の3分の1ほどが、黒々とした羽虫の群のような蠢く点によって塗りつぶされていた。望遠倍率を上げなくとも何が起こっているのかは用意に想像がつく――"パープルコート"とその他の競合勢力が入り乱れての乱戦が展開されているのだ。

 「ドンパチ、上等じゃんっ!」

 操縦席のすぐ後ろ、背もたれに体を預けてモニターに見入っていた女の子――キツネ型獣人属のナミト・ヴァーグナが、胸の踊るような歓声とともに、威勢良く拳と掌をバチンッと打ち合わせる。

 「あたし、何か起きるのを待って、ただひらすら待つだけ、って苦手だからさー! もうドンパチやってくれてる方が気楽だよーっ!

 よーっし、早速出撃の準備をっ!」

 「ちょっ、ナミちゃん、待って待って!」

 早速操縦室から飛び出して行こうとするナミトの気配を察して、大和が慌てて振り返りながら引き留める。

 「まずは、蒼治先輩に連絡するのが先決ッスよ! 予定が狂っちゃってるンスから、ちゃんと意識合わせしないと、援護に来たはずのオレ達が足を引っ張りかねないッスよ!」

 大和は普段の軽薄でだらしない態度とは一転した、思慮深い正論を口にする。彼は戦闘の有無に関わらず、任務の中では常に能力を使い続けるような重労働に就くことが多い。その経験から思慮深くならざるを得なかった、という一面を持っているのだ。

 ナミトも、今回は自分の寝坊で足を引っ張っていることを反省しているらしく、しぶしぶと言った様子で大和の言葉に従って足を止める。

 「…むー、仕方ないなぁ。今回は、おとなしくぼーっとして待ってるよ」

 「いやいや、ナミちゃん、ぼーっとしてる暇は無いッスよ。

 蒼治先輩に予定より遅い到着になったことのお詫びを兼ねて、今からの指示を仰いで欲しいッス」

 するとナミトは、露骨に顔を不機嫌にゆがめて、「えーっ!」と反抗的な声を上げる。

 「なんで私が、お詫びしなきゃならないのー!?

 蒼治先輩は、あたしの寝坊のことはとっくに許してくれたよ!?

 今回予定以上に遅くなったのは、大和っちの所為じゃんよーっ! お詫びなら、大和っちが言うべきだよーっ!」

 すると大和は、苛立ちと申し訳なさが反目するように眉をピクピクと動かしながら、ぎこちない笑みを浮かべて反論する。

 「いや…確かに、そうなんだけどさ…でもね…」

 大和がナミトの指摘に苛立ちだけでなく"申し訳なさ"を感じているのは、彼自身も今回の到着の遅れに後ろめたさを感じているためである。

 蒼治と最後に連絡をとった時は、「あと15分ほどで到着予定」と告げていたが…実際にアルカインテールに入都したのは、実に40分以上も経過してからのことだった。

 この間にかかった手間と言えば、アルカインテールを覆う結界の突破がある。しかしそれは、イェルグによる空と空を繋ぐ行動によって、ほんの数秒で成し遂げられていた。それでは、一体何が大幅に時間をかけていたのか。

 それに関して、艦の操縦パネルに埋め込まれた大和のナビットから、穏やかな口調のフォローが響く。

 「いやいや、ナミト、そう大和を責めてやるなよ。

 今回を失態と言うなら、その元凶はオレにある。

 大和が時間かかっちまったのは、オレのために最善中を最善を尽くした結果なんだからな。だから、責めるなら、オレを責めるのが真っ当ってもんさ」

 そう語るのは、艦の上で丸腰同然ながら目につく派手な格好をした2人の先輩、イェルグ・ディープアーである。

 「いや、イェルグサンの所為じゃ無いッスよ! オレがこだわりにこだわりまくっちまったのは、事実ッスから…!」

 映像通信でもない相手に対して、大和がオタオタと手を振りながら擁護の言葉を漏らす。

 2人の男子生徒がフォローし合う、入都の際に生じた長時間の手間。その真相は、大和によるイェルグ用の戦闘機の作成作業である。

 先刻、イェルグが蒼治との通信の中で言った通り、彼は大和に戦闘機の製作を依頼していた。そして大和が実際に製作作業に入ったのは、アルカインテールが目と鼻の先にまで迫った時であった。

 大和が移動の道中で戦闘機の製作に取り組まなかったのには、勿論、彼なりの合理的な理由がある。予め製作した機体が万が一、現場の状況にそぐわない性能を持っていた場合、改修作業は一から製作するよりも手間になる可能性があるからだ。その手間で蒼治達に迷惑をかけるよりは、手間が最も少なくて済むように、目と鼻の先で現場を確認できる場所で製作を行う方が効率的だと判断したからである。

 とは言え、現場は結界を隔てた向こう側。蒼治のように広い分野の魔法技術に長けてはいない大和には、自力で現場の状況を把握するのは難しかった。そこでイェルグに力を借りて、結界の向こうの勢力にい悟られない程度の頻度で、アルカインテールの内外の空をつなぐ小さな穴を作ってもらい、それを通して状況の把握をして製作に取り組んでいたのだ。小さな穴ではなかなか状況把握が進まず、普段に比べて数段の手間と時間がかかってしまったのである。

 それでも大和は、人の命を預かる機体の製作のため、そして『機械工学の求道者』を自称するプライドのため、手抜かりして時短することを嫌ったのである。

 そのこだわりの甲斐あって、大和の作り上げた機体はイェルグと戦場の双方に非常にマッチした、"最高"の贈り名が恥じないような傑作に仕上がっている。

 その事を認めているイェルグは、責任を一手に引き受けようとする大和に、再びにこやかなフォローを入れる。

 「お前は必要なことをやったんだ、蒼治の奴はチョイと面倒を被ったかも知れんが、お前を責めたりはしないさ。

 むしろ、責められるべきは、まーた居眠りこいでたナミト、お前の方だろ?」

 その言及に、ナミトの体がギクリと固まり、顔色に青みが差す。

 大和とイェルグが機体製作に汗水流している間、ナミトはその横で堂々と体を大の字に延ばして、穏やかな惰眠を貪っていたのである。

 「寝坊して懲りたかと思いきや、現場の目と鼻の先で緊張の欠片もなく居眠り出来るってのは、肝っ玉が太いと言うか、なんというか…楽天家、ここに極まれり、って感じだな」

 「だ、だって…!」

 イェルグの苦言に、ナミトはナビットの方へ身を乗り出しながら反論する。

 「ボク、機械なんてサッパリだし、先輩みたいに結界に穴開けたりも出来ないし、解析もそれほど得意じゃないから、下手に手伝うと足を引っ張っちゃうかも知れないし…!

 だから、その…その…」

 ナミトは何かうまい言い回しはないかと額に指を当てながら、暫く言葉を空回すと…。突然、ポンッ! と拳と手のひらを打ち合わせる。

 「そう! 英気! 英気を養ってたんだよ!

 ホラ、ボクは2人と違って、生身で交戦するじゃん? だから、今のうちにしっかりと体調を整えることも必要だったワケだよ!」

 ナミトはこの言い回しを傑作とでも考えているらしく、自信満々でウインクしながら、親指を立てて見せる。しかし大和は当然ながら納得などせず、むしろ表情に張り付けた呆れを大きくして、ヒクヒクと苦笑いする。

 そんな最中、表情の見えないイェルグが先ほどまでの穏やかな口調を崩さずに、すかさず反撃に転じる。

 「それじゃ、その十分に養った英気の具合を確かめがてら、蒼治たちに連絡を入れてもらおうか。

 オレも大和も作業に次ぐ作業で疲れ果てちまっててさ。体調万全なお前なら、容易(たやす)いことだろ?」

 この反撃を予想だにしていなかったナミトは、親指を立てた格好のまま絶句して硬直する。しかし、言い合いが得意ではないナミトはイェルグの言葉を超える反撃を見つけることが出来ない。

 だから彼女は、ガックリと肩をおろすと、しぶしぶながらも素直に自身のナビットを取り出し、タッチディスプレイをいじって蒼治への連絡を行うのだった。

 「あ、もしもし、蒼治先輩ですか? ボクです、ナミトです…」

 ナミトの会話が大和のナビット越しにイェルグの耳に届いた頃。彼は大和へ話かける。

 「しっかしよ、この都市国家の部隊…"パープルコート"だっけ? こいつら、ホントに地球圏治安監視集団(エグリゴリ)なのかね?

 オレ達がいきなり登場したからビビってる、ってのは分からんでもないがさ、戦闘用艦まで任務を放棄してこっちの様子伺いってのは、どーにも感心できんぜ。

 …あーっと、だからホラ」

 音声通信なので大和は確認できないが、声の調子からイェルグが指差しをしたであろう事を覚る。

 「あそこに見える2艦、まんまと癌様獣(キャンサー)と『冥骸』だかの死後生命(アンデッド)に群がれてやがんの」

 イェルグの言う通り、空に浮かぶ"パープルコート"の飛行戦艦のうちの2つが、餌に(たか)るアリの大群のような黒い群に襲われて、黒煙を上げながらゆっくりと高度を下げている。この黒い群が癌様獣(キャンサー)死後生命(アンデッド)のようだが、大和は特に望遠しなかったので詳細は分からない。しかし、わざわざ確かめる気にもならない。

 「駐留任務が長すぎて、練度が下がってるンスかね?

 まぁ、この乱戦の中、全部が全部ガチ勢ってよりは、少しくらいマヌケが混じってくれてた方が、こっちとしては助かるッスよ」

 「ま、確かにな。

 どうせ飛ぶなら、雷雨よりゃ晴天の方が気持ちいいわな」

 そんなやり取りをしていると、早々と連絡を終えたナミトが大和たちの方を振り返り、声をかける。

 「蒼治先輩に連絡したよ!

 先輩の方も攻撃を受けたり大変なんだってさ! 地下にいるロイ達の方も、大きなトラブルになっているみたい!

 すぐに手を貸して欲しいって!」

 その言葉を耳にしたイェルグは即座に返答する、

 「そんじゃ、出撃の準備でもしますかね。

 大和、ハッチ開けてくれ」

 「了解ッス! そんじゃ、機体格納室(そっち)に向かうッスね!

 ナミちゃんも一緒に来て、先輩と一緒に出撃ッスよ!」

 「オッケー! これでようやく、暴れられるぅっ!」

 ナミトは可愛らしい童顔にニヤリと剣呑な笑みを浮かべて、拳と手のひらをバシンッ! と打ち合わせる。その有様をみた大和は、頼もしさより苦笑いがこみ上げてきて仕方ない。

 「ナミちゃん、なんかロイみたいッスよ…。そのうち『暴走ちゃん』なんて呼ばれちゃうようにならないようにね…」

 そう言い置くと、大和は操縦をオートに切り替え、操縦室を小走りで脱する。ナミトもまたその後に続く。

 操縦室の向こう側は、すぐに広々とした空間が広がっている。輸送機で言うところの格納スペースだ。その中央には、丸みを帯びたキャノピーが特徴的な戦闘機がデンと配置されている。

 『混沌の曙(カオティック・ドーン)』後の時代に入ってからも、戦闘機の基本的な形状はさほど変わっていない。流体力学的な効率を考慮した、おおそそ二等変三角形の形状をしている。旧時代との代表的な違いと言えば、エンジンが化石燃料を使用した内燃機関よりも精霊式発電機関の方が断然主流になっている事、機体表面を魔術篆刻(カーヴィング)を初めとした永続式魔化(エンチャント)による加護が施されている点だ。

 ちなみに大和が作り出したこの機体は、エンジンは風霊と水霊の混合式で、パイロットの操作でその比重を調整することが出来る。飛行用の乗り物で水霊式というのは珍しいが、これはイェルグの希望によるものだ。なんでも彼曰く、「豪雨の中で飛び回ることになるから」とのことだ。しかしながら、アルカインテールは結界に囲まれているため、自然の天候による降雨は弾かれてしまう。とすれば、局所的な天候を操る能力を持つイェルグが豪雨を実現させるつもりのようだ。

 そんな腹積もりのイェルグは、大和とナミトが格納室に入った時には、すでに戦闘機のキャノピーに手を置いて体重を預ける形で立っていた。艦上のハッチはこの格納室の真上に通じているので、彼がいち早く姿を見せていても何ら不思議ではない。

 …が、大和はイェルグの派手な真っ赤なコートを目にして、苦いとも愉快とも取れない、曖昧な笑いを思わず浮かべる。こうして間近に見ると、金色に輝く肩当てやら、胸元を飾る豪奢な刺繍やらが目に入り、さながら一軍の総司令官の礼服のようだ。他方、大和はナミトはこざっぱりとしたユーテリアの制服姿なので、彼の衣装は余計に目立つ。

 「先輩のその衣装、ホント派手ッスねー。

 それってやっぱり、ヴァ姐さんの見繕い物ッスか?」

 するとイェルグも、困ったようにピシャリと額を叩いて笑みを浮かべる。

 「それ以外にないだろ。

 空はどんな雲を纏おうが頓着(とんちゃく)しないもんなんだがさ。あいつったら、ムキになってやたらと気合いを入れて特注してたんだよ。

 たかだか、あいつの親御さんに会う程度だってのに」

 「…え」

 大和とナミトの声が、見事にハモる。2人して冷たい汗をツツーッと頬に伝わせたまま(もだ)していたが…やがて、ナミトがぎこちなく声をかける。

 「イェルグ先輩、とうとうヴァネッサ先輩とのご結婚を決意したんですね! それで、ヴァネッサ先輩のご両親にご挨拶を…!」

 「いやいやいや、違う違う」

 イェルグは困ったように歯を見せて笑いながら、手をパタパタ振って否定する。

 「そもそも、オレがあいつの実家に押し掛けてるんじゃない。あいつの実家が、やたらとオレを招待するんだよ。

 ホラ、あいつン()って、現地の軍のお偉いさんの家系だろ? その見栄につき合わされて、こんなヘンテコな格好させられるんだよ。

 動きにくいわ、暑苦しいわで、持て余してたんだけどさ。今回、囮をやるって聞いたから、目立つと思って持って来たワケさ」

 ハッハッハ、と笑って語るイェルグであるが。大和とナミトの驚愕は、更に色を深める。

 「ヴァ姐さんからの実家からのお招きって…先輩、もうあちらのご両親の公認じゃないスか…!」

 「先輩、結婚まで秒読み段階ですね! おめでとうございます!」

 「おいおい、なんでそうなるんだよ。ただ飯食わせてもらってるだけだっての。結婚だとかそういうんじゃないって」

 イェルグはそう言うものの、端から見ればただの食事会で済まぬ意図が介在しているのは見え見えだ。しかしながらイェルグは、そういった機微には非常に疎い性格の持ち主であった。

 「そんなことで騒いでるより、だ」

 イェルグが大仰に手をパァン! と叩き、色めき立つ2人の思考を揺さぶり引き締める。

 「今は、早々に蒼治たちに手を貸してやらにゃならんだろ。相当ヤバいことになってるんだろ? ここでおふざけ話に花を咲かせてる場合じゃないさ」

 そう言いながらイェルグは、いち早く機体のキャノピーを開くと、フワリと羽のように軽やかに高く跳躍すると、コクピットに乗り込んだ。

 「大和、一通りテスト起動させてみるから、チェック頼むぜ。

 ナミト、降下用のバックパックかパラシュートか分からんが、準備しとけよ」

 イェルグの言葉を受けて小走りで戦闘機へ向かう大和に対し、その場に留まるナミトはニヒッと幼く笑うと、ガッツポーズを取る。

 「ボクはこのままでダイジョブ!

 フリーダイビングで、現場直行だよっ!」

 ナミトはキツネ型の獣人属であり、飛行能力は生来備わってはいない。が、イェルグも大和も彼女の言葉を聞いて、「あー…」と声を上げるものの、納得する。

 「そっか、ナミちゃんなら確かに平気ッスね。

 叩いても潰しても、ニコニコ笑いならが復活しそうな感じするッスから」

 イェルグの座るコクピットに顔を突っ込みながら指差し点検しつつ、大和がそんな事を語ると。ナミトは言葉に含まれた皮肉に悪い顔をせず、ナハハハハ、と純粋に楽しげに笑い飛ばす。

 「うん、確かにボクは、叩かれても潰されても、簡単にはヘバらないよー!」

 「…ホント、羨ましいくらいオメデタい気概の持ち主だよな、お前って」

 コクピットでイェルグが苦笑する。

 ――さて、数分のチェックの後、大和はコクピットから飛び出すと、イェルグに向かって親指を立ててウインクする。最終点検の結果は問題なし、ということだ。

 「さすがはオレ、異常は全く無し! いつでも行ける状態ッスよ!

 …でも、ホントに慣性制御機能は要らなかったンスか?」

 言葉尻で、大和は眉をひそめて尋ねる。現代の戦闘機は急激な加減速や方向転換を加味して、魔法技術による慣性制御機能が施されていることが大半である。機体をスムーズに動かせるだけでなく、パイロットの身体への負担軽減も実現できるからだ。

 しかし、イェルグは一拍もおかずに、大和の質問に対して首を縦に振る。

 「風も感じられない空なんざ、面白くもなんともないからな。

 風や雲とうまく対話しながら飛ぶのが、醍醐味ってもんだ」

 「はぁ…そんなもんスか」

 イェルグのように空に対して特別の愛着のない大和は、そんな気のない返事を返すことしかできなかった。

 「それはそうと、どうします? ここからすぐに出撃しちゃいますか?」

 次いで大和が任務について尋ねると、イェルグはコクピットから手を振って否定する。

 「いやいや、それじゃ地味過ぎて、蒼治の狙いにゃそぐわないだろ。

 どうせなら、"パープルコート"の艦隊のど真ん中に全速力で派手に突っ込んでから出撃するほうが良いな。それなら相手さんの目をバッチリこちらに引きつけられる。

 それに、ナミトが降下するにしても、現場が近くて済むしな」

 「なーるほど」

 大和は手を打ちながら、イェルグの提案を受け入れる。

 「それじゃ早速、エンジンを高速仕様に改修して、突撃しちゃうッスよ。

 だからナミちゃん、一度操縦室に待避してほしいッス。この格納室には慣性制御は施してないから、吹っ飛ばされちゃうよ?」

 そう説かれたナミトであるが、彼女は元気良く首を左右に振る。

 「ダイジョブ、へーきへーき!

 イェルグ先輩の晴れの出撃姿、見ておきたいからさ! ここのままで良いよ!

 それに、出たい時にすぐに降りられるじゃん?」

 大和は一瞬怪訝な顔を作ったが…すぐに、表情を緩める。というのも、ナミトが得意とする能力の性質を鑑みた結果、特に問題はないと判断したからだ。

 「じゃ、一応気をつけといてねー」

 大和はそう言葉を残すと、単身で小走りに操縦室へと戻る。

 イェルグの戦闘機のチェックに際して、決して少なくない時間を費やしたにも関わらず、モニターに見える"パープルコート"の飛行艦隊の動きは非常に緩慢だ。あれから更に3隻が競合勢力に襲われて黒煙を上げており、その対応に追われてオタオタと疎らに近距離用の迎撃射撃を行っている次第である。中には、襲われている仲間よりもこちらの方が気になっているようで、じーっと監視を続けてばかりいる戦闘用艦すら見える。

 そんな"パープルコート"の艦隊の中で合理性が見て取れるのは、艦底から突き出た砲身――人海弾倉が操る砲だけだ。彼らだけは的確かつコンスタントに対地攻撃を行ったり、迎撃を行ったりと、活躍している。彼らがこちらを砲撃するような事態に陥っていたら、大和たちも[暢気(のんき)に雑談を交えながらの戦闘機の最終チェックなど行えなかった事だろう。

 「末端の兵員は優秀だが、頭が全く状況について来れてない…ってトコッスね…。腐った組織の典型例だなぁ…」

 大和は苦笑しながら、操縦パネルに開いた両手を置くと、定義拡張(エキスパンション)を発動。彼の魔力は機体を伝わって両翼のエンジンにたどり着くと、その内部構造を変質。表面積の大きな艦体でも高速飛行が可能なようなエンジンへ、極々短時間の内に調整する。

 作業を終了した大和は、収納室に通じるマイクを通して合図する、

 「これより当機は、相手サンのど真ん中へ直行しまース! シートベルトはありませんので、特にナミちゃん、吹っ飛ばされないように踏ん張りを宜しくぅっ!」

 そして返事を待たずに、大和はパネルを操作してエンジンを最大出力に設定する。

 転瞬――(ドン)ッ! と言う空気の震える音と共に、機体に強烈な過重がかかる。モニターに写る風景は一瞬の内に後方へと流れ去り、羽虫の群のような"パープルコート"艦隊その他が見る見るうちに接近してくる。艦でさえ黒い点で見えていたのが、次第に体積を増し、威圧感を帯びた丸みのある巨大なフォルムがいくつもモニターに投影される。

 大和の操る艦はまず、最前列を組む5隻の哨戒艦の合間を一瞬にしてすり抜ける。この時、哨戒艦から特に妨害の砲撃や魔術が発動されなかったのは、大和達の急な行動に対処が全く追いつかなかったからだろう。

 その後、激しい攻防の応酬が繰り広げられる空域へと到着する。戦闘用艦の内の何隻かは、こちらの動きにあわせて回頭していたが、対艦砲撃を行う艦は一隻も現れなかった。艦の司令官はこの状況に至っても、大和達の艦に対する疑心暗鬼を拭い切れずにいるようだ。

 まんまと"パープルコート"の艦隊のど真ん中まで進入した、大和たちの艦。ここで大和はすかさず、収納室へのマイク越しに合図を口にする。

 「行くッスよ、先輩ッ! 艦底ハッチ、展開ッス!」

 直後、大和が操縦パネルのとあるボタンをタッチすると…収納室では直ちに変化が起こる。イェルグを乗せた戦闘機を乗せた円形の範囲が、重厚な駆動音と共に素早く降下。空中に引き下ろされる。

 収納室内には烈風が一気に流れ込み、取り残されたナミトは栗色の髪の毛やフサフサの尻尾を暴力的なまでに掻き乱される。しかしながら、彼女は烈風に対して踏ん張る様子は一切見せず、両手を上げては暢気(のんき)に「先輩、行ってらっしゃーい!」と語っている有様だ。

 彼女が烈風にも全く動じないのは、得意とする練気のお陰である。自身の重心と重さを操作する"躯重功"と呼ばれる練気技術によって、抜群の安定感を実現しているのだ。

 ちなみに、練気技術において"功"とは術者本人に作用するものを、"勁"とは本人以外に作用するもののことを指す。

 …さて、空に姿をさらしたイェルグの戦闘機は、エンジンを風霊式に比重を置いた状態にして起動。炎の代わりに鮮やかな緑色の魔力励起光を後方に噴出しながら、ヘリコプターの離陸のようにフワリと垂直に浮遊する。風霊式エンジンの場合は、離陸の際の揚力を推進力から得るのではなく、機体にかかる浮力を直接制御して作り出すので、滑走路の必要がない。

 「それじゃ、暴れてくるぜ」

 イェルグはマイク越しに大和に通信を入れるが早いか、キャノピーを閉じるとエンジンの推進力を一気に全開にする。風霊式エンジンのお陰で空気抵抗を極限まで抑えた機体は、強力なカタパルトで押し出されたミサイルのように鋼の矢となって、"パープルコート"の艦隊の中へ進入する。

 そして、ほんの十数メートルを一瞬のうちに移動した転瞬、戦闘機の進路が激変する。まるで慣性の影響など全くうけていないかのように、クキッと直角に曲がった。――いや、その曲芸飛行は一度限りのものではない。まるで水平に走る稲妻のように、戦闘機はクキックキッと鋭角を描いて急激な進路転換を連続させながら、艦隊の中を巡り回って見せる。まるで、艦一隻一隻に挨拶して回っているかのような有様だ。

 この様子に、"パープルコート"の士官達だけでなく、彼らの艦を攻撃している競合勢力たちも目を丸くする。闖入者の不可思議な行動に困惑を感じているのも一因だが、それ以上に慣性を殺す技術に舌を巻いているのだ。魔化(エンチャント)でならばある程度慣性を殺す事は可能だが、完全に無効化するのは至難の業と言われている。ましてや、魔化(エンチャント)の効果なしにそれを実現しているのだから、瞠目(どうもく)するのも無理はない。

 (一体、こいつは何だ!?)

 誰もがその疑問符を頭に浮かべていた、その時。戦闘機を中心にした(いびつ)な円形範囲が、急に黒々とした雲に覆われる。と、次の瞬間に、まるでバケツをひっくり返したような大粒の豪雨が降り始めたのだ。その雨滴の大きさといったら、破裂する前の散弾のように大きく、速度も弾丸に恥じないほどに素早い。そんな雨滴が高密度に、ひっきりなしに艦やその他の飛行物体にぶつかるのだ。瀑布の水に打たれるがごとく、飛行物は強烈な衝撃にグラグラと揺れ動き、中には明確に高度を下げてゆくものまで現れる。

 この豪雨を作り出したのは、勿論、天候操作の魔術を得意とするイェルグである。

 (派手に足止めしろって言われてるからな。アンタらにゃ悪いが、存分に慌ててもらうぜ)

 そう胸中で呟きながらイェルグは、この豪雨の中を巧みに戦闘機を操り、グラリとバランスを崩すこともなく相変わらず慣性を無視した動きで飛び回る。そんな芸当が出来るのはイェルグの卓越した操縦技術もさることながら、大和に特注した水霊式エンジンによる貢献も大きい。通常は船や潜水艦に使われるそれを風霊と混ぜることによって、高密度の雨を動力や機体制御エネルギーに転化し、大海を自在におよぐ魚のように優雅に素早く豪雨の中を突き進めるのだ。

 この豪雨は、"パープルコート"の艦隊には非常に手痛い足止めとなった。まず、視界が大凡(おおよそ)効かないので、目視による状況把握が困難だ。とは言え、戦艦は夜間戦闘やその他の異常環境を考慮して、音波探知、重力探知、熱源探知といったセンサーがある。しかしながらこの豪雨では音波や重力は雨滴によって攪乱されるし、あまり熱を放たない水霊式エンジンではイェルグの戦闘機の位置を掴むことが出来ない。

 また、戦艦には"虎の子"と言える形而上相センサーも備わってはいるが…このセンサーは予め目標にマーキングをすることで、初めて効力を発揮するものだ。逆に行えば、マーキングがない状態で索敵を行おうとすると、周囲の大量の情報に押しつぶされてセンサーの認知機構がパンクしてしまうのだ。戦艦の大半は大和の飛行艦の登場時、軍属にあるまじき狼狽に満ちた虚無の時間を過ごしたために、マーキングを行わず仕舞いでいた。

 ゆえに、彼らはイェルグを"危険な迎撃対象"と認めながらも、十分な狙いを定めずに闇雲な滞空掃射を行ったり、小型迎撃機『ガルフィッシュ』を投入したりする。その結果、艦隊の密度が高かったことも災いし、同士討ちが頻発する大混乱が起こった。

 そんな事態を目にしたイェルグは、操縦桿をバッタバッタと倒して無茶な方向転換を繰り返しながら、胸中でほくそ笑む。

 (地球圏治安監視集団(エグリゴリ)を相手にしろっつーから、大和にゃ大量の弾薬をこさえてもらったってのに…。こりゃ、一発も撃たなくとも、雨だけで十分かな?)

 しかし、イェルグの思惑は、すぐに頭打ちになる。とは言え、"パープルコート"が果敢にも体勢を建て直し出した…というワケではない。

 イェルグの豪雨の機に乗じて、他の競合勢力たちが、"パープルコート"の撃破に乗り出したのだ。

 競合勢力の戦力は、癌様獣(キャンサー)にせよ、『冥骸』の死後生命(アンデッド)にせよ、"インダスとリー"のパイロット直結型機動兵器にせよ、個体の魂魄による形而上相視認が可能な者達がそろっている。そんな彼らは豪雨の中でも形状相の状況を的確に把握し、身体魔化(フィジカル・エンチャント)を初めとした環境適応を行いながら、"パープルコート"の艦に肉薄しては打撃を与える。『ガルフィッシュ』は殺虫剤の前の羽虫の群のごとくバタバタと撃破されるし、艦は砲門を破壊されて無力化されたに加え、エンジン部まで損傷を受けて派手に炎上しながら自由落下を始めるものまで現れる。

 この有様に、イェルグの苦笑いがピクリと歪んで硬直する。

 (こりゃヤバいな。引きつけるだけのはずが、他勢力に肩入れしちまってる形じゃないか。

 このまま"パープルコート"の飛行部隊が全滅すりゃ、それはそれで蒼治たちが助かるのかも知れんが…。いずれかの1勢力が抜きん出てちまって、勢い付き過ぎで手がつけられなくなるのは、いかんよな。

 …ここはバランスを考えて、と…)

 イェルグは操縦桿の頂上に設置された発砲用トリガーボタンのケースを外し、親指をそっと乗せながら、操縦桿をグイッと倒して方向転換。"パープルコート"の艦回りをやめて、とりあえずは近くを飛んでいた"インダストリー"の機動兵器に目を付ける。

 機動兵器は体高が10メートルほどもある人型兵器で、手には射撃も近接戦闘も出来る槍状武器、背中には次元歪曲系の爆裂効果を引き起こす弾頭を満載している。こいつはイェルグのことなど無視して、槍先に空間振動を纏わせながら、戦艦の艦底をねらって突進していた。

 そのままならば、機動兵器は槍によって戦艦の装甲を素粒子分解させつつ、まんまと巨大な艦体に大穴をブチ開けたであろうが。その暴行は実現されることはなかった。槍先が艦底に接触するまさに直前、機動兵器は横殴りの衝撃によって瞬時に弾き飛ばされる。

 (おいクソッ、なんだ!?)

 機動兵器の搭乗者(クラダー)は、めまぐるしく回転する天地を推進バーニアでブレーキをかけてなんとか制御すると、妨害をかけてきた元凶を形而上相視認で検知を試みる。

 定石で考えるならば、撃墜を目的として追撃をかけてくるならばともかく、そうでない場合ならば攻撃者は報復を恐れて早々に離脱しているものだ。が、相手は――イェルグはあくまで囮となる指示を律儀に遵守している。機動兵器に検知されるまで、わざわざその場でホバリングして待機してみせると、憤怒の視線を十分に堪能した後に悠々とその場を離脱する。

 (なんなんだ、あの乱入ヤロー!? バカにしてンのか!?)

 搭乗者(クラダー)はますます頭に血を昇らせると、バーニア推進機関を全開にしてイェルグの戦闘機への報復に向かう。

 (おーおー、見事に釣れたなぁ。

 "インダストリー"の連中は頭ン中まで機械化してるって話をよく聞くがよ、意外と感情に押し流されやすいんだな)

 コクピットでイェルグは胸中で暢気(のんき)に煽りつつも、回頭しての迎撃行動は行わない。それどころか、今度は生きた獲物に群がるアリの大群のような有様になっている、艦体にとりついた癌様獣(キャンサー)の山へと向かう。

 (はいはい、アンタらも少し大人しくしてくれよー)

 イェルグはのほほんと胸中で声をかけながら、癌様獣(キャンサー)の大群の近傍へと急接近する。同時に、天候操作能力を駆使して戦闘機の周囲に強烈な乱流を発生。巨岩をも吹き飛ばせそうな勢いの待機の渦は、重金属の爪を立てて艦体にとりつく癌様獣(キャンサー)を片っ端から引き剥がしまくる。

 この行動は当然、癌様獣(キャンサー)からの反感を買う。群は"パープルコート"の艦体に完全に背を向けると、一目散にイェルグの機体を追う。

 一方、癌様獣(キャンサー)から解放された艦体は、豪雨の中でも太い帯のように連なって去ってゆく癌様獣(キャンサー)どもを容易に視認したようだ。加えて、その中に混じる"インダストリー"の機動兵器も認めると、これは反撃の好機だと判断した。即座に回頭し、主砲の斜線軸を彼らの経路に向け、術式エネルギーの充填を始める。

 イェルグは逃げながらも、戦闘用艦のこの行動もしっかりと把握していた。

 (それをやれるのも、こっちとしちゃ具合が悪いんだよな。

 折角の所で悪いが、潰させてもらうぜ)

 イェルグはヘアピンカーブを描く急展開を行うと、全速力で戦闘用艦の元へ肉薄。癌様獣(キャンサー)の群が光ファイバー神経によって瞬時に反応、帯状からバラリと崩れて黒い雪崩のようにイェルグの機体へと方向転換してくるが、イェルグは気に留めずに艦の主砲の近傍まで接近する。そして…。

 「ほい、お疲れさん」

 独りごちながら、キャノピー越しに人差し指を主砲に向けてみせた。その直後、バリバリッ、と大気を破裂させる轟音と共に、網膜を焼き焦がすような閃光が爆発的に広がる。一瞬の凄絶なフラッシュの後、視界が戻るとそこには…真っ黒に消し炭になり、グニャグニャに変形した主砲の姿が見える。落雷によって破壊されたのだ。

 この結果に満足げな笑みを浮かべるイェルグであるが、ぐずぐずしてはいられない。背後には怒り心頭の癌様獣(キャンサー)の群れに、"インダストリー"の槍持ち機動兵器もいる。

 そしてこの空の中には、一方的な苦戦を強いられている"パープルコート"の飛行戦艦がうようよしている。

 (本来ならオレ、"パープルコート"の空中戦力を主体に抑えにかかるはずだったんだがなぁ…。却ってオレ、"パープルコート"の手助けをしてる形になっちまってるな。

 ま、開戦後に入都しちまった時点で、予定が狂うのは必然か)

 皮肉な状況に陥ってることに独り苦笑を浮かべながら、イェルグは大群を引き連れたまま、次なる戦艦へと救いの手(正確には、そうとも言い切れないのだが)を向けに行く。

 

 さて、イェルグがたった一機ながらも戦場に多大な影響を与えている事態に、"パープルコート"のみならず全ての勢力が困惑と危機感を抱く。

 ――一体何が狙いなのかは分からないが、ともかく、邪魔なのは確かだ。

 その見解が現れると、危惧の矛先は当然、イェルグを出撃させた大和の艦の方にも向けられる。

 ――これ以上、あんな厄介な性能の戦力を投入されたくはない! 早々に排除すべきだ!

 その意見は競合勢力同士で意志共有せずとも、見事に一致したようだ。飛行戦艦は主砲を向けてくるし、他の勢力は群れや小隊を向かわせてくる。

 この光景を目にした大和は、頬に冷たい汗を一筋流しながら、ひきつった笑みを浮かべる。

 「うっわー、こんなに来るなんて、当初の予定にはないッスよ…!

 この艦じゃ戦闘できないから、早々に定義拡張(エキスパンション)して機動兵器にならなりたいところなんだけど…!」

 その独り言は、開いた操縦室のドアの向こう側に立つナミトの耳に届いたようだ。さほど大きな声を出したつもりではなかったのだが、ナミトのキツネの耳の聴力は非常に敏感なのだ。

 「ゴメンネー、大和っち。ボクが居るから、暴れられないんだよね?」

 開いたドアからヒョッコリと顔だけをのぞかせ、バツの悪いを笑みを浮かべて語る、ナミト。それに対して大和が首を縦に振るワケがない。ブンブンと両手を振って、ナミトの気負いを払拭しようとする。

 実際には、予定外の到着による状況悪化を責めるのならば、寝坊によってその原因を作ったナミトには責任があるだろう。しかし、その事をいつまでも根に持つほど、大和も器量の狭い人間ではない。

 だから彼は、現状とナミトのやるべき任務を天秤にかけた合理的な判断をした上で、彼女をフォローする。

 「ナミちゃんが気に病む必要はないッスよ。効果的に相手を引きつけるのには、機ってものがあるんだからさ。

 ナミちゃんは、ベストなパフォーマンスを実現することにだけ専念しておいてよ。オレはイェルグ先輩ほど操縦は達者じゃないッスけど、そう簡単に撃墜はされないからね!」

 力強く親指を立てて見せると、ナミトはその態度にひとまずの安心を抱いたようだ。その証拠に、バツの悪い笑みを浮かべたままながらも、こんな事を語る。

 「それじゃ…ベストなパフォーマンスの実現のために、ちょーっと頼まれて欲しいんだけど…?

 やってくれれば、すぐに降りるからさ…!」

 手を合わせて、首をカクカクと上下に動かすナミトの姿に、大和は苦笑を浮かべる。そんな表情を作ったのには、ナミトの行動の滑稽さや、頼みごとへの不安も要因ではある。が、それ以上に、ナミトを邪魔者扱いしているような態度を取ってしまったのかも知れない、という疑念や後悔が大きい。

 その贖罪のつもりも兼ねて、大和は笑みから出来るだけ苦々しさを排除してから、快諾の言葉を告げる。

 「何でも言ってみてよ! みんなにとってプラスになることかも知れないし、それだったら大歓迎ッスから!」

 「…たぶん、プラスになることだと思うんだけどね…。

 じゃ、言わせてもらうと…」

 ここでナミトは笑みを消すと、揶揄など全く含まぬ至極真剣な表情を作る。そして、足早に大和の隣に立つと、モニターに映るアルカインテールの街並みの一画を指差す。

 「あのポイントの上空を通過してくれないかナ?

 滞空する必要はないよ! ホントに通り過ぎるだけで良いんだ! そしたらボクは、すぐに降りるから!」

 ナミトが差したのは、周囲と比べて格段に目立つ高さを持つ、超高層建築物である。今となっては鉄骨の骨組みが剥き出しになっており、巨大な骸骨の怪物か、呪われた墓標のように見える。

 どうしてここに? と大和が尋ねるまでもなく、ナミトは真剣な表情を崩さぬまま言葉を次ぐ。

 「あのポイントからね、ものすっごい霊力をビンビン感じるんだよね…。

 ちょっと前から、尻尾の毛がバリバリに逆立ってるんだ」

 言いながらクルリと(きびす)を返して背中を見せると、彼女のフサフサの尻尾の気がウニのようにボワボワに膨らんでいる。

 ナミトの種族は、尻尾は気力に関与する器官として役目を果たしている。先にアオイデュアで見せたように気を増幅させたり、蓄積したり、今のように気力やそれに近しい霊力を感知する能力もある。

 尻尾の有様をみた大和は、顎に手を置いて尋ねる。

 「この距離で、そんなに感じるってことは…まさか、蒼治先輩たちが報告してきたっていう、(くだん)怨霊(レイス)だったりするンスかね…!?」

 大和の語尾には、ちょっと怯懦の色が滲んでいた。と言うのは、事前に渚の口からロイやノーラと交戦した強力な怨霊(レイス)亞吏簾零壱(アリス・ゼロワン)のことを聞いていたからだ。

 そして大和は、『怨場』への抵抗など、練気に関する技術はほぼからっきしである。ゆえに、彼は死後生命(アンデッド)との戦闘を非常に苦手としている。

 しかし、大和の態度に反して、ナミトと来たら…。

 「この距離だから、この感覚が怨霊(レイス)の『怨場』によるものか、他のものかは、はっきりと判断できないンだけどさ…」

 そう語りながら、ナミトの顔はマタタビを前にしたネコのようにニンマリと、はちきれんばかりに愉快そうに笑っている。

 「もしもその怨霊(レイス)だったら、面白いじゃーん!

 超一流の霊力を扱う怨霊(レイス)との戦闘…うーん、考えただけで楽しくて燃えるぅー!」

 ナミトのポジティブさは、戦闘行為でへし折れることはないようだ。

 「良いッスねぇ、ナミちゃんは。ホント、なんでも楽しめるんだからさ…。ちょっと、羨ましいッス」

 苦笑いを浮かべながら語った大和だが、すぐに表情を引き締めて、モニターに視線を戻す。

 相手が件の怨霊(レイス)であろうとなかろうと、大和自身が相手に出来る代物ではないし、イェルグとて空戦で手一杯の状態だ。厄介な対象だけに、やる気満々なナミトには是非対処してもらいたいところだ。

 しかし、ナミトが指差したポイントまで進行するには、少々厄介な状況である。進路状に戦艦の数は少ないものの、羽虫の群れのような黒い点々が物凄い速度で空域内を右往左往している様子が見て取れる。これらの点は一つ一つが癌様獣(キャンサー)であったり、浮遊霊(ゴースト)であったり、『ガルフィッシュ』であったりする。この中に武装のない飛行艦を突撃させるのは、ヤブ蚊の群れの中に生身の腕を突っ込むにも等しい行為だ。

 (だからと言って、手をこまねいていても、何の解決にもならないッスからね…!)

 胸中で独りごちた後、大和は眉を険しくしかめながら、ブラウンの瞳の奥に炎を灯す。

 「えーいっ、何とでもなれ、だっ!

 そんじゃ、ナミちゃん、突っ込むッスよ!

 一気に全速力まで加速して突っ込むから、吹っ飛ばされないように気をつけてっ!」

 そして大和は、ナミトからの返答を聞くまでもなく、加速ペダルを一気に踏み込んで急加速する。

 (ゴウ)ッ! 空気を切り裂く爆音が、装甲を通して艦内に鈍く響き渡る。飛行艦は急降下するような角度のキツい下がりの傾斜を描きながら、重力を味方につけつつ、高層建築物の(むくろ)へと突進する。

 途中、競合勢力の飛行戦力の乱戦の中に幾度も突っ込んでしまう。最初の1、2回目程度は、相手も何が起こったのか把握出来なかった風で、為すすべもなく艦体に激突して吹き飛んだり、キョトンとした様子で見送るばかりであったが。やがて情報共有した癌様獣(キャンサー)から巧みな回避行動やら、艦体に取り付いて繁劇に出るものも現れる。遂には浮遊霊(ゴースト)も取り付いたり、『ガルフィッシュ』がコバエのように(まと)わりついたりと、艦は盛大にカビだらけになったパンのような有様になる。

 「うっわ、大和っち! すんごいウヨウヨしてるよっ!? 墜ちちゃったりしないよね!? よね!?」

 流石に不安になったのか、ナミトがオロオロと尋ねる。が、今度笑みを浮かべるのは、大和だ。

 「墜ちるワケ…! ないッスよッ!」

 大和はギラリと輝く歯を見せながら嗤う口から鋭い叫びを漏らしながら、操縦桿を通して定義拡張(エキスパンション)を発動。艦体を覆う装甲全域に、即興での高振動発生装置を生成。一気に起動させると、大量に(たか)(ムシ)の如き邪魔者どもを激震でビシバシと引き剥がす。

 「おおーっ! すごいすごい!」

 見る見るうちに敵を振り払い、自由を得る艦体に、ナミトが手を叩いて感心の声をあげるが。操縦席に座る大和は、表情を崩さないどころか、苦々しく歪めている。確かに、彼の策は功を奏してはいるのだが…それが全く通用せず、ますます艦体に取り付く数を増やしている勢力がいる。――浮遊霊(ゴースト)達である。

 死後生命(アンデッド)は元来、物性との関連が薄い存在である。岩石をも粉砕するような超高振動を受けたところで、質量もなければ硬度もない純霊体である浮遊霊(ゴースト)には全く効果を為さない。

 更に数を増してた浮遊霊(ゴースト)達は、金属製の装甲の合間にジワジワと浸透しては、内部の電子部品へ干渉を行う。ある箇所では盛大な火花を散らして、ある箇所では糸が切れた操り人形のように停止し、艦体は正常な機能を失って行く。

 (ヤバッ! このままじゃ、操縦の制御が効かなくなって、ホントに墜落しちゃうッスよ!)

 小さく舌打ちしながらも、大和は現状打破のために思考をめぐらす。…対霊体用の機械装置…強力な電磁場を発生させる装置…しかしそれでは、艦自体の電子回路も蝕んでしまう…電子回路の周波数と干渉しない程度の微調整を…しかし、それには時間が…。

 思考が次第に焦燥に塗りつぶされてゆき、額にジットリと冷たい汗が滲んできた、その頃。操縦席の背後で、ナミトが何やら動きを見せる。

 まるで水面下の魚をじっくりと覗き込むように腰を低く構えて顔を下げ、床をジッと見つめる体勢を取る。そして、水中を泳ぐ魚を素手で捕まえようかと言う勢いで右腕を引いて構えたまま、微動だにしていない。

 そう、身体は微動だにしていないのだが。彼女を形而上相を通して見れば、彼女の内部でガソリンエンジンをより強烈にしたような、爆発的なエネルギー発生事象が見て取れるであろう。

 ナミトは今、正に体内で強力な気を練り上げている。

 そのまま体勢を崩さずに数秒の後。彼女の尻尾が(ほうき)を逆立てたようにボワッと直立し、見事な毛並みの合間にバチバチッ! と派手な静電気のスパーク音がした…その転瞬。

 「(セイ)ッ!」

 気合一閃、ナミトは掌打を操縦席の床に向けて思い切り叩きつける。

 轟雷の槌を思わせるような凄まじい速度の打撃であったにも関わらず、操縦席に衝撃が伝播することはない。が、何も起こらなかったワケではない。実際、端で見ていた大和は、体表を駆け巡るムズ痒いような痺れに身体をゾクリと震わせる。

 ナミトの掌打は、インパクトの瞬間、艦体に伝わる強烈な気を放出したのだ。

 気は艦体の表面を電流よりやや遅い速度で駆けめぐると、艦体に取り付いている浮遊霊(ゴースト)達にも伝播。接触された霊体は、まるで高圧の電流でも喰らったかのようにビクンッと跳ね上がり、艦体から思わず体を引き剥がす。浮遊霊(ゴースト)の群れは散らされた子蜘蛛のように、ゾワワッとさざ波立ちながら艦体から数メートルの距離を取る。

 霊体による電子回路の侵食が止み、艦がコントロールを取り戻したことを操縦桿を通して知った大和は、思わず指を鳴らして歓声を上げる。

 「ナイスッスよっ、ナミちゃん!

 流石はダイナマイトなだけじゃない、出来る女ッ!」

 「ダイナマイトなだけじゃないって…大和っち、普段ボクのどこを見てるのさ…」

 ナミトは苦笑いを浮かべながら突っ込んだが、すぐに表情をコロリと変えて、ニヒヒッと楽しげな笑みで塗り潰す。

 「ともかく、大和っち、ここまで運んでくれてありがとーっ!

 ボク、そろそろ出撃()るね!」

 フリフリと右手を振ると、急降下の為に酷い傾斜がついている床にも関わらず、相変わらずスイスイと操縦室のドアまで小走りでたどり着く、ナミト。そのまま操縦室から飛び出した――かと思いきや、ピョッコリと顔だけ出すと、口元に人差し指を置いて言い残す。

 「そうだ、大和っち。ボクが降りたら、すぐに機首を上げてここから離脱してね。

 多分…大和っちだと…物凄いことになっちゃうから」

 「え…何のことッスか?」

 そう問い返しながら振り向いた時には、もうナミトはフリフリと振る掌を残して、姿を消してしまっていた。

 その後ナミトは、事前に大和から言い渡されていた手筈通り、格納室の床の一角にある小型ハッチのロックを解除。吹き込む烈風と共に開いた正方形の穴の中に、迷わず体を滑り込ませた。

 「うっわ、ナミちゃん! ドア閉めて欲しかったッス!!」

 吹き込む烈風が開けっ放しのドアの中に流入し、操縦室を翻弄しまくるので、大和がグチャグチャに髪を掻き乱されながら叫ぶ。とは言え、すぐに操縦パネルを操作し、ハッチを封鎖したので、風に吹き曝しになる事態は防げた。

 が――一難去ったかと思えば、更に大きな一難が大和を遅う。ナミトが艦から飛び降りて数瞬後、臓器をグリュリと揺さぶるような不快感が大和を襲ったのだ。

 「うえぇっ!」

 吐き戻しそうな咳をして、操縦パネルに突っ伏しそうになる、大和。彼の体に一体何が起こったのか。それはナミトが言い残した言葉を鑑みて、的確に判断することが出来た。

 (これ…怨場の影響か!

 ナミちゃん、艦の中に居る間、練気でずっと怨場を打ち消してくれてたんだ!)

 そうと分かれば、大和は吐き気をこらえながら操縦桿をグイッと動かし、機首を急激に上げて上昇を開始する。ナミトが曰くには、強烈な怨場は眼前の高層建築物から発されているとのことだ。ここから距離を取りさえすれば、影響は急激に減じるはずだ。

 (それじゃナミちゃん! 独り生身で戦わせちゃうけど、武運を祈るッスよ!)

 大和は胸中で呟きながら、ナミトの効果地点よりグングンと距離を取ってゆく。

 

 一方。パラシュートや飛行用バックパックと云った装備を付けず、自由落下するナミトは。

 「ひゃっほぉぉぉぉいっ!」

 絶叫マシーンを楽しんでいる時のような歓声をけたたましく上げながら、耳の側をゴウゴウと過ぎ行く風の中を切って、足から地面へと落ちてゆく。

 眼下に見えるのは、大量の死後生命(アンデッド)の兵士たちと、その中に混じって暴れ回る癌様獣(キャンサー)機動装甲歩兵(MASS)の連中である。後者は、生体に悪影響を及ぼす怨場を嫌って、発生地点を制圧するつもりで攻めているのだろう。が、怨場は非常に協力で機動装甲服(MAS)魔化(エンチャント)癌様獣(キャンサー)の霊核調整でも中々無効化できないらしく、苦戦を強いられている状態だ。

 その様子を見たナミトは、再びニヒヒッ、と弾むような楽しげな笑みを浮かべる。

 (よーっし、これなら、ボクが皆を押しのけて、お手柄独り占めだよんっ!)

 やる気満々に気合いを充填するのは良いものの――着地までの短時間にも、ナミトには気の抜けない試練が襲いかかる。浮遊霊(ゴースト)達がナミトに向けて群がって来たのだ。奴らはどうやら、ナミトの形而上相を認識した上で、死後生命(アンデッド)への対応能力が高い事を知り、自由の利かぬ落下中に始末することを考えたようだ。

 霊体で出来た、透き通った剣や槍を構えて飛来してくる、浮遊霊(ゴースト)達。武器は物理的性質を伴わないものの、切断系の武器という定義は立派に兼ね備えている。触れれば細胞は斬られた事を自覚して壊死してしまう。

 これに対してナミトは、四肢と手足を大きく振って空中で体をクルクルと素早く回転。まるでモミジの実のように華麗に舞いながら、手足を延ばして宙空に手刀や蹴りを放つ。それらの一撃一撃は練気を(まと)っており、高い硬度を持ちながらも、魂魄に直接刻み込まれる斬撃として四方八方に吹き飛ばされる。"風刃勁"と呼ばれる、練気の中では初歩の部類に入る攻撃技術だが、それだけに高い技術力を誇る者が使用すると、その威力は凄まじい。

 現に、ナミトの放った風刃勁の斬撃は浮遊霊(ゴースト)の武器ごと霊本体をスパスパと切り裂き、霊構造を分解して黒い影のような粒子へと蒸発させる。

 こうして無事に、乱戦状態の地上へと迫る、ナミト。もちろん、このまま大地に激突しては全身の筋骨が破壊されて生命の危機に晒されるだろう。しかしナミトは、無策で自由落下したワケではない。

 (とりあえずは…3本ってことかな?)

 思考と同時に、ナミトは臀部に集中すると。今露出している立派な尾に加えて、ボワッ、ボワッ! と新たに2本の尾が生え出す。

 合計3つとなった尾の毛を逆立てながら、ナミトは腕を大きく回すような動作を取りながら深呼吸し、体内で気を練り上げる。その気を両の掌に集めると、掌は真夏の太陽のような目映(まばゆ)い輝きに包まれる。

 この強烈な光に気付いた地上の戦士達の一部がチラリと視線を上を向けた時には…意地悪というより、凶暴と云った方がシックリ来る凄絶な笑みを浮かべたナミトが、頭から大地へとダイブしてくる姿がある。

 (なんだっ!?)

 地上の戦士たちが疑問を口にするより早く。ナミトは両の掌を突き出すと、輝きが更に膨張し、輪郭も影も光の中へと消えて――!

 (ドウ)ッ! 大地を揺るがす轟音と共に、閃光と爆風が半球状に拡散する。光の中では、影様霊(シャドウ・ピープル)や骸骨型の霊体は構造を分解されて黒い粒子へと蒸発し、癌様獣(キャンサー)機動装甲歩兵(MASS)は内部機関の電子装置が不具合を起こし、間接を溶接されたブリキの人形のように重々しく大地に転がる。

 "裂光勁"と呼ばれる、練気の上級技術の一つだ。己の生体電流を増幅し、魂魄的および電子的の両面から対象を攻める業である。

 一方、ナミトは業の炸裂の反作用でフワリと浮き上がると、風の中を柔らかに舞う木の葉のように、自由落下より断然緩やかな速度でフワフワと大地に落下する。軽気功の一種で、"浮葉功"とよばれる浮力と体重を操作する業である。

 ナミトには上記のような巧みな練気の技術があるために、無装備状態で高高度からの自由落下を行っても無傷で着地する自信があったのだ。

 さて、乱戦の地に足を着けたナミトが最初に取った行動とは。両腰に手を置いて堂々と仁王立ちしながら、上空から一際目立っていた高層建築物を見やることである。

 「ふむふむ、なーるほど。それで、この強烈な怨場ってワケか」

 独りごちながら納得し、首を上下に振る、ナミト。その背後から、霊体で出来た大鎌や大鋏を持った浮遊霊(ゴースト)が音も立てずに速やかに迫り来る。先刻に"裂光勁"を使用して敵を薙ぎ倒したからと云って、瞬時に戦闘状態が解消されたワケではない。むしろ、戦闘はまだ続行している。

 透き通った鋭い刃が、ナミトの柔らかな首筋に肉薄し、その薄皮に届く――かと思った、その転瞬。ナミトは軽やかな風のように体を反転させながら浮遊霊(ゴースト)達の隙間に入り込むと、回転の体重を乗せた裏拳で彼らの布で覆われたような顔面をブッ叩く。拳はもちろん練り上げた気でコーティングされており、物理体を持たない浮遊霊(ゴースト)でも派手に吹き飛んでゆく。

 これが合図になったかのように、死後生命(アンデッド)はもとより、癌様獣(キャンサー)や[[rb;機動装甲歩兵>MASS]]達までもナミトに向かって津波のように押し寄せてくる。突如戦闘に乱入しては、無差別の攻撃を繰り出した彼女を、競合勢力達は共通の排除すべき敵として認識したようだ。

 魔化(エンチャント)された弾丸やら霊体および実体の武器による斬撃の雨霰(あめあられ)に晒されるナミトであるが…手に余るほどの大量の敵を前にしても、彼女の顔に浮かぶ笑みは消えない。

 その笑みに裏打ちされたように、ナミトは早回しにした舞踏の如く軽やかな体裁きを繰り返しながら、ことごとく攻撃を(さば)いてゆく。――いや、単に回避しているだけではない。敵の密度を利用して、巧みに同士討ちを誘っている!

 弾丸はナミトの体を捕らえぬ代わりに、射線軸上にいる他の標的に着弾する。浮遊霊(ゴースト)の大振りな霊体武器攻撃は、空振った勢い余って隣の者に突き立てられる。

 そんな同士討ちが連続するに連れて、ナミトを狙うはずの大群はオロオロと色めき立つ。途端に動きが鈍くなる大群に対し、ナミトはニヒヒッ、と意地の悪い笑みを上げる。

 (はーい、隙だらけだよーん!)

 身を低くすると、回転しながら周囲の者達の足を払うように蹴りを見舞う。その回転が止まぬ内に逆立ちすると、まるで大地から沸き立つ颶風のような蹴りとなる。…いや、事実、ナミトの一挙手一投足は風刃勁によって烈風の刃を生み、ナミトは斬撃を伴う旋風と化している。

 オロオロしていた戦士たちは斬られながら吹き飛ばされると、ナミトの周囲にはガランとした空間が出来る。ここで一息を入れたくなるのが並みの兵士であろうが、『星撒部』として幾多の実戦を潜り抜けてきたナミトはすかさず次の行動に移る。(すなわ)ち、前転するように身を低くして跳ぶと、自ら群れの中へと突入。再び颶風を作り出し、敵対戦力を斬ってはブッ飛ばすのだ。

 ナミトが敵を薙ぎ倒して作り出した隙に甘んじず、自ら群れの中へと飛び込んで乱戦を誘発するには、彼女なりの合理的な理由がある。隙に甘んじてしまうと、相手にも冷静さを取り戻す時間を与えてしまい、体勢を立て直されてしまう。更には、空間が広がることによって同士討ちが誘いにくくなるだけでなく、相手の攻め手の選択肢を広げることになる。だからこそナミトは、混乱に乗じる事を好むのだ。

 ――まぁ、そっちの方が派手で楽しめる、というあまり感心できない理由も含まれているが。

 乱戦においては常に動き続けなくてならないというデメリットがあるものの、スタミナ面には相当の自信を持っているナミトは一片の不安も抱かずに次々と攻撃の颶風を巻き起こし続ける。

 その一方でナミトは、攻撃の合間にチラリと視線を走らせて、高層建築物を見やる。そこに彼女が先刻、"なるほど"と語った、怨場に関する特殊な機構が存在していた。

 骸骨のように剥き出しになった鉄骨の中に紛れ込むように、いくつもの骸骨系統の死後生命(アンデッド)達が組み合わさって絡みついているのだ。その多くは、眼窩の奥に禍々しい赤の光を立てる人骨であるが、その中で一際目を引く巨大な骨格がある。それは、長大な首を持つ古代生物――ブロントサウルスに代表される、首長の竜盤目に属する恐竜の死後生命(アンデッド)である。彼らが組み合わさって一つの機械のように作用するのに加え、鉄骨の金属の物性をも味方にし、強烈な怨場の発生装置となっているのである。

 この"骸骨機械"の要になっているのは、なんといっても恐竜の死後生命(アンデッド)である。地球人類より遙かに長い歴史の中を死者として過ごした彼(または彼女)に蓄積された怨場は非常に強烈であるし、種々の心霊的現象の制御も巧みだ。人骨たちの霊力を一気に引き受け、一意的な力にまとめ上げているのも彼である。

 そんな彼の存在を視認したナミトが真っ先に抱いた感想は、畏怖や感心より何より、驚愕である。

 (生前が人類でない死後生命(アンデッド)なんて、珍しいなぁ~)

 死後生命(アンデッド)とは、生前の未練が死後も続くことによって存在が定義づけられる意識体である。死後も続くほどの強烈な未練を抱くためには、高度な知性――つまりは、複雑な思考を実現しうる脳構造が必要となる。それ故に、脳構造が単純な原生生物や昆虫、魚介類といった背生物の死後生命(アンデッド)は極めて成立しにくい。

 恐竜も脳の発達の観点から見れば、死後生命(アンデッド)が成立しにくい種族ではあるのだが。希に動物霊が成立するように、彼にはよほど強烈なトラウマが魂魄に刻み込まれているようだ。

 その事情はともかく。恐竜が核を成しているこの怨場発生装置をどうにかしないと、やがては他勢力の電子機器のみならず魂魄が打撃を受け、『冥骸』の1人勝ち状態が成立し、『バベル』はまんまと彼らの手中に収まることになるだろう。

 その事態は、なんとしても避けたい。

 (相手はスッゲーデカブツだけど、やるっきゃないっしょ!)

 ナミトは絶え間なく乱戦の颶風をまき散らしながら、少しずつ高層建築物の元へと進路を取る。その狙いに気付いたのか、"パープルコート"や『癌様獣>キャンサー]]の戦力達は『冥骸』を牽制しつつも後退を始める。彼らとて強烈の怨場の中での戦闘は、正直多大な苦痛を強いられていたのだ。それをどことも知れぬ乱入者とは言え、一手に引き受けてくれる者が現れたのだから、それを利用しない手はない。

 対して、『冥骸』達は怨場発生装置を護ろうと、(眼があるのならば)血眼になる勢いでナミトに襲いかかる…が。ナミトの戦闘能力は、並みの死後生命(アンデッド)の群れでは抑えきれはしない。

 至極当たり前のことだ――独自の世界法則『神法(ロウ)で構築された存在、『天使』を撃破する技量の持ち主なのだ。単なる幽霊や骸骨風情が、そうそう(かな)う相手ではない。

 そんな実力差を『冥骸』はようやく認めたらしい。ここで彼らは、ナミトという実力者に対抗し得る、強力な一手を出す。

 「フンヌァッ!」

 突如、上空から響く気合一閃。そして、ブンッ! という大気を切り裂く音と共に打ち下ろされる、高速の火鞭。

 「おっと!」

 ナミトは頭上からの一撃に対して素早い反応を見せると、後ろ回し蹴りで背後の霊体達を吹き飛ばしながら後退。炎の鞭の一撃をやり過ごす。

 鞭から数瞬遅れて落下してきた"人物"は、ダンッ! と轟雷のごとき音を立てつつ、両足を屈した格好で着地。直後、間髪入れず鞭を引き戻しながら一歩を踏み込むと、鞭を硬化させて槍と成してナミトの胸部を狙う。

 「ハイヤァッ!」

 けたたましい気合いと共に、赫々(かっかく)の残像を残して突出する一撃は、しかし、ヒラリと半転したナミトを前に虚しく宙を切る。

 この回避行動を利用したナミトは却って反撃に転じ、素早い蹴りで炎に包まれた槍の柄を弾き飛ばそうとしたが…。

 ゴボリ…! 足下から発する鈍い音を鋭敏に検知すると、片足のまま横に跳んでその場から離れる。その直後――。

 ヴォッ! 岩をも叩き伏せるような突風が、大地から天上向けて斜めに打ち上がる。――いや、突風ではない。それは、先端がギザついた巨大な丸太…というか、破城槌だ。

 (おわっ、2人目かっ!)

 トン、と穏やかに着地したナミトは、大地から突き出した破城槌を見やる。するとその場所の地面がさらにメリメリと盛り上がると、まるで呪術で土の巨人でも形成されるように、鈍い輝きを放つ西洋風の甲冑に身を包んだ大柄な"人物"が登場した。

 「フンッ!」

 甲冑の人物は空振った攻撃に不安を漏らすように荒い鼻息を吐きながら、手にした巨大な破城槌をグルングルンと回し、肩に乗せてこちらを見やる。

 「『破塞』殿ッ、こやつを見かけで判断してはならぬぞッ!

 市軍警察の筋肉小僧より、よほどやりおるわい!」

 初めに登場した炎の鞭槍を扱う"人物"――真紅の和風鎧甲(よろいかぶと)に身を包んだ骸骨面が叫ぶ。

 この骸骨面は、先にロイ達がトンネル内で交戦した地縛霊の戦士、『涼月』だ。

 そして『破塞』と呼ばれた甲冑男は、『涼月』と同じく『冥骸』に籍を置く地縛霊である。

 『破塞』はもう一度、「フンッ」と不機嫌に吐息してから、『涼月』に言葉を返す。

 「先の戦いと、今の感覚で骨身に染みている。いちいち言われんでも分かるわ」

 2体の死後生命(アンデッド)は、ナミトが薙ぎ倒した者達よりも段違いの実力の持ち主だ。それをナミトは3本になった尻尾を通して、ひしひしと感じている。

 だが、彼女の顔は笑みを崩さない。むしろ、更に口角をニンマリと突き上げている。

 (無駄なお喋りが過ぎるのが、ちょーっと玉に(きず)だけど…面白くなって来たじゃん、この戦いッ!)

 大抵の苦境も楽しみに転化してしまうナミトは、この状況に胸を弾ませながら、ギリリと拳を握り直す。そして、更に会話を続けようとする2体の隙につけ込んで、ダンッ! と強く大地を蹴って突進した。

 ――が。ナミトはすぐに稲妻のような速度で後退する羽目に陥る。

 と言うのも、突如、彼女に向けて重機関銃の掃射がブッ放されたのだ。ガガガガッ! と鼓膜を聾する爆音と共に、黒々とした呪詛でコーティングされた金属の弾丸が雨霰と降り注ぐ。

 (うっわ、もう一体出てきたのかっ!

 こいつの居所は――! そう、上ッ!)

 ナミトは早回しでダンスするようにステップを踏みながら掃射を潜り抜けつつ、骸骨どもが巣くう高層建築物の中腹に視線を向ける。ナミトの想定通り、そこには発砲を示すマズルフラッシュが忙しない星のごとくチカチカと明滅している。

 (そんな所で高見の見物していないで――! 降りて来いってのぉっ!)

 ナミトは回避しながらも握り締めた両拳に気を練り上げ、目映い青白の輝きを灯すと。両拳を合わせながら突き出し、射手めがけて練り上げた気の弾丸を飛ばす。気の弾丸は呪詛の掃射に激突されて徐々に減衰するものの、十分な威力を保ったまま射手へと激突。ゴウッ、と爆音を立てて青白い閃光を灯す。

 しかし――射手へ激突した、というのは嘘だ。奴は着弾より素早く自由落下して弾丸を回避したのだ。ズドンッ、と鉛の塊でも落としたような鈍く重い音が響き、大地に小さな震動が発生する。

 第三の敵の登場に、驚愕の声を上げたのは、あろうことか『涼月』であった。

 「『藻影(もかげ)』! この小童(こわっぱ)が、何しに来よったっ!!」

 『涼月』の叱責に対して、『藻影』と呼ばれた死後生命(アンデッド)は、くぐもった声でくつくつと(わら)う。

 「お喋りなじー様達だ。そんなんだから、ひよっこの生者につけ込まれるんだっつの」

 『藻影』は『涼月』や『破塞』に比べると、数段若々しい印象を受ける死後生命(アンデッド)である。その姿も古めかしい鎧甲姿ではなく、近代的な金属装甲服と、それに一体化した重火器であり、比較的歴史の浅い個体と言える。とは言え、着込んだ装甲服は現代の機動装甲服(MAS)に比べると小型推進機関もない鈍重な造りをしているし、その表面は名前にもある通り緑色の藻やら苔やらで覆われている。

 ――先に『冥骸』が強力な一手を出したと述べたが、それは間違いだ。彼らが出したのは、三手もの(つわもの)である。

 並みの浮遊霊(ゴースト)影様霊(シャドウ・ピープル)とは比べものにならないほどの、総毛が逆立ちそうなほどの霊波を立っているだけでも放つ、3体の亡霊達。彼らを前にすれば、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の戦士と言えども顔を歪めることであろう。

 しかし、ナミトの表情は歪むことには歪むが、それは苦々しい表情ではなく、やはり笑みだ。

 表情筋がドロリと(トロ)けそうなほどにニンマリと(わら)いながら、一片も臆することなく、それどころか昂揚を全身に(たぎ)らせるままに力強く構えを取る。

 (来た、来た、来たよーっ!

 スッゴい実力者3人! 相手にとって不足なんて全ッ然無し!

 手加減無し、気兼ね完全ゼロで、思いっきり暴れ回れるッ!)

 こんな状況下においても、ナミトの享楽主義は全く折れない。むしろ、その炎を大きくする。

 そんなナミトの様子に気付いた3体の亡霊は――『涼月』は激怒して眼窩に烈火を灯し、『破塞』は不愉快そうに破城槌を大地に打ち立て、『藻影』は首を回しながら左手と一体化したチェーンガンを無感情に向ける。

 「何を笑うか、メギヅネがぁっ!」

 『涼月』が叫んだ瞬間、『藻影』はチェーンガンの掃射を開始。『破塞』は重厚な巨躯に見合わぬ素早い動きで跳び上がると、上空からナミトの脳天へと破城槌を叩き落とす。

 対してナミトは、怒号にも掃射にも落下にも臆することなく、拳を小さく構えて身を低くしながら一気に加速。機銃掃射の合間を巧みにすり抜けながら『藻影』の眼前に接近すると、突進の勢いを乗せた掌底で『藻影』の顎を思いっきり突き上げる。この一撃にはもちろん、練気による"勁"が込められており、『藻影』は頭部に青白い蛇のような電流を浴びながら数メートルを浮き上がる。

 「なにクソ、小癪なメギツネッ!」

 浮き上がった『藻影』の後ろから、『涼月』が縛炎を纏った槍の一刺しを烈風のように突き込んでくる。対してナミトは、ゴウゴウと音を立てて燃えさかる柄を、あろうことか素手で掴み取ると、『涼月』を槍ごとグイッと持ち上げた。

 「ぬおお!?」

 一々声を上げる『涼月』を、ナミトは加速をつけて振り回すと、背後から迫り来る『破塞』に思い切りぶつける。両者はもみくちゃになりながら転がりつつ、数メートルを吹っ飛ぶ。

 業火に包まれた槍の柄を掴んだというのに、ナミトの掌はケロリとして無事だ。これは彼女が間髪入れずに耐火効果のある"功"を掌に宿したお陰である。

 「ぐぅっ…小癪な…!」

 「…生者の分際で…」

 「生意気なメスガキだなぁっ!」

 唾棄しながら体勢を立て直す3体の亡霊を前に、ナミトは笑みを崩さず、それどころか右手の4指を"かかってこい"と言わんばかりにクイクイと曲げて見せる。

 「さあ、死後生命(アンデッド)のおじーちゃん達! 本気で、必死になって、掛かって来なよーっ!

 じゃないとボク、おじーちゃん達の大切なガイコツ装置、ボッコボコに壊しちゃうからねー!」

 …本来ナミトがすべきなのは、"ガイコツ装置"こと、高層建築物を利用した怨場発生装置の破壊なのだが…。彼女は完全に、強者と戦うことへの愉悦に捕らわれてしまったようだ。

 目的を見失ってしまった感はあるものの、『冥骸』の強力な戦力の足止めをするという意味では、蒼治の作戦の意にギリギリ沿っていると言えなくもない。

 「殺すッ! 亡者になる暇すら与えずに、命を奪ってくれるッ!」

 3体の亡霊が吠え、各々の獲物を振るってナミトへと再び襲いかかる。

 「おっしゃーッ! その意気だよっ、おじーちゃん達!」

 ナミトはその殺意を真っ向から受け止めた上で、更に昂揚と気力を充実させると、亡霊達へと向かって突進してゆく。

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